ソードアート・オンライン ~逆位置の死神~   作:静波

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新年、明けまして、おめでとうございます!m(_ _)m

まずは恒例の、感謝を。

ZHE様、テンテン様、無零怒様、路地裏の作者様、ささみの天ぷら様、rekue様、ROGUE様、ルチル様、ALHA様、鏡秋雪様、Gooi様、平蜘蛛炎様、テンテン様(2回目)
皆様、多くの感想、本当にありがとうございます!!!! m(_ _)m

お気に入り登録数も860件を超えました!(>_<)ありがとうございます!


元旦に仕上げることができれば良かったのですが……(-_-;)
残念ながら、新年最初の投稿は2日と相成りました(>_<)

今回はあとがきにて、もう少し書かせていただければと思っております。
前書きが長くなりました。
では、第四章・第七幕、お楽しみいただければ幸いです m(_ _)m



第七幕・薄月

 

 

 その日、昼少し前にシンカーから俺にメッセが来た。

 

「ん。アロマが第1層にでも居たかね?」

 

 俺はルイの手伝いで、昼食をテーブルに並べている最中に、そのメッセージを受け取った。

 

「ん~? マーチん、メッセ~?」

「ああ、シンカーからだ」

 

 ルイが俺の動きからメッセを受け取ったことを察したようだ。

 シンカーは今現在、下層から中層にかけての治安維持が主活動になってしまっている(・・・・・・・・・)《アインクラッド解放軍》――通称《軍》のギルドマスターだ。

 二千人を超えるであろう数のプレイヤーが所属していると目されている《軍》は、すでに《ギルド》という枠組みでは括り切れない。

 当然、そんな人数を1人のマスターで仕切れるはずも無く、今の軍は何かと問題を抱え込んでいるようで、シンカーも色々と頭の痛い思いをしているらしい。

 そんなシンカーにも、俺は問答無用で人探しの協力要請をしたのだから、俺もかなりの鬼畜だろう。

 

「シンカーさん、元気そう~?」

「さて、どうかね……」

 

 ルイが最後の皿をテーブルに運びながらそう聞いてきたが、正直、シンカーは現在進行形で元気ではない気がする。

 とはいえ、そう答えるわけにもいかないので、俺は曖昧に返事をしつつ、メッセを開いて内容に目を通し――

 

「は?!」

 

 ――書かれていることの意味が即座には分からず、疑問を口にするのがやっとだった。

 

「む~? どしたの~、マーチん?」

 

 自分の席に座ったルイが、俺の上げた声に反応した。

 ルイに答えるとともに、俺自身が書かれていることを理解するために、書かれていた内容を簡単に、非常に簡単に口にした。

 

 

「……セイドが《牢獄結晶》を取りに来た、だと」

 

 

「ふへ? セイちゃんがどうかしたの~?」

 

 昼食のパンを手にしていたルイが、セイドの名前に反応する。

 

「シンカーのとこにあいつが行ったらしい……しかし、アロマを探しに行って、なんで軍に……しかも《牢獄結晶》だぁ? あんな使い勝手の悪ぃ結晶(もん)、なんに使う気だよ……」

「《牢獄結晶》ってな~に? 初めて聞いたよ~。そんなもの~」

 

 メッセージの内容を反芻し、セイドの行動を考えようとしているとルイが疑問を口にした。

 

「あぁ、普通は出回ってねーからな。《牢獄結晶》は対犯罪者(オレンジ)プレイヤー限定の《転移結晶》だと思えばいい。相手に密着させた状態で起動させ、相手が犯罪者なら牢獄に送れるって代物だ」

「ほへ~。結構便利なんじゃないの~?」

「ところがそうでもねえ。相手に密着させるってのは結構厄介だし、それに、結晶の効果発動まで30秒もかかる。結晶にしては効果の発動までが遅すぎる。相手を無力化してねえと使えねーよ」

 

 俺の説明に、ルイはとりあえず納得したようだ。

 だが俺は、セイドが《牢獄結晶》を欲した理由が分からない。

 あいつはアロマを探しに行っただけのはずだ。

 

「……なんか嫌な予感がすんな……ルイ、すぐに《はじまりの街》に行くぞ。セイドに何かあったと考えていいはずだ」

「ん。分かった。すぐ行けるよ」

 

 笑顔でそう答えたルイを見て、俺は一瞬呆然とした。

 俺が自分の考えに埋没している間に、ルイはテーブルの上に広げてあった昼食をストレージに収納し終えていた。

 どうやら俺の行動を先読みしていたようだ。

 

(……敵わんな……ったく……)

 

 ルイの俺に対する行動予測を驚くべきか、俺の行動の単純さを嘆くべきか。

 計り兼ねるころではあるが、そのことはさておき、俺とルイはすぐにホームを出て転移門へと急ぎ、そこから《はじまりの街》へと転移した。

 

「っと。ここに来るのも久しぶりだな」

 

 俺とルイは《はじまりの街》には基本的に近付かない。

 ここに来ると否応なく、あの最悪のチュートリアルを思い出してしまうからだ。

 横目でルイを見やるが、特に変わった様子は見られない。

 俺は1人、ルイがあの記憶を乗り越えたであろうことに安堵していた。

 

「うっし、とりあえずシンカーに詳しい話を聞きに行くぞ。黒鉄宮に――」

「マーチ! やはり来ましたか!」

 

 俺たちが転移門から黒鉄宮に向かおうと歩き出したところで、正面の通りから一組の男女に声をかけられた。

 シンカーと、その相方の女士官風のプレイヤーだ。

 

「よお、シンカー! と……えっと、ユリエール……だったっけ?」

「はい、お久しぶりです、マーチさん、ルイさん」

 

 正直、あまり会話をした記憶は無いのだが、ユリエールは、俺のぞんざいな口調に対しても丁寧に腰を折って挨拶をしてきた。

 こんな時、セイドなら同じように丁寧な返礼ができるのだろうが、生憎と、俺にはそんな器量は無い。

 

「お久しぶりです~。お2人とも~、お元気そうで何よりです~」

 

 そんな俺の代わりにルイが笑顔で丁寧に対応した。

 うん、流石俺の嫁。

 

「悪ぃな、シンカー。今お前んとこ行こうとしてたところだ。メッセ助かった」

「いや、すまないマーチ。君がダンジョンから街に戻るまでメッセージを送れなかったから、連絡が遅くなってしまって」

「お互いに事情があんだから気にすんなよ。んで、セイドに何があったってんだ?」

 

 俺はこの場で、シンカーに聞きたかったことを簡潔に尋ねた。

 シンカーもそのつもりでいたのか、1つ頷いて口を開いた。

 

「それが、僕にも詳しくは……ただ、セイドさんは《牢獄結晶》を2ダースよこせと、ただならぬ様子でギルド本部に来られて」

 

 シンカーは困惑した様子でセイドの様子を語ってくれた。

 

「彼は結晶を受け取った後、すぐ何処かへと転移してしまって。すみません。こちらでは、彼の足取りは追えていません」

 

 シンカーの言葉をユリエールが申し訳なさそうに引き継いだ。

 

「ああ、いいって、んなことは。あいつの足取りならこっちですぐに追える」

「マーチん。セイちゃん、40層のフィールドに出たみたい」

 

 ルイは2人の言葉を聞いた段階でフレリストを開いていた。

 いつもはおっとりしてるのに、こういう時のルイの行動の速さには舌を巻く。

 

「40層……中層か…………何でまた、んなところに……まあいい。とりあえずあいつの所に――」

「マーチ」

 

 取って返してセイドの所へ向かおうとした俺を、シンカーが呼び止めた。

 

「すぐに彼を追いたい気持ちは分かりますが、1度、黒鉄宮に行きましょう」

「お2人に確認して頂かなくてはならないことがあるのです」

 

 ルイと俺は、2人の台詞に首を傾げた。

 

「確認です? 黒鉄宮で?」

「あ? 何かあったのか?」

「おそらく、セイドさんが《牢獄結晶》を取りに来た理由が、そこにあるはずです」

 

 シンカーの言葉に、ユリエールが続く。

 

「セイドさんが黒鉄宮で泣いていた姿が目撃されているんです」

「え……そんな……」

 

 ルイも、嫌な考えが浮かんだのだろう。

 

「…………まさか」

 

 俺も同様に、嫌な予感がした。

 

 4人で急ぎ黒鉄宮に向かい《生命の碑》を確認する。

 

 そこには――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 軽装で、武器も持たずに中層のフィールドをうろつくだけで、犯罪者(オレンジ)プレイヤーが襲ってきた。

 3人1組の、おそらく犯罪者(オレンジ)ギルドなのだろう。

 

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 

 俺は相手のレベルなど気にもせず、速攻で2人を麻痺させ、残った1人を全力で殴りつけ、その男の首を左手で掴み、地面に叩き付けた。

 

「ぐべぇ!」

 

 そしてそのまま、右手に持った艶消しされた白い結晶――《牢獄結晶》を顔面に押し付け、起動させる。

 

「なっ! ちょっ――まっ――」

「黙れ」

 

 左手でさらに強く首を押さえつけると、それだけでその男の声は止まった。

 他の2人の犯罪者はレベル5の麻痺毒を付けたピックを打ち込んである。

 まだしばらくは地面に転がったまま身動きが取れないだろう。

 そうこうしているうちに30秒が経ち、地面に押さえつけていた犯罪者が牢獄へ送られる。

 

「な! 《牢獄結晶》だぁ?!」

「てめぇ! 《軍》の狗か!」

 

 喚き立てる犯罪者共の言葉は無視し、残る2人の男も同じように牢獄送りにする。

 

「弱い……こんな奴らじゃない……アロマを殺した奴は……もっと強いはずだ……」

 

 アロマの実力を知っている分、アロマの不意を衝いて睡眠PKや完全決着デュエルに持ち込めるような犯罪者(オレンジ)殺人者(レッド)が、こんなに弱いはずがない。

 

「……どこにいる……殺人者(レッド)共……!」

 

 俺は1人、フィールドのさらに先へと進む。

 この先には、殺人者ギルドの隠れ家があると予測されている。

 とはいえ、どの程度の実力を備えた殺人者ギルドの隠れ家なのかは分からないが。

 

「どうせなら……お前が出てこいよ……PoH(プー)……!」

 

 最凶にして最悪の殺人者(レッド)プレイヤーとしてその名を轟かせるPoH(プー)――そして《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》は、ある意味、もっとも分かり易い憎悪の対象だ。

 実際にアロマに手を下したのが奴らであるとは限らないが、その可能性が無いわけじゃない。

 

「アロマの無念は……こんな奴らじゃ晴らせねえ……もっと……強い奴らを叩きのめさねえと……!」

 

 俺は首を鳴らし、手首を回し、拳を閉じたり開いたりを繰り返しながら歩き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪ぃなキリト! お前の《追跡》に頼ることになっちまって!」

「気にするなマーチ! それより、本当なのか、その話は!」

「ああ、間違いねえよ! だから、あのバカ! この層で犯罪者(オレンジ)相手に暴走してるぜ、きっと!」

「いつも冷静なセイドさんらしくなさ過ぎて、信じがたいわね……」

 

 セイドを追いかけて40層のフィールドを走っているのは、俺とキリトとアスナの3人だ。

 

 キリトとアスナとは、俺がルイをホームに送り届けるために、ルイと一緒に《パナレーゼ》に転移したところで、転移門広場で偶然鉢合わせした。

 キリトは、セイドにアロマの捜索を頼まれていたらしく、ダメもとでギルドホームのある《パナレーゼ》を訪れたところだったらしい。

 アスナもまた、アロマの捜索に協力してくれていたらしいのだが、同じ案件でキリトも動いてることを知り、キリトと行動を共にしていたらしい。

 アスナ曰く『キリト君は女心が分からないから、アロマさんの行動を予測して探すのは無理よ』ということで、キリトに合流したらしい。

 

 そんな2人がパナレーゼに来てみたところで、俺とルイが転移門から現れたってところだったようだ。

 その2人に、俺が今の状況を伝えると、俺と一緒に行くと言い出した。

 俺としても、最悪の状況を想定すると断る理由はなく、『付いて来たいなら好きにすれば良い』とかカッコいいことを言っておきながら、現状では、キリトの《追跡》スキルに頼ってセイドを追っている。

 何ともカッコ悪いこと、この上ない。

 この場にルイがいなくて本当に良かった。

 

「ってか、アスナ、ギルドの方は良かったのか?!」

 

 俺は走りながら、そんなネガティブな思考を払拭するように、KoB副団長様にそれとなく聞いてみた。

 

 アスナと言えば、泣く子も黙る攻略組のターボエンジンだ。

 何においても攻略を優先するというアスナの姿勢が、今の最前線が60層であるということを後押ししたのは、攻略組及びそれに準ずるプレイヤー全員の共通認識だ。

 そんなアスナが、こんな真昼間に迷宮区以外に居るなんざ、普通なら考えられん。

 

「大丈夫、今日はオフだから。それよりキリト君、セイドさんの足跡は追えてるの?」

 

 アスナは俺の質問には答えつつも、そんなことはどうでもいいと言うかのように、キリトに話を振った。

 

「ああ、しっかり見えてる! この先に居るはずだ!」

 

 《索敵》の追加スキルである《追跡》だが、俺たちDoRのメンバーは誰一人これを習得していなかった。

 なかなか使う機会が無いからと、優先順位が低かったので切り捨てられたスキルの1つだ。

 まあ、その結果、キリトに頼らなければフレンド登録しているはずのセイドですら探せなくなっていたわけだが。

 

「……さって、あのバカが我を忘れて、俺らに殴り掛かって来なきゃいいけどな!」

 

 冗談めかして言いつつ、俺は内心で、あり得ないことではないと警戒を強めていた。

 生真面目なセイドだからこそ、キレた時は手のつけようがない。

 

「そんなことになったら、マーチさんには申し訳ないですが、全力で無力化させてもらいます」

「できれば友人に刃は向けたくないな……でも、アスナ1人に押し付けるのも忍びないし……」

「ハハ! いや、お前らに手間はかけさせねえよ。あいつは俺が斬って大人しくさせるさ!」

 

 そんなことを話しながら、キリトの案内に従ってしばらく走り続けると、前方に小さな洞窟が現れた。

 

「……あの中に、足跡が続いてる」

 

 キリトのその言葉とともに俺達3人は徐々に速度を緩め、誰からともなく足を止めた。

 

「何? あの洞窟」

 

 普段攻略にしか興味を向けないアスナは、当然のように洞窟に関しての情報を持っていなかった。

 

「何かのダンジョンか……マーチ、知ってるか?」

 

 色々な穴場を知っているはずのキリトですら、この洞窟のことは知らなかった。

 

「いや、知らねえな」

 

 そして俺も、こんな洞窟があることは初めて知った。

 

「だがまあ、セイドがあそこに入ったんだとすると――」

 

 と、俺が推測を述べる前に、洞窟の奥から4~5人のプレイヤーがまとまって出てきた。

 

『ぎゃぁぁぁぁあああ!!』

 

 というか、ぶっ飛ばされて放り出された、という感じだ。

 その全員がオレンジカラーだ。

 

「――やっぱ、犯罪者(オレンジ)ギルドの隠れ家だったか」

 

 思わず、こめかみを押さえていた。

 

「ってことは、やっぱり……アレをやったのは……」

「……マーチさんの推測通り、ってことですか……」

 

 キリトとアスナの言葉を裏付けるかのように、犯罪者(オレンジ)プレイヤー共が放り出された洞窟から、セイドがユラリと歩み出てきた。

 セイドの左手には、犯罪者プレイヤーが1人、首を握り締められながら引きずられている。

 

「間違いない……セイドだ……けど……セイドって、あんな顔ができたのか?」

 

 キリトは出てきたセイドの表情を見て、セイド本人なのかと疑うほどに、今のあいつの顔は憎悪に歪んでいた。

 

「誰だってできるだろ。マジでキレてりゃ。あいつの場合は普段大人しい分、そのギャップが目立つだけだ」

 

 俺達3人は、そんなセイドの様子を遠目に見ているだけだった。

 むしろ、傍観する以外に、セイドの放つ異質さで体が動かなかったというべきだろう。

 

 セイドは、何やら犯罪者プレイヤーの集団に語りかけていたようだが、その声は俺たちのところまでは届かなかった。

 セイドの声もだが、洞窟から放り出された犯罪者の集団の声も、セイドの左手に首を掴まれている犯罪者の声もここまで届かなかった。

 何やら言っているであろう様子は辛うじて見えるのだが、正確な音声としてはここまで届かない。

 するとセイドが左手に掴んだプレイヤーを目の前に吊し上げ、右手に持った何かを吊るしているプレイヤーの口に押し込んだ。

 光を反射しない白いそれは――

 

「――あれが《牢獄結晶》か……使われるところは、初めて見た」

 

 キリトが何とか声を絞り出したという様子で口を開いた。

 アスナに至っては、息を飲んで成り行きを見守るばかりだが、その右手は腰に吊るした細剣の柄を握り締めていた。

 もしセイドが、犯罪者プレイヤーを殺すような行為に走るのであれば、即座に飛び出すつもりなのだろう。

 

 セイドが右手に持った白い水晶――《牢獄結晶》は、30秒という長い作動待機時間を経て、1人の犯罪者プレイヤーを牢獄へと転送した。

 わざわざ口に結晶を押し込む必要はないはずだが、おそらく喚いていた男の声が耳障りになったのだろう。

 ああいう時のセイドは、情けも容赦も優しさの欠片もない。

 

 本気でキレたあいつを見た友人が、リアルであいつに付けたあだ名は、あいつのトラウマにもなっているほどだ。

 

「……あれ、本当にあのセイドさん……?」

 

 流石にセイドの様子に恐怖を覚えたのか、あのアスナですら小さく震えていた。

 

「まったく……やっぱ……あいつのキレ方は半端じゃねえな……」

 

 マジギレしてるセイドを見るのは、長い付き合いの中でも、これで2度目だ。

 そして、1度見ている俺でも、今のあいつは本気で怖い。

 

 あいつの逆鱗に触れるには、あいつの周囲にいる人間を傷付ければいい。

 それが、セイドを本気で怒らせる、唯一の事由だ。

 そして今、あいつはアロマが死んだという悲しみを、犯罪者プレイヤーがアロマを殺したという怒りにすり替えて、心を保とうとしているに違いない。

 

「とはいえ……犯罪者を殺したりしていないようで良かったよ……」

 

 キリトは無意識にだろうが、ため息を吐きつつ、背中にある片手剣の柄を握り締めていた手を放したが、その手はかすかに震えていた。

 

「……行こうぜ、2人とも。そろそろ牢獄送りも終わるし、あいつを止めにいかねーと」

 

 俺達が話をしている間に、セイドは他の犯罪者プレイヤーをすでに2人、牢獄送りにしていた。

 

 俺達3人は事ここに至って、ようやくセイドの所へ向けて歩みを再開させた。

 残りの犯罪者(オレンジ)はわずか2人だったが、やはり他の犯罪者(オレンジ)同様《麻痺》させられているようだった。

 

 だが。

 

「あ!」

 

 アスナが声を上げた。

 その2人はギリギリのタイミングで麻痺から回復できたらしく、即座に立ち上がってセイドに跳びかかっていく。

 その手にはそれぞれの得物である片手剣と短剣を構えていた。

 

 だが、セイドの《警報(アラート)》にはカウント機能もある。

 敵対対象の麻痺が切れるかどうかを、30秒程度の誤差で知ることができる。

 つまり、その2人が動き出すことを、セイドは予期していたはずだ。

 

「バカが。すぐに逃げりゃ、1人は逃げ切れたかもしれねえってのに」

 

 俺は、ついついそんなことを呟いていた。

 

 セイドは酷くつまらなそうな表情のまま2人の一撃を回避し、自身の回避の勢いと、短剣を持って前屈みの姿勢で突っ込んできた男の勢いを利用して、その短剣の男の後頭部に肘を落とした。

 後頭部を強打され、地面に叩き付けられる――前に、セイドは短剣の男の顔面を、更に膝で蹴り抜いた。

 

 まさに一瞬の出来事だ。

 回避行動からの肘打ちと膝蹴りのコンボ。

 現実世界でやれと言われても、できないであろうその早業は、まさに脱帽の一言だ。

 

 急所に設定されている頭部への連続的な打撃によって、短剣の男は《気絶》の阻害効果(デバフ)を喰らったようで、地面に倒れたままピクリとも動かなくなった。

 それを見た片手剣の男は、慌てて逃走しようとし――

 

「いや、もう遅い」

 

 ――それを見たキリトがそう口にした。

 

 セイドに背を向けて走り出そうとした片手剣の男に、セイドは跳び蹴りの《剣技(ソードスキル)》を叩き込み、その勢いを殺さぬまま男を背中から踏みつけて無力化した。

 

「しかし、恐ろしい体術使いだな……」

 

 セイドの動きを見て、キリトがそう漏らした。

 

「普通、どんなに慣れたプレイヤーでも、複数人を同時に相手して、無傷で全員を無力化するなんてことはできないはずだ……」

「さっきの不意打ちも、完全に見切ってたわ……攻略組にも、あんな動きができる人いないわよ……いたとしても、団長か……キリト君くらい?」

 

 キリトの言葉に、アスナが続いた。

 2人がセイドの本気の動きを見るのは、これが初めてなのだろう。

 

(まあ、《警報(アラート)》《舞踊(ダンス)》《体術》の3種併用だからこそって言えるのかもしれねえがな)

 

 俺は1人、心中でそう漏らしつつ、セイドが踏み潰している男に《牢獄結晶》を押し付けている様を眺めながら、いつの間にか止まってしまっていた歩みを、もう1度再開した。

 

 

 

 

 

 

 

「おい、セイド! 少し落ち着け!」

 

 俺たちがセイドに声をかけたのは、セイドが片手剣の男を牢獄に送った後、最後の短剣の男に《牢獄結晶》を押し付けているところでだった。

 

「……マーチか……少し待て。もう終わる」

 

 セイドは目だけで俺を見て、ボソボソとそう呟いた。

 そうして最後の犯罪者プレイヤーが牢獄に送られたところで、セイドはようやく動きを止めた。

 

 セイドは、パッと見ではダメージを負った形跡はないが、その表情からは完全に生気がこそげ落ちていて、不意に出会ったらセイドだと分からないのではないかと思えるほどの疲れ切った顔だった。

 

「ったく……無茶しやがって。お前ならソロでオレンジギルドの1つや2つ潰せるかもしれねえが、ここが《笑う棺桶(ラフコフ)》のアジトだったら、死んでたのはお前かも知れねえんだぞ」

 

 可能な限り平坦に言った俺の言葉に、しかしセイドは無表情に言葉を返してきた。

 

「……だからなんだ? アロマを殺したかもしれないやつら相手に、手を出すなと? 寝言は寝てから言え。マーチ」

 

 セイドの言葉を聞いて、俺の疑惑は確信へと変わった。

 

 俺もキリトもアスナも、思わずため息を吐いていた。

 俺に至っては眉間まで抑える始末だ。

 

「あのなぁ……お前、テンパりすぎ。マジでアロマが死んだと思ってやがんのか」

 

 俺の言葉を聞いても、セイドは僅かに目を細めただけで深く思案しようとはしなかった。

 

「《生命の碑》を確認した……アロマは完全決着デュエルなんて承認しない。あり得るのはPKだけだ」

 

 それを聞いて、俺はさらに頭痛を覚えた。

 しかし俺が口を挟む前にセイドが言葉を続ける。

 

「犯罪者が――いや、殺人者が関わってるはずだ。此処の連中はアロマの件とは無関係だったが、しらみつぶしに探せば、いつかアロマを手に掛けた奴に辿り着くはずだ。もしくは、向こうから俺に手を出してくる。それが《笑う棺桶》なら――」

 

 これ以上喋らせていても埒が明かないと踏んだ俺は、セイドの言葉を遮った。

 

「――ド阿呆! アロマのスペルが違っただろうが!」

 

 俺のこの言葉に、流石のセイドもようやく思考を切り替えたようだ。

 

「……スペル?」

 

 キリトとアスナが1歩前に出て、セイドに2枚のSS(スクリーンショット)を差し出した。

 そこには《生命の碑》に刻まれた、2人のアロマの名前(・・・・・・・・・)が写されている。

 

「良く見ろ! 死んでたアロマのスペルは《Aloma》だ! 俺らの知ってるアロマは《Aroma》だろうが! ったくよぉ……何度もパーティー組んでたのに、そんなことも見落とす程テンパってんじゃねーよ!」

 

 キリトとアスナからSSを受け取ったセイドは双方を交互に見比べて、キョトンとしている。

 

「……あれ?」

「そ・れ・に! Lの方のアロマも! 《生命の碑》に刻まれてる日時は1か月前だ! そこも見てなかっただろ! テンパって暴走して、何やってんだよテメーは」

 

 俺がこの件で1番頭を抱えたくなったことは、このバカ(セイド)が《生命の碑》に刻まれている日時の確認を行っていなかった、もしくは見ていたにも拘らず正確に認識できないほど混乱していた、という事実に思い至ったからだ。

 確かにこのバカは、アロマを探しに行ってからというもの一睡もしていなかった。

 その辺りに気を遣えなかった俺達にも責任の一端はあるのかもしれないが、それはこの際おいておくとする。

 

「……そ……それじゃあ……アロマさんは……」

 

 セイドの両手が、SSを掴んだまま震えていた。

 その手を、セイドの横に立ったキリトとアスナがそれぞれ掴んだ。

 

「生きてますよ。このSSにもある通り《生命の碑》で確認してありますから」

「ま、セイドの暴走を止めに来ちまったから、まだ見つかってないけどな」

「いきて……いる……」

 

 アスナとキリトの言葉を受けて、ようやく正気を取り戻したセイドは、突然膝から崩れ落ち、アスナとキリトが慌ててその身体を支えた。

 

「っておいセイド!?」「セイド!」「セイドさん!」

 

 2人がセイドを支えると同時に、俺もセイドに駆け寄った。

 

「生きてる……よかった……よ……かっ……た……」

 

 セイドはそう呟きながら、意識を失った。

 

 

 




……はい! 実は、こんな展開でした!(>_<)


今回、かなり焦ってこの話を仕上げました(・_・;)
正直、前回の反応が多すぎて焦りましたよ(;一_一)
ですが、そのおかげで、皆様が新年からDoRのメンバーの動向を気にして下さっておられると、1人で狂喜乱舞していたわけですが……w


皆様からの感想を受けて、ルチル様やALHA様、特に最後のテンテン様の読みが鋭いことに焦りつつも、内心ではかなり喜んでいました。

実はアロマのスペルは、アロマ登場回である第一章・第二幕で出ているんですが、私の記憶が確かなら、その1回しか出していないんです……そのはずです……(;一_一)
なので、皆様を、良い意味で騙せたのなら大成功! という感じ仕掛けた話でした(>_<)
また、スペルに関しての指摘では、よく読み込んでくださっていると、感慨に浸っておりました(つ_T)
結果としては、上々だったのではないかと思うのですが、如何でしたでしょうか?(-_-;)

また、ヒロインの死、という展開を期待されていた方々には期待外れな展開になったかと思います。

そういったさまざまな視点からも、気が向かれましたらご意見ご感想をお寄せくだされば幸いです m(_ _)m
どこまで活かせるかは分かりませんが、今後の参考にさせていただければ、と思っております(>_<)

え~……感想が一気に来ましたので、喜びのあまり、あとがきを長々と書いてしまいました(-_-;)

何はともあれ。
新年最初の投稿となりました。
今年もDoRのメンバーともども、この作品を皆様に楽しんでいただけるように頑張る所存です!
今後もお読みいただければ幸いです m(_ _)m
                                  2013年 静波

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