ソードアート・オンライン ~逆位置の死神~   作:静波

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これほど大勢の方々に気に入って頂けるとは……想像もしていませんでした(>_<)


第三章の開始となりますが、投稿頻度が少し落ちると思います(;一_一)
それでもよろしければ、お楽しみいただけると幸いです m(_ _)m


第三章・相思
第一幕・募る困惑


 

 

 ギルドホームのリビングで、私はルイさんの手による昼食をテーブルに並べていたのだが。

 

 マーチは手伝う様子も無く、椅子に座ったまま脚を延々と揺すっていた。

 

「……マーチ……落ち着いて下さい……せめて、その貧乏揺すりは止めて下さい」

 

 昼食をあらかたテーブルに並べ終えたところで、マーチにそう言うと、マーチは揺すっていた膝に手を叩き付けるようにして揺するのを止めた。

 

 その表情は、非常に険しい。

 

 こんなやり取りも、今日で5日目だ。

 私はため息を吐いて、玄関の横にある窓からカーテン越しに外を見やる。

 

 そこには、金属鎧を身に纏い、両手槍を装備したグレーの髪の男性が、ギルドホームの門前に立っているのが見える。

 

 カーテン越しなので、外からこちらは見えないようになっている。

 視線をテーブルに戻すと、マーチが必死に膝を抑えているが、貧乏揺すりは完全には止まっていなかった。

 

 最近、マーチはイライラしている。

 とてもイライラしている。

 理由は単純明快。

 

 ルイさんにストーカーができたからだ。

 

 ストーカーの男――今もギルドホームの外にいる男の名は《ヴィシャス》という。

 レベル的には私達と大差ない攻略組のプレイヤーの1人であり、大手攻略ギルド《聖竜連合》の一員だ。

 

 これが厄介なストーカーで、コソコソとか、ネチネチというタイプではなく、清々しく正々堂々とストーカーしてくるという……ストーカーという単語が間違っている気もしないではないが、そういうタイプの男だった。

 

「まいったねぇ~……今日で1週間だよ~……」

「……くっそ! あの野郎! 何度言っても聞きやしねぇ!」

 

 ルイさんは苦笑いなどではなく、本当に困った顔をし、マーチは両手で頭を掻き毟った。

 

 ヴィシャスさんは、何故かルイさんがマーチと結婚しているというのを知っていた。

 しかし、それを承知の上でルイさんのストーカーしているのだから、質が悪い。

 

 これが通常のMMORPGならGM(ゲームマスター)コールをして解決なのだが、生憎とSAOにおいて、GMは存在しない。

 ハラスメント行為に対するコード発動には、一定の直接的条件が必要になるため、こういったストーカー被害は、実は多く存在する。

 

 プレイヤーによる治安維持活動を行っているSAO最大ギルド《アインクラッド解放軍》――通称《軍》の人間に相談すれば、相応の対価とともに当該プレイヤーを一時監獄行きにすることも可能とはなっている。

 だが、最近の軍の活動は悪質化――要求される金額が不当に高いなど――していることもあり、また、今現在ではそこまでの被害があるとも言い切れないので、それは本当に最後の手段だ。

 

 ――もっとも、マーチはすでに軍の知り合いと話をしたこともあるようだが。

 

「……マーチ、確かシンカーさんと話をしたんでしたっけ?」

 

 私はマーチにそう尋ねながら席に着いた。

 ルイさんもマーチの隣に腰を下ろす。

 

 シンカーさんとは、マーチの知り合いでもあり、軍の最高責任者であり、ギルドマスターである。

 いきなり軍の総責任者に話をするというあたりが凄い。

 

「……ああ……けど、今の状況だけじゃ監獄送りにするわけにもいかねぇって言われた」

 

 半ば諦めた様子でマーチがぼやくように答えた。

 

 シンカーさんは、悪質になりつつある軍の体制を何とかしようと毎日頭を痛めているようだが、1人の人間の手には余る大きさにまで肥大化してしまった巨大ギルドは、彼1人ではどうにもできない状態になっている。

 それに、聞いた話では、サブリーダー的な人物が率先して《徴税》と称したカツアゲをしているらしい。

 内部分裂も、ここまで来ると末期状態も近いだろう。

 

 ともあれ、シンカーさんに直接話ができるマーチなら、不当な額を払わされる心配はないのだろうが、シンカーさんの性格からすると――

 

「ほふゅふぇふゅふぇふぃふぁふぃふぁふぃふぁあはふほんははいほんふぇ」

「……アロマ。何言ってっか分からんから、口に入れた肉を飲み込んでから言え……」

 

 マーチの言葉に、アロマさんが何か言ったのだが……今日の昼食に用意した《レイジング・シープの肉》のステーキを口いっぱいに頬張っていて、何を言っていたのか全く分からなかった。

 

 いただきますの言葉すら言う前に、メインのステーキを頬張っていることは、この際見逃すとして、普段なら笑ってしまうようなアロマさんの行動も、今のマーチにしてみれば、イライラの要因にしかならないようで、マーチはとても剣呑な目つきでアロマさんを睨んでいた。

 

「――んっぐ! だからね。直接的な被害があるわけじゃないもんね、って言ったの」

「……俺的にはもう、充分すぎるくらい被害があるけどなっ!」

 

 ――そう、直接的な被害が、何もないのだ。

 

 ルイさんは、毎日毎日ヴィシャスさんにしつこく声を掛けられているが、それだけだ。

 抱き着かれたり、無理矢理手を握られたり、何度も何度もフレンド登録要請のメッセージが送られてきたりという、コード発動に必要な接触が一切ない。

 

「マーチん、おちついて~」

「くぅぅぅぅぅぅぅっ! あいつ、マジうぜええぇぇぇぇぇえ!!」

 

 呻いたマーチは再び両手で自分の頭をガシガシと掻き毟った。

 そういった事情もあり、まあ、マーチのイライラする気持ちも分からなくもない。

 

 マーチにしてみれば、『奥さんにちょっかいを出す不届き者』が、毎日近くにいるというのに対処のしようがないなのだから、その心中は計り知れない。

 更に。

 

「だああ! くそっ! また拒否られた!」

「……マーチ……またデュエル申請したんですか……」

 

 これも、ここ毎日のやり取りとなりつつあった。

 

「こりないねぇ。あの人、マーチとデュエルする気ないんでしょ?」

「だからって、何もせずにいられるかっ!」

 

 マーチは何度もヴィシャスさんにデュエル申請をしているが、ヴィシャスさんはデュエルを受ける気が全く無いのだ。

 

 曰く、マーチと戦う理由は無い、らしい。

 

「……マーチ、程々にして下さいね。それでマーチがハラスメント行為で監獄に送られても困るので」

「くぁぁぁぁぁぁあっ!! 茅場のばっかやろぉぉぉぉおおおおお!!」

 

 マーチのやり場のない怒りが、GMであるはずの茅場晶彦に向いたところで、私は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

 

「しっかし、彼も諦めが悪いよねぇ。どう見たって、ルイルイとマーチの間に入り込めるわけないってのに」

 

 人の心理には人一倍鋭いアロマさんにも、ヴィシャスさんの行動は理解できないもののようだ。

 

「ん~、なんでここまで私に拘るのかな~?」

「そりゃ、お前に惚れたからだろ!」

 

 ルイさんの言葉に、半ばやけくそになって叫ぶマーチを、アロマさんは半眼で見つめていた。

 

「……マーチじゃあるまいし、それだけの理由で1週間も通い詰めるかなぁ?」

「そりゃどーいう意味だアロマ?!」

 

 アロマさんの意味深な発言に、マーチがイライラの発散場所を求めるかの如く噛み付くが、アロマさんは気にした風も無く。

 

「あいや、深い意味は無いよ? ただの勘だから。でも、な~んか裏がある気がするんだよねぇ……」

 

 私はそのアロマさんの言葉に、同じ感想を抱いていた。

 

 彼の行動と、彼の行動目的は、何かそぐわない。

 何か裏があると思えてならない。

 

 ヴィシャスさんの所属する《聖竜連合(DDA)》というギルドは、SAOにおいて、レアアイテムやボス討伐時のラストアタックに執着するメンバーの集まりという認識がある。

 そしてそれは、彼――ヴィシャスさんについても、紛れもない事実だ。

 

 彼は、私が参加した数回のボス討伐戦において、《DDA》の攻撃部隊のサブリーダーを務め、ラストアタックへの執念を隠すことなく、まき散らしていた。

 その攻略組最強ギルドの1つとして名高い《DDA》の攻撃部隊サブリーダーたる彼が、何故かこの1週間、ルイさんに執拗に言い寄っている。

 

 本当にルイさんに惚れただけなら、私もそんなに気にはしないのだが、彼のこれまでの性格と行動からするに、それだけではない何かがあると思えてならない。

 

「うぅ~ん……流石に1週間ともなると~……疲れてきたなぁ~……」

 

 何にせよ。

 

 ヴィシャスさんのストーカー行為が始まってから1週間だ。

 細く長くため息を吐いたルイさんの顔には、疲労の色が見て取れる。

 

 やはりルイさんも、マーチほどではないにせよ、心労が溜まってきているようだ。

 

「……マーチ。嫌かもしれませんが、ルイさんと彼とで、デュエルで決着をつけさせるしか無いのでは? これ以上続くようだと、2人とも精神的に保たないでしょう?」

 

 ヴィシャスさんはマーチとのデュエルは受けないと言っていたが、流石にルイさんとのデュエルなら受けるだろうと踏んでいる。

 それなら、これ以上ルイさんの精神状態が悪化する前に、サッサとケリをつけてしまうべきだ。

 

「……かねぇ……はぁぁぁ~……なぁルイ、お前はどうよ?」

 

 マーチとしては、ルイさんとヴィシャスさんを正面から相対させるのは避けたいらしく、私の提案にも不承不承という感じで、無理矢理自分でも納得しようとしている感じがする。

 

「仕方ないかもねぇ~……勝てるといいけどなぁ~……」

 

 ルイさんの性格的にも、デュエルでの決着というのは望むべき方向ではないだろうが、話し合いでの解決が望めないのなら、デュエルでの実力行使というのがこの世界でのルールにもなってきている。

 

 とはいえ、正直なところ、レベルはヴィシャスさんの方が上だろう。

 それにボス戦などの場数も踏んでいるので、戦闘の経験量に関してもヴィシャスさんに分があるはずだ。

 

 しかし、ルイさんの戦闘センスは、アロマさんやマーチを凌ぐものがある。

 常に冷静に己を保って戦場に立つマーチと、嵐の如き勢いで戦場を突き進むアロマさんを足して2で割ったようなイメージとでもいえばいいだろうか。

 

 冷静さと熾烈さを兼ね備えた麗人というのがルイさんにはピッタリだ。

 それに、レベルだけで言えば、ルイさんはアロマさんより5は低いのだが、ルイさんとアロマさんがデュエルをした時の長期戦は、記憶に新しい。

 

 しかし、ルイさん自身は戦闘に関してそこまで自信をもって事に臨むことができない。

 それは、デスゲーム開始時にも見られた、恐怖心が先に立つためだ。

 今も、ルイさんは不安を表情に出している。

 

「相手は《DDA》攻撃部隊のサブリーダーですからね……勝てる可能性は……五分五分(ごぶごぶ)と言ったところでしょう……」

 

 そういった心境も鑑みて、ルイさんとヴィシャスさんのデュエルの結果を推測する私を見て、マーチは唸っていた。

 

「……五分(ごぶ)か……セイドの見立てでそれじゃ、後は運だな……」

 

 マーチの呟きに妙な反応をしたのはアロマさんだった。

 

「何? あいつ、そんなにつおいの? 私もやってみたい!」

 

 良い意味でも悪い意味でも《戦闘中毒(バトルホリック)》なアロマさんらしい食いつき方だが、今はアロマさんが介入してくるべき場ではない。

 

「アロマさんはご飯でも食べて黙ってて下さい、話がややこしくなるので」

「ぶぅー! いいもん! みんなの分も全部食べてやる!」

 

 私がにべもなくあしらうと、アロマさんは頬を膨らませ、1人拗ねて昼食に突っ込んでいった。

 まあ、この場は放っておこう。

 

「話を通すのに抵抗があるようでしたら、私がヴィシャスさんと話してきますよ?」

 

 デュエル自体には異論はないと思うが、ルイさんもマーチも率先してヴィシャスさんと話そうという気配が見られなかった。

 なので、私から名乗りを上げたのだが。

 

「ん~……お願いしてい~い、セイちゃん? 私、あの人苦手なんだよ~」

「俺が行くと、冷静に話ができねえしな……頼むわ、セイド」

 

 ルイさんもマーチも、やはりというべきか、ヴィシャスさんとの話し合いに乗り気ではなかったようだ。

 まあ、ストーカー被害の当事者としてみれば当然だろう。

 

「では、任されました。先に食事をして待ってて下さい……それと、アロマさん」

 

 有言実行とばかりに、自分の分だけでなく、4人で分けて食べるように盛られていたサラダボールを1人で抱えていたアロマさんに。

 

「その辺りで止めておかないと、本気で夕食抜きにしますよ」

「うぐぅ?! ぐぐぅうぐうぐうっぐぅ!」

 

 そう釘を刺すと、アロマさんは何か呻いていたが、何を言っているのか分からないので放置し、私はギルドホームの外――玄関先で仁王立ちしているヴィシャスさんの元へと赴いた。

 

 

 


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