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こんなに増えているとは……皆さんに読んでいただけていることに感謝します!
それと同時に、皆さんに楽しんでいただけるように、今後とも努力していきます!m(_ _)m
「ほへぇぇぇ! すんごい花だねぇ!」
「何度見ても綺麗だね~」
アロマさんとルイさんは、その樹を見上げながら、そんな感想を漏らした。
「この大木が《巨聖花》って呼ばれてる花っす!」
ルイさんの隣に立っているヴィシャスさんは、この場にいるメンバーで初めて来ているのはアロマさんだけだというのに、《巨聖花》の説明を、とても簡単に述べた。
「どう見ても樹なのに、NPCの説明は、どれも《巨聖花》って名前で統一されてるんすから、変なもんすよね」
ヴィシャスさんは、ルイさんやアロマさんのように感慨にふける様子も無く、しかし、それ以上の説明をする様子も見受けられなかった。
私たちがこの場に辿り着いたのは、クエスト要件となる黄昏時よりも少し早目の時間だった。
「ん~……少し早く着いたっすね。流石に急ぎ過ぎたっすかね?」
「この森に入ってからは~、全然走ってないよね~?」
「セイドがせっかちなだけじゃん!」
《巨大花の森》は道も単純で敵も弱いため、移動そのものにはあまり時間がかからない。
それは分かっていたが、クエストの準備や確認を早めにするのは、当然のことだと思う。
「普通です。開始時間に遅れるようでは問題ですが、早い分には問題ないんですから。それに――」
私は時間を確認した。
時刻は17時半少し前――日没、つまり黄昏時まで約30分ある。
「ヴィシャスさん、開始時間は約30分後ですね?」
「そうっす。日没開始頃から行けるっす」
「では、この30分を使って、ヴィシャスさんにも合図を覚えてもらいましょう」
そう言うと、ヴィシャスさんは眉間に皺を寄せた。
「合図って……何の合図っすか?」
「そう難しいことは言いませんよ。私たちが普段使うイベント中の手を使った合図です。ルイさんとアロマさんは、この広場内で、適当に時間を潰して居て下さい。パーティー状態などは解除しないように」
私の指示にルイさんとアロマさんは返事をして、少し離れていく。
代わりに私はヴィシャスさんと向かい合い、簡単な合図を教え始めた。
「この場所を使う何かのクエストがあるんじゃないか~、って噂はあったんだけどね~。今まで発見されてなかったんだよ~」
私とロマたんは特に何をするでもなく、《巨聖花》の広場の端に腰を下ろしていた。
「敵のポップもなし~。クエストもなし~。でも安全エリアじゃな~い、っていう用途不明の場所でね~」
「ふーん……」
ロマたんに至っては寝ころんでいる。
安全エリア外なのにモンスターが出ない場所だと分かれば、そうしたくなる雰囲気のある場所だから、それは気にしない。
(マーチんも、いっつも寝ころぶもんね~、ここに来ると~)
マーチんの場合は、私が膝枕してあげたりするけど、ロマたんは普通に大の字に寝転がっている。
なんというか、本当に男前だと思う。
私は《巨聖花》を見上げながら話を続けた。
「この花は~、この森の~、この場所しか咲いていない花で~、そういった情報が近場のNPCから聞けてね~、だから名前だけは分かってたんだって~」
「それが《巨聖花》かぁ……しっかし、おっきいのに綺麗だねぇ」
《巨聖花》を現実の花にたとえるのなら……白というよりは、銀――いや、
ただ、咲いている花の1つ1つが大人の頭部程もある大きさで、樹そのものも、上層の底に届くのではないかというほどの高さがあるらしい。
全体の大きさなんかは、私には計り知れないところだ。
「NPCの話によると~、この樹の下で愛を誓うと~、永久の愛を約束される~、ってことらしいんだけどね~」
「アハハ! なんかの伝説の樹みたいな話って、やっぱり何処にでもあるんだねぇ!」
「でもさ~……旦那さん、それでも不倫されちゃってるんだよね~……」
「あ……ダメじゃん! その伝説!」
ロマたんのその言葉で、私とロマたんは思わず笑ってしまった。
「でも、そんな場所だからこそ、こんなクエになるんだろうけど……ルイルイにはいい迷惑だったねぇ」
ロマたんは体を起こしながら苦笑いを浮かべてそう呟いた。
「まあ~……これで解決するわけだし~、良いってことにするよ~。マーチんこそ、いい迷惑だったと思うけどね~」
私は視線をヴィシャス君に向けた。
ヴィシャス君はセイちゃんに合図を教え込まれている。
「……流石に覚えが速いね~」
ヴィシャス君は最低限の内容とはいえ、セイちゃんの教えた合図をすぐに覚えているようで、すでに確認作業に入っているようだ。
「むぅ……私はなかなか覚えられなかったのに……」
ロマたんは、そんなヴィシャス君とセイちゃんのやり取りを睨むような目つきで見ていた。
「ん~……でも、教えてるのは5通りくらいだよ~。ロマたんは全部覚えたんだし~、比べなくてもダイジョブだよ~」
「5通り覚えるのも苦労したんだから……やっぱあいつ嫌いだ……」
そう言って頬を膨らませるロマたんを、私は頭を撫でて慰めた。
「では時間になりましたので、クエストを進めましょうか」
必要になるであろう合図を数パターン、ヴィシャスさんに教えたところでクエスト開始可能な時間となった。
「うっす! んじゃ、ルイさん、お願いするっす!」
「は~い」
ヴィシャスさんはルイさんとともに、巨聖花の大樹の根元に歩いて行く。
私とアロマさんは念のため、2人から離れ、広場の入り口辺りに待機し、私はログさんにクエストを始める旨のテキストを送ったところだった。
「ねえねえセイド。何が起こると思う?」
アロマさんは2人を見つめながら私にそんな質問をしてきた。
「随分とアバウトな質問ですね……まあ、予想だけなら何通りかありますが」
「まあ、その中でセイドが一番可能性の高いと思ってるやつを話してよ」
ただ静かに待つのが苦手なのだろう。
アロマさんはこの後、戦闘が起こるであろうことを期待している節がある。
体を終始ソワソワと動かしているのがその証拠だ。
「……予測の話ですからね、一応。私の想像通りなら、あのクエスト受注NPCがここに現れるのではないかと思います」
ヴィシャスさんとルイさんが巨聖花の根元に着くと、ルイさんとヴィシャスさんが揃って右手を挙げた。
イベント開始の合図だ。
私はログさんにクエストが始まった旨をテキストで伝え、何時でもマーチに連絡できるように待機をお願いする。
おそらく2人は、何かのイベントを体験しているはずだ。
しばらくすると、2人の前――巨聖花の大樹の陰から1人の男が歩み出てきた。
「ぉ、何か出たよ出たよ……ん~……セイドの予想通り?」
「ふむ……」
現れたのは、このクエストの受注用NPCであり、クエストの話をしてくる《奥さんに逃げられた不幸な旦那さん》だった。
何かしらのイベントの流れで旦那さんが登場したのだろうが、ヴィシャスさんに喜ぶような様子は見られない。
「……これは、ヴィシャスさんには、残念な結果かもしれませんね……」
その旦那さんNPCに背には、ヴィシャスさんが報酬なのではないかと期待した豪華な両手槍がある。
そんなものを背負ったNPCが、奥さんとの思い出の地に、不倫(という状況を意図的に作った)プレイヤーの前に現れたのなら、結論は1つではないだろうか。
つまり、私の予想は良い意味でも悪い意味でも当たっていたことになる。
「あれが、ボスでしょうね」
そして、まずヴィシャスさんの左手が挙げられ、少し遅れてルイさんの左手が挙げられた。
ボス出現の予兆を感じた合図だ。
この辺り、ルイさんよりヴィシャスさんの方が速かったのは、攻略組としてボスの登場するクエストを数多くこなしてきた経験の差が出たのだろう。
「アロマさん、よろしく」
私はヴィシャスさんが右手を操作しメニュー画面を呼び出したのを確認して、アロマさんに声を掛けた。
ヴィシャスさんからアロマさんへのパーティー勧誘のメッセージが届くはずだ。
「おっしゃぁぁ! あの旦那さんには悪いけど、槍ごと叩っ斬ってやる!」
アロマさんは掛け声とともに駆け出そうとし、しかし私はそれを止めた。
「いえ、やめて下さい。あくまでマーチが着くまでの時間を稼いでください。ボスのHPだけなら半分までなら削って構いません。但し、槍は絶対に破壊しないように」
「ええええっ! 手加減しろってこと?!」
不満げにこちらを見返すアロマさんに、私は事も無げに言い返した。
「手加減するほど余裕のないボスなら、すぐ合図を出して下さいね。いつでも代わりますよ」
「……ふぁーい。いってきまーす……」
こう言われると、負けず嫌いのアロマさんの事だ。
何が何でも時間を稼ぎ、且つ槍も破壊しないだろう。
しかし、そうはいっても不承不承といった感じで、アロマさんはルイさんとヴィシャスさんの元へと駆けて行く。
すると、ヴィシャスさんは上げた左手を左右に振り始めた。
(イベントが勝手に進行するタイプでしたか。ボスの登場は遅らせられないようですね)
ヴィシャスさんの合図は、イベントの進行を止められない合図だ。
旦那さんの言葉に対して、ヴィシャスさんやルイさんが何か反応を返すことでクエストの結末が分岐するタイプのクエストなら、反応を返さないという方法でイベントの進行を遅らせることもできるが、このクエストは、イベントがオートで進み、ある程度まで進むとボスが登場、戦闘開始となるタイプなのだろう。
アロマさんが2人の元に辿り着き、ルイさんの前に出るよりもわずかに速く、旦那さんNPCが背にした槍を構えた。
その時にはすでに、ルイさんもヴィシャスさんもそれぞれの武器を手にしていた。
そうして《黄昏の逢瀬》クエストのボス戦が開始となった。
私はすぐにログさんに、マーチにこちらに来るように伝えてもらう旨の文章を送った。
(さてさて、あとはどうなります事やら)
色々な予測は立てたが、この先ばかりは運任せだ。
このクエストを考えた人の性格によることになる。
「ルイィィィィッ!」
マーチが到着したのは、ボス戦開始からわずか5分後のことだった。
「ちょ! はや! マーチ! ログさんはどうしたんですか?!」
私たちは入り口からこの広場まで約30分かけて歩いて来た。
その道のりを、マーチは約5分で走破したことになる。
この速さで着くということは、マーチは敏捷値全開で、途中の敵も何もかも、無視して走ってきたのだろう。
まあ、敵は動けない植物型なので、トレインの危険は無いとはいえ、相応に人のいる道を全力疾走するというのは、それはそれで迷惑行為だと思う。
それに何より、ログさんがこちらに来ている様子が無い。
「行ってくれって言われたんで、遠慮なく置いてきた! ルイ! 無事か?!」
あっさり置いてきたと言い切ったマーチは、私のことなど眼中にない様子でルイさんの様子を心配するばかりだった。
「だいじょ~ぶ。ヴィシャス君とロマたんがほとんどやってる感じ~」
当のルイさんは無傷のまま、今の所ヴィシャスさんとアロマさんがボスと切り結んでいるばかりだ。
ルイさんは、ただの1度も打ち合う事すらしていない。
「マーチ……いくらなんでも焦り過ぎです。あの2人が付いていてルイさんに万が一があるはずがないでしょう」
「ヴィシャスもアロマも、信じ切るにゃ頼りねえ所があるからな。気が気じゃなかったぜ」
「ちょっとぉ!? 聞こえてるよー! マーチィ!」
ボスの繰り出す両手槍スキルを、その手にした両手剣で見事に受け流しながら、マーチの言葉を聞いたアロマさんが、すかさずツッコんだ。
とんだ地獄耳だ。
「しっかり守れてるんだから、文句言われる筋合いは無いよぉ!」
アロマさんの文句も
「それはともかく。ヴィシャスさん、ボスのHPは?」
「残り6割ってとこっす!」
ヴィシャスさんのその言葉が聞こえたと同時に、アロマさんの斬撃がボスと化した旦那さんを捉えた。
今の1撃で、おそらく残りのHPは半分を切っただろう。
「ではヴィシャスさん、マーチを誘って下さい。それでおそらく、ボス戦は終わるはずです」
「りょ、了解っす! ほんとにコレでクエスト失敗にはならないんすよね?!」
「ならないと思いますよ。(多分)」
最後の多分という部分は、ヴィシャスさんには聞こえないように小声で呟くに止めた。
「その、ボス戦が終わるって意味がよく分からんのだが?」
マーチは、メニュー画面を操作しつつ、ゆっくりと前に進みながら私にそう問いかけた。
「確証はないですよ。初めての試みなんですし」
「それでも話してもらわなきゃ、俺には何が何やらさっぱりなんだよ」
私もマーチに合わせて少しずつ前進しながら、今回のクエストに関しての予測を話してみた。
「ん~、つまりですね。旦那さんNPCをプレイヤーに例えて考えてみると、奥さんに逃げられた自分とマーチを重ねて考えている、という設定ができるのではないかと予測しました。自分の思い出の場所に、浮気相手と一緒に誰かの奥さんがいる。自分の時はそれを阻止できなかった。同じような苦しみ・悲しみを生まないために浮気相手の男を殺してでも――というような危険な思想に至っても変じゃない。というか、旦那さんNPCの台詞にはそういった雰囲気が漂っているようですから」
私の説明を聞き、マーチは呆れた様な表情を浮かべつつ、納得したようだった。
「なーる……だから、ルイと浮気相手が襲われるって展開になるわけか。そこに俺が行くことで、旦那の心境としては、『ああ、俺と違ってこの奥さんの旦那さんは間に合ったのか。俺のすべきことではなかった』みたいな展開になるってのがお前の考えなわけだ」
私の話を聞いたマーチにも、先の展開が予測できたようだ。
「そういうことです。さ、マーチ、ルイさんの元に行ってあげて下さい。そこでカッコ良くルイさんを抱きしめて、何か台詞の1つでも決めてきて下さい」
しかし、私のこの言葉は、マーチの予測にはなかったようで、目を大きく見開いて、こちらを見返している。
「……え、それ、マジで?」
そんなマーチを、私はまっすぐ見つめ返しながら言葉を続ける。
「戦闘終了要件が不明な分、真面目にお願いしますよ」
「……本当にマジで?」
「マジです」
「……マジか……人前で……照れくせぇな、それは……」
そう言いながらもマーチは、ルイさんのもとに駆けていった。
(まあ多分、本当はそんなことをする必要はまったくないと思いますけどね。そのくらいのことはしても