久しぶり過ぎて、申し訳ありません orz
路地裏の作者様、ポンポコたぬき様、wind000様、バルサ様、SO-GO様、ささみの天ぷら様、バード様、エミリア様、緋月ソラ様、やしま様、シュケル様。
感想、激励のお言葉、ありがとうございます!(>_<)
また、感想への返信が大幅に遅れたこと。
この場を借りて、お詫び申し上げます m(_ _)m
更新が遅すぎた割に、文字数が少なめですが……(;一_一)
お楽しみいただければ幸いです m(_ _)m
「今回、作戦の指揮を執らせてもらう、血盟騎士団のヒースクリフだ。皆、宜しく頼む」
そんな挨拶から始まったのは、67層ボス攻略会議だ。
「ではまず、今回のボスの概要から――」
どこか機械じみた雰囲気をまといながら、ギルド《血盟騎士団》団長《神聖剣》のヒースクリフ氏は淡々と挨拶を述べた。
(ヒースクリフさんに任せておけば、私の出る幕は無いでしょうね)
ヒースクリフ氏の言葉を聴きながら、今回の会議では出番がないであろう私は、頭の片隅で別のことを考えていた。
ログさんの頼みで55層へ金属を取りに行った日からほどなくして、63層のボスが攻略された。
フロアが《アレ》だったので覚悟はしていたのだが、ボスは想像以上に酷かった。
下手に思い出すと、それだけでトイレに駆け込まなくてはならなくなるので、これ以上は止めておく。
とにもかくにも、アスナさんを筆頭とした攻略組メンバーの10名以上が不参加という状況にもかかわらず、犠牲者を出すことなく討伐することができたのだから御の字だろう。
偏に、ヒースクリフ氏の参加があってこその戦果とも言えるだろうか。
(そういえば、ヒースクリフさんはあのボスに対しても、嫌な顔一つしていなかったな……恐ろしい精神力だ……)
流石のアロマさんも、あのボス相手には顔を引き攣らせていた。
それを考えただけでも、ヒースクリフというプレイヤーの精神的強さが窺えるだろう。
その後の64層及び65層は《古城迷宮》がテーマだったようで、迷宮区のボスは吸血鬼、66層は《砂漠遺跡》で、フロアボスはスフィンクスだった。
63層の攻略は手間取ったため2週間以上を費やしたが、それ以降の3階層は各層を10日ほどでクリアすることに成功している。
意外だったのは、アスナさんが63層に引き続き64層、65層と攻略に参加してこなかったことだ。
まぁ、ルイさんも同様ではあったのだが。
(本当に、ゴースト系が苦手なんでしょうね……こればかりは仕方のない事、か)
如何に、トップギルド《血盟騎士団》の副団長といえど、苦手なものの1つや2つは存在するという、少女らしい一面を垣間見ることができた。
私としては、それだけである種の安堵を覚えたのだが、他の人はどうだったのだろうか。
とはいえ、今回のボス戦にはルイさんもアスナさんも参加する。
その表情は、あまり乗り気なものではないのだが。
「――といったように、偵察戦から得られた情報を整理した。以上のことから、今回も攻略メンバーをAからHまでの8パーティーに分け――」
攻略会議は、偵察戦での情報を纏め終えたヒースクリフさんが、攻略へのパーティー編成へと進むところだった。
ボスの攻撃パターンや注意事項など、大まかなところは偵察戦で掴めている。
後は、ボスのHPの減少による行動変化に注意するのは毎回のことだ。
それらを踏まえてパーティー構成を考え、メンバーをバランスよく分けたり、偏らせたりと、様々なパターンを考える。
これまでのボス攻略で、ヒースクリフさんが指揮を執った時のパーティー編成では、1度も失策というような状態に陥ったことはない。
今回も安心して任せることができるだろう。
私はヒースクリフさんの編成発表を聞きながら、再び意識を別のことへと向けた。
(……《アレ》から約1ヶ月……結局、奴らが何かを仕掛けてきた様子はなかった……)
この1ヶ月――64~67層の攻略に関して言えば、私が最も注意を払っていたのはフロア攻略やボス攻略ではなく《
マーチとアロマさんが相対したジョニー・ブラックの台詞から、連中が何かを企んでいるということが窺えたため、私はそちらに神経を集中させていたわけだが。
(ここまで来ると、ジョニーの台詞自体がブラフの可能性も高くなってきたか……)
何も企てていないにもかかわらず、ああいった台詞を残させることで、こちらの警戒心を引き上げ、緊張状態を続けさせて、精神的に疲弊させることが真の目的である可能性も捨てきれなくなってきた。
《笑う棺桶》のリーダーである《
(……だとしても……警戒しないわけにはいかない……)
PoHの狡猾なところは、相手が《そうせずにはいられない》状況を作り出すところだ。
今回のことであれば、ジョニーとの接触で得られた言葉から、私達は《笑う棺桶》へ払う注意を大きくするしかなくなる。
仮にその言葉を無視したとすれば、警戒の緩いところを狙って襲われるだろう。
かといって、常に警戒状態を継続するというのは精神的に厳しく、長期間続けば、いずれ緊張が緩み、大きな隙を作ることになる。
(だからこそ、私は攻略組全体にジョニーの台詞を正確には伝えていない……各ギルドの幹部プレイヤーにのみ、注意喚起を促しただけ……)
こちらが取れる選択は、《笑う棺桶》に先手を打たれた時点でごく限られたモノしか残されていない。
そしてその選択肢は、既にPoHに誘導されたものであり、その先にある結果もPoHが用意したものである、ということにもなりかねない。
(可能性は思い付く限り、全てに対策した。PoHの手の裏の裏、先の先……打てる手は全て打った……はずだが……PoHが相手では……何処まで通用するか……)
心理戦、権謀術数の比べ合い――誤解を恐れずに言うのなら、決して嫌いなものではない。
マーチやルイさんに言わせれば、私の得意とするところ、と言われるかもしれない分野。
だがそれは《好き》なだけで《秀でた》ところではないと、私は思っている。
私の策よりもっと良い策を考えることができる人は、必ずいる。
今、私達の前で話をしているヒースクリフさんも、おそらくその1人だろう。
(私も、もっと考えないと……まだまだ見落としている点があるはずだ……)
私は今日までに打ってきた対《笑う棺桶》の一手一手を頭の中で再確認しつつ、見落としが無いか、もっと良い手はないかの検討を――
「セイド君。君の意見を聞こう。これまでのところで、何か思うことはないかね?」
――いつの間にか、頭の片隅ではなく、全神経をそちらに向けて行っていたため、攻略会議の内容を、ぼんやりとしか聞いていなかった。
そんな私に、ヒースクリフさんが唐突に話の矛先を向けてきた。
「え……」
「私の考えだけでは、見落としもあることだろう。是非、君の意見も聞いておきたい」
そう言った団長殿の顔には――
(……ちゃんと聞いていなかったことを見抜かれている……)
――まるで出来の悪い生徒を注意する先生のような笑顔が浮かんでいた。
「……いえ、特に意見などということは何も。作戦として完成したものではないでしょうか」
何とかその場をやり過ごそうと思った私だが。
「私としては、この時のB・E・F隊の動きに、まだ改善の余地があるのではないかと思っているのだが、どう思うかね」
作戦図上にある部隊表示代わりの駒を動かしながら、ヒースクリフさんは追及の手を緩めてはくれなかった。
「……そうですね……」
問い直してきたヒースクリフさんに対して、私も《笑う棺桶》に向けていた思考を切り替えて、即席ではあるが意見をまとめた。
「B隊・E隊は構成メンバーから考えて、1小隊分、前に進めても良いかと。ですがF隊に関しては、メンバーが少数であることも鑑みて、現状で良いと思います」
「だが、それでは、この時にこの位置へ、スムーズに動けないのではないかね?」
「いえ。その際には、C隊がB隊の後ろに、A隊がE隊の右に入ることで負担を分散させつつ、B・E隊の移動距離を抑えての対応が可能ではないでしょうか」
「ふむ。しかしそれはA隊の負担を大きくすることになる。そのことに関しては?」
「…………それは――」
「あの、発言しても?」
私が若干の間を開けたのを見計らってか、別のところで手が上がった。
「む。では、キリト君の意見を聞こう」
手を上げたのは、H隊に配置された攻略組随一のソロプレイヤーにして《黒の剣士》の二つ名を持つキリトさんだった。
「その前の段階で、H隊は手が空いてるから、A隊のサポートができると思う。メンバー構成も他とは違うから、動くのにも時間はかからない」
「その時のH隊は、ローテーション待機の予定だが?」
回復結晶が手に入るようになったとはいえ、全てのメンバーに常時戦闘を行わせるというわけにはいかない。
HPはアイテムで回復できても、精神的疲労までは回復できないのだ。
各隊を上手くローテーションさせて、休める時には休ませることも重要な作戦となる。
「そもそも、そんなに大きなダメージを受けるようなメンバーはHには居ないですよ。なら、回復待機は殆ど必要ないでしょう?」
「キリト君ならそうかもしれないが、他の皆は――」
「だーいじょうぶだよ、ヒースのおっちゃん! Hってば、みーんな遊撃向きだし! セイドもHにいるしね!」
キリトさんを援護するようにそう言い切ったのは、我らが特攻娘こと《
「
マーチまでも、不敵な笑みを浮かべて進言していた。
ルイさんは、流石に何も言いはしなかったが、その視線は『何してるのセイちゃん。しっかりしなきゃダメでしょ』と、私に突き刺さっていた。
「ふむ。では、H隊に待機の必要が無い場合に限れば、こちらの方法で行く、ということで良いかね? セイド君」
「……はい。良いかと思います……」
「では、作戦を確認する。まず――」
ヒースクリフさんの矛先が私から外れたことを確認して、私は思わずため息を吐いてしまっていた。
「珍しいな。お前さんが会議を聞いてないなんて」
私の隣に座っていた禿頭色黒の巨漢――両手斧使いにして、攻略組メンバーでありながら商人として店を構えている《エギル》さんが、笑いながらそんな感想を口にした。
「聞いていなかったわけではありませんが……面目ない……」
間接的にとはいえ、キリトさんに助け舟を出してもらったことになる。
そして、キリトさんは当然として、アロマさんとマーチにも後で礼を言わねばならないだろう。
「しかし、あのキリトが手を上げるとはな。あいつも成長したってことかね」
キリトさんとは何気に長い付き合いらしいエギルさんは――私に向けた笑顔とはまた別の意味で――嬉しそうに笑っていた。
「スゥ~ッ…………フゥ~~ッ…………」
攻略会議を終えた私達は、そのままギルドホームへと戻った。
ルイさんが昼食の支度を進めている間、私は2週間ほど前に増設したばかりの《地下室》に佇んでいた。
相応に資金を消費した地下の増設だが、通常の増設と比べると安く済んだ。
その理由は、敷地面積と同じ広さの地下室を1つ作っただけだからだ。
用途としては《武道場》のようなものである。
家具等も何も置かず、ただ広々としただけの空間を地下に造ったのだ。
私はその《武道場》に1人で立ち、目を閉じて深呼吸を繰り返しながら、延々と思考を巡らせていた。
明日は朝から迷宮区へと進み、ボス攻略戦となる。
戦闘となれば無論そのことにのみ集中できるだろうが、今は《笑う棺桶》のことなどもあって、集中力に欠けていることは自覚している。
精神的疲労もある。
注意すべきことも多くあり、心が落ち着かない。
「…………ハァ…………」
「《瞑想》してるにしても、あんま成果が出てるようにゃ見えねーな、セイド」
地下への階段を降りてきたマーチが、私の様子を見てそう言い切った。
「……ええ……どうにも、スッキリしないことが多すぎます……」
「ま、《笑う棺桶》連中に関しちゃ、考えても答えのねえ問題が山積みだしなぁ。今は、明日のボス戦に集中しようぜ?」
「そうしたいのは、山々なんですけどね……」
マーチの言葉を受けても、私は未だにスッキリさせられない意識を抱えて鬱々とした気分から抜け出せずにいた。
ボス攻略は、おそらく問題なく終わるだろう。
だが《笑う棺桶》に関してはこの1ヶ月を通してみても、何の進展もしていない。
目下、最大の脅威となりつつある殺人ギルドを、このまま放置しておいていいのか。
そんな取り留めもない事を考えていると、どうにも心が落ち着かないのだ。
「……あ~、そういや――」
と、唐突に。
「――最近は《組手》してなかったな。どうだ? ちとやってみねーか?」
マーチがそんなことを言いだした。
マーチの言う《組手》とは、圏内での模擬戦闘だ。
その利点は《犯罪防止コード》によって一切のダメージが発生しないため、命の危険を考えずに済むことだ。
デュエルシステムではHPが減るため、如何に《初撃決着》ルールでも、条件によっては相手を死に至らしめてしまう危険が、少なからずある。
「マーチ……悪いんですが、今はとてもそんな気分では――」
「今回は、互いに素手でやろうぜ。昔みたいによ」
断ろうとした台詞を遮ったマーチに、私はいささか虚を突かれた。
「――素手、ですか? 《体術》の差で、勝負になりませんよ?」
マーチと私の《体術》のスキル熟練度には大きな差がある。
スキルだけでなく、ステータス、そして培ってきた経験量の差も大きい。
この世界において、ほぼ常に刀で戦ってきたマーチと、常時無手であった私とでは積み重ねてきた時間が違う。
「あぁ、いや」
そう考えていた私に、マーチは全く予想外のことを言いだした。
「《マーチ》と《セイド》としてじゃなく。《俺》と《お前》として、組手をしようぜ」
「っ?!」
マーチが言ったことは、つまり《リアルの互いとして》ここで組手をする、ということだった。
「当然《剣技》はなし。他のスキルも無しな。ま、ステータスの差だけはどうしようもねーけど、そこは仕方ねーよな」
言うが早いか、マーチは武装解除し、防具も部屋着代わりのインナーシャツとラフなパンツという出で立ちに切り替えていた。
「どうしたんですか? マー――」
「今は」
再び私の台詞を遮ったマーチは、声のボリュームは抑え気味に、しかしハッキリと。
「《コウヤ》だ。だから、お前も《コウセイ》として、そこに立て」
互いのリアルネームを口にした。
とても久しぶりに呼ばれた本名に、一瞬心が追い付かなかった。
(あぁ……そういえば、私達も本名で呼ぶことを避けていたから……)
私とマーチと、ルイさんの3人だけであったときは、時折本名で呼び合うこともあったが、アロマさんやログさんと行動するようになってからというもの、互いの本名を口に出すことは殆ど無くなった。
ごくたまに、ルイさんが怒っているときに口にするくらいだったか。
「な? たまにゃいいだろ?」
マーチは――いや、今は《コウヤ》か――肩を回し、屈伸をし、準備運動を行っていた。
「……そう、だな。それなら私も、今だけ《セイド》を休もう」
私も武装を解除し、インナーシャツと部屋着用のズボンという服装に切り替える。
私が承諾したと分かり、コウヤは不敵な笑みを浮かべた。
「よっしゃ! そうでなきゃ面白くねぇ!」
準備運動を続けるコウヤは、不意に思い出したように――
「っと、そうそう。眼鏡外すの忘れんなよ? それあったら話にならねーからよ」
――という、無用な心配をしてきた。
「分かってるよ。《
《警報》の使用条件として最も重要になっているのは、この《軍師の丸眼鏡》というアイテムだ。
マーチの《居合刀》と同じく、《警報》はこのアイテムに付属したスキルだった。
所持スキルに制限があるという点では、要求敏捷値や《剣技》封印といった制約のある《居合刀》と似たようなものだろう。
「うっし、んじゃ、コウセイ!」
「リアルと同じ、10本先取で」
私とコウヤは、道場の中央で軽く拳を合わせてから、組手を開始した。
「あれ~、ロマたん~? マーチんとセイちゃん呼びに行ったんじゃなかった~?」
昼食の支度が出来たので、ロマたんに2人を呼んできて、と地下へ行ってもらったのだけど、ロマたんは何か、不思議そうな表情を浮かべて、すぐに戻ってきた。
マーチんもセイちゃんも、上ってくる気配はない。
「あー……うん……なんかね……」
「どしたの~?」
料理のお皿をテーブルに並べながらロマたんの言葉を促すと。
「すごく、声を掛けにくい雰囲気で、さ」
ちょっとだけ戸惑っていた様子のロマたんだけど、料理が並び始めたテーブルを見て、さり気なくキッチンに来て料理を運ぶのを手伝い始める。
あのロマたんが、声を掛けにくい、なんて言ったことに内心驚いたけど、それは置いといて。
「ん~? もしかして、試合か何か始めちゃった~?」
マーチんとセイちゃんが、武道場でそんな雰囲気になるとすれば、やはり試合だろう。
「あ、そんな感じそんな感じ! よく分かったね、ルイルイ!」
ロマたんの驚いたような言葉に、思わず苦笑してしまった。
「え~、ほら~、今までにもあったじゃない~。マーチんの居合いの練習に~、セイちゃんが付き合わさるとか~」
今までにも度々あったことだし。
それに――
「あ、えっとね……今回は、2人して、素手で殴り合ってる、よ?」
「え」
ロマたんの今の言葉には、ちょっとびっくりした。
思わず料理を並べていた手が止まっていた。
マーチんは、申し訳程度に《体術》を持っているけど、実践に耐え得るほどスキルは上がっていなかったはず。
ましてや、相手をしているのが《体術》メインのセイちゃんともなれば、勝負は火を見るよりも明らか。
なのに、素手で?
「でも2人とも、いつもより動きが変……というか……スキル使ってないみたいでさ。それに、なんか、すごく楽しそうなんだよね」
全員分のカップにお茶を注ぎながら、ロマたんがそんな感想を述べた。
私は先ほど頭の中で考えていたことが、再度浮かび上がってきた。
「……もしかして~……本当の《組手試合》してるのかなぁ……」
――リアルでも、あの2人は子どもの頃から道場で《組手試合》を行っていたから、と。
「ルイルイ、なにか心当たりあるの?」
お茶を注ぎ終えたロマたんは、空になったポットに追加のお湯を入れながら、そう尋ねてきた。
私は少しだけ躊躇いつつ、ロマたんになら言っても良いだろうと判断した。
「ん~……リアルの話になっちゃうけどね~。マーチんもセイちゃんも、よく組手って言って、道場で試合とかしてたんだよ~」
基本的に、この世界ではリアルに関する話題を避けるからだけど、ロマたん相手には今更という気もする。
なんにせよ、こっちの世界で、現実と同じ試合をやるとは思っていなかった。
「ああ、でも、そんな感じかも。セイドも眼鏡外してたし。スキル無しのデュエルみたいな感じかな」
ロマたんは納得したようで、テーブルの中央に置いた大皿に盛りつけてあった唐揚げをつまみ食いしていた。
「なるほど~……それじゃ~ロマたん、気にせずに声かけてきちゃって~」
骨なしとはいえ、そこそこ大きめの唐揚げを1口で頬張っていたロマたんに、私は笑いたくなるのを噛み殺しながら、再度頼んだ。
「むぇ?!」
「いつもなら~、疲れて2人して道場に寝転がるまで待つんだけど~。明日もあるし~、それに~」
私はマーチんが地下に降りてからの時間を逆算する。
そろそろ30分経つか経たないか、といったところか。
「多分~、そろそろ決着がつくと思うんだ~」
「シッ!」「フッ!」
こちらの右蹴りがコウセイの左腕に防がれると同時に、コウセイが放った右突きを俺は左腕で払いのける。
俺は素早く足を戻し、その作用で左半身が前に出る動きに合わせて、払った左腕をそのまま回し、コウセイの顎目掛けて、左掌底をすくい上げる様に打ち込む。
しかし即座に反応したコウセイは、掌底を押さえるように右手を胸の前で小さく振り下ろすだけで俺の攻撃を阻止する。
と、同時に。
俺の眼前にはコウセイの左拳があった。
気が付いた時には、攻撃のヒットを物語る《犯罪防止コード》による紫色のエフェクト光が目の前を覆っていた。
「ふぅ……これで、10本。私の勝だ、コウヤ」
「っくぅ……あー! 負けたぁぁぁあああ!」
スキルを使わないリアルに近い組手であれば、俺にも充分に勝機がある――と思っていたのは、組手を始めて数分というか、2本取られるまでのことだった。
開始からおそらく1分経つ前に、俺は1本目を取られた。
素手での組手が久しぶりだから仕方ない、と言い訳をして、気を引き締め直して2本目を始めたが。
これまた1分持たなかった気がする。
冷静に状況を分析して、俺は自分からは突っ込むのを止めて、コウセイからの攻撃を受け流しつつ、反撃するという方法に切り替えた。
そうすることで、ようやく俺も1本を取り返した。
だがやはり、この世界での体術戦闘の経験を積み続けていたコウセイと、刀を使うことに長けた俺との差は大きく開いていた。
ま、1分持たずに負けることは無くなったものの、そこから俺が1本を取れることはないまま、コウセイが10本目を決めるという結果に終わった。
とはいえ、最後の1本は結構な時間持ち堪えたと思うんだが。
「最後の1本は、良い勝負だったね。ただ、蹴りの後の防御が疎かになるのは、昔からの悪い癖だよ」
「……こっちは久しぶりなんだからよ……もうちょい手加減してくれてもいーんじゃねーか?」
「――何を言ってるんですか《マーチ》。試合で手を抜くわけがないでしょう?」
不意に。
コウセイが俺を《マーチ》と呼んだ。
「ぉー? 終わったみたい?」
階段の所からアロマの声がした。
「2人とも、何で急に組手なんてやってたのさ?」
アロマが降りてきたことに気が付いたコウセイが、気を利かせたのだろう。
リアルの名前で呼び合うのは、ある意味マナー違反だからな。
「よぅ、アロマ。いつから見てたんだよ?」
「いや、見てたわけじゃないけど。ご飯だよ~って呼びに来たら2人して真剣に試合してるからさ。1度上に戻ってルイルイに相談したの。そしたら、そろそろ決着がつくだろうからって、今降りてきたとこ」
驚いたことに、ミハルには俺が負けることまで見抜かれていたようだ。
伊達に、長い付き合いじゃないってところだろうか。
(っと。意識が現実仕様のままだった、ヤベーヤベー……)
俺は軽く頭を振って意識を切り替える。
「うっし! んじゃ飯にしようか《セイド》! 《ルイ》が待ってるぜ!」
「フ~……そうですね」
深呼吸の後にそう言ったセイドは、姿勢を正して俺に向かい――
「マーチ。ありがとうございました」
――と、直立の体勢から90度近くまで体を折った規則正しい一礼をした。
「オイオイ、そこまで改まらんでも――」
「お蔭で、多少スッキリしました。考え過ぎていたようです。今は、明日のボス戦に集中します」
キレのある動きで頭を上げたセイドは、続けて笑みと共に右の拳を前に突き出した。
先ほどまでの暗い表情は、とりあえず消えていた。
「――そうか。ま、また何か行き詰ったら何時でも相手してやるよ。今度は負けねーぞ」
俺も右拳を出して、セイドのそれと軽くぶつける。
「いや、勝ちは譲りませんよ?」
セイドは余裕のある笑みを浮かべていた。
まったくもって、世話のかかるリーダーだ。
67層のテーマは《古戦場》とでも言えばいいだろうか。
広い丘陵地帯の其処彼処に剣や盾、槍や斧といったオブジェクトが散乱している。
どれも折れたり欠けたりしているものばかりで、ここで何らかの戦闘があった様子が上手く表現されていた。
とはいえ、落ちている武具は全て《破壊可能オブジェクト》であり、プレイヤーにとっての障害物として存在している。
それらを拾って戦闘に利用することは不可能であるにも拘らず、こちらの行動や攻撃、《剣技》などを妨げる要因となるのだから厄介だ。
この《古戦場オブジェクト》は、フィールドだけでなく迷宮区にも適用されていた。
さして広くもないダンジョンの通路にも散乱した武具の数々は、迷宮区攻略の進行を阻む障害として充分な効果を発揮したと言っていいだろう。
(とはいえ、ボス攻略メンバーには、あまり意味をなさなかったとも言えなくもない、か)
様々な要因はあるものの、ボス攻略を目的とした私達の足取りを止めるには至らなかった、という意味でだ。
確かに、障害物が多いことによって迷宮区自体の攻略速度は少々遅かったが、63層ほど手間取りはしなかった。
だが、懸念としては残っている。
(ボス部屋にもオブジェクトは散乱している……気を付けねばならないでしょうね)
ヒースクリフさんを筆頭とした私達は、順調にボス部屋の前へと辿り着き、今はアイテムなどの最終確認を行っている。
このフロアのボスは《ザ・デュラハンズロード》と名付けられていた。
ボスの部屋には、大小様々な武具が散乱している。
扉を開け内部に踏み入ると、その部屋の中央に靄が集まるようにしてボスが出現する。
体格だけなら2メートルほどの《
《刃鞭》は《鞭》に属する武器であると同時に《片手用曲刀》にも属するという非常に珍しい武器だ。
実の所、プレイヤー用の装備としても存在はする刃鞭だが、鞭スキルと曲刀スキルの両方を所持していないと使えない上に、武器自体の耐久値が低いという難点があるため、使用している人は殆ど居ない。
(そして、使用者がほぼいないということは、対策を立て難いということでもある)
プレイヤー用の刃鞭は耐久値が低く設定されているが、ボスが使用する以上、基本的には破壊は不可能だと考えるべきだろう。
事実、偵察戦でアロマさんが何度となく武器破壊を試みるも、破壊には至らなかった。
また、馬上からの攻撃、攻撃装甲を纏った馬との接触によるダメージ、というような騎兵モンスター特有の要素に加え、鞭スキルと曲刀スキルの連続コンボという不慣れな攻撃に苦戦を強いられた。
更に、通常の騎兵型モンスターと違い、このボスの跨る馬にはHPゲージが設定されていた。
つまり、ボスと馬は別の個体扱いになっているということだ。
これは騎兵型モンスターへの攻撃の基本が、馬上の騎士ではなく馬自体を攻撃することで撃破するという手段への対抗策だろう。
ボスを撃破するためには、まず装甲に覆われた馬を倒す必要がある。
「では作戦を確認する。まず騎馬のHPを削り切る。接触によるダメージにも注意してくれたまえ。その後、馬から引きずりおろしたボスを攻撃。それ以降は――」
ヒースクリフさんが準備の整った頃合いを見計らい、作戦を簡単に再確認していく。
「しっかし、馬とボスが別HPってのは、厄介な仕様だよな」
私の隣に立ったマーチがそんなことをぼやいた。
「62層で騎兵モンスがいっぱいいたけど、あれってこのボスの予習だったのかなぁ?」
アロマさんが作戦の再確認を退屈そうに聞き流しながら呟いた。
「予習というのもあるでしょうが、同時に罠であったとも思えますね」
「罠って~、どういうこと~?」
私の言葉にルイさんが疑問を投げかけた。
「今回のボスは騎兵型ですが、騎馬と騎士のHPは別になっています。ですが62層及びそれ以前の層から少数存在していた騎兵モンスターは、騎士と騎馬のHPが共通でした」
「そのせいで、俺らは騎兵の攻略方法として、馬へ攻撃すりゃいいってのが染みついちまってる」
私の台詞に続いてマーチが面倒臭そうに、腕を組みながら愚痴をこぼすように続けた。
「あ~、そっか~。だから今までのモンスターが罠って言ったの~」
ルイさんは私達の言葉で理解したようで、しかしのんびりとした口調は変化することなく、にこやかに頷いていた。
「茅場の性格の悪さがよぉく分かるねぇ!」
鼻息も荒くアロマさんがそんなことを言い放った。
「無論、その点も厄介ですが、今回のボスで厄介なのは、やはり刃鞭と古戦場オブジェクトでしょう」
「へ? 刃鞭なんて、偵察戦で大体攻撃パターン分かったし、もう大丈夫じゃない?」
私の懸念に、アロマさんは気楽に考えた答えを口にする。
「HPバーの1段目までなら大丈夫でしょうね。私が気にしているのは、その後の攻撃パターンの変化。それと、増援の可能性です」
ヒースクリフさんの作戦にも当然、増援の可能性は含まれている。
私もその点は作戦会議前に進言してある。
しかし、いくら心構えをしていても実際に増援が出現してみない限り、正しい対応は分からない。
「現段階での増援予想は3体か4体ということになっていますが……私は最悪、6体同時に出現すると思ってます」
「って、おい。それ――」
「ヒースクリフさんにも、進言してあります。ですから、それを前提としたパーティー編成であり、部隊配置になっています。その点は安心して下さい」
そう、編成や配置に不備はない。
――ないはずだ。
だが、ボス戦では常に予想外の事態が起こり得る。
最近なら、61層のボス戦然り、である。
「――そして増援の可能性を忘れぬように。おそらく増援はあるだろう。それが何時、何体かは分からないが、皆、常に気を引き締めておいてくれたまえ」
ヒースクリフさんからも、刃鞭の攻撃への対処方法や、その他の攻撃パターンへの対処方法、オブジェクトによる移動阻害の注意など、この場で再確認がなされた。
「また、ボスの変化として騎馬の再出現も考えられる。そのことも、油断せぬように」
「っ! そうか……それもあり得るか……」
ヒースクリフさんの最後の一言は、私には盲点だった。
「あ~……あり得るな……てか、セイドが見落としてる点をしっかり押さえてるとか、やっぱスゲエな、あのおっさん」
「え、セイドがヒースのおっちゃんに言っといたんじゃないの?」
「セイちゃん~、やっぱり作戦会議の時に集中できてなかったね~」
正直、騎馬の復活は考えていなかった。
自身の考えを、甘いと言わざるを得ないだろう。
そして、DoRの皆も私の思慮が足りないと――
「ま、そんなこともあるさ。気にすんな」
「セイドがいつもいつも完璧だったら、面白くないしねー!」
「そ~だね~。それに~。ボス中の判断に狂いはないだろうし~。任せたよ~、セイちゃん~?」
――思っているだろう、というのは私の考え過ぎだったようだ。
「以後、気を付けます」
私の苦笑交じりの返答に、マーチ、アロマさん、ルイさんは、揃って笑顔を返してくれた。
「では、行こうか。皆の善戦に期待する」
ヒースクリフさんの掛け声に、攻略メンバーは揃った動きで己の武器を無言で掲げた。
それを見、頷いたヒースクリフさんが、ボス部屋の扉を押し開ける。
こうして、67層ボス攻略戦が開始された。
2014/05/27
アスナ参戦に関しての描写を追加。