ソードアート・オンライン ~逆位置の死神~   作:静波

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第二幕・前途

 

 

 61層が解放されて1週間が過ぎた。

 この層は、フロア全体が海に覆われていて、その中に島がいくつか点在しているという様相だった。

 

 今あたしたちが居るのは、最も大きい島にある主街区《セルムブルク》。

 その一角にあるNPC経営のカフェだ。

 店の敷地でありながら屋外に用意された席――オープンテラスに陣取って、あたしたちは夕日を眺めながら一息ついていた。

 

「やっぱ、迷宮区の探索はしんどいな……」

 

 テーブルに突っ伏したマーチさんは疲労の色を濃く滲ませていた。

 

「そうだね~。セイちゃん居なかったら~、罠のせいでまともに進めないよ~」

 

 ルイさんは紅茶を片手に苦笑いを浮かべていた。

 

「フィールドボスの討伐が今日の本旨だったんです。そちらは何の問題も無くクリアできましたし、迷宮区探索は明日から本格的に行えばいいでしょう」

 

 お2人とは違い、セイドさんは普段と変わらぬ様子だった。

 

「いやいやセイド。キリトなんて、ソロでどんどん潜ってるよ。私達より先に迷宮区に突っ込んでったし」

【皆さん、装備のメンテナンスは忘れないで下さいね】

 

 今にも足踏みをし始めそうなアロマさんを見て、あたしは慌ててテキストを打った。

 

【武器は使えば使うだけ消耗するんですから】

 

 DoRのメンバー全員が回避重視、防御も《武器防御》メインなのだから、武器の状態には必ず注意を払ってもらわなければ、命に関わってしまう。

 

「わーってるよ、嬢ちゃん。ここで休んだら、嬢ちゃんの店に直行させてもらうさ」

「うんうん!」

 

 マーチさんの台詞に、アロマさんも首を縦に振ってくれていた。

 1人で突っ走る、ということはなさそうで一安心だ。

 

 そんな折、ルイさんが紅茶のカップをお皿に戻したところで口を開いた。

 

「そいえばマーチん~。《あの刀》はどんな感じ~?」

 

 ルイさんの問いかけで、マーチさんはため息交じりにメニューを開いて、アイテムストレージから漆黒の鞘に納められた刀をテーブルの上に取り出した。

 

「どうって言われてもなぁ。今の俺じゃ、こいつの要求ステータス満たせてねーから。もう2レベばかり上げねーと装備できん」

 

 顔を(しか)めながらマーチさんはお手上げのポーズをしてみせた。

 

「しかし、意外といえば意外でしたね」

「んだねぇ! まさか、マーチの刀がボスのLA(ラストアタック)ボーナス武器と融合するとは思わないよね!」

 

 あたしはセイドさんとアロマさんの台詞を聞きながら、テーブルの上に置かれたマーチさんの刀――《居合刀(いあいとう)八咫烏(やたがらす)》の柄をタップし、刀のステータスを呼び出した。

(やっぱり、何度見ても凄い子だなぁ……流石、マーチさんの《とっておき》だ)

 

 

 マーチさんはこれまでに、あたしの知らない《剣技(ソードスキル)》を使っていたことがあった。

 そのことをあたしが尋ねると、マーチさんは『秘密だぞ』と、いたずらっ子のように笑い、1振りの刀を見せてくれた。

『こいつが、あの《剣技》の秘密だ。今の(・・)名を《居合刀(いあいとう)(あかつき)》という』

 マーチさんがテーブルの上に置いたその子を、あたしは思わず手に取って眺めていた。

 そんなあたしに、マーチさんは《居合刀》の入手に関しての話をしてくれた。

 

 

 

 

 《居合刀》と銘打たれた刀を手に入れるためには、特殊なクエストをクリアするしかないらしい。

 マーチさんが、そのクエストを見つけることができたのは本当に偶然だったとか。

 初めて手に入った時の名は《居合刀・(きらめき)》という刀だったそうだ。

 

 その刀の異様さは、他の子とは一線を画していた。

 

 まず、要求筋力値以外にも《要求敏捷値(びんしょうち)》が設定されていたこと。

 

 基本的に、装備品には要求筋力値が設定されていて、それ以下の筋力値では装備しても扱えないという状況が発生する。

 武器なら、上手く振れないし《剣技》も使えない。

 防具なら、動きが阻害されるうえに防御力が著しく低下する。

 けど、要求敏捷値の設定されている武器なんて、マーチさんのそれを見るまで聞いたことも無かったし、要求敏捷値を満たせていない場合は、装備そのものが不可能だということにも驚かされた。

 

 そして2つ目の点は、居合い系以外の《剣技》が使用不可になるということ。

 その代わりに、特殊な居合い系剣技が、居合刀装備時のみ使用可能になる。

 当初手に入った《煌》に登録された剣技は《雷鳴ノ煌キ》だけだったらしい。

 

 けど、この子の本領はそこから。

 

 《居合刀》クエストは発展型クエストだったらしく、続きのクエストで《居合刀・煌》が変化して《居合刀・(ひらめき)》に。

 

 更に次のクエストで《居合刀・さざめき》に。

 

 段階的に強化されていくなかで、使える剣技も増えていくという武器だったそうだ。

 

 そして、その強化が止まったのは最前線が50層の時。

 NPCに『この刀はもう強化出来ぬ。後はお前次第だ』と言われたそうで、マーチさんは居合刀クエストが終わったのだとばかり思っていたらしい。

 

『まあ《暁》になった段階で《剣技》は10種。終わりって言われても納得はできたがな。この先の攻略じゃ、どこかで役に立たなくなるってことに、ちと寂しさを覚えたよ』

 

 その時のマーチさんは、そう言って《暁》を哀しげに撫でていた。

 

 

 

 

 それがまさか、60層ボスのLAボーナスで手に入った刀――《小烏丸(こがらすまる)》があることで、更なる変化を起こすとは、誰も想像できなかった。

 本当に、この世界はプレイヤーの予想を上回る展開に富んでいる。

 

【何度見ても、凄いです】

 

 正直に言えば、少し悔しくもあった。

 

 プレイヤーメイドの武器とクエストなどで手に入る武器。

 双方を比べた場合、プレイヤーメイドの武器の方が上質な物というのが基本だ。

 

 けど、時々こういう子が現れる。

 プレイヤーには作れない、イベントやモンスターからのドロップ限定の《魔剣》と呼ばれる上位武器。

 極少数の人しか手に入れることができないこういう子達は、あたしたち職人にとって超えるべき目標であり、同時に憧れでもある。

 

 見た目は非常にシンプルで、無駄な装飾は一切ない。

 変化元となった《小烏丸》と《居合刀・暁》の影響を受けて、刀身は暗赤色、刃文(はもん)直刃(すぐは)鋒両刃造(きっさきもろはづくり)、大きく反った刀となっている。

 造形もさることながら、ステータスもかなり高い。

 

【マーチさんがこれを装備できるようになれば、間違いなく戦闘が楽になりますよね】

 

 《暁》から《八咫烏》に変化したこの子には、特殊剣技が2つも追加されている。

 元々居合いが得意なマーチさんが持てば、鬼に金棒――

 

「まぁ正直、居合い系だけで戦えるかって聞かれたら、微妙な気もするんだよなぁ」

「他のカタナスキル、全部封印だもんね。でも、居合いに慣れてるマーチなら行けるんじゃない?」

「ロマたん、いくらマーチんでも《武器防御》は大切だよ~」

 

 ――だと思っていたのだけれど、やはり何事にも欠点はあるようで。

 

「そうですね……《武器防御》と居合い系剣技の相性はあまり良くありませんから」

 

 居合い系剣技は鞘から刀を抜き放つ技だから、刀を常に鞘に納めておく傾向にある。

 そうなれば当然、武器を用いて敵の攻撃を受け流す《武器防御》は使いにくくなる。

 鞘自体には大した耐久値は無いから、鞘で受けるようなことをすれば、鞘が壊れて居合いの前提条件が不成立になってしまう。

 自然と、マーチさん自身の回避能力に依存することになってしまうわけだ。

 

「とはいえ、マーチなら使いこなせると、私は信じていますけどね」

「気楽に言ってくれるぜ……はぁ……だがまあ、折角の武器だから使うべきだろうしな。ここまでくれば、クエストの漏洩も仕方ないと思うべきかねぇ」

 

 マーチさんは自分のステータスと《八咫烏》の要求ステータスを改めて見比べ、セイドさんたちと今後の展開についての話を始めた。

 

 詳しい戦術論になってしまうと、あたしにはもうついて行けない世界だ。

 あたしはその話を聞きながら、お店に注文した紅茶を飲み、同じくNPC作のケーキを口に運んだ。

 やっぱり、ルイさんの作ってくれたケーキや紅茶の足元にも及ばない。

 不味くは無いけど、美味しいとも言えない微妙な味だった。

 

 

 

 

 

 

 夜になって、あたしは1人、ギルドホームを抜け出した。

 なにも、圏外に出るわけじゃない。

 6日前、偶然手に入った特殊な金属を加工するために、工房へ行くだけだ。

 

 あたしが秘匿・独占しているクエスト《ウィシル巡礼》では、極稀(ごくまれ)に聞いたことも見たことも無い素材が手に入る。

 そういう時は、その素材1つしか出てこないから、ある意味分かり易い。

 

 今回手に入ったのは《雲竜鉱石(うんりゅうこうせき)》という大きな特殊金属で、その説明文には加工条件が記載されていた。

 

 (いわ)く『7晩休まず打ち鍛えし時のみ、雲竜はその姿を現すであろう』と。

 

 あたしは大型鉱石であることから、これが両手剣になるようにと祈りを込めて毎晩叩いている。

 もちろん、アロマさんのためにだ。

 

 60層のボス戦で《ダスク・イラディケイション》を壊してしまった、とアロマさんから聞いた時は本当に驚いた。

 あの子は耐久値がとても多く、1度の戦闘で――それがたとえボス戦であっても、全損するようなことはありえないと思っていたから。

 

 それと同時に、ちょっと困ってしまった。

 あの子以上の両手剣があたしの所には無かったし、同じ鉱石を使ったとしても、あの子の様な両手剣ができる可能性は極めて低い。

 

 あの子は所謂(いわゆる)一品物(ワンメイクもの)》だった。

 

 プレイヤーメイドでのみ出現する、高ステータス・固有名所持のアイテムをそう呼ぶのだけれど、それは当然、滅多に出来るものではない。

 アロマさんの話を聞いてから、あたしはあの子の元になった鉱石を可能な限り入手・使用して、両手剣を作ってみた。

 しかし結果は全てが汎用品で、あの子の代わりになるような《一品物》とは比べるべくもなかった。

 

 一応、代用品としてその子達の中で1番良い子をアロマさんに渡してはあるけれど、やはりアロマさんも物足りなさを感じているようで、ここ最近のメイン装備は両手斧だ。

 

(今夜で6晩。明日の夜には結果が出る。どうか、失敗しませんように)

 

 あたしは1人、工房で黙々と《雲竜鉱石》へと鎚を振るった。

 

 

 

 

 

「ん、ログ? もしかして眠いのかい?」

【あ、ごめんなさい。だいじょうぶでs】

 

 翌日。

 あたしはいつも通りお店を開けた。

 

 ――のだけれど、ここ1週間、睡眠時間が少ないせいか、迂闊(うかつ)にもお客様の前で欠伸(あくび)をしてしまった。

 

 それを見られたあたしは、慌てて文章を打ったために、最後の所でタイプミスしていた。

 

(あうあう……恥ずかしい……)

 

 ここ最近はDoRの皆さんのおかげで、ある程度お客様と会話ができるようになったとはいえ、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。

 

「フフ。気にしなくて良い」

 

 そう言っては貰ったものの、あたしは気恥ずかしさが抜けず、しばらく俯いて要望を出されたプロパティをメモすることに努めた。

 

 

 DoRの皆さんは迷宮区へと潜っているので、夕方過ぎまで戻れないと言っていた。

 

 最前線が61層で、あたしの店は39層。

 それも主街区ではなく外周近くにある《ウィシル》には、滅多にお客さんは――特に攻略組に属するような人たちは――来ない。

 

 以前はKoBの人達が来てくれていたけれど、KoBのギルドホームが55層に移ってからは一気に客足が遠退いた。

 それからというもの、時々中層クラスの人達が、偶然あたしの店を見つけて立ち寄ったりすることはあるけれど、常連になるような人は殆ど居なかった。

 

 今来てくれている人は、そんなあたしのお店にとっては数少ない常連さんだった。

 

「何か忙しいのかな? 俺で役に立てることがあったら、遠慮なく言ってほしい」

【ありがとうございます、フェニクさん。そのお気持ちだけで、ありがたいです】

 

 常連さんとなってくれた男性――短剣使いのフェニクさんが、初めてあたしのお店を訪れたのは2月(ふたつき)ほど前。

 そこで、あたしの作った短剣を気に入って購入してくれた。

 

 それ以来、短剣の強化や修復のために足を運んでくれて、更には防具の購入や強化・修復、薬品の補充に至るまで、あたしのところでしてくれるようになった。

 出会ってからの期間は短いのに、あたしとしては珍しいことに、フェニクさんとはある程度普通に会話が――テキストの使用という形は変わらないけれど――できるようになっている。

 

「そう。それならいいんだ」

 

 フェニクさんの優しい声と笑顔に、あたしも知らぬ間に笑顔を返していた。

 

 と、そんな時、フェニクさんが何かに気が付いたように視線を上げた。

 

「おっと、そうだった、このあと約束があるんだった」

【あ、お時間を取らせてしまってすみません】

 

 あたしは慌てて、預かっていた短剣《スプライト・スワロゥ+11》をお返しした。

 

「いや、気にしないでくれ。強化ありがとう。――うん、いつもながら良い仕事だ」

【お褒めにあずかり光栄です。ご注文の装備とアイテムは、明日の13時までにはご用意できるようにします】

「ああ、いや、忙しいのなら無理しなくていい。急いでいるわけではないから。では、また」

 

 フェニクさんは、見ていて気持ちの良い笑顔を残して出て行った。

 DoRの皆さんにはいつも褒められるけれど、こうしてギルド以外の人に褒められるのは、嬉しいけれど少しくすぐったい気分だ。

 

(さってと! 皆さん用のアイテムの補充に、フェニクさんから頼まれた物もあるし、久しぶりに忙しくなるかも)

 

 あたしは気合いを入れ直して工房へと戻った。

 

 

 

 

 

 その日の夕食の席は、ちょっと暗い雰囲気にリビングが包まれていた。

 

【あの、何かあったんですか?】

 

 あたしがホームへ戻ったのは、フェニクさんに頼まれた物も全て作り終えた後だったので、20時を過ぎていた。

 帰ってきたあたしに、皆さんがいつもと違って元気なく『お帰り』と言った段階から、何かあったのだろうとは思ったけれど、誰もそのことに関して口を開くことは無かった。

 いつもなら、あたしが聞かなくても『今日は何があった。こんなことがあった』と嬉しそうに楽しそうに明るく喋ってくれるアロマさんまでも、無表情でソファーに座り込んでいた。

 

「あはは~……ちょっとね~」

「わりぃ、気ぃ遣わせちまったな、嬢ちゃん……大したことじゃねえんだ」

「……大したことじゃ、なくないよ……大事(おおごと)だよ……私にとっては……」

 

 ルイさんとマーチさんの言葉に、アロマさんが沈んだ様子のまま小声で反論したのが聞こえた。

 

「……セイド……説明任せた……」

「むぅ……そうですねぇ……」

 

 マーチさんは気まずそうにアロマさんを見た後、セイドさんに話を丸投げした。

 

「私、部屋戻ってる……」

 

 セイドさんが話を始めるよりも先に、アロマさんは自分の部屋へと戻ってしまった。

 

【あの、アロマさん、何が】

「実は、ですね――」

 

 

 セイドさんが話してくれたのは、迷宮区の探索に関してだった。

 昨日から、マーチさんたちが迷宮区の探索に戸惑っているような話はしていた。

 その主だった理由が、皆さんが迷宮区の探索に慣れていないことによるものだった。

 

 今まで皆さんが主な狩場にしていたのは、迷宮区以外のフィールドやダンジョンだった。

 それが、攻略組として協力していくことになり、迷宮区へと場を変えたことによって、想像以上の負荷が皆さんを襲っているようだ。

 

 最前線の迷宮区に出現するモンスターは、そのフロアで最もレベルの高いモンスターたち。

 他のダンジョンとは比べ物にならない強力なトラップの数々。

 

 特に今回の迷宮区では、モンスターの防御力が総じて高く、防御主体でなかなか倒せない敵に、アロマさんが徐々にストレスを溜め込んでいったらしい。

 その結果、大振りになったところへモンスターの反撃を喰らったり、イライラして歩いた行ったら罠に引っかかったり、探索終了間際にはモンスターハウスのトラップに皆さんを巻き込んでしまったりしたらしく。

 

 

 

「――と、1日だけで多くの失敗と、敵のHPをなかなか削れないばかりか反撃を喰らったことに、かなりショックを受けたようで」

「モンスタートラップも、気にすることじゃなかったんだけどね~。自分のせいでみんなを巻き込んだ~って、落ち込んでるの~」

 

 その話を聞いていてあたしが特に驚いたのは、アロマさんの攻撃力で体力を削れない敵が、通常モンスターとして存在しているという点だった。

 皆さんのレベルは安全マージンを充分に確保しているから、例え迷宮区であってもそうは苦戦しないと思っていたし、特にアロマさんの1撃の重さは攻略組の中でもトップクラスのはずだ。

 

【そのモンスターは、何か特殊な能力でも?】

 

 だから、こう思わずには居られなかった。

 アロマさんの攻撃が通用しない敵には、何か特殊なスキルがある、と。

 

「いえ、単純に防御力が驚異的に高いだけですね。その分、攻撃力はとても低いんですが、1度の戦闘にかかる時間が長くなってしまって」

 

 しかし、そうではなかった。

 こうなってしまっては、武器を強化してもあまり差は出ないかも知れない。

 

「ま、経験値量と経過時間的には釣り合いが取れてんだけどな。ありゃあ、囲まれた時が厄介だった」

「そだね~。モンスタートラップで囲まれても、こっちのHPは全然危なくならなかったけど~、モンスターを全滅させるのに1時間以上かかったよねぇ~」

 

 皆さんも帰ってくるのが遅くなったとは言っていたけれど、その理由が、ルイさんの言葉で説明された。

 

「で、セイド、やっぱありゃぁ、弱点無しのモンスターってことで良いのか?」

「見た限りではそうですね。それに加えて、あの防御力……何か特殊な攻略方法があると思うんですが……」

【そういえば、どんなモンスターなのか聞いていませんでした】

 

 今更ながら、モンスターの容姿を聞いていなかったことを思い出したあたしは、改めて聞いてみた。

 想像していたのは、アルマジロみたいなモンスターだったけれど。

 

「あ、そういや言ってなかったな」

「あんまり気持ちいいモンスターじゃないよ~」

「一言で説明すれば《スライム》です」

【え、スライムって、あの?】

 

 某大作RPGなどではもっとも有名なモンスターであり、雑魚モンスターの代表格とも言えるのがスライムだ。

 あたしの考えを予測していたのであろうセイドさんは、顔を顰めて言葉を続けた。

 

「あんな可愛らしい物じゃありません。アメーバと言った方が正しいかもしれませんね。不定形モンスターで、物理攻撃に耐性がある、厄介な相手です」

「スライム(イコール)雑魚って認識が染みついちまってるけど、この世界じゃ今までスライム種は殆ど居なかった。物理が効かないってのが、本来のスライムだからな」

「魔法のあるゲームだったら~、全然苦労しないんだけどね~」

「特に、今回出てきたスライムは《ノンコア・スライム》と名付けられていました。つまり――」

 

 皆さんが何故苦戦したのか、そこまで言われてようやく理解できた。

 

 不定形でも、弱点を持っているモンスターなら、そこを攻めることで殲滅時間を短縮することができる。

 しかし、今回迷宮区に配置されたモンスターは《ノンコア》――核が無い、それはつまり、弱点となるべき心臓が無いのと同じだ。

 生物としてそれはありえないと言いたくもなるけれど、元々が空想上のモンスターだから、そこに文句は言えない。

 

「逃げるのは楽さ。移動速度は無いに等しいからな。だが、迷宮区に居るモンスターの中で一番多いのがスライム種ってことは、ボスも、おそらくスライム種だ」

「何か有効な攻撃手段を見つけられればと、試行錯誤を繰り返してはみたのですが、どれも(かんば)しくなくて」

「だからね~、ロマたんがイライラしちゃってね~」

 

 皆さんが沈んでいた理由は、攻略方法が見つからないことと、戦闘にかかった時間の長さからくる疲労だった。

 それからは、ポツポツと話をしただけで、皆さんは部屋へと戻られた。

 

 

 

 

 

 夜の工房で、大きな鉱石に戦鎚(ハンマー)を振り下ろしながら、皆さんの話してくれたことを考えていた。

 魔法の無い世界で、魔法で倒すのが通例のモンスターの出現は、厄介極まりない。

 

(あたしに、何かできればいいんだけど)

 

 戦闘職でもないあたしに出来るのは、皆さんの装備のメンテナンスと、アイテムの補充位だ。

 

 思考は話の内容に、しかし鉱石を打つ手はこれまでの習慣からか、淀みなく、滞りなく振り下ろされていく。

 一定のリズムを刻む戦鎚と鉱石のぶつかり合う音だけが、工房を満たしていた。

 そして、決められていた回数を何時の間にか叩き終えていた。

 頭で数えていないのに、腕が自然と止まるのだから、習慣というのは凄いと思う。

 

 7晩休まず、繰り返し叩いた《雲竜鉱石》は、静かに静かに淡い光を放ち、その姿を変化させていった。

 

(やった……失敗せずに済んだ……良かった……)

 

 本当は、1週間休むことなく叩き続けなければならないのではないか、とか考えたこともあったけれど、あたしの考え方は間違っていなかったのだと、ようやく安心できた。

 

 変化していく鉱石は、しかしあたしの予測とは少し違って、1つの形へと収束はしなかった。

 

 鉱石が変化したのは、3つの武具。

 

 1つは、祈りが通じたのか、淡いクリーム色の剣身に(うっす)らと竜の頭部が浮かび上がっている《両手剣》。

 

 1つは、金属製なのにゴムのようにしなやかで柔らかく、やはり鉱石の色を反映してか全体的に淡いクリーム色をした《鞭》。

 

 1つは、重厚そうなのにとても軽い、クリーム色の《金属籠手(ガントレット)》。

 

 それぞれが《雲竜》の名を冠していた。

 

(どれも聞いたことが無い……ステータスも飛び抜けてる……)

 

 これが一品物なのかどうかは分からないけれど、それぞれがあたしの手元にある同系統の子達より、はるかに優れていて素晴らしい子達であることは確かだ。

 

(両手剣はアロマさん! 鞭はルイさん、ガントレットはセイドさんかな……これで、少しでも皆さんの役に立てるかな!)

 

 あたしは雲竜の子達をストレージに仕舞い、思わず鼻歌を歌いながらギルドホームへと戻った。

 

 

 

 

 

 翌朝、雲竜の子達をアロマさん、ルイさん、セイドさんに手渡すと、皆さんはとても驚き、それ以上に喜んでくれた。

 特にアロマさんは、前日の落ち込んでいた様子から一転して、とても元気になってくれた。

 

「何か良い事があったようだね」

【そうなんです。ギルドの皆さんのお役に立てたことが、とても嬉しいんです】

 

 13時を少し過ぎた頃、フェニクさんがあたしの様子を見に来てくれた。

 急がなくて良いとは言われたけれど、あたしが頼まれていた物を全てお見せすると、フェニクさんは驚きと共に、とても優しい笑顔を浮かべて『ありがとう』と言ってくれた。

 

 その後の一言が、今の言葉だった。

 あたしの些細な様子から、そのことを感じ取ったみたいだ。

 

「そうか。それは何よりだ。が、ログが役に立たないなんてことはありえない。君が仲間を支えているからこそ、その仲間たちは存分に力を振るえるのだから」

【そんな。私なんて大したことはできません】

 

 あたしの渡した子達を確認しつつ、フェニクさんは言葉を続けた。

 

「前線に出て、武器を振るうばかりが役に立つという事ではない。何を為すべきなのかを自ら思考し、自分に出来ることを実行することが重要なのさ。ログは、それがしっかりとできている。自信をもっていい」

【ありがとうごじます】

 

 なんというか、もの凄い褒められたようで照れてしまい、ありがとうございます、と打ち損じてしまった。

 

「うん、それにしてもいい出来だ。こちらの要求以上の物だ。本当にありがとう。また、よろしく頼むよ」

【いえ、こちらこそ。喜んで頂けて何よりです。いつでも、いらして下さい】

 

 フェニクさんは軽く手を振って出て行った。

 あたしも頭を下げてお見送りをする。

 

 あたしがDoRの皆さんの攻略組としての役に立てているのか、実は不安に思っていたのだけれど、フェニクさんの一言は、そんなあたしの不安を掻き消してくれた。

 

 

 

 

 

 それから3日後には、61層のボス部屋が見つかったと皆さんが言っていた。

 ボスはマーチさんの予想通り、スライム種だったらしい。

 

 相変わらずスライム系モンスターの撃破には手間取っているようで、有効な攻撃手段は情報屋の方々ですら掴めなかったそうだ。

 

 その2日後にはボス討伐戦となった。

 気持ちよく戦えないからか、出発の直前までアロマさんは不機嫌そうにしていた。

 

 

 そして、その日。

 

 

 皆さんは、帰って来なかった。

 

 

 

 

 

 あたしがお店を閉めてホームに戻った時、そのことはすぐに分かった。

 

(明かりが点いてない……? 皆さん、まだ戻られてないんだ)

 

 これまでも稀にあったことだけど、やはり誰もいないホームに1人でいるのは寂しいものだった。

 ギルドメンバーリストで皆さんの生存は確認できていたから、そこまで不安に駆られることは無かったけれど。

 

(……ずっと61層から動いてない……まさか、まだボス戦中?)

 

 もし本当にボス戦が続いているのだとしたら、下手に《伝言結晶》でメッセージを送ることはできない。

 皆さんの集中を邪魔してしまうことにもなりかねないから。

 

 不安を紛らわせるように食事の支度をしたり、お風呂に入ったり、明日の予定を確認したりしたけれど。

 

 皆さんからの連絡が無いまま、時刻は既に22時を回っていた。

 

(あうぅ……皆さんが健在なのは分かるけど……でも本当に無事か分からないし……どうしたら――)

 

 リビングの椅子に腰かけながら伝言結晶を片手に悩んでいた所で、唐突にメッセージが届いた。

 

 ルイさんからだった。

 あたしは慌ててそのメッセージを開いて――

 

【ごめんねログっち。ボスに手間取っちゃって今日は帰れそうにないの。心配はいらないから、先に休んでてね~】

 

 ――それを見たことで、ひとまずは安心することができた。

 

(ご無事だった……良かったぁ……)

 

 あたしからもルイさんに伝言結晶で簡単にメッセージを返して、その日は休むことにした。

 

 多少の不安は残るものの、皆さんの強さはあたしが良く知るところだ。

 それに雲竜の子達も皆さんの元にある。

 マーチさんにも八咫烏の子がある。

 

(どうか、皆さんを守って下さい)

 

 ベッドに潜り、あたしは皆さんの無事を祈りながら、目を閉じた。

 

 

 

 翌朝になっても、やはり皆さんは帰ってきていなかった。

 場所も61層から動いていない。

 

(心配だけど、あたしが何かできるわけじゃないし……でも……もしこのまま……)

 

 日課になっている巡礼クエストを終えて店を開き、でもあたしは何も手に着かないまま工房で座っているだけだった。

 

 皆さんと出会う前のあたしに戻ってしまったかのようだった。

 

 《ユグドラシル》の皆さんが、突然帰って来なくなって。

 メンバーリストの皆さんの名前が薄暗く表示されていて。

 毎日泣き続けて。

 何も手に着かなくて。

 そんな状態から辛うじて立ち直れたのも《ユグドラシル》の皆さんが残してくれた物があったからだ。

 

 そして。

 

 《逆位置の死神》の皆さんと出会えたからだ。

 

 辛うじて立ち直っただけのあたしは、毎日をただただ過ごすだけで、笑顔なんて忘れていたし、街の外に出ることの危険性も考えていなかった。

 そんなあたしに、笑うことを思い出させてくれて。

 ちゃんと考えて生きていくだけの活力を与えてくれて。

 帰ってくるのが楽しみになる家ができたのが、本当に、本当に嬉しかった。

 

 だからこそ。

 こんな不安を感じる日が来るなんて、想像もしていなかった。

 

(……もし……皆さんまで帰って来なかったら……あたしは……どうしたら……)

 

 震える手を力いっぱい握り締めて、何とか不安を追い払おうとするけれど、どうしてもうまくいかない。

 そんな時、工房にNPCの売り子さんが入ってきた。

 

「お客様がお呼びです」

 

 いつもと変わらないNPCの言葉に、あたしは何故か少しだけ安心できた気がした。

 

「すぐ、行きます」

 

 簡単に返事をすると、NPCはショップ側へと戻っていく。

 あたしは無理矢理深呼吸をして不安を忘れたフリをする。

 

(皆さんを信じよう。きっと無事に帰って来てくれる!)

 

 そうして心に勢いをつけて、ショップに移動すると。

 

「ん。すまないね、忙しいのに呼び出してしまって」

 

 そこに居たのは、フェニクさんだった。

 

「あ……」

 

 思わず声が出ていた。

 

「――ログ、どうしたんだ?」

 

 あたしの顔を見たフェニクさんは、注文のことなど何も言わずに。

 

「何故泣いている?」

 

 あたしが、泣いていると言っていた。

 

(あれ……あたし……泣いてた?)

 

 自分でも気付かないうちに、涙が溢れていた。

 

「ぅ……っく……フェ……ニクさ、ん……あの――」

「ああ、無理に話す必要はない。ログが落ち着くまで、俺はここにいるよ」

 

 カウンター越しではあったけれど。

 フェニクさんの優しいその一言で。

 

「ぅ……ぅぁぁぁぁぁぁん! ぐずっ……うああぁぁぁぁん!」

 

 あたしは堰を切ったように泣いてしまった。

 

 不安で仕方なかった。

 皆さんを信じていないわけではないし、皆さんの強さもよく分かっている。

 それでも、いや、だからこそ、あたしは不安だった。

 皆さんが帰ってくるのが当たり前だと思っているからこそ、皆さんがあたしの前からいなくなってしまうことが怖い。

 既に1度、その辛さと苦しさを味わっているからこそ。

 2度と同じ思いをしたくない。

 1人で家にいることの寂しさも。

 1人で食事することの(わび)しさも。

 

 もし同じことが起きようものなら、あたしは――生きていく気力を失くすだろう。

 

 

 あたしは泣きながら、途切れ途切れに、たどたどしく、感情のままに言葉を並べていた。

 突然泣き出されたフェニクさんにしてみれば訳が分からないだろうけれど。

 

 それでもあたしは、あたしの不安をフェニクさんに吐露していた。

 フェニクさんはそれを静かに聞いてくれていた。

 相槌を打ちながら、あたしの頭を撫でながら、あたしが落ち着くまでずっとそこに居てくれた。

 

 どの位の時間、泣いていたのか分からないけれど。

 あたしは感情をフェニクさんに受け止めてもらったことで、随分と落ち着くことができた。

 

「……あ、の。突然、泣いたりして……その……」

「気にしなくて良い。ログ、人は支え合うものだ。今は俺が、君を支える時だっただけの事。俺はこれまで、随分とログに支えられているからね。この位、お安い御用さ」

 

 フェニクさんはそう言って、あたしの頭をポンポンと叩いてくれた。

 

「不安なのは分かる。でもね、ログ。君の作った装備が、君の仲間たちを守っている。君も、彼らと共に戦っているんだ。だから、きっと彼らは君の待つ家に帰ってくる」

 

 フェニクさんはあたしの作った短剣《スプライト・スワロゥ》を、あたしの前に差し出した。

 

「この子もそうだ。君が、俺と共に戦ってくれている。だから俺は今日も無事に生きていると思っている。ログは1人じゃない。そのことだけは忘れないでほしい」

「フェニク……さん……」

 

 と、唐突に、フェニクさんはあたしに背を向けた。

 

「ログなら、もう大丈夫だろう? とはいえ、流石に今、君に何かをお願いするほど無粋ではないつもりだ。また日を改めて出直すよ」

 

 軽く振り向きながらのフェニクさんの言葉と笑顔に。

 

「あ、あの! フェニクさん! ありがとうございました!」

 

 あたしはハッキリと声に出してありがとうと、言うことができた。

 

 フェニクさんは右手を軽く挙げて答えてくれた後、そのまま立ち去って行った。

 先ほどまでの不安は、嘘の様になくなっていた。

 あたしは自分の弱さを恥ずかしく思いながらも、フェニクさんの心遣いに感謝しきれずにいた。

 

(今度、フェニクさんがお見えになった時に、何かお礼しなくちゃ……)

 

 ひっそりと心に決めて、あたしは工房に戻った。

 もう不安のせいで手が動かないことは無かった。

 あたしは何かを作ることで皆さんと一緒に戦うことができる。

 

(皆さんと一緒に戦うためにも、手を止めてる場合じゃない!)

 

 気合を入れ直して、あたしは仕事に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 皆さんが帰ってきたのは、その日の23時を過ぎた頃だった。

 

 あたしが起きていて出迎えたことに、皆さんは少なからず驚いていたようだった。

 けれどそれ以上に、4人が4人とも疲労困憊という様子が見て取れた。

 

 皆さんはあたしが尋ねるまでも無く、何があったのかを話してくれた。

 

 ボス戦が始まってからも、有効な攻撃手段は見つからなかったそうで。

 驚いたことに、ボスのHPを少しずつ削る以外に攻略方法を見出せず、2日かけて削り倒したのだと。

 その驚異的な耐久力に対して、ボスの攻撃力はとても低かったので、持久戦という作戦を取ったのだそうだ。

 

 しかしまさか、ボス部屋で皆さんと交替で仮眠を取りつつ戦うなんて。

 

【凄すぎて、私には想像もできません】

「いや……俺らだってやりたくてやったわけじゃねぇよ、あんなの……」

「ですね……あれは……2度とやりたくない……」

「疲れたね~。ちょっと奮発して、とっておきの《グリル・ラビット》でご飯にしよ~」

「ひゃっはー。美味しいごっはんー。それが食べられるなら、苦労した甲斐もあるって思えるよぉ」

 

 グッタリしたマーチさんとセイドさんを見て、ルイさんが食事の支度を始めた。

 ルイさんも疲れているはずなのに。

 そして、ルイさんの献立を聞いたアロマさんは、言葉だけは元気だったけど、ソファーに身を沈めたままだった。

 

【私もお手伝いします】

 

 ルイさんの隣に立って、あたしも手伝うことにした。

 これでも一応、料理スキルもあったから、役に立たないなんてことは無いはずだ。

 

「ん~ありがと~ログっち~。じゃ~、お野菜切ってくれる~?」

【はい、任せて下さい】

 

 ルイさんの言葉にあたしは笑顔で答えた。

 

 

 

 ちょっとしたことかもしれないけれど。

 あたしが皆さんの役に立てるというのは、やはり嬉しい。

 今のあたしは、1人じゃないんだって改めて実感できる。

 

 それに。

 

 寂しさや侘しさにも、意味はあるんだ。

 

 

 こうして皆さんと一緒に居られることが、あたしにとって何よりの宝なんだと。

 今回のことでよく分かったのだから。

 

 

 


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