お気に入り件数がついに700件を超えており……感激で、目の前が霞んでます(つ_T)ありがとうございます!
こんなにも大勢の方にお気に入り登録して頂けるとは思っておりませんでした。
今後もお読みいただけるように精進していきたいと思います!(>_<)
これからもお読みいただけると幸いです m(_ _)m
あたしは、今夜初めて
それも、あたしとセイドさんが狙われるという形で。
(あたしが、こんなところに1人で来たりしたから……)
転移結晶を片手に握りしめたあたしを、背に庇うようにして立っているセイドさんは、いつもの優しいセイドさんではなく、冷静で少し怖いセイドさんだった。
だけど、こういう時にはすごく頼もしい――
(ふえっ?!)
――とか色々考えていたら、突然セイドさんがあたしの方に振り向いて、そのまま抱きかかえられた。
話に聞く、憧れの《お姫様抱っこ》だったけど、それに驚いたあたしは、直後のセイドさんの行動にさらに驚かされた。
セイドさんはあたしを抱きかかえたまま、なんと、湖の方に跳んだのだ。
「くぁwxscでrv!?」
セイドさん何を、と言いたかったけれど、やっぱり、分かるような言葉に出来なかった。
「舌噛まないように黙ってろ」
湖は確かに、池と呼べるような大きさではあるけれど、セイドさんが1人で跳躍したとしても、跳び越えるのには無理な広さがあるはずだ。
ましてや、今はあたしを抱えている。
やはりと言うべきか、当然と言うべきか、セイドさんとあたしは湖の真ん中より手前に落ち――
(あっ!)
――たかと思ったところで、セイドさんは、湖面でさらに1度跳躍した。
自分でやったことを忘れていた。
今、この《水鏡湖》には、木材がいくつも浮かべられている。
(そっか、木材を足場に……)
セイドさんは、その木材を足場にして小さな跳躍を繰り返し、ついには対岸へと渡り切ってしまった。
そこでセイドさんは小さくため息をついた。
「とりあえず、これですぐには追って来れないだろ。ログ、《
セイドさんの問いかけにあたしは1つ頷いて答えた。
「すぐにそれを被って、そこの灌木に身を潜めろ。俺が戻るまで――」
セイドさんがそこまで言った時。
――ッギャァァァァァッ!――
湖の奥――あたしとセイドさんを襲撃してきた犯罪者プレイヤーのいるであろう方角から、悲鳴が聞こえた。
「ん?! 他に人はいなかったはず――」
――ぅわぁぁぁぁぁっ?!――
セイドさんの言葉が最後まで続く前に、更に悲鳴が響いた。
【セイドさん】
あたしがそこまで打った段階で、セイドさんは悲鳴の聞こえた方角をじっと睨んでいた。
「別のプレイヤーが、さっきの
セイドさんが何を悩んでいるのか、あたしにも分かった。
セイドさんはあたしを置いてこの場を離れることを躊躇っているが、かといって連れて行くことも問題があると考えているのだろう。
【あたしも行きます。これでもレベルは高いんです。ダイジョブです】
あたしは、自慢ではないが装備には自信がある。
自分で作った子たちの中でも、相当に傑作と言える子たちがあたしを守ってくれる。
低~中層の犯罪者相手にそうそう負けるような装備はしていない。
「……分かった。戻るぞ。だが、無理するなよ。転移結晶は必ず用意しておけ」
あたしは大きく深く頷いた。
「何でお前がここにいる」
俺はその光景を目にして、そうツッコまずにはいられなかった。
俺がログを抱えて再度湖を渡っている間に、3度目の悲鳴が響き、それ以降は静かになった。
辺りを警戒しつつ、犯罪者の反応を《
最悪の事態を――他のプレイヤーが犯罪者の3人に襲われたと――想定し、俺はさらに意識を研ぎ澄ませ、初めにいた岸部から少し外れた位置に降り立った。
そこでログに隠れて待つように指示し、犯罪者の反応が集まった場所に、相手3人を一気に叩き伏せるべく跳び込んで――想定外の光景を目にする羽目になり、一瞬呆然と立ち尽くしてしまった。
そこには、すでに拘束された犯罪者プレイヤーが3人、芋虫のようにロープでグルグル巻きにされた姿で転がっていた。
その傍には、それをやった張本人の姿もあった。
「何でって言われても困るっすね。俺はちょっとここに用があっただけっすよ」
犯罪者3人を縛り上げたのは、この1週間の俺達の頭痛の種だったヴィシャスだった。
ヴィシャスは、今日の騒動で手に入れたものの、ほとんど活躍の場が無かったレア槍《
「どんな用だよ。この場所はすでに攻略され尽くしている。レアアイテムも未攻略クエストも何もないはずだ。なんでこんな場所で、犯罪者どもを縛り上げることになった」
メッセージを打ち終えて、ヴィシャスは俺に向き直ると、何やら困った表情で頬を掻きながら呟いた。
「いやぁ……多分言ったら、セイさんマジギレしそうで怖いんすよね……」
何やらよく分からないことを言っている。
追求したいところだが、無駄に時間がかかりそうなので、とりあえず今はそのことは置いておくことにした。
直面していた危機は去ったのだから文句は無い。
「まあいい。先にそいつらを軍連中に引き渡してきてくれ。今のメッセ、そのためのものだろ」
「あ、そっすね。んじゃ、俺はちょっとこいつら引き渡してくるっす」
そう言うと、ヴィシャスは何やら安堵した表情を見せ、芋虫状態にした犯罪者3人を引きずり始めた。
ロープ自体の耐久値も然る事ながら、ヴィシャスの筋力値にも驚かされた。
大人3人分の荷重を難なく引きずっている。
DDA攻撃部隊サブリーダーの地位は伊達ではないということだろうか。
使っているロープも、確か捕縛用のアイテムだったはずだ。
価格的にもかなり高価で、DDAといえど、易々とギルドメンバーに配れるような代物ではない。
「ここには戻って来なくて良いからな」
DoRとDDAの経済的な格差も見せつけられたような気がして、少し腹が立った。
ヴィシャスに投げやりに声を掛けて、俺はログの元に戻ろうとすると。
「いやいやいやいやいや! そういうわけにはいかねっすよ?!」
と、何やらヴィシャスが喚いていたが、今は放置した。
ヴィシャスが軍の連中にあの3人を引き渡してここに戻ってくるころには、俺もログもここから離れている可能性が高いからだ。
ヴィシャスが犯罪者3人を引きずる音と、縛られ猿轡までかまされた犯罪者たちの呻き声を背に、俺はさっさとログの元へと戻った。
セイドさんがこの場を離れて少しすると、あたしは湖に浮かぶ木材の変化に目がいった。
(あ! 変化が始まった!)
あたしは《隠蔽》効果のある外套は羽織ったまま、隠れていた灌木の間から這い出して、木材に縛り付けたロープを繋ぎとめている樹の元へと駆け寄った。
予想した通り、一斉に変化するには至らないが、少しずつ変化が始まっている。
何の変哲もない茶色の木材が、うっすらと光を帯びて幻想的な光景を醸し出す。
この光が落ち着くと、茶色の木材は白色の木材へと変化しているはずだ。
(これで《巨聖花の月光材》が相当な量、手に入る。これが無いと作れないから、確保できそうで良かった……)
あたしは湖面に浮かぶ木材が、徐々に光を帯び始めた光景を眺め、思わず感嘆の吐息をもらしていた。
ロープの耐久値もまだまだしっかりある。
中には半分近くまで減っているものも数本あったけど、おそらくセイドさんが足場にした木材を縛り付けていたロープだろう。
木材を引っ張り上げるくらいはまだ出来そうな耐久値だけど、もしまた同じように木材を足場に移動するようなことになれば、引き上げの際に切れてしまうかもしれない。
あたしは、ロープの耐久値を気にしつつ、光を帯びた木材に縛り付けたロープを手に取り、ゆっくりと手繰り寄せた。
光を帯びた木材は、1分もすれば変化が終わる。
今から手繰り寄せておけば、引っ張り上げる頃には変化し終わっているはずだ。
(ちょっと浮かべすぎたかな……)
手繰り寄せ始めてから気が付いたのは、木材を浮かべすぎていてスムーズに手繰り寄せられないことだった。
どうしても木材同士がぶつかってしまうのだ。
(うぅぅ……ロープ、もつかなぁ……)
木材がぶつかって引っかかるたびに、手元のロープの耐久値は減っていく。
もしも途中で切れてしまえば木材を回収するのは非常に困難だ。
と、恐る恐る木材を手繰り寄せていると、隣からスッと手が伸びてきて、あたしが掴んでいたロープを掴んだ。
「ログさん、こういうのは、こうすればいいんですよ」
いつの間にか戻って来ていたセイドさんは、あたしの手からロープを取って、それを手放した。
(へ?)
ロープそのものは後ろの樹に縛り付けてあるままだし、湖は流れも無いので木材が流されることは無い。
けど、これでは木材を回収できない。
【セイドさん、木材を回収したいんですよ?】
念のために直接聞いてみた。
しかしセイドさんはニコニコと笑っているばかりで、ロープを手に取って回収しようとはしなかった。
「ログさん、しばらくこの光景を見ていましょう。回収は急ぐ必要もないのでしょう?」
確かに木材の耐久値は、放置状態にあると言ってもまだ半分以上残っている。
【では、どうやって回収を?】
「ロープの耐久値を気にするのなら、手前の木材から回収するしかないですね。なので、一番手近な木材が変化するのを待ちましょう。あとは、パズルの要領です」
【パズル、ですか?】
「木材同士がぶつからないように、湖畔に近い木材で引き上げられるものから、順番に回収するだけです。変化した順に引き上げる必要はないでしょう」
そう言われればその通りだ。
しかしそれでは、まだしばらく時間がかかる事になる。
本当なら、少しでも早くこの場を離れたいはず――
(あれ? そういえば、PKはどうしたんだろう?)
何事も無かったかのようにセイドさんが戻ってきたので、すっかり忘れていたけれど、あたしとセイドさんは犯罪者プレイヤーに狙われていたはずだ。
さっきの悲鳴と何か関係があるにしても、教えて貰っておいた方が良いはずだ。
【あの、PKはどうしたんですか?】
「ああ、そうですね、そのことを話しておかないとなりませんでしたね」
セイドさんも、PKのことを忘れていたようだ。
本当に何があったというのだろう。
ログさんの所に戻ってきた段階で、随分と落ち着いていた私は、湖に広がる木材の幻想的な光を見て、思わず犯罪者プレイヤーの顛末をログさんに伝えるということを忘れていた。
ログさんからの指摘を受けて、私はヴィシャスさんがPKを連れて行った旨を伝えた。
その話を始めたところで、一番手前の木材が光を放ち始めた。
【それでは、ヴィシャスさんがPKをやっつけてくたんですか】
「そのようです」
私はとりあえず、手前の木材を結んでいるロープを手に取り、湖畔まで引っ張った。
間近で見る木材の変化の光は、熱のない光――いわゆる冷光で、それがボンヤリと木材全体を包んでいる様は、やはり美しいものだった。
「これまでも、色々な場所で美しい景色を見てきたと思いましたが、これもまた素晴らしいですね……この世界においても、自然の風景には見ることのできない――人の手によらねば起こりえない光景というのも相まって、実に幻想的だ……」
私は湖に浮かべられた大量の木材が、所々で冷光を湛えて光り、その光を与えた空に浮かぶ満月と湖に映える水月の輝きに、目も心も奪われていた。
【セイドさん、風光明媚な土地が好きですよね】
ログさんの言葉にも、反応することができずにいた。
【ここも、何もなくても素敵な場所ですけど】
ログさんは私の隣に来て、光が消えてその身を白く染め変えた木材を一撫でした。
【こうやって、人の手によって作られた景色にも、味があるんですよね】
「そうですね……」
何とかそれだけ答えた私に、ログさんは笑いながら、目の前の白く変化した木材をアイテムストレージに収納した。
【さて、セイドさん。景色に浸るのも良いですが、そろそろ木材回収を始めますよ。結構変化が終わって来てます】
ログさんに笑顔でそうツッコまれ、私は意識を持ち直した。
すっかり忘れて、美しい光景に見惚れているだけで終わってしまうところだった。
「アハハ……失礼。では、順に引っ張っていきますから、ログさんはストレージに回収をお願いしますね」
【はい、お願いします】
そうした会話をして、私とログさんは順調に《月光材》へと変化した木材を湖畔へ引き上げていく。
だが途中で、変化していない木材が道を塞いだため、また少し待つこととなった。
そこでログさんは、思い出したようにキーボードを打ち始めた。
【そういえば、なんでヴィシャスさんはここに来たんでしょう?】
「ああ、確かに……私も尋ねはしたんですが、答えを渋られました。あれは何かありますね……」
「何の話っすか! 俺も話に入れてほしいっす!」
「あzxsでゅいんj!?」
突如として背後から現れたヴィシャスさんに驚いたログさんは、瞬く間に私の陰に隠れた。
「あぁ、ヴィシャスさん」
軍への引き渡しが終わったのだろうヴィシャスさんに、私は振り向きながら声を掛けた。
そこには、ニコニコと満面の笑みを浮かべたヴィシャスさんが、いつの間にか戻って来ていた。
しかし、突然話に入ってくるのはやめてほしい。
「はぁ……ヴィシャスさん……もうちょっと大人しく声を掛けて下さい……ログさんが怯えてしまってます」
私は少し前の自分の行動を棚に上げて、ヴィシャスさんの行為を注意した。
「ああ、すんません。いやあ、ログさんとセイさんが何か楽しそうに会話してるの見たら居ても立ってもいられなくって!」
相変わらず笑顔なヴィシャスさんの視線は、何故かログさんに注がれているように見えた。
そんなヴィシャスさんの様子を訝しみながらも、私は仕方なくヴィシャスさんにログさんの抱いた疑問を問い直した。
「先ほども聞きましたが、ヴィシャスさんは何故ここにいるんですか?」
私の陰からログさんも顔を少し出して、ヴィシャスさんの様子を見ている。
「そりゃあ、ログさんを守るためっすよ!」
「アqw背drftgy藤尾lp?!」
ヴィシャスさんの突然の台詞に、再び何か口走りながらログさんは顔を引っ込めてしまった。
「……何を言ってるんですか、貴方は」
知らず知らずのうちに額に手を当ててこめかみを押さえてしまっていた。
この男は、どうやら《本物》だったらしい。
ルイさんの一件はクエストのための仕方無しの行動だったと理解し、方を付けようとしていたのに。
「ここには戻らなくていい、とお伝えしたはずですが?」
ヴィシャスと向き合って話をするのもバカバカしく感じられたので、私はヴィシャスに背を向けて木材の引き上げを再開した。
それに伴って、ログさんは私の前に隠れて、ヴィシャスから身を隠している形になる。
「戻りますよ! 守るべき人がいるんすから!」
台詞の端々から、嫌な予感しか漂ってこない。
願わくは、これ以上確定的な一言が出ないようにと、私は言葉をかけるのをやめた。
そんなやり取りのあった間にも、木材はどんどんと変化していた。
変化を終えて、引き上げることが可能となった位置にあるものから湖畔へと引っ張り、それを順次ログさんがアイテムストレージに放りこんでいくが、ヴィシャスも、私と同じように木材を湖畔に引き上げ始めていた。
流石にその行動を見ては、何も言わずにいる、というわけにはいかない。
「ヴィシャスさん……これはログさんのものです。もっていかないで下さいね」
「わかってるっすよ! お手伝いさせてください!」
妙にテンションを高くして、木材の引き上げ作業を手伝う彼をみて、不安は確信に変わった。
もうひと波乱、ここで起きる、と。
ログさんもそれを肌で感じ取ったのか、一言も喋らず、テキストすらも打たずに、ひたすらに身を縮こまらせながら木材を回収している。
私から話が振られてこないと見たヴィシャスは、ついにそれを口にした。
「俺、気付いたんすよ!」
「……何にですか」
合いの手など入れたくはなかったが、一方的に喋られるというのも、それはそれで恐怖がある。
少しでもログさんの恐怖を和らげるためには、私が合いの手を入れるしかない。
「例えるなら……日も昇らない朝早くに草原で狩りをしていて、いつのまにか辺りが明るくなってるっていうか……どうして俺、目を開けていたのに、そのことに気付かなかったのかって不思議になるっていうか……」
「あ、ログさん、こちらの回収もお願いします」
ヴィシャスの存在は無かったことにし――
「って、セイさん、聞いてます?」
――ようとしたが、やはり無理だった。
「聞いてません、要点だけ言って下さい」
ため息とともにヴィシャスを見ることなくそう返すと、ヴィシャスも同様にため息を交えて言葉を続けた。
「全く、セイさんはせっかちさんなんすね。わかったっす! ストレートに言うっす! 俺の守るべき人、それは、ログさんっす! 俺、ログさんに惚れたんす!」
「あqwせrtgyhじゅいこp!?!?」
少しだけ落ち着きかけていたログさんは、このヴィシャスの発言で、今度は完全にフリーズしてしまっていた。
「……お前は、今度は何を言い出した。ルイの次はログか?」
無意識のうちに戦闘時のような緊張感を得たためか、口調が荒くなったが、気にしてなどいられない。
しかし、そんな俺の変化など眼中にないらしく、フリーズするほど驚いてしまったログを見て、ヴィシャスはニッコニッコと――知らない人間が見れば気持ちのいいかもしれない笑顔だが、今の状況では、ただただ気持ちが悪いとしか感じられない笑顔を浮かべていた。
「そんなに驚かなくてもいいじゃないっすか~、ログさん。いや、でもそこがまた良いっす!」
「ロリコンは帰れ」
ログを庇うように、ヴィシャスの視線を遮るように、俺は半歩動くことで、ヴィシャスとログの間に体を滑り込ませる。
「俺にそんな属性ないっすよ。ていうか俺! 願わくは、ログさんのナイトやりたいって感じっす! ログさん、俺にその役、負わせてもらえないっすか!」
「あzsdcfghんjmk、l?!?!」
俺を避けるようにヴィシャスが動き、それに合わせて俺が動く。
そんな行動を繰り広げつつ、ヴィシャスはそれにもめげずにログに話しかけ続けた。
ログは当然の如く、まともな返事などできなかった。
無理もないだろう。
ただでさえ、ログの対人スキルは低いというのに、男性――しかも元ストーカー騒動を起こした張本人――からの告白ともなれば、普通の女性だって思考はフリーズするだろう。
その証拠に、ログは告白されたことに対して頬を朱に染めるのではなく、顔を青ざめさせている。
流石に俺も、ヴィシャスとイタチごっこを続ける気にはならない。
俺は動きを止めてログを見やりつつ、ヴィシャスを呼び止め――
「おい、ヴィシャス……」
「まあ、返事はおいおい下さいっす!」
――ようとしたが、ログの反応をどう受け取ったのか、ヴィシャスは、歯磨き粉のCM顔負けの笑顔で、ログに笑いかけていた。
俺のことは完全に見えていないようだ。
そしてヴィシャスは、そのままメニューウィンドウを呼び出し、何やら操作した。
「それはそれとして、俺が回収した木材をお渡しするっす!」
ヴィシャスからログへ、トレード申請が送られたのだろう。
ログは顔を完全に引きつらせながら、俺の陰から体を半分だけ出した状態で、震える手でメニューを操作していた。
ちらちらと、怯えたような視線を時々ヴィシャスに送りつつ、トレードに対してOKボタンを押し、何とか取引を完了させたようだ。
ログが、こんな状況でも一応頭を下げて礼を表すと、ヴィシャスはさらに笑顔を増した。
これがストーカーでなければ、好感を持てたかもしれない笑顔なだけに、残念でならない。
「じゃ、ギルドホームまでお送りするっすよ!」
変わらぬ笑顔でそうのたまうヴィシャスに、俺は思わず顔をしかめた。
「俺が付いてるんだ。お前の気遣いは無用だ」
「セイさんじゃないっす、ログさんをお送りするんすよ」
「わかってる。代返してんだよ」
「も~」
ヴィシャスは、表情を少し困ったような笑顔に変えて、器用にホロキーボードを呼び出し、ログと同じ方法で文字を打ち込んだ。
【送らせて下さい】
ログにヴィシャスの声が聞こえていないわけではないが、今のようにわざわざログと同じ表現法を取られると、生真面目なログとしては返事をせざるを得なくなる。
ログは、涙目になりながら、試行錯誤の末に何とか返事を打ち返した。
【3めーとるはなれてならいいです】
3メートルの間を開けて送る、というのは、人を家まで送るという行為と言えるのだろうか。
甚だ疑問ではあったが、ツッコまないでおいた。
木材全てを回収し終え、私たちは《パナレーゼ》への帰路に着いた。
【よくOKしましたね】
その道中、私はログさんにテキストで話しかけた。
ヴィシャスはパーティーに加えていないので、基本的にこちらのテキストは彼には届かない。
【拒否したらしたで、怖いので】
【ああ、なるほど】
ログさんも、彼のストーカーじみた好意に恐怖を感じていたのだろう。
流石にあの場で拒絶の意を示せるほど、ログさんはメンタル的に場馴れしていないのだ。
【時期を見て、ごめんなさいします】
そのログさんの言葉を見て、できるのかな、という不安はよぎるが、それはまあ仕方ない。
ヴィシャスは、満面の笑みで、3メートルきっかりの距離を保ち、私たちの後ろをついてくるのだから。
結局ヴィシャスは、ギルドホーム――しかも玄関の3メートル前――までログさんを送り届け、明日も来ると宣言した。
あまりの事態に、私が急遽叩き起こしたDoRメンバー全員での必死の説得――というか、もうほとんど脅し――により、毎日来るのは止めておくという言質をとった。
しかし、この日以降、時々メッセージカードつきの花が1輪、ログさん宛に届くようになった。
書かれているのは、ほんの一言、『げんきっすか』とか『レアアイテムとれました』とか、非常に差し障りのないものである。
とはいえ、未だにログさんは、ヴィシャスからの花とカードを見ると、困ったような顔をする。
まぁ、実質的な被害がないので、今は良しとしているが。
世の中、想い想われる、というのは、非常に難しいものである。
これにて、第三章・終幕となります。
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