《はじまりの街》を出た私達3人は、マーチの案内に従って道を進んでいった。
安全を第一に考えるマーチの案内のおかげで、ほとんど戦闘をすることなく、ほどなく隣の村《ホルンカ》に到着した。
そこには、ある意味、想像通りの光景があった。
「やはり、人が来てましたね」
すでに、村には何人ものプレイヤーがやってきていた。
「ったりめーだ。β組ならほぼ同じことを考えるだろうさ。とりあえず、そう広くない村だ。部屋を確保しちまおうぜ」
「……空いてると思いますか?」
「空いてるさ。β組が全員来てるわけじゃねえし。それに、俺らはパーティーだしな」
マーチはルイさんの手を取り、宿屋へと向かう。
ルイさんは、ここまでの道中、ほぼ喋らなかった。
途中でモンスターに出会った時に、小さく悲鳴を上げた程度だ。
マーチの案内に従い宿屋に着くと、すでに8割程、部屋は埋まっていたが、私たちはギリギリ部屋の確保に間に合った。
私たちの後に来た数人のβ経験者が部屋を取ったところで、満室となってしまった位だ。
「いやぁ……ギリだったな……予想より埋まってて焦ったわ」
流石に1人1部屋は取れなかったが、3人部屋を確保できたのは幸いだった。
β組はソロ行動をするプレイヤーが多いようで、そうなると当然、3人部屋のような大部屋は最後まで残る可能性が高かっただろう。
「マーチの予想通りだったじゃないですか。β経験者は、ソロだから大部屋は空いていると読んだのでしょう?」
「まあな。経験値効率で考えりゃ、結局のところ、ソロが1番良いんだよ。俺らβならな」
事前情報と経験から、安全に強めのモンスターを狩れるのは、β組の特権ともいえるだろう。羨ましい限りだ。
「っし! なんにせよ、拠点は確保できた! セイド、俺はルイの傍から離れねえ。お前は無茶はしねえと思ってるが、ここらのモンスターは《はじまりの街》周辺に比べりゃ圧倒的に強い。最初は効率が悪いかもしれねえが、しばらく俺と一緒にいろ、いいな?」
「分かってますよ。ここに来るまでに何度か見かけたモンスターは、全てカーソルが濃かったですからね。ソロでやるなんて無茶はしません。流石に死にたくありませんから」
モンスターのカラーカーソルは、簡単に言えば強さの表示だ。
同じレベルの敵、つまり適正レベルの敵なら純色の赤だが、そこから自分のレベルと比較してモンスターの方が強い場合、色が濃くなっていく。
逆に弱い敵は薄くなり、最終的に白に近いピンク色が最弱の敵のカラー表示となるらしい。
「懸命だ。情報と一緒にレクチャーもしてやる。ちと待ってろ」
「先に村の商店などで、防具を揃えてます。後で合流しましょう」
「おう、無理に高い防具は止めとけ。買い替えができる防具で抑えとけ」
「分かりました」
「それと、武器も買わなくていい。俺とルイは初期武器の方が都合がいい。セイドは……素手だから問題ないか」
「将来的にも《体術》を目指す身としては、武器は必要ありませんからね」
そんな会話をし、私とマーチは部屋の前で別れた。
ルイさんが部屋で休んでいるので、マーチはそれに付き添い、しばらくしたら外に出てくることになった。
私はとりあえず、武器屋に向かった。
《ホルンカ》のマップは、宿屋に来てすぐにマーチと一緒に入手したし、そもそも武器屋も狭い広場に面しているので迷うこともない。
何気なく、村を見まわしながら武器屋を目指していると、ある男性プレイヤーが目についた。
(……あのプレイヤー……他のプレイヤーと、武器が違う)
その男性は、片手直剣を装備しているのだが、はじまりの街で売られていた物ではない。
刀身そのものは鞘に納まっているので分からないが、柄と鍔が明らかに他のプレイヤーたちが装備している片手剣と違った。
彼も、ここに居るということはβ経験者なのだろう。
しかし、そんな彼は、同じβ経験者達の中に居ても、他人を警戒し、身を隠すようにして道の隅を歩いていた。
行く先は、おそらく私と同じ。
武器屋だろう。
(防具がボロボロになっている……今まで狩りを続けていたのか……?)
時刻は朝、そろそろ8時になろうとしている頃だ。
昨夜から狩り続けていたのだとすれば、レベルはすでに5になっているのではないだろうか。
黙々と考えながら歩みを進めていると、自然と彼の隣に並ぶような形になった。
(……凄い人もいるな……)
デスゲームと化したこの世界で、危険を冒してまで一気にレベルを上げるという強攻策がとれるとは。
β経験者だとしても、そこまでできるプレイヤーは少ないだろう。
よくよく見るとHPが減ったままになっている。
回復アイテムが尽きて、戻って来ざるを得なかった、といったところだろうか。
もしくは単純に、疲労で集中力が尽きたか。
「おはようございます」
私は、通りすがりの挨拶のつもりで、彼に声を掛けてみた。
すると彼は、簡単に会釈だけして少し歩みを速めた。
(むむ、避けられてしまいましたか)
何とは無しに後をついて行く形になってしまったが、武器屋が近づいたところで、彼は不意に足を止めた。
そのことを不思議には思いつつも、彼の横を通り武器屋へと足を進めると、彼が止まった理由が何となく分かった。
武器屋の前で、3人のプレイヤーが何やら雑談をしながらたむろしていた。
思わず彼の方へ振り向くと、彼はゆっくりと武器屋に背を向けるところだった。
「あ、ちょっと!」
私は彼に声を掛けて、小走りに彼に近寄った。
彼は訝しげな表情で私を見た。
「武器屋に用があるのでしょう?」
「……そうだけど……何か?」
彼は明らかに他人を避けている。
人を避けるような出来事が、何かあったのかもしれないが、今はそこに踏み込むことはしない。
「良ければ、私が代わりに買ってきましょうか? あまり人と関わりたくないというのは、なんとなく分かりましたが、どうですか?」
私の提案に、しかし彼は眉根を寄せて考えているようだった。
「ああ、持ち逃げの危険などは考えなくていいですよ。欲しいものを言っていただければ買ってきますので、アイテムと交換でコルを払っていただければ良いですから。アイテムの金額はお分かりなのでしょう?」
そこまで提案すると、彼は少し肩の力を抜いた。
「……じゃあ、お願いしようかな。ハーフレザーコートを1つ。値がそこそこするけど、大丈夫かな?」
「分かりました、では、少しお待ち下さい。行ってきます」
そう彼に告げ、私はすぐに武器屋に向かう。
武器屋の前でたむろしていた3人は、β時の情報や知識と正式サービスでの差異をすり合わせているようだった。
とりあえず、彼らのことは、そのままスルーする。
武器屋に入り、ハーフレザーコートを1つ購入。その後自分の防具として布防具系の武道着を1つ購入した。
マーチとルイさんにも何か買おうかと思っていたが、ハーフレザーコートは思っていたより高く、所持金が少々足りなくなっていた。
(まあ、後で買えばいいですし。今は彼にこれを渡してきましょう)
武器屋を出ると、まだ3人が話し込んでいた。
「だぁから! 今の段階で、俺達から金を取ろうとするなよ、アルゴ!」
「な~に言ってんダ。オレっちのステータスを知りたいってんナラ、教えてやらないでもないって言ってんダ。少しくらい金とってモ、罰は当たらねーダロ」
「さすが、生粋の情報屋だ。βん時から《鼠のアルゴ》って呼ばれてるだけあるな」
「褒められてる気がしねーヨ。ま、否定もしねーけどサ、ニシシ」
今になって気が付いたが、アルゴと呼ばれた背の低いプレイヤーは、女性だ。
自称は俺と言っているが。
(βからの情報屋《鼠のアルゴ》さん……覚えておいて損もないかな)
そんな会話を聞きながら、私はちょっと入った裏道で待っていた彼の元に戻る。
「お待たせしました。ええっと……トレードは……あ、あった、これですね」
「? あんた、β上がりじゃないのか?」
「え、ああ。私は違いますよ。正式サービスからの参加組です」
私が遅々としてメニューを操作するのを見て、彼は、私がβ経験者ではないと悟ったようだ。
「……驚いたな。β上がり以外でこの村まで来てる人がいるなんて」
彼にハーフレザーコートを渡し、その代金を彼から受け取りながら、私は言葉を返す。
「私も、周りがβ経験者ばかりで驚きましたよ。あ、失礼。私は、セイドといいます」
「あ、俺はキリト」
会話の流れで私は自ら名乗り、右手を差し伸べる。
彼――キリトさんも同じように右手を出し、挨拶の握手を交わした。
「よろしくお願いします、キリトさん」
「こちらこそ……えっと……その、さん付けは無くていいよ。俺の方が年下だろうし」
「ああ、これは失礼。癖なのであまり気にしないで下さい。ところで、その剣、見ないものですね?」
私は会話を途切れさせないように、間を開けずに話題を振る。
「え、ああ。これは、この村で受けられる《森の秘薬》ってクエの報酬さ。《アニール・ブレード》って言って、片手直剣としては優秀だよ。見た目はイマイチだけど」
「なるほど。クエスト報酬でしたか。道理で見かけないわけだ。しかし、私には使い道はなさそうだ」
そう言って肩をすくめる私を、キリトさんはまじまじと見つめた。
「……そういえば、セイドは一体、何の武器を使うんだ?」
「私は《体術》を使いたいので、今は戦闘系スキルは見送りました。武器は私自身といったところですかね」
「う……《体術》か……メインで使っていくのは厳しいと思うけど……今ならまだ他の武器スキルにすることもできるんだし、考え直しても良いんじゃないか?」
「そうですね。しかし、私としては、この身1つで戦う方がしっくりくるので、《体術》を覚えて、いけるところまで行ってみます。難しいかもしれませんけどね」
「……そうか。変なこと言ってゴメン」
「いえ。お気遣いいただいて感謝します。ところで、キリトさん。何かあったんですか?」
キリトさん側からの話題が途切れ、私の方からの話題振りが無くなると、おそらくキリトさんはこの場を立ち去るだろう。
何かを抱えたままの彼を放置することも、もちろんできたのだろうが、何となくそうすることはできなかった。
「え? 何かって……何のこと?」
「先ほどから、人を避けておられるようなので、何かあったのかなと」
「あ、ああ……あまり……人に言うことじゃ……無いんだろうけど……」
キリトさんは、背の剣を握りながら暗い表情で訥々と話してくれた。
「さっき言ったクエで、必要なアイテムを落とすモンスターを狩っていた時に、別のプレイヤーが来てさ。しばらく一緒に狩っていたんだけど……」
キリトさんは、その先を話そうとはしなかった。
私は、キリトさんの人を避ける様子や、会話時の暗い表情から、1番あり得るのではないかと思えた予測と口にする。
「……その彼は、亡くなられたんですね?」
「――っ?!」
キリトさんの表情が、驚愕の表情に変化した。
どうやら予測は当たってしまったらしい。
「キリトさんは優しい方ですね。その方は……キリトさんをPKしようとしたのではありませんか?」
「――っな!?」
「……これも当たり……ですか……残念だ……何を馬鹿なことを、と一笑に付されればそれでも良かったのですが……」
「……セイドは、すごいな……どうしてそんなことまで分かったんだ?」
「分かったわけではありませんよ。ただ、キリトさんが人を避ける理由を考えていただけです。同じβ経験者にPKされそうになれば、疑心暗鬼に陥るのも無理はない。そうなれば、村の中であっても、人との関わりを避けようとするだろう、という予測をしただけですよ」
「……いや、参った。その通りだよ。正直、今は他人と関わるのが怖いんだ」
「では、私とも関わるのは怖いですか?」
「……いいや。そんなことないよ。なんでかな? セイドとは普通に接していられる」
「それは良かった」
多少強引にとはいえ、会話を繋げ、キリトさんの心に傷に踏み込んだ甲斐があったというものだ。
キリトさんにも微かながら笑顔が見えるようになっていた。
と、そこで私宛にメッセージが届いた。マーチからだ。
「っと。すみません、話し込んでしまいましたね。では、私はこれで。縁があれば、またどこかでお会いしましょう」
「あ……うん……じゃあ、また」
何となく、別れを惜しむような感じを受けた。
私は少し考え、キリトさんに背を向けて歩きながら、彼に1つのメッセージを送った。
フレンドではない彼に送れるメッセージは1つだけ。
フレンド登録申請のメッセージだ。
彼は、優しいのだ。
β経験者としてソロでこの村に来ている中でも、おそらく彼は、レベルが他のプレイヤーたちよりも頭1つ跳び抜けているだろう。
クエスト報酬の武器を手に入れ、防具がボロボロになるまで狩りを続けていたのだから。
(彼の力になれるとは思えませんが、何かの支えになれれば)
そんな想いで送った登録申請は、了承された。