ソードアート・オンライン ~逆位置の死神~   作:静波

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第十三幕・皆既

 

 

 タウラスのその言葉を聞いて、わたしは一瞬息が止まった。

 

 《結晶無効化空間》というのは、迷宮区やダンジョンで、モンスタートラップなどと併せて仕掛けられていることもある罠だ。

 これは、宝箱に仕掛けられていたアラームによって部屋にモンスターが大量発生し、更に結晶無効化空間となることでプレイヤーの死亡率が格段に高くなるという、通称《モンスターハウス》と呼ばれるこの罠は、遭遇率は低いけれど引っかかった場合の危険度は、各種罠の中でも群を抜いて高い。

 

 そして、この《モンスターハウス》には1つ、別の利用法――悪用法がある。

 

 この《結晶無効化空間》の罠は、大量発生したモンスターを掃討した後、パーティー全員が部屋から退去するまで解除されないという特徴がある。

 そして、この罠の多くが宝箱部屋に仕掛けられている物なので、普通にはモンスターのポップもない。

 これらの特徴を逆手に取り、《モンスターハウス》の敵を上手く全滅させ、その後にパーティーの誰か1人でも部屋に残り続ければ《モンスターの出ない結晶無効部屋》を意図的に作り出すことができる。

 

 こうして結晶無効部屋を作ることに成功すれば、後はPK対象のプレイヤーをそこにおびき出して一方的にPKすることが可能になるという、悪質な利用法だ。

 

「なるほどな。やはりモンスターハウスに居座ってたのか」

 

 タウラスの言葉で、セイドさんもこの部屋がどのようなものだったのかを確認したようだ。

 そして同時に、わたしも理解した。

 

 結晶無効である以上、わたしの麻痺を即座に回復する手段は存在しない、ということを。

 

 掛け声1つで相手を回復できる解毒結晶と違い、解毒ポーションは口に含み飲み下すことが必要になる。

 自分でできなければ他者が飲ませる必要があるけれど、今のこの状況で、セイドさんがわたしにポーションを飲ませることは不可能だろう。

 

 そして、わたしのポーチにもアイテムストレージにも、解毒ポーションは既に存在しない。

 

 ピスケとスコルの2人によって、メニュー操作と同時に奪われている。

 つまり、わたしが自力でポーションを口にすることもできない。

 

(まだなの……まだ麻痺は回復しないの?!)

 

 感覚的には、()うに5分以上経っているように感じられる。

 しかし、わたしの身体は未だに自由が利かず、HPバーも緑の点滅に包まれている。

 

「まさか、KoBに犯罪者(オレンジ)ギルドが紛れ込んでいるとは……一応の可能性としては頭の隅にあったが、現実になるとは思わなかったな」

「ほぉ、可能性としては視野に入れていた、と? ふぅむ……」

 

 セイドさんと睨み合いつつ、タウラスがセイドさんと言葉を交わす。

 

「道着装備に眼鏡……それにその洞察力……そうか。貴様が《指揮者(コンダクター)》……いや、この場では《空蝉(うつせみ)》と呼ぶべきか」

「…………はぁ~…………皆好きだな、人に二つ名を付けるのが」

 

 そんな会話をしつつも、タウラスの周りのメンバーはジリジリとセイドさんとわたしを囲むように動き、わたしの後ろでも、ジェミが意識を取り戻したようで、ピスケともども動いている物音が聞こえた。

 

「ま、好きに呼べよ。二つ名に興味はない」

 

 と、そう言い放ったセイドさんが、突然左脚を後ろに蹴り抜いた。

 その蹴りと何かがぶつかって、空中で硬い音がした。

 

「なぁっ!?」

 

 それに驚きの声を上げたのはピスケだった。

 

「ふ……アスナを麻痺させたのはこれか? 投げてどうする、折角の麻痺毒ナイフを」

 

 鼻で笑いながらそう言ったセイドさんの手が、辛うじて視界に入った。

 

 先ほどまで何も持っていなかったセイドさんの手には、禍々しい色の刃を持った1振りのナイフがあった。

 おそらく、ピスケが麻痺毒のナイフを《投剣》でセイドさんの背後から投げ、それをセイドさんは蹴り1つで弾き上げ、そのまま自分の手の中に落としたのだろう。

 

 死角からの攻撃に的確に反応し、回避するのではなく蹴り上げ、尚且つそれを自身の手に取るという、通常では考えられない神業だ。

 

「……お前たち、2歩下がれ」

 

 セイドさんのその動きを見て、タウラスが仲間を2歩下がらせ、自身も下がる。

 

「んん? 下がるのか? 囲みが広くなって穴が大きくなるぜ?」

「《空蝉》1つ聞きたい」

 

 タウラスの指示にセイドさんが挑発するように声をかけるも、気にした風も無くタウラスが質問で返した。

 

「貴様はさっき、わざと此方の攻撃を受けたな?」

「へぇ、どうしてそう思ったんだ?」

 

 武器や盾を構えているタウラス達に対し、セイドさんは特に構えるでもなく、両手を体の横に垂らして立つ、所謂(いわゆる)自然体で相対していた。

 

「今のピスケの《クイックシュート》を《剣技》も使わず無傷で防げる貴様が、スコルとレオの攻撃を避けれぬとは考え難い。それに私の攻撃もだ」

 

 タウラスの台詞を聞いたセイドさんが、小さく鼻で笑ったのが聞こえた。

 

「あれらのダメージをわざと負うことで、こちらを全員オレンジカラーにするのが目的だったのだろう?」

「マジっすかリーダー?!」「あれをわざとやっただと!?」

 

 タウラスの言葉に、信じがたいという様子でスコルとレオが同時に口を開き、声が重なった。

 

「どうやったのかは知らんが、ジェミもオレンジになっている。そう考えるのが妥当だろう」

「なかなかどうして、冷静な分析だな。なんでお前みたいな奴が犯罪者なんかやってんだ? KoBで真面目にやってりゃ、主要メンバーにもなれただろうに」

 

 タウラスの発言をセイドさんが遠回しに肯定した。

 

 半ば呆れた様子で答えたセイドさんに対して、タウラスはそれ以上口を開かなかった。

 代わりに左手を小さく上に挙げ、素早く前に振り下ろした。

 

 その途端、セイドさんは180度左に身を捻り、その勢いのままに左手を振るった。

 先ほどの様に硬質な音を響かせて、セイドさんの背後から飛来したナイフを左手の籠手が弾き落とした。

 

 しかし、セイドさんの動きはそれでは止まらなかった。

 そのまま竜巻の如く回転を続けながら、周囲から次々に飛来するナイフやピックを、或いは拳で叩き落とし、或いは蹴りで弾き飛ばし、或いは完全に見切って回避する。

 タウラス達6人による《投剣》での一斉攻撃だったけれど、セイドさんはそれを確実に捌いていた。

 

「……何という……」

 

 セイドさんの驚異的な防御技術を見たタウラスは、流石に驚いた表情を浮かべてそう呟いた。

 

 しかしすぐに表情を改め、今度は右手を大きく挙げ、それを素早く振り下ろした。

 すると――

 

「チッ!!」

 

 ――セイドさんが苦々しく大きな舌打ちをして、わたしに1歩近寄ってきた。

 

 

 麻痺が未だ解けず、床に伏したままのわたしにも状況は分かった。

 タウラス達は、セイドさんだけを狙うのではなく、わたしも一緒に狙って《投剣》で攻撃するようになったのだ。

 

 

 セイドさんは、回避するわけにいかない――つまりわたしが射線上に捉えられている《投剣》は確実に弾き、自分だけが狙われたものは回避するというように対応していくけれど、あまりにも飛来するナイフやピックの数が多い。

 速度もタイミングも方向も、全てがバラバラの《投剣》による攻撃の雨に、流石のセイドさんも次第に捌き切れなくなっていった。

 

 徐々に、弾き落とす際に削りダメージが発生し、時折掠めるナイフやピックによってHPを削られ、それらが蓄積してセイドさんのHPは少しずつ、しかし確実に減っていった。

 

(早く……早くっ!)

 

 わたしが麻痺してから相応の時間が経過している。

 もうすぐ麻痺から回復できるはずだ。

 しかし、わたしが回復するよりも早く、わたしを狙った攻撃(・・・・・・・・・)を弾き切れないと判断したセイドさんが、数発のナイフとピックをその身を挺してまで受け止めたことで――

 

「っ! セイドさん!!」

 

 ――セイドさんのHPは、ついに危険域(レッドゾーン)に突入してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はキリトと連れ立って《逆位置の死神(デス・オブ・リバース)》のギルドホームの前まで戻ってきた。

 しかし、そこからがどうしても踏み出せなかった。

 

(……きっと……怒ってる……よね……)

 

 セイドに会いたい気持ちと、自分の身勝手な行動の恥ずかしさが(せめ)ぎ合って、頭の中がいっぱいいっぱいだ。

 

 何と言って入れば良いのか。

 どんな顔をしてみんなの前に出ればいいのか。

 そもそも、もう一度ギルドに迎え入れてくれるのだろうか。

 このままここから追い返されたりしないだろうか。

 

「……ん? アロマ? どうしたんだ?」

 

 ドアをノックしようとしたポーズのまま、いろんなことが頭に浮かんできてしまい、動けずにいた私に、キリトが不思議そうに声をかけてきた。

 

「あ……あはは……何か……色々……考えちゃって……」

 

 ここに着くまでにキリトといろいろ話をして、気持ちの整理をしておいたはずなのに、いざその時になった途端、身体が動かなかった。

 

「……何なら、俺がノックしようか?」

「ううん! いい! 私がしなきゃダメなんだから!」

 

 キリトの言葉に1つ背を押されて、私は2度3度深呼吸をし――

 

「ッフギュッ!?」

 

 ――たところで、唐突に、しかも結構勢いよくドアが開いて、思いっきり顔面を殴打された。

 急な衝撃に、反射的に鼻を押さえてしゃがみ込んでいた。

 

「ん? ぉ?」

 

 ドアを開けた当事者は、開けた瞬間にドアが何かにぶつかったことを訝しんだようではあったけれど、それが私だとは気付かなかったようで。

 

「キリト? 何してんだ、そんなとこで。ってか、何かドアにぶつからなかったか?」

「あ~……マーチ……下だ……」

 

 僅かに開けたドアの隙間から顔だけを出して、玄関から少し離れた位置に居たキリトに声をかけたのは、マーチだった。

 

「っ~! もう、マーチ! 気を付けてよ!」

 

 私は鼻を押さえながら立ち上がり、ドアを開けられるように後ろに下がった。

 

「わりぃわりぃ。いや、まさか外に誰かいるとは思ってなかったからよ」

 

 あまり悪びれた様子もなく、マーチは笑いながらドアを開けた。

 そして、あっさりと。

 

「おーい! アロマが帰ってきたぞー!」

 

 中に向かって呼びかけていた。

 

「ぅうぇえ?!」

 

 意外といえば意外なマーチの態度に、私は思わず変な声を上げていた。

 

「ホント~? あぁ~! お帰り~ロマたん~!」

 

 マーチの言葉に反応して、ルイルイが飛び出してきて私に抱き着いた。

 

「ぁ……えと……た……ただいま?」

 

 ルイルイに抱きしめられたまま、困惑気味に私が答えると。

 

「ハハハッ! 何で疑問形だ!」

 

 マーチが笑ってツッコんできた。

 

「だ……だって……勝手にギルド脱退したうえに……フレ登録まで消しちゃったし……」

「んも~、そんなの気にしなくて良いよ~。ここは~、ロマたんにとっても《家》なんだよ~。だから~」

 

 ルイルイはそう言って抱擁を解いて、私の両肩に手を置いたまま真正面から私を見据えて、満面の笑みを浮かべて――

 

「お帰り! ロマたん!」

 

 ――改めてハッキリと、そう口にしてくれた。

 

「……っ! うん……ありがと……! ただいま! ルイルイ!」

 

 ただいま、とハッキリ答えた途端、涙が溢れてきた。

 思わずルイルイに抱き着いて、静かに泣いた。

 

「ってか、なんでキリトがここにいんだよ?」

「まあ、偶然彼女を見つけただけで――」

 

 そんなマーチとキリトの会話も、どこか遠くから聞こえてきた。

 

 

 

 

 一頻(ひとしき)り泣いて気持ちもある程度落ち着いたところで、私たちは玄関での立ち話を切り上げて、4人揃ってリビングへと移動した。

 

 移動してからしばらく経ったところで、ログたんがドアを勢いよく開けて跳び込んで来た。

 

「ア、アロマさんっ!!」

 

 半ば悲鳴のように私の名前を呼んだログたんは、弾丸のように真っ直ぐ私に抱き着いてきた。

 

「ちょっ! ログたんってば! 危な――」

「アロマさん! 無事で良かった! ほんとに良かったぁぁあ!!」

 

 叫びながら泣いていたログたんの様子を見て、いつものようにチョットふざけて答えようとしていた私は、すぐに言葉を飲み込んだ。

 

 よく考えれば、ログたんが自分の口でハッキリと話しているのを聞くのは初めてかもしれない。

 口下手なログたんがそうせずには居られないほどに、私の行動がログたんに心配をかけさせていた、ということが痛いほど分かってしまった。

 

「……ログたん、ごめんね、心配かけちゃって」

「ひゃぅあ~! うぁああ~ん!」

 

 私は大泣きしているログたんの頭を優しく撫でながら声をかけた。

 

「ただいま、ログたん」

「ぅわぁあ~ん!」

 

 ログたんが泣き止むのには、まだしばらくかかりそうな様子だった。

 そんなログたんを優しく撫でていると、マーチ達の会話が耳に届いた。

 

「意外と早く来たな、嬢ちゃん……さっきメッセ送ったばっかだってのに……」

「きっと~、お店の事を最低限で放り出して~、飛んできたんだよ~」

「なぁる。ま、嬢ちゃんもアロマのこと、かなり心配してたしな」

「セイちゃんも凄く心配してたよね~」

「ん? そういや、あいつは(おせ)えな。何してんだ?」

「そ~いえば~そ~だね~……ん~……60層の迷宮区か~。まだロマたんを探してるのかな~?」

 

 ルイルイのその言葉に、私はログたんを撫でながら視線をルイルイ達に向けた。

 

「は? アロマならここに……って、おいキリト?!」

「ん? 何だ、マーチ」

 

 少し離れた位置に座ってアイテムを整理していたキリトは、マーチの呼びかけに手を止めた。

 

「何だじゃねーよ! お前、セイドにメッセ入れてねーのか?!」

 

 そのマーチの台詞に、小さく息を飲んだのは私だった。

 

(あ! しまった!)

 

 思わずログたんを撫でる手が止まってしまったくらいに。

 

「あぁ、そうだった。実は、アロマと話をする時に、セイドとマーチをフレリストから削除させられてさ。メッセしたくてもできなかったんだよ」

「えぇぇえ~!? ロマたん、そんなことさせちゃったの~!?」

 

 キリトの台詞を聞いたルイルイとマーチが、揃って私に視線を向けた。

 2人の視線をまともに見てしまって、私は無意識に顔が引き攣った。

 

「あ……えと……その………………ゴメン……」

 

 ルイルイは驚いて、マーチは呆れて、といった表情を浮かべたまま2人とも言葉が出ない様子だった。

 

「ま、まあまあ2人とも。追われないため、連絡させないための手段としては簡単で有効な手段だったよ。油断してた俺も悪かったんだ」

「……キリトのその台詞だけで、アロマが何をやらかしたのか、大体わかった気がするぜ……ったく、ホント、うちのトラブルメイカーだな」

「ロマたんって、変なところで凄い大胆なことするよねぇ……」

 

 キリトは多くを語らなかったにもかかわらず、マーチとルイルイは私が何をしたのか、おおよその見当がついたらしい。

 私に向けられる視線が痛くて、私は2人から顔を逸らして、少し落ち着いてきたログたんを撫で続けた。

 

「……はぁ……仕方ねぇ、俺から(おく)――」

 

 ため息を吐きながらメニュー画面を開いたところで、マーチが唐突に言葉を切った。

 何かあったのかと、こっそりとマーチに視線を向けたところで、マーチは何やら画面を操作していた。

 

「――ろうとしたところで。あっちからメッセが来た。タイミングが良いな」

 

 どうやらセイドからマーチ宛にメッセが来たらしい。

 けど。

 

(……セイドから……メッセ?)

 

 私はそのことに、何か違和感を覚えた。

 

「メッセージ……? セイドって、60層の迷宮区に居るんじゃないか?」

「っ! それだキリト!」

 

 私はキリトの言葉を聞いて思わず立ち上がっていた。

 私に抱き着いて泣いていたログたんは驚いたようだったけど、その反動からか、ピタッと泣き止んでいた。

 

「変だよマーチ! セイドがダンジョンに居るのにメッセ送ってくるなんて、普通ならしないよ! わざわざ《伝言結晶》使ってまで!」

 

 これはつまり、セイドにとってメッセを送らねばならない事態が発生したことを意味しているのではないだろうか。

 

「マーチん、メッセの内容は?」

「…………厄介事のオンパレード週間だな、こりゃ……」

 

 私達の話を聞きながらマーチはメッセを読んでいたようで、読み終えたところで眉間を押さえてそう呟いていた。

 

「ルイ、サック6人分用意だ。ポーションと結晶、ありったけ詰めろ」

「ん、分かった」

 

 眉間を押さえたまま、マーチが唐突にルイルイにそんな指示を出し、自身は踵を返して部屋柄と向かって歩き出した。

 その瞬間のマーチの顔は、見たことも無い真剣なものだった。

 

「何があった、マーチ」

 

 只事ではない様子を感じ取ったキリトも立ち上がっていた。

 

「戦闘できる準備しとけ。俺も、ちと取ってくる物がある」

 

 しかしマーチはキリトの問いかけに答えず、それだけ言って自分の部屋へと入って行った。

 キリトは怪訝そうに眉を顰め、視線をルイルイに向けた。

 ルイルイはルイルイでマーチに言われたアイテムの仕分け中で、こちらから声をかけるのは憚られる雰囲気をまとっていた。

 

 マーチがルイルイに用意するよう声をかけたサック――正式名《アイテムサック》――とは、アイテム分配時に便利な袋アイテムのことだ。

 通常、SAOでアイテムを受け渡しするには、1対1でメニュー画面上でトレードするか、直接アイテムを手渡しするしかない。

 しかしそれだと、大人数に大量のアイテムを分配するには手間がかかる。

 アイテムサックは、アイテムストレージやギルドストレージから直接複数のサックにアイテムを分配することができ、そのサックごと渡すことで、その手間を簡略化するアイテムだ。

 

 SAOでのアイテムは、メニュー画面の操作で割り振れるからまだ楽だけど、これが現物で割り振るようだったら、この数倍の手間がかかるんだろうなぁ、なんて余計なことが頭の隅をよぎった。

 

「キリ君、ロマたん、パーティー申請送るから入って。そしたらサック受け取って」

 

 そんなことを考えていた少しの間に、ルイルイは素早くアイテムをサックに分け終えたようで、言うが早いか、私とキリトをパーティーへ招待してきた。

 

「分かった」

 

 ソロプレイヤーであるはずのキリトは、しかし特に躊躇った様子も無くルイルイの誘いに了承した。

 

「へぇ……」

 

 思わず漏れた声に、キリトが何か言いたげに私に視線を向けたけれど。

 

「無駄話してる暇は無いぞ。準備は?」

 

 いつの間にか戻ってきたマーチが、真剣な表情で、腰に普段は使わない《とっておき》を吊るしていた。

 

「サックはOK。戦闘準備はもうちょっと」

 

 マーチの問いかけにルイルイが短く答えた。

 

「俺はこのまま行けるけど、マーチ、彼女らも連れて行く気か?」

 

 キリトはキリトで思うところがあったらしい。

 何があったにせよ、戦闘をすると分かる発言をしているマーチに対して、ルイルイや私、ログたんを連れて行くのかと危惧しているようだ。

 

「ログはおいて行く。戦闘職じゃない。ルイは――」

「何と言われても行くよ。私はマーチんと一緒に」

「――って、言うに決まってる。アロマは気にするな。戦闘狂だか――」

「誰が戦闘狂だぁ!」

 

 マーチの台詞に思わずツッコんでいた。

 

「冗談はともかく。本気なんだな?」

「本気さ。少なくとも、アロマの実力の一端は見たんだろ?」

 

 私とマーチのやり取りを漫才か何かだと思ったのか、キリトは放置して話を進めた。

 

「確かに、充分に最前線でも通用するとは思うけど」

「なら、それだけで充分だ。時間が無い。後は向かいながら話すぞ」

 

 唐突に話を切り上げたマーチは、サッサと外に出て行ってしまう。

 ルイルイもそれに無言でついて行き、キリトもそれに倣った。

 

「アロマさん、お気を付けて」

「うん、ごめんねログたん。帰ってきたら、お願いしたいことがあるから、よろしく」

 

 鼻声ではあったけれど、ログたんも多くは語らなかった。

 私も、ログたんに声をかけながらドアを開け外に出た。

 すると、それを待っていたかのようにマーチが右手を掲げた。

 

「コリドー・オープン」

 

 

 


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