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俺が今手にしているのは、転移結晶よりも1回り程大きな濃紺色の結晶アイテム《
《転移結晶》が、指定した街の転移門まで使用者1人を転移させるだけであるのに対し、《回廊結晶》は、任意の地点を出口として記録し、そこへ向かうための転移ゲートを開き、且つゲートは開いている間なら何人でも通れるという、極めて便利な代物だ。
だが、通常の転移結晶と違い《回廊結晶》は、NPCが売っていないレアな結晶アイテムで、宝箱かモンスターからのレアドロップでしか手に入らない。
結果、これを使う機会はほとんど――いや、今日まで自分で使ったことなど無かった。
「コリドー・オープン」
そんなレアな回廊結晶を、俺は今、惜しむことなく使用した。
俺の手の中で結晶が砕け散り、俺たちの前に光の渦を作り出す。
「って、マーチ! それ、うちのギルドに1個だけあった回廊結晶?! 何で?!」
「行くぞ」
何やら素っ頓狂な声を上げたアロマを無視し、俺は出現した光の渦に向かって躊躇うことなく歩を進めた。
一瞬の浮遊感の後、目の前に広がっていた景色は、見たことのない場所だった。
マップを広げてはみたが、やはり道は表示されない。
(来たことが無いんだから当然、か)
マップを開いていた俺の後ろから出てきたのはルイとキリト、最後がアロマだった。
「……ここどこ~?」
「どこかの部屋の前、ってわけでもないね……マーチ、せ・つ・め・い!」
周囲を見回して、ルイが呟き、アロマが説明を要求してきた。
が、ただ1人、この場に関する知識があるであろうキリトは――
「ここは……まさか60層の迷宮区か? でも、なんでここに回廊の出口が……」
――見事に場所を言い当てた。
まあ、何故ここに出ることができたのかは、流石に分からなかったようだが。
「60層迷宮区の13階に上がったところらしい。キリト、この階のマップはあるか?」
「13階だって!?」
キリトの言葉を聞きながら、俺はセイドからのメッセをそのまま3人に転送した。
【回廊出口60層迷宮区13階始点に設定済。14階PK罠、閃光危機。進・中左左右直左直右段右左右左左前左】
送ったメッセを3人が開いたのを確認したところで、俺は3つある部屋の出口のうち、中央の出口へと進んだ。
「とりあえず行くぞ。セイドからの救援要請ってことは、かなりヤバい状況のはずだ」
俺はそれだけ言って《
後ろの3人も少し慌てたように駆けながら《隠蔽》を発動させて追い付いてきた。
【マーチん、このメッセの閃光ってやっぱりアスナんのことかな?】
《隠蔽》中なのでルイがパーティーテキストで語りかけてきた。
【だろうな。キリト、アスナもここに居るな?】
俺もパーティーテキストで答え、そのままキリトにアスナの居所を確認させる。
【ああ、ここに居る】
俺は《
【セイドのメッセってなんか暗号みたい。伝言結晶の上限文字数の50文字ピッタリだよ】
アロマの場違いな感想も、ある意味では的確なものだった。
【暗号のようだからこそ本人だと分かる。罠の可能性は無い】
【確かに、こんな文を書くプレイヤーがセイちゃん以外にもいたら、それはそれでビックリだよね】
ルイもメッセだけでセイド本人だと確信できたようだ。
なら、まず間違いなくセイド自身からの救援要請だろう。
【端的に事態が分かるのも凄いけど、最後の方の羅列って、もしかして進路ってことか?】
キリトもメッセの最後の部分は分かったようだ。
この場所のマップを持っている可能性があるのはキリトだけだが、マップを開きながらメッセの末尾の羅列が進路を示すものだと確証を得たらしい。
【キリトが居るとは思ってなかっただろうからな。マップが無くても最短ルートで辿り着けるように書いたんだろう】
【流石セイちゃんだよね】
【でもさ、前とか左右はまだ分かるけど。直って何?】
【おそらく分かれ道があっても曲がらず、突き当りまで進むってことで、直進の意味だろ】
そんな会話を索敵の片手間にこなしつつ、モンスターを《隠蔽》でスルーしながら進んでいくと、最初の分かれ道――十字路に出た。
【ここを左だな】
一応全員居ることを確認し、俺は左の通路に足を踏み入れ――
「待てマーチ!」
――即座にキリトが声を荒げて待ったをかけた。
しかし、キリトの制止よりも早く、俺が一歩踏み出した直後に頭上で小さな物音。
おそらく罠だったのだろうが、俺は反射的に音源の方向へと刀を振り抜いていた。
確かな手応えを感じつつ、刀が鞘に納まるのと同時に、俺の左右の床に大きなものが落ちる音を聞いた。
「待つ必要はない。この程度の罠なら斬る」
床に転がったのは縦に斬り飛ばされた巨大な岩石だった。
落下物系トラップの中ではメジャーな《落石罠》だ。
「さっすがマーチ。相変わらずの早業だねぇ」
「マーチんにかかればこんなものだよ~、キリ君もあんまり気に――」
「ダメだマーチ」
アロマとルイがいつも通りの感想を口にしたが、キリトはルイの台詞を遮ってまで真剣な表情で首を横に振った。
「その方法だと、この先、パーティーを巻き込むぞ。この層から落下系で爆弾が混ざり出した」
キリトのその台詞は、流石に聞き流すわけにはいかなかった。
「爆弾だと?」
「ああ。ダメージそのものはあまり大きくないけど、範囲ダメージだからパーティー全体にダメージが来る。場合によっては《
「……寄せ餌か」
キリトの言わんとしていることが分かった。
爆弾の罠は、落下物系でありながら周囲のモンスターも呼び寄せるタイプの罠なのだろう。
これまでのように落ちてくる物が岩石や鉄球、槍や棘天井などなら斬ったり回避したりで済むだろうが、爆弾だとすれば罠の作動そのものを阻止する必要がある。
そして、今の罠は俺の《索敵》には反応していなかった。
スキル値が足りないという証拠だ。
キリトもそのことを察したのだろう。
キリトは既に《隠蔽》を発動させた状態で俺を追い越し、テキストで語りかけてきた。
【マーチ、俺が前に立つ。索敵スキルなら俺の方が高いだろ?】
黒い片手剣を右手に携えながら笑うキリトに、よくまあ素早くテキストが打てるものだと、変なところで感心してしまった。
【前は任せた。俺は殿に立つ。ルイとアロマは俺とキリトの間に立て】
【OK】
【了解】
結局、探索に最も長けているキリトを先頭に据え、俺たちは迷宮区の13階を駆けて行くことになった。
セイドのメッセにあった最短距離の進路を走りながら、キリトは《索敵》《隠蔽》の併用によって、進路上の障害となる敵には先制攻撃を仕掛け、罠は可能な限り回避していく。
この4人で唯一の難点は、誰も《罠解除》を習得していなかった点だが、罠は殆ど無かった。
先にここを通ったであろうセイドが解除していったのだろう。
【そいえばマーチ、回廊結晶が何でここに通じてたの?】
モンスターとの2回目のエンカウントの後、アロマが走りながらそんなことを聞いてきた。
【知らん。セイドが13階に出口を設定したのは確かだろうが、いつ用意したのかは分からん】
【でも、結晶ってギルドストレージに入ってたんだよね? ってことは、セイちゃんが1度ギルドに戻った時に置いてったってことだよね?】
【いや、暴走前に1度戻ってきた時には六階まで上ったと言っていた。多分、暴走から復帰した後にどこかの街でポストにでも放り込んだんだろう】
25層以上のコードに保護された街には《ポスト》と呼ばれる設置物がある。
ギルドホームを購入したプレイヤーは、ギルド用のアイテムストレージ――
ギルドホームの外ではストレージを呼び出せないのだ。
呼び出せないので、無論、アイテムの出し入れもできず、内容の確認もできない。
その不便さを僅かながらも軽減してくれるのが《アイテム郵送システム》――通称《ポスト》だ。
ポストに1度に入れられるアイテムは12種類まで、という制限はあるものの、買い出し先の層でアイテムストレージが一杯になったからといって、わざわざギルドホームまで戻らなければならないという手間を、多少省いてくれる。
これを利用すれば、セイドが回廊結晶をギルドストレージに送ることが可能、というより、それ以外では方法もタイミングも無かっただろう。
【気になるのは、いつ、そして何故13階を出口に設定していたのか、じゃないか?】
【そうだよマーチ。ポストを使うにしても街じゃなきゃ無理じゃん。オレンジの罠に気付いたからって、迷宮内からは送れないんだよ?】
キリトとアロマのテキストを見て、俺はため息を吐くしかなかった。
【んなこたぁ分かってる。だが、それも含めて本人に直接聞くしか知り様がねえ】
セイドの行動理由を、何でもかんでも俺が分かると思われては困る。
あいつの思考は、俺にも分からないことの方が多い。
【知りたきゃ、セイドが生きてるうちに助けるしかねえぞ。キリト、もっとペースを上げろ】
13階を走り出してから約10分、メッセを受け取った時から数えれば約15分が経過していた。
軽く時間を確認しながら13階での最後の直進を走り抜け、Y字路を右に入った道の先に、ついに階段が――
「見えた!」
階段を確認した途端、アロマはキリトに並ぶかの如く、筋力値にモノを言わせた跳躍を利用した加速をしてみせた。
「ぅぉ?!」
キリトはアロマの加速に驚いたように体を揺らしたが、流石の精神力ですぐに平静を取り戻したようだ。
「焦んなアロマ! 罠やモンスターに引っかかったらタイムロスだぞ!」
俺は一応声をかけたが、キリトが待ったをかけないのだから、階段まではモンスターも罠も無いのだろう。
「ったく……」
「ふふ。ロマたん、よっぽど心配なんだね、セイちゃんの事」
いつの間にやら俺の横に並んでいたルイが、微笑みながらそんなことを言っていた。
階段に飛び込んだのは、キリトとアロマがほぼ同時に。
少し遅れて俺とルイがほぼ同時だった。
14階へ至る階段を、キリトとアロマの背を追って駆け上がりながら、俺の頭の片隅では不安が首を
(……あいつだけなら、
メッセにあった【閃光危機】の1文。
これが事実なら、そしてセイドの性格を考えれば、どうしてもそこだけが不安を煽る。
(――もし、アスナが自由を奪われていて、そのアスナを、あいつが庇っていたら……)
セイドは回避に特化している。
逆に言えば、防御に関しては《紙装甲》だ。
誰かを庇うことには、まったく向いていない。
「(生きてろよ……)」
思わず口の中で小さく呟いていた。
自分のHPが大きく減ったであろうことは分かった。
元々、俺の装備やスキル構成は誰かを庇う事には不向きだ。
にも拘らず、俺は今、アスナを庇ってナイフとピックを腕・脚・腹で受け止めてしまった。
これらがただのナイフとピックであったのなら、こんなことはしなかった。
アスナがダメージを受けたとしても、高レベルを誇るこの女なら、ギリギリ
だが、俺が受け止めたこれらには――
「……残念だが、俺を麻痺させるには至らなかったみたいだな」
――小柄な男、確かピスケとか呼ばれた男が最初に投げたナイフと同じく、強力な麻痺毒が塗られていた。
元々、ある程度まで《耐毒》スキルを上げてある俺は、それに重ねて《耐毒ポーション》も事前に飲んでいた。
アスナが麻痺させられたことを確認した時点で取った対策だ。
そのおかげもあって、現状で最高レベルの麻痺毒であっても、俺の耐性値は超えられなかったようだ。
その代わりに、ポーションの
基本的にダメージを受けないことを前提にしている俺は《
《戦闘時回復》の成長条件が、俺のスタンスとは真逆だからだ。
つまり、回復用のポーションもスキルも無い今の俺には、HPの回復は起こり得ない。
(あの
間の悪いことに、曲刀装備の壁戦士――ジェミが俺に斬りかかって来たのは、俺がモンスターを全力且つ速攻で殲滅し《耐毒ポーション》を飲み干した直後だった。
「毒の有無を見切っているのか?!」
俺の台詞と行動に、リーダーの男が流石に驚いたように声を荒げた。
沈着だった奴の度肝を抜けたことには密かに喜びを覚えたが、それはこの際置いておく。
「んなぁあバァカなぁ!」
ピスケもまた、耳障りなイントネーションで叫んでいた。
だが俺もまた、ピスケ以外の5人も麻痺毒武器を持っていたという事に、内心かなり驚いていた。
この後も麻痺毒武器が続くようだと、俺も麻痺に陥る可能性が――
(――フフッ……その前にHPが尽きるか……要らん心配だったな)
麻痺を気にするよりも、今はHPを気にするべきだろう。
俺のHPバーは既に危険域。
打ち払う程度ならまだしばらくは大丈夫だろうが、受け止めるようなことは自殺行為に等しいだろう。
(……逆転の一手は、俺自身には無い)
驚きを表しながらも、奴らは断続的に《投剣》を続けている。
回避を基本として、どうしても避けられないものを打ち払い、麻痺毒のない物は、この際アスナにも受けてもらうとしても、いずれ限界が来る。
(俺のHPが尽きるのが先か、奴らの武器が尽きるのが先か。そして――)
おそらく《耐毒》スキルを持っていなかったのであろうアスナは、未だに麻痺から抜けていない。
だが、アスナが麻痺に陥ってから、そろそろ15分が経過するはずだ。
如何に現状で最高レベルの麻痺毒といえど、残りの効果時間は限られている。
奴らがアスナを狙って麻痺毒武器を投げてきたことからも、奴らもそのことを分かっている。
(――逆転の可能性は、アスナの復活、もしくはマーチの救援)
だからこそ、今ここでアスナの麻痺を延長させないよう、身を挺してまで防いだのだ。
「アスナだけ狙え! 麻痺を切らせるな!」
だが、こちらの狙いはリーダーの男も分かっているらしく、今度は6方向から同時にアスナ目掛けて麻痺毒のピックが投げられた。
流石にこれを全て弾くだけの余裕は無い。
そして、今の俺のHPでは代わりに受けることもできない。
仕方なく、俺は――
「クッ!!」
――着ていた道着を無理矢理破り、アイテムとしての手荷物状態――破損防具へと変化させる。
そして、布切れの様に成り果てたそれを一息に後ろへと放り投げた。
後方から飛来していた3本のピックは、その布切れに阻まれて威力と狙いを大幅に散らされ床へと落ちた。
ピックの落下音とともに、道着の砕け散る小さな破砕音も聞こえる。
そして俺の前方からのピック3本は、何とか叩き落とすことに成功した。
「ッ!」
それを見たリーダーの男は小さく、しかし確かに舌打ちをした。
道着の成れの果てとはいえ、道着としての耐久値をある程度持った布はピック程度なら受け止められた。
だがもし、この攻撃がナイフであったのなら、この手は通用しなかっただろう。
ナイフの攻撃力はピックのそれより遥かに高い。
布切れと化した元道着など、易々と切り裂かれていただろう。
そして。
(これで、本当に手詰まりだ)
道着を解除してしまった今、胴に装備しているのはインナーだけだ。
これはハラスメント行為防止のために脱ぎ捨てることができないので、同じ手は使えない。
同様に脚防具である筒袴も脱ぎ捨てることはできない。
(まだか、アスナ! マーチ!)
だが《警報》の麻痺回復予測は、未だアスナの回復を示さない。
「まさに《空蝉》といったところか? だが、次は無いぞ」
リーダーの男の言葉で、再び振りかぶった奴らの手には、今度こそ麻痺毒のナイフが握られていた。
不意に。
ギルドホームの景色が思い出された。
子どもの頃から幾度となく喧嘩をし、泣き、笑い、励まし合ってきたマーチがいる。
マーチの隣でいつも笑顔が絶えず、しかし怒らせるとマーチよりも怖いルイがいる。
口下手で、人見知りが激しくて、それでも一人で店を切り盛りしているログがいる。
そして。
いつも元気で、豪快で、快活で。
トラブルメイカーで、ムードメイカーで。
実は優しくて、弱くて、繊細な、赤髪の彼女が――アロマがいる。
そんな大切な仲間たちとの数え切れない想い出の日々が、瞬く間に、それでいて鮮明に。
確かな記憶として思い出された。
(走馬灯ってやつか? これが)
犯罪者共がナイフを持った手を後ろに下げていくところが、まるでスロー再生の様に見えた。
そして、俺の身体も鉛でも詰められたかのようにスローにしか動かなかった。
(こんなところで、俺は――)
その時。
リーダーの男の背後――部屋の唯一の出入口から、2つの影が跳び込んできた。
1つは黒い影。
1つは赤い影。
「リィダァア!」
俺と同じ方角を見ていたピスケも2つの影に気付き声を上げた。
ピスケの声に反応するようにリーダーの男は、咄嗟に左腕に装備していた小円盾を左後ろに振り向きざまに胸の前に構えていた。
しかし完全に振り向く前に、小円盾の上から横薙ぎの強烈な一撃を喰らい、その身体ごと右に吹き飛ばされた犯罪者のリーダーは、右手側に居た金髪バンダナをも巻き込んで壁へと叩きつけられた。
リーダーの男と金髪バンダナをまとめて壁までぶっ飛ばしたのは、赤い影――
「……ア、ロマ……」
――見間違えようがない、俺たちギルドのトラブルメイカー、アロマだった。
「アスナ!」「セイドッ!!」
一方の黒い影は、攻略組の筆頭ソロプレイヤー《黒の剣士》キリトだった。
キリトとアロマは同時にアスナと俺の名を呼びつつ、こちらに突っ込んできた。
アロマがリーダーの男と金髪バンダナを叩き飛ばしたのと同時に、キリトもまた、大鎌装備の眼鏡男を後ろから殴り倒していた。
キリトはまっすぐにアスナの元へと駆け寄り、すぐに予備のコートを取り出してアスナにかけてやっていた。
「キリト君……!」
キリトの登場に、先ほどまで一切涙など見せなかったアスナが、遠目にも分かるほどに一筋の涙を流していた。
「大丈夫だ、アスナ。もう大丈夫だから」
キリトはそう言って、アスナを優しく抱き起してやり、解毒ポーションの瓶をアスナの口元へと差し出していた。
これでアスナは大丈夫だろう。
キリトがアスナの元に駆け寄ったのと同時に――
「セイド! 無事だね?!」
「ップ!?」
――思わず息が詰まるほどの勢いでアロマが俺に突っ込んできた。
反射的に抱き留めると、アロマが大きく肩を上下させているのが分かった。
相当急いでここまで来たらしい。
「って、セイド、HP赤じゃん!? 早く回復しないと!! ヒール!……え?! 何で!?」
アロマは、結晶無効化部屋だと気付いていなかったようで、回復結晶が使えなかったことで更に慌てていた。
「アロマ、落ち着け。ここは結晶無効だ。じゃなきゃ俺もアスナもこんな状況には――」
陥らない、と言葉を続けようとしたが、アロマは大人しく聞いていなかった。
結晶無効と分かった途端、アロマはポーチから回復ポーションの瓶を取り出して――
「セイドッ!! 回復ポーション!! ほら早く飲んで!!」
「――ンムグギゴッ!?」
――俺の口に強引にポーションの瓶を押し込んだ。
それも2本同時に。
そんな行動が、アロマらしいというかなんというか。
心配してくれるのはありがたいが慌てるな、と一言文句を言おうにも、ポーション瓶を2本も同時に突っ込まれていては喋ろうにも喋れなかった。
それ以前に、2本突っ込まれても、効果があるのは1本分だけだというのに。
「――ンゥッグブッ……プハァッ! だから少し落ち着けっ!?」
ポーションを押し込んでいたアロマの手を退けて、俺は何とか口から瓶を引き抜いた。
そしてすっかり忘れていたが。
「っと!」
俺は素早く周囲を見回した。
まだ犯罪者共に囲まれている状況は――
「おー、気にせず続けて良いぞセイド」
「ロマたんとの感動の再会なんだし~。もっとしっかり抱きしめてあげなきゃ~」
――終了していた。
「……え?」
思わず間の抜けた声を上げてしまったほどにあっさりと、周囲は制圧されていた。
アロマとキリトの突入後、すぐにマーチとルイも来ていたのだろう。
気が付けば、後ろに居た3人も床に這いつくばっていて、リーダーの男の首にはマーチが刀を突き付けていた。
そして驚いたことに、後ろの3人――ピスケ・ジェミ・名を知らない
ピスケとジェミは床に俯せに倒れていて、2人ともHPバーの横には《気絶》のマークがついていた。
「ぬぅぅうううがぁぁぁぁぁあああっ!!」
唯一気絶しておらず、未だに諦めていない様子の短槍を持った壁戦士は、しかしルイの鞭に全身を絡め取られていて、呻き声とともに体を揺らすも、それ以上は何もできずにいた。
「あ~、
ルイは他2人を昏倒させたであろうメイン武器の片手用棍棒を、抵抗を諦めない男の頭部へと全力で振り下ろした。
壁戦士であり、全身を重金属防具で固めているにもかかわらず、ルイの一撃はその男の兜を軽々と粉砕し、見事にその鼻っ柱に片手棍をめり込ませていた。
これで脳筋っぽい壁戦士も気絶と相成った。
「お……お前ら……そんな、本気の装備で……」
「全力出すに決まってんだろ。わざわざお前がメッセ寄越すなんて普通じゃねぇし。武器も出し惜しみなんかしねえよ」
マーチはリーダーの男に刀を突き付けたまま俺に顔を向けた。
ルイの持つ片手棍は、頭部への攻撃がヒットした場合、気絶させる確率に高いボーナスがある物。
マーチが持っている刀に至っては、ギルドメンバー以外には見せないように努めていた秘蔵の武器だった。
「ぅぉぉおおおっ!!」
と、マーチがリーダーの男から視線を逸らしたのを好機と見たのか、雄叫びとともにマーチへと跳びかかって行ったのは、キリトに殴り倒されていた大鎌装備の男だった。
キリトが殴り倒す際に使用したのは《体術》の基本技《
それを不意に、且つ背後から喰らったことで床に倒れてはいたが、ダメージそのものは大したことは無かった。
つまり、大鎌の男が、最も自由に動ける最後のプレイヤーだと言えるだろう。
マーチは目を細めて大鎌眼鏡を見据え、気が付けば刀は鞘に納められていて、既に抜打ちの体勢に移行している。
そして、マーチも大鎌の男へと疾走し――すれ違った次の瞬間、大鎌の刃が柄からずれ落ち、床に突き刺さったところで砕け散った。
「なっ……!?」
眼鏡の男の手の内にあった元大鎌の柄も砕け散り、それを見た男は呆然と立ち尽くしてしまっていた。
「大人しく寝てなさ~い」
「がっ!」
武器喪失で呆然としていた所に、ルイが即座に頭部へと片手棍を振り抜いていた。
的確に背後から攻撃したことで、眼鏡の男も気絶へと陥った。
ちなみに、リーダーの男と一緒に吹き飛ばされて下敷きにされた金髪は、それだけで気絶していた。
そんな状況の中、まだ1人だけ立ち上がる男がいた。
「お前たちは一体……初めから6人パーティーだったのか?……いや、なら2人だけが別行動をしていた意味は無いはず……」
唯一意識を保っていられた、奴らのリーダーだ。
「タウラス……もう諦めなさい」
あまりにも唐突な展開に、リーダーの男――タウラスはブツブツと何事か呟いていて、それをキリトに支えられて立ち上がったアスナが真っ直ぐに見据えていた。
「諦める? 何を? 諦められぬから、我々は今、ここにこうして立っていたというのに……」
アスナの言葉に対して虚ろな瞳のタウラスが言葉を返したが、その内容には不可解なものが混じっているように感じた。
「逃げ場はねえし、状況は逆転したって意味だ。もう無駄な抵抗すんじゃねえぞ。俺達だってプレイヤーに攻撃なんぞしたくねえ」
そう宣告したマーチは、それでもタウラスの動きを警戒してか、刀の柄から手を放してはおらず、いつでも抜き打てる状態を維持している。
「……フ……フフ……そうだな……もう……諦めるしかないか……だが……私自身のことなど……どうでも……助けられぬまま終わるとは……」
タウラスは、虚ろな表情のままそう呟いて、膝から崩れ落ちた。
気が付くと、この話でトータル60話目でした……思えば遠くへ来たものだ……(一_一)
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