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「こんにちは、ヴィシャスさん。貴方も毎日こりませんね」
私は笑顔で、ギルドホームの門の前で仁王立ちしている、両手槍を背負った灰色の髪の男――ヴィシャスさんに話しかけた。
「ども、セイさん。俺はルイさんを諦める気はないっすよ?」
ヴィシャスさんは、そんな私に対してニコリともせず、真っ直ぐ睨み返してきた。
彼がこの行為を始めてから2日目ほどまでは、私も説得を試みたのだが、彼は聞く耳を持たなかった。
彼はこの1週間というもの、昼頃になると現れ、日暮れまでこうして門前で立っているという行為を繰り返している。
私達が外出することを妨害するのではなく、しかし、外に出たら出たで、ただひたすらにルイさんに付いてきて口説き始めるので、非常に厄介だ。
それ以降は根競べのようになっていたのだが、こちらが根負けした形になる。
「そのようですね」
彼の根気強さには呆れたが、しかしこちらもただで折れるわけにはいかない。
「何故ここまでルイさんに拘るのか、理由を説明していただけると助かるのですが?」
その視線を受け止めながら、私も彼から視線を外さず、笑顔のまま問いかける。
彼のストーカー行為が始まってから2日目にも同じ質問をしたのだが、その時は、にべもなく「答える必要はねえっす」とあしらわれた。
「男が女を追いかけるのに……理由なんかいらねえっすよ」
だが。
今回、そう答えたヴィシャスさんの表情からは、一瞬、揺らぎが見て取れた。
彼は良い意味でも悪い意味でも真っ直ぐな男だ。
彼は嘘をつけない。
それが表情に出るからだ。
そして彼は、前回と違い、回答を拒否するような発言をしてこなかった。
ヴィシャスさんとしても、この1週間のストーキングで神経をすり減らしていたという証拠だろう。
(やはり、何かありますね……何を隠しているのやら……)
彼がルイさんにこだわる理由は、マーチの言っていたように単純なものではないだろう。
なら、それを探り出すべきだ。
「そうですか……まあ、なんにせよ、これ以上付きまとわれても迷惑なので、ルイさんからは承諾を得て、ヴィシャスさんとルイさんでデュエルによる決着をつけていただきたいのですが、いかがでしょうか?」
私が笑顔でそう提案すると、ヴィシャスさんは『意外だ』という表情をしてみせた。
「デュエルっすか? いいんすか? 俺本気でやりますよ?」
「ええ、どうぞ本気でやって下さい。それで、先にお聞きしますが、ヴィシャスさんが勝った時の条件はなんでしょう? ああ、もちろん、その内容によってはこの話は無しです」
私は変わらず、笑顔のまま会話を続ける。
私の出した条件は、暗に『マーチと別れて自分と付き合って欲しい』的なことであれば即断るという意味合いがある。
つまり、この段階で、ヴィシャスさんは自分の思惑をある程度暴露するしかない。
「ん……それは……」
予想通りというべき反応が返ってきた。
彼はすぐには答えられず何やら思案気にしている。
が、ここでそんなに考えさせるつもりはない。
「今それが聞けないのであれば、この話は無しです」
私は、先ほどまでの笑顔を消し、無表情で畳み掛けるように言葉を重ね、彼に背を向ける。
「わ! 分かったっす! 俺が勝ったら、ルイさんと2人きりで出かけさせてほしいっす!」
案の定、彼は慌てて条件を提示してきた。
やはり、彼は交渉ごとが上手いわけではないようだ。
これなら本当の目的を聞き出すこともできるかもしれない。
私はヴィシャスさんに向き直り、無表情のまま、さらに条件を限定させる。
「出かける、のは良いとして、何処に、というのが抜けています。それでは許可しかねます」
「そ、それは言えねえっす……」
「話になりませんね。この話は無かったことに――」
再び身を翻してホームに戻ろうとする私に、ヴィシャスさんは再度慌てて声を上げる。
「え、ちょ! 待つっす! 分かったっす! 47層の《巨大花の森》っす!」
と、ヴィシャスさんは外出場所にフィールっダンジョンを指定してきた。
それを聞いた私は、思わず眉をひそめた。
現在の最前線が57層であることを考えると、10層下の通常ダンジョンというのは、攻略組からしてみればレベル上げにも使われない階層になる。
レベルの安全マージンだけで見れば、ルイさんのレベルでも絶対安全と言えないことも無いというレベルだし、何より《巨大花の森》自体は難易度も低く、色々な意味で有名な場所だ。
だが。
「……ヴィシャスさん、《圏外》に人を連れ出そうというのに、言わないというのはマナー違反ですよ。まあ、今の貴方の行為も充分にマナー違反ですが」
問題はここだ。
彼の言う『2人きりでの外出』が《圏内》のデートスポット程度なら、何の問題も無い。
外出の真意が何であっても、《アンチクリミナルコード有効圏内》というだけで安全が確保できるからだ。
(まあ、マーチの精神面としては大問題だとは思うんですが、この際、それは伏せておくとして)
だが、これが《圏外》への外出ともなれば、何層下だろうと関係ない。
安全の確保が確実ではないのだから。
そのことに遅まきながら気付いたのであろうヴィシャスさんは、表情を微かに暗くし、少し俯いて言葉を返してきた。
「もちろん、悪いとは思ってるっす……でも、こっちも形振り構っていられないんすよ……」
これを聞いた私は、推測を確かなものにしていった。
(形振り構っていられない……本当なら、こんな真似はしたくないということですね……だが、これ意外に思いつかなかったというところでしょうか……)
この時点で、私はヴィシャスさんの行動理由から、ルイさんに惚れただけという可能性を排除した。
(となれば、あり得るのはクエスト関係……ルイさんでなければならない何かのクエスト……といったところか)
彼が何か、新しいクエストを見つけ、そのクリア条件の1つがルイさん、といったところだろう。
(しかし、人を指定するクエストなんてあるものでしょうか?)
少なくとも、現時点で私の持ち得る情報に《プレイヤー名を指定されるクエスト》というものは無い。
それに、他にも疑問に思うところはあるが、今はここまで分かっただけで良いとしておく。
こちらもあまり思案する時間を取ると、ヴィシャスさんにも色々と考えさせる時間を与えてしまうからだ。
「……まぁいいでしょう。ただし、その条件で貴方が勝ったとして。もしルイさんに危害が及ぶようなことがあれば――貴方達、潰しますよ?」
「は?!」
やれやれといった表情で告げた私の言葉に、ヴィシャスさんは目を丸くしていた。
ヴィシャスさんも今の言葉の意味は分かったのだろう。
私達のような少人数ギルドが、貴方達――つまり攻略組最強ギルドの一角を担う《DDA》を潰す、と言ったのだ、と。
「いや、セイさん、それはいくらなんでも大ぼら吹き過ぎっすよ。DDAの規模と実力、分かるっすよね?」
ヴィシャスさんは私の台詞に、呆れたように笑い、真面目に取り合わなかった。
「――嘘だと本気で思ってるなら、貴方から分からせてやっても良いんですよ、ヴィシャス」
「――っ!?」
「――さん」
そんなヴィシャスの態度に、ついつい本気で脅してしまっていた。
「……いや、失礼。まあ、《圏外》で何かするというのなら、そのくらい気をつけろということですよ。分かりましたか? ヴィシャスさん?」
いつも通りの笑顔でヴィシャスさんに語りかけたが、彼は無言で何度も首を縦に振るばかりだった。
彼の表情に怯えが見えている。
(そんなに凄んだつもりはないんですが……)
自分でやったことに少々傷付きながらも、その後、ヴィシャスさんともう少しデュエルの話を詰めてから、私はホームに戻った。
「おかえり~。セイちゃん、どうだった~?」
ホームに戻った私を、扉のところで心配そうに出迎えてくれたのはルイさんだった。
ルイさんの表情には、やはり不安の色が見て取れた。
「デュエルでの決着で、彼に異存はないとのことです」
私はとりあえず、ルイさんと一緒にテーブルまで戻り、席に着いた。
「んで? 奴が勝った場合の条件は? 俺とルイに別れろってか?」
ルイさんも席に着いたところで、マーチが話の詳細を聞きに来た。
「まさか。そんな条件だったらデュエルさせませんよ」
私はそう答えて、食事を並べる際に用意しておいた水を1口飲み、続きを話した。
「彼からの条件は、ルイさんと2人きりのパーティーを組んで47層の通常ダンジョン《巨大花の森》に出かけさせてほしい、というものでした。これは推測ですが、おそらく何かクエストを受けたんでしょうね」
そう言った私の言葉に、ルイさんとマーチは少し安堵した表情を浮かべた。
予想していた事態より軽く済んだからだろう。
「ふへふほ? はひはひ?」
クエストという私の言葉に反応したのは、相変わらず食事を口いっぱいに詰め込んでいたアロマさんだった。
「だから口の中のもん飲み込んでから喋れっての!」
「――んむぐ! クエストってなになに!」
マーチの突っ込みはごもっとも。
アロマさんは食べていたものを飲み込んで、もう1度同じことを言った――らしい。
私は思わず呆れながらも、話を続けた。
「クエストだという話も、クエストの詳細も聞き出していませんが、47層のダンジョンですから、危険は少ないでしょう。どうですか、お2人とも。この条件でデュエルを承知できますか?」
クエストの話を聞かなかった理由は、クエストのクリアに成功しようと失敗しようと、こちらに実害はほとんどないと判断したからだ。
「私が勝った場合の条件は~?」
こちらに実害が無いとしても、無条件で受けてやる義理も無いので、当然ルイさんが勝った場合の条件も付けてある。
それも、ヴィシャスさんが勝った場合のモノより、手厳しく、且つ即物的に。
「今後2度とルイさんとマーチの前に現れないこと。それと、これまでのストーカー行為に対する慰謝料として、彼の持つ、ご自慢のレア装備を全ておいて行くこと。これで手を打たせました」
「うっひゃー! 鬼セイド! 《DDA》攻撃部隊サブリーダーの装備ってことになれば、相当なレア物ばっかでしょ? よく承知させたね!」
そこはまあ、交渉術――と言いたいところだが、実はそうではなかった。
私が答える前に、話の流れを察したのだろうマーチが先に答えを言っていた。
「バカアロマ。《DDA》に所属してる奴がそんな条件を飲むってことは、負ける気がしねえってことだろうが。ルイのバトルセンス舐めてんな、あのヤロウ!」
私よりも言葉は悪いが、言わんとするところは同じだった。
「バカって何よバカって⁈」
マーチにバカ呼ばわりされたことに対して、アロマさんが何やら喚いていたが、とりあえず無視。
「この条件を出したとき、ヴィシャスさんは二つ返事で承諾しました。自身の勝利を疑っていないんでしょうね」
正直、ヴィシャスさんの態度は無謀だと思ったが、攻略組に属する彼の自信は、実力に裏付けられているものだ。
ルイさんが如何な実力者であっても、負けるつもりが無いからこそ、あの条件でもデュエルを受けたのだ。
「う~ん……ますます自信なくなるなぁ~……」
対して、ルイさんは、実力はあるものの精神面が弱い。
この差が、勝負に影響するかもしれない。
「大丈夫、大丈夫! ルイルイなら良い勝負できるって! 自信持って!」
ちょっと前まで膨れっ面をしていたアロマさんは、ルイさんの不安げな様子を見ると、すぐに明るさを取り戻してルイさんを励ました。
アロマさんのこういうところに助けられることも多いのは事実だ。
「そうかな~……」
ルイさんも、アロマさんの励ましで多少は自信を持てたのか、不安気ながらも笑顔が見て取れるようになった。
そうしてルイさんは、メニュー画面を開き、デュエル用の武器を選び始め――
「ルイさん、ちょっと――」
――そんなルイさんに、私は1つ耳打ちをした。
「――ん、りょ~かい。んじゃ~、それで行ってみるよ~」
ルイさんは、装備フィギュアを操作して、武器を《両手棍》にした。
「んじゃ~、いってみよ~か~」
ルイさんは、普段通りの、気合いが入っているのかいないのか、いまいち分かり辛い掛け声を上げて表に出た。
「応援してるよ! ルイルイ!」
それに続いてアロマさんも掛け声を上げながら表に出る。
2人に続いて私とマーチも外に出ようとしたところで、マーチが私に話しかけてきた。
「おい、セイド。あれはお前がアドバイスしたのか?」
「そうですよ」
マーチの言う、あれとは、ルイさんの両手棍のことだ。
最近のルイさんは、武器を《両手棍》から《片手棍》と《鞭》という、メイン・サブ武器という組み合わせに変えている。
しかし、今回のデュエルでは、もっとも使い慣れている両手棍を勧めたのだ。
「ヴィシャスさん相手に、鞭は分が悪いですから」
私とマーチも、外に出たところで歩みを止めると、ルイさんは1人、ヴィシャスさんと一定の間を保って、お互いに簡単な挨拶を交わしていた。
「そうか? 俺はあんまそう思わなかったんだがな……」
そんなルイさんの様子から目を離すことなく、マーチはそう呟いていた。
私の言葉に、マーチは納得しかねるという表情を浮かべていたが。
「鞭って初動に隙があるからねぇ。有効なダメージを与えられる瞬間が、他の武器と比べると遅いし、相手の動きを読んで有効な1撃を入れるのは難しいんだよね」
私が言うより先に言葉を継いだのはアロマさんだった。
どうやら私の台詞が聞こえていたらしい。
「ルイの錘と鞭の組み合わせ相手に、8分近くデュエってたアロマが言うことか?」
アロマさんの台詞に、マーチはすかさず反論したが。
「だから言えるんだよ。ルイルイの鞭と片手棍のコンビネーションセンスは確かに凄いけど、でもまだ最前線クラスの人に通用するものじゃないと思う。今ならまだ、ルイルイが本気を出せるのは両手棍だよ」
(流石、アロマさん、よく分かっている)
使用していた期間が長い両手棍は、ルイさんの主武装として、ある種の完成を見せている。
それと同程度に、ルイさんは片手棍も鍛えてはいたが、あくまで両手棍のサブ的な要素が強かったため、スキル習熟度的にも両手棍には及ばない。
「ま、そりゃそうか……最近見てなかったから、ちと不安だったが」
マーチの気持ちも分かるが、今はまだ、ルイさんの全力を引き出すのならこの選択の方が良いはずだ。
「さ、始まりますよ。良く見てて下さいよ、マーチ。ルイさんだけではなく、ヴィシャスさんの、SAO最強ギルドの1つ《DDA》の攻撃部隊サブリーダーを務める男の実力も」
「ルイー! 負けんなよー!」
私の台詞に答えることなく、マーチはルイさんに声援を送り、ルイさんはマーチの声援に片手を上げるだけで応えた。