ソードアート・オンライン ~逆位置の死神~   作:静波

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今回は、多少早めに仕上がりました(-_-;)



第十一幕・弦月

 

 

 朧月宮にキリトとともに入って1時間が経過していた。

 

 私は、入ってすぐに《ヘイズボディ》の話をキリトにした。

 攻略組に名を連ねる男なら、4度も戦闘を繰り返せば《ヘイズボディ》にも慣れるだろうと思っていたのだけれど、その予想はあっさり裏切られた。

 

 キリトは1匹目との戦闘ですぐにコツを掴み、それ以降は全く危な気なくモンスターを屠っていく。

 私があれほど苦労して攻略法を見つけたというのに、憎たらしいことこの上ない。

 

 私がそう言うと――

 

『いやいや、アロマがあらかじめ特徴と攻略法を教えてくれたから対処できただけさ。初見だったら、もっと時間がかかってたよ』

 

 ――と、キリトは答えていたものの、私は本気で悔しかった。

 

 攻略組にソロで参加し続けているキリトの実力と経験の豊富さ(ゆえ)なのかもしれないけど、その場ですぐに対応できる適応力というか、得た知識をすぐに活かせる応用力というか。

 それこそがキリトの本当の凄さなのだろうと、その身を持って見せつけられた気がした。

 

 

「いやぁ、レア素材って言われてた朧系素材がこうして出るとなると、今のうちなら一儲けできそうだな」

「ここが知られれば、この素材も一般化するだろうしね。今のうちに売るなり何なり好きにすればいいんじゃない? 私は他の誰かに教える気はないけど」

 

 私とキリトは安全エリアで一休みしていた。

 

 アイテムに関しては手に入れた方がそのままゲットするということでお互いに納得している。

 お金と経験値は均等割りにしているので揉める必要はない。

 

 腰を下ろした私は残っていた最後の堅いパンを取り出し、キリトは水の入った瓶と柔らかそうなパンを取り出していた。

 彼は、ゴクゴクと喉を鳴らして水を飲み干していく。

 それを見て、ふと、自分のアイテムストレージには水が無い事に気が付いた。

 

(……飲み物が無いとか……食べ辛いだけじゃん……)

 

 仕方なく硬いパンを無理矢理小さく千切って口に放り込み、何度も咀嚼してどうにか嚥下(えんげ)していると、欲しいとも言っていないのに、キリトが私に水瓶を投げてよこした。

 

「まさか、水すら用意してないとは思わなかったよ」

「……用意してた分が尽きたから、街に戻ろうとしてたのよ。それをあんたが邪魔したんでしょ。このくらいの気は利かせるのが当然よ」

 

 素直に礼を言えず、ついつい顔を逸らしながら憎まれ口を叩いてしまった。

 キリトは、やれやれとでも言いたげに肩を竦めたけど、特には何も言ってこなかった。

 ありがたく水瓶を貰い、栓を開けて水を少し口に含み、ゆっくりと飲み込んだ。

 

「ところで、どうしてこのダンジョンに籠ってたんだ? あんな特殊モンスター、情報も無しにソロで戦うのは大変だったろ?」

 

 私が一息ついたのを見計らって、キリトがそんな疑問を口にした。

 

「――っぷぅ……元々私は朧系素材を集めてたの。《ミスティ》モンスターである程度狩り慣れてたから、何とかなったわ」

「ふ~ん……なるほどねぇ……」

 

 それだけ言うと、キリトは柔らかいパンを一かじりしていた。

 何に納得したのかは分からないけど、とりあえずそのやり取り以外は、休憩中に会話らしい会話はしなかった。

 お互いにパンを食べ終えてどちらからともなく立ち上がったところで、(おもむろ)にキリトが口を開いた。

 

「朧系の素材で作れる装備品って、今の所、出回ってないよな。素材の流通量が少なすぎて、作ったっていう職人の話も聞いたことが無い」

 

 私はその言葉には何も答えず、サッサと安全エリアから歩み出た。

 

「そう考えると、一儲けするのには狙い目かも知れないけど、アロマの狙いが売却による儲けだとは思えないな」

「……何でそう思うの」

 

 キリトが私から離れずに歩いてついてきたうえで、その話を続けようとするので、仕方なく話し相手になることにした。

 

「売るだけなら集める必要が無いよ。けど、アロマは狩り慣れる程に朧系素材を集めてたんだろ? ってことは、装備品を作るつもりだったはずだ」

「作ってもらうつもりだったけど。だから何」

「朧系素材で出回っていたのは、糸と板の2種類だけだ。この素材で作れるのは布系防具位だ。ここで狩っていれば他の素材も出るだろうけど、それは一般的に知る方法は無い」

「……だから、何が言いたいの!」

「布系防具とギルド《DoR》で思いつくのはセイドだよな。まあ、道着装備をメインで着こなしてるのはセイド位しか見たことが無いけど」

 

 キリトがそこまで言った時、私は思わず足を止めていた。

 

「……セイドは関係無い……」

「セイドが今着てる道着は確か《緇衣(しえ)の道着》だったっけ? 45層で手に入る、現状では1番良い道着だけど、あれ以降、道着系装備は見つかっていないはずだ」

 

 キリトは私の言葉など関係なく、私の前へ歩み出ながら話を続ける。

 

「朧系素材で作れる新しい装備が道着なんじゃないか? アロマはセイドのために素材を集めて――」

「関係ないってば!」

 

 思わず大声を出していた。

 

 キリトに私の行動を見透かされているようで、恥ずかしいような腹立たしいような、よく分からない感情が湧きあがってきたから。

 しかしキリトはそんな私の態度など気にした様子も無く、ゆっくりと私へと振り返りながら、さらに言葉を続けた。

 

「アロマがセイドのことを考えて何かしてたのは分かった。けど、セイドだってあんたのことを心配してた。あんたがギルドを抜けたことをとても後悔してた」

「……そう……」

 

 話の流れが突然変わった気もするけど、それをツッコむ気力は無かった。

 こちらの行動を言い当てられたのが堪えていた。

 

「寝ずに走り回って、アロマを探してたよ」

「……ギルドマスターとして、心配しただけでしょ……あいつなら、そんなの当然の行動だわ」

「いや」

 

 キリトは首を横に振り、僅かな間を開けて口を開いた。

 

「あんたがPKされたと――殺されたと、本気で思ってたよ」

「…………バカバカしい……《生命の碑》を見れば、そんなのすぐに分かる事じゃない」

 

 あまりといえばあまりの話に、思わず本気でツッコんでいた。

 人の生死は、この世界では《生命の碑》で目に見える形で確認ができる。

 何時(いつ)、誰が死んだのか、同名プレイヤーが存在しないこの世界では間違えようがない。

 

 だけど。

 

「《生命の碑》に、1文字違いの《アロマ》の名前があって、その人は、多分だけどPKされてて、それをあんたと勘違いしたんだ」

 

 予想外にもほどがあるキリトの言葉を聞いて、私は全力で唖然としてしまった。

 

「はぁっ?! 何よあのバカ! 私のスペルすら覚えてなかったの?! 最っ低!!」

「アロマを探すために一睡もしてなかったのが原因かもしれないけどな。まあ、それはともかく、あんたがPKされたと本気で思って、セイド、ブチ切れてPK狩りしてたよ」

 

 キリトが続けた言葉に、私は今度こそ本気で言葉を失った。

 あの冷静なセイドらしからぬ話の流れに、キリトが話を捏造してるのでは、と疑ったけど、キリトはさらに言葉を続けた。

 

「牢獄結晶で、犯罪者(オレンジ)ギルドを1つ、牢獄送りにしてたよ。自分からわざわざ犯罪者プレイヤーの多い中層エリアをうろついてまでな」

 

 キリトは、話ながら苦笑を浮かべていた。

 この話が、彼にとっても苦笑を浮かべてしまうような出来事だったのだと、想像がつく。

 

「……あり得ない……わざわざ自分から蜂の巣に突っ込むような真似するなんて……セイドらしくなさすぎる……」

「うん、同感」

「それに、もし《笑う棺桶(ラフコフ)》の連中にでも遭遇してたら……」

「セイドは自分の事なんか考えてなかったよ。ただひたすらに、アロマの仇を取ることしか考えていなかった。相手が《笑う棺桶》でも構わなかったつもりらしい」

「そ……そんな無茶な……」

 

 無意識のうちに右手でこめかみを押さえていた。

 セイドの暴走っぷりに、軽い眩暈(めまい)を覚えたからだ。

 

「まあ、その無茶をさせたのはアロマだけどな」

 

 キリトはそれだけ言うと、素早く剣を抜き放ち、私に背を向けた。

 通路の奥からモンスターがこちらに近付いてきたのに気が付いたらしい。

 キリトはこちらに近付いていたモンスター――《ヘイズムーン・ゴーレム》に向かって走り出したけど、私はそれに反応する気力すら湧いてこなかった。

 

 セイドのために素材を集めていたのも事実だし、キリトが語ったセイドの暴走も、おそらく事実なのだろう。

 

(セイドが……私のために本気で怒ってた……)

 

 そのことを考えると、体が動かなかった。

 

 私はセイドに邪魔だと思われたと思っていた。

 ギルドに居場所がなくなったと思っていた。

 私が居ることでセイドを困らせるくらいなら、居ない方が良いと思ってギルドを抜けた。

 けど、それは間違いだったのだろうか。

 

「さて。どうする? もっと素材集めるか? それともギルドに帰るか? 何にしても、アロマがセイドと合流するまで、俺はあんたの傍を離れるつもりはないから、そのつもりで」

 

 キリトはそれだけ言った後、口を開こうとはしなかった。

 私に問いかけただけで、こうしろとか、指図するようなことは何一つ言わなかった。

 

「……帰れって、言わないの?」

「ん? 言って欲しかったのか?」

 

 私がボソッと呟いた一言を、キリトはしっかりと聞いていた。

 

「……んなわけ……ないじゃん……」

 

 私はフラフラと歩きはじめ、キリトもそんな私の遅々とした歩みに合わせて歩いてくれた。

 敵が出て来ては、私が剣を抜くよりも早く前に飛び出して、あっという間に片付けてしまった。

 

「……強いね……キリトも……」

「そうか? 攻略組にはこのくらいの奴はそこそこいると思うけど」

「……やっぱり私は……役に立たないのかな……」

「役に立つっていうのも、色々あるよな。俺は別にアロマに何かを求めるわけじゃないけど、セイドもそうなんじゃないのかな?」

「セイドも……そうって、どういうこと?」

「アロマに何かを求めるっていうより、アロマが傍に居るだけでもいいんじゃないかってことさ。あんたが強いとか弱いとか、そんなのは関係無いんだと思う」

「だ……って……私は……」

「まあ、アロマとセイドの間にどんな繋がりがあるのかは知らないけど、少なくとも、俺の見たセイドは、アロマのことを心配して、アロマのことで本気で怒ってて、アロマのために走り回ってるって姿だったし」

 

 時々出会うモンスターとの戦闘を続けながら、私はキリトとそんな言葉を交わしていくうちに、少しずつ凝り固まった気持ちが解れていった。

 私の独りよがりな思い込みとか、セイドの気持ちを客観的に教えて貰ったりとか。

 

(誰かがそばにいてくれるって、いいな……)

 

 キリトとの会話で、私は少しずつ自分の気持ちを見つめ直すことができた気がした。

 

「ところで、朧系素材で作れる装備を、どうやって調べたんだ?」

 

 唐突にキリトは話の矛先を切り替えた。

 

「え、あ……うちのギルドに居る職人プレイヤーが。新素材が手に入ると、作製出来るアイテムが分かるスキルがあるんだって」

「へぇ……凄いな……今度エギルにでも聞いてみるか……」

「ん? エギル?」

「あ、いや、こっちの話。気にしないでくれ」

 

 キリトは少し慌てたように手を振った。

 

「んで、どんな装備なんだ? これで作れるのって」

「まだ一式揃ってないから何とも言えないけど……多分、セイド以外誰も使えないかも」

「へぇ。やっぱりセイド用か」

「あ……」

 

 思わず答えていたけど、これは迂闊だった。

 

「素直に、戻りたいって言えばいいんじゃないか?」

 

 これまた唐突に、キリトは確信に触れる話を振ってきた。

 

「……そんなこと……言えないよ……」

 

 自分の中で、まだ気持ちが整理しきれていない。

 こんな状態で戻っても、セイドとまた喧嘩してしまう気がする。

 

「セイドだけじゃない。ギルドのみんながアロマのことを心配してるって分かっただろ? 何で戻れないんだ?」

「…………私にも、分からない……」

 

 気付かぬうちに私は顔を伏せて歩いていた。

 そんな私に、キリトは思いもよらぬ言葉を投げかけてきた。

 

「もしかして、みんなを翻弄して、楽しんでるとか?」

「なっ! 違うわよバカ!!」

 

 即座に反論できたものの、キリトの辛辣な言葉は続いた。

 

「んじゃ、追いかけて欲しくて、向こうから『帰って来て下さい』って言われたいのか?」

「違う! 絶対に違うっ!!」

「仲間の気持ちを試してるのか? もしそうなら、相当性格悪いぞ?」

「違うって言ってるでしょ! 何よ! 何も知らないくせにっ!!」

 

 思わず背から大剣を引き抜いて、キリトの足元の床へ振り下ろしてしまった。

 激しい音と、破壊不可を示す紫色のフラッシュエフェクトが辺りに響いた。

 

 キリトの言葉を引き金にして、急に言葉が溢れだしてきた。

 

「私だって帰りたいわよ! でも、セイドが私のことを邪魔だって言ったの! 本気で私と戦って、ついて来るなって言ったのよ! 今まで一緒にいてくれたことがお情けなんだったら……こんな惨めなことないわ! もう、そんな思いするのはたくさんよ!!」

 

 言葉とともに、涙も溢れてきて、慌てて腕で目を擦った。

 そこで改めてキリトを見ると、彼は私が剣を振り下ろしたのにもかかわらず、その場から1ミリも動いていなかった。

 私の剣が当たらないことを見切っていたのだろう。

 

「邪魔? セイドが、アロマのことを?」

「……っ……そうよ……間違いなく……そう言われたの……」

 

「《笑う棺桶》に殺される可能性すら気にしないで、アロマの仇を取ろうとしていたセイドが、アロマのことを邪魔に思ってると、本気で思うのか?」

「……それは……」

 

「普通に考えて、邪魔だと思うわけがないじゃないか」

「……じゃあ……どうして……本気でデュエルして……私を負かしてまで……ついてくるななんてって言ったのよ?」

 

 しかし、私のその質問には、流石にキリトも首を捻った。

 

「う~ん……セイドがどこに行きたかったか、何をしたかったかが分からないと、何とも言えないな……」

 

 キリトのその疑問には、私も答えようがなかった。

 私はセイドからもマーチからも、セイドが何をしようとしていたのか、聞かせてもらえなかったのだから。

 

「私も何も聞いてない……教えて貰えなかったから……何か、回復結晶を片手に持ってするようなことらしいけど……」

「ふぅん……じゃあ、そのことをもう1度聞きに行くべきだな。流石に今度は教えてくれるだろ」

 

 キリトは然程考えることなく、そう口にしていた。

 

「それに何より、理由が分からないまま放置するのって、気持ち悪いじゃないか」

 

 そう言ったキリトは、清々しい笑顔を私に向けていた。

 

「帰りたいってアロマだって思ってる。セイドだってアロマに帰ってきて欲しいと思ってる。なら、後はアロマが帰って、もう1度話し合うべきだと思うよ」

 

「あ……私……さっき、帰りたいって……」

「ああ、言ってた。思いっきり、涙流しながら叫んでた」

「……キリトのバカ……」

 

 キリトの台詞を聞いて、また涙が溢れてきて、慌ててキリトに背を向けた。

 

「ごめん……ていうか、泣かないでくれ……俺がセイドに殺されちゃうだろ?」

 

 少し動揺したのか、キリトの声が揺れていた。

 そのまま、ぎこちない手つきで頭を撫でられる。

 

 涙で歪んだ視界でも、キリトが少し背伸びをしているのがわかった。

 精一杯、私のために背伸びをしてくれている。

 それがとても嬉しかった。

 

「……ごめん……キリト………………ありがと……」

 

 でも。

 私が知っている手はキリトのそれじゃない。

 

 帰りたい。

 そしてセイドに謝りたい。

 

 今度はちゃんと、落ち着いてセイドの話を聞きたい。

 そんな思いでいっぱいになって、私はキリトに背を向けたまま、俯いて泣き続けた。

 

 

 

 涙と気持ちが治まるまで、キリトと一緒に朧月宮で狩りをして、徒歩で朧月宮から出た。

 

 私はキリトに付き添われて《ビリンメル》まで歩いて戻り、そこから転移門で24層主街区《パナレーゼ》へと――DoRのギルドホームのある街へと転移した。

 私もキリトも、セイドをリストから削除しているので、ホームに戻る以外有効な手段が思いつかなかった。

 

 パナレーゼに転移したのは、時刻が午前10時半になろうとしている頃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私とアスナさんが14階に上がるための階段に辿り着いたのは、10時半を少し過ぎた頃だった。

 

 ここまで互いに会話らしい会話はあまりせず、走って迷宮区を抜けることに集中していたが、ここに来てその集中力が限界に来ていた。

 

(……流石に厳しいか……)

 

 私個人としてはまだ平気だったが、後ろをついてくるアスナさんが、先ほどから僅かに疲労の色を見せている。

 アスナさんが迷宮区に踏み込んだ時間から逆算すれば、既に彼女は8時間半以上、迷宮区で戦い続けていることになる。

 通常では考えられない意志の強さと集中力だと言えるが、流石に睡眠時間をほとんど取っていない彼女に、これ以上の無理を強いるのは気が引けた。

 

「ところでアスナさん。救援要請を送ってきたメンバーというのは、どのような方々なんですか?」

 

 私はアスナさんの精神的な休憩も兼ねて、今回のことに関して聞いていなかったことを尋ねることにした。

 同時に、移動速度を駆け足から徐々に徒歩へと移行した。

 

「……えっと……どういう、ですか? そうですね……かなりの実力者たちですよ。でも、まだギルドとしての第一線には出していませんけど」

「おや。ということは、私はお会いしたことのない方々ですか?」

「多分、ご存じないかと思いますよ。彼らが入団したの半月ほど前のことですから。まだ入団したばかりなんです」

 

 半月では、確かにギルドのメンバーとしてはまだまだ新入りと言えるだろう。

 しかし、それでもKoBに入団できたということは、相当な実力者たちだろうと想像に難くない。

 

「今はギルドとしての立ち回りや、迷宮区のマッピングなどでギルドに慣れてもらっている段階です」

「なるほど……」

 

 アスナさんのその話を聞いて、私の心中には、とある疑念が再び湧き上がっていた。

 どうしようもなく、悪い方向の考えが。

 

(……いや……KoBのメンバーだ……そんな事は……)

 

 しかし、浮かんでしまった疑念を打ち消すだけの判断材料は、今の私にはなかった。

 そんな疑念を打ち消したくて、私は更にアスナさんに質問を続けた。

 

「アスナさん。差し障りが無ければ、これから助けに行くという彼らの構成や人数などを教えていただけませんか?」

「別に構いませんけど……構成は、壁戦士(タンク)2人、攻撃特化型(ダメージディーラー)2人、探索型(サーチャー)1人、応変(バランス)型1人の6人構成です」

 

「……ふむ……6人が6人とも、新人なんですか?」

「ええ。元々6人でギルドを組んでいたようですが、KoBへの合併を希望されたので、団長を始めとする血盟騎士団の幹部を務める者たちで話し合って、吸収合併という形でKoBに入団を」

「…………そうですか……ありがとうございます」

「いえ……一体、何を考えているんですか?」

 

 アスナさんも、今の私の質問が、何かの意図に沿ったものだと気付いたようだ。

 

「……推測、いえ、憶測の域を出ませんので、今はまだ何とも。もう少し考えがまとまったら、お話します」

「……そうですか?」

 

 僅かに私に対する不信感を表情に浮かべたアスナさんだったが、それ以上は何も言ってこなかった。

 

 階段をゆっくりと上り、ついに14階へと辿り着いた私とアスナさんは、お互い無意識のうちにため息を吐いていた。

 13階は、私もアスナさんもマップが無く、手探り状態で駆け抜けたのだ。

 マップのあった12階までと違って、未開拓部分を駆け抜けるのは心理的にも負担が大きかったようだ。

 

「ここから先は、アスナさんのマップが頼りですね。私にも見えるように可視化してもらってもいいですか?」

「分かりました」

 

 アスナさんが私にも見えるようにマップを可視化してくれた。

 アスナさんのマップには、ギルドメンバーの居場所を示すカーソルがある。

 この階にKoBのメンバーが――救援要請を出したメンバーが、未だに留まっているという証拠だった。

 

「やはり、身動きが取れずにいるみたいですね……全員無事みたいで良かったわ……」

 

 アスナさんはギルドメンバーリストも合わせて確認したようで、彼らが生存していることに安堵の表情を見せた。

 

「ご無事で何より……ですが、既に九時間近く経っています。急ぎましょう」

 

 私はアスナさんのマップで確認したカーソルの方向へと歩きだした。

 アスナさんを先行させるわけにはいかない。

 精神的・心理的疲労が私より濃いアスナさんを少しでも休ませるためには、急ぎつつゆっくりと進む必要がある。

 

「……あの、セイドさん?」

 

 これまで同様《警報(アラート)》を活用して未開拓の通路を慎重に進んでいくと、アスナさんが何やら声をかけてきた。

 

「はい? なんですか?」

「ペースがゆっくり過ぎませんか? 先ほどまでに比べると、かなり遅く思うんですが」

 

 アスナさんは、眉間に皺を寄せて私のことを睨んでいた。

 

「流石にKoBメンバーが罠を見落としたと聞いていますからね。助けに来た私たちが罠にかかってしまったのでは二次災害も良い所です。慎重にならざるを得ないでしょう?」

「それはそうですが……」

「アスナさん、目標や目的が目の前にある時こそ、慎重になるべきです。急いては事を仕損じますよ」

 

 アスナさんを笑顔で言い包めて、私はゆっくりと歩を進めていく。

 

 言ったことに嘘は無い。

 全てを語っていないだけで。

 

 

 

 

 14階の通路を歩き始めて30分ほど経った頃。

 

 前方に十字路が現れたところで、アスナさんのマップの表示圏内にKoBメンバーを示すガイドカーソルが映り込んだ。

 それによって、彼らが近くに居ることは分かったが、私は無言で左腕を横に伸ばし、アスナさんを抑えて《警報》の機能で表示されている、通路の奥に居るモンスターの知覚範囲表示を睨んでいた。

 

(……これは、絡まれずに通るのは難しいか)

 

 通路の奥に居るのは、知覚範囲の広さから考えるに《ハイトロール》種だろう。

 その《ハイトロール》種のさらに奥に、別のモンスター反応もあった。

 

 《トロール》というモンスターの厄介な点として、感知範囲の広さがあるが、もう1つ厄介なのが、異種族のモンスターであっても《トロール》にはリンクするという点だ。

 

 否応なく戦闘になる可能性も考慮すると、少なくて同時に2体。

 最大で同時に6体のモンスターを相手取ることになりそうだ。

 

 俺は(・・)動き出すべきタイミングを意識しつつ、両拳を数度握り直した。

 そうして、アスナに状況を説明しようとした時――

 

「セイドさん! 彼らのカーソルがマップの表示範囲内に入っているんですよ?! 何故こんなところで止まっているんですか!」

 

 ――という力強い言葉とともに、アスナが急に前に飛び出した。

 それも、敏捷値を一気に解放したような加速力で。

 

「ま! 待て! アスナ!」

 

 急なことに俺もすぐに反応できず、制止の声をかけるのがわずかに遅れた。

 アスナが俺の声にとまった時にはすでに時遅く――

 

『ガララァッ!』

 

 複数のモンスターの呻き声が、通路に反響して幾重にも聞こえた。

 

「チッ! もういいアスナ! 左手の通路奥に走れ! そこに探してたメンツが居るんだろ! 罠に気を付けろよ!」

 

 アスナが跳び込んだのは、モンスターの知覚範囲が重なっていた場所だった。

 それも、3体分。

 

 アスナを捉えた3体の《ハイトロール》がアスナに反応し、その《ハイトロール》にリンクするように、奥に居たモンスター共もこっちに向かって突っ込んできているのが《警報》の反応で分かる。

 

 不幸中の幸いなことに、アスナの左手にある通路の奥にはモンスターの反応は無く、代わりにグリーンのプレイヤー反応が6つ。

 ギリギリのタイミングでアスナだけは救出対象の元へと行かせることができる。

 

「で、でも!」

「いいから行け! この程度の数なら俺1人で何とでもなる!」

 

 少々強引にアスナを通路の奥に突き飛ばし、俺は通路前に立ち塞がりって、押し寄せてくる《ハイトロール・マーセナリー》3体を足止めすべく身構えた。

 その奥からは《ハイオーガ・グラップラー》《ハイコボルト・センチネル》《ハイオーク・バンディット》という、実にバラエティ豊かな敵がやって来ていた。

 

「行け! 邪魔だ!」

 

 進むことを躊躇していたアスナに追加で怒鳴り、俺はトロールどもへと殴りかかった。

 

 

 





 ※2014/01/03 矛盾箇所修正

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