マーチが戻ってくるまでの間、アルゴさんを中心に《ガイドブック》作製のために、情報の交換がなされることとなった。
私は席を外し、マーチの様子をうかがいに行くことにした。
彼ら(アルゴさんは女性だが)4人だけで話を進めた方が効率も良いだろうし、私のような新規組に聞かせ辛い会話もできる様にと、一応気遣ったつもりだ。
私達の借りている部屋は3人部屋なので、私も部屋の扉を開錠できるのだが、念のため、軽くノックする。
すると、扉の防音機構がいったん解除され、その瞬間、中からマーチの声が聞こえてきた。
「ルイ! 俺と結婚してくれ!」
突然の台詞に思わず吹いた。
(え? 何で今、プロポーズ!?)
ノックに気付かれていなかったようなので、仕方なく扉を開けた。
「マーチ? ルイさん?」
おずおずと、扉から首だけ突っ込んで中の様子を伺うと、椅子に座ってマーチに背を向けていたであろうルイさんに、マーチが真剣な表情で向き合っていた。
「俺がお前を守るって言ったのは本気だ。それに、俺はお前と一緒にいたい。現実に帰って、ちゃんとお前と結婚したい。だから、今は俺を信じて、傍にいてくれ。一緒にいてくれ」
「……マーチん……」
「不安なのも分かる。だから、その不安は俺が一緒に背負う。今はまだ現実には帰れない。けど、俺はお前と一緒にいられる。結婚することもできる。一緒に生きて帰ろう。ルイ」
「……うん……マーチん……」
そう言って頷いたルイさんは、立ち上がり、マーチの胸に――
(……気付かれていないのなら、野暮は止めましょう……無事に話もまとまったようですし)
私はそっと扉を閉め、部屋を後にした。
(今度何か、結婚祝いでも上げないとなりませんね)
まさか、親友への結婚祝いをゲームの世界で考えることになるとは、思いもしなかった。
しかしこれで、居場所らしい居場所は思いつかなくなった。
食堂では、4人が真剣な面持ちで話し込んでいて、交じれる雰囲気ではない。
私はそのまま宿屋の外に出て、空を仰ぎ見た。
時刻は10時を回ろうとしている。
本当ならソロで狩り、と興じたいところだが、今の私が――特に戦闘スキルを持っていない状態で――この村の周りのモンスターに勝てるかというと、難しい、というか無理だろう。
なら、するべきは別の事だ。
攻撃スキルの代わりに使っている日常系スキルを、村の端でコツコツと上げることにした。
単なる時間つぶしともいうけれど……。
人目につかないところで30分ほど時間をつぶし、宿屋に戻ると、食堂は、ちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。
その人だかりの中心には――
「しかしまあ! お前ら、リアル顔でもそんなに変な印象うけねーな!」
「俺らとしちゃ、マーチの背の低さには驚いたがな!」
「ってぅおいこらぁ! 2度と背のことを口にすんじゃねええ!」
「ダメですよ~、マーチん、背のことはホントに気にしてるんですから~」
「わっかりました、ルイ姐さん! もう2度とマーチの背丈のことは言いません!」
「……オイ、背丈のこと以上に、俺の嫁に手ぇ出したら絞め殺すぞ」
「待て待て待て! マーチ目がマジ怖い!」
――などなど。
騒ぎの中心はマーチで、そのマーチを囲むように、大勢のβ経験者達が集まってきたようだ。
驚いたことに、ルイさんもその場にいた。
マーチのプロポーズを受けて、随分と落ち着けたのだろう。その表情には、先刻までの不安や恐怖といった感情は鳴りを潜めていた。
騒ぎの中では、所々剣呑とした内容もあったようだが、全体的には笑いが絶えず、みんな終始笑顔だった。
この状況を見て、何故ノイズさんがマーチの名前を呼ぶ時、若干声を小さくしていたのか、理解した。
(マーチの《友情》という二つ名は、伊達じゃない、ということですね)
おそらく、マーチの名に反応して、ここに集まってきた人たちばかりなのだろう。
βの時、マーチはどれほど友好の輪を広げていたのか、窺い知ることができた。
「ほらほらマーチ。顔馴染みの皆さんとお祭り騒ぎも良いですが、私にも何か言う事があるのではないですか?」
軽く声を掛けながら、私もその輪の中に入って行った。
結局、昼過ぎまでお祭り騒ぎは続き、私達3人が村の外で狩りを始める時には、他のβ経験者達も数名同行するという状況になっていた。
――そんな状況から始まったこの世界での生活は、β経験のあるマーチや、他のβ経験者達にも支えられ、無事にスタートすることができた。
――そして――
デスゲームの開始から、1ヶ月。
未だ第1層はクリアされておらず、しかし、全プレイヤーの5分の1──すでに2000人ものプレイヤーが亡くなっていた。
幸運にも、私、マーチ、ルイさんの3人は、生き残っていた。