ソードアート・オンライン ~逆位置の死神~   作:静波

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Lazy様よりご指摘がありましたので、一部修正・変更いたしました。
また何か、矛盾点などありましたら感想等でお教え下さると助かりますm(_ _)m



第四幕・覚めない夢

 

 

「フッ!」

 

 私は、ひたすら殴る蹴るを繰り返してイノシシ型モンスターにダメージを与え続け、最後は呼気と共に放った蹴りでモンスターを粉砕した。

 それと同時に、レベルアップのファンファーレが鳴る。

 周囲にいた同目的のプレイヤーから、まばらではあるが『おめでとう』という言葉がかけられる。

 私はそれに軽く会釈を返しておく。

 

 マーチが寝た後、私もすぐに眠ったが、マーチが言った日の出に起きるという設定ではなく、睡眠の2時間後にアラームによって起こされるようにセットしていた。

 睡眠時間は短くなってしまうが、今はそれどころではない。

 少しでも経験値を、素材を、資金を──この世界では《コル》という──稼いでおくべきだと判断したからだ。

 

 そしてその判断は、間違っていなかったと思う。

 昨日マーチが言っていたように、すでに《はじまりの街》周辺の敵は、少なくないプレイヤーによって狩られ、リポップ待ちという状況が生まれつつある。

 まだ日も昇っていないというのに。

 

(やはり、この街に留まるのは避けるべきですね……)

 

 混乱冷めやらぬ今日ですらこれだ。

 日が経てば間違いなく獲物に窮することになる。

 

(こうなると……2つ目のスキルは《これ》にしておいて正解だったと思えます……)

 

 狩りを続け、少しではあるがスキルも成長する。

 

 実はマーチにも言っていないが、私は最初の狩りの時からすでに2つのスキルを埋めてあった。

 

 私が2つ目に選んだのは《索敵》だった。

 本当は他のスキルも良いかなぁと思ったのだが、攻撃方法をスキルに頼らない格闘術に絞った時、複数のモンスターを相手取るのは、難しいと判断した。

 

 となれば、敵の位置や周囲の状況を目視以外で判断してくれるこのスキルは非常に有用だと思ったのだ。

 結果としては、正解で、《索敵》でモンスターのリポップを素早く察知することで、周囲のプレイヤーより効率よくイノシシを狩ることができている。

 

(とはいえ……2人と一緒に行動する上では、無用になる可能性もありますが……)

 

 何の相談もなく決めてしまったことに、若干の迷いはあった。

 だが。

 

(今は、迷っている場合じゃない。決めたことに自信をもち、貫くのみ、です)

 

 私はレベルアップボーナスをステータスに振り分けずに、そのまま次のモンスターへと攻撃を開始した。

 

 周囲で狩りを行っているプレイヤーたちの多くは、パーティーを組んでイノシシやオオカミを相手に戦っている。

 それも、2~3人というパーティーもあれば、驚いたことに10人という集団で1体のイノシシを相手にしているプレイヤーたちもいた。

 

 プレイヤーの価値観によって、戦い方は様々だ。

 

 例えば私のように、ソロで狩りを行うもの。

 これは、ハイリスク・ハイリターンを背景に、ひたすらに自己強化に努めるということになる。

 戦闘経験値や獲得報酬は分配されない為、パーティーで狩ることに比べれば経験値効率は圧倒的にソロプレイの方が高い。

 が、同時に、死と隣り合わせであるということを忘れるわけにはいかない。

 一瞬の油断やミスが生死を分かつ、常に綱渡りな戦い方だ。

 

 だが、それは私のような一般ソロプレイヤーなら、という話で、これがβ経験者だと、少し事情が違ってくる。

 彼らは、β時に獲得している知識や経験を活かし、可能な限り安全に且つ効率的にスタートダッシュをしていることだろう。

 

 では、その対極に位置する、あのパーティー──10人でイノシシ一体を狩るという戦い方は、何を基準にしているのか。

 

 答えは単純。

 効率も報酬も無視して、ただひたすらに安全性を求めた結果だろう。

 あれも重要な戦い方だと思う。

 絶対に死なないように考えて戦うというのは、重要なことだ。

 

 とはいえ、今の私には効率を度外視することはできないわけで、少しでも安全に効率を上げることを考えて、こうしてソロで狩りをしているのだから。

 

「おぉぉおおおっ!」

 

 気合いを入れて、イノシシを蹴り上げる。

 

 第1層の、それもスタート地点のすぐ近くのフィールドにいる、まさに練習用のモンスター相手なら、よほどのことが無ければHPも基本的には減りはしない。

 ソロにはおあつらえ向き、ということだ。

 

 レベルアップしたこともあり、1戦闘にかかる時間はさらに短くなった。

 レベルアップから10体ほどイノシシを狩った辺りで、地平線が明るくなってきた。

 いつの間にか日の出が近くなっていたらしい。

 

(おっと、さすがに戻らないと……)

 

 私はそこで狩りを切り上げて宿屋に向かって走り出した。

 この辺りのモンスターはノンアクティブ──こちらから手を出さない限りは襲われることのないモンスターばかり。

 走り抜けても問題は無い。

 

(宿屋に戻ったら、レベルアップのポイントをステータスに振るとしますか)

 

 マーチ曰く、ステータスの成長は、何かに偏らせることが重要だということだった。

 自分の役割に応じて、《筋力》か《敏捷》に振り分けることになる。

 驚いたことに可視ステータスがこの2つしかないのだ。

 振り分けにあまり悩まなくて済むともいえるが、どちらを重点的に伸ばすかで、自分の役割は随分と変わってくるだろう。

 とはいえ、私はすでに成長方法を心に決めていたが。

 

 

 

 

 

 

 

「おはようさん、セイド」

「ぅお?! お……おはようございます……」

 

 部屋に戻ると、驚いたことにマーチが起きていた。

 彼は大きなため息を吐いて、私を見やる。

 

「……まぁ、単独行動が悪いとは言わねえし、するなとも言わんが。頼むから無理はしないでくれよ?」

 

 私がどこで何をしていたのか、マーチは想定済みだったらしい。

 

「す、すみません……大丈夫ですよ、無理はしてませんから」

「……そうか。それはともかく、ちとルイを見ててくれ。下から朝飯もらってくるからよ」

 

 それだけ言うとマーチは部屋の下──宿屋1階にある食堂に降りて行った。

 マーチを見送り、部屋の戸が閉まると、私は思わずため息を吐いていた。

 まさか起きているとは思わなかった。

 

 隠れてコソコソ──というつもりもなかったが……こうもあっさりばれてしまうとは。

 私は椅子に腰かけ、メニュー画面を呼び出すと、先ほどのレベルアップで得た貴重なステータスアップポイント3を筋力に1、敏捷に2で振り分ける。

 

 他の多くのゲームでは、筋力・敏捷以外に、器用さ・体力・知識・精神・魅力などなど様々なステータスが存在するものだが、こと、このSAOにおいては、魔法が排除されているということもあり、知識や精神といった魔法に関連するステータスは除外され、器用さや魅力はもともとの個人差で、かつイメージで動くVRMMOにおいて、器用さは自然のものなので、これらもステータスから除外。

 残る体力はというと、レベルアップで自然に伸び、後は装備による補正が大きいらしく、そういった仕様から振り分けるステータスとしては除外されている。

 

 これを聞いたとき、何とも大胆な設定だと驚いたものだった。

 

 ただしその分、筋力と敏捷の補正はこの世界ではかなり重要だ。

 筋力は装備できるものの重量に直接影響があるし、攻撃力にも大きく響く。

 敏捷は移動力や回避能力に影響が大きい。

 

 どちらに偏らせるか、これは重要な問題となるわけだが。

 

「ぅ……ん……」

 

 ポイントを振り終え、自分の判断を再確認していると、ルイさんが寝返りを打った。

 寝かせておくべきかとも思ったが、一応声を掛けてみる。

 

「ルイさん? 起きられましたか?」

「ん~……んんぅ……」

 

 昨日の状態だと、眠りが浅かったりするのではないかと不安だったが、ぐっすりと眠れているようだ。

 それはそれで胸をなで下ろす。

 

(まぁ、マーチが戻ってくるまでは寝かせておいてあげるべきでしょうね……)

 

 それが数分のことであっても、今は大切だと思えた。

 

 それからほどなくして、マーチは3人分のパンとスープを持って戻ってきた。

 

「おい、ルイ、起きろ。朝飯だぞ」

「ぅふぁぁい……珍しいねぇ……マーチんが作ってくれるなん……て……?」

 

 この時、私たちは迂闊にも、ルイさんの心境を把握しきれていなかった。

 

「……ぇ……い……や……うそ……夢じゃ……なかっ……た……の……?」

 

 ルイさんは目が覚めて、周囲を確認したことで、自分がまだSAOの中にいるのだと自覚してしまった。

 願わくは夢であってほしいと、自分の心を無理矢理に押し込めて眠ったのだろう。

 

「っ! マーチ!」

「ルイ、良いから起きてこっちにこい。夢か夢じゃないか分かるからよ」

「マーチ!」

「セイド、良いから俺に任せろよ。あいつは俺が責任もって守る。そう、決めたんだ」

 

 マーチの強い決意に満ちた言葉と瞳に、私はこれ以上何も言わなかった。

 

「……マーチん……ゆめ……だよね……すぐ……戻れるんだよね……?」

「……いいから食え。昨夜は何も食ってなかっただろ。腹減ってるはずだ」

 

 ルイさんは、青ざめながらもベッドから降りて、テーブルに着いた。

 

「ほれ、簡単なもんだけど今日の朝飯だ。これ食って空腹を満たせば少しは元気になる」

 

 ルイさんはそのまま何も言わずにパンを1口頬張る。

 

「……本物じゃ……ない……やっぱり……まだ……ゲームの中なんだ……あれは……夢じゃなかったんだ……っ……ぅ……ぅぅ……!」

「あぁ、夢じゃない。飯も本物じゃない。でも味はする。空腹も満たされる。だから、俺たちは生きてる。その実感が持てる。だろ、ルイ」

「やだよ……マーチん……あたし、すぐにここから逃げたいよぉ……」

「そうだな、ここから逃げちまおう。この街からは逃げないと、生きるのも難しくなる」

「ぇ? ど……どういうこと……?」

 

 とりあえず食事で落ち着いたルイさんに、マーチは、昨夜私と話し合った内容を計画として話した。

 

「……ってことだ。だから飯食ったらすぐ──」

「いやよっ!! 絶対に嫌!!」

「っ?!」

 

 ところがルイさんは、私もマーチも、想像もしなかった拒絶を見せた。

 

「なんでわざわざ危険な外に出なきゃならないの!! ここに居れば絶対安全じゃない!! それに現実側から助けてもらえるかもしれない!! それで解決するじゃない!!」

 

 確かに今のルイさんの意見にも一理ある。

 外に出なければ安全なのだ。

 だが同時に。

 

「確かに、街は安全だが、俺たちの成長もない。今のままじゃ何もできない。成長──レベルアップするには、どうしても外で何かをする必要がある」

「……レベルなんかあげなくていい……ここに居れば安全……じっとしてれば死なない……街からなんて出ない……」

「……ここに居たって死ぬ。遅かれ早かれ、人は死ぬ。現実の体に戻れてもいつか死ぬ」

「今言ってるのはそんな事じゃないでしょ?!」

「同じことだろうが! 死ぬだの生きるだの、どこだろうが、いつだろうが同じだ!」

「っ!」

 

(そういえば……マーチは《生と死》については、私たちよりも敏感でしたっけ……いつもの明るいマーチからは想像しづらい事ですが……)

 

「いいか、よく聞けよ。もう一度言うぞ。今からこの街を出て、隣の村に向かう。その村も《圏内》だ。辿り着けば安全だし、そこまでの道のりも俺は把握してる。安全にたどり着ける。モンスターに出くわすとしても、昨日狩ってたイノシシや、それと大差ないオオカミ程度しかいない。日のあるうちなら、なお安全だ」

 

 マーチはゆっくり噛み砕くようにルイさんに言い聞かせている。

 

「ここで待ってるだけじゃ、助かる見込みは薄いと俺は思ってる。少しでも自分たちで解決する努力をするべきだ」

「そんなの……なんで私たちが……他の人がしてくれるよ……命を懸けてゲームなんかしたくない……他の人がクリアするのを待てばいいじゃない……」

 

 今のルイさんの言葉は、正直なところ、私は許せないと思った。

 

 自分さえ安全なら、他の人が危険にさらされようが構わない。

 そう言ってるのと同じことだったから。

 

 だが、彼女の気持ちも分からないわけではない。

 いきなりこんな異常事態に放り込まれて、他人のことにまで気を配れという方が難しいだろう。

 

「ルイ……いいか? 他人任せにしてそれで助かれると、本気で思ってるのか? 他人任せにしたままで、自分の身に危険が無いと、本気で思ってるのか?」

「思ってるよ……だって、街にいれば――」

「街に居ても、完全に、絶対に安全とはいえねーんだよ、所詮はゲームの世界だからな」

「えっ?!」

「それはどういう意味ですか、マーチ」

「MMOをする連中には必ずいる人種がある。《PK(プレイヤーキラー)》だ」

 

 言われて、その可能性を見ていなかったことに私は驚いた。

 

「SAOがデスゲームになったってことを考えれば、PKって行為に走る連中はいないと思いたいが……俺は、人間ってのはそんなにできてるもんじゃねーと思ってる。それに、ここに居る連中は9割ゲーマーだろう。1層に留まって生き残ろうとする奴らにも絶対PKをしていた奴はいる。そういうやつらは、生活に苦しくなれば、モンスターを相手にするより他のプレイヤーから金品を巻き上げる方が、安全で効率がいいと考える連中だ」

 

 確かに、モンスターを狩るよりもアイテムや金品をため込んだプレイヤーを襲う方が、安全性を確保したまま効率よく稼げる……そう考える輩は多いだろう……。

 

「街の中でも、特定の方法を使えば他のプレイヤーを襲える。そういう手段はある」

「PvPのシステムの悪用……とかですね……考えていませんでしたが……」

「あぁ。だから――」

「だから何よ! だからって外で危険な目に合う必要があるって説明にはならないわ!」

「っ! ルイ! まだわからねーのかよ!」

 

 ルイさんは昨夜のように泣き喚きはしなかったが、こちらの言葉に納得する気配もない。

 

「今ならまだ、ほかの奴らより力を──レベルを上げる機会がある! そうすればこの辺りでの安全はより確実になる! だから楽な範囲だけでもいい! とにかく今は隣の村に向かうべきなんだ!」

「待ってるだけで解放される可能性があるのに、動いて危険な目に遭う必要があるの?!」

「可能性なら、こっちでゲームをクリアする可能性だってある! 大丈夫だ! お前は俺が守ってやる! だから危険な目には合わせねぇ!」

 

 ──しかし、それからも、20分ほど、マーチとルイさんの言い争いは続いた。

 私は基本的に聞くことに徹し、得られた情報や、自分が見落としていた情報の再確認に努めていた。

 

「だから! 何度言えば分るんだ!」

 

 同じようなやり取りを何度繰り返したか。

 

「外からの解決があるにせよ! 無いにせよ! 待ってるだけじゃ何もできなくなる! ヤバい奴らにも対抗できない!」

 

 ルイさんの言葉には、次第に力がなくなっていった。

 

「でもっ! 街から出たりすれば死んじゃうかもしれないんだよっ?!」

 

 ──いくらマーチが言葉を尽くしてもルイさんは、言葉では説得できなかったし、表面上は納得していなかった。

 でも、結果的には街の外に出ることに納得してくれていたのだと思う。

 多少……いや、かなり強引なところはあったかもしれないが、マーチに手を引かれる形で、ルイさんは自分の足で歩いて街から外に出たのだから。

 

 街に留まる事の危険性と、デスゲームに巻き込まれてしまったことの恐怖から、感情が制御できなくなっていたのだろうけれど、マーチの必死の説得で、理解はしていたのだろう。

 感情ではなく、論理的に。

 

 


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