ちょっと間が開いてしまいましたので、今回は第二幕と第三幕を連続投稿させていただこうかと思います(;一_一)
まずはこちらの第二幕です m(_ _)m
57層の《溶岩龍のねぐら》は、火山に作られた小さな洞窟型のダンジョンだ。
このダンジョンは予備知識や予防策を持たずに来ると、溶岩の乾いた熱気に肌を焼かれて、ジワジワとHPが減るという特殊仕様になっているため、ほとんどプレイヤーはいない。
私がフレンド追跡で2人の所に到着したのは16時少し前だったが、他のプレイヤーの気配は全くなかった。
「マーチ、ルイさん、お疲れ様です」
「おぉ、セイド。来たのか」
私が声をかけると、マーチは左手を軽く挙げて挨拶を返してきた。
「っんく……セイちゃんもお疲れ様~」
ルイさんは、ポーションを飲んでいた最中だったようで、少し遅れて返事をしてきた。
「フィールドボス、無事に終わったみたいだな」
「ええ、特に何事も無く、無事に。こちらのクエストは順調に進んでますか?」
2人が行っているのはスロータークエストで、このダンジョンにのみ生息する《
「うん~、順調だよ~。花は後1つで~、トカゲは8体で終わり~」
「しかしまあ、一定間隔でこれを飲まなきゃならねえってのがネックだな」
そう言ってマーチは、水色のポーションの瓶を呷った。
先ほどルイさんが飲んでいて、今マーチが飲んでいるのが、このダンジョンで必須となる《透水ポーション》というアイテムだ。
これを飲むことで、20分間、このダンジョンの熱ダメージを防ぐことができる。
だが、このポーション、それなりに値が張る物なので、効率良く敵を狩れないと赤字になりかねない。
このポーションを飲まねばHPが減り続け、最終的には死に至るであろう場所に、デスゲームと化している状況で好んでくる者はいない。
だからこそ、このダンジョンのクエストは殆ど手付かずだ。
「やっぱり面倒だねぇ~、1回1回狩りが中断しちゃうし~、それに~、トカゲとサボテンだけを狩り続けられるわけじゃないしね~」
「ッング……だな。この2つのクエが未クリアなのは、対象モンスターが少ないのも原因だろ。コウモリとかミミズとかカエルとか、大して広くもねえのに種類が多すぎるぜ」
ポーションを飲み終えたマーチは、ルイさんの言葉を引き継いでこのダンジョンに文句を付けた。
火山に作られた洞窟というこのダンジョンは、非常に単純な地形だ。
道は1つしかなく、部屋と呼べるような場所も、今私たちが居る小部屋と、更に奥に進んだところにある大部屋が1つだけだ。
だというのに、出現するモンスターは毎回ランダムで変化するし、奥の大部屋にはボスクラスのモンスターである《
そのせいで、このクエストは非常にやり辛いものになっている。
「ですが、だからこそ、このクエストは提示されている報酬が高額ですし、アイテムにも期待できるじゃないですか。クリアすればその情報も売れます。私たちにとっては狙い目です」
しかし、マーチもルイさんも渋い表情のままだ。
「……あのなセイド。俺とルイが使った《透水ポーション》の合計額。クエ報酬の合計額より多くなったぞ。クエだけで考えりゃ赤字確定だ」
「モンスターはかなり狩ってるし~、素材もいっぱいあるから~、本当の意味で赤字ではないけどね~……何となく、割に合わない気がするよ~」
そう言うと、2人揃ってため息を吐いていた。
まあ、その気持ちはよく分かるところでもある。
「……なるほど……では、もう1つクエストをこなしますか」
なので私は、気晴らしになるクエストを提案した。
「は?」
「クリア済みで情報も出ていますが、報酬は高額ですよ。マーチもルイさんも受けていたでしょう?」
私が腕を回しながらそんなことを言うと、流石にマーチは何を言われているのか理解したようだ。
「っておい、まさか!」
「奥で暇そうにしている《溶岩龍》のお相手をしましょう。クエスト《溶岩龍討伐》です。私も受けていますから、1度で3人分の報酬を得られますよ」
と、私が提案したところで、小部屋にモンスターが再出現し始めた。
運の良いことに、トカゲが多そうだ。
「……珍しくやる気だったな、お前」
ダンジョンから出て、ギルドホームに帰る道すがら、マーチは何処となく呆れた表情でぼやいていた。
結局、スロータークエストはあの後すぐに終えることができ、続けて《溶岩龍》を3人で退治した。
ボス戦で更に《透水ポーション》を使用したものの、《溶岩龍討伐》クエストの報酬も含めると、クエスト報酬の合計額だけでお釣りがくる。
これで充分に黒字と言える結果になった。
とはいえ、ボスの相手を3人でしていたので多少時間がかかってしまい、ダンジョンから出た頃には日が暮れ始めていたが。
「たまには全力で動きたいと思っていたので、好都合でした」
マーチをして、本気だったと言わしめるほど、私は久しぶりに全力で戦闘をしてきた。
蜥蜴を含む多種混合のモンスターにも、ダンジョンボスである《溶岩龍》にも、いつものようにマーチたちに指示を出しつつ戦うのではなく、ほぼ完全に自分の戦闘に没入していた。
パーティー戦で、私が心配せずに戦えるメンバーというのは、正直この2人だけだと思う。
「え~? だって、フィールドボスと戦ってきたんでしょ~?」
私の台詞に、ルイさんが不思議そうに返してきた。
「……私は基本的に、戦闘そのものには参加させてもらえませんから……」
「ああ――」
私が不満げにそう答えたのを見て、マーチは何か納得したようで。
「――《
マーチは、最も耳にする私の通り名を挙げた。
「……それは言わない約束でしょう……」
私は思わず顔を伏せていた。
「照れんな照れんな。良いじゃねえか《指揮者》って。お前にピッタリだろ」
「私はもう1つの方もカッコいいと思うけど~」
「ルイさん……それならまだ《指揮者》の方がマシですよ……」
私は顔を伏せたまま、のんきな2人の台詞に対して、そう呻いていた。
私に付けられた通り名の1つが《
「良いじゃねえか。噂だけなら俺でも聞いたぜ。50層のボス戦、お前のお蔭で勝てたって話だろ」
どうやら、私が参加した50層のフロアボス攻略戦で、その時の戦線立て直しの指揮を私が執った――執らざるを得ない状況に陥った――ために付けられたらしい。
「……あの状況で私が戦線を立て直せたのは、あのヒースクリフさんが居たからですよ。私の戦果ではありません」
「ま、その場に居なかった俺らに言われてもな。俺らはアルゴからその話を聞いただけだしな」
私の真っ当な言い訳に、しかしマーチは肩を竦めるだけだった。
50層のフロアボス――全身が鋼鉄で作られた多腕の仏像――戦で、壊滅の危機に瀕した攻略組の面々を救ったのは、
いわゆる《ユニークスキル》と呼ばれる、彼のみが身に付けたスキル《神聖剣》は、その絶対的な防御力と、防御兼攻撃になる《神聖剣》独自の圧倒的な盾スキルによって防御と攻撃を同時にこなすことができる。
ヒースクリフさんはそのスキルを用いて、クォーターポイントごとに待ち構えているであろう超強力なフロアボスの猛攻を、単独で10分もの間凌ぎ続けたのだ。
あの絶対防御とすら呼べるような防御力が無ければ、あの場での戦線の立て直しは不可能だったし、下手をすれば攻略組プレイヤーの大半は、撤退すら儘ならず命を散らす羽目になっていただろう。
「何にせよ。あの状況下で真に称えられるべきは私ではなくヒースクリフさんです。わざわざ私に通り名など付けなくてもいいはずなのに……」
「みんなゲーマーだからね~。通り名とか二つ名とか大好きだろうし~」
ルイさんのそんな台詞に、私はため息を吐かずにはいられなかった。
確かに、あのボス戦の後、ヒースクリフさんに付けられた通り名は片手では足りない数になっている。
そう考えれば、私の通り名は2つで済んでいるのだから、まだまだ軽い方だろう。
「ヒースのおっさんなんか、噂に聞いただけで7つほどあったぜ? 2つのお前なんて、まだまだ可愛いもんじゃねえか」
「……私もそう考えていた所です……まあ、この話はここまでにしましょう」
このままだと通り名の件で、この天然ボケ夫婦にいじられ続けることになりかねない。
私は気持ちを切り替えて、フィールドボスを討伐した後に出した自分なりの答えを、2人に話すことにした。
元々、その話をするためにここに来たのだから。
「ギルドホームに着くまでに、お2人に話しておきたいことがあります」
『ん?』
私の言葉に、2人は全く同時に、同じ仕草で、同じ言葉を口にしていた。
《蜘蛛の巣の迷宮》を出ると、いつの間にか日が暮れていた。
ちょっとソロで集中し過ぎた気がする。
(そろそろ戻っとかないと……ログたんのとこに寄って、ログたんと一緒にホームに帰ろ……)
すっかり日の暮れた空の下で、私は手に入った素材を確認した。
ログたんに頼まれていた素材は、充分な数が集まっていた。
これなら、多少失敗してもお釣りがくるし、余ればログたんのスキル上げや商品に出来るだろう。
しかし、私が1番欲しかったレア素材は、未だ必要数に届いていないはずだ。
(そもそも、モンスターの出現率とアイテムドロップ率が悪すぎるよ……)
ログたんに頼まれた素材は、そのレア素材を集めるついでに頼まれた物であって、私の狩りの本旨じゃない。
(……そろそろ、この系統のアイテムを落とすモンスターがメインに出るダンジョンとか、あってもいいと思うんだけどなぁ……)
極稀にランダムでポップするモンスターを狩らないと手に入らないレア素材、ではあるが、そのモンスターそのものは45層辺りから出現が確認されている。
しかし、安定して出現する場所は未だ発見されていない。
これまでのSAOの傾向からすれば、そろそろ安定供給されるダンジョンなどがあってもおかしくないのだが、アル姐――情報屋のアルゴ姐さん――からも、まだその情報は得られていない。
(今日でフィールドボスも終わっただろうし、迷宮区にでも行ってみるのが良いかなぁ……ああ、でも、ソロで行くとセイドに怒られるか……)
安全マージンは取れているというのに、セイドは私がソロで最前線のダンジョンに行くと怒るのだ。
大丈夫だと、何度言っても聞きやしない。
(過保護に過ぎると思うんだけど……まあ、それもセイドの良い所か)
そんなことを考えながら、私はログたんのお店へと歩みを進めて行った。
私がログたんのお店の前に着くと、丁度お客さんが1人帰っていくところだった。
店内に人影が見えたことで、この時間帯が書き入れ時であることに気が付いた。
きっと店頭に立っているのはNPCの店員だろうけど、それでもログたんのお店が忙しい時間帯であることには変わりない。
それに、今のお客さんの服装からして、ログたんのお店の常連客――《血盟騎士団》の団員だろう。
(フィールドボスが終わったから、装備のメンテとアイテム補充ってところかな)
明日から本格的に迷宮区の攻略が始まるはずだ。
私が頼まれてた雑多な素材も、今日から明日にかけて売れてしまうアイテムを補充するための素材や、装備のメンテや強化に使う素材が多い。
(商売繁盛で、良きかな良きかな)
そんなことを考えながら、私はお店の裏手に回る。
表側にはまだお客さんが数名いたようだし、メンテを頼まれているのであればログたんは裏手の工房に居るはずだ。
(後はこれで、ログたん自身が接客できるようになれば、客足倍増は間違いないと思うんだけどな)
ログたんの性格では多分無理だけど、そう思わずにはいられない可愛さがログたんにはある。
あまり売れっ子になられ過ぎると、それはそれでDoR的には困ることになりそうだけど、現状では無用な心配だろう。
「ログたーん。ただいまー。素材持ってきたよー」
私は工房のドアをノックしてそう声をかけた。
メンテ中の場合、急にドアを開けるとログたんにこっぴどく叱られるので、必ずドアをノックして声を掛けてから静かにドアを開けるようにしている。
そう声をかけて、静かにドアを開けると、そこには、とても真剣な表情で片手剣のメンテをしているログたんが居た。
その表情からは、いつもの朗らかでのほほんとしたログたんと同一人物だとは思えないほどの気迫が伝わってきた。
(相変わらず……この時のログたんは鬼気迫る何かがあるよね……)
とても話しかけられる雰囲気ではないので、とりあえず中に入り、ドアを閉め、扉口に立ってログたんの作業が落ち着くまで待つ。
待つこと数分。
ログたんの作業が一通り終わったところで、ログたんが私に視線を向けてくれた。
「や。相変わらず良い仕事してるね!」
私がそう言うと、ログたんは照れて俯いてしまう。
そんな可愛いログたんの仕草に悶えそうになりながらも、何とか堪えてログたんとパーティーを組む。
【アロマさん、お帰りなさい。お怪我などありませんか?】
パーティーを組むとすぐにログたんがテキストで声をかけてきた。
「うん! だいじょーぶ! あの程度のダンジョンなら何の問題も無いよ! はい、これ頼まれてた素材。それと、こっちは少ないけど、お願いしてるアレの素材!」
私が素材の山をログたんにトレードすると、ログたんは目を丸くして驚いていた。
【こんな数、どうやって1人で集めたんですか?!】
「ん~? 普通に狩ってたら自然と集まったよ? まあ、今日は確かにちょっと多いかもだけど、本命の素材は少なかったし」
実はモンスタートラップに3回引っかかった、とは流石に言えない。
【助かります。それにレア素材も多い方です。でもアロマさん、危険なことはしないで下さいね?】
「アハハ、分かってるよ、だいじょぶ。私の実力知ってるでしょ!」
心配してくれるログたんに、私は笑いながら胸を叩いて見せた。
変な汗の流れないSAOの世界で良かったと思った。
「それよりログたん、まだお仕事があるんじゃないの?」
【あ、そうでした。ごめんなさい、まだしばらくかかると思います】
そう答えたログたんは、すぐに次のメンテの準備を始めた。
今度はさっきの片手剣とセットらしき十字型の大盾だ。
「了解。んじゃ、私も接客手伝うかな」
実はログたんのお店の手伝いを時々しているので、接客にも随分慣れた。
顔見知りのお客さまも少しではあるが居たりする。
(って言っても、基本的にはメンテ待ちの人と話をしてるだけだったりするけど……)
【では、メンテナンスが終わり次第、声をかけます。受け渡しなどお願いします】
ログたんはわざわざ私にそんな言葉をかけた後、今度こそメンテを開始した。
始めてしまえば、ログたんは滅多なことでは反応しなくなる。
(了解っと。さって、今日はどんな人たちが来てるのかなぁ)
そんなことを考えながら私はログたんのお店の制服に着替えて、お客様方に笑顔で挨拶をした。
ログたんのお店が閉店時間になり、私は最後のお客さんが喜んで帰って行ったのを見送り、ログたんが閉店作業を終えるのを待って、一緒にギルドホームへと歩いて行く。
色々あったけど、今日は楽しい1日だったと思う。
素材も結構集まったし、お客さんとの話も弾んで凄く勉強になる話が聞けた。
特に、鈍い銀髪で赤い鎧の人はとても物知りで、話していて飽きることが無かった。
(何故か他の人達が引いてたけど……まぁいっか)
【アロマさん、何か良い事でもありました?】
私の隣を歩いているログたんが、私の様子を見て声をかけてきた。
「ん? や、別に、これといって良い事があったわけじゃないけど……どして?」
【何かとても楽しそうに、鼻歌まで歌ってました】
ログたんに言われて振り返ってみると、確かに鼻歌を歌っていたかもしれない。
中々に実りのある1日だったということだろうか。
(ん~……色々と悩んでたけど、それもまた楽しかったのかも?)
自分のことながら、その辺りのことはよく分からない。
「よく分かんないけど、楽しかったんだと思う」
【そうですか。それは良かったです】
ログたんは首を傾げつつも納得して、さらにテキストを続けた。
【あ、そうでした。アロマさん、今日持ってきてもらった分で、1つ出来上がりましたよ】
ログたんの続けた言葉に、私は思わず足を止めてログたんの肩を掴んでいた。
「ホント?! 見せて見せて!!」
興奮し過ぎたのか、ログたんを揺さぶってしまった。
「zわsでvgてゅ?!」
混乱したログたんの言葉になってない言葉でそのことに気が付いて、私は慌てて手を放した。
「ご、ゴメン、ログたん……」
【いえだいじょぶでs】
揺さぶられたせいか、変換もしていないし、最後の文字も打ちきれていなかったけど、とりあえずログたんはアイテムをストレージから取り出して見せてくれた。
「おぉ……これかぁ……綺麗な色だねぇ……」
【実際に作ったのはこれが初めてですけど、この色合いのものは見たことないです。あの素材独自の色だと思います】
私がそれを矯めつ眇めつしていると、ログたんがニコニコとしていた。
「ん? どしたの、ログたん?」
【アロマさんが嬉しそうで良かったです。それだけ先にお渡ししておきます。残りも、素材が集まり次第作りますから、どんどん持ってきて下さい】
「うん! ありがとログたん!」
私はついに完成したそれを、両手で抱きしめた。
「まだ足りないと思ってたから、ホント嬉しいよ~……ありがとねログたん」
【いえ、揃えるのにはまだかかりますから、これからも頑張って下さい、アロマさん】
ログたんと歩きながら、私は出来上がったそれをストレージに仕舞った。
「よっし! 1つ出来ると俄然やる気が出てきたよ! 明日も頑張るぞ!」
思わず拳を握りしめて気合を入れていた。
それからギルドホームに着くまでに、ログたんと会話をしながら歩いて行った。
月は見えなかったけど、道は軒を連ねる店の明かりで照らされていた。
第二幕は《