ソードアート・オンライン ~逆位置の死神~   作:静波

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大変遅くなりました(-_-;)申し訳ありません……。

まずは感想への謝辞を。
是夢様、ZHE様、チャンドラー様、路地裏の作者様、satan.G.F様、ポンポコたぬき様、アバランシュ様、感想ありがとうございます!m(_ _)m

更新が滞っていたにもかかわらず、お気に入り登録が1040件を超えておりました(つ_<)
皆様に見捨てられることがないよう、エタらず続けていきたいと思います!
亀更新ですが(-_-;)ご容赦を……。


幕間・5
DoRのちょっとした異性談義


 

 

「ふはぁああ~……」

「ん~、いいお湯~」

「ふぅう……ぶくぶくぶく……」

「♪~♪~♪」

 

 本日、SAO内でも希少であろうこの温泉は、DoRの女性メンバーにアスナんを足したパーティーの貸し切りとなっている。

 クエストをクリアしたプレイヤーにだけ入ることを許される温泉だけど、未クリア状態のプレイヤーも、クリア済みのプレイヤーと同じパーティーなら入ることができるため、アスナんも温泉に浸かることができている。

 

「こんな場所が、この世界にあったなんて……夢みたい……」

 

 やはりというか何というか、アスナんも私達と同じで贅沢にお湯が使える状況には飢えていたのだろう。

 私が初めて温泉に浸かった時と同じ気持ちを、アスナんも感じているようだ。

 

「温泉って良いよね~、ほんとに~。心の洗濯ができるって感じだよね~」

 

 私も、アスナんの隣でお湯に浸かりながらアスナんの意見に賛成した。

 

「でも、男性陣が見張りまでしなくても……」

 

 ただ、アスナんが気にしたのは、この場に入って来なかった男性陣のことだ。

 

 セイちゃんは単純に混浴になることを拒み、マーチんは他に誰かが入って来ないように見張ると言い張り、一緒に来たキリ君も含めた3人で浜辺の入り口近くに居るらしい。

 

「いーんだよ、やりたいって自分たちから言い出したんだから。ねー、ログたん」

 

 ロマたんの言葉に、ログっちはコクリと頷きながら、いつものようにタオル造形を始めていた。

 

「それにさ、アスナ。ここにキリトとか居たら困るでしょ?」

「そ……それは、まあ……」

 

 ロマたんの尤もな意見に、アスナんも頷くしかなかった。

 私達だけで入っていることに罪悪感を感じたの知れないけれど、今回ばかりは仕方ないだろう。

 

「男湯と女湯に~、分かれていれば良かったんだけどね~」

 

 私もロマたんの意見に同意するコメントを口にしたけど、混浴を避けた配慮は、主にアスナんのためだと思う。

 私達だけなら混浴でも問題ないわけだし。

 

(って、セイちゃんはダメか~)

 

 この温泉を発見した時以外、セイちゃんが一緒にここに入ったことは無い。

 余程照れくさいらしい。

 

(ん~。それにしても~)

 

 私は軽く伸びをしながら温泉を見回した。

 このメンバーが揃って温泉とは、実に壮観だ。

 

 SAO内でもトップクラスの美少女、アスナん。

 彼女は今、バスタオル1枚という出で立ちで岩作りの温泉の縁に腰掛け、足を組み、上気した頬を風に当てながらお湯で遊んでいる。

 お湯をはじき飛ばすその肌はハリもツヤも申し分ない。

 色白なところも、同性として羨ましい限り。

 

 その隣では、鮮やかな赤色の長い髪をくるりとアップにし、惜しげもなく(うなじ)を見せながら、ロマたんがお湯に浸かっている。

 

 少し離れた所に居るログっちも、その可愛らしい素顔を隠すことなくニコニコとタオルで遊んでいる。

 

 このメンバーを見て、思わずため息を吐かない人はいないだろう。

 そんなことを考えながら、ふとアスナんとロマたんを見比べていた。

 

 身長はアスナんの方が高いけど、胸に関してはロマたんの方がやや大きいか。

 アスナんがCならロマたんはDぐらいの差だろうけど、そのことを考えればセイちゃんがロマたんを直視できなかったのも無理はないわけだ。

 

 と、そこまで考えていたところで、アスナんが私に声をかけてきた。

 

「ルイさんって、スタイルいいですよね……胸も大きいし、羨ましい……」

「も~、どこみてるの~?」

 

 自然と胸を隠すように両腕を持ち上げていた。

 私も、アスナんとロマたんを見ていたわけだけど、そこは放置でいこう。

 

「そうだよねぇ。ルイルイ、ムネいくつあるの?」

 

 アスナんの台詞を聞いてか、ロマたんまでも私の方を凝視していた。

 

「いわないよ~。恥ずかしいからね~」

「むぅ! じゃあ触って確かめてやる!」

 

 と、言うが早いか、ロマたんが私に向かって跳びついてきた。

 咄嗟のことに私は反応が遅れ、ロマたんの手が一瞬だけど確実に私の胸に触った。

 

「ひゃああ!! ロマたんのえっち~!」

「わはははは!!」

 

 私はお湯の中をゆるゆると逃げ、ロマたんはそれに追いつくか追いつかないか、という位で追いかけてきた。

 それほど本気で触るつもりはないようだ。

 

「……わたしも、あれくらいあれば……」

 

 そんなアスナんの呟きが聞こえた。

 

【アスナさん、どうしてムネを押さえてるんですか?】

「え!? ああ……うん、なんでもない……」

 

 アスナんの呟きにログっちが反応してしまったけれど、アスナんは笑って誤魔化していた。

 とはいえ、ほんのり顔を赤らめ、潤んだ瞳で考えていたことは、だいたい分かる。

 

「だいじょ~ぶだって~。キリ君はムネの大きさなんて気にしない子だよ~、きっと~」

「なっななな!?!? べっ別にキリトくんのことなんて考えてましぇん!」

「噛んだ! 噛みました! アスナが噛んだー! やーい!」

 

 私の指摘が図星だったらしく、アスナんはとても分かり易く動揺していた。

 そんなアスナんをロマたんが、ここぞとばかりにからかい始める。

 

「な、何よぉ! って、ちょっ……お湯かけるなぁ! アロマ!」

 

 バッシャバッシャと激しい音を立てながらロマたんがアスナんにお湯を浴びせ、アスナんもお返しとばかりにロマたんにお湯をかけ返し始めた。

 

「うわっぷ! やったなー!」

 

 2人で騒ぎながらしばらくはお湯の掛け合いをしていたけれど、隙を見てロマたんが次の行動に移った。

 

「ぎゃははは! おまえも揉んでくれるわー!」

「きゃああああ!!」

 

 ロマたんは、女性としてはちょっとアレな笑い声を上げながら、アスナんの胸に向かって跳びついて行った。

 私と違い、アスナんは流石の反射神経で、(すんで)の所でロマたんの突撃を回避した。

 

「待て待て待てー! あひゃひゃひゃひゃ!」

 

 けど、ロマたんもそれで諦めるつもりはないらしく、ちょっと気持ち悪い笑い声を上げながら、アスナんを追いかけ回し始めた。

 私の時とは違って、今度はかなり本気で揉みたいらしく、お湯飛沫も派手にあがっている。

 

(男子の夢物語的な、女の子同士の絡み合いとか、初めて見たよ~)

 

 男子の妄想だけの産物だとばかり思っていたけれど、実行する女の子もいるんだなぁとか、しみじみと思ってしまった。

 

【アロマさん、行儀悪いですよ】

 

 ログっちの一言で、アスナんとロマたんの視界が一瞬遮られたようで、2人揃ってお湯の中で転んだことで追いかけっこは終わりとなった。

 

「ふはっ! んもう! ほんとに止めてよね! アロマってば!」

「っぷはぁ……アハハハハ! まあ、冗談はともかくさ! ルイルイはやっぱりいいよね! ムネがおっきいと、マーチも喜ぶでしょ」

【ルイさん、スタイル良いです。羨ましいです】

 

 ロマたんの矛先が唐突に私に向き、ログっちまでそれに乗ってきた。

 

「んもう~、ログっちまで~。マーチんはそんなにムネのことなんか言わないよ~。だから気にしたことないんだよね~」

「ヒヒヒ! そこも好きなとこって感じ?」

「うん、そだよ~」

「うわぁ、ごちそうさまです」

「ゴチソーサマ! ったくもー、ルイルイはー!」

【御馳走様です、ルイさん】

 

 普通に答えただけなのに、何故かみんなに御馳走様って連呼された。

 何となく照れくさくなったので、話の矛先を変えることにした。

 

「私の事より~、アスナんはキリ君のどこが好きなの~?」

「え!? ええええええっ?!」

「動揺しすぎ。アスナ、分かり易過ぎ」

 

 ストレートに聞いたからか、アスナんが思いっきり動揺していた。

 

「なっ、なななんのこと? 別にキ、キリトくんのことを好きだなんて……」

 

 必死に誤魔化そうとするアスナんを見て、ロマたんが意地悪そうにニヤリと笑っていた。

 

「あっそう? じゃあ、私がキリトと2人でダンジョンに行っても問題ないよねー?」

「や、やめた方がいいわよ! だって、キリト君はずっとソロでやってたんだから……その、連携とか下手……ってわけでもないけど、苦手みたいな感じもするし……そ、そうそう! キリト君にLA取られるから良いドロップが来ないとかよくあるし! すぐお腹空いたとか疲れたとか言うし! 天気が良いと昼寝しちゃうし――」

「わ、分かった、分かったってアスナ!」

 

 猛烈な勢いでロマたんを止めにかかったアスナんに圧倒されて、ロマたんが慌てたように止めに入った。

 

「2人っきりでなんて行かないよ。――多分」

 

 しかしロマたんは、最後の最後までアスナんをからかってイヒヒと笑っていたので、アスナんは心配そうな顔でロマたんを睨んでいた。

 

「ロマたん~、意地悪しないの~」

「ふぁーい」

 

 私の言葉に適当な返事を返したロマたんだけど、一応釘を刺しておいたから大丈夫だろう。

 

「そんなことより! アロマだってセイドさんのどこが好きなの?」

 

 と、今度はアスナんが反撃に出た。

 

「どどどどうしてセイドが出てくるの!?」

 

 これにはロマたんも予想外だったようで、言葉に詰まってしまっていた。

 

「アロマだって、分かり易いじゃない」

「別に! セイドなんか……ただのギルドマスターなだけだもん! レベル上げとか付き合ってくれるけど超絶厳しいし、何かあるとすぐに理路整然と文句言うし、お母さんみたいに世話焼いてくるし……ある意味ヘタレだし」

「ん? ある意味って?」

「な、なななんんでもないっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「「へっくし!」」

 

 キリトとセイドが同時にクシャミをした。

 

「おまえら、絶対噂されてるぞ」

 

 そんな2人の様子を見て、俺は女性陣が何やらこいつらの噂をしているのだと決めつけた。

 

 温泉エリアの外――44層のフィールド《セイレーンの揺り籠》という名の砂浜に座りながら、俺・キリト・セイドは今後のボス攻略について話をしていた。

 まあ、万が一にも俺の嫁の入浴シーンが他のプレイヤーに覗かれたりしないように配慮した結果、女性陣が入浴中は見張りをするということになったわけだ。

 混浴状態に陥ってセイドが挙動不審にならないためにも、アスナとキリトの混浴を避けるためにも、である。

 

「キリトさんが噂されてるなら分かります。でも、何で私まで」

「それ逆だろ。セイドが噂されてるに決まってるじゃないか」

 

 セイドの反論に異議を唱えたのはキリトだ。

 2人揃ってクシャミをしたというのに、まるで自分は噂されていないとでもいうような感じだ。

 

「どうして私なんですか」

「アロマの家出のことを根掘り葉掘り、きっとアスナが聞いてるんじゃないかな」

「うっ……いや、あれはもう終わった事じゃないですか……絶対キリトさんですって!」

 

 多少、耳のあたりを赤くしてセイドが反撃に出た。

 何か思い出して照れているのだろう。

 まったく、分かり易い奴だ。

 

「俺の何を噂するんだよ」

 

 対してキリトは、何の気負いも無くそういって、体を解すように伸びをした。

 

「うう……ほら、アスナさんとの関係とか……」

「アスナとは、一時的にパーティーを組んだり、ボス攻略で一緒に戦ったりしてるだけで、フレンドではあるけど、それ以外には何って関係でもないぞ?」

 

 キリトはきょとんと、そんなことを言い出した。

 これには流石に俺も驚いた。

 

「え、キリト、お前、それ本気で言ってる?」

 

 あんなに分かり易く――キリトの前でニコニコしたり、キリトの事となるとムキになったり、キリトにピンチを救ってもらった時のあの顔とか見ていて、攻略組のメンバーとしか見てないと、本気で言っているのか。

 というツッコミは、何とかせずに押さえておく。

 

「ん? うん」

 

 信じられない、という心境はセイドも同様だったようで、俺とセイドは互いに顔を見合わせてしまっていた。

 

「……アスナ、大変だな」

「……苦労しますね……これは……」

「なんだよ。おーい」

 

 俺とセイドのため息交じりの会話に、一応ツッコミらしき形を取ったキリトだが、あまりしつこく追求する気はないらしい。

 そしてそれは俺達も同様で、詳しく説明するつもりはない。

 

(まあ、これも社会勉強だと思って、精進したまえ、少年よ)

 

 心中でそう呟き、思わずため息を漏らした俺を、キリトは不貞腐れたようなジト目で一瞥するにとどまった。

 

「まあ、それはともかく、話の続きだ。ボス戦の話だが――」

 

 多少脱線しはしたが、気を取り直して話を元に戻した。

 

 

 

 

 アロマ家出騒動及びアスナPK未遂事件の後、俺達は1つの話し合いをした。

 

 それは、俺達もセイドと一緒に攻略へ参加するというものだった。

 

 これを強く主張したのはアロマとルイの2人だったのだが、俺としても、2人の気持ちが分からないわけではなかった。

 あの時、セイドの瀕死状態を目の当たりにしたからだ。

 

『セイちゃん、私達は《生きて帰る》のが目的だよね? なら、セイちゃんも死んじゃダメなんだよ? 私達がみんなで生きて帰らなきゃ』

『でも、セイドが1人で攻略に参加してたら、今回みたいに危ないときに、私達が助けに行けないよね?』

『だからね、セイちゃん、マーチん。私もロマたんも決めたの。セイちゃんが攻略に参加するなら、私達も一緒に行こう、って』

 

 2人のこの意見に当然の反論をしたのはセイドだ。

 即ち『それなら参加するのを止めます』と。

 

 セイドのその発言に、しかしアロマとルイが反論し、そこからはしばし話が平行線になったが、2人(と、ついでに俺)がセイドを半ば強引に折った形になった。

 

 セイドは良くも悪くも攻略組の1人として名も知られていて、今更攻略を止めても良いのか。

 自分は危険な場所に行くのに俺達には行くなと言えるのか、などなど。

 結論の出し辛い話し合いに、セイドが渋々折れたという感じだ。

 

 まあ、この時点では、すぐに攻略に参加するような場も無かったから、セイドも折れたのだろう。

 

 だが。

 その2日後、キリトとアスナが俺達の元を訪ねてきた。

 その理由は、俺達DoRに攻略組としての参加要請をするためだった。

 

 アロマ家出騒動及びアスナPK未遂の件で、キリトとアスナは俺たちの実力の一端を直接目にしている。

 セイドの戦闘技術に関しては、アスナがセイドに庇われている際に。

 俺・ルイ・アロマの3人に関してはキリトが。

 俺とルイの技量は、セイド救出の際に迷宮区を駆け抜けた時、アロマの技量については、キリトがアロマを見つけた際に量っていたらしい。

 

 それらを踏まえて、アスナは攻略組筆頭ギルド《血盟騎士団》の副団長として、俺達を訪ねてきた。

 今回は、以前の様な一方的な勧誘ではなく、対等な立場としての攻略組への参加要請だった。

 キリトはそんなアスナに引っ張られてきただけだったようだが。

 

 この日の夜――キリトとアスナが帰った後、俺達はもう1度話し合った。

 セイドは今度こそ、理由も何もなく、ただただ俺たちの参加に反対した。

 

『矛盾があろうと何だろうと、皆さんがついてくるというのであれば、私は行きません!』

 

 理路整然と理由を付けるセイドにしては珍しい感情が前面に出た言葉だった。

 これには俺もアロマも言葉を失くした。

 ただ、ルイだけが違った。

 

『セイちゃん。私達の目的は《生きて帰る事》だよね? この世界に閉じ込められて、もう1年半。まだ60層なのに、最近の攻略ペースは落ちてきてる。この調子で攻略を続けたとして、早くても、あと1年半はかかると思う。それまで、私達の現実の身体が、無事だっていう保証はないんだよ?』

 

 忘れていたわけではないが、意識していなかった事だった。

 そのことと正面から向き合うのが怖かったからでもある。

 だが、ルイはあえてそのことを口にした。

 

『私達が、ちゃんと生きて現実に帰るためには、攻略のペースを少しでも上げることを考えるべきだと思う。そういう時期に来てると思うの。だからね、セイちゃん。私は攻略に参加しようと本気で思ったんだよ。無事に、生きてここから出るために』

 

 ルイのこの言葉で、セイドも反論を失った。

 俺たちの目的は《生きて帰る事》だ。

 安全な場所に居れば《とりあえず生きている》ことはできるかもしれないが、本当に《生きて帰る》ことができるとは限らない。

 

 セイドも、そして俺もアロマも、そのことをルイの言葉で真に実感した。

 そして、トドメと言わんばかりに、ログの言葉が俺たちの目に入った。

 

【このギルドが、守りの姿勢を取る時期は終わったと思います】

 

 全員の視線がログに集まるも、ログはひるむことなく、淀みなくテキストを打った。

 

【微力ですが、私も皆さんが生きて帰れるよう、全力でサポートします】

 

 そして、思わず見惚れるような笑みと共に。

 

【もう、誰かが居なくなるのは嫌です。だから皆さん、絶対に生きて帰ってきて下さいね】

 

 ログだからこそ、本当に重みのある言葉が、俺たちの胸に届いた。

 セイドも腹を決め、俺達はアスナの申し入れを受けることにした。

 

 そして翌日――というか今日。

 再びアスナとキリトが俺たちのギルドホームを訪れ、そこで俺達からも攻略に参加させてほしいと申し入れた。

 その後は順調に話も進み、気が付けばうちの女性陣とアスナはすっかり打ち解けていて、親睦会的な流れにそのまま移行。

 こうして俺たちが秘匿している温泉――《セイレーンの秘湯》へと足を運んだわけだ。

 

 まあ、温泉は女性陣に譲るとして、俺はそれよりも、キリトから可能な限り過去のボス戦の体験を聞き出すことに終始した。

 セイド以外、俺達DoRはボス戦の経験が無い。

 これは今後、他の攻略組プレイヤーたちとの大きな差を生むことになる。

 だから俺はその差を少しでも埋めることに必死だった。

 ――のは、ここに来てから1時間ほどまでだった。

 1時間たっても、女性陣は温泉から出てこなかったのだ。

 

 流石に話を聞く方も、喋る方も――まあ、俺とキリトが特にそうだったのかもしれないが、簡単に言えば飽きた。

 それからというもの、俺達は取り留めのない雑談に興じていた。

 

 

 

 

「ってか、キリトって、何気に二つ名が多いよな」

「そんなに多くないだろ? それに、そんなのが多くても、迷惑なだけだって」

「でも、話を聞く限り《ビーター》以外は全部外見由来ですよね。《黒ずくめ》《ブラッキー先生》《黒の剣士》と……ああ、極一部で《プロンプター》とも呼ばれてたらしいですよ?」

「うへぇ……でも黒が好きなのは確かだしなぁ……」

 

 キリトはそう言いつつも、あまり気にしている風も無く大きく欠伸をした。

 

「ふぁぁ~……って、二つ名っていえば。セイドのはよく分からない気がする」

「私の二つ名なんて《指揮者》程度ですよ? そのままじゃないですか?」

 

 キリトの疑問を、セイドは何食わぬ顔で流そうとしたが、そうはさせじと俺が続けた。

 

「あ~、あ~、あれか。《空蝉》だな?」

「そうそう、その《空蝉》ってやつ、どういう意味なんだ?」

 

 俺が分かってて言っていると、セイドは理解しているようだが、話題に上がったものをそのまま知らぬ存ぜぬで通す程、セイドは子どもではない。

 

「……正直、不本意なんですけどね」

 

 渋々と言った様子で、ため息交じりに口を開こうとしたセイドよりも先に。

 

「捕まえたくても、捕まえられないって意味なんだよ~」

 

 いつの間にか、女性陣が風呂から上がってきたらしく、キリトの台詞をルイが受け取っていた。

 その手にはキッチリと牛乳瓶が握られている。

 俺の嫁お手製の《フルーツ牛乳》だ。

 ルイ以外の3人も、それぞれ牛乳瓶を持っていた。

 

 うむ、やはり温泉上がりには牛乳瓶だよな。

 そしてそれが良く似合う美人ばかりだ。

 本当なら浴衣姿での登場を願いたいところだが、ここは水着限定なのが惜しい。

 だが、それでも眼福眼福と思わずにはいられない。

 

「というと?」

 

 しかしキリトは、そんな至福を感じていないかのように平然と質問を返していた。

 

「《空蝉》っていうのは~、源氏物語の登場人物の1人でね~。超美形の光源氏ってイケメンに言い寄られた女性なんだけど~、ギリギリのところで~、着物1枚残して~、逃げて行っちゃうんだよね~」

 

 俺が至福に浸っている間に、ルイがキリトの質問に答えていた。

 

「セイちゃんも~、女の子に言い寄られても~、サラ~ッと逃げちゃうから~、《空蝉》ってさ~」

「女性に言い寄られたことなんてありませんって!」

 

 ルイのこの一言には、流石のセイドも異議を申し立てたが――

 

「気付いてないのは~、本人だけなんだよ~」

 

 ――と、アッサリ却下されていた。

 こればかりはセイドに勝ち目はない。

 

「うう……」

 

 項垂れて呻き声を上げたセイドを横目に、キリトが得心が行ったというように頷いていた。

 

「ははぁ、なるほどなぁ」

「ってことだからよ。アロマも苦労するだろうなぁ」

 

 ルイの最後の一言を補足するつもりで付け足した俺の言葉に、名前を上げられた本人が反応した。

 

「私が何だって?」

 

 いつもとは別の意味で、間抜け面をひょいとのぞかせて、アロマが話に入ってきた。

 

「お前なぁ……」

「ん?」

 

 俺はアロマのその間抜け面を目にして、呆れてしまった。

 アロマは話に加わる直前に、がっつりと牛乳瓶を呷っていたわけだが。

 

「顔」

「口」

「ん? なんだっての?」

 

 キリトと俺で、揃って口元を指さすが、当の本人はちっとも気付かない。

 と。

 

「アロマさん……牛乳ヒゲがついてますって」

 

 セイドが割って入り、アロマの口元をハンカチでグリグリと拭き始めた。

 

「ふんにゃ」

「まったく……もう少し落ち着いて飲んで下さい」

「ふぐ、ふぐ」

 

 うん、と言っているつもりなんだろうか。

 アロマは小刻みに頷きながらセイドにされるがままになっていた。

 

「はぁ……アロマってば……これが美味しいのは分かるけど、一気に飲まなくても良いのに」

 

 アロマの隣にいたアスナは1口飲んだところで、アロマの様子に呆れていた。

 

「お、美味(うま)そう。アスナ、それ俺にもくれ」

 

 そしてこちらも、やはりというか何と言うか。

 キリトはキリトで、アスナの飲みかけの牛乳を横からかっぱらい、アスナが声を上げる間もなく牛乳瓶を口に運んでいた。

 そんなキリトの行動に対して、小声でブツブツと文句を言いつつもほんのりと頬を赤らめているアスナを見ると、ああ、やっぱりなぁと思ってしまう。

 キリトも罪なやつだ。

 

「いいよね~、こういう時期って~」

 

 無自覚にピンクの空間を作り出している2組を前に、ルイがのほほんと微笑んでいた。

 

「だなぁ。ドキドキとか、ウキウキとか、そういう形容詞がぴったりだよなぁ」

「でも~、今のマーチんとの関係が~、私には1番あってるかな~」

 

 幸せそうな空気に触発されたのか、ルイも頬を桃色に染めながらそんなことを言いだした。

 

「おう、俺もそう思うぞ」

 

 流石俺の嫁、()いやつめ。

 思わず抱きしめたくなったところで――

 

【ルイさん、これ美味しいです。キリトさんが飲みたがった気持ちも分かります】

 

 ――キリトの行動を見ていたログが、ちょっとずれた意見を打っていた。

 良くも悪くも、ログのお蔭でピンクな空気は払拭されたわけだが。

 

 

 ……ちょっと残念でもあった。

 

 

 

 


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