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セイドがアロマを起こしに行ってすぐ、転げ落ちるかのような勢いでセイドが2階から戻ってきた。
「ど、どうし――」
「マーチ! ルイさん! アロマさんが!!」
あまりのセイドの勢いと表情に、どうしたのかと問いかけようとし、俺が言い終える前にセイドが困惑しきった様子で喚きだした。
「え?」
「あ?! なんだ?! おい、落ち着けよセイド!」
ルイに至っては唖然とするばかり。
俺も初めて見るセイドの慌て振りに、思わず席を立ってセイドの傍に駆け寄った。
「アロマさんが、あ、アロマさんがギルドから抜けて……!」
椅子の背もたれに片手をついて辛うじて立っているような状態のセイドが、噛みながら口にした台詞を聞いて、俺もルイもすぐにギルドメンバーのリストを開いた。
そこには確かに、アロマの名前だけが無くなっていた。
「な……いつの間に……!?」
瞬間、俺はセイドと作ったギルドに関する設定の1つを思い出した。
元々そんなにメンバーを増やすつもりもないまま作ったギルド設定には、脱退の際にギルドマスター又はサブマスターの許可を得ずに脱退することが可能という設定をしていた。
今の今まで、そんな設定があったことすら忘れていたほどに、今のメンバーが脱退するんていう状況を考えたことが無かった。
「ねえ! ちょっと2人とも! フレンド! フレンドリストどうなってる?!」
ルイはギルドメンバーのリストから、フレリストにメニュー画面を移行させていたようで、そこを見て更に焦っているようだった。
まさか、と思いつつ、俺もフレリストを呼び出し《イニシャル:A》のタブからアロマの名前を探すが――
「おいおい……ここまでするかよ……」
――フレリストにも、アロマの名前は無かった。
俺の隣でセイドもフレリストを確認したらしく、愕然とした様子で床にへたり込んでいた。
「ま、さか、ここまで……アロマ……さん……」
顔面蒼白を通り越して、真っ白になったセイドの背中に、俺は即座に蹴りを入れた。
「ダァホ! 呆けてる場合か! アロマの奴、本気で抜ける気だぞ!」
セイドは俺に蹴りを避けもせず、受け流しもせず、蹴られたまま頭を垂れている。
「サッサと立てよ! 立ってアロマを探しに行け!!」
「……しかし……アロマさんは……自分の意志で脱退を……」
この期に及んでも、セイドは阿呆なことを口にした。
俺は思わずセイドの胸倉を掴み、無理矢理引きずり上げた。
「テメェ、何のために夜にソロで行動したのか思い出せよ?! アロマのことを考えてだろうが!!」
「セイちゃん! ロマたんが本気で抜けたくて抜けたと思ってるの?!
俺だけでなくルイも、今のセイドには黙っていられなかったようだ。
しかし、セイドは未だに呆けたまま、これといった返事をしなかった。
俺はさらに胸倉を絞めて、セイドの真正面から怒鳴りつけた。
「しっかりしろぉ! アロマに誤解させて、出て行かせちまったんだ! とっとと見つけ出して! 誤解を解く、の一択だろう、がっ!!」
最後の『が』に合わせて、1発、セイドの鼻っ柱に頭突きを叩き込んだ。
セイドの呻き声が聞こえるが、そんなことは知ったこっちゃない。
「セイちゃん、ロマたんの事、そんな簡単に諦められるの? 違うよね? ロマたんは、私たちの大切な、かけがえのない仲間なんだよね?」
「なか、ま……」
「テメェがアロマのことをどう思ってんのか、行動で示して見せろ! セイドォォッ!!」
俺とルイの渾身の叱咤で、セイドの瞳に気力が戻ってきた。
「アロマ……さん……っ!」
セイドが自分の足で床を踏みしめたところで、俺はセイドの胸倉を放した。
一応は持ち直しただろう。
「……マーチ、ルイさん、ありがとうございます。とりあえず……」
とは言ったものの、セイドはまだ目が泳いでいる。
言葉も出てこず、思考に行動が追い付いていない。
「ほれ! ストレージにお前の分の飯ツッコんで、サッサと探しに行って来い!」
仕方がないので、さらに背中を引っ叩いてやると、セイドはヨロヨロと動き出した。
「私も心当たりを探してみる。セイちゃんも、絶対諦めちゃダメだよ」
ルイの言葉に、セイドは無言で大きく頷き、食料を詰め込んで、フラフラとホームを出て行った。
しかし――
「とはいえ……ちと厄介だな……」
――フレでもなく、ギルメンでもない1人のプレイヤーを探すのには、この城は広すぎる。
1層から60層まで含めて、街もダンジョンもかなりの数と広さになる。
《索敵》の派生スキルである《追跡》スキルも、ギルメンやフレ、パーティーメンバー以外には使えない。
今現在、アロマの居場所を知る術は皆無だ。
「マーチん、何とかならない?」
ルイも、特定個人を探す難しさが分かったのだろう。
不安気に俺を見つめてくるが、こればかりは大丈夫だとは言い切れない。
「知ってる情報屋全員に話を流してみるが……正直、今は時期が
今現在、情報屋プレイヤーが血眼になって探してるのは《笑う棺桶》のアジトだ。
それだけでもかなりの苦労を背負わせているというのに、そこへ更に《尋ね人》を頼むのは心苦しいし、何より、尋ね人が優先されない分、見つからない可能性も高い。
「だがまぁ、流さねえよりマシ、か。俺はフレ全員にメッセしとく。ルイは先に探しに行ってくれ。セイドの行かねえ場所で、アロマの行きそうな街とか店を中心に頼む」
「ん、分かった」
俺の言葉にルイは頷いて、早速準備をしようと部屋へと駆け出し――
「――ルイ」
――そのルイの背を見て、俺は思わず呼び止めた。
こんな時にまで行動を共にするということはしないが、やはり不安はよぎる。
「1人で、圏外にだけは出るなよ?」
「~っんもう! マーチんは心配性だな~。大丈夫、1人じゃ出ないから~」
ルイは、いつもの柔らかな口調と表情で、そう答えた。
あたしがそのメッセージを受け取ったのはお店の開店時間より少し前だった。
(ん? マーチさんから?)
あたしは毎朝6時から9時頃まで《ウィシル巡礼》のクエストを行っていて、そのクエストの進行中はNPCの話を聞く以外の行動が殆ど取れない。
そのことを知っているDoRの皆さんは、クエストが終了する9時頃まで、基本的にはあたしにメッセージを送ったりしてこない。
その上で、開店時間の9時より前にメッセージが届くということは、何か緊急事態が起こったのだろうか。
あたしは急いでマーチさんのメッセージを確認し、その内容に呆然としてしまった。
【アロマがギルドを脱退、フレ登録も解消して姿を消しやがった。こっちで
メッセージはとても信じられない内容だった。
(アロマさんが……脱退? フレンド登録も消してしまった?)
あたしもすぐにメンバーリストを確認して――信じたくは無かったけれど――その事実を受け入れざるを得なかった。
メッセージには更に――
【
――と書かれていた。
あたしは了承の意を返信して、いつも通りお店を開けた。
とはいえ、アロマさんのことがかなりショックで、午前中に何を作っていたのか、あまり覚えていない。
心ここにあらずの状態で良い物が作れるはずがないので《錬金》スキルで、効果にあまり差が出ないポーションなどの薬品を作っていた気がする。
作っている間も、頭の中はアロマさんのことで溢れ返っていた。
(何があったんだろう。どうしてそんなことになったんだろう)
そんな事ばかりを考えていて時間が過ぎていき、気が付くと、とうに昼を過ぎていた。
時間は14時少し前――客足が遠のく時間帯だった。
(あ、マーチさんにメッセージ送らないと)
あたしは気を取り直して、マーチさんに手が空いたと連絡すると、すぐに返信が来た。
皆さんは既にホームに集まっているらしく、あたしにもホームに来れるかとのことだった。
すぐに向かいます、とメッセージを送って、あたしは走ってホームへと戻った。
「おかえり~、ログっち~」
出迎えてくれたのは、いつもと変わらぬルイさんの柔らかい声と笑顔だった。
【ただいまです。遅くなってすみません】
ギルドホームに入って、テキストで皆さんに話しかけた。
ホーム内なら、テキストで話しても外に会話が漏れる心配はない。
「おつかれさん。悪ぃな、急にこんな話になっちまって」
マーチさんがあたしに視線だけ向けてそう言った。
マーチさん、ルイさん、セイドさんは既に食事も済ませているようで、テーブルの上にはコーヒーカップしか置いてなかった。
【いえ】
「早速で
あたしが席に着く前に、マーチさんは話を始めた。
(あ……うぅ……何があったのかは、後で聞くしかないか……)
あたしが席に着くと、ルイさんがあたしの分の昼食を前に置いてくれた。
「(ごめんね~。ログっちには後で説明するから~。とりあえず、食べながら聞いてて~)」
あたしが何か言いたそうだったのを察してくれたらしく、ルイさんが耳元でそう囁いてくれた。
あたしは頷くだけで答え、マーチさんたちの話を聞きながら食事をした。
聞いていて分かったことは――
マーチさんが伝手を使って、可能な限りアロマさんの捜索を頼んだという事。
セイドさんがアロマさんとの思い出のあるダンジョンなどを探したけれど、見つからなかったという事。
ルイさんは、アロマさんと行ったことのあるお店などを回ったけれど、やはり見つからなかったという事。
――つまり、アロマさんの行方は一切掴めていない、という事だった。
(ある意味……アロマさんも凄いなぁ……マーチさんの情報網に引っかかってないとか……アルゴさんとかもいるのに)
待機組・攻略組を問わず、膨大なフレンド数を誇るマーチさんの情報網は、時に驚異的な力を発揮する。
トップの情報屋であるアルゴさんも含め、ほとんどの情報屋の人と親交のあるマーチさんなら、知らせようと思って広められない情報は無いし、知ろうと思って知れないことは無いのではないかとすら思える。
「まあ、そう簡単に見つかるとは思っちゃいねえから、現状はこんなもんだろ。情報屋連中にも捜索を頼んであるし……まあ、金はかかるが……確実な情報だけが来るって考えりゃ、損はねえ」
普段ではあまり見ることのないマーチさんの指揮姿に、やはりサブマスターを務めるだけの裏打ちがあるのだと、改めて実感した。
それとは裏腹に、珍しくセイドさんが静かだった。
報告以外では口を開いていない。
いつもなら、色々と指示を飛ばすのはセイドさんの役回りだというのに。
「……はぁ……セイド。お前はもういいから、行け」
マーチさんは、セイドさんの様子を見てため息交じりにそう言った。
するとセイドさんは、小さく頷いただけですぐにホームを飛び出していった。
普段のセイドさんからは想像もできないその様子に、あたしは食後の紅茶を手にしたまま、飛び出していったセイドさんの後姿を呆然と眺めることしかできなかった。
「……セイちゃん、かな~り、テンパってるね~……」
「ったく……あんのバカが……」
セイドさんの様子を見て、マーチさんとルイさんも呆れているようだった。
とはいえ、アロマさんが居なくなったことを考えれば、セイドさんの様子も無理からぬことなのかもしれない。
「んじゃ、俺もちと出てくる。ルイも予定通り頼む」
「は~い、行ってらっしゃ~い」
あたしが紅茶を口に運んでいると、マーチさんもそう言い残してホームを出て行った。
普段なら、ルイさんとマーチさんは一緒に行動しているので、ルイさんだけホームに残っているのは珍しかった。
「ごめんね~ログっち~。ドタバタしてて~」
マーチさんを見送ったルイさんは、2人とは対照的に落ち着いた様子で、いつも通りの柔らかい笑顔のまま、あたしの対面の席に腰を下ろした。
【いえ、こちらこそ、こんなことになっているのに、何もできなくてごめんなさい】
「そんなことないよ~。ログっちにはログっちにしかできないことがあるんだから~。気にしないで~」
あたしのテキストを見て、ルイさんは変わらず笑顔で答えてくれた。
そうして一息ついたところで、あたしは気になっていたことをルイさんに聞くことにした。
【あの、それで、なんでこんなことになっているんですか?】
あたしの質問に答えてくれたルイさんの話は、とても分かり易かった。
セイドさんがアロマさんに秘密にして《ある事》をしようとしていた事。
そのことを、事前にマーチさんとルイさんには相談していて、ルイさんたちは納得していた事。
しかし、セイドさんの説明に納得できなかったアロマさんが、セイドさんとデュエルをして負けてしまった事。
そうしてセイドさんは1人で出かけてしまったという事。
ルイさんも、デュエルに立ち会ったマーチさんから話を聞いただけで、実際にどのようなやり取りがあったのかは知らないらしい。
けれど、その話を聞いただけで、あたしもセイドさんの行動に疑問を感じた。
(なんで……なんでアロマさんに正直に教えてあげなかったんだろう……?)
「セイちゃんの気持ちも分かるし、ロマたんの気持ちも分かるんだよね~。難しい所だけどさ~」
ルイさんは苦笑いを浮かべながらそう言い、静かに立ち上がった。
「さってと~。それじゃ~3時になるし~、私もあちこち探してみるよ~。ログっちは~お店に戻って、もしもロマたんが来たら、すぐ知らせて~」
【あ、はい、分かりました。行ってらっしゃい】
あたしも慌てて席を立ち、ルイさんと一緒に外に出て、転移門のところで別れた。
そうして1人でお店に戻る道すがら、ふと、首を傾げた。
(あれ……でも、そんな事だけでアロマさんがギルドを脱退したりするかな?)
さっきまでは状況の把握とか、事情の説明を聞くばかりで疑問に思えなかったけれど、そもそも、アロマさんとセイドさんが喧嘩したり衝突したりすることは時々あった。
その度に、今回のような騒動になっていたらたまったものではない。
けど、こんな騒動はこれが初めてだ。
(もしかして……他にも何かあった?)
そんな気がしてならないけれど、その事情を知っていそうなセイドさんは冷静さを欠いているみたいなので、知りようがない。
(……アロマさん……無事だといいな……)
アロマさんのことだから、大丈夫だろうとは思うのだけど、何か無茶なことをしていそうで、あたしも落ち着けなかった。
ウンウンと唸りながら店に戻ると――
『お客様から、お荷物とメッセージをお預かりしております』
――と、店番をしてくれていたNPCから報告があった。
あたしは疑問をとりあえず脇に追いやり、お客様からの荷物とメッセージを確認しようとして――
(えっ?! これって!?)
――届いていたそれは、アロマさんからのものだった。
(人通りが少ないとはいえ、敏捷値と筋力値を全開にして走るのは迷惑行為だろうか)
そんなことを思いながらも、私は走る速度を緩めずにウィシルの転移門からログさんの店へと全力で駆け込んだ。
私はギルドホームを出てすぐに、アロマさんを探すために27層の《竜骨の墓地》に向かっていた。
その時、ログさんから【アロマさんからのメッセージがお店に残されていました。すぐに来て下さい】と、連絡を受けたのだ。
その連絡を受けたところで、私はすぐに転移結晶を使いウィシルへと飛んだ。
(良かった……なんにせよ、無事で良かった!)
アロマさんの無事が確認できただけでも、私は一瞬だが安堵することができた。
ログさんの店の扉を蹴破るような勢いで開けて店内へと転げ込むと、そこにはすでにマーチとルイさんが到着していた。
その2人とカウンターを挟むようにしてログさんが立っていたのだが。
「おう、セイド。お前が来るまで待ってたんだ、こっち来い」
弾む息を整え、ログさんに視線を向けて――驚いた。
普段の彼女は、口下手だが優しさと可愛さを併せ持ち、芯の通った強さを内に秘める美少女だ。
しかし今、私の目の前にいるログさんは、唇を固く引き結び、その目に怒りを湛えて私を睨みつけている。
いつもは目深に被っているフードも、今は被っていない。
本当に、そこにいる少女がログさんなのか、と疑いたくなるほど表情が違うものだった。
「えっと……?」
事態が呑み込めぬまま、とりあえずカウンターの前まで来たところで、ログさんが無言で1つの結晶を私に付き付けた。
ログさんが手にしていたのは《録音結晶》だった。
おそらくこれがアロマさんからのメッセージなのだろう。
「これを聞け、ということですね?」
テキストを打つことも無く黙ったままのログさんにそう尋ねると、ログさんは深く頷いた。
私は結晶を受け取り、それをカウンターの上で再生した。
『ログたん、突然ゴメンね。多分、もう気付いてると思うけど、私、ギルドから抜けたんだ。それで、ログたんにお願いしてたセイド用の装備だけど、渡す前にこんなことになっちゃったから、ログたんに返そうと思って。このメッセージと一緒に置いて行きます』
静かに、落ち着いたアロマさんの声が空間に響いた。
大きく心臓が鳴り、思わず息をのむ。
『本当なら、一式揃えてセイドにプレゼントしたかったけど……無理っぽい……』
装備を制作するために、幾度となくソロ狩りを行っていたのかと気づく。
我ながら、遅い気づきだとも思った。
少しの間を置いて続いた、アロマさんの言葉は。
『セイドに邪魔だって言われちゃった。私、あの場所には、もう居られない……』
すぐにでも消えてしまいそうな声だった。
邪魔、の一言。
アロマさんに、危ない目に遭って欲しくない故に言った一言。
それが、ここまで彼女を追い詰める言葉だったとは。
ゆっくりと深呼吸をする音が入った。
アロマさんの代わりに、という訳ではないが、ログさんの瞳から涙がこぼれた。
『まあ……私が居なくても、セイドたちなら全然問題なく生きていけるだろうし……なんか……DoRに居る必要はなさそう……ゴメンね。装備用に集めてた素材とかも一緒に置いとくから、何かに役立てて。また素材が手に入ったら……NPCに預けに行く』
ログさんに会いたいだろうに。
会わずに済ますと言ったアロマさんの気持ちは、いかばかりのものなのだろう。
『これでもう、セイドのお荷物にならないしね! なんかさ、今まで行けなかった所にも行けそうだよ。そしたら、珍しい物とかも手に入れて、ログたんのお店に届けに行く。 ――それじゃ、またね』
《また》という言葉を聞いて、少し安堵した自分がいた。
『ログたん、大好き』
囁く様な一言で、アロマさんからのメッセージは終了した。
誰も動かず、息を押し殺したまま、皆が《録音結晶》の光が消えていくのを眺めるばかりだった。
そんな店内の静寂を破ったのは、ログさんだった。
「なんで……」
少し俯き、私を直視はせず、小さい声ではあったが、しかしハッキリと、ログさんは言葉を発していた。
「何で! 邪魔だなんて言ったんですか!」
私は、あのログさんがこんなにまでハッキリと喋っていることに驚き、何も言葉が出なかった。
「これ! アロマさんがセイドさんのためにって! もの凄く苦労して、たくさん時間をかけて! やっと胴だけ完成したのに!」
ログさんは、カウンターの上にあった道着を私に付き付けて見せた。
深い紺色の素地に淡い白が霞んで混ぜられた、趣深い一品だった。
生地には点々と涙の跡がついている。
ログさんが、嗚咽をこらえながら言葉を続けた。
「ぅぐ……! アロマさんが! どんな想いでっ! これだって! 一式揃えてセイドさんが装備するところが楽しみだって! なのに! うぅぅぅ! 頑張ってたのに……やっと1つ出来たって……喜んだばっかりなのに……うっ……ぅえぇぇぇぇん……ぐずっ……ふぇぇっ……!」
そこまで言ったところでログさんは泣き出してしまって、もう言葉にはならなかった。
大泣きをしているログさんと、アロマさんの表情が一瞬重なって見えた。
思わず涙を拭うために右手を挙げたが、その手を伸ばす前にアロマさんの表情は消えてしまい、挙げた手は、力なく垂れ下がってしまった。
《役に立たない》なんてことは、微塵も思ったことはない。
邪魔だと言ったことも、彼女を危ない目に遭わせたくないから故の一言だった。
……それもすべて、今となっては言い訳としかならない。
……それでは、私のすべきことは、もう何も無いのではないだろうか……。
自分の思考が、少しずつ、冷えて固まっていくのが、分かった。
「ん、ログっち、大丈夫だから。よしよし……」
ルイさんは、泣き出してしまったログさんを抱きしめて、優しく撫でながら、その視線を私に向けた。
「セイちゃん」
鋭く、それでいて空気を広く震わせる音が響いた。
「いつまで呆けてるの? ログっちにここまで言わせておいて、何で突っ立ってるの?」
ルイさんの平手打ちと言葉が、私の固まった意識を揺らした。
「セイちゃん。いつものセイちゃんなら、さっきのロマたんのメッセージから、ロマたんが行きそうなところを推測できるでしょ」
ノロノロとルイさんの方を向くと、その力強い視線とぶつかった。
視線に引っ張られるようにして、意識が現実に引き戻された。
「探しに行って。ロマたんが待ってる」
はっきりと。
ルイさんはそれだけ言うと、未だに泣きじゃくっているログさんと一緒に店の奥へと引っ込んだ。
「……くぅぅう! さすが俺の嫁! 良いね! 痺れるぜ! あの、ここぞという時の表情と言葉と行動が! あれが見れて、聞けただけでも、ここに居た甲斐があったと思えるぜ!」
明らかに場違いな感想を口にしているマーチだが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。
(……行けなかった所にも行ける……直前まで私がフィールドボス攻略に行っていた……迷宮区は解放されている……)
私はアロマさんに『ソロでは、絶対に未踏破の迷宮区に入るな』と、かなりしつこく釘を刺していた。
アロマさんのスキル構成だと罠の類を解除できないからだ。
「――行きたかったけど行けなかった……最前線の迷宮区か?」
推論であり、予測であり、確証などというものは無い。
それでも、無暗に探すよりは圧倒的に可能性が高いのではないだろうか。
「ふむ……なるほどなぁ……可能性としちゃあり得るんじゃねえか?」
私の言葉を聞いていたらしいマーチが、腕を組み、にやりと笑いながらそんなことを口にした。
「マーチ、とりあえず――」
「――とりあえずお前は迷宮区に行ってこい。こっちはこっちで、迷宮区以外にアロマが居る場合を考慮して網を張っとく。そっちは任せたぞ?」
それだけ言うと、マーチは背中越しに手をヒラヒラと振りながら店の奥に入っていく。
「すまん!」
そんなマーチの背に、それだけ声を掛け、私は最前線――60層の迷宮区へと足を向けた。