ソードアート・オンライン ~逆位置の死神~   作:静波

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ポンポコたぬき様、路地裏の作者様、テンテン様、ささみの天ぷら様、感想ありがとうございます!m(_ _)m

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書くペースが落ちているので、気合を入れ直していこうと思います(-_-;)
遅くなっててスミマセン(;>_<)



第九幕・朧

 

 

 隠しダンジョン《朧月宮(ろうげつきゅう)》に入ってから、早くも2時間が経過していた。

 

 幸いなことに《朧月宮》には、ほとんどトラップが無かった。

 その代わり、といってはなんだけど、生息しているモンスターが《ヘイズムーン》と名の付くものばかりだった。

 

 この《ヘイズムーン》モンスター。

 私が探し求めていたレア素材《朧糸(おぼろいと)》などの朧系素材を落としてくれる、待望の、安定して湧出(ポップ)するモンスターだった。

 

(……しっかし……まさか、隠しダンジョンだったとはねぇ……)

 

 蜘蛛型モンスターの吐き出す毒液を避けながら、私はそんなことを考えていた。

 

 私がこれまで探していたのは、主に50層の《蜘蛛の巣の迷宮》での遭遇率が1番高いとされていたレアモンスター――《ミスティ・スパイダー》だ。

 その蜘蛛が落とす《朧糸》が《朧月(ろうげつ)の道着》のメイン素材だった。

 

 しかし、この《朧月宮》で待ち構えていた《ヘイズムーン・スパイダー》は、これまでの《ミスティ・スパイダー》よりも1回り大きくて、遊園地のコーヒーカップぐらいの大きさがあった。

 安定湧出(ポップ)するときのお約束通り、モンスターのランクが上がった、ということだろう。

 

 そして、隠しダンジョンのお約束というべきか、ランクアップのお約束というべきか。

 《ヘイズムーン》モンスターの特殊能力は、なかなかに厄介だった。

 

(それにしても……《ミスティ》モンスターの能力強化版とか……ちょっと卑怯だよ、ねっ!)

 

 2匹同時に跳びかかってきた《ヘイズムーン・スパイダー》から距離を取るように後ろに跳躍し、私は攻撃のタイミングを計っていた。

 

 

 

 《ミスティ》と名の付くモンスターは、共通した特殊能力を1つ持っている。

 それが《ミストボディ》と呼ばれる、通常攻撃透過(つうじょうこうげきとうか)能力だ。

 

 《剣技》以外の攻撃を(ことごと)く素通りさせるという厄介なこの能力と、湧出場所がランダム且つ滅多に湧出しないが故に《ミスティ》モンスターの素材は滅多に市場に流れなかった。

 《ミスティ》モンスターと遭遇できたとしても《ミストボディ》の事を知らず、結果、倒せずにプレイヤーかモンスターが逃走する、ということも多かったようだ。

 《剣技(ソードスキル)》は透過できないので、レベル差と攻撃力差を持って《剣技》の一撃で仕留めにかかれば何とかなるのが《ミストボディ》への、単純な対策だったと言えるだろう。

 

 ところが、ここの《ヘイズムーン》モンスターの持つ能力は、その《ミストボディ》の強化版だった。

 

 ここに入って最初に出会った《ヘイズムーン・スパイダー》に対して、こちらの通常攻撃が空を切ったので、これまでの《ミストボディ》と同じだろうと(たか)(くく)って、毒液を避けた勢いに乗せて《アバランシュ》で斬り込んだ――のだけれど。

 

 何と《ヘイズムーン》モンスターは、《剣技》すら透過したのだ。

 

 そのことに慌てた私は、無茶苦茶に剣を振り回したり《剣技》を乱発したりと、何とかして攻略法を見つけようとした。

 しかし。

 毒を受けるわ、糸に絡められて敏捷値マイナス補正を受けるわ、ダメージも看過できない量を受けるわ――と、1体相手に散々な目に遭った。

 

 まあ、それでも何とか《ヘイズボディ》――命名、私――への対策を立てることができたのだから、上出来だろう。

 

 分かったことは《ヘイズボディ》は《ミストボディ》の強化版で、やはり通常攻撃は完全に透過する、ということと――倒すのには、やはり《剣技》を当てるしかない、ということだった。

 ただ、当て方というか、当てることができるタイミングがシビアで、モンスターが攻撃してきた瞬間――つまり、カウンター攻撃しかヒットしない。

 

 それを見つけることができたのは偶然だったけど。

 

 私に向かって跳びかかってきた蜘蛛に対して、反射的に繰り出した《アッパー・クレセント》がヒットしたことで、何となく予測を立てることができ。

 その後、2度3度と手探りで戦闘を繰り返して、やっと自信を持てた、というわけだ。

 

 そうと分かってしまえば、レベルやHP的にはどうということは無いモンスターなので、今では落ち着いて対処できている。

 

 ――初めて遭った《ヘイズムーン・スパイダー》1体を倒すのに、40分以上かかったことは、黙っていれば分かるまい。

 

 

 

「ズェェイ!」

 

 僅かな時間差をおいて、更に跳びかかってきた2匹の《ヘイズムーン・スパイダー》を、私は横薙ぎの2連撃剣技《ブランディッシュ》で迎え撃った。

 タイミングがピタリと合い、1振り目で1体、2振り目でもう1体をそれぞれ捉え、綺麗に屠った。

 

「っし! バッチリ!」

 

 上手く迎撃できたことで、私は小さくガッツポーズを取って喜んだ。

 

 セイドなら、簡単にタイミングを掴むことができるのだろうけれど、私1人でもこの程度なら何とかなると、証明できたことにもなる。

 

(ふふん! セイドなんかいなくても、どうってことないんだから!)

 

 朧蜘蛛が《朧糸》をドロップしたことを確認しつつ、私はさらに先へと進んだ。

 1戦1戦にそこそこの時間がかかっているので、探索自体はあまり進んでいなかったけど、倒し方もこれで大丈夫だ。

 

(ここから一気に探索を続けて、レアアイテムも独り占めだ!)

 

 と、意気込んではみたものの、時間は既に夜の9時を過ぎている。

 ひとまず安全エリアを探して、そこで夜明かしの準備をしようと、私は朧月宮を歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅ……ん……」

 

 気が付くと、そこは見慣れぬ平原だった。

 冷たい風が顔を撫で、夜空が映し出された上層の底が眼前に広がっている。

 

 体を起こして、ボンヤリとしている意識のまま辺りをゆっくり見回すと、私の他にプレイヤーが2人、近くに居ることが分かった。

 ともにカーソルカラーはグリーンだったことに一瞬安堵し、しかし次の瞬間には頭に疑問符が浮かんでいた。

 

(……ここは何処だ……?)

 

 目頭を押さえ――ようとして、腕が何かに引っかかった。

 よく見ると、私の身体は寝袋に包まれていた。

 

(……私は……一体何を……?)

 

 とりあえず寝袋の前を開けて腕を自由にしたが、直前まで自分が何をしていたのか、何故寝袋で寝ていたのか、その辺りの記憶が曖昧だった。

 

「よう。目ぇ覚めたか、セイド」

 

 と、近くに居たプレイヤーの1人が声をかけてきた。

 間違えようも無い、マーチの声だった。

 

「マーチ……ここは……何処ですか?」

 

 欠伸(あくび)を噛み殺しながらこちらに向き直ったマーチに、私はハッキリしない意識のまま、頭にあった疑問を口にした。

 

「ぁふ……んぁ? まだ寝ぼけてんのか? ここは40層の《フィリアズ》の外れだ。一応圏内だから安心しろ」

「……40層……あ……ああ……そうか……」

 

 私は思わず右手で顔を覆った。

 

 アロマさんの捜索を焦るあまり、私は《生命の碑》に刻まれたアロマさんのスペルを見間違えて、彼女が殺されたと勘違いし、犯罪者(オレンジ)相手に暴走していたのだ。

 そこへマーチ・キリトさん・アスナさんの3人が駆けつけて、私を止めてくれた――ところで、記憶が途切れている。

 

 そこまで思い出すと、後は意識が覚醒されていく。

 

 おそらく気を失ったのであろう私を、3人が最寄りの街である《フィリアズ》まで運んでくれて、そこで寝かせてくれたと考えられる。

 そこまで考えが及んで、ふと、時間が気になった。

 

「マーチ……私はどのくらいの間、気を失っていたんですか?」

「あ~? まあ…………お前を見つけたのが、確か15時頃だから……12時間?」

 

 マーチの言葉を聞いて、自分のことながら呆然としてしまった。

 いくらなんでも寝過ぎだろう、と。

 

「ハハハ! ま、お前は普段からあんま寝てねえし、特に今回は丸々2日寝てなかっただろ。そりゃ12時間ぐらいぶっ倒れもするさ。気にすんな!」

 

 マーチは笑いながら私の肩をバシバシと叩き、そう言って慰めてくれた。

 

「……ご迷惑をおかけしました……」

 

 12時間――マーチは簡単に言うが、私が意識を失っている間、マーチがここで寝ずの番をしていてくれたことは間違いないだろう。

 宿屋に運び込まなかった理由は色々と予想はできるが、無用なところでマーチに負担を強いてしまったことになる。

 

「ん~? マーチん~?」

 

 マーチが居た傍に横たわっていた寝袋には、ルイさんが寝ていたらしい。

 あの場には居なかったルイさんにまで、ここで夜を明かさせてしまったのかと、私はさらに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 

「ん、悪ぃルイ、起こしちまったか」

 

 ルイさんが目元を擦りながら身を起こしたところで、マーチがルイさんの元へと戻って行った。

 

「ん~……セイちゃん起きたの~?」

「おぉ、今し方な。寝てていいぜ、ルイ。まだ午前3時、日の出前だ」

 

 ルイさんの頭を撫でながら、マーチがルイさんにそう声をかけたが。

 

「ん~ん、起きる~。セイちゃんが起きたなら~、ここに居る必要も無くなるし~」

 

 そう言うと、ルイさんは軽く伸びをして寝袋から抜け出した。

 私も遅まきながら寝袋から抜け出し、アイテムストレージへと寝袋を片付ける。

 

「おはよ~、セイちゃん。良く寝れた~?」

「アハハ……えぇ……ルイさんにもご迷惑をおかけして、申し訳ありません……」

 

 いつもの朗らかな笑顔で声をかけてきたルイさんに答えつつ、私は頭を下げるしかなかった。

 そんな私を見て、ルイさんはコロコロと笑いながら――

 

「まったくだよ~。セイちゃんらしくないテンパりっぷりだったね~」

 

 ――なかなか痛い一言をサラッと言い放ってくれた。

 

 相応に怒っているのかもしれないが、正直、ルイさんの感情は分かり辛いことこの上ない。

 基本的に笑顔が絶えないため、ルイさんが笑顔のまま怒っているときは、マーチでも地雷を踏むことがあるくらいだ。

 ちょっと前のように、笑顔が無くなった状態で本気で怒ってくれると分かるのだが。

 

「……本当に、申し訳ありません」

「も~、そんなに気にしないでよ~。怒ってるわけじゃないんだから~」

 

 頭をさらに下げながら謝ると、ルイさんは笑いながらそう口にした。

 

「まあそれはともかく! セイド、とりあえずお前が寝てる間には何も進展はしてねえ。アロマに関しての情報は相変わらず無しだ」

 

 そんな場の空気をマーチが一新した。

 

「キリトとアスナはそれぞれのホームに戻った。ああそれと、今度シンカーとユリエールに礼言っとけよ。あいつらが俺に連絡してくれなきゃ、お前の暴走は分からなかったんだからな」

 

 マーチが早口に連絡事項を(まく)し立てる。

 私が再び謝り出さないように、という配慮が感じられた。

 

「ログの方もあれ以降、アロマからの接触は無し。こうなるとお前の推測が当たってることを祈るしかねえかもしれん。頼むぜ? リーダー!」

 

 ここまでを一気に言い切り、マーチは私の胸に向かって軽く拳を突き出した。

 トンッ、とマーチに気合を入れられ、私は気分を完全に切り替えることができた。

 

「……分かった。ありがとうマーチ」

 

 私が笑顔でそう答えると。

 

「おう! んじゃ、俺とルイはホームに戻るぜ。どうせお前にゃ、何言ってもアロマを探しに行くだろうから止めねえが、無理はすんじゃねえぞ。あと、暴走も程々にしてくれ!」

 

 そう言い捨て、声を上げて笑いながら、マーチは私に背を向けた。

 ルイさんも、そんなマーチと私をニコニコと眺めた後、マーチと一緒にこの場を去って行った。

 

(まったく……2人には感謝しても、しきれませんね)

 

 昔から、2人には助けられてばかりだ。

 

 今回の件が落ち着いたら、改めて何か礼をしなくてはならないと、心の中で感謝しながら、私も転移門へと足を進めた。

 アロマさんがいるであろう、最前線――60層の迷宮区へと向かうために。

 

 

 

 

 60層迷宮区に最も近い街《ビリンメル》でアイテム類を補充し、迷宮区へと至る街道を駆け抜けながら、私には1つ、アロマさんのこと以外で気になることができていた。

 アイテム補充をしながら、何気なくフレンドリストを開いた時に気が付いたのだが。

 

 こんな時間――まだ日も昇らぬ午前3時半という、夜中と早朝の境界になるような時間に、あるプレイヤーがソロで迷宮区に潜っていた。

 

 これがキリトさんだったなら気にはしなかっただろう。

 彼は基本的にソロであり、時折迷宮区で夜を明かすことがあるのを知っているからだ。

 

 だが《彼女》は違う。

 

 キリトさんが一緒なのかとも思ったのだが、キリトさんは50層の《アルゲード》に居ると、フレンドリストで確認が取れた。

 攻略に関しては、寝る間も惜しむのが《KoB》だと知ってはいるが、基本的に彼ら及彼女らはパーティー単位で行動を取る。

 

 故に。

 

(何故アスナさんがソロで……しかもこんな時間に迷宮区に……)

 

 フレンドリストで迷宮区へソロで潜っていることが確認できたのは、攻略組最強ギルドと誉れ高き《血盟騎士団》の副団長にして、1プレイヤーとしても《閃光》の二つ名で呼ばれる女性細剣使い(フェンサー)、アスナさんだった。

 

 通常はパーティー単位で動くアスナさんが、ソロで、しかもこんな時間帯に動く理由が思いつかない。

 

(何かあった、と考えるべきでしょうか……上手く追いつけるといいんですが……)

 

 先に迷宮区へと入っているアスナさんに追い付くことができれば、事情を知ることも、場合によっては協力することもできるだろう。

 私は人気が無い街道を敏捷値及び筋力値を全開にして駆け抜け、その勢いのまま迷宮区へと突入した。

 

 

 

 

 マッピングの済んでいる迷宮区を1階2階と最短距離で、且つ罠も敵も《警報(アラート)》の効果をフル活用して回避した。

 

 普通に進んでいたのでは不可能な速さで4階まで駆け登ったところで、前方でモンスターと対峙しているプレイヤーの反応があった。

 

 カーソルカラーはグリーン。

 それだけを確認して一気に駆け寄った私の目に映ったのは、ダンジョンの通路を占めている薄暗い闇を、幾重もの流星の煌めきが引き裂いた瞬間だった。

 まさに《閃光》と呼ばれるに相応しい、彼女の操る細剣の放つ鋭い輝きが、高い体力と強靭な巨体を誇る《グラップラー・ハイオーガ》を幾度となく穿ち、アッサリと打ち砕いた。

 

 ポリゴン片の舞う中に凛と佇むその姿に、私は一瞬、かける言葉を失っていた。

 

「――ん?」

 

 そんな私に、細剣を持つ女性――アスナさんの方が先に気が付いた。

 

「セイドさん。良かった、意識が戻られたんですね」

 

 呆然と立ち尽くしていた私に、アスナさんは細剣を鞘に収めつつ歩み寄ってきた。

 

「――セイドさん?」

 

 呆けていた私を訝しむように、アスナさんに名前を呼ばれたところで、私はやっと意識を現実に引っ張り上げた。

 

「あ、ああ、アスナさん。その節は、ご迷惑をおかけしました」

 

 慌てて暴走時のことを謝罪した私に対して、アスナさんは首を小さく横に振った。

 

「いえ、気にしないで下さい。それよりも――」

 

 アスナさんはすぐに話題を切り替えた。

 

「――ここに来られたということは、やはりアロマさんはここに?」

「いえ……まだ何も確かな情報も得られていません……ここに来たのは、あくまで私の予測です」

 

 アスナさんの問いかけに、私は苦々しく答えるのが精一杯だった。

 

「……そうですか……」

 

 私の答えを聞いたアスナさんは、その場で何か考え込んでいた。

 その様子を見て、私もアスナさんに疑問を投げかける。

 

「アスナさんこそ、こんな時間にお1人で、何故こんなところに? 攻略ならパーティーで行うのが通常でしょう?」

 

 するとアスナさんは、僅かな沈黙の後、おずおずといった様子で口を開いた。

 

「……そのことなんですが……セイドさん、アロマさんを探しながらで構いませんので、その…………少し、手伝っていただけませんか?」

 

 ある意味で、私を敵視していることの多かったアスナさんからの、意外といえば意外な言葉に、私は当たって欲しくなかった予感が的中してしまったのだと確信した。

 

「……やはり、何かあったんですね? 私でお役に立てるのであれば、協力は惜しみませんよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は《朧月宮》で3回夜を明かした。

 初日が夜になってからの探索だったことを考えれば、丸2日以上を探索に費やしたことになる。

 

 想像通り、隠しエリアだったここには、私以外のプレイヤーが入った様子も無く、宝箱なども全て手付かずの状態のままだった。

 まあ、その分、宝箱のトラップ類も全て活きていて、これまで開けた宝箱のうち4割程がトラップ付きだった。

 3度ほど死ぬかと思うこともあったけど、何とか切り抜けられたのだから結果オーライだろう。

 

 しかし――

 

(…………流石に回復アイテムが尽きた……かぁ……)

 

 ――寝る前にも確認したけど、アイテムストレージには《回復結晶》もポーション類も無くなり、僅かに残っているのは、ポーチ内に《回復結晶》と《解毒結晶》が1つずつのみ。

 

 モンスターからのドロップ品にも時折《回復結晶》があったりしたけど、それらも使いながらここに籠っていた。

 食料になる安物の堅いパンすらも残り少ない。

 

(……仕方ないか。やっぱり、1度街に戻って補充しないと)

 

 これ以上ここに居続けることは不可能だと判断したのは、昨夜、寝る直前のことだ。

 安全エリアで意気揚々と回復結晶をポーチに移そうとして、そこで初めて回復アイテムが底をついたことに気が付いた。

 本当ならすぐにでも《転移結晶》で街に戻ろうかとも思ったのだけど――

 

(……結晶で帰れないんだよね……このダンジョンへ戻ってくるためには……)

 

 ――(かぶり)を振って徒歩で出口へ向かい、出口に程近い位置にある安全エリアで夜を明かしたのが昨夜のこと。

 

 私がこの《朧月宮》に来れたのは、本当に偶然だ。

 そして、この《朧月宮》は隠しエリアであるためにフィールドマップには表示されない。

 フィールドマップには、この辺りは森としか表示されていないのだから。

 

 つまり、私が再びここにやってくるためには、ここへ来る時に通った獣道を歩いて抜けて、獣道の《入り口》をマーキングする必要がある。

 一応《朧月宮》自体の位置情報もマップにマーキングしてあるけど、隠しエリアは特定のルートを通らないと見つからない、なんていう事もあるらしいので、油断はできない。

 

 1番簡単なのは《回廊結晶》の出口に《朧月宮》を設定しておくことだけど、残念ながら私はそんな高価なアイテムを持っていないし、2日間の狩りでもドロップはしなかった。

 それに、ソロでの攻略なので思ったより進んでおらず、最奥部には到達していない。

 何が何でも、ここに戻ってきたいという欲求が強かったのもある。

 

 

 という事で。

 

 私は歩いて《朧月宮》を出て、更にそのまま《朧月宮》に通じているただ1つの獣道を通って森の中を歩いて行く。

 

 森の中で遭遇するモンスターは《ヘイズムーン》モンスターに比べれば雑魚としか言いようがないので、苦も無く撃退しながら只管(ひたすら)に獣道を歩いて行く。

 

 マップに森の終わりが見えた辺りで、獣道の出入口が街道に繋がっているのが分かった。

 

(やった! これで朧月宮に通えるようになる!)

 

 思わず駈け出して、一気に街道に飛び出した。

 

 獣道への出入口は生い茂った灌木によって塞がれていて、街道側からではその奥に道があるとは到底分からないようになっていた。

 それと、獣道が繋がっていた街道は、迷宮区へと至るための道だった。

 意外と近い位置に迷宮区があったので、ちょっと驚いた。

 

(そっか、迷宮区への道の途中にあったのか……ってことは、やっぱフィールドボス倒してないと行けなかったんだ)

 

 私は獣道の出入口をマップにマーキングして、そこでやっと一息ついた。

 

 これで安心して街に戻れる。

 とはいえ、ここまで来てわざわざ転移結晶を使うのも勿体ない。

 

(節約節約っと!)

 

 《ヘイズムーン》モンスターの落とした素材は売るわけではない。

 つまり、モンスターを倒した際に手に入る金額(コル)以外は儲けにならないのだから、回復アイテムなどの購入を考えれば、赤字になるかもしれない。

 無用な出費は慎むべし、である。

 

 私は迷宮区に背を向けて街道を歩きはじめ――

 

「……へっ?」

 

 ――たところで、唐突に、目の前にメッセージが浮き上がった。

 

 

 

【――から1VS1デュエルを申し込まれました】

 

 

 


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