2ヵ月おきの更新になりつつあります……ゴメンナサイ……orz
ゲイル様、ポンポコたぬき様、バルサ様、舞村 鈴夜様、ZHE様、バード様、ささみの天ぷら様、SO-GO様、路地裏の作者様、エミリア様、イツキ様、鏡秋雪様、時雨様、ガーデルマン様、ミリア様、i-pod男様。
ご意見、ご感想、誠にありがとうございます!m(_ _)m
何とか年が変わる前に書き上げられました(-_-;)
エタることなく続けていられるのは、皆様あってのことです m(_ _)m
遅くなりましたが、楽しんでいただければ幸いです!(>_<)
「――ックシッ!」
私は55層の雪原フィールドを歩きながら盛大にクシャミをした。
「アロマァ……せめて口元を手で押さえるくらいしろよ」
クシャミをした私を、マーチが呆れた様子で注意してきた。
「うっさいなマーチ! マップ操作中で忘れたの! しょうがないじゃん!」
私はそんなマーチに顔もむけずに反論し――
「むぅぅ……」
――再度、地図を睨みつけた。
「こっちであってるんだよね、リズリズ?」
「えっと……うん、大丈夫。このまま進めば、山の入り口が見えてくるはずよ」
私の問いかけに、リズリズ――ピンクの髪をした《リズベット》という、鍛冶師の少女プレイヤー――も、マップを開いて場所を確認した。
【普段、先頭を歩いているのはセイドさんだから、アロマさんが先頭っていうのは、なんだか新鮮ですね】
テキストチャットでそんな感想を述べたのはログたんだ。
私達がDoRとして行動する場合は、ほぼ常にセイドが先頭を歩いている。
「そうだね~」
ルイルイがログたんの言葉に続いた。
「いつもセイちゃんが先頭だもんね~。ロマたん、無理しないでね~?」
「……アロマ。地図読めないわけじゃねえよな? 何なら俺が先頭代わるぜ?」
「ダイジョブだよ! 迷ったりしないし! 元々はソロで歩いてたんだから読めるし!」
というマーチの提案にも、強がってはみたものの。
正直、いっぱいいっぱいだった。
マップをみて進路を確認したり、《
後ろのみんなに負担をかけないペースで歩いたり、ログたんとリズリズに危険が及ばないようにいつも以上に気を遣ったり、何かを発見したときはすぐに報告したり。
いつもならセイドがこなしている役割の一部を代行するというのが、こんなにも大変なことだとは。
やっぱり慣れないことはするもんじゃないと思う。
(セイドが易々と、
心の中でそんなことをこぼしながら、私は思わず小さくため息を吐いていた。
普段先頭を歩くセイドの隙のなさを、こうして代わりに歩いていると実感できる。
とはいえ、私1人でセイドの役割をすべて賄っているわけじゃないから、何とかなっているんだけど。
「ん……モンスターだよ! 2体!」
「オッケ~。こっちはいつでも大丈夫だよ~」
私の視界に入ったのは、白いオオカミ型のモンスター《フロスト・ウルフ》が2体だ。
発見報告に、ルイルイの返事と鞭を構えた音が聞こえた。
「アロマ、右な」
ルイルイの台詞に続いて、マーチから指示が飛んでくる。
「左は、今度も嬢ちゃんら2人で。んで、さっきログが正面だったから今度はリズ嬢が正面。前後を挟むようにするんだぞ」
「まっかせて!」
【k】
マーチの言葉を受け、リズリズとログたんが元気に返事をして左のオオカミへと向かっていく。
戦闘の指揮を執るのがセイドからマーチに代わるのも、セイドが居ない時のセオリーだ。
基本的には指示を受ける側だったマーチも、本格的に攻略に参加するようになってから、要所要所で攻略組のパーティーリーダーを務めるようになっていた。
マーチが自分から進んで『やる』と言ったわけじゃなくて、周りからの圧倒的な推薦と要望を受けての事だった。
参加して間もない攻略組内でのパーティーリーダーに推されるとか、普通は無い――って、ヴィシャスが教えてくれた。
そんなこともあって、私は改めてマーチのリーダーシップも高いことを痛感し、それと同時に、マーチのβ時の二つ名にも納得したのを覚えている。
私もログたんとリズリズに遅れることなく、両手剣を構えて任されたモンスターへ向かっていく。
「リラックスしていけよ。動きをよく見りゃ余裕だからよ」
マーチのそんな指示が、私の耳にも届いた。
セイドの指揮は、簡単に言えば理詰めだ。
作戦に携わる人を適材適所に配置することで確実性を上げ、全体的な流れと動きを見ることに長けている。
セイドの指示で動いていると、自分のすべきことを的確に
セイドは、作戦に関しての手数が多くて、状況に応じて素早く適切な手札を切っていくイメージだ。
それに対して。
マーチの指揮は人の想いを優先する。
状況が許し、且つその人の実力が伴えば、やる気や希望を酌んで人を配置する。
その人に任せたことに対して、自身も責任を持ってフォローに当たり、カバーする。
だからマーチはセイドと違って自身の手の届く範囲の人しか見ることができないわけだけど。
マーチの指示で動く時は、私たち1人1人が戦闘を組み立ててるって感覚になる。
マーチに人望があるのは、マーチの人柄だけじゃなくて、こういった相手を自分と対等に見る姿勢と、人の気持ちを酌むっていうところが大きいんだと思う。
(まぁ、ルイルイも一緒に居るから、なお安心できるんだけどね)
マーチは――誤解を恐れずに言うなら――大雑把だ。
セイドみたいに事細かな指示はあまり言わない分、対等な立場に立てない――精神的に幼いなどの――相手に対しても、細かい面倒を見れないところがある。
そこをルイルイが上手くフォローする、っていうのが、マーチとルイルイの良さだと思う。
(といっても攻略の時は、大前提にしっかりとしたセイドの作戦があってこそ、マーチの指示も活きるんだけど)
私も、さっきまで感じていた先頭に立つことのプレッシャーから少し解放されたのか、そんなことを考える余裕が生まれていた。
私はサックリと《フロスト・ウルフ》を両断した後、ログたんとリズリズの様子をうかがっていた。
2人とも危なげなくオオカミと対峙している。
そして、その2人を後方でルイルイとマーチが見守っている。
ログたんたちを見守ってるマーチと、何時でも鞭で援護できるように備えているルイルイ。
マーチだけの雰囲気じゃなく、ルイルイの包容力のある存在感も相俟って、緊張することなくこの場に居られるんだ、と実感した。
(ん? あ、いや、セイドだと安心しないとかってことじゃないんだけど! むしろもの凄い安心できるんだけど!)
誰かが聞いてるわけでもないのに、心の中で自分で自分に言い訳をしてしまった。
何と言うか、セイドのは大きくて広くて、がっしりとした分厚い堅い壁で囲まれてるって感じで。
マーチとルイルイから感じるのは、温かくて柔らかい、優しくて強い壁に包まれてる感じ、といったところだろうか。
ログたんとリズリズの戦闘も、筋力値の高い2人ならすぐ終わるだろう。
だからってわけじゃないけど、少し気が緩んだのかも知れない。
「アロマ。ボケーッとしてないで、この先の道とか確認しとけよ? ここからが本番なんだからな?」
セイドの事を思い出していた私に、マーチは不敵な笑みを浮かべながら、そう注意を促してきた。
「わ、分かってますよーだ!」
私は極力平静を装ってマップを開いた。
私は1人、24層にある小さな森の中を歩いていた。
手にしているのは、アルゴさんから依頼されている《新規クエストリスト》だ。
(この辺りで……間違いなさそうですが……)
マップを開き、リストに記載されている目撃情報の位置と、自分の現在地を見比べ、大きな誤差が無い事を確認する。
しかし――
(……モンスターどころか、NPCすら見当たらない……)
――座標はあっているはずなのに、周辺には立派な樹木と、その枝葉が風に揺られる音が通り抜けるばかり。
クエストの開始となりそうな、NPCやモンスターは見当たらなかった。
浮遊城アインクラッドの24層――つまり、私達のギルドホームがある層は、湖沼系フロアだ。
陸地の少ない層だが無いわけではなく、森と呼べるものもしっかりと存在している。
熱帯地域などにあるマングローブの森をイメージして作られているのが見て取れる。
この手の森林は他の層でもあまり見ることが無く、木材としても特殊なものになるようで、多くの木工職人が木材の調達に良く訪れている。
――いや、今は『訪れていた』と言うのが正しいか。
(去年までなら、木材収集を行っているプレイヤーをよく見かけられたのでしょうが……今は、流石に居ませんね……)
比較的安全なはずの下層に位置するフロアであるにも拘らず、今この場には、木材を収集しているプレイヤーは1人も見当たらない。
それもこれも、全ての元凶は《
今年に入ってからPKを本格的に開始した
ここ1ヶ月、
(……で。またご登場ってか……面倒な)
ここに来てから、これで3組目だ。
(今度も2人組……ギルドですらない
俺は思わずため息を漏らしていた。
前と、その前に襲ってきたオレンジ共も2人組だった。
PKに慣れていないわけではないが、殺人までは犯したことがないであろう犯罪者共で、その手口や行動にはある種の慣れが見て取れた。
麻痺毒で動けなくしたところで脅迫する、という単純極まりないものだが、それを行うことに
まあ、俺の場合、仮に麻痺攻撃が当たったとしても麻痺する可能性は30%以下という予測が《警報》で分かってはいたが。
わざわざ当たってやる必要がある訳もなく、襲ってきたところを即座に反撃し、牢獄送りにしていた。
(まったく……予想通り過ぎて笑えないな。牢獄結晶も、こんなに頻繁に使うようなものじゃなかったはずなんだがな……)
俺がソロで低中層をうろつけば、PKが出てくることは予想できた。
故に、俺はクエストを探す前に《軍》のシンカーの元を訪れ、牢獄結晶を4ダース譲り受けている。
少々多いかとは思ったが、あって困るわけでもなく。
(想像以上に出番が多くなりそうだな……この結晶……)
実際に、結構な頻度で使っている事実を鑑みると、4ダースでも少ないかもしれないと思わざるを得なかった。
(さて……毎度毎度待ってばかりってのも芸がないな。たまにはこっちから近付いてみるか)
俺は、相応に離れた所で息を潜めている
向こうは2人とも《
通常であれば《索敵》をマスターしていても《忍び足》との相乗効果で隠れ切ることができるほどに《隠蔽》と《忍び足》をマスターしているようだ。
だが、残念ながら俺には通用しない。
カーソルカラーが《オレンジ》になっている段階で、どうしたところで《警報》に引っかかる。
(俺の居場所は分かってるだろう。なら、俺が最短距離で奴らの方へ走り込んだら、どう動くかな)
いくつかの行動予測をしつつ、俺は2人のうち片方が潜んでいる樹の元へと、一気に加速して突っ込んでいく。
俺の動きに気付いたのであろう、向かった先に隠れていた犯罪者は――
(ほう。双方共に冷静な判断だな)
――反対方向へと、静かに素早く身を翻した。
そして、少し離れた別の場所に隠れているもう1人の犯罪者は、その動きを察知しつつも動かずにその場に留まった。
下手に動けば《隠蔽》が解けてしまう位置に俺が跳び込んでいることをよく理解している。
(犯罪者なんてやらせておくのが勿体ない、良い判断だ。だが――)
だが、動かないという判断も、ばれていない、ということが大前提だ。
(――相手が悪い。俺には無意味だ)
俺は瞬時に角度を変えて跳躍。
隠れ続けるという判断をしたもう1人の元へと跳び込んだ。
「なっ?!」
流石に想定外だったようで、俺が自分の元へと跳び込んで来たという事実をすぐに受け入れられず、犯罪者の男は驚愕の声を上げて体を強張らせた。
そんな男の頭を、俺は跳躍の勢いを乗せた回し蹴りで、男の隠れていた樹の幹へと叩き込む。
「――!?」
悲鳴にすらならない呼吸の漏れる音だけを残して、男は顔面を樹に打ち付けられて気絶した。
「ヴァル?!」
俺から距離を開けたもう1人の男が、咄嗟に仲間の名を呼ぶものの、その時には既に状況は次の段階へと移行していた。
「さっきの判断は、悪くなかったが――」
俺は回し蹴りで男の頭を蹴り抜き、次の瞬間にはもう1人の男の元へと駈け出した。
「――連携としては不合格だ」
そんな判定を口にしながら、
俺は男の鳩尾へと、ダッシュの勢いを全て乗せた掌底をくらわせた。
「ゥゴッ――カハッ!?」
《
「ば……かな……!?」
「それと、道着の特徴を掴んでいなかったことを反省するべきだ」
俺は、男が樹の根元に崩れ落ちるのと同時に、麻痺効果のあるピックを男に打ち込み、麻痺したのを確認してから牢獄結晶を使用した。
「ヴァ……ル……!」
麻痺の効果と、鳩尾を強打されたことによる呼吸困難の
それを見届け、俺は《ヴァル》と呼ばれた男の元へと――
「すまんが、気絶の振りは無意味だ」
――戻る前に、麻痺ピックを3本連続で打ち込んだ。
「ぬぁ?!」
《警報》によって気絶からの回復予測が、牢獄結晶で男を送った直後に出ていた。
ヴァルとしては、俺が近付いたところで不意を衝くつもりだったのだろう。
「なかなかの気絶耐性、そして麻痺耐性だが。どうやっても足りない時もある」
不意を衝くこともできぬまま麻痺させられたヴァルという男に、俺はそう言い捨てて牢獄結晶を起動した。
「くっ…………くそ……俺もキャンスも……すまん……ミズネエ……」
結晶起動までの30秒間で、ヴァルはそんなことを呟いて、牢獄へと転送された。
(ふぅ……まったく……これで3組目。今日だけで6人ですよ……)
気が付けば、私は深々とため息を吐いてしまった。
最近は確かにPKが増えてはいるが、1日に3組に襲われるとは、正直思っていなかった。
「まったく、最近は物騒になったよナ。オレっちも中低層のクエを気軽に調べられなくて難儀してるヨ」
「ぅ?!」
多少の油断もあったが、あまりにも唐突なその言葉に、私は息を飲んで声の方へと振り向いた。
声をかけられるまで、そこに彼女がいるとは全く気付けなかったのだ。
「んン? どーしたんダ? せいちゃんなら、オレっちが居たことくらい分かってただロ?」
私の内心の焦りを知っていてか知らずにか。
彼女は、コロコロと笑い声を上げながら樹に寄り掛かるようにして佇んでいた。
「……アルゴさん……貴女の《
情報屋の筆頭プレイヤー《鼠》ことアルゴさんは、私の言葉を聞いて、また一段と笑顔を輝かせた。
「そうだったカナ。ま、それはともかく、無事で何よりだヨ。流石せいちゃんだナ」
「手伝っていただければ、もっと安全に終えられたんですがね、アルゴさん?」
「オレっちが手を出すような必要、無かったじゃないカ。安定・安全・安心の三拍子揃った戦い方だったヨ」
アルゴさんの口振りからすると、今の戦闘を最初から見ていたようだ。
「まったく……貴女という人は……」
無意識に片手でこめかみを抑えていた。
毎度のことではあるが、こういう点においてはアルゴさんに1本取られてばかりだ。
「で、せいちゃんがここに居るのは、オレっちのクエ調査に協力してくれているってことでいいのかナ?」
「ええ。この《白いアンデット》という、クエストの目撃情報の調査です。アルゴさんにしては珍しく、曖昧な情報しかなかったので、少々興味を惹かれました」
アルゴさんから渡されているクエストリストの中で、唯一と言っても良いだろう。
この《白いアンデット》のクエストに関してのみ、伝聞の目撃情報しか記載されていなかった。
曰く、呪いのメッセージウィンドウから、真っ白いアンデットが這い出てくる、と。
「いやー、助かるヨ。オレっちも、このクエは自分で確認できてなくってナ。ランダム発生のイベクエみたいなんだヨ」
「ふむ……」
発生条件が明確になっていない、もしくはランダムなクエストはあまり多くは無いが、無いわけではない。
難点としては、調査しようとしても思うように調べられない、ということだろうか。
「ま、せいちゃんがこっちを調べてくれるってんなら、オレっちは他のクエを調べに行くとするヨ」
「仕方ないですね。こちらは任されましょう」
何気なく厄介事を押し付けられた感じはするが、元より調査に来ていたのだから、そこは諦め半分に了承する。
私がため息交じりに答えたのを見て、アルゴさんは此方に背を向け――ようとして、なにか思い立ったかのように。
「ところで《
もしくは。
今まで言わずにいたことを、言わずには居れなくなったかのように。
真剣な表情をこちらに向けて――
「そろそろ教えてくれても良いんじゃないカ?」
――アルゴさんは、唐突にそう言いだした。
「……何をですか?」
「決まってるだロ。せいちゃんの秘匿してるスキルだヨ」
ギルドとしても個人としても、いくつか秘匿してることはあるが、アルゴさんはハッキリと、私のスキルと言い切ってきた。
「……さっきの回し蹴りや掌底の威力の事ですか?」
と、とぼけてみたが。
「あれは違うネ」
あっさりと否定された。
「アレは道着の効果だロ? 体術系剣技の威力アップ、ノックバック効果アップ、気絶確率アップってところだナ。とはいえ《舞踊》での通常攻撃にまで効果があるとは知らなかったヨ」
「……ご明察。今回はアルゴさんには敵わないようですね」
静かに、そして丁寧に。
アルゴさんは私の言葉を受け流す。
「とぼけようったってダメだヨ。道着の効果なんてオレっちには当たり前の情報だネ。さっきの、オレンジの《隠蔽》を見破ったスキルのことを言ってるんダ」
「ただの《索敵》ですよ?」
「だったら、オレっちの《隠蔽》にだって気付けたんじゃないカ?」
アルゴさんの表情からは、完全に笑顔が消えていた。
今のアルゴさんの瞳は、獲物を見つめる狩人のそれだ。
下手な言い訳も誤魔化しも通用しない、そして逃げられない。
そんな印象を受けた。
「……私がスキルを秘匿しているとして。何故、今になってそれを追求するんですか? アルゴさんなら、秘匿しているということに疾うに気づいていたはずです」
「今までなら教えてくれるのを待っても良いと思っていたサ。けど――」
アルゴさんはそこで1度言葉を切って、先ほどまでPKが居た所へと視線を向けた。
「――状況が悪くなる一方だからナ。PKに対する手段として、せいちゃんのスキルを広める必要があると思ったんだヨ」
流石、超一流の情報屋だ。
アルゴさんの見立ては、的を射ている。
「せいちゃん、そんな訳だから、そろそろ教えて貰えないカ?」
情報屋だからこそ、だろうか。
ここ数日だけをみても、PKの被害が増加していることを知っているのだろう。
そして、今、最も得ねばならない情報を得られずにいることに、アルゴさん自身、焦燥を感じているのだろう。
今、情報屋プレイヤー全員が総出で探しているのは、殺人者ギルド《笑う棺桶》のアジトだ。
随分と前から捜索しているにも拘らず、未だに影も形も掴めていないらしい。
PKの増長・増加の最大の要因である《笑う棺桶》を叩かない限り、PK被害は右肩上がりする一方だろう。
「そうですね、アルゴさん。仰る通りです」
だから私も覚悟を決める。
「だからこそ、教えるわけにはいきません」
私のキッパリとした否定の言葉を聞いて、流石のアルゴさんも目を丸くしていた。
「え……せいちゃん、だからこそっテ?」
「この段階になれば、私がスキルを秘匿していることはアルゴさんだけではなく、攻略組でも、数名は気が付いているでしょう。ですから、そのことは認めます。そしてその上で。公開するのは拒否します」
「理由も、教えて貰えるんだろうナ?」
「PKに対する手段を公開することは、確かに大切です」
私の秘匿しているスキル《警報》は、確かにPK――正確に言えば犯罪者プレイヤーに対して強力な対抗手段となり得る。
だが。
「ですがこのスキルは、PKにも大きな恩恵を与えてしまうことになりかねません。今の状況で公開すれば、対抗策となるよりも、状況の悪化を招きかねない」
《警報》は犯罪者プレイヤーでも、条件さえ整えれば入手・使用が可能になり得る。
対して、攻略組以下のボリュームゾーンを構成するプレイヤーたちには《警報》に課せられている入手条件や使用制限は敷居が高い。
「そんなことは、他のスキルだって同じだロ?」
「スキルの入手手段が特殊、ということもあります。PKだから入手しやすいということは無いと思いますが、誰でも気軽に手に入れられるものではないんです」
《警報》は、簡単に言うのであれば《索敵》の上位互換だ。
《索敵》の能力に、特定の条件にあてはまる相手を《隠蔽》の効果を無視して察知することができる性能を追加したようなもの、だということもできる。
この性能が、PKへの対抗策となるが。
《警報》の攻撃予測機能や敵対値の一定量保持といった性能は、PKへ大きすぎる恩恵を与えてしまうだろう。
「スキルの入手経路の目途も立ってるんだナ?」
「ええ、一応は。このスキル、使用するための制限が多いんですよ。そういった様々なメリットとデメリットを考えると、PKへの対抗手段として公開しても良いのは……そうですね……少なくとも、《笑う棺桶》を壊滅状態にまで追いやってからでしょう」
「そうカ。それじゃ仕方ないナー」
私の予想を裏切り、意外にもアルゴさんはここで引き下がった。
「でもせいちゃん、これだけは約束してほしいんダ」
アルゴさんはここで、私が考えていなかったことを言いだした。
「無茶だけはしないでくれヨ? PKへの有効なスキルがあっても、せいちゃんだけじゃどうしようもできないこともあるんだからナ?」
「アルゴさん……ありがとうございます。大丈夫ですよ。ギルドメンバーとも約束していますからね。無茶なことはしませんよ」
「それト! そのスキル情報、公開するときは絶対オレっちに最初に教えてくれよナ!」
「……実に、アルゴさんらしいですね……分かりました、それも約束しましょう」
アルゴさんの言葉に、私は笑いを禁じ得ず――
【 お み た わ み こ で 】
――そのメッセージウィンドウが目に入った瞬間、私もアルゴさんも、笑顔を顔に張り付けたまま、表情が凍りついた。
「うっひゃぁー! でっかい穴だねぇ!」
穴の縁に立つ俺の右後ろで、アロマは俺の陰から穴を眺めながらそんな奇声を上げていた。
俺達が今居るのは、55層の北にある村から西に行ったところにある山の頂上だ。
クエストフラグを立てるだけで結構な時間が経ってしまっていて、ここに辿り着いた時にはすでに日が落ちていた。
まぁ、そのおかげで、この縦穴を住処にしている夜行性のドラゴンを先に片付けることができた訳だが。
「間違っても落ちんなよ、アロマ」
俺はアロマに向き直り、そんなジョークを笑みと共に飛ばし。
アロマも胸を反らしてにやりと笑い。
「アハハハ! だいじょb――」
とか、言った直後に。
「――ぅ、ぉ! っと! ととととおおおぉ!?」
アロマは、後ろから吹き付けた強い風雪に煽られて数歩前に踏み出してしまい。
当然、眼前には大穴が口を開けていて。
唐突にバランスを崩したアロマは、たたらを踏みながらワチャワチャと腕を振り回し、かなり必死に、穴に落ちまいと足掻き始めた。
「だぁぁあああから! 言った直後に落ちそうになってんじゃねぇええ!」
あまりにもお約束過ぎて半ば呆れつつも、流石に俺も慌ててアロマの腕を掴んで後ろに引っ張っていた。
「あ、あははは……ゴメン、ありがとう……」
「ったく……セイドの苦労が身に沁みて分かったわ……」
危ういところで穴に落ちずに済んだアロマは、地面に座り込みながら、珍しくも素直に謝罪と礼を口にしていた。
今のは、本気で危なかったらしい。
「マーチん~、ロープ結んできたよ~」
「いやー、
アロマが間抜けたことをしたところで、ルイたちが帰ってきた。
山の頂上に着いたところで、俺とアロマでドラゴンの相手をし、ルイ・リズベット・ログの3人には穴に下りるためのロープを結び付けられるオブジェクトを探してもらっていた。
【アロマさん、何かあったんですか?】
ルイとリズベットはアロマの間抜けな状況にはあまり気が付かなかったようだが、ログは座り込んでいたアロマに違和感を覚えたようだ。
「ウウン! なんにもないよ! 気にしないで!」
乾いた笑顔と共にそんな言葉を返したアロマだったが。
(大丈夫じゃなかったろうが……ったく……)
戦闘に関しては何も問題のないアロマだが、こと日常の事となると、何故か妙な爆弾を持ってくる。
いつも
【そうですか? それならいいですけど】
ログもあまり追究する気はないようで。
俺としても、アロマのドジは今更という気もするので放置しておく。
「さってと! ちゃっちゃと降りて、クリスタルを持って帰ろうか!」
俺はルイたちが帰ってくる間に用意していた【穴に到着。今から降りる。特に問題は無し。心配すんな】というメッセをセイドに飛ばした。
その後、ルイからロープを受け取り、それを穴の中に投げ込んだ。
「まずはアロマから降りてくれ。何もいないとは思うが、念のため俺は最後に降りる。アロマの次はログ、続いてリズベット、ルイの順で頼む」
「は~い」
「ん、了解」
俺の指示にルイとリズベットはすぐに返事をし。
【分かりました】
テキストの分、少し遅れてログが返してきた。
が――
「……アロマ? 聞いてたか?」
――アロマが返事をしない。
「あ~……うん……分かった……」
何となく、引き攣ったような笑顔を浮かべつつアロマがやっと返事をした。
「ロマたん? どしたの~?」
「さっきまでとテンションが違うんだけど……なんかあった?」
「いや、何でもないよ! ダイジョブ! 降りれるから!」
ルイとリズベットも、何か感じたようでアロマを窺うように声を掛けるが。
「……オイ、アロマ……お前まさか、さっきので降りるのが怖くなったとか……じゃねぇだろうな?」
疑問形で聞きつつも、俺はある種の確信を持ってアロマに詰め寄った。
「そ、そそんんなこと、なななないよ、うん、だだいいじょぶ!」
引き攣った笑顔と、震えた言葉で大丈夫とか言われても、全く大丈夫に聞こえない。
【さっきのってなんですか?】
ログもやはり気になったようで、1度は止めた追究を再開した。
「さっきこいつな、穴に落ちかけたんだよ。それで、怖くなったんだろうさ」
「うわー! マーチのバカー! 言わなくても良いじゃんか!」
と、アロマは大声で誤魔化すように騒ぎ立てたが。
「ん~? ロマたん、元々高いところ苦手だよね~?」
ルイがそんなことを唐突に言った。
「へっ?! な、なんで?!」
「だって~。ロマたん、外周には全然近付かないよね~? ログっちのお店の近くとか~」
【そうだったんですか?】
俺もログも気付いていなかったことを――当のアロマも気付かれていないと思っていたことを――ルイは当然のことのように語っていた。
「ロマたん前に言ってたじゃない~。スリラーとか~、ホラーとか~、そういうのは怖くないって~。その分、高い所から下を見ないな~って思ってたんだけど~?」
言われてみれば、確かに。
アロマは、63層のゾンビ系モンスター相手にも怖いとは言わない。
だが、怖いものが無いとも言っていない。
「……アロマ。真面目に答えろ。高い所が苦手なのか?」
「……山に登ったりするのは、問題ないよ……」
俺に問いかけに、しかしアロマは視線を逸らしてそう答えた。
つまり、ルイの推察通りという事らしい。
「……お前……何しにここに来たんだよ……」
俺は思わず右手で顔を覆うように、左右のこめかみを抑えてしまった。
最初から、穴に降りるという話をしていたはずだ。
そのための準備もしていたのだから。
「いや……ほら、リアルじゃ苦手だったけどさ! こっちにきてから色々経験してるからさ! もしかしたら、大丈夫になったんじゃないかなぁ……って……思ったんだけど……」
「無理に降りなくていいから……フフッ」
アロマの言い訳を聞き流して、リズベットが小さく笑っている。
「はぁ……んじゃ、ルイが先に降りてくれ。ログとリズベットがその後で頼む。アロマはロープの結んである水晶のところで何か来ないか見張ってろ」
「うぅ……はぁ~い……みんな、ごめんねぇ……」
俺の言葉に逆らうことも無く、とても珍しい元気のないアロマが、トボトボと水晶の根元へと歩いて行く。
「それじゃ~、先に下行くね~。マーチん、気を付けてね」
「ルイも、気を付けろよ」
ルイと俺は言葉を交わしてしばし見つめ合った後、ルイはスルスルっとロープを伝って降下を始めた。
【ルイさんとマーチさんは、いつも仲が良くて羨ましいです】
「いいなぁ……あたしもいつかは……」
何やら呟いたお子様2人を見やり、俺は思わずニヤリとしてしまった。
「お前らは、もうちょい大人になってからな」
俺のその表情が気に入らなかったのか。
リズベットが声を荒げて噛み付いてきた。
「うっわ! 何その上から目線! すんごい悔しいんだけど!」
「実際、上からなんだよ、リズ嬢ちゃん? 大人になるってのは簡単じゃねぇぞ?」
とはいうが、俺もまだまだ未熟なんだが。
【大人になるのは、大変そうです】
何やら悟っている様子でログはテキストを打ち、その表情はとても落ち着いている。
こちらは少々、からかっても面白みに欠けるな。
「キィィ! 今に見てなさいよ! ぜぇったい、イイ男見つけて、見せつけてやるんだから!」
反応が大きいリズ嬢をからかうのは中々に楽しいが、しかしリズ嬢は、向きになればなるほど、己の未熟さを露呈しているということに気付いていないようだ。
そんなやり取りを経て、ログ、そしてリズベットもロープを伝って穴の底へと降下を開始した。
唐突に浮かんだメッセージウィンドウ。
私もアルゴさんも完全に不意を衝かれて、一瞬と言わず、しばらく動きが取れなかった。
【 ね ん す た て と き 】
しかし、しばしの間をおいて新たなメッセージが出てきたことで、流石に思考が動き出した。
「せいちゃん、周囲に何か見えるカ?」
「いいえ、なにも。モンスターもNPCも、プレイヤーの反応もありません」
私とアルゴさんは周囲を警戒しつつ、2つ目のメッセージを確認する。
「ってことは、これが例のイベクエかナ?」
「おそらく、そうでしょうね。呪いの、メッセージウィンドウ」
《メッセージウィンドウ》――これは、私達が使うテキストやメッセージなどとは少々性質が異なるものだ。
私達の使うテキストなどは、基本的にはそれぞれのプレイヤー用のメニューウィンドウに表示される。
それはつまり、可視化されない限り他人からは見えない、ということでもある。
しかし、今ここで言っている《メッセージウィンドウ》は、プレイヤーに個別で表示されているのではなく、フィールドに浮かんでいる――立て看板のようなイメージを持ってもらえればいいだろう。
とはいえ、あくまでもウィンドウなので、物理的な接触はできない。
何か予兆があれば見逃すということは無いと思うのだが、私もアルゴさんも、メッセージウィンドウの出るような予兆は何1つ感知していなかった。
「んン? しかし、この文字の羅列は何なんダ?」
「分かりません。何か意味があるのか……アナグラムや暗号の類ですか?」
「ヒントも法則も分からなきゃ、すぐには解きようがねえヨ」
【 が な け し い し な 】
私達の戸惑いなどお構いなしに、3つ目のメッセージがウィンドウから
「3つ目……いくつ出るのかもわからないゾ」
「現状分かる範囲で考えるしかない。メッセージウィンドウの大きさはM。文字色は白。背景色は半透明の黒灰色」
「……それ、何か役に立つのカ?」
「知りませんし分かりません。得られた情報を整理するだけです。メッセージの出現状況は2つ目と3つ目で変わりませんでした」
「滲み出るように、カ。確かにこれは特徴的だナ。オレっちたちのメッセとは表示のされ方が異な――」
アルゴさんの言葉の途中で。
メッセージウィンドウに、文字以外の変化が現れた。
「ッ!」
《ソレ》を見て、アルゴさんが息を飲み、鉤爪状の格闘用武器を構えた。
私も《ソレ》を認識したところで、無意識のうちに身構えていた。
《手》だ。
ウィンドウから、異常に白い手が、1つ、生えてきている。
しかもその手は、まるで何かを求めるかのように、ゆっくりと握ったり開いたりを繰り返しながら、徐々にこちらへと伸びてきている。
「これが噂のアンデットの出現カ? ちと気味が悪いナ」
そんなアルゴさんの言葉が終わると同時に、更にもう1つの手がウィンドウから生えてきた。
その手も、先のものと同じで、異様に白い。
柔らかな動きが無ければ、彫像の手と言われた方が納得できるだろう。
手から続く腕もまた、同様だ。
少し冷静に手を観察すると、最初に出てきたのは右手。
今生えてきたのは左手だと分かった。
先に出て来ていた右手は、重力に引かれて下へと垂れている。
しかし、ウィンドウの浮いている高さが相応にあるため、その手はまだまだ地には着かない。
「どうスル? 全部出てくる前に叩くカ?」
ここに来て、私同様に冷静さを取り戻したらしいアルゴさんは、落ち着いた様子でクローを構えている。
「いえ……もう少し様子を見ましょう。まだ距離もあります。それに、出てくるのが1体だと決まったわけでもない。近付いたところで、ウィンドウが一気に増えるとか、あるかもしれません」
「そうダナ……しかし、これはどんなクエなんダ? ここまで来ても何のヒントも無いゾ」
「そう……ですね……」
私達が会話を続けている間にも、白い手はウィンドウから這い出してきて。
遂に、頭らしきものが出てきた。
「これマタ……白いナ」
出てきたのは、やはり真っ白な頭――長い長い純白の髪に覆われた頭部だった。
過去のホラー映画で似たようなものがあった。
だがあれとは異なり、このアンデットからは――
(なんだ……何か変だ……)
――不気味さというよりも、ある種の必死さが伝わってくる。
真っ白な、か細い両手で空を漕ぎ。
無理矢理ウィンドウからこちらへ出てこようと、もがいている。
そんな印象を受けた。
ウィンドウから出てきた真っ白な長い髪は、顔の側に垂れている分が先にウィンドウから零れ落ち、地面へ擦れた。
右手に関しては、肩まで出て来ていて、しかしそれでも地には着いていない。
腕の長さから想像するに、身長はログさんと大差ないだろう。
「……アルゴさん……何か感じませんか?」
「……せいちゃんもカ。オレっちも、なんかモンスターって気がしなくなってたヨ」
気が付けば、私もアルゴさんも、構えることを止めていた。
ゆっくりではあるが、その手は、頭部は、こちらへと出てきて。
今、ようやく胸のあたりまでウィンドウから這い出し、左腕も地に向かって垂れている。
ウィンドウ自体が宙に浮いていることもあり、未だに手は地に届いていないが、そこまで来て、初めてその手の持ち主が少女だという確信が持てた。
『ゥァァァ……ゥァゥ……ァゥゥ……』
小さな呻き声も聞こえてきた。
やはり少女の声だった。
おそらく、このクエストに以前遭遇した人は、この段階で逃げだしたのだろう。
私もアルゴさんも、落ち着いて、冷静に観察することができたから恐怖心に煽られることが無かったが。
恐怖心に負けてこの状況を冷静に見ることが出来なければ、確かにアンデットにしか見えないだろう。
「せいちゃん、どう思ウ? あの
アルゴさんの言葉を背に聞きながら。
私は既に、1歩を踏み出していた。
「――ッテ! せいちゃん、どうするんダ?!」
「助けます」
アルゴさんに短く答え、私はウィンドウから逃れようとしているようにしか見えない少女の元へと駆け寄った。
上半身がウィンドウから抜け出た為か。
少女の身体は、ズルズルと、ウィンドウから滑り落ち始めていた。
「はぁぁぁ~……」
私は水晶の根元に座って深々とため息を吐いてしまった。
(高所恐怖症、克服したと思ってたんだけどなぁ……)
小学校高学年の時、高い所が苦手だったのは確かだ。
でも、それを同い年の男子にからかわれて。
躍起になって克服したのは、中学に入って少し経った頃だ。
(ま、その頃には、からかって来た男子なんて、からかったことすら忘れてたんだけど)
虚しい努力をしたものだ、と、当時は嘆いていた。
とはいえ、ある程度高い所でも我慢できるようにはなった。
でも、苦手なことには変わらなくて。
無意識のうちに崖とかは避けていたようだ。
それを、今さっき落ちかけたことで思い出してしまい。
気が付けば、足が竦んで、座ったまま動けずにいた。
(……情けないな……カッコ悪いよ……私ってば……)
唯一の救いは、この場をセイドに見られなかったことくらいだろうか。
でも、きっとルイルイとマーチがセイドに報告するだろう。
バレるのは時間の問題だ。
「うぅぅぅううう……」
――パキッ――
そんなことを悶々と考えていると、遠くで何かが――いや、この場なら水晶が――割れるような音がした。
(? なんだろう? 熊とかかな?)
この山に入ってから数度エンカウントした《クリスタル・ベア》かと思い、武器に手をかけた――
「アロマ!」
――ところで、穴の方から聞こえてきたマーチの突然の大声に、一瞬で警戒レベルが跳ね上がった。
背中の《雲竜重破剣》を抜き放ち、マーチの元へと駆けつけると。
「切らせるな! まだいる!」
マーチは既に、何者かと交戦中だった。
マーチと敵対しているのは3人。
そう、3《人》だ。
(まさか! PK?!)
ざっと見ただけでカラーカーソルが3人ともオレンジなことは確認できた。
更に詳しく確認しようとし、しかしそんな場合ではないとすぐに両手剣をしまう。
マーチは『切らせるな』と言った。
それはつまり、ロープを、だ。
なら、襲撃者たちはロープを目標として攻めてきている。
ロープを縛ってある水晶自体は《破壊不能オブジェクト》だ。
水晶を気にする必要はない。
しかしロープを相手に切らせることも、私が切ることも許されない。
だから私は、即座に武器を切り替えた。
「いい度胸じゃないの、あんたたち!」
私が取り出したのは、ログたん会心の《アトラス・ヘヴィハンマー》――現在一般に確認されている最高級鉱石を使用して出来る、一品物の両手鎚だ。
私が声を張り上げたことで、マーチの相対していた3人が、一瞬、私に注意を向ける。
(はい、終了)
――キン――
小さな金属音を背に聞きながら、私はロープを縛り付けてある水晶のところへと足を踏み出す。
もし私が3人を相手にしていたなら、一瞬私から注意が逸れた程度では、勝負は決しないかも知れない。
でも、マーチなら話は違う。
マーチの最大の特徴は、瞬間最高速度を誇る《居合い》だ。
一瞬でも注意を逸らせば――
『うぉあああ?!』『ばっ! なっ?!』『腕がぁああ!?』
――3つの悲鳴が重なって聞こえたのは、すぐの事だった。
しかし、まだ終わりではない。
マーチは『まだいる』と言った。
目視したのか《索敵》に反応があったのかは分からないが、居ると言い切った以上、必ず敵がいる。
《索敵》をフルに発揮して周囲を見回すと、縛り付けてある水晶の後ろに、誰かが居た。
詳しく確認もせず、一気に跳躍し、それと同時に両手鎚を振り上げる。
水晶の後ろに居たのは――
(カラーはオレンジ。それだけ確認できれば!)
――案の定、犯罪者プレイヤーだった。
そいつはナイフをロープに振り下ろそうとしている。
「させるかぁぁぁぁああ!」
気合の咆哮と共に両手鎚用剣技――《コメット・ダンク》を発動させ、空中からの落下速度を加速させる。
私の声に思わず顔を上に向けた犯罪者は、素早く何かを投げてきた。
(っ! 対応が速い! けど!)
狙いは精確だけど、セイド程《的確》ではない。
セイドだったら、躱しようのない胸や腹部を狙って投げただろうけど、こいつは急所への攻撃を重視し過ぎた。
ある意味ではその精密さを称えるべきかもしれないが、ここではそれが裏目に出ている。
犯罪者が狙って投げたのは、何と、私の左目。
《
「くっ!」
――ギリギリ、左のこめかみを
「避けるかよ!? あれを――」
「っらぁぁぁぁあっ!」
犯罪者の男が投げたナイフをギリギリで躱し、ハンマーを叩き付けたものの、男も後ろへ大きく飛び退くことで回避していた。
「ヘ、ヘヘッ……躱し切れちゃいなかったみたいだな?」
「なに――」
何を言ってるの、と言葉を続ける前に。
私の視界がフラリと揺れた。
(え?!)
続いて、足の感覚が無くなり――気が付けば雪原の上に倒れていた。
「マ……ヒ……!?」
「ざーんねーんでーしたー。惜しくも、ワーンダーウンってなぁ!」
HPバーが緑色に点滅する枠で囲われている。
さっき投げられたのは、麻痺毒の付いたナイフだったらしい。
「ってか、こんなんが最近有名になってる《
ナイフの男は、音も無く私の視界に歩いてきて、しゃがみ込むようにして、私の顔を覗きこんで来た。
「てかよ、おひさー、アロマ! 覚えてっか? 俺の事」
「……は?……誰よ……あんた……」
「かぁ~っ! 覚えてねえのかよ! 前に俺らとパーティー組んだじゃねぇか!」
正確に言えば、無論、分かっている。
今私の目の前にいるのは、最悪の殺人者ギルド《笑う棺桶》の幹部、毒ダガー使いの《ジョニー・ブラック》だった。
そして。
以前に私をMPKしようとした男の1人だ。
黒革の靴、黒のパンツ、黒い革鎧、そして何よりも特徴的な黒い頭陀袋のようなマスク。
全身黒ずくめなのはキリトと同じはずなのに、こいつの黒は粘っこい感じがする。
「……あんたたちと……組んだ覚え……なんかないわよ……」
「ま、それは構わねぇや。とりあえずここで、前にやり損ねたお前を仕留めときゃ、ヘッドも――」
「んな暇あると思ってんのかよ」
饒舌に喋っていたジョニーを、マーチが奇襲した。
「ヒョォッ! いょぅ、マーチィ! お前と会うのもひっさしぶりだなぁ!」
しかし、マーチの居合い系剣技《辻風》を、ジョニーはガッチリとダガーで防いでいた。
発動を見てからでは対応が間に合わない《辻風》をしっかり防いでいるという段階で、ジョニーの戦闘能力の高さは
「俺が居るのを分かってて、ベラベラ喋ってたくせに、よく言うぜ!」
マーチは無理矢理刀を振り抜いてジョニーを奥へと押し返す。
「ハッハッハ! まぁなぁ! 俺がお前ら見つけたのは、ただの偶然だしなぁ! ヘッドの命令がある訳じゃねえから、適当に遊んだだけだからなぁ!」
押し返されながら、ジョニーが毒ナイフを《投剣》の剣技でマーチに投げてくる。
「遊びで人の命を狙うんじゃねぇよ!」
しかしそれを予測していたマーチも、八咫烏の居合いで弾き落とした。
「リカバリー、アロマ!」
そして、ジョニーが態勢を立て直す前に、マーチが私に解毒結晶を使った。
「サンキュ! マーチ!」
麻痺が抜けたところで、すぐに立ってハンマーを構えてジョニーと対峙する。
「しっかし、あの新人共は使えなかったな……ま、別に良いけど」
ユラユラと、フラフラと、構えているのかいないのか、よく分からないジョニーだけど、油断すると、あの体勢から唐突にナイフが飛んでくる。
「で、どうすんだよ? 最後までやるってんなら、今度こそ、ケリ付けてやるぜ?」
マーチがジョニーに最後通告を突き付ける。
(って、今度こそ?)
「さっすがに、俺1人で《
「あァ? 《皇帝》だぁ?」
「お前のことだよ、マーチィ! アロマが《戦車》なら、ってヘッドが言い出したのさ!」
「……タロットか」
「お前らのギルドに
ケタケタ笑いながら、ジョニーはジリジリト撤退の様子を見せている。
(「マーチ、突っ込むから援護して」)
(「やめとけ。今は退かせりゃそれでいい」)
私が最小の声でマーチに合図を送るけど、マーチはそれを止めた。
(「あいつとここでやり合うと、多分、俺かお前がタダじゃ済まん。それに――」)
マーチは視線だけでロープを示した。
(「切られると厄介だ」)
「サッサと決めろ、ジョニー。やるのか。やらないのか」
マーチが更に問い詰めつつ、居合いの構えのまま1歩前ににじり寄ったところで――
「やらねえって言ってんだろ!」
――ジョニーは音を立てずに大きく後ろに飛び退き、それと同時に足元の雪を蹴り上げて目隠しに利用した。
「今はな!」
ジョニーは、その一言を残して、私達の前から退いた。
白い少女の身体が完全にウィンドウから抜け落ちると同時に、私は少女を受け止めた。
『ゥ…………ァ…………』
「大丈夫ですか?」
無駄だろうと思いつつも、そう問いかけずには居られなかった。
「せいちゃん、ウィンドウを見ナ! もう1文出たヨ!」
少し遅れて駆け寄ってきたアルゴさんのその言葉で、私もウィンドウへと視線を向けた。
そこには――
【 い を て は る か い 】
――という、やはり意味を見いだせない文字の羅列があった。
しかし。
「せいちゃん……これ、もしかしテ」
「そのようですね」
私もアルゴさんも、このウィンドウに滲み出たメッセージを受け取ることができた。
『ァ……ァァァ……ゥァゥ……』
私は、抱きかかえた少女の呻き声に、ウィンドウに向けていた視線を少女に戻した。
「あなたのメッセージ、受け取りました。私に何ができるかは分かりませんが、私の出来る限りのことをします。この手の届く限りの人に、手を差し伸べることを惜しみません」
「せいちゃん、それは言い回しが複雑すぎないカ? そのNPCが理解できるとハ――」
そう、通常なら、今の私の様な台詞は必要ない。
しかし、何故だろうか。
この少女には、通じるような気がしたのだ。
『ァ……』
私の言葉を理解したのか否か。
少女は小さく声を上げ――
【 あ 】
【 り 】
【 が 】
【 と 】
――というメッセージを残して、私の腕の中でスゥーッと、消えて行った。
「で、そのクエ、結局発生条件は分からないままか」
マーチが食卓で紅茶を飲みながらそう呟いた。
「ええ。流石にランダム発生では、予測が立ちません」
「しかし、ズルいよナ! せいちゃんだけ報酬ゲットだヨ! オレっちも居たってのニ!」
1度は納得したはずのアルゴさんも、やはり不満は不満らしく、ブツブツと愚痴っている。
「情報は手に入ったんだから、良いじゃん、アル姐。贅沢はダメだよ!」
「まぁナー……ランダムイベクエだからか、報酬は格別だしナ! ステータスポイント1追加なんて、他じゃなかったヨ!」
私達はそれぞれの分担での仕事を終えて、ギルドホームに戻って来ていた。
アルゴさんも傍にいたとはいえ、あの《白の少女》のクエストの報酬は、私が得ることとなり。
アルゴさんには色々と文句を言われつつも、情報提供料を無しにする、ということで手を打ってもらった。
金銭面的には、DoRが損をした、という形になってしまったが致し方ない。
マーチ達も無事に金属を入手できたらしく、リズベットさんとログさんは、早速金属を加工するために工房へと籠っている。
ゆえに、今ホームに居るのは、私・アロマさん・マーチ・ルイさん、そしてアルゴさんの5人だ。
「でもま、ホント助かったヨ。せいちゃん居なかったら、攻撃してたかもしれないからナ」
「お役に立てたのなら、なによりです。それより――」
私は視線をマーチとアロマさんに向け直した。
戻って来てからというもの、マーチとアロマさんが何となく落ち着きがないのだ。
「――マーチ、アロマさん。何かありましたね?」
「……何かって?」
アロマさんが、とぼけたようにそう返してきた。
「マーチ。穴に降りる前の連絡は受けてた。そこまでは何事も無かったはずだ。その後、何かあったんだな?」
「いやぁ……実はな……」
やけに真剣な表情のマーチから聞かされた内容は――
「……アロマが、高所恐怖症だったんだ……」
――思わず、コケるような内容だった。
「ハァ?!」「ちょ! こらぁぁああ! 言わない約束じゃ――」
私の疑問を投げかける声とアロマさんの台詞が重なり。
「――ん? そんな約束してないよな?」
マーチはニヤニヤと笑いながら紅茶をひと啜りした。
「あはは~。ロマたん、恥ずかしがらなくても良いんだよ~? 私だって~ホラーとか苦手なんだし~」
アロマさんをフォローするようにルイさんが厨房から顔だけ出してそう言うと。
「ほうホウ。マーちゃん、意外な弱点だナ。ルーちゃんも、ホラーが苦手っト」
「アルゴ。その情報、誰かに売るつもりなら、今後2度と手を貸さねえからな?」
アルゴさんが耳聡く何かにメモを取るそぶりを見せ、すかさずマーチが睨みをきかせた。
「にひひ、冗談だヨ。DoRには世話になってるからナ。それに、DoRの誰かのパーソナル情報を求められた時には、必ずせいちゃんに連絡するって契約になってるから、そう易々と誰かが情報を買ったりはできないヨ」
今更ではあるが、アルゴさんと私の間で結ばれている契約が表に出ると。
「……相変わらず、手回しが速いな……お前は……」
「当然の事でしょう? アルゴさんと付き合いを始めた時からですよ?」
「知らなかったよ……」
そんなこととは知る由もなかったマーチがため息交じりに答えた。
その答えと同時に、メッセージが届いた。
「ん。ちょっと失礼」
一応皆に断りを入れてからメッセージを確認した。
そこに書かれていたのは――
「――――――――――――――――」
「ン? どーしたんダ? せいちゃン?」
「いえ、なんでもありません」
「は~い、お待たせしました~♪ 今夜は~《クリスタル・ベア》のシチューですよ~♪」
この場は、ルイさんからの夕食の提供もあり、何事も無く終わった。
メッセージの主は、マーチだった。
【俺とアロマで《J・B》とやり合った。今回は遊びだと言って退いたが、近いうちに、何か仕掛けてくるつもりらしい。お前が策を練ったうえで、アルゴも交えて攻略組で話をするべきだろう】
気が付けば、2013年も終わろうとしています。
……振り返ってみると、昨年のこの時期はDoRの第四章・第六幕を投稿していた時期です……。
……あれ?! 全然進んでないのに1年過ぎた!?
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本当に……遅筆でもう……ね……首を吊ったほうが良いんじゃないかt(ry
と、私のネガティブはさておきまして。
遅筆により、読者の方々に見限られることを恐れつつ。
今年も何とか続けることができました(>_<)
感想をお寄せ下さる方々や、お気に入りに登録して下さっている皆様方に。
この場をお借りして、感謝申し上げます。
本年も、誠にありがとうございました!m(_ _)m 皆様のおかげで続けることができております!
私事でなかなか進める時間が取れておりません。
が、何度でも言います。
エタるつもりはありません!(・_・)
皆様がお付き合いいただけるのであれば、今後ともお読みいただけると嬉しい限りです!
新年直前にはアニメSAOのエクストラエディションもあります!
とても楽しみです!
皆様と共に、SAOをもっと楽しんでいければと思っておりますので。
来たる新年も。
どうぞ、何卒、よろしくお願い申し上げます m(_ _)m
2013年12月30日 静波