ソードアート・オンライン ~逆位置の死神~   作:静波

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鏡秋雪様、hjpgy270様、ヅレツレ愚者様、ZHE様、感想ありがとうございます!m(_ _)m

お気に入り登録数も750件を超えておりました(つ_T)ありがとうございます。
また、多くのご意見を頂けたことにも感謝申し上げます!(>_<)


さて、長くなった幕間・4も今回で終了です(-_-;)



DoRのちょっとした春季旅行・4

 

 

 私達5人は、揃ってそのエリアに足を踏み入れた。

 そのエリアに入って、まず驚いたのは、そこが《圏内》扱いにされていることだった。

 

 但し、NPCなどは一切おらず、建物も存在しない。

 あるのはただ1つの設備だけ。

 この場所が《圏内》に設定されている理由を、海を一望できる場所に作られた《それ》を見て、とても驚き、とても納得した。

 

「いやぁ、眼福眼福」

 

 マーチのその台詞を、私は眉間に皺を寄せて聞いていた。

 

「極楽~極楽~って感じだねぇ~」

 

 マーチの隣でルイさんも幸せそうに言っている。

 その2人から少し離れた位置から、アロマさんの声が響いてきた。

 

「ふはぁぁぁぁ~……久しぶりに温泉に入ったよぉ」

 

 ――そう。

 

 今、私たちがいる場所は、44層のフィールド《セイレーンの揺り籠》から徒歩で10分ほどの距離にあった《セイレーンの秘湯》と名付けられた《温泉》だ。

 

 様々な場所や環境が作られている、ここSAO――浮遊城アインクラッドにおいても、再現しきれない環境というものもある。

 それが、VRというジャンルそのものが未だに苦手としている、液体環境の再現である。

 

 VR機器としては最高峰であるナーヴギアによって、SAOでは近しい再現はなされているが、それでも未だ完全再現とは言い切れない液体環境は、VRの世界から風呂という設備を削減させた。

 その結果、一般の宿屋には風呂は無く、ごく限られた施設に用意された小型から中型のバスタブを見つけられるか否かが、風呂に浸かれる唯一の手段となっていた。

 これには、元々がものぐさなコアゲーマーである男性プレイヤーはともかくとして、数少ない女性プレイヤーたちにしてみれば、この世界が現実ではないとしても、とてもストレスになる状況だと、このデスゲーム開始からしばらくして、ルイさんがぼやいていた。

 

 そんな中、私たちは今、乳白色の温泉に浸かっている。

 やはり、本物の温泉と同じとはいかないが、それでもギルドホームにある中型のユニットバス的な風呂に比べれば、圧倒的な広さを誇るこの液体環境は、女性陣だけでなく、私もマーチも、心から満足できるものだと言える。

 

 ――満足できると言えるのだが。

 

「何故……みんなで一緒に入ることに……」

 

 私が唯一納得できなかったのは、今、1つの温泉に5人で浸かっているという状況だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、眼福眼福」

 

 俺は湯に浸かりながら、今日だけで何度目になるか数えきれない目の保養をしていた。

 

 まさか、SAOの世界で温泉に入れるとは、夢にも思わなかった。

 しかも、乳白色の濁り湯で混浴だ。

 ルイとは何回かリアルで温泉に行ったこともあるが、混浴を実施している温泉は無かった。

 それなのに、SAOで男の夢が叶うとは。

 

「極楽~極楽~って感じだねぇ~」

 

 俺の隣には、当然のことながらルイがいる。

 最近はあまり不満を口にはしなかったが、この世界に来てから広い風呂に入れなかったために、それなりに不満があったはずだ。

 だがその不満も、今後はこの温泉があることで解消されるだろう。

 

「ふはぁぁぁぁ~……久しぶりに温泉に入ったよぉ」

 

 恍惚とした溜め息を吐きながら、アロマは温泉の縁に上半身をうつ伏せ気味にもたせかけ、脚は投げ出すように伸ばしたまま、温泉を堪能している。

 

「お湯加減もいいよね~、ログっちも気持ち良さそう~」

「ぁぅ~♪」

 

 ルイの視線の先には、アロマの隣でユッタリと温泉に浸かって、幸せそうな息を漏らしたログがいる。

 年齢がバラバラの3人が、バスタオル1枚という出で立ちで濁り湯に浸かっている光景は、まさしく夢のようだ。

 ルイとログは肩まで、アロマは肩甲骨の辺りまでしか見えないが、それがまた良い。

 しかも、3人ともかなりのレベルの器量好しだ。

 

(ま、俺の嫁には誰一人敵わんがな!)

 

 などと心中で叫びつつ、隣のルイを見やる。

 

「こんな場所があったなんてね~。ビックリだよ~」

 

 のほほんとしたルイの表情を眺めながら改めて思う。

 

「うむ。流石俺の嫁。1番色っぽいな」

「~っ……マーチんのばかぁ……」

 

 ほどよく桜色に頬を染めた嫁が、更に頬を赤くして俺の肩をつついてくる。

 白い肌に長い指、なんという至福の時。

 まさに、温泉様様、温泉万歳、である。

 

「いやぁ~濁り湯の温泉ときたら、日本酒といきたいところですなぁ! マーチ!」

 

 俺とルイの浸かっている縁の対岸に浸かっていたはずのアロマが、いつの間にかこちらに近付いてきていて、そんなことを満面の笑みで言ってきた。

 

「ぉ! わかってんな、アロマ!」

 

 俺はメニュー画面を開き、アロマの指摘通り、日本酒をアイテムストレージから取り出す。

 何故持っているのかは、俺の趣味が酒だからである。

 

「ほれ、濁り湯に合わせて、とっておきの濁り酒だ! 温泉に酒の組み合わせに気付いた褒美だ。先に1杯飲ませてやろう!」

「おおぅ! さっすがマーチ! では、遠慮なく!」

 

 この場面、セイドが正気でいる状態であれば間違いなく止めに入るのだろうが、今のセイドには無理だった。

 

「っぷはぁ! いやぁ! 沁みますなぁ! ささ、マーチも1杯!」

「おう、わりぃな…………っかぁ~! うめぇ! やっぱ違うな! 温泉で日本酒は!」

 

 そうして互いに笑いあう。

 

「そして、お風呂上がりにはフルーツ牛乳ですな!」

「かぁーっ! わかってねぇなアロマ! 風呂上がりにゃ、コーヒー牛乳だろっ!」

 

 俺のツッコみにアロマは『アハハハ』と笑って、湯の中をゆるゆると泳いで行った。

 あちらはまだまだ元気、という雰囲気で、肌にしたたる水滴がまぶしいばかりだ。

 

「……はち切れる若さ、って感じかね」

「はち切れちゃダメでしょ~? はち切れんばかりとか~、はち切れそうな、だよ~」

 

 おっと、嫁にツッコまれてしまった。

 しかしそれもまた至福だ。

 

「おぉ! ログたん、懐かしいことやってる!」

 

 不意にアロマがそんな声を上げた。

 何事かと視線をやれば、そこではログが、鼻歌交じりにタオルを湯に浸けて遊んでいた。

 

「~♪」

「お、タオル爆弾か。確かに懐かしいな」

「~♪~♪」

「うむ、ちょっと工夫してクラゲになったな」

「~♪~♪~♪」

「……あれは……アヒルか……?」

「~♪~♪~♪~♪」

「っておぉい!? 今度は猿にしか見えんぞ?! タオル1枚で何をした?!」

 

 アロマのように動き回ることは無いが、ログもあれで、かなり嬉しいのだろう。

 ニコニコと笑顔を浮かべながら、しきりにタオルで何かを創作している。

 それがまた、よくできているから驚きだ。

 

(仕組みは全く分からんが、どう見てもタオル1枚しか使ってないのに、何故ああも複雑な創作ができる! 職人、恐るべし!)

 

 真似しようと、アロマが隣で四苦八苦しているが、タオル爆弾以外は真似できていない。

 そんなアロマを見て、ログはコロコロと笑っていた。

 

 いつも伏し目がちで、表情が見えにくいため分かり辛いが、髪をアップにして笑顔でいるログは、かなり可愛い。

 近くに居たら、思わず守ってやりたくなる美少女、という本領を存分に発揮していた。

 

「んん~♪ ログっち、可愛い~♪ 私にもそれ教えて~♪」

 

 俺のルイすらも、ログの可愛らしさに魅了されてしまったようで、俺の隣からログの隣へと移動してしまった。

 

「……くっ……負けた……」

 

 何かに負けたような気がして、少々へこんだ。

 

 

 そして。

 

 

「何故……みんなで一緒に入ることに……」

 

 ボソッと、そんな呟きが聞こえたので視線を向けてみれば、俺からも女性陣3名からも均等に離れた、三角形を形作るような位置取りで、温泉中央に背を向けて――つまり、全員から顔を背けるように、体育座りをして温泉に浸かっているセイドがいた。

 

「……お前は何をしている、そんな姿勢で……」

 

 セイドを除く全員が、思う存分体を伸ばして温泉を満喫している中、こいつだけ何故か体を縮めて座り込んでいる。

 

「気にしないで下さい……」

「……あぁ……なぁるほど……」

 

 俺はセイドの心境を理解して、話しかけるべく隣に移動したが、セイドは動かない。

 つまりセイドが背を向けたいのは、俺ではなく、美女3人に対してだ。

 

「リアルじゃねえんだし、気にすんなよ。何のために圏内設定されてると思ってんだ?」

「……あの装備が意図的にも、事故によってであっても解除されることが無いように、でしょうね」

 

 姿勢も視線も動かさず、セイドは体育座りのまま淡々と答えた。

 俺たちの今の装備は、このエリア限定の装備――《湯浴みの正装》と名付けられているバスタオル装備――に変更されている。

 男は腰に1枚、女は全身を包むように1枚、バスタオルを巻いている姿だ。

 これを正装と銘打たれてはいるが、湯船にタオルを入れるのはマナー違反だ、とも思う。

 だが、かといって、この状況下で真っ裸で温泉に入るのは流石に憚られる。

 俺と嫁だけだったり、この温泉自体が男湯と女湯に分かれていたりすれば別だったかもしれないが、混浴の状況では、この装備がベストだろう。

 

「分かってんなら、楽しめよ」

「無理です。何で混浴なんですか……」

 

 目が恐ろしいほど据わっているセイドは、この温泉を見つけた時、温泉に入るのを交代制にしようと提案していたほどだ。

 だが、セイド的には残念なことに――

 

「お前と俺でジャンケンして、俺が勝った。だから混浴。そして俺得」

 

 ――という結果と、俺とセイドの勝負以外に、女性陣も全員、混浴に反対しなかったこともあり、今こうして5人全員で温泉に浸かっているわけだ。

 女付き合いに不慣れなセイドは、こういう状況を楽しむような余裕がないらしい。

 

「……くっ……あそこでチョキを出さなければ!」

 

 過ぎたことを悔やむセイドを、俺は肩を竦めて眺めるだけにした。

 下手な慰めを言っても、何の解決にもならない。

 

「しかしまあ、あのクエのクリアそのものが、隠しエリアへの進入フラグっつう報酬だったとは、思いもよらなかったなぁ」

 

 セイドは混浴を楽しめないようなので、俺は今日の感想なども含めて話をまとめておくためにも、またセイドの精神的安定を図るためにも、話題を切り替えてやった。

 

「そうですね……」

「あの海岸沿いに崖があるってのは分かってたが、まさかクリアフラグが立ってると、崖の所に洞窟が見えるとか、普通なら分からんぞ」

「確かに、《警報(アラート)》にも《索敵(サーチング)》にも反応しませんし、フラグが立っていなければ、あの崖から洞窟に入ることすらできないでしょうね。あの崖は、カモフラージュされているのではなく、扉と同じで、入れるものを制限していると考えられます」

「つまり、崖そのものは存在している、ってわけか?」

「ええ。ですから、現段階であれば、あの海岸からここへ至るまでの洞窟に逃げ込むことで、一時的に安全エリアの代わりにも使えるでしょう。モンスターには通用しないとは思いますが」

「……対PK用には使える、か」

「そんな物騒な使い方はしたくないですが、応用できることは覚えておくべきでしょう」

 

 体育座りという姿勢は変わらないものの、セイドの頭はいつもの回転を始めたようだ。

 暗く据わっていた眼は、いつもの知的な光を宿していた。

 

「なるほどなぁ……しかし、そうなると……このクエの情報、どうする? いつもなら売っちまうところだが……」

 

 俺達は未クリアクエを率先してクリアし、その情報を情報屋プレイヤーに売って資金にしている。

 こんな特殊エリア付きのクエ情報なら、高額な情報になるはずなのだが。

 

「……売らない方が良いでしょうね。広まってしまえば、確実に《あの連中》にも伝わるはずです」

 

 セイドは、このクエの情報は売らない方が良いと判断した。

 PKに関係しないであろうクエなら何の気兼ねも無く売れるし、PKに利用されそうなクエなら、注意を呼びかける意味も含めて早急に広めるように速攻で売る。

 

 だが逆に、PKに知られたくない情報も、水面下で一般プレイヤーに広めることは難しくなる。

 情報の取り扱いは、秘匿しない限り、敵にも味方にも平等になりやすい。

 

「攻略組ならそう易々と遅れはとらないだろうから、そもそも逃げ場はあまり必要ない。かといって、一般プレイヤーにゃこのクエは厳しいしな……《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》か……厄介な連中だ……」

 

 12月の末日――つまり去年の大晦日。

 殺人(レッド)プレイヤーとして名を轟かせていた《PoH(プー)》は、ついに表舞台にその姿を現した。

 野外でバーベキュー的なパーティーを楽しんでいたらしい少人数ギルドを襲い、全滅させ、その翌日、つまり元旦に、システムに規定されていない《レッド》属性を冠したギルド――殺人(レッド)ギルド《笑う棺桶》を立ち上げたことを大々的に宣言した。

 

 それまで、殺人にまでは手を出さなかった犯罪者(オレンジ)ギルドの連中も、それを境に殺人を犯す連中が増加し、SAO中のプレイヤーたちは本格的にPKに注意を払わねばならなくなった。

 誰もが脱出を目指してゲーム攻略に全力を尽くす、とは言わない――俺達も攻略に熱心ではないので言えない――が、まさかゲームクリアを阻害・妨害するような行為を嬉々として行う連中が現れるとは思いたくなかった。

 

 そして、4月となった今に至っても、《笑う棺桶》の連中は活動中だ。

 

 奴らの本拠地、隠れ家なども全く分かっていない。

 全ての情報屋プレイヤーたちが手を尽くして探しているようだが、未だに何の手がかりも掴めていないらしい。

 

 そんな状況でこのクエのこの情報を流そうものなら、下手をすればこの場を《笑う棺桶》連中に占拠される可能性すらあるだろう。

 クエをクリアしていないプレイヤーには、見つけることも、進入することも不可能になる、絶好の隠れ家となってしまう。

 

「売るなら、このクエストの、スローターとしての危険性だけ示唆しましょう。アルゴさんならその辺りは酌んでくれるはずです」

「ふむ……明日にでも直接会うとするか……」

 

 俺は腕を組み、顎に手を当ててクエのことをもう少し考えておこうかと思ったのだが。

 

「そして、このクエストのおかげで1つの可能性が出てきましたね」

 

 セイドはすでに、思考をクエそのものではなく《笑う棺桶》に関してのことへと切り替えていた。

 

「……《笑う棺桶》のアジトも、このクエと同系統の場所を使ってる可能性か?」

「ええ。信頼できる攻略組プレイヤーにだけ話したいところですが……攻略組にも《笑う棺桶》の息がかかったプレイヤーは居ると考えておいた方が良いでしょう」

「考えたくねえが……スパイか……逆は不可能に近いってのに……」

 

 セイドの言葉に、俺は顔を顰めるしかなかった。

 

 潜在的な犯罪者予備軍は、待機組・攻略組を問わず存在するだろう。

 そして、PoHはそういったプレイヤーを見つけ出すことにかけて、驚異的な嗅覚を持っている。

 知らぬ間に、何処かで誰かに接触している可能性もあれば、PoHの息のかかったプレイヤーが、随分前から攻略組に参加している可能性もあるだろう。

 

「この辺りは、完全にPoHに出し抜かれていますね。このゲームが始まった頃から、奴の行動はここまでの全てを見越していると考えるべきです」

 

 セイドのその言葉に、俺は息を飲んだ。

 ゲーム開始時から、現在の状況を作り出すことを考えて行動していたとすれば、PoHは間違いなく、SAO内で最も頭の切れるプレイヤーだと言えるのではないか。

 

「マジかよ……お前より頭が切れて、且つトップクラスの短剣使いとか……想像したくねえ」

 

 温泉に浸かりながら、何とも精神的に不健康な会話だ。

 俺は辟易として、天を仰いで温泉に首まで沈み込んだ。

 

 空はすでに日も沈み、暗くなり始めていた。

 時間を確認すると、何時の間にやら19時を回っていた。

 と、そんな俺に、唐突にメッセージが届いた。

 

「ん? アルゴ?」

 

 メッセの送り主は、先の話にも出てきた、SAOトップの情報屋《鼠のアルゴ》だった。

 そして、そのメッセを確認する前に、更にメッセが2通3通と俺の元に届く。

 

「な、何だなんだ?!」

 

 俺は少々慌てて身を起こし、メニュー画面を開く。

 

「どうしました?」

「何かやたらとメッセが届いてな……アルゴのから見ておくか……」

 

 セイドには軽く答えておき、その間にも更に届くメッセはとりあえず置いといて、俺はアルゴからのメッセを開いた。

 

【緊急を要するんで簡潔に伝えとく。圏内でPKが起こった。攻略組も含めて目撃者多数の為、信頼できる情報だ。手口・犯人ともに不明。しばらくは圏内でも注意するようフレンド全員に一斉で送ってる。これを読んだら知り合いにも声をかけといてくれ】

 

 俺はアルゴからのメッセを見て、すぐにそれを可視化した。

 

「セイド、これ見ろ」

 

 俺の呼びかけに、セイドも流石に体育座りを解いて普通にこちらを向いた。

 

「む?」

 

 俺はアルゴからのメッセをセイドにも読ませた。

 俺が話して聞かせるより、この方が速いし正確だ。

 

「……圏内でPK……ですか……」

 

 アルゴからのメッセを見たセイドは、目を細めて手を口元に持っていき、何事か思案する仕草を見せた。

 

「……通常、考えられる手段はデュエルしかないですが……しかし……その場にいた攻略組の方々もそんなことは周知のはず。それでいて犯人も手口も不明ということは……デュエルの勝利者表示が出なかったか、確認されなかったという事……デュエル以外の圏内PK技とでも呼ぶべきものの発覚を考えて、このメッセージが来たんでしょう……」

 

 セイドはアルゴからのメッセだけで、そこまでの推測を瞬時に打ち立てた。

 

「そんなことが可能なのか?」

「不可能のはずです。圏内でPKを――デュエルの仕組みを利用せずに行えるようなら、圏内の意味が無い」

 

 セイドは即座に、デュエル以外の圏内PKの可能性を切り捨てた。

 

「何かのトリックか、もしくは見落としている何かがあるはずですね」

 

 セイドが施行に埋没する中、俺は大量に届いたメッセを1つ1つ確認するが、その全てがこの件に関してのものだった。

 全てのメッセに簡潔に返信し、俺はセイドに視線を戻した。

 セイドはこの件に関してブツブツと呟きながら何か考えているようだが、現場に居もしない俺たちに答えが出せるようなものなのだろうか。

 すると、セイドもメニュー画面を開いた。

 

「……私の所にもキリトさんからメッセージが届きました。どうやらその場に居合わせたようですね。しかも、あのアスナさんと一緒に」

 

 セイドの台詞を聞いて、俺は思わず笑ってしまった。

 

「ははは! あの2人が一緒にか! そりゃ心強い!」

 

 ある意味、攻略組でもトップクラスのあの2人がいれば、俺たちなどに出番はないだろう。

 

「……あの2人が揃っていながら、その場で犯人が見つけられなかったとなると、犯人を見逃した、または取り逃がしたという可能性は、ほぼゼロに近いでしょう……ふむ……」

 

 しかしセイドは、俺と違いあの2人をしても不安があるような口ぶりだった。

 

「……どうする? あいつらと合流するか?」

 

 こういう時のセイドは、直接現場に赴いて自身の目で確かめたいと思うはずだ。

 

「……いえ、その必要はないでしょう」

 

 だが、ここでセイドにしては珍しい結論を出した。

 

「良いのか? この話、気になるんだろ?」

 

 俺の再びの問いかけに、しかしセイドは思案気な表情から落ち着いた表情に戻って、ゆっくりと温泉に浸っていた。

 

「おそらく、システム的な抜け道などはないでしょうし、アンチクリミナルコード無効化スキルなども存在しないでしょうから、この一件には何かのトリックがあると思います。ですが、それであれば、圏内PK技と呼ぶに値しないでしょう」

「ん……んん? 意味がよく分からんのだが? トリックを用いて他人をPKしたとすれば、それは充分に圏内PK技だと言えるんじゃねえのか?」

 

 俺が詳細に聞き出そうとさらに質問を重ねると、セイドは眉をひそめて口を開いた。

 

「ん~……その場に居合わせなかったので何とも言いきれませんが。第一に私は、他者を圏内でPKするのにデュエル以外の方法はありえないと考えています。しかし、その場に居合わせた方々はデュエル勝利者表示を見つけていない。なら、今回のこの一件はデュエルではない。イコール圏内でのPKとはならない」

 

 セイドは、1つ1つを確認するように言葉を紡いでいく。

 

「ならば、今回のこの一件、私は《笑う棺桶(ラフコフ)》による陽動、つまり圏内であっても安全ではないと、プレイヤーの恐怖心を煽るための自作自演だと推測します」

「ほぉ……そうか……なるほどな……」

「ですが、これはあくまでもこの場で得られる情報を基に考えただけにすぎません。ならば、解決はその場に居合わせた方々に一任しても良いでしょう。キリトさんもアスナさんも、解決のために動くようですし」

 

 セイドは、ため息を1つ吐いて首まで温泉に浸かり直した。

 

「今は推測だけ。そして、推測だけの不確かな情報は広めることはできない。なので、今は様子を見ましょう。この件の解決に1週間以上かかるようなら、私たちも手伝いましょう。まあ、そう難しい事にはならないと思うんですがね」

 

 セイドはすでに圏内PKという危険性は無いと判断したようだ。

 相変わらず、判断と決断が速い。

 そして、それに対して迷いが無い。

 

「まあ、お前がそれでいいってんなら、俺も異存はねえよ」

 

 セイドの判断は、事実とは細かい部分での誤りや違いはあるだろうが、根幹となる《デュエル以外での圏内PKはありえない》という判断に対する反論の余地は無いと思った。

 ならば、そこまで危険は無いだろう。

 俺もセイドの考えを受けて一安心して、ため息とともに温泉に浸かり直した。

 

「ねえねえ、さっきから2人で何を話し込んでんの?」

 

 すると、そんな俺たちの様子に気付いたらしいアロマが、スススッとこちらに近寄ってきていた。

 

「ちょ! アロマさんストップ! それ以上こちらに来なくていいですから!」

 

 そんなアロマに気付いたセイドは、慌てて待ったをかけるが――

 

「な~んでだよ~う?」

 

 ――アロマは気にせず俺たちの近くまでやってくる。

 

「その格好で近寄らないで下さい! アロマさん、自分の格好をもう少し意識して下さいよ!」

 

 止めても聞かないアロマから逃げるように、セイドが温泉の縁に沿って距離を取る。

 そんなセイドを、アロマは追いかけるように移動し続ける。

 

「ん~? バスタオルじゃん。水着より露出少ないし、それに装備だよ? はだけるわけでもないんだから、気にしない気にしない」

「そんなことは分かってます! 慣れの問題なんです! どうして貴女はそう危機管理が甘いんですか!? いいですか! 異性や他人に対しては、もう少――」

「あ、タオルが取れそう」

 

 アロマに対して説教を始めようとしたセイドは、アロマの思わぬ反撃に――

 

「うわぁああ!」

 

 ――大慌てで温泉にその顔を沈めた。

 

 ここの湯は乳白色なので、確かにそれだけで視界は塞がれるが、まさか潜ってまで逃げるとは思わなかった。

 

「むぅ……セイド、どこ行った!」

 

 アロマはセイドを逃がすまいと、湯の中で何やら手足を伸ばしていたようだが。

 

「ぶはぁっ!」

 

 セイドが出てきたのは、アロマから少し離れた俺の隣だった。

 そしてセイドは慌てて温泉から上がる。

 

「ま……まったく……だから近寄るなと……」

 

 肩で荒い息をつきながら、セイドは温泉に背を向けたまま、何やら愚痴をこぼしていた。

 

「ククッ……取れねぇって……大丈夫だ……プッ……クククッ……」

 

 俺はそんなセイドの様子に、笑いを堪えきれず、そう声をかけるのが精一杯だった。

 

「だから……気持ちの問題なんですよ……はぁ~……」

 

 そんなセイドの様子を見て。

 

「セイドって実はムッツリスケ――」

 

 何やら口走ろうとしたアロマは、しかしセイドの投げた手桶が顔面に直撃し、小気味良い音とともに仰向けになって湯に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあ、今日は楽しかったな!」

 

 ギルドホームへの帰路で、マーチは今日1日を振り返ってそう締めくくった。

 

「旅行みたいで良かったよね~」

 

 ルイさんも大量の貝類が手に入り、満足げだ。

 

【お夕飯も楽しみです。ホタテが美味しいと嬉しいです】

 

 ログさんも好物のホタテが手に入ったので、食べるのが待ち遠しいようだ。

 

「また来たいね、セイド!」

 

 温泉のことも含めて、アロマさんは終始ご満悦の様子だ。

 午後からのちょっとした外出のはずだったのだが、何気にイベントが盛り沢山な時間だった。

 

「そうですね。温泉には、今後いつでも入れるわけですし、また来ることにしましょう」

「うん!」

 

 

 

 朧月が幻想的な影を残す春の夜。

 私たちは、ほんのひと時の旅行気分を胸に抱き、ギルドホームへと戻る。

 また明日からはいつも通り、日々を生き抜くことで頭を悩ませることだろう。

 だから、たまにはこんな時間があっても、良いと思う。

 

 

 


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