ソードアート・オンライン ~逆位置の死神~   作:静波

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第二幕に続き、第三幕も投稿させていただきます m(_ _)m

お気に入り登録件数が、790件を超えていました……(・_・;)
あれ、更新してなかったのにものすごい増えた?!Σ(ー□ー;)

皆様にお読みいただけていることを喜びに、これからも努力していきたいと思います!m(_ _)m



第三幕・蝕

 

 

 本当なら、ルイルイ手作りの美味しい夕食を楽しんだ後のこの時間は、夜の狩りに向けてセイドと楽しく話をしているはずだった。

 なのに、現実は違った。

 

「……はい?」

 

 聞き違いであると思いたかった。

 だからもう1度聞きなおした。

 けど――

 

「……今日からしばらくは、一緒に行けません」

 

 ――セイドの言葉は、聞き違いなどではなく、私と一緒に夜の狩りに行けないというものだった。

 

 

 

 

 

「どうして!? 何で急にそんなこと言いだすの!?」

 

 食後、私はリビングに残っていたセイドと夜の狩りの話をしようとし、その直後、さっきと同じような台詞を言い渡され、私は一瞬で思考が停止した。

 呆然ともう1度聞き直し、そんなセイドの台詞に、気が付けばもの凄い勢いで噛み付いていた。

 

「私が何かした?! ねえ!!」

 

 思わずテーブルを叩いて立ち上がった私に、しかしセイドは――

 

「っ…………」

 

 ――何かを考えるような渋い表情を浮かべるだけで、答えてはくれなかった。

 

「なんだ、どうした?」

 

 私の悲鳴に近い怒鳴り声に、キッチン側でコーヒーを仕立てていたマーチが何事かと此方へやってきて、そんな言葉を挟んできた。

 ちなみに、ルイルイとログたんは一緒に入浴中なので、このリビングに居るのは、私達3人だけだ。

 

「マーチ! 聞いてよ! セイドが今夜から私をおいて、ソロで狩りに行くって!」

「……ああ、あの話か」

 

 セイドが答えないので、私はマーチにも話を振った。

 するとマーチは既に何かを聞いていたようで、すぐに何かに納得したようだ。

 

「っ?! マーチはもう知ってるんだ?!」

 

 つまりセイドは、マーチには今夜からソロで狩りをするための明確な理由を教えているということになる。

 

「ねえ、それって私が一緒でもいいんでしょ!?」

 

 だから、その理由そのものを聞くのではなく、一緒に行ってもいいのか否かを問い質す。

 

「どうかなぁ……」

 

 しかし、マーチもそのことに対して、ハッキリとは答えない。

 すると、意を決したかのように、セイドが私をまっすぐ見据えて口を開いた。

 

「――駄目です。一緒には行けません。私が単独で動く必要があるんです」

「っ!?」

 

 セイドの決意が現れるようなハッキリとした物言いに、私は一瞬たじろいだ。

 

「……だから! 理由を話して!」

 

 しかし、そう言うとセイドはまた押し黙ってしまう。

 

「ねえ、マーチ?! 何か理由があるんでしょ!?」

 

 セイドが黙ってしまうので、私は矛先をマーチへと向ける。

 

「あ~……そうだなぁ……」

「余計なことは言わないで下さいよ、マーチ」

 

 マーチが何か言うかもしれないと思えば、セイドが即座に口止めをした。

 何でそこまでして理由を隠したがるのか。

 

「ねえセイド! 言ってよ! 言ってくれないなら、どんなことをしてでもついて行くからね!」

「……だとよ、セイド。話すなら、お前から話すべきだぞ」

 

 私の必死の言葉に、マーチも助け舟を出してくれた。

 それを受けて、セイドは深々とため息を吐いた。

 

「……ちょっと、ソロで集中してやりたいことがあるんです」

 

 しかしそれでも、セイドは明確な内容を口にしようとはしなかった。

 

「だから! その『やりたいこと』ってのを話してってば!」

「話しても話さなくても、アロマさんは付いて来たがるじゃないですか……」

「納得すればついて行かない! ボス戦の時だってそうでしょ! 一応納得してるからついて行かないんだから!」

 

 知らず知らずのうちに涙目になりながらセイドに詰め寄るが、セイドはがんとして首を縦に振らない。

 セイドは困惑気味に視線を泳がせて、私と視線を合わせようとせず、あからさまにマーチに助けを求めている。

 再び黙り込んでしまったセイドを睨みながら、私は再度マーチに声をかけた。

 

「マーチはOK出したの!?」

 

 理由を問い質してもおそらく答えてはくれないだろう。

 だから、その理由を聞いたマーチが、今回のセイドの行動を了承したのかを問う。

 

「あ~……あぁ、OK出した。こいつ、言い出したら聞かないしな」

 

 半ば呆れ気味にそう答えたマーチを見て、ある種の諦めに似た了承だと感じた。

 セイドとの付き合いが長いマーチだからこそ、了承せざるを得ないといった感じだろう。

 だから、私にはそんな納得の仕方はできない。

 

「理由を話してくれないからよく分かんないけどさっ! ソロより、ペアとかパーティーの方が良いんじゃないの?!」

 

 どちらにともなく問いかけるけど、セイドは答えない。

 代わりに答えたのはマーチだった。

 

「そいつにゃ《警報(アラート)》があるからな。ソロでも危険なんてあって無いようなもんだ。それに実力も知ってるだろ?」

「万が一ってことがあるでしょ! 2人でいた方が、安全に回復だってできるし、交替で見張りだってできる! セイドのやりたいことの邪魔にはならない!」

「だから《警報》があんだから見張りはいらねえって。回復だって、体術メインだから回復結晶片手に動けるし――」

「マーチ!」

 

 マーチの台詞に、セイドが鋭く声をかけた。

 セイドに名前を呼ばれて、マーチも言葉を止めてしまう。

 でも、今の台詞だけで1つ分かったことがあった。

 

「……回復結晶を片手に、動くようなことをするんだ?」

「い、いや。例えば。例えばの話だ」

 

 マーチは自分の頬を指で掻きながら私から視線を逸らした。

 

(……嘘だ。例え話なんかじゃない……)

 

 これまでの話から、セイドが理由を言わなかった理由、というのが分かった気がする。

 セイドは、何か危険を伴うことをしようとしているんだろう。

 

(何で……何で一緒に行かせてくれないの……)

 

 理由も話してもらえず、私に隠して何かをしようとしているセイドが、とても恨めしく感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は、アロマさんの正面に座ったまま、アロマさんを直視できずにいた。

 このままだと、アロマさんのペースにはまって、理由を話してしまいそうだった。

 

(……しかし、話すわけにはいかない……話せばおそらく、アロマさんは付いてくる)

 

 かなりすり減った決意を振り絞り、私は強引に話を切り上げることにした。

 

「さて! 話は終わりです」

 

 私がそう言って席を立ちあがると、アロマさんは驚いたように顔を上げた。

 アロマさんの目には涙が浮かんでいた。

 その顔が一瞬視界に入ってしまい、私はさらに決意を揺さぶられる。

 しかし、ここで折れるわけにはいかない。

 

「時間も惜しいので、私は行きます」

「まだ話は終わってない!」

 

 極力アロマさんを見ないように扉へ向けて歩こうとした私の前に、アロマさんが割り込んでくる。

 両の目に涙を湛え、私を睨みつけながら両手を広げて立ち塞がった。

 

(っぅ……泣きながら睨むのは、やめて欲しい……)

 

 自分の決心が揺らぐ瞬間が、もう何度となく私を襲っている。

 立ち塞がるアロマさんを前に、私は目を閉じて必死の思いで言葉を絞り出す。

 

「順調に進めば、数日で終わります。大人しく、待っていて下さい」

「いや!」

「食事抜き、といっても」

「そんな程度でついて行かないと思ってるの?!」

 

 ボス戦などの時は、この台詞で渋々納得してくれたのだが、今回は無駄なようだ。

 私は仕方なく、アロマさんの目を正面から見据えて、もっと直接的に言うことにした。

 

「アロマさんが居ては、邪魔になる、と言ってもですか」

「……っ!!」

 

 私のこの台詞を聞いて、アロマさんの瞳は大きく見開かれ、堰を切ったように涙が流れた。

 

 この言葉はかなり効いたらしい。

 すこし酷い言葉だったかもしれないが、それでもアロマさんを連れて行くわけにはいかない。

 私は自分のしたことに罪悪感を覚えながらも、アロマさんにさらに言葉を重ねた。

 

「今回のことに関しては、アロマさんが私の助けになることはありません。お願いですから、大人しく待っていて下さい」

 

 慰めるように頭を一撫でして行こうとしたのだが、伸ばした手がアロマさんの頭に届く前に打ち払われた。

 そして、アロマさんが涙を流しながら口を開いた。

 

「……デュエル……しろ」

 

 訥々と、アロマさんの掠れるような言葉が耳に届いた。

 

「今……なんと?」

「私が……本当に……セイドの邪魔に……なるのか……どうか……試してよ……」

 

 私は思わず顔を顰めていた。

 

「この件に関しては、助けは要らないと言っただけなのですが……」

 

 アロマさんは段々と俯いてしまっていて。

 

「……何であっても……セイドのしたいことの……手助けができないなんて……」

 

 最後の言葉は、小さくて聞き取れなかった。

 アロマさんの鼻をすする音と、気まずい沈黙と、マーチのため息だけがこの場に残った。

 

「……仕方ありません」

 

 私は、1つ諦めた。

 

「そのデュエル、受けましょう」

 

 私のその台詞に待ったをかけたのはマーチだった。

 

「おい、セイド」

 

 しかし、そんなマーチに、私は首を横に振って見せた。

 マーチの言いたい事も分かる。

 みっともなくても、正直に理由を話してしまえと、マーチなら言いたいのだろう。

 しかし、私はどうしても、話すわけにはいかない。

 アロマさんにだけは、話せない。

 

「マーチ、後を頼みます……正直、アロマさんを説得できる他の手段が思いつきません」

 

 かなり無茶なことをマーチに頼んでいるが、それでも他に頼める相手はこの場に居ない。

 

「……そうか……わーったよ……ったく……」

 

 マーチはため息交じりにそう答えてくれた。

 

「……手加減……しないからね……」

 

 それだけ言って、アロマさんは先に表に出ていく。

 まさかこんなことでアロマさんと本気でデュエルすることになるとは、予想だにしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「《初撃決着》で良いですね?」

 

 セイドの問いかけに、私は無言で頷いて応える。

 正直、今の状態で上手く喋れる自信は無い。

 

「お互いに、正々堂々、恨みっこ無しだ。いいな?」

 

 マーチは、私とセイドのデュエルの審判というか見届け人的な立場でこの場に居合わせることになった。

 

 前に、ルイルイとヴィシャスがデュエルした時と同じように、私とセイドはギルドホーム前のちょっとした庭で対峙した。

 

 セイドからデュエル申請が来て、私はすぐにそれを了承する。

 私とセイドの間でカウントダウンが始まる。

 

 私は背中の両手剣を抜き、腰だめに構えた。

 対するセイドは、いつも通り徒手空拳で、体を半身開いて構えた。

 

 セイドの強さはよく分かっている。

 おそらく普通にデュエルをしたら勝てないだろう。

 何せセイドには《警報(アラート)》があるのだから、《剣技(ソードスキル)》のようにシステムに定義された技は全て読まれると思った方が良い。

 

 自然、勝つためには《剣技》以外の、自分自身の技にかかってくる。

 

(やってやる……《警報》があるからって万能じゃないってことを……見せてやる)

 

 セイドのステ振り――ステータスの振り分け――は、筋力値と敏捷値を平均的に上げる均一強化型だ。

 セイドは私に筋力で劣るけど敏捷で勝る、初撃決着で考えればセイドに分のあるステータスということになる。

 但し、筋力値を利用した瞬発的な加速なら、敏捷値に頼らず爆発的な速度を出すことができる。

 私が速度でセイドに勝つには、そこを利用するしかない。

 

(――と、セイドなら考える。だから私は)

 

 カウントダウンが10を切った。

 すぐにゼロになるだろう。

 構えは変えず、私はさらに腰だめに深く剣を構える。

 

 それを見たセイドは、私の狙いを察したのか目を細めた。

 いつもなら先手必勝を謳い文句にする私だけど、今回は後の先――つまりカウンターを狙う。

 瞬間的な加速でしかセイドに勝てないのなら、その加速でセイドの後の先を取るべきだ。

 

 そして、カウントがゼロになった。

 

 セイドが音も無く滑るようにして距離を詰めてくる。

 ルイルイの得意とする《滑水(かっすい)》の技法だけど、セイドはそれを更に工夫して、足首だけで左右に動きを振った。

 細目(こまめ)に《滑水》の加速法を利用することで僅かに左右に滑りながら距離を詰め、しかし武器を持った状態では使うことが困難なため、体術使いのセイド専用の技術――《振水(しんすい)》と名付けられた、モンスターのAIすらこの方法で揺さぶりをかけて、攻撃を先出しさせるセイドの歩法だ。

 

 但し、分かることではあるが、この歩法は左右に体を揺らすだけ――というか《滑水》の歩法そのものが平面移動用の技だ。

 つまり――

 

(やると思ってた)

 

 私は腰だめに構えていた両手剣を体の捻りを加えて一気に横に薙ぐ。

 

 ――《滑水》は縦線の攻撃に対しては回避しやすく反撃しやすいけど、横線の攻撃にはあまり意味をなさない。

 

 しかし、セイドの移動範囲全て潰す横薙ぎの一撃を、やはりセイドは読んでいて、瞬時に跳躍した。

 

 私の剣がセイドの足元をギリギリで通過する程度の跳躍を足首だけで実行し、空中で身を屈めるような姿勢を取ったセイドは、そのまま蹴りを放つ気配を見せる。

 セイドと私の距離は、既にセイドの攻撃範囲内――つまり、セイドの手が届く程度の距離にまで詰められている。

 

 剣を横薙ぎに振り抜こうとしている私にはすでに応じる手段は無く、セイドはこのまま跳躍した勢いに乗せて蹴りを私に叩き込めばデュエルは終了する。

 

(――なんて、考えてるんだったら、甘い!)

 

 セイドの跳躍に合わせて、私もバックステップを刻む。

 振り抜こうとしていた両手剣の勢いに煽られて体勢を崩しつつ、右後ろへと後退することでセイドとの距離を一瞬で離す。

 

 しかし、私のバックステップも読んでいたのだろうセイドは、身を屈めた態勢のまま、蹴りを放つことなく着地し、即座に体を伸ばす勢いを利用して私に真っ直ぐ、跳びかかるようにして突っ込んでくる。

 

 小細工なし、跳躍による最速の突進。

 対する私は、両手剣を振り抜き終えたばかりで姿勢がまだ整え切れていない。

 

(――ように見えるだろうけど、それが狙いだよ、セイド!)

 

 私は、セイドが真っ直ぐに突っ込んでくるこの瞬間を待っていたのだ。

 

 

 

 両手持ちの武器の定義は《両手で握っていなければならない》ことだ。

 それは両手剣に限らず、両手棍も両手斧も両手槍も同じ。

 

 つまり両手剣を振り抜いた私の両手は、体を捻りつつ後ろの方へと流れていることになる。

 片手で剣を握る、もしくは途中で片手を放すなんてことをすれば、即座に装備イレギュラー状態になり、《剣技》の使用は不可、通常の取り回しすら覚束なくなるペナルティーを受ける。

 それが、この世界の常識だ。

 

 だけど、私の知る限り、たった1つだけその常識を打ち破る技術がある。

 

 それが《舞踊(ダンス)》スキルだ。

 

 セイドは《舞踊》と《体術》を組み合わせることで《剣技》の連続使用という技術を発見したけど、武器スキルでは利用できないと言っていた。

 

 しかし、その意見は1つの可能性を見落としていた。

 つまり《舞踊》をマスターし、更に合わせる武器スキルもマスターに至っていた場合、併用ができるのではないか、という可能性。

 

 セイドはスキル値が1桁の《短剣》スキルを、マスターした《舞踊》と併せただけのはずだ。

 そう考えた私は《舞踊》スキルを集中的にマスターまで上げて、後は武器スキルを上げることに集中した。

 《舞踊》は他のスキルに比べて習熟し易いスキルだったので、然程苦労はしなかった。

 

 その後、私は自分の予測が間違っていなかったことを、両手剣スキルが900に至った時に知った。

 《舞踊》スキルは熟達した武器スキルと併用することで、更なる可能性を引き出すことができるスキルだったのだろう。

 

 そうして私が見つけた技術の1つが《両手武器の片手使用》だ。

 

 

 

 

 私はまっすぐに突っ込んできたセイドに対応すべく、体を更に捻り、剣の流れる勢いに乗って更に剣を振り回した。

 独楽のように1回転するイメージだ。

 

 だが、両手で剣を握ったままであれば、セイドの突進の速度には追い付かず、背中から一撃を喰らって終わりだっただろう。

 私は両手剣を振り抜いた瞬間から《舞踊》スキルを使用して、右手を放し、左手のみで両手剣を振り回していた。

 こうすることで、回転の速度はセイドの予測よりも早くなり、更に攻撃可能範囲も右手を放して振り回せる分、体半身分程広くなる。

 

 私の思惑通り、セイドの突進が私に届くよりも先に、私の剣が勢いを増してセイドの側面から襲い掛かることになった。

 この瞬間、流石のセイドも驚愕の表情を浮かべていた。

 両手武器を片手で取回されるとは想像していなかっただろう。

 

(勝った!)

 

 セイドは跳躍を利用した突進の状態であり、その状態からの回避はまず不可能だ。

 防御しようにも、セイドは素手。

 重量級の両手剣を防ごうとすれば、それだけで大きなダメージを負い、下手をすればそれだけで強攻撃による初撃と判定されて、セイドの負けになる。

 

 私は勝ちを確信し、しかし、セイドは私の思惑のさらに上を行った。

 

 セイドの跳躍は、地面すれすれを滑るような跳躍だ。

 その状態から、右手で地面を擦るように殴りつけ、無理やり地面を転がるように体勢を崩して私の横薙ぎの一撃を、頭上を掠める程度で回避したのだ。

 

(っく! 流石……一筋縄じゃいかないか!)

 

 私もすぐに追撃に移りたかったけれど、片手で両手武器を取回せるのはあくまでもその場凌ぎの技術だ。

 装備イレギュラー状態にならず、システム的なペナルティーを受けないだけで、武器の重量そのものは変わらない。

 つまり、本来なら両手でようやく振り回せる両手剣を片手で持てるからと言って、自由に取回せるわけじゃない。

 今のように、勢いに乗った両手剣を振ることができる程度だ。

 

「……何ですか今のは……」

 

 セイドが、堪らずそう呟いたのが聞こえた。

 だけど教えてあげるつもりはない。

 

「さあね」

 

 私は両手剣を構え直し、同時にセイドも態勢を整え、構え直していた。

 

 これで仕切り直しだ。

 しかし、私の《奥の手》の1つは今見せてしまった。

 本当ならあれでケリを付けたかったけど。

 

(もう1つも見せないとならないか……)

 

 私は認識を改める。

 多少意表を突いた程度ではセイドは出し抜けない。

 なら、システムのさらに上を行くしかないだろうか。

 

(セイドの《警報》を逆に利用する……あんまり使いたくなかったけど!)

 

 今度は私から斬り込む。

 先ほどのように横薙ぎの一撃を、今度は初手から片手で振り回し、攻撃範囲を誤認させる。

 

 《警報》の攻撃予測は、通常のシステム上であり得る攻撃範囲を大まかに予測するスキルだと、セイドからの説明を受けている。

 つまりこの場合《両手剣》スキルで私が持っている、両手剣を、システムに定義されたように両手で握っていた場合の攻撃範囲がセイドには見えている。

 

 この攻撃範囲は、片手を放して体を開き、肩を突出し、腕を伸ばすという風に、姿勢を変化させるだけで大きく剣先が伸びるのだ。

 セイドが《警報》の予測に引っ張られれば、届きもしない攻撃と思い込んで回避を疎かにするかもしれない。

 それに、セイドは紙一重での回避を得意としている分、これだけの攻撃範囲の変化への対応は、即座にはできないはずだ。

 

 案の定、セイドは目測を誤ったようで、驚愕で顔を顰めて後ろへとステップを刻んだ。

 

 いかにセイドと言えど、後退直後は僅かに体勢が崩れる。

 セイドがバックステップした瞬間を狙い、私は今度こそ剣を両手で握り直し、振り回す勢いを利用して上段に剣を持ってくる。

 そして両手剣が赤い光に包まれる。

 

 両手剣用単発上段重突進技《アバランシュ》――突進によって距離を詰め、素早く高威力で叩き斬れる優秀な技の1つだ。

 

 しかしセイドの《警報》は、私が《アバランシュ》のモーションに入った時点でその攻撃予測線を確実にセイドに見せているだろう。

 確かに、通常ならアッサリ避けられて反撃されて終わるだろうけれど、私の場合はそうはいかない。

 

(これで、どうだ!)

 

 《アバランシュ》のモーションに入った段階で、私は《舞踊》スキルを同時に使用し左手を放した。

 

 これが《両手剣》+《舞踊(ダンス)》による2つ目の効果、《両手用剣技(ソードスキル)の片手使用》だ。

 

 《剣技》の起動まではしっかりと両手で握っていないとならないけれど、《剣技》が起動して、実際に動き出すまでのわずかな間に《舞踊》スキルを起動させると、片手を放しても《剣技》が中断しないという特殊効果が発生したのだ。

 

 通常なら、片手を放した段階で《剣技》の発動が止まって技後硬直が強制的に科せられるけれど、この場合、通常通り《剣技》が発動した後に技後硬直が発生するだけだ。

 

 そして片手を放せるメリットは先と同じく、攻撃範囲が伸び、攻撃速度も上がる事。

 反面、一撃の威力は両手で握っている時よりも数段落ちるし、技後硬直も僅かながら長く科せられる。

 とはいえ、元々の威力が高い両手剣なら、多少の威力減退は初撃決着のデュエルでは問題にならない。

 

(セイドの《警報》の予測を上回る速度と長さを持って、この《アバランシュ》で決める!)

 

 片手で斬り込まれた《アバランシュ》に、セイドの顔が3度目の驚愕に歪み――

 

(なっ?!)

 

 ――しかし次の瞬間、セイドは左手の甲で、振り下ろされた両手剣の腹を打ち払い、斬撃の軌道を僅かにずらし、見事に回避して見せた。

 

(《警報》の攻撃予測の速度も、範囲も、全て覆したはず。なん――)

 

 何で、と最後まで思考することはできなかった。

 

「カハッ!?」

 

 私の渾身の一撃を払いのけたセイドは、がら空きになっていた私の鳩尾に体術重単発技《崩烙》――高速で叩き込む肘打ち――を悠々と打ち込んだ。

 

 私は堪えきれずに息を吐き出していて、次に気が付いた時には、剣は手から離れて地面に転がっていて、私はそこから少し離れたところで倒れ臥していた。

 

 自分の状況を悟った時には、システムによって私の敗北が宣言された後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は地に臥せるアロマさんを見下ろしながら、冷や汗を拭っていた。

 本当に冷や汗が流れるわけではないが、そうした行動を取らずにはいられないほど、ヒヤヒヤさせられたデュエルだった。

 

 最初に両手剣を片手で振り回された時は、ペナルティーを無視してでも振り回したのかと驚かされた。

 しかしその後、もう1度片手で振り回されたことで、予め予想していた斬撃よりも遥かに速く、距離の伸びたその攻撃に、大きな後退を余儀なくされた。

 

 そして、最後の《アバランシュ》――あれだけは本気で危なかった。

 回避するだけの余裕が無く、ギリギリのタイミングで左手が間に合った。

 

(技の軌道がもう少しずれていたら、打ち払いも間に合わなかった……)

 

 《警報》による攻撃範囲の予測よりも広く、攻撃速度の予測よりも早い一撃が、攻撃軌道の予測からも大きくずれていたら、私には防ぎようがなかっただろう。

 

(今回の勝ちは……運ですね……)

 

 攻撃の軌道が大きくずれていなかったのが勝因だが、それでも防御が間に合ったのは運が良かっただけだろう。

 最後の反撃は、反射的に行っていたため、手加減は一切できていなかった。

 

(まさか、両手剣を片手で取り扱うとは。相変わらず、予想を上回る行動をする……)

 

 とはいえ、何とか勝ちを拾った。

 これでアロマさんを大人しくギルドホームで待たせられるだろう。

 

「素晴らしい攻撃でしたよ、アロマさん。しかし、あれほどの隠し玉は、可能な限り人目に触れさせないようにしておくのが得策ですね。慣れられれば、欠点も突かれやすくなりますから」

 

 私はアロマさんに手を差し伸べながら感想を述べたのだが、アロマさんは私の手を取ろうとはせず、黙ってノロノロと体を起こした。

 しかし立ち上がることはせず、地面に這いつくばったまま動こうとしなかった。

 

 私は仕方なく、差し出した手を引っ込めて、マーチに顔を向けた。

 マーチも、私が何を言わんとしているのか察してくれたようで、無言で頷いた。

 私はアロマさんをその場に残して、ギルドホームを後にした。

 

 予定外のゴタゴタはあったが、これでようやく、目的を果たせるわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悔しさと虚しさと、自分の無力さに、立ち上がる気力すらなかった。

 気が付けばセイドはおらず、マーチが傍で腕組みをして私を見下ろしていた。

 

「マーチ……」

「今回のは、運が無かったな。次も同じ結果になるとは限らない良い勝負だった。そう落ち込むな。お前は強い。ま、今回の所は大人しく家で待ってろ。ほれ」

 

 マーチはスラスラと私に慰めの言葉をかけ、転がっていた私の両手剣を、私の眼前の地面に突き立てた。

 

「ルイとログも、そろそろ風呂から上がるだろ。その時にそんな顔見せたら、心配されるぞ。先に部屋に戻った方が良いんじゃねえか」

 

 マーチのその言葉に、私は剣を支えにして立ち上がり、剣を仕舞うとフラフラと部屋へと戻った。

 戻る途中でマーチが気にするな的なことを何か言っていたような気がするが、意識には残らなかった。

 

 

 部屋に戻ってベッドに倒れ込むと、また涙が溢れてきた。

 私はセイドの役に立ちたくて、傍に居たくてここに居るのに。

 

(なのに……セイドは邪魔だって……私が居たら邪魔だって言った……)

 

 静けさの支配する部屋で、私のすすり泣く音だけが響いている。

 

 ――こんな状況が、昔にも、子どもの頃にもあった。

 

(思い出したくもない……けど……やっぱり私は邪魔なのかな……)

 

 自分の存在する意味が、今このギルド内で無くなった気がする。

 セイドの傍に居たいと思っていたのは、私のエゴだったのだろう。

 

 セイドは私が邪魔になると言った。

 傍に居られては困ると言った。

 

(じゃあ……私はここに居られないじゃない……)

 

 

 

 

 気が付くと時刻は夜中の3時近かった。

 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 

(喉……乾いたな……)

 

 水を飲もうと部屋の扉を開けると、少し離れた部屋の扉が閉まる音が聞こえた。

 セイドの部屋だ。

 

(無事に帰ってきたんだ……良かった……)

 

 セイドが無事に戻ってきたことが確認できて、ホッとした反面、やはり私は必要ないのだと痛感してしまった。

 

(……何で私は……ここに居たんだっけ……)

 

 リビングに降りてきて、水を1杯飲み、天井を見上げ、部屋を見回した。

 ギルドホームを持ってからは、常にここに寝泊まりしていた。

 もう見慣れた我が家という感じが定着していたのに、今は何故か、自分がこの場にいることが酷く不自然に思えてならなかった。

 

(……そうか……私は……)

 

 私は部屋に戻り、自分のアイテムを確認し、ギルド共通ストレージからも私の装備品などを取り出す。

 部屋の箪笥などに収納されていたアイテムも、必要な物をアイテムストレージに移した。

 

(私は……この場に居ちゃいけなかったんだ……)

 

 それぞれの部屋で、みんなは寝ているだろう。

 私はギルドホームの出入口に立って、もう1度室内を見回した。

 

 5人で食事をしたり、ふざけ合ったり、団欒をしたリビング。

 広くは無いけど狭くも無い、お風呂場。

 2階に設けられたそれぞれの個室。

 

 色々な思い出がいっぱい詰まっているギルドホーム。

 

「バイバイ、みんな。今までありがと」

 

 私はギルドホームを出て、転移門でどこか適当な街へと移動した。

 そこで宿を取り、ギルドホームとは比べ物にならないほど固いベッドに腰掛けて、メニュー画面を開く。

 

 そうして、そこにあるギルド脱退のボタンを押し、フレンド登録抹消のボタンを――

 

 

 

 

 ――押した。

 

 

 

 


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