ソードアート・オンライン ~逆位置の死神~   作:静波

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まずは更新が滞ってしまったことを、ここに深くお詫び申し上げます。
面目次第もございません!! m(_ _)m

エミリア様、路地裏の作者様、鏡秋雪様、ガーデルマン様、バルサ様、はなび様、clein様、クー様、大変遅くなりましたが、感想ありがとうございました!

今回は文字数が増えてしまいましたが、楽しんでいただければ幸いです!(;>_<)



第三幕・来賓

 

 62層が開放されてから3日後の朝。

 珍しいプレイヤーが俺達のギルドホームを訪ねてきた。

 

「いやぁ、皆さんのお出かけ前に会えて良かったぁ」

 

 今、俺やセイドと向かい合って座っているのは、アインクラッドで最も有名な情報屋であり、俺とはβテスト時から付き合いのある《鼠》のアルゴ――ではなく。

 

「あなたが来るのは、いつも突然ですね。本当に出掛けてしまう直前でしたよ、ゼルクさん」

 

 情報屋兼《行商人》を生業としている、これまたβの時から俺と付き合いのある長身の男――β時代は《子鼠》の二つ名で呼ばれていた《ゼルク》だった。

 

「いやぁ、これでも色々忙しい身でしてぇ。ギリギリまで仕事してたんですよぉ」

 

 困ったように笑いながら短く切り揃えられた栗色の髪を掻くゼルクだが、こいつが忙しいのは当然ともいえる。

 何せこの男、情報屋にして行商人というだけでなく、同時に攻略組の一員として活動しているのだから。

 ゼルクはβの時からアルゴのことを姉御と呼び慕い、アルゴも済し崩し的にではあったがゼルクのことを弟分として、今現在も付き合いが続いている。

 

 ちなみに、ゼルクの《子鼠》という通り名は、ゼルクがアルゴの弟子であることが由来になっている。

 しかし、長身のゼルクをして《子鼠》というのは、小柄なアルゴからしたら嫌味にしかならないだろう。

 

「どーせ《軍》の連中相手に最前線のアイテム売り捌きに行ってたんだろ?」

「あははぁ、マーチさんにはバレバレですねぇ」

 

 アルゴ直伝の情報屋としてのイロハを駆使し、ゼルクもまた一流の情報屋として活躍する――かと思いきや、ゼルクがこの世界で有名になったのは《行商人》としてだ。

 

 前線で得たアイテムを、低中層を活動拠点としているギルドに売ったり、前線のプレイヤーたちを相手に、迷宮区内でポーションや結晶アイテムなどを売りさばいたり。

 間延びした喋り方からは想像しづらいが、こいつの実力は攻略組ギルドも認めている。

 情報屋でありながら商売人であり、且つ攻略組の一員として最前線の迷宮区でソロ活動(・・・・)を続けている長身の槍使い――それが、このゼルクという男だ。

 

 そして。

 ゼルクがここへ来る時は、同時に厄介事もやってくる。

 

「で、ゼルク。用け――」

「そうそう! そういえばぁ! うちのギルドのメンバーもぉ、皆さんのご指導のお蔭で順調にレベルが上がってきてましてぇ――」

 

 俺が用件を聞こうとしたところで、ゼルクはマイペースに自分のギルドのことを語りだしてしまった。

 

 ゼルクはソロで迷宮区の攻略を続けているが、ギルドには所属している。

 ただ、そのギルドは攻略組ではなく、ボリュームゾーンを形成するギルドの1つだ。

 元々はソロで活動していたゼルクだが、通りがかりにそのギルドの危機を救ったことをきっかけに勧誘され、ギルドに加入。

 今でもそのギルドは健在のようで、ゼルクはそいつらを支えながら最前線を飛び回っているというわけなのだが。

 

 以前、ゼルクをセイドたちに紹介した時、ゼルクから『うちのギルドメンバーに、パーティー戦闘に関して指導してほしい』という依頼を受けたことがある。

 そのこと自体に関しては、まあ良い。

 ただ失敗だったのは、ゼルクが俺の思っていた以上に、親馬鹿ならぬギルド馬鹿だったことだ。

 こうして会うたび会うたび『うちのギルドメンバーがなにをした』とか、『うちのギルドでこんなことがあった』とか、自分のギルドの話を嬉々として語りだしてしまう。

 そして、こうなるとゼルクが満足するまで話は終わらない。

 

(……遅かった)

 

 俺は思わずため息を吐き、横目でセイドを見やった。

 セイドはゼルクの話をにこやかに聞いている――というか、聞かざるを得なくなっている。

 俺は、セイドにゼルクの話し相手を一任することに決め――

 

「悪ぃな、嬢ちゃん。なかなか話が進まなくてよ」

 

 ――ゼルクの隣に座っているもう1人の来客者にして、今回の厄介事であろう少女に声を掛けた。

 

「え?! あ、いえ、そんな! 気にしないで下さい!」

 

 俺が唐突に話しかけたためか、少女は慌てたように首を横に振った。

 

 ライトブラウンの髪を短めのツインテールにした短剣装備の少女で、背丈はログと同じくらい――おそらく年の頃も同年代だろう。

 アロマが居たら、撫でまわしそうな雰囲気を醸し出している可愛らしい少女だ。

 だが、撫でまわされては話が進まなくなるので、こちらも止む無く、ルイにアロマのお守りを頼んで、強引に買い物へ放り出してしまった。

 

 少女が首を横に振った動きに合わせて、短めのツインテールが激しく揺れ、そして――

 

「キュピッ?!」

 

 ――その動きに驚いたように、少女の肩に止まっていた小さな竜が鳴き声を上げた。

 

 そう。

 この娘の肩には、小型のドラゴンモンスター――それもレアモンスターである《フェザーリドラ》が鎮座していた。

 

(話には聞いたことがあったが、実物にお目にかかるのはこれが初めてだな……)

 

 この少女は、所謂(いわゆる)《ビーストテイマー》と呼ばれるプレイヤーだった。

 

 

 

 この世界の小動物型モンスターは、極稀にプレイヤーに好意的な興味を示すことがあるらしい。

 らしい、というのは、俺自身は1度もそんな場面に出くわしたことが無いからだ。

 モンスターが好意的な反応を見せるだけでも非常に低確率だが、その状況が発生したからといって、それだけでそのモンスターを《使い魔》に出来るわけではない。

 そこから更に、モンスターに何らかのアイテムを与える――要は餌付けする――ことで初めて《飼い慣らす(テイミング)》することができる。

 だが、テイミングも必ず成功するわけではない。

 モンスターによって好物となるアイテムは様々で、場合によっては食べ物ですらないかも知れない。

 つまり、テイミングに使用するアイテムの選択を間違えれば、当然モンスターは《使い魔》に出来ないわけだ。

 そう考えれば、この少女がどれ程幸運に恵まれていたのかは、想像に難くない。

 レアモンスターと遭遇し、そのモンスターが好意的反応を示し、更にそのモンスターの好物となるアイテムを所持していて、それを間違えることなく与えることができた。

 それも、モンスターの好物などの予備知識もなしに、だ。

 これを幸運と言わずして何と言うのか。

 

 

 

(いやはや、まったくもって羨ましいリアルラックの嬢ちゃんだな) 

 

 そんなレアプレイヤーである《ビーストテイマー》の中でも、この少女は特に有名な《竜使い》と呼ばれるプレイヤーだろう。

 名を、確か《シリカ》といっただろうか。

 

「シリカ、で良かったか?」

「あ、はい。えっと、あたしの事、ご存じだったんですか?」

「まぁな。名前くらいは聞いたことがある」

 

 俺の言葉に、シリカ嬢は何やら照れた様子を見せた。

 俺が知ってるのは嬢ちゃんの名前と、実力としてはボリュームゾーンの域を出ないことと、ある意味でのアイドルプレイヤーである、といった程度のことだ。

 攻略組全員が知っているとは思えないが、《ビーストテイマー》関連の情報を少し探ればすぐに目につく名前、という知名度だ。

 まあ、そこまでハッキリと言わなくても良いだろうと判断し、軽い会話を続けて行く。

 

「その竜、名前はなんて言うんだ?」

「この子はピナっていいます。あたしの大切な相棒(パートナー)です」

「そうか。しかし……《フェザーリドラ》……レアモンスターの飼い慣らし(テイミング)ねぇ……羨ましい限りだ」

「本当に偶然だったんですけど、今ではもうピナが居てくれないと不安で不安で――」

 

 シリカ嬢は本当に嬉しそうに、ピナと名付けたペールブルーの小さなドラゴンを撫でながら、ピナとの思い出話を意気揚々と語りだした。

 

 シリカ嬢の話を聞きながら、俺は頭の片隅でこの少女とゼルクが微妙に似ていると感じた。

 話が好きそうな感じが、実に似ている。

 

(ま、ゼルクの話が落ち着いたら、セイドが話を切り出すだろ)

 

 

 

 

 セイドがゼルクの話を聞き続ける横で、俺は俺で嬢ちゃんの相手をする。

 しばらくして、ゼルクが満足気に『あぁ、すみませぇん、ここに来た本題を話してませんでしたねぇ』と言い出したのは、それから30分後の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 37層の主街区《スプラ》は相応の人で賑わっていた。

 NPCが多いのではなく、ボリュームゾーンのプレイヤーたちで、だ。

 

「しかし、意外と人がいるな」

「この辺りの層は、ボリュームゾーンのプレイヤーが拠点にしている街が多いですからね。特にこの街は、プレイヤーホームが安めに設定されていましたから」

 

 俺の漏らした呟きにセイドはそんな言葉を返してきた。

 

「いや、俺が言ってんのは時間帯の話な」

「あ、なるほど」

 

 

 ここ《スプラ》の街には数多くのプレイヤーホームが軒を連ねている。

 1軒1軒の敷地面積は俺達のホームの3分の1以下。それぞれが、あっても3階までなので延床面積も約半分が精々だろうか。

 だが少数のメンバーで生活するには充分なスペースだし、価格もホームの売値としては非常に手頃なものだった。

 また、スプラのホームは《分割払い》することができるのも特徴だろう。

 1回で購入することが出来なくても、毎月決まった額を収めることができればいい。

 購入するつもりが無くても、分割払いのシステムを利用して借家的な使い方をするプレイヤーも多い。

 つまり、ボリュームゾーンのプレイヤーが拠点とするには、とても便利な街だと言えるだろう。

 

 だから人が多いのは当然だが。

 俺が言ったのは、今の時間にしては人がいる、ということだ。

 

 時刻は午前10時を回った頃。

 攻略組だろうとボリュームゾーンだろうとソロだろうと関係なく、午前中の最も狩りに興じているはずの時間帯だ。

 にも拘らず、スプラの街には想像以上にプレイヤーが居た。

 その誰もが、のんびりとこの街で《生活》している雰囲気をまとっている。

 

(攻略ペースが落ちるのも無理ねぇのかもな……)

 

 ここに居るのは攻略組のプレイヤーではないにせよ。

 いや、ボリュームゾーンのプレイヤーだからこそ、この世界で生活することに慣れてきている、と言って良いだろう。

 そして、そういった《慣れ》は、攻略組全体にも着実に広がりつつあるようだ。

 

(俺らももっと攻略に励まねぇと……とはいえ――)

 

 改めて現状を意識したうえで、俺は視線を後ろの3人に向けた。

 そこには、ルイとアロマ、そして2人に挟まれるようにしてシリカ嬢が横並びに歩いている。

 

(――根を詰め過ぎても良くねぇし、たまにゃこんな感じで息抜きできるクエに行くのも悪くねぇ)

 

 女3人が連れ立って歩く様は、賑わっている大通りであっても特に異彩を放っている。

 プレイヤーのほとんどが男というこの世界では、ルイ(俺の嫁)の様な類い稀な美女が1人いるだけでも目立つものだが、弾けるような笑顔を振りまいているアロマと、フェザーリドラの可愛さと本人の愛らしさを合わせてアイドル性を発揮しているシリカ嬢という、タイプの違う美女が揃い踏みすれば、おそらく現実世界でも相当注目を浴びることだろう。

 そんな目を惹く3人は、周りの視線など気にも留めず、談笑に明け暮れている。

 主にアロマがシリカ嬢を猫可愛がりしてるようにも見えるが、まあ、シリカ嬢には我慢してもらおう。

 

「たまには、こうした息抜きも必要ですね」

 

 俺と同じように、セイドも後ろの女性陣を見やりつつ同じ感想を抱いたようだ。

 

「ま、今日の俺らはオフだし、元々のんびりするつもりだったから構わねえけどな」

 

 視線を前に戻し目的の場所へと歩を進めながら言った俺の言葉に、セイドは何か感じるものがあったようだ。

 

「……何か言いたそうですね、マーチ」

「アルゴに良いように使われてる感じがしてなぁ……その辺りは任せたぞ、セイド。キッチリ相応に()(さら)ってこいよ?」

「ハハハ。また難しい事を言いますね。アルゴさん相手では、簡単じゃないんですよ?」

 

 セイドも意味は理解しているようで、苦笑を浮かべてそう答えた。

 

 

 

 俺たちが今日、37層に赴いたのはアルゴからの依頼を受けてのことだ。

 

 ちょっと前までの俺達とアルゴの関係は、クエ情報の売買が主だった。

 アルゴは未攻略クエを発見しても、それが単独クリアの難しいクエだった場合、そのクエの情報を誰かに売り、攻略してもらう。

 そしてそのクエのクリア情報を、今度は売った時の額より少し高値で買い、そうしてまとまった攻略情報をガイドブックに載せたり、他の誰かに売ったりすることで利益を上げて行く。

 

 俺達とアルゴは、そういったクエ情報のやり取りをする間柄だった。

 攻略組と同等のレベルを維持していながら攻略に参加していなかった俺達は、アルゴにしてみれば非常に都合のいいプレイヤーだったこともあり、未攻略クエの情報に関しては色々と贔屓(ひいき)にしてくれていた。

 だが、俺達が攻略組に参加することになってから、俺達はアルゴのクエ攻略を手伝ってやる機会が一気に減った。

 

 今までなら、レベル上げ(レベリング)の合間や代わりに、アルゴに頼まれたクエを片付けたりしていたが、攻略に本腰を入れるとなると、レベル上げだけでなくフィールドボスや迷宮区の探索などでどうしても時間を取られる。

 結果。最前線関連のクエ以外ではほとんど手伝ってやれない、ということになっていた。

 

『ま、仕方ないナ。暇なときに手伝ってくれると助かるヨ』

 

 そんなアルゴの台詞を聞いたのも、今にして思えば随分前のように感じる。

 

 そして、今回。

 ゼルクが俺達に持ち込んできた話は、やはりアルゴからのものだった。

 

『姉御からぁ、皆さんにこのリストを渡してくれと頼まれましてぇ』

 

 そう言ってゼルクが俺たちに見せたのは、最近になって低中層で発見されたクエをまとめたリストだった。

 既に攻略が済んでいるものもあるようだが、書かれている8割以上が未攻略もしくは情報不足につき要検証となっていた。

 

『俺もぉ、姉御に頼まれてぇ、色々やってはいたんですがぁ、どぉーしても手が足りないんですよぉ』

 

 アルゴは主に、最前線のボス攻略用の情報クエをクリアするために駆け回っている。

 ゼルクに聞いた話だと、近頃は聖竜連合(DDA)に声をかけて関連クエの攻略に当たっているらしい。

 血盟騎士団(KoB)と違い、DDAはこの世界での優位性を重視しがちだ。

 だからこそ、アルゴもDDAを利用してクエのクリアを目指し、DDAもアルゴを利用して、ボス戦でKoBなどの有力ギルドに少しでも差を付けたいと思っているのだろう。

 

 と、セイドは分析した。

 

『姉御もぉ、DoRの方々にガイドブック用のクエ攻略を手伝っていただきたいとぉ、しつこくぼやいてましたからぁ』

 

 という、ゼルクの発言から推察するに。

 アルゴとしては、自分の発行している《全クエスト必勝ガイドブック》に載せるためのクエ攻略も手掛けたいところだが、人手が足りていないため俺達のオフの日を狙っていた、といったところだろう。

 

 俺もセイドも苦笑いを浮かべつつ、ゼルクの持ってきたリストを受け取った。

 アルゴには色々世話になってるのも確かだし、オフの日の息抜きとして低中層クラスのクエをこなすのも悪くない。

 

『シリカちゃんもぉ、姉御に頼まれて色々手伝ってくれてるんですよぉ。でぇ、今回のクエなんですがぁ、シリカちゃんが受けてくれてるのでぇ、一緒に行ってもらいたいんですよぉ』

 

 そして、このゼルクの言葉で、ようやくシリカ嬢がここに来た理由が説明された。

 シリカ嬢はアルゴの依頼を受けてクエ攻略をしていたという。

 だが、シリカ嬢は決まったパーティーに所属しているわけではなく、今回は他に都合のつくパーティーがいなかったらしい。

 そこで、俺達が同行して、シリカ嬢が請け負ったクエを攻略してほしい、というのがゼルクからの話だった。

 

 

 

「ってかよ。嬢ちゃんの話だと、既に2度攻略している『はず』なんだよな?」

「らしいですね。ですが、何故か2度とも依頼達成にはならなかった、と……」

 

 シリカ嬢にこのクエの詳しい話を聞いたところ、ここ37層の主街区《スプラ》にある掲示板に貼り出されたクエの1つに、新規のクエがあったらしい。

 それが嬢ちゃんの受けた《森に響く呻き声》というクエだった。

 

 当初は、ガイドブックにないクエを見つけたと、パーティーメンバーと共に喜んだらしいのだが、いざクエ攻略となった時、奇妙なことが起きた。

 討伐対象として現れた覆面を付けたオーガを倒したにもかかわらず、クエがクリアとならなかったというのだ。

 

 何かのフラグを立て損ねていたのかも知れないと、その時は反省して終わったらしいのだが。

 1週間後、掲示板に全く同じクエが貼り出されていたのを見つけ、再度受注。

 今度は1度依頼主の元まで赴き、クエの背景となるストーリーも聞き、フラグと思われる内容もしっかりと把握したうえで覆面オーガを討伐した。

 

 のだが、やはりクリアにはならなかったらしい。

 

「クエストの依頼書を私も見せていただきましたが、やはり討伐クエストであることに間違いは無いようですね。ボスを討伐することに違いは無いはずですが」

「クリアにならねぇってことは、どこかで何かをしくじってるはずだよな……ま、とりあえず、予定通り依頼主のNPCん所まで行ってみるしかねぇか」

 

 シリカ嬢の話から、クリアするための何かを見落としている可能性を考え、俺達は念のため掲示板前まで行き、同じクエが貼り出されていないかをチェック。

 その後、クエの依頼主となっているNPCの元へと向かっている、というところだ。

 

 

 掲示板クエは、各街に備え付けられた掲示板に貼り出されるクエストの総称だ。

 その特徴は、多種雑多なクエが近隣に住んでいるNPCによって貼り出されていて、1つのクエに関して同時に受けることができるのが1人ないし1組のみという点。

 それと同時に、例外なくクリアまでの制限期間が決められている点。

 クリアされるか失敗することで再度掲示板に貼り出されることになるのも特徴だ。

 

 

「掲示板型で繰り返し受注が可能なクエストというのは決して珍しいものではないですよね」

「ああ。普通にあるな。ただ、そんなに複雑なクエじゃねぇってのも特徴になるが」

「掲示板から受けるだけでフラグを立てる必要がない、簡単にできるというのが掲示板の利点であるはずなのに……」

「そー考えると、このクエは確かに変だな。詳細なクリア条件があるのなら、掲示板型じゃなくNPCから直接受諾するタイプにすりゃいいのに」

 

 セイドと何気なくクエに関しての会話を続けているが、こんなことは俺もセイドも十二分に承知している。

 単に言葉に出すことで整理しているだけだ。主に俺が。

 セイドなら1人で黙考した方が速いかもしれない。

 

「っても、例外は今までにもあったな。これも例外の1つなんだろうさ」

「おそらくは、そうでしょう。となれば、何を見落としているのか」

「事前に必要なフラグか、クリア方法か条件か」

「シリカさんたちは受注後、NPCの元も訪れています。フラグに関して余程大きな点を見落としていない限りは、後者でしょうね」

「だとしても、嬢ちゃんも3度目を受けただけでNPCの所にはまだ行ってねぇってことだし、俺らとしてもフラグの可能性は拾っておきたい」

「NPCとの会話内容によりますが、すぐに討伐に向かうかどうかも考えないとなりませんね」

「んだなぁ。ま、そうなりゃそうなったで――」

 

 俺はゼルクから渡された新規発見クエのリストを呼び出した。

 

「――別の未攻略クエにでも行きゃいいだろ。俺等なら余裕だろうし、あの嬢ちゃんの為にもなるだろ」

「そうですね。主にクリアを進めるのはシリカさんに任せましょうか。その方がシリカさんに経験値が入りますし」

 

 俺とセイドは歩きながら、再び揃って後ろに視線をやった。

 いつも以上に楽しそうなルイとアロマに挟まれながら、シリカ嬢も楽しそうに笑っている。

 最近は迷宮区攻略が多かったためか、今ルイの浮かべているような不安の一切ない笑顔は、とても久しぶりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論から言えば。

 クエの進行条件の1つに《時刻指定》があった。

 

 NPCとの会話で『暗い森の奥から』という言葉があったのを、セイドは聞き逃さなかった。

 しかしシリカ嬢たちも、2度目の討伐は夕方を過ぎた黄昏時だったらしい。

 つまり、時間の条件を満たしただけではクリアには足りないのだ。

 

「……しっかし、まさか夜間の時間指定とはなぁ……」

 

 俺達がこのクエのクリアに乗り出したのは午前中である。

 当然、すぐに出発してもクリアできないという結論に至り、俺達は討伐に向かえなかったときの予定通り、リストにあった未攻略クエを進めている。

 

 数多くあった中でも、ゼルク1人での進行には手間がかかるクエを優先したところ、複雑なものではなく単純なスロータークエということになった。

 まあ、場所は37層ではなく、46層で有名だった(・・・)狩場《紅蟻の巣谷》――通称《蟻谷》へ移ったが、ここは以前の様な高効率の狩場としては既に機能していないため、人はいなかった。

 システムによって効率が下方修正され、1度に出現するモンスターの数、入手できる経験値量が、最盛期とは比べ物にならない場所となっている。

 

 新規クエということもあってか、討伐指定されているモンスターの種類と数は無暗に多いが、俺たちにしてみれば大したことは無く――

 

「ほれ、嬢ちゃん、次来たぞー」

「えっ?! あの! まだ――」

【k】

 

 ――それでも、蟻谷の1度のポップ量が少ないため、どうしても時間がかかることから、昼飯は外で食うことになりそうだ、とログにもメッセを送ったところ、ログもこちらに合流するという運びになった。

 急なことではあったが、ログも補充したい素材があったようで、スローター対象のモンスターを狩りたかったらしい。

 

 ログは俺の呼びかけに1文字で答え、即座に大蟻へと戦鎚(ハンマー)を構えて跳びかかって行った。

 ルイは、予定外の事態に食事の準備をしていなかったということで、谷の外で携帯式簡易(かまど)を設置して即席のバーベキューの仕込みをしている。

 アロマにはいつもの如く、少し離れた別の狩場で蟻以外の討伐対象モンスターを片っ端からポリゴン片へと還してもらっている。

 アロマの勢いでここの蟻を狩られたら、嬢ちゃんたちの経験値が稼げなくなるからでもあり、俺はといえば、シリカ嬢とログの2人に適度にモンスターを狩らせるよう、周辺のモンスターのポップを管理している。

 

(ってか、これって本来セイドの役割なんだが……ま、愚痴っても仕方ねぇか)

 

 今この場に居ないセイドへの愚痴を心中で零しつつ、俺達はスロータークエを只管(ひたすら)に進めていった。

 セイドは、明るいうちにと言って、問題となっているクエの現場を下見に行ったのだ。

 

【マーチさんの呼び方だと、私かシリカさん、どちらに声をかけているのか分かり辛いです】

 

 ログは戦鎚の2振りで蟻を粉砕し、即座に俺へとテキストを打ってきた。

 

「あーそうか、《嬢ちゃん》だけだと、どっちか分からんか。すまんすまん」

 

 今の呼びかけはログに対してのつもりだったのだが。

 確かに、先に反応を示したのはシリカ嬢だった。

 ログとシリカ嬢で呼び分けをしておらず、単純に《嬢ちゃん》としか呼んでいなかったのは、俺のミスだろう。

 

「い、いえ!……っく!」

 

 シリカ嬢は、襲い来る巨大な紅蟻の攻撃を回避しつつ、的確に短剣を突き立てて行く。

 

(攻撃にゃ多少無駄な動きも多いが、回避に関しちゃなかなかだ。《軽業(アクロバット)》スキルを持ってるな、こりゃ)

 

 俺はシリカ嬢の動きを見守りつつ、助言はあまりしないように努めた。

 俺のやり方はシリカ嬢には向かないし、何より短剣には短剣の戦い方があるからだ。

 シリカ嬢の戦い方は、俺たちの中ではセイドに1番近い、1撃の威力よりも手数で相手を圧倒する方法だ。

 だが、本人のリーチの短さと、どうしても拭いきれない恐怖心も相俟ってか、あと1歩から1歩半、踏込が甘い事が多々ある。

 結果、与ダメが少なくなり、無用に手数をかけなければならなくなっていた。

 

(口で言うのは簡単だが、実践するのは難しい。特に踏込ってのは――)

 

「ログ、次来るぞ」

【k】

 

 シリカが相対している蟻とは別の巣穴から出てきた蟻には、ログに対処してもらう。

 

(――タイミングを誤ると、逆に危険だからな)

 

 ログはレベル的にも60を超えているため一応余裕があるし、俺達と一緒に居たことで戦闘のコツも段々と掴んできているから問題ない。

 しかし、シリカ嬢は今の段階でレベル51だと言っていた。

 

「やぁぁっ!」

 

 何度目かになるシリカ嬢の攻撃――短剣用突進技《ラピッドバイト》が蟻の腹部にクリティカルヒットし、HPバーを削り切った。

 

 ここ46層の《蟻谷》に出現する蟻は、攻撃力は高いが、防御力とHPが低いので倒しやすい。

 だが逆に、回避をしくじるとレベル60近くでも大ダメージを受ける。

 とはいえ、同時に2匹以上と相対することが無いよう俺も居るし、もし仮に攻撃を受けてしまったとしても、単体の蟻相手から受けるダメージは、ログなら1割減る程度。

 シリカ嬢でも、多くて2割から3割といったところだろう。

 ポーションを飲んでおけばすぐに回復する程度だ。

 

 《蟻谷》での注意すべき点は、複数体の蟻に囲まれて立て続けに攻撃を受けることと――

 

「ぉ、女王蟻のお出ましかな? どうだシリカ、やってみるか?」

 

 ――他の蟻より2回りほど大きく、攻撃力・防御力・HP量など全てのステータスが高くなっている女王蟻の存在の2点だ。

 

「あの……まだちょっと、レベルが足りないんじゃ……」

「通常の安全マージンは取れてるから大丈夫だ。俺もログもフォローすっから、とりあえずやってみな。無理そうならすぐに退けば良い」

「は……はい……!」

 

 シリカは多少顔を引き攣らせながらも、巣穴から出てくる女王蟻に対して短剣を構え、回り込むようにして走り出した。

 

(ってか、シリカって何気に動きが良いんだよな。誰か上手い奴に戦い方を教わったことがあるんじゃねえか?)

 

 ログにも、シリカと一緒に女王蟻へ攻撃するよう指示し、俺は周りからポップする兵隊蟻を斬り捨てつつ、常にシリカとログをフォローできるように静かに立ち位置を移動し続ける。

 

(多分アルゴ……いや、ゼルク?……違うな……まぁ、誰が教えたにせよ、攻略組に近い奴、それも攻撃特化型(ダメージディーラー)のプレイヤーの動きの基本を押さえている)

 

 女王蟻の攻撃を危なげなく回避し続けるシリカの動きには、攻略組の戦闘技術に近いものを感じられた。

 

 本能的な恐怖を抑え切れず攻撃の踏込が甘いのは仕方ないとしても、シリカはモンスターをしっかりと観察し、攻撃を引き付けてから回避することができている。

 

 まず見、そして聞き、相手を知ることが如何に重要なのか。

 そこが、ボリュームゾーンを出ない――あえて言うなら《脱せれない》――プレイヤーと、前線で戦うことのできる攻略組及び準攻略組プレイヤーとの差の1つだ。

 

 恐怖心に負けてやたらめったらに武器を振り回したり、次の行動を考えずに攻撃を受け止めたり、闇雲に攻撃を躱したり。

 それでも低層に限れば、ある程度までのモンスターなら倒せるだろうし、安全マージンを稼ぐこともできるはずだ。

 だが、安全マージンだけでは危険が伴う中層以上で《命のやり取り(モンスター狩り)》をするには、それらの行為は致命的な隙になり得る。

 

 モンスターを冷静に観察できるプレイヤーは、実は意外と少ない。

 第1層《はじまりの街》に閉じ籠っているプレイヤー、更にボリュームゾーンの域を脱せないプレイヤーにはできないと考えれば、その少なさは言わずもがなだ。

 

(そういった意味じゃ、シリカはもうちょいレベル上げて、踏込の度胸を付けられれば、準攻略組くらいにはなれそうだな)

 

 ログも冷静にモンスターを観察することはできるが、スキル構成的に戦闘は向いてないし、個人の技量的にも、戦闘に関するセンスではシリカに分がある。

 それに、シリカにはもう1つ、俺達にすらない特別な点がある。

 

「ピピィ!」

 

 《使い魔》の存在だ。

 ピナが女王蟻に向かって《泡の吐息(バブルブレス)》を吐き掛けている。

 

 基本的な攻撃力などは無いに等しいが、ピナ――《フェザーリドラ》の最大の特徴は、補助効果のある数種類のブレスだ。

 シリカに対しては《回復の吐息(ヒールブレス)》による回復を、モンスターに対しては行動阻害効果のある《泡の吐息》や《霜の吐息(フロストブレス)》といったブレスでの援護を。

 これらの効果の存在は、まさしく《ビーストテイマー》ならではの恩恵だ。

 

「ありがと、ピナ!」

 

 ピナの《泡の吐息》で女王蟻の動きが鈍ったところをシリカは逃さず、短剣の連続攻撃技《ファッドエッジ》で斬り込み、ログも合わせて戦鎚用重単発技《スマッシュ・インパクト》を叩き込んだことで女王蟻のHPを大きく削った。

 

(使い魔込みで、一人前ってところか。頑張りな、シリカ嬢ちゃん)

 

 シリカは、フォローが入ればしっかりと踏み込んで《剣技》で一気に削ることができている。

 年齢の割には、しっかりとした戦闘スタイルが確立されていると言っていいだろう。

 ログも隙を逃さなくなってきたし、筋力値寄りのステータスから繰り出される戦鎚の1撃は驚異的な威力だ。

 

(こりゃ、うかうかしてると嬢ちゃんたちに足元をすくわれる日が来るかもしれんな)

 

 女王蟻のHPは残り6割。

 俺が手を貸さなくても、嬢ちゃんたちだけで、ここで最も強いモンスターを狩ることが出来そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 バーベキューで昼食を済ませた後、セイドとルイも合流して一気にスロータークエを消化した。

 蟻谷での狩りとアロマ台風の効果で、ログは欲しかった素材を充分に確保できたようで満足気に店へと戻り、シリカはレベルが1つ上がったことに喜んでいた。

 その後さらに、簡単でありながら移動が多く面倒なお使いクエを2つ程こなしたところで日が沈み始めた。

 

「ふむ……良い頃合いですね。そろそろ37層に戻りましょうか」

 

 セイドのその言葉を聞いて、俺達は近くの転移門から37層のスプラへと移動。

 今日の本旨であった《森に響く呻き声》クエへと、改めて出発した。

 

「いやぁ、今日は楽しいねぇ! リカたんも可愛いし! ログたんも一緒に遊べたし!」

「アロマ……遊びじゃなくてクエ攻略だからな? 命かかってるからな?」

 

 気楽な物言いのアロマに、俺は思わずツッコんでいた。

 

「分かってるよー。でもさでもさ! 結構気楽にできるから良いじゃん?」

「アロマさん。シリカさんにとっては気楽な1日ではなかったはずです。マーチがスパルタ指導してましたからね」

「ごめんね~シリカん。マーチんが無理させちゃって~」

「ちょ! 俺そんな無理させてねえぞ?! 安全マージン普通にあったから経験値稼ぎに丁度良いと思ってだな――」

「大丈夫です。マーチさんが近くに居て下さったので、安心してモンスターと戦えましたし。それに、怖がってばかりじゃダメだって、気付くこともできましたから」

 

 セイドとルイの発言に俺は慌てて弁明したが、シリカから丁寧なフォローが入ったことで俺が悪役にされることは避けられたようだ。

 

「だよなだよな! ったく……んでセイド。場所は確認したんだよな?」

 

 この話題がこれ以上広がる前に俺はさっさと話しを変えた。

 

「ええ。もう少し奥に進むと小さな湖というか、沼があります。その近くですね」

 

 俺達は森の木々を右に左にと避けながら、先頭を行くセイドの後について歩みを進める。

 

「皆さん、きっと変な光景を目にすることになると思います。気を付けて下さい」

 

 唐突に、シリカ嬢がそんなことを言いだした。

 

「……変な光景? んだそりゃ?」

「えっと……見て頂ければわかると思うんですけど……あたしが見たのは――」

「ストップ。話は後で。もう着きますよ」

 

 そう言って立ち止まったセイドは、俺達に先へ進むよう無言で促した。

 

 《隠蔽(ハイディング)》の無いセイドは、あまり近寄ると見つかってしまう可能性を考慮して、念のために距離を取っている。

 俺達は《隠蔽》を発動させ、先頭には、セイドに変わって俺が立った。

 そうして、樹に身を隠しながらゆっくりと沼の(ほとり)へと近づいて行く。

 

【《索敵》に反応1。オーガを目視】

 

 俺はオーガらしき後姿を確認したところで、テキストでそれを報告。

 ルイ・アロマ・シリカも樹の陰から顔を出し、そのオーガを視認する。

 セイドも、オーガの感知範囲を確認したうえで俺の隣にやってきた。

 

 そうしてオーガの動きを観察すること――数分。

 

 

 俺達は、すぐに動けなかった。

 

 

【あのさ。あれ、なに?】

 

 状況の把握に努めようとしていた俺達だが、堪えきれなくなったアロマがテキストでそう聞いてきた。

 だが――

 

【何って言われても。なんだあれ】

【ん~? 鏡見てるよね?】

 

 ――俺もルイも状況が呑み込めなかった。

 

【鏡、ですね。オーガの前に、大きめの鏡があります】

 

 セイドにしても、見たままの事しかわからないようだった。

 

 見たままの事を表すなら。

 

 俺達に背を向けた1体のオーガが、沼の畔で鏡――所謂《姿見》を見ている。

 その姿見の前で、唸り声を上げながら何やら様々なポーズを取っているのだ。

 

 どこぞのボディービルダーのような感じで。

 

【ってか、ポージングの練習してんじゃね?】

 

 俺の的確な指摘に、しかしセイドは――

 

【どんなAIにすればそんなことをするクエストモンスターができるんですか】

 

 ――冷静に返してきた。

 

【いや、知らねーし】

 

 俺だって深く考えた訳じゃないが、どう考えてもそうとしか見えない行動なのだから仕方ないと思う。

 

【でも、多分、間違っていないと思います】

 

 俺の考えに苦笑いを浮かべながら賛同したのはシリカ嬢だった。

 

【あたしたちが最初に来た時は、あのオーガ、同じような鏡の前でフラダンスみたいなものを踊ってたんですよ。変な腰蓑と冠を付けて、歌のつもりなのか、変な唸り声を上げながら】

 

 シリカ嬢のそのテキストを見て、俺達は――少なくとも俺は――目を疑った。

 

(踊ってた? 歌ってた? クエストボスのオーガが?)

 

 だが、シリカ嬢はテキストを打つ手を止めず、更なる追撃をしてきた。

 

【2回目には、1人でオセロみたいなことしてましたよ。1手進めては唸り、1手進めては唸りを繰り返してました】

 

「ぁんだそりゃぁ!?」

 

 あまりにもあんまりな内容に、俺は思わず声に出してツッコんでしまい。

 

「ングルォァ?!」

 

 その声に反応したオーガは、変なポーズのまま、驚いたようにこちらを振り向き。

 

『……………………………………………………』

 

 

 数秒、目が合ったまま何ともいえない空気が俺達とオーガの間に流れ。

 

 

 先に立ち直ったのは、オーガの方だった。

 オーガは静かに鏡の方へ向き直り、どこからかホッケーマスクの様な覆面を取り出して顔を隠し、両刃の(のこぎり)にしか見えない両手剣を構えると。

 

「ウボォロルガァァァァァァァアアアアアッ!!」

 

 猛然と、憤然と、敢然と、此方へ突進してきた。

 

「何なんだお前はぁぁぁっ!!」

 

 思わず、俺は腰に吊るしていた刀の柄に手をかけ、抜刀。

 しかし斬るのではなく、抜刀の勢いそのままに柄頭でオーガの胸板を強打した。

 

 先日、ようやく装備が可能になった《居合刀(いあいとう)八咫烏(やたがらす)》に修められている居合い系剣技の1つである《大地(ダイチ)(マタタ)キ》――ノックバック&スタン効果の補助系技――で、覆面オーガに強烈なツッコみを入れていたのだ。

 

「ヴォゴォォォッ……グググッ……」

 

 補助系技とはいえ、レベルに差があるためか、今の1撃だけで覆面オーガのHPを3割ほど削っていた。

 そしてノックバック――吹っ飛ばしたのとスタン効果が相俟って、覆面オーガは仰向けに倒れたまま身動きが出来ずにいた。

 

「……マーチ……」

 

 俺の行動を見咎めたセイドが何か言おうとしたところで――

 

「言うな……俺も、何やってんだと思ってるところだから……」

「いやぁ、良いツッコミだったねぇ! しかしまさかモンスターにまでツッコむとか! ツッコミ役の鏡だね!」

 

 ――セイドの台詞は遮ったものの、アロマは構わず俺をからかってきた。

 

「変ですよねぇ……あたしたちも、毎回変なオーガだって話してたんですよ……」

「ん~……セイちゃん、何か分かる~?」

 

 俺の行為には触れずにいてくれたシリカとルイには感謝を。

 そしてルイの問いかけに、しかしセイドは困ったような笑顔を浮かべた。

 

「と……言われましても……何なんでしょうね……あれは……」

 

 如何にセイドといえど、あんな意味不明なオーガの行動に、理由を見つけるのは困難なようで――

 

「そうじゃなくて~。クエストのクリア条件だよ~。このまま倒してもダメなんでしょ~?」

『あ』

 

 ルイにそう言われて、俺もセイドもアロマもシリカも、ようやく本来の目的を思い出した。

 

「んも~、みんなして~」

 

 ただ1人冷静だったルイは、俺達の呆けた顔を見て思わず笑ってしまっていた。

 

「んっうん! あ~まあ、アレの行動はこの際置いておくとして、だ」

 

 俺は仕切り直しとばかりに咳払いをして。

 

「セイド。攻略方法に、1つ思い当たる事がある」

 

 俺がそう言うと、セイドもまた不敵な笑みを浮かべていた。

 

「奇遇ですね。私もですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、ホンットに。意味分からんクエだったな」

「ですね……あの行動だけは理解不能です」

 

 夕食を終えた俺達は、未だにスッキリしないまま食後の1杯に興じていた。

 

「そうカー。《指揮者(コンダクター)》でも分からなかったカ」

 

 リビングのソファーに腰を下ろした俺の正面には、同じようにソファーに身を沈めたアルゴがいる。

 

「クエストは一応クリア出来ましたし、攻略するだけなら、この方法を知っていれば良いはずです」

 

 俺の隣にはセイドが座り――

 

「でも、まさかあんな方法で倒さないといけないなんて、思いもしませんでした」

 

 ――アルゴの隣にはシリカが座っている。

 

「あのオーガの行動ってさー、茅場の趣味なのかなー?」

 

 絨毯に寝転んだアロマは、行儀悪くゴロゴロと転がりながらそんな疑問を口にした。

 

「んなこと分かる訳ねぇだろ」

 

 アロマに素っ気なく答え、俺は紅茶を啜った。

 

 

 

 

 クエを終えた俺達は、とりあえずNPCの元へと報告に行き、クリアされたことを確認してからギルドホームへと戻った。

 折角だから、とルイがシリカを夕食に招待したところで、何処からかアルゴが現れた。

 まあ、クリアしたクエの報告と報酬のやり取りもあったから、アルゴも一緒に夕食をすることになり。

 ログも店を終えて帰ってきたので、総勢7名での晩餐となった。

 

 女が5人も集まると(かしま)しいでは済まないということを、身を持って実感させられた晩餐だった。

 そんなこんなで、アルゴにクエの顛末を話したのは、食事を終えた後の事。

 

『――ということで、倒し方が特殊だったんです』

 

 俺とセイドが、あのクエについて思い当たったのは、クエの元ネタについてだ。

 まあ、オーガの《あの行動》に関しては意味不明すぎたし、元ネタとも全く関係が無かったので間違っている可能性を捨てきれなかったのだが。

 

『なるほどナ。そんな方法じゃないとダメだったわけカ』

 

 俺達が取った討伐方法は《オーガを沼に沈める》というものだ。

 元ネタについては、覆面を付けたオーガの外見を話した段階でアルゴにも見当がついたようだが、シリカやログは分からなかったようだ。

 

 ホラー系が苦手そうな2人だったので、詳しい話はしなかった。

 

『ただ、おそらく今後もあのクエストは貼り出されるでしょうね。あの話が元になっているのなら』

『そうだナー。ま、終わらないクエってことで、ガイドブックに載せとくヨ』

 

 そんな感じで報告を終え、アルゴが1口紅茶を飲んだところで、今日のオーガの意味不明な行動の話題になったわけだ。

 

 

 

「オレっちは、茅場の趣味じゃないと思うナ」

 

 アロマの疑問に、不意にアルゴが答えた。

 

「細かいクエまで1人で作ってたら何年かけても足りないダロ。クエの数が多すぎるヨ」

 

 アルゴはしみじみと、ため息を吐きながらそう零した。

 

「なるほどな」

 

 上層に行けば行くほど、低中層のクエまで増えて行くという仕様に、流石のアルゴも参っているのだろう。

 俺がアルゴの台詞に納得したところで、場の空気がとりあえず落ち着いた。

 

「さってト。んじゃ、食事の礼に情報を1つ提供するヨ」

 

 アルゴが立ち上がり、そんなことを唐突に口にした。

 

「62層のスライムの倒し方が見つかったって話、知ってるカ?」

「はぁ?!」

 

 今更と言えば今更な情報に、俺は間の抜けた声を上げていた。

 

「アル姐、まさか見落としてたとかってオチじゃないよねー?」

 

 アロマも、絨毯の上に座り直してアルゴをジト目で見つめていた。

 

「こればっかりはオレっちのせいじゃないゾ。攻略方法の解禁条件が62層のボス撃破だったんだカラ」

 

 アルゴは、やれやれといった仕草を見せ――

 

「ということは、どう足掻いても、あのボスには有効な対処法が無かった、ということですね……」

 

 ――セイドも深々とため息を吐いて見せた。

 

「そういう事になるナ。で、その肝心の攻略法だけどナ。62層迷宮区の近くにNPCの居る炭焼小屋が出現したんだヨ。そこのNPCが、炭や灰を売ってくれるんダ」

「炭と、灰?」

 

 アルゴの情報に、首を傾げたのはアロマで。

 

「確か、迷宮区の周りって雑木林だったよな? ってことはあれって――」

「元々、薪炭林(しんたんりん)だった、ということですか」

 

 迷宮区周辺の林に意味があったのだと、今の話で納得したのは俺とセイドだった。

 

「そのとーりダヨ! で、そこで手に入る炭や灰をスライムに投げ付けると、スライムの身体が硬化して、攻撃が効くようになるのサ!」

【なるほど。炭の熱で乾いたり、灰が纏わりついて身動きを封じるってことですね】

 

 アルゴの話にログは何やら納得したようだが、俺達としては、やるせない感じを拭い去ることができなかった。

 

「もっと早く欲しかったね~……そ~いうアイテムは~」

 

 ルイも今の話を聞いて、62層のボス戦を思い返したようだ。

 

 何となく空気が重くなったのを感じた俺は、立ち上がって1つ手を打ち鳴らし空気を一掃した。

 

「さぁって、と! んじゃぁアルゴ、久しぶりに《アレ》やろうか!」

 

 俺の呼びかけにアルゴの目つきが鋭いものに変わる。

 

「ほほゥ? いい度胸だナ、マーチ! 最近は《指揮者》に多く取られ気味だから、オマケしないゾ!」 

 

 アルゴは俺の挑戦を受けて立ち、俺へと向き直る。

 これで勝負の場は整ったわけだ。

 

「あの……何が始まるんですか?」

「ん~……見てれば分かると思うけど~、長くなるから、お茶でも飲みながら見てるといいよ~」

 

 シリカ嬢の疑問の声に答えつつ、ルイが紅茶を注ぐ音が聞こえた。

 

「じゃ、まずはスロータークエの報酬額から決めようカ!」

「オーケー。あれに結構時間取られたんだ。相応に貰うぜ!」

 

 俺とアルゴは同時にニヤリと笑い――

 

「2000コルダナ!」「5000コルは貰うぜ!」

 

 ――同時に報酬額を宣言する。

 

「……あの、これってもしかして……」

「価格交渉です。マーチとアルゴさんは、このやり取りを《バーギニング・ゲーム》と言っています」

 

 シリカ嬢も、俺とアルゴが何をしているのか分かったようだ。

 最近コレを任せていたセイドも、久しぶりに観戦する側に回ったことでのんびりと紅茶を飲みながらシリカ嬢に解説している。

 

「ふっざけんな! 2000はどう考えても安過ぎだ! 何時間かかったと思ってんだ! 4900!」

「シーちゃんに聞いたゾ! 経験値稼ぎも兼ねてたらしいじゃないカ! だから時間がかかったんダロ! 2500!」

 

【マーチさん、値の下げ方が少ないですね】

「それだけ苦労したと主張してるんですよ。価格の変動のさせ方や理由によって、互いに交渉していくのがこのゲームです。やってみるとなかなか面白いですよ」

 

「シリカのレベル上げに協力してやったってことは、今後のアルゴの情報収集にも役に立つことになるだろうが! 4850!」

「ム……でもマーチがもっとヘルプしてれば、シーちゃんももっと稼げたはずダロ! 3000!」

「ねえねえ、今何時! 今何時!」

「アロマさん……《時蕎麦》じゃないんですから。時間の単位で引っ掛けるのは無理がありますよ」

 

 こうして俺とアルゴの《価格交渉(バーギニング・ゲーム)》は白熱していった。

 

 

 

「アルゴさんって、こんなに激しくやり取りする方でしたっけ?」

 

 シリカさんの疑問に、私はのんびりと答えた。

 

「おそらくマーチの時だけですよ。私との《価格交渉》の時は、もっとクールですから」

「2人とも楽しんでるからね~。アルゴさんも~、マーチんとは古い付き合いだし~」

【真似できないです。あんな勢いで言われたら、そのまま押し切られちゃいます】

「……ログさん、それはちょっと気を付けた方が良いですね……」

 

 シリカさん・ルイさん・ログさん・私の4人は、白熱するマーチとアルゴさんを眺めながら、そんな他愛無い会話を交わしていた。

 

「フレッ、フレッ、マーチ! 値切れっ、値切れっ、マーチ!」

 

 そんな中、1人アロマさんだけが、よく分からない応援をしている。

 価格を吊り上げたいマーチに、値切れというのはおかしいと思うが、まあ、放っておこう。

 

 

 私はリビングに備え付けてある柱時計に目をやった。

 夜は、まだまだ始まったばかりのようだ。

 

 




更新が滞ってしまったことで、メッセージを下さった方までおられました。
嬉しさのあまり、視界が滲んでしまいました(つ_T)

言い訳にしかなりませんが、リアルで立て込んでいたことと……。
生意気にも、スランプに陥ってしまい、満足に文章が書けない状態が続いていました。

皆様からのメッセージや感想が、そんな私に活を入れて下さいました。
本当に! 本当に、ありがとうございます!!

今後も、更新速度は遅いかもしれませんが。
エタるつもりはございません。
どうか、不出来な自分を見捨てずにいてくだされば幸いです m(_ _)m

話の良し悪し、誤字・脱字なども含めて。
今後とも、ご指導ご鞭撻のほど、宜しくお願い申し上げます m(_ _)m

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