ソードアート・オンライン ~逆位置の死神~   作:静波

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ウージの使い様、感想ありがとうございます!m(_ _)m

それと、先日気付きました……(-_-;)
評価に一言コメントを付けてくださっている皆様!ありがとうございます!(>_<)

お気に入り件数680件を超えておりました……今後ともお付き合いいただけるように、精進したいと思います!m(_ _)m



第九幕・迫る不穏

 

 

(さてと……このまま狩りにでも……行くとしますかね)

 

 私は久しぶりに夜間のソロ狩りに行こうかと、軽く伸びをして体を解した。

 

 アロマさんがギルドに加わってからの夜間狩りは、ほぼ必ずと言っていい程アロマさんが同行してくるので、今日のように私以外はギルドホームで寝ている、という状況は非常に珍しい。

 アロマさんが一緒では上げ辛いスキルを上げる機会だと思い立ち、私はスキルやアイテムを確認しようとメニューウィンドウを開き、偶然『ソレ』に気が付いた。

 

「ん?」

 

 目の錯覚かと、まばたきを繰り返したもののその表示は変わらなかった。

 

(こんな時間にどうしたんでしょうか……)

 

 私が気付いたのは、前回、開いた後に直接閉じたため、今開いた時に真っ先に表示された《ギルドメンバーリスト》だった。

 

 そこには、1人のプレイヤーが街の外にいることが表示されていた。

 そのプレイヤー以外は、皆DoRのホームである《パナレーゼ》にいることが示されている。

 

 そのプレイヤーのいる場所は、パナレーゼからそう遠くは無い。

 メッセージを打とうかと思い、ふと顔を上げた。

 目の前には転移門がある。

 

(……直接、様子を見に行った方が良いだろうか……)

 

 パナレーゼに戻るだけなら一瞬。

 その後、外出しているプレイヤーの場所まで行くのに、現状なら10分とかからないだろう。

 私はメッセージを打つ代わりに、パナレーゼへと転移した。

 

 

 

 

 

 

 

 あたしは、草地に腰を下ろして、夜空を1人で見上げていた。

 普段なら絶対寝ている時間なのでちょっと眠いけど、出てくる前に仮眠を取ったので、まだ大丈夫だ。

 

 夜空には見事な満月が浮かんでいる。

 ちょっと視線をずらすと上層の底が見えるので、夜空と星空の半分は上層の底に映し出された紛い物だけど、今私が見ている満月は、外周に近いこの場所でなら実際の空に浮かんでいる。

 と、そこまで思いを巡らせたところで思わず笑ってしまった。

 実際の空と、何の違和感も無く考えていたけど、上層の底に遮られていない空だって、本物ではないのだ。

 

(本当に、ここがゲームの世界だって感覚が、最近は薄れてきてるなぁ)

 

 この世界に閉じ込められてから、もう1年と3ヶ月以上が経過している。

 認識と感覚が、この世界がゲームであることを忘れつつある。

 

(でも、だからセイドさんは最近、毎朝『あれ』を言うんだろうな)

 

 セイドさんは近頃、毎朝必ず『今日も、現実に帰るために、必ず生き残りましょう』という様な言葉をかけてくれる。

 あたしは殆ど圏外に出ないというのに、それでもあたしがお店に出向く時には、そう声を掛けて見送ってくれる。

 

 セイドさん自身、認識をしっかり持つための言葉なのだろうと、こんな時に気が付いた。

 そんなことを考えながら、あたしは視線を足元に戻した。

 

 そこには見事な満月が映しだされている。

 波1つない、静かな静かな湖――いや、池と言った方が良い大きさかも知れない。

 ここは、24層の外周に程近い《水鏡(みかがみ)(おか)》という場所にある《水鏡湖(みかがみこ)》と呼ばれる湖で、周囲には灌木がまばらに生えているだけで、ある程度までなら辺りも見渡せるので、なかなかに気持ちのいい隠れ観光スポットだ。

 

 今、あたしはその《水鏡湖》に、多数の木材を浮かべている。

 木材には全て、1本ずつロープを結び付けてある。

 あたしはそれぞれの木材とロープの耐久値を一応確認し、まだまだ余裕があること確かめる。

 

 これを始めてから約30分。

 少なくとも、まだ30分以上はかかると思われた。

 あたしは思わず小さくため息を吐き、ボーっと湖上に浮かぶ木材を眺めた。

 

「こんな時間に1人で外出とは、感心できませんね」

「ひにゃぁっ?!」

 

 突然後ろから声を掛けられて、あたしは驚きのあまり声を上げて跳び上がってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 確かに、あらかじめ声を掛けなかった私が悪かったかもしれない。

 しかし、何もそこまで驚かなくてもいいのではないだろうか、と思うほどログさんは悲鳴を上げて跳び上がり、しかしそこで足をもつれさせて転んでしまった。

 

 《隠蔽(ハイディング)》のない私の接近は、ログさんの知覚範囲に入った段階で捉えられていたはずなのだが、ログさんは全く気付いていなかったようだ。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 ログさんは、辛うじて湖に落ちずに草地の上で転んでいた。

 もう半歩もずれていたら、湖にダイブしていたことだろう。

 そんなログさんに慌てて手を差し伸べて助け起こすと、ログさんは何やらもごもごと口を動かした後、ホロキーボードをタイプし始めた。

 

【ありがとうございます。けど、驚かさないで下さい。危ないじゃないですか】

 

 ログさんとしては珍しく、苦情が飛び出してきた。

 私は、肩を落として言葉を返した。

 

「すみません、声を掛けるタイミングが悪かったですね。申し訳ないです」

 

 私の言葉に、ログさんは大きくため息を吐いて体を軽く払った。

 ログさんのため息には、安堵と不満が同居していた。

 驚かされたことに対する不満と、接近していたのが私だったことに対する安堵だ。

 

「しかし、ログさんも不用心ですよ。これが私でなかったら危なかったですよ?」

 

 ログさんはスキル構成的に《索敵(サーチング)》を取る余裕は無く、1人で行動するのなら常に周囲に気を付けるべきなのだ。

 

【あう、それはごめんなさい。気が抜けてました】

 

 今度はログさんが肩を落とす。

 その様子を見て、私は思わず笑ってしまった。

 

「まあ、今回はお互い様ということで、無事だったのですから、良いとしましょう」

【以後、気を付けます】

 

 ログさんのその台詞を確認して、私はログさんとパーティーを組んだ。

 ソロの場合だと、ログさんのテキストは、広くは無いが一定範囲内に無差別に送られてしまう。

 それを防ぐためにも、そして、念のためにも、パーティーを組んでおくに越したことはない。

 といった感じに状況が落ち着いたところで、私は改めて湖に視線をやった。

 

「それで、ログさん。これは一体、何をしているんですか?」

 

 決して大きくない、池と言っても過言ではない湖に、所狭しと浮かべられているのは、《木工》に使われる材木だ。

 その木材の1つ1つにロープが結び付けられていて、そのロープの端は、少し奥にある細い樹に縛り付けられている。

 現実世界で、あの細さの樹にこの量の木材を結び付けたロープを全て縛り付けるのは、無謀というか無理だと思うが、この世界では、あの細さの樹でも《破壊不能(イモータル)オブジェクト》であれば何の心配もない。

 

【これは、今日集めた《巨聖花の木材》を変化させているところです】

「変化?」

 

 ログさんの文章を見て、私は疑問を返した。

 

【《巨聖花の木材》は、一定時間月明かりに当て続けると《巨聖花の月光材》という素材に変化するんです】

 

 ログさんは、そんな私に説明するように、キーボードを一心不乱に叩き始めた。

 

【本来は、自然に変化した素材を拾うくらい知られていないんですけど、実はこうやって意図的に変化させる方法もあって、でも条件が厳しくて、普通はできないと思います】

「条件が厳しい、ですか?」

【誰かが入手することなく自然に落ちた木材が、何日もかけて月光材に変化するのが普通です。ですが、1度木材を手に入れてしまうと何日も放置し続けることはできませんよね】

 

 ログさんのその文章で、私はある程度納得がいった。

 プレイヤーの手によることなく、自然とドロップされた素材アイテムは耐久値が減少せずにドロップし続ける。

 その状態で《巨聖花の木材》が何日もかけて月明かりを浴びて《巨聖花の月光材》へと変化するのだろう。

 つまり、ログさんの求めていた素材とは、レアドロップに当たる月光材だったということになる。

 

 だが、普通の木材の状態で手に入れてしまうと、それを再びドロップした段階で耐久値が減少を始める。

 武器や防具などに比べれば、圧倒的に多い耐久値を持つ素材アイテムであっても、何日も放置できるほどの耐久値は無い。

 良くて5~6時間程度だろう。

 

「なるほど……いや、しかし、それは問題があるのではないですか?」

【木材が月光材に変化するのには、あ、はい、問題があります】

 

 私の問いかけに、文章を打ちかけていたログさんが、途中で返事をした。

 

【セイドさんが気付いた問題は、多分、耐久値と時間ですよね?】

 

 ログさんはそう打つと、私に視線を向けてきた。

 

「ええ、そうです。何日もかけてやっと月光材に変化するということは、今ここでこうしていても、この場では変化しないということではないですか?」

 

 続けた疑問に、ログさんは素早く文章を打ち込む。

 

【本当ならそうなんですが、ここは別です】

 

 ログさんは短くそう答えると、続けて文章を打ち始めた。

 私はログさんの言葉をしばらく待つことにした。

 一々口を挟んでいると、ログさんが大変だ。

 

【この《水鏡湖》で満月の夜に限った場合ですが、約1時間で《月光材》に変化させることができるんです】

「ほう」

【詳しい仕組みまではよく分かりませんけど、この場所は月の光が良く集まるって《パナレーゼ》に住んでいるNPCのお婆ちゃんが話してくれるんです。それがヒントになってるみたいですね】

 

 この話を聞いて、私は舌を巻いた。

 そのNPCの話は確かに私も聞いたことがある。

 だが、その話だけでは、ただの世間話で聞き流してしまうはずだ。

 

 それをログさんはしっかりと記憶に残し、何か関連のありそうな事項につなげて考えることができている。

 これは、私はもちろん、他のプレイヤーにもできていないことだ。

 

【実は、同じようなことを考えた職人さんはいるらしいんですけど、この場所のことは知らなくて、満月の夜に一晩放置しても無理だったという話を聞いたことがあります】

【その人は、次に《ベンダーズ・カーペット》に木材を広げて何日も放置したらしいんですが、一切変化しなかったそうです】

「考えることは一緒ですね……私もカーペットを使用してはどうかと考えてましたが……システム的に盗難などからも保護されるということは、外的要因から隔絶されると言い換えられなくもない……変化しないのも頷けますね」

 

 私の言葉にログさんは頷いて応え、更に文書を重ねた。

 

【それに、一晩放置するだけでも素材耐久値が限界です。だから、月光材は量産できないというのが職人間の通説なんですが】

 

 ここまで打って、ログさんは手を止めた。

 何と打てばいいか考えているようだ。

 

「つまりこれも、ログさんだけの秘密なんですね?」

 

 おそらく、これを言いたかったのだろう。

 ログさんは、職人として数多くの《秘密》を抱えている。

 今更1つ増えたところで、それを気にしたりはしない。

 

【すみません、公開しないで下さると助かります】

 

 ログさんも、私たちがクエストなどの情報を売ることでギルド資金にしていることは知っている。

 だからこそ、こういった秘密を売らないでくれと言うのに抵抗があるのだろう。

 私はログさんの頭を思わず撫でていた。

 

「安心して下さい。誰かに言うつもりはありません」

 

 私のその台詞を聞いて、ログさんは笑顔を浮かべた。

 

【ありがとうございます】

「とはいえ、1人で夜間に外出するのは認められませんよ? 今度から、私たちにも声を掛けて下さい。夜間は何があるか分からないんですから」

 

 夜間はモンスターが強化される。

 その分、経験値も増えはするが、それは微々たる量だ。

 

 まあ、最前線からかけ離れたこの層なら、モンスターに関しては心配は一切いらないだろうが、それよりも問題なのは、やはりPKの存在だろう。

 特に、今の時期は、最悪のPKギルドがその名を轟かせている。

 

「いいですか。もう絶対に、ソロで外に出ないようにして下さい。ログさんも聞いてはいるでしょう。《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》の話は」

【はい】

 

 《笑う棺桶》の話題を出すと、ログさんはその表情を一気に暗くした。

 ログさんの前所属ギルド《ユグドラシル》は、職人狩りと呼ばれるPK被害に遭っている。

 故に、ログさんは私達の中で1番PKに敏感なはずだが、それでも時々、今夜のように職人気質が優先される場面がある。

 

 それはそれで、良い意味で、悲惨な記憶が薄らいでいる証拠と言えるだろう。

 だが、この話は、ログさんから聞いているわけではないので、これ以上の追及はしない。

 

「それで、あとどの程度放置すればいいんですか?」

 

 なので、ここで話題を木材に戻した。

 

【そうですね】

 

 ログさんも意識をそちらに戻し、時刻を確認したようだ。

 

【10分から15分くらいかと。変化するのも木材によって差があるので、一気に全てとはいきません】

「なるほど。では、もうしばらく、何か話でもして――」

 

 話でもして待っていましょうか、と言いかけた私の視界に、1番見たくない《警報(アラート)》メッセージが上がった。

 

「――ログさん、転移結晶の用意を」

【え?】

 

 《警報》の捉えた反応は3つ。

 その3つとも、こちらを捉えているのは確実で、俺とログを3方から囲むように――湖に追い込むように散開して、ゆっくりと迫りつつある。

 間違いなく《隠蔽》しているのだろうが、残念ながらそのカーソルのカラー故に《警報》に捉えられている。

 

 ――犯罪者(オレンジ)プレイヤーだ。

 

(まったくもって……今日だけでイベントが目白押しだな。ストーカー問題にデュエル騒ぎ、不倫クエストとクエストボスの攻略、更には苦手な奴との対面に、トドメは犯罪者(オレンジ)の相手と来るか)

 

 深く息を吸い、静かに細く長く吐き出した。

 ため息の1つも吐かねばやっていられない。

 

「ログ、もしもの場合はすぐに跳べ。良いな?」

 

 俺の雰囲気を察したログは、テキストを打たずに頷くだけで答え、転移結晶を手にした。

 それを確認して、俺は意識を犯罪者3人に集中する。

 

 低~中層は犯罪者(オレンジ)プレイヤー及びギルドが多いらしいが、そいつらは基本的に攻略組には及ばないプレイヤーたちだ。

 今迫ってきている奴らも、そういったレベルの高くない相手だと願いたいが、これが《笑う棺桶》だった場合、そうも言えなくなる。

 

(楽観はしない。《笑う棺桶》相手だと仮定して動く)

 

 相手を最上位――攻略組と大差のない犯罪者(オレンジ)と仮定して意識する。

 次の瞬間、左右に散開した2人から《投剣》による攻撃予測線が見えた。

 

 


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