アニメが終わっているというのに、SAO作品が多くなってきて、嬉しい限りです!(>_<)
間が開いてしまいましたが、第五章です(>_<)
これからも、ご意見・ご感想・誤字脱字などなど、何かありましたら、是非お声掛け下さい!m(_ _)m
もちろん、何もなくてもお声をかけて頂けるだけでも(一▽一)嬉しいです。
第一幕・初陣
「これがボス部屋か~、凝った造りだね~」
ボス部屋の扉を前にしても、ルイさんはいつもと変わらぬ、ほんわかした表情のままに感嘆の声を上げていた。
「……やっぱ、重圧が違うな……お前ら、ずっとこんなのクリアして来てたのか」
β版では何度もボス戦を経験していたらしいマーチは、デスゲームと化してからは初となるボス戦を前に少なからず緊張しているようだった。
「マーチは久しぶりのボス戦だし、緊張するのも仕方ないか」
マーチの様子を見て、笑顔で口を開いたのは《黒の剣士》にして攻略組トップクラスの実力を持つソロプレイヤー、キリトさんだ。
「大丈夫だってマーチ! いつも通りセイドの指示に従って動けばいいんだから!」
ボス戦だというのに明るく気軽にそう言い放ったのは、我らがDoRのトラブルメイカーにして自称ムードメイカーというアロマさんだった。
「てか、セイさんのギルドがボス戦に参加するとは、マジで驚きっす」
「カカカッ! んだなぁ! ってかマーチ、嫁さんまで連れてくるとは思わなんだぞ!」
アイテムの分配を終えたらしく、DDAからの参加者2名を引き連れてこちらに絡んできたのは、DDAの攻撃部隊サブリーダーを務めるヴィシャスさんと、DDA創設に携わり、また
ノイズさんの台詞にマーチとルイさんが何やら言葉を返し始めたところで――
「セイドさん、いつもと様子が違いますけど……大丈夫ですか?」
――こちらもアイテム分配を終えたらしく、KoBから選抜された2名を伴って、アスナさんも私達の近くへと歩み寄ってきた。
まるで私を取り囲むかのように集まっている11名のプレイヤーたちを、私は不思議と落ち着いた心持で眺めていた。
(よもや、こんな日が来るとは思いもしませんでしたが)
数日前に話し合った通り、私達は《血盟騎士団》副団長を務める《閃光》のアスナさんの推薦を受け、この60層から攻略組に参加するということになった。
そのデビューの場として誂えられたのが、異例の事ではあるが、60層迷宮区のボス戦だった。
より正確に言うなら、ボス本戦前の《偵察戦》である。
私個人としてはこれまでも参加してはいたものの、これが自分のギルドも一緒にとなると、やはり普段よりも緊張してしまう。
「あの……セイドさん?」
返事をし損ねた私に、アスナさんが心配そうに再度声をかけてくる。
「あ、失礼しました。ちょっと考え事をしていました。大丈夫ですよ、アスナさん」
何とか笑顔でアスナさんに返事を返したが、正直、いつも通りの笑顔を浮かべられている自信は無い。
そんな私の返事に、やはり違和感を覚えたのだろう。
「そう……ですか……」
アスナさんは一言呟いた後、普段は見せない不敵な笑みを浮かべた。
「そういえばセイドさん。道着、新しくしたんですね。見たことない装備ですけど、どこで手に入れたんですか?」
「えっ!?」
今ここでそんな話を出されるとは思っていなかったので、思わず答えに詰まってしまった。
「あれ? そういえば、アロマが何か素材を集めてたって聞いたなぁ? 確か、布系防具の素材が多かったらしいんですけど」
「いや、あの――」
「新しい道着とか、NPCのお店には無いですよね。ということは――」
「アスナさん?! 分かってて言ってませんか?!」
私が慌ててアスナさんの台詞を遮ると、アスナさんは直前まで見せていた不敵な笑顔を霧散させ、普段通りの完璧な笑顔を見せていた。
「フフッ。どうですか? 緊張はほぐれました?」
アスナさんの狙いを聞いて、私は思わず苦笑いと共にため息を吐いていた。
「いやはや、やられましたね。アスナさんがこんな方法を取るとは意外でした」
「わたしも、初めて陣頭指揮を執るっていう時に、同じように服装のことでからかわれて。気が付いたら緊張がほぐれていたんです」
少し気恥ずかしそうに笑いながらそう答えたアスナさんは《誰が服のことでからかった》かは言わなかった。
まあ、アスナさんに対してそんなことをするとすれば、1人くらいしか思い当たらないが。
「戦術面でセイドさんに言うことはありません。わたしにできるのは、陣頭指揮を執ったことのあるものとしてのアドバイスというか、経験を生かした助言です」
「アスナさ――」
「おーぅセイド! その道着、カノジョから貰ったらしいじゃねえか! 羨ましい奴め!」
アスナさんへ感謝を述べようとした直後、無神経な一言が背中を叩いた。
「なあソレ、どんな性能ぅぉおお?!」
反射的に声の主に対して、手加減抜きの蹴りを放っていた。
口は
蹴りが当たっていれば、ボス戦を目前にして私のカーソルは
「チッ!」
残念である。
「っておいぃ! 今のマジで蹴ったろ!? お前、いつもはもっと冷静なのに――」
「喧しいですノイズさん! アロマさんは彼女じゃありませんし、貰ったからといってあなたに教える義理も
そう口走った直後、色々な反応を周囲から感じ取ることができたが、これ以上この話を広げるつもりはなかった。
此方としても色々と言いたいことはあったが、全てを込めたため息を1つ吐き、半ば強引に気持ちを切り替える。
「さぁ! 皆さん準備は済みましたね! 作戦を再確認しますよ!」
手を打ち鳴らし全員の注目を集めると、私は作戦の内容を確認していった。
過去に、私が攻略組の先頭に立って指揮を執ったことがあるのは50層迷宮区のボス戦のみ――それも、混乱から立ち直るまでの、ほんの10数分だけのことだ。
その時は当然、作戦の立案などしていなかったし、プレイヤー全体に対しての責任など考えている暇もない緊急時だった。
まあ、それが原因で、以降のボス戦に度々呼ばれるようになったわけではあるが。
それでも私がしていたことは、作戦に関して意見などをして戦術面でのアスナさんのサポートをし、実際の戦闘では一時離脱するプレイヤーのフォローなどをしていただけ。
今回の様に、全員の先頭に立って部隊を率い、作戦全体に対しての責任を負うというような立場に立つのは初めての経験だ。
これが普段、KoBやDDAのリーダー格のプレイヤーたちが背負っているものなのだと、同じ立場になったことで嫌と言う程実感することとなった。
特に感心させられたのはアスナさんだ。
明らかに攻略組を担う多くのプレイヤーたちの中でも若く、当然私達よりも年下の少女が、この責任と重圧をものともせずに先頭に立っていたのだから、まったくもって末恐ろしい。
それに最近は、私が戦術面でサポートをする必要も無くなりつつある。
(アスナさんが居る限り、私の出番は無くなるとばかり思っていたのですがね)
そんなことを薄らと思いながら作戦の確認を終え、私は深呼吸をした。
「基本は作戦通りに。何かあれば私の指示通り動いていただければと思いますが、ご存知の通り、ボス戦では何があるか分かりません。各々、適宜な対応を心掛けて下さい」
私の掛け声に皆がそれぞれの返事をし、私はボス部屋の扉の前に立った。
「それでは! 偵察戦、開始します!」
言い放つと同時に扉を押すと、ゆっくりと扉が開かれていく。
このボス部屋を見つけたKoBメンバーが、ボスの名前と外見だけ、
60層のフロアボスは《
ボス部屋の中央に最初から佇んでおり、プレイヤーが部屋に入った時点で動きだすらしいが、その動きは非常に緩慢――ゴリゴリ音を立てながら遅々として動くらしい。
それらもHPが減ることで何らかの変化が現れるだろうから、それを調べるための偵察戦だ。
私の立てた作戦は単純。
最初はDoRメンバーがボス戦に慣れるために、全員で部屋に突入後、ボスの初期動作が鈍いらしいことを逆手にとって、ボスの初撃を回避。
その後、マーチ・ルイさん・アロマさんの3名が隙の少ない《
その後は一旦ボスの動きを観察しつつ、隙をついての1撃離脱を繰り返す、というものだ。
DoRに壁戦士は居ないが、その分全員が《武器防御》を備え、基本的には回避することに秀でている。
動きが遅いであろうボスの初動攻撃程度なら、この場に居る誰もが躱せるとは思うが、DoRメンバーがどこまで通用するのか最初に試しておきたいが故に、今回の初手はDoRメンバーに一任させてもらっている。
扉が開き切り、DoRが先頭に立って部屋に入ると、ボス部屋の中央に置かれていた石像が動き出した。
巨大な鎧武者の石像は、全身が灰色で統一されているが、表面は光を反射するように磨き抜かれていて、身に纏う鎧の装飾は細かい。
腰の左に吊り下げられた刀に鞘は無く、抜身のままの刀身は鈍い光を返している。
鎧武者は部屋が明るくなると、刀を抜くように右手を動かしていくが、その動きは事前に聞いていた通り、ゴリゴリという音を立てた遅々としたものだった。
私は右手を横に伸ばして合図を送る。
私がボスの正面を取り、DoRの3人は部屋の外周近くを走りボスの左右と背後へ回る算段だ。
――ったのだが。
私の横をすり抜けて、真っ直ぐボスに突っ込んでいく影が1つ。
その場に居た全員が不意を突かれ、その行動に誰もが反応できなかった。
「しょーうげきのぉぉお、ファァァァストアタァァァックゥッ!!」
どこかで聞いたような台詞を吐きながら、石武者に真正面から斬りかかって行ったのは、我らがトラブルメイカー――確認をするまでも無く、アロマさんだった。
しかも、何度も『初撃を《剣技》で行うな』と言い聞かせていたにも拘らず、アロマさんはバッチリ《剣技》で――両手剣用上段重突進技《アバランシュ》で突っ込んでいた。
すると突然、ボスが直前までの遅々とした動きから一転、刀の柄に手を置いた瞬間、その刀身を緑の光が包んだ。
刀用直線遠距離居合い技《辻風》――発動を見てからでは対処不可な剣技であり、同時に、後の先を取ることも可能な速度に重きを置いた技だ。
おそらくアロマさんの突撃を迎撃すべく取られた行動だろうが、幸か不幸か、アロマさんの上段斬りとボスの繰り出した横薙ぎの1撃は、武器同士の衝突という結果を生み出した。
派手な音が部屋いっぱいに響き、アロマさんの初撃は見事に相殺されてしまっていた。
「アロマさん?!」
そこまでを把握したところでようやく意識が追い付き、アロマさんを呼び戻そうとしたが。
「セイドは
ボスとの打ち合いで剣を弾かれ、体勢を崩しながらも、アロマさんはそんなことを力いっぱい叫んでいた。
どうやら、初めから私の代わりにボスの正面に飛び出すつもりでいたらしい。
アロマさんの繰り出した《アバランシュ》と打ち合った石武者は、ダメージは受けなかったものの、アロマさんと同様に武器が弾かれた反動で、瞬間動きが取れずにいた。
「ったく、アロマらしい。だろ! セイド!」
その隙を逃さず、ボスの右後ろを取ったマーチが、そんなことを言いながらボスが放ったものと同じ居合い系剣技《辻風》をボスの右脚へ。
「ロマたん、無理はダメだからね!」
ボスの左後ろを取ったルイさんも、アロマさんに注意をするよう口にしつつ、片手棍の単発剣技《インパクト》をボスの左脚へと叩き込んでいた。
マーチとルイさんはしっかりと1撃を叩き込んだ後、こちらは作戦通りに即座に距離を空けるように下がっていた。
結果だけを見るなら、当初の予定に近いと――いや、想定していたものより良い結果だろうか。
見るからに1撃1撃が重そうなボスの攻撃も、アロマさんのステータスであれば相殺できると分かったともいえるのだから。
――などと考えていたのだが、そう甘い事態にはならなかった。
「うぇぇええっ?!」
先ほどまでの自信満々な声とは打って変わって、素っ頓狂な悲鳴を上げたのもアロマさんだ。
その悲鳴の理由もすぐに分かった。
アロマさんが手にしていた両手剣――ログさん作、ログさん鍛錬の1品《ダスク・イラディケイション》が、光の粒子へと還元されていったのが目に入った。
(まさか! 1撃で耐久値が全損した!?)
DoRがボス戦に参加するということで、ログさんが張り切って私達の装備をメンテナンスしてくれたので、耐久値は全快された状態でこの場に臨んでいる。
それに、今の武器同士の激突に不自然な点は無く、アロマさんの剣も損傷した様子は無かった。
ならば、耐久値の消耗による消滅も、耐久値に関わらず破壊される《武器破壊》が起こることも無いはずだ。
だが現実に、アロマさんの両手剣は消滅するという憂き目にあっている。
これはつまり――
「全員、ボスの攻撃を受けるな! 耐久値全損の効果が疑われる!」
――ボスの持つ特殊効果かも知れないということだ。
そして、そうだと仮定した場合、最も避けねばならないのは《メイン装備の喪失》だ。
「後続! 武器及び防具を、代替可能な物に変更しろ!」
緊急事態だと判断したためか、一瞬で意識が切り替わった。
「アロマ! 下がって装備を予備に切り替えろ!」
俺は《
アロマは使える武器のバリエーションが豊富だ。
両手剣が無くても両手斧や両手槍があるし、それ以外の《隠し玉》もある。
もちろん、所持している武器の数も相応に多いので、両手剣も予備の物がある。
何を持ち出すかはアロマ次第だが、即座に取り出せるのは
ここでアロマのメイン武器を軒並み喪失させるわけにはいかない。
今後、DoRが本格的に攻略に参加していくのだとしたら、アロマの攻撃力は攻略組の中でも大きな武器になるのだから。
だからこそ、アロマを後ろに下がらせて、予備の装備に切り替えるだけに時間を取らせる必要がある。
そして、それはマーチもルイも同様だ。
「マーチ、ルイ、お前らも下がって変えてこい! ボスは一旦――」
敵対値を多く取っていたアロマを追わせないためにも、マーチとルイが下がる間を確保するためにも。
俺は更に勢いをつけてボスの顔面に跳び蹴りの体術スキル《メテオライト》を叩き込み、そこから《
「――俺が引き受ける!」
ボスの顔面に連撃を叩き込んだ上に《
これで他のメンバーが態勢を整えるまでの時間稼ぎ位はできるだろう。
エクストラスキル《
《警報》の副作用――それはモンスターに対しての
敵対値は、こちらから攻撃を仕掛けたり、ダメージを与えたり、
逆に、こちらが攻撃され、ダメージを受け、モンスターの感知範囲外へしばらく姿を隠すなどの行動によって減少・消滅する。
それは当然、その行動を取った《個人》に対しての発生や消滅だ。
だが《警報》は、パーティー及びレイドプレイヤーの誰かが敵対値を発生させた時、自身にも敵対値が発生する、という副作用を持っていた。
この効果によって発生する敵対値は決して多くは無い。
せいぜいが強攻撃1発分といったところだろう。
だが、この敵対値はモンスターに攻撃されたとしても
《警報》スキルは敵対したモンスターに、常に一定の敵対値を維持し続けてしまう、ということだ。
つまり。
こちらから攻撃をしなくても、他のプレイヤーの敵対値が無くなると、自然とこちらにターゲットが移動する、という事態が発生する。
以前《セイレーンの揺り籠》で
更にもう1つ。
《警報》には攻撃によって発生する敵対値が増加する、という効果がある。
攻撃によって発生する敵対値は、瞬間的に発生し、時間経過によって減少するタイプだ。
これが、アロマと出会うきっかけとなった《
体術の手数の多さというのも一理あるが、やはりそれだけでは大型武器を使用しているアロマから敵対値を奪い取るのは、本来ならば不可能だ。
しかし、俺自身は《警報》の作用で増えた敵対値を、相手の攻撃を完全回避し、且つ攻撃の手を緩めないことで減少させず、対してアロマは攻撃を回避しきれず防いだり受けたりしていたため、敵対値の減少があった。
結果、トータルの敵対値では俺が上回った、というわけだ。
こう考えると、敵対値に関する副作用も悪い事ばかりではないように思えるが、残念ながらレイド戦になると勝手が違う。
本来なら陣頭指揮を執るプレイヤーはあまり戦線には加わらない。
それはつまり、後衛に位置するわけだが、俺の場合はそうもいかない。
《警報》の作用によって勝手に敵対値を抱えている状態なので、下手に後衛側に居ると敵を引き寄せてしまいかねない。
かといって戦線に加われば、他者よりも敵対値を稼ぎやすいために、壁戦士でもないのにモンスターを惹き付けてしまいかねない。
これは集団戦においての役割分担を崩壊させる要因となり得る。
それがどれ程危険なことか――特にこのデスゲームでは、僅かな戦線バランスの崩壊で多くのプレイヤーの命を危機に晒すことになる。
《警報》の利便性と不安要素。
この2つを抱えたまま俺自身が陣頭指揮を執ることになった場合、立てる位置は1つだけ。
前衛ラインで指揮を執りつつ攻撃には参加しない、というポジションだ。
おそらく攻略組の中でも鋭い連中――キリトやアスナといった辺りなら、俺がそんなポジションで指揮を執っていることに違和感を持っているだろう。
(だが《
ボスの振るう刀を、《警報》の攻撃予測効果も駆使して躱し続けながら、俺は一瞬意識をDoRメンバーに向けた。
マーチとルイは手早く装備の換装を終え、既に元の配置に戻っている。
アロマは武器の数が多いからか、まだ少し手間取っているようだ。
その奥から他の攻略組プレイヤーも続々と装備を整え終えて戦列に加わり始めている。
ボスとの距離を開け過ぎず詰め過ぎず、回避に専念していると、
(とりあえず、緊急事態は脱したと見ていいでしょう……後はアロマさんが戻ってくれば――)
「よし。もう、これ使おう」
私が状況を思考の片隅で確認したのとほぼ同時に、アロマさんのそんな呟きが耳に届いた。
思わず視線を向けると、そこには――
「1番のお気に入り、壊されたお返しに、その刀、
――《隠し玉》の1つを、鬼気迫る
大型武器を好んで使うアロマさんの持つ武器の中でも、最大の重量を誇る《隠し玉》。
それは、両手斧を使い込むことでスキルリストに現れる派生スキル――《両手用戦鎚》である。
この両手鎚、実は両手棍からも派生するのだが、要求筋力値が途轍もなく大きいせいで、両手棍から派生した場合、ほぼ間違いなく筋力値が足りないという事態になる。
元々の要求筋力値が大きい両手斧からの派生でなければ、実用は不可能に近い。
ともあれアロマさんは、斬撃・刺突に続き、打撃に属する大型武器まで手に入れたことになる。
そして、今ここで両手鎚を取り出した目的は、ボスの武器を破壊するため、らしい。
「ア、アロマさ――」
「かぁくごしやがれぇぇぇえええええ!!」
声をかけようとした私をスルーして、アロマさんはボスへと真っ直ぐ突っ込んでいった。
両手鎚は重量が大きいため、如何に筋力値に偏ったアロマさんのステータスであっても、他の武器との兼ね合いを考えると、予備を用意できるほど所持容量に余裕はなかった。
つまり、今アロマさんが持っている両手鎚は《メイン武器》であり、予備は無い。
確定ではないが《装備破壊》の効果を持つかもしれない相手に、そんな武器を振り回すのは避けるべき行為だ。
――が。
ボスが横からの斬撃を繰り出してきたところで、アロマさんはその斬撃を避けつつ刀の腹に戦鎚を振り下ろしていた。
甲高い音を響かせて、アロマさんの戦鎚は見事に石武者の刀を打ちつけていたが、当然と言えば当然のように破壊することはできていない。
そして同時に、アロマさんの両手鎚も破壊されていない。
2種類の武器を持っているボスなどの場合、一方は破壊可能だったりしたこともあったが、このボスは他に武器を隠し持っている様子は無い。
その上、刀の仕様を前提にしたような出で立ちのボスである以上、破壊不可能と考えるのが妥当だ。
もし仮に、刀そのものが破壊可能であったとしても、どこからか代わりの物が降ってきたり、生えたりするかもしれない。
また、アロマさんの戦鎚が破壊されていないことから、斬撃を喰らわなければ破壊効果が発生しないらしいことも
そうであれば、今のアロマさんの様に刀の腹を弾くようにすれば《武器防御》も不可能ではない、ということになる。
(何にせよ、不確定情報が積み重なっていくばかり……可能な限りの検証をするしかないですね)
本来ならばアロマさんの暴走を止めようかと思っていたのだが、今の彼女は上手い具合にボスの攻撃を弾く――というか刀の腹を叩いて破壊する――ことに集中している。
ボスもまた、武器を弾かれることでアロマさんへの敵対値が高まったようで、主にアロマさんへと狙いを付けている。
そのボスの隙をついて、他のプレイヤーたちが1撃離脱を繰り返し、ダメージの通り具合やボスの防御力についての検証を重ねていく。
これならばアロマさんを止めなくとも、概ね作戦通りに事を運ぶことができるだろう。
「おーおー、やるじゃねえか! あの赤髪の嬢ちゃん! ヴィシャス、おめえが負けた娘だっけか?」
壁戦士の
「そうっすよ、
基本的に人を素直に褒めるタイプではないノイズさんが、初対面のアロマさんを褒めるということは、アロマさんの実力が攻略組と同等であると認められたと考えてもいいだろう。
まあ、アロマさんの力技をその身で受けた経験のあるヴィシャスさんとしては、アロマさんの戦いっぷりを見るのはトラウマなのかもしれないが、それは自業自得だろう。
「少々差異はありましたが、現状のまま作戦を続行! これ以降はHPが減った際の変化にも気を付けて下さい!」
私は声を張り上げて全員に声を掛けた。
こうして、出だしで少々の変更はあったものの、作戦に大きな変更は無いまま、本格的に戦闘を開始することとなった。
DoRメンバーは回避できているとはいえ、攻略組の全員が常に回避可能なほどSAOの戦闘は甘くない。
誰かがダメージを負ったらノイズさんを筆頭とした壁戦士のプレイヤーたちとスイッチし回復。
それと、やはりというべきか、ボスの攻撃には耐久値を大きく減らす効果がある事も分かった。
通常攻撃を喰らうと耐久値が大きく減少。
《剣技》を喰らうと1撃で全損、という効果だった。
効果が確定したので、全員に回避を最優先にさせることで、装備品の損耗を抑えることに成功。
ボスの動きがあまり早くないのも幸いだった、というところだろう。
キリトさんやアスナさんを筆頭とした
そもそも、DoR以外は何度もボス戦を経験している攻略組プレイヤーばかりだ。
私が指示をする必要など基本的には無いが、受けては危険な攻撃や細部の連携の綻びなど、気付きにくい点に関しては注意を飛ばしていく。
ただそれを繰り返すだけで、ボス攻略は順調に進んでいった。
ふと、私は視線をDoRのメンバーに向けた。
マーチもルイさんも初めてのフロアボス攻略戦だというのに、委縮することなく生き生きと動いている。
このデスゲームが開始された当初の様子からは想像もつかない光景だ。
アロマさんもまた、鬼気――いや嬉々としてボスの刀を殴り続けていた。
「オラオラァ! まっだまぁだ、いっくぜぇぇぇぇえ!」
女性としては考え物だと思う台詞を口にしながら大きな戦鎚を振り回している。
私も戦闘となると性格が変わる質ではあるが、アロマさんのコレも相当だろう。
(まあ、存分に暴れて来て下さい。多分、刀は壊せないと思いますが)
口には出さず、心中でのみそう呟いて、私は再び全体の指揮へと意識を戻した。
結局、ボス戦に関しては、あまり大きな問題は発生しなかった。
いや、したと言ってもいいのかもしれないが、それはそれで良いことだとも言える。
ボスである石武者はHPバーが1段減る毎に鎧が剥げ落ちていき、防御力が下がる代わりに速度が上がるという、至ってベーシックな変化を見せた。
まあ、1段目を削るだけで2時間かかったというのは笑えなかったが、それ以降は防御力低下の効果も相俟って、HPを削ることに難は無かった。
ただ、あまりにも順調に進み過ぎて、私達は皆、これが偵察戦であるということを忘れていた。
気が付いた時には、撃破していた。
「いやぁ……倒せちまったな……」
「ああ、そうだな……アスナ、
「どうするって言われても……良いんじゃない? 倒せるに越したことはないはずだもの。参加できなかったからって文句を言うような人は……」
ボス部屋の中央。
皆が集まる中、マーチとキリトさんが呆然と呟き、アスナさんがそれに答えつつDDAメンバーへと視線を向けた。
キリトさんの言う《コレ》とは、ボスのドロップアイテムなどのことだ。
DDAは、レアアイテムやボス討伐の名声などに執着するプレイヤーが多いからだろう。
ちなみに、
「あー、俺らの方にゃいるかもしれんが。ま、気にすんな! クリアが早まるのは良い事さ! カカカカッ!」
アスナさんの視線を受けて、しかしノイズさんは笑って答えていた。
「いやぁ、驚きっす。まさか倒せるとは思ってなかったっす」
「そりゃそーだぜ……てか、ここのボスが弱かったってことじゃねーの?」
ヴィシャスさんもマーチも、ボスの討伐成功という事態には驚きを隠せないようだ。
「え~? あれで弱かったの~? 私としては充分強敵だと思ったけどな~?」
「私はまだ納得できてないよ……結局、圧し折ってやれなかったし」
ルイさんは初のボス戦に対して、多少の恐怖もあったのであろう感想を述べ、アロマさんは逆に、心残りがあるようで未だにブツブツと言っていた。
「まあ、今回はこんな結果になりましたけどね……毎回こう上手くいくわけじゃないですから、その辺りは肝に銘じておいてください。3人とも」
初のボス戦を終えた直後だからこそ、私はDoRの3人に釘を刺した。
フロアボスを毎度こんなにあっさり倒せると思われては困る。
「ん~、分かってるよ~」
「おう、わーってらぁ」
ルイさんとマーチは肯定の意を示したが、アロマさんはまだ不貞腐れていて返事が無い。
「アロマさん。分かりました?」
「むー! 分かったよぅ!」
念を押したことでアロマさんも気持ちを切り替えたようだ。
パンッ、と1つ手を打ち鳴らし、唐突に私へと満面の笑顔を近づけてきた。
「それに! これからはみんなで一緒に行けるんだし! 心配しないで済むからね!」
アロマさんが機嫌を直したようで何よりではあったが。
唐突に顔を近づけてくるのは止めていただきたい。
私は少々慌てて話を逸らそうとした。
「さて、それでは61層の転移門の
「セイドさん」
そんな私の台詞を遮ったのは、他でもないアスナさんだった。
「《逆位置の死神》の攻略組としての第1歩が、最高の物として踏み出せたことにお祝いを申し上げます」
アスナさんが唐突に、凛とした態度と表情で朗々と語り出した。
「今回の1戦にて、DoRが攻略に参加するに足ることを、わたし達《血盟騎士団》はここに認めます」
「ぉ。んじゃ俺からも。んんんっ! 《聖竜連合》も、DoRの実力を認め、攻略組への参加を喜んで歓迎するぜ!」
アスナさんの宣言に呼応するかのように、ノイズさんも一緒になって姿勢を改め、DoRの攻略組参加を声高らかに承認した。
唐突なことに、私を始め、マーチもルイさんもアロマさんも言葉を失っていた。
「ってことで、セイド。有効化は任せたよ。俺達は先に戻ってクリア情報を広めてくる」
話の締めをキリトさんが持っていき、彼は言うが早いか部屋の入口へと向かって歩いて行った。
「あ、キリト君……んもう! それでは、そういう事で、皆さん、後はお任せします」
「じゃあな、お前ら! 今後はちょくちょく会うだろうから、よろしく頼むぜ! カカカカッ!」
「お疲れっした! またヨロシクっす!」
キリトさんの歩みに釣られるかのように、アスナさんが。
アスナさんに追従し、KoBのお2人が。
そしてノイズさんとヴィシャスさん、それに続いてDDAの2人も、挨拶もそこそこに部屋から出て行ってしまう。
気が付けば、部屋の中には私達4人しか残っていなかった。
「……ったく……あいつら、カッコつけやがって……ま、しゃーねえ! 俺らで有効化して来てやろうぜ!」
「新しい街か~、楽しみだね~」
「ヒャッハー! しばらくは街を独占だねぇ! セイドセイド! 一緒に店回ろ!」
「そうですね……では、行きましょうか。出てすぐに街とは限りませんから、皆さん、くれぐれも油断はしないように」
私達は揃って歩き始めた。
ボス部屋の奥にある扉から、次の層へと向かう階段を上る。
その最中、私の後方ではマーチとルイさんが何やら楽しそうに話をしていて、私の右隣ではアロマさんが鼻唄交じりにスキップしている。
そんなアロマさんを見て、私は1つ言っておくべきことを思い出した。
「アロマさん、貴女の台詞を1つだけ訂正させて下さい」
「ん? なあに?」
歩みは止めず、アロマさんを見るのは気恥ずかしかったので、前を向いたままではあったが――
「私はキングでもないし、貴女はナイトでもありません。貴女は私にとって、とても大切な人なんですから、自分を駒に例えるようなことは、しないで下さい」
――戦闘中のアロマさんの台詞へ、この場で返答をしておいた。
そんなことを言われるとは全く思っていなかったのだろう。
私の言葉を聞いたアロマさんは、スキップしていた足を踏み外してしまい危うく転びそうになった。
反射的に腕を伸ばし、何とか彼女の腕を掴むことに成功した私は、そのまま自分の方へと引っ張って抱き止めた。
「全く……危ないじゃないですか、アロマさん! 階段でスキップなんてしてるからですよ!」
転倒しかけたことに驚いたのか、アロマさんはしばし呆然とし、口をパクパクと動かすばかりで言葉になっていなかった。
「……大丈夫ですか?」
心配になり、顔を覗き込むようにして声を掛けると、アロマさんは顔を赤1色に染めていた。
階段で転びそうになったことは確かに心拍を上げる。
それでも、ここまで赤くなるのも珍しいとは思う。
「………………う――」
少し長めの沈黙の後、アロマさんは首を縦に振って何か言葉にしようとしたらしいが、唐突に台詞を引っ込めた。
かと思えば、慌てたように私の腕から脱出し、ダッシュで5段ほど上ったところでこちらに振り向いて――
「セイドのバーカ、バーカ! どっちが危ないんだよー!」
――と、よく分からないことを叫び、アカンベーをしてから階段を駆け登って行った。
訳が分からず立ち尽くしていると、私の横をマーチがゆっくりと歩いて行った。
その顔には『おいおい、何やってんだよ』というニヤついた笑顔があった。
マーチのすぐ後ろを歩いていたルイさんに至っては。
「セイちゃんってば~、恥ずかしい事を臆面も無く~」
いつもとは少し意味合いの違う笑顔を浮かべながら、ハッキリと口に出していた。
そう言われて、私は自分の台詞と行動を思い出し――
(っ!!)
――思わず俯きながら、顔が熱くなった気がした。
恐る恐る視線を上げると、チラチラと此方を振り返っては、ニヤニヤと笑っているマーチの顔が目に入った。
(~~~~~~っ!!)
言葉にならない恥ずかしさを覚え、マーチの視線を正面から受けることにも耐えられなくなり、マーチとルイさんを追い越し、2人から逃げるように、そしてアロマさんの後を追うようにして走り出した。
多少の予定外はあったものの、
《