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――そうして、やはり、というべきだろうか。
ルイさんは何とか防ぎ続けるも、最終的にはヴィシャスさんに体勢を崩されたところで大きく武器を弾かれ、決定的な隙を晒してしまい、石突による強烈な突きの1撃を肩口に叩き込まれてしまった。
『ぅぉぉおぉぉおおおおおお!』
ギャラリーからは大きな歓声が起こった。
デュエル時間、4分22秒。
初撃決着デュエルとしては長期戦となったその試合は、見ていた者たちに驚きと感動を与えるものだった。
「ゼェ……ゼェ……か、勝ったっす!」
勝ったヴィシャスさんは、しかし息も絶え絶えのまま、その場へ座り込んだ。
それはまあそうなるだろう。
ルイさんの、突きを基点とした攻撃の組み立てに、更にノーモーションでの打突や加速が織り交ぜられるのだから、それを防ぐ側としては、精神的に結構きついものがある。
そこから何とか反撃に転じたものの、ルイさんが防ぎ続けるものだから、彼も攻め手を緩めることなく、集中し続けなければならなかった。
これは、体力的にも精神的にも、非常に疲れることだっただろう。
「いったぁ~……やられたなぁ~……」
ルイさんは、1撃を喰らった際の衝撃で地面に倒れたまま、右の肩口を抑えていた。
「ん~。ルイルイ、いい勝負したね!」
ルイさんにそう声を掛けたアロマさんの横を、マーチが静かに追い抜き、ルイさんの元へと歩み寄る。
「や~、負けちゃったよ~、ゴメンね~、マーチん」
負けてしまったルイさんを、マーチは無言で抱きかかえた。
「え、ちょっと! マーチん?!」
不意に《お姫様抱っこ》される形になったルイさんは、思わず声を上げたが、マーチはルイさんを下ろすことなく――
「お前は良くやったよ。あれで負けても、誰も文句は言わねえ」
――ルイさんに笑顔でそう声を掛けた。
「……うん……ありがと、マーチん」
ルイさんも、そんなマーチに抱き着き返していた。
ギャラリーが熱い抱擁に喜び、冷やかしの声を上げる中、私は少し離れた所から2人を見守っていた。
ゼイゼイと息を切らしている勝利者のヴィシャスさんは、ほとんど空気化している。
アロマさんだけは、ヴィシャスさんの頭をつんつん突きながら――
「ねえねえ、勝ったのに何も言ってもらえないね」
――などとほざいていた。
(このトラブルメイカーはまた、余計なことを……)
まあ、これが原因で何か起こることは無いと思うのだが、トラブルの火種を作るような真似は止めてもらいたい。
「ゴホン! ラヴラヴなとこ申し訳ねーっすけど!」
ヴィシャスさんが咳払いを1つして、立ち上がった。
「ルイさんには、俺に付き合ってもらうっすよ!」
頑張って、勝利者としての条件を主張するヴィシャスさんの目元に、何か光るものが見えたような気もするが、ツッコまないでおいた方が彼のためだろう。
ヴィシャスさんの発言を受けて、ギャラリーは徐々に散って行った。
デュエルそのものは終わったのだから、これ以上この場に留まる者はまず居ないだろう。
「……しょうがないねぇ~、そういう約束だったし~」
マーチはルイさんを下ろし、ルイさんは苦笑を浮かべてそう答えた。
「……おい、ヴィシャス、てめえ後で俺とデュエれな!」
ルイさんが負けたとはいえ、マーチとしては黙っていられる状況ではないだろう。
とても憎悪の籠った視線をヴィシャスさんに突き刺している。
「こちらの用事が済んだら、気の済むまでお相手するっす!」
ヴィシャスさんも、主目的が達成できそうだということで、安易にマーチの言葉を了承していた。
(後でどうなっても知りませんよ……まあ、自業自得でしょうが)
私が心中でヴィシャスさんに合掌していると、彼はそんなことはつゆ知らず、元気を取り戻してメニュー画面を操作していた。
「んじゃ、ルイさん、俺とパーティー組んで、《巨大花の森》に行くっすよ!」
ヴィシャスさんはルイさんをパーティーに誘ったのだろう。
ルイさんも、パーティー勧誘のメッセージに了承を返す。
しかし、ヴィシャスさんに近寄って行ったのはルイさんではなく、トラブルメイカーのアロマさんだ。
「ねえねえ、なんかのクエなんだよね! 私も知りたい! ついてく!」
アロマさんは、何を言うかと思えば、そんなことをのたまった。
「ていうか、さっきから何で俺の頭を突くんすか、この人?」
さしものヴィシャスさんも気に障ったのだろう。
アロマさんがまた頭を突こうとしたもので、アロマさんから逃げるように距離を取った。
「アロマさん、突いてはダメですよ。それに、ヴィシャスさんは正面からデュエルしてルイさんに勝ったんですから、付いて行ってはいけません」
今のデュエルが正当なものだったことは、私たちもギャラリーも認めるところだろう。
ならば、ヴィシャスさんの出した条件にケチをつけるような真似はできない。
「だってだって! 《2人きりでパーティー》組めればいいんでしょ? だったら私たちがついて行っても問題ないじゃん!」
突かなきゃいいのかと、今度はヴィシャスさんの髪の毛の束を引っ張りながら、アロマさんが反論した。
逃げたはずなのに、あっさり髪の毛を掴まれた辺り、ヴィシャスさんも先ほどのデュエルでの消耗が未だに尾を引いていると考えた方が良いだろう。
ヴィシャスさんの条件は《2人きりでの外出》であって、《2人きりでパーティーを組む》のは、あくまでもそのための前段階だ。
アロマさんにその旨をしっかり言い聞かせようと思ったところで、ヴィシャスさんが口を開いた。
「だ! ダメっすダメっす! 結婚相手が、パーティー外であっても一緒に来たらダメなんすよ!」
ヴィシャスさんは大いに動揺していた。
動揺し過ぎて、アロマさんの嫌がらせにも反応していない。
確かに2人パーティーは成立しているのだから、システム上では《2人きり》となるが、パーティー外であってもダメだと言い切る彼には、何かしら思うところがあるのだろうか。
「あー、やっぱり? ってことは、別にルイルイじゃなくても良かったんじゃない?」
と、今度はアロマさんが、妙に真面目な顔をしてそんなことを言った。
「はぁ?! おい、アロマ、どーいうことだよ!」
だから、このアロマさんの台詞には、マーチが激しく食いついた。
ルイさんでなくても良かったと言われれば、それは聞き捨てならないだろう。
ヴィシャスさんの受けたクエストの要件が、ルイさんなのだと思っていた私も、今の発言は聞き捨てならなかった。
「だからねー、多分この人の受けたクエって、《黄昏の逢瀬》クエだよ、きっと!」
「あぁ、なるほど」
アロマさんにクエスト名をハッキリ言われて、私もようやく得心がいった。
ヴィシャスさんは、アロマさんに髪を引っ張られながら、明らかに顔を引きつらせている。
言い当てられたとみて良いだろう。
しかし意外にも――
「何だよ《黄昏の逢瀬》って! おい、セイド!」
――情報通のはずのマーチが知らなかったということに、私は少なからず驚いた。
「マーチが知らないとは、意外ですね。最近見つかったばかりの、未クリアクエストですよ。確か進行条件が《異性の既婚プレイヤーと2人パーティーを組む》ことだったはずですね。受注するには、未婚である必要がありますけど、受注だけならソロでもできるようです」
「なっ……んだそりゃ! つまりあれか?! 不倫的なイベントクエだってことか?!」
この世界に限ったことではないが、クエストにも色々な種類がある。
今回マーチが言ったのは、戦闘などを介さないイベントシーンが連続する、進行条件が限定されている類の《観賞クエスト》という意味合いだ。
僅かながらもこのクエストの情報を得ていながら、私もヴィシャスさんの進めようとしているクエストが《黄昏の逢瀬》だと気が付けなかったのは情けなく思う。
だが、そうと分かれば納得いく点も、今後のこちらの行動も、色々と見えてくる。
「そうではないと思います。実際に受けているわけではないのでハッキリとは言い切れませんが、イベント観賞クエストではない気がするんですよ」
「え? そりゃどういうことっすか、セイさん」
ここで反応したのは、クエスト受注などという不埒を働いたヴィシャスさんだった。
「……まさかヴィシャスさん……ただの観賞系クエストだと思っていたんですか?」
「そうっすよ? 2人でパーティー組めってのに、ボスとか出ないっすよ」
当然とばかりにそんなことを言い放つヴィシャスさんに、私は思わず眉間を押さえてしまった。
「ダメダメだねぇ。クエスト受注のNPCの話、ちゃんと聞いたの?」
私に代わって二の句を継いだのはアロマさんだった。
アロマさんは、ヴィシャスさんの髪を引っ張るのに飽きたのか、私の隣に来て、腰に手を当てた姿勢でヴィシャスさんに視線を送っている。
「聞いてたっすよ! あの《奥さんに逃げられた旦那さん》NPCっすよね!」
「……聞いてて、予想がつかなかったんですか……」
私は思わずため息を吐いてしまった。
アロマさんも、真似してため息を吐いて、両手を肩の高さに挙げて、ヤレヤレといった様子だった。
「その旦那さんNPCが言ってるそうじゃないですか。『恋人時代の思い出の場所に、他の男と一緒に行くなんて、許せない。そんなことがあるようなら、呪ってやる』って。その台詞は、おそらく、戦闘を介するクエストであることを示唆しています。真面目に2人で行ったら、危険かもしれません」
大概のクエストにおいて、『呪ってやる』『恨みを晴らす』『復讐してやる』などといった呪詛の籠った台詞がある場合、ボスの有無は別として、戦闘を介する場合が殆どだと私は認識している。
このクエストも、例外ではないだろう。
その経験も踏まえてヴィシャスさんに警告したのだが。
「んなこと言ったって! あのクエは、結婚してる相手の正式なパートナーがその場にいたら、進行しないじゃないっすか!」
ヴィシャスさんは半ば混乱したような様子で反論してきた。
まあ、気持ちも分からないではないが、しかし、今私が気になったのは、彼の様子ではなく、その台詞の物語るところだ。
(進行しないのを確認しているということは……1度行ってますね。他の誰かと)
若干の眩暈を感じながらも、何故彼がルイさんに拘ったのか、分かった気がした。
「そうですか……その後も2人である必要があると……では、クエストの裏をかきましょう。とりあえず、皆さん、出発準備を。ヴィシャスさん、とりあえずデュエルの条件は満たさせます。それに加えて、こちらでクエストクリアを手伝いましょう。それで良いですね?」
「うっ……でも、それじゃ……」
ヴィシャスさんが表情を曇らせる。
彼の懸案事項など手に取るように分かる。
「クエスト報酬のアイテム狙いでしょう? 確か、旦那NPCの部屋に豪華な両手槍があるって話ですし、それが報酬ではないかと睨んでいるんでしょう?」
「……そうっす」
やはりヴィシャスさんはヴィシャスさんだ。
未クリアのクエスト報酬がレアな両手槍かも知れないとなれば、何が何でも手に入れたいと思うのは、彼ら《DDA》らしい。
「それが手に入るのであれば、貴方に差し上げますよ。私たちはクエストの情報を知りたいだけですから」
故に、こう言ってやれば、彼はこの件に関して、これ以上不満は無いだろう。
「そ、そうっすか……すんません、セイさん、皆さん……」
それに何より、私たちとしては、彼のストーカー行為が終わればそれでいいのだ。
「チッ! なんだって不倫クエに俺まで!」
マーチとしては腹立たしいことこの上ないだろうが、この際我慢してもらうしかない。
「ああ、マーチはダンジョン外にいて下さいね。クエスト進行しなくなるので」
「ちょ! おま! それでなんで俺まで行かにゃならんのだ!」
「ボス戦時に呼びます。それに、おそらくその必要があるクエストなので」
私がそう言うと、皆が分からないという顔をしていたが、とりあえず出発準備を優先させた。
黄昏時までには、クエスト指定位置に行かねばならないのだから。