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そんなことを考えていると、マーチが不意に手を動かした。
「ん。アルゴからも返事がきたな」
情報屋《鼠のアルゴ》さんなら、おそらく、私たちがジョッシュさんから得た情報は網羅していることだろう。
「……ってかあんにゃろ! 情報料の請求書まで一緒に付けてやがる!」
「……ハハ……流石アルゴさん、抜け目ないですね……」
「ったく……あいつ今度シメテやる……」
アルゴさんの抜け目のなさにマーチが顔をしかめながらメッセージを読み進めていく。
「ここまではジョッシュの内容とほぼ同じだな……んで、こっからは、今現在のログの情報か……どうやらログは、一部のプレイヤーの間で《
「《万能職人》?」
聞いたことのない通り名だった。
「噂で、1人で生産系スキルをほぼ全て覚えてるんじゃないかと言われている小柄な職人がいる、というものが流れてるらしい。それがログの事じゃないかと、アルゴは当たりを付けていたみたいだな」
その言葉を聞いて、私は本気で驚いた。
「す!? 全ての生産系スキル?!」
《木工》と《裁縫》までは予測していたが、それは流石に予想外だ。
通常、職人クラスのプレイヤーは何か一つを極めて、その店を出し、前線を支えるというプレイスタイルを取ることが多い。
だが、ログさんの噂が本当なら、彼女は、そのスタイルから大きく逸脱していることになる。
「噂だ……って書いてあるが……アルゴが確認した範囲で《鍛冶》《裁縫》《皮革》《錬金》《木工》《骨工》の6種類のアイテムに、ログの銘が入っているらしいな。それも最前線で使われているものから、第1層の日常品という多岐に渡って確認が取れたとよ」
「んな!? マイナーなはずの《骨工》まで?!」
《骨工》――骨系素材から装備やアイテムを生産するスキルなのだが、金属系武具に比べると、どうしても耐久値で劣る骨系素材の武具は、SAOにおいて、金属武具が手に入らない場合の代用品というイメージが強い。
本当は、腐食系攻撃を無効化できたり、全体的に軽いため要求筋力値が低いといったメリットもあるのだが、デメリットとして、耐久値が金属系武具の半分程度しかない場合がほとんどだ。
その為、メインで使用しているプレイヤーはごく少数だと聞いている。
結果、売り上げとしては伸びないため、職人クラスでも《骨工》を上げるプレイヤーは少ない。
「ま、そんだけ確認されてりゃ、ほぼ全種類作れると言っても過言じゃねえ……ってか……なあセイド……この話をまとめると……ログのスキル構成、凄いことになってねえか?」
マーチは先ほどまでの話をしていた時とは打って変わって、微妙な笑顔を引きつらせていた。
マーチの言ったことを、まさしく今、私も考えていた所だった。
「……おそらく、その6種類を本当に覚えているとすれば……鍛冶などで使う《戦鎚》、木工などで使う《両手斧》、商売上必須となる《鑑定》が入って合計、9種類……この構成で狩りに行く気なら……もう1つ……《武器防御》があるかないかでしょうか……」
「……だが……その時点で10種類……ログのレベル……80越えてることになるぞ?」
私とマーチはお互いに見合って、自分たちの推測に顔を引きつらせるしかなかった。
ゲーム開始当初のスキルスロットは2つ。
その後、レベルが10上がるごとに1つずつ追加されるのだが、ログさんのようにスキルを10種類持てるようになるのは、このルールに従えばレベル80到達時ということになる。
だが。
(そんなまさか……あり得ない)
これは、そう思わざるを得ない推測なのだ。
「……何をどうしたのか……恐ろしい事ですが……仮に《武器防御》が無いとしても……レベルが70は超えていることに……」
職人プレイヤーは、道具の作製によって経験値を得ることができる。
よって、レベルだけなら決してボリュームゾーンのプレイヤーにも引けを取らない。
だが、現在の最前線で戦い続けている攻略組プレイヤーでさえ、レベル70に達している者は、そう多くないはずだ。
50層のボス攻略戦の時、ソロプレイヤーとして色々な意味でも、有名になっているキリトさんと話す機会があったのだが、その彼ですらレベル70を少し超えた位だった。
その頃のキリトさんの噂は耳に入っていたが、延々と狩場に籠り続けていた彼ですらそのレベルだ。
現段階でレベル80を超えているプレイヤーなんて想像もつかない。
「……何か特殊な効果のある装備があるのでしょうか……」
故に、私の推測は、ログさんの装備品という結論に至る。
「特殊? たとえばどんな?」
「スキルスロット増加、生産系スキルの習熟速度アップ、作製経験値量増加……簡単に思いつくとしたらこの辺りですかね……」
そんな装備品が存在するなど聞いたこともないが、あり得ない話ではないだろう。
「……なぁる……だがま、その辺りの詮索は、それこそマナー違反だしな」
「ええ。こればかりは、推測だけにしておくしかありません」
私もマーチも、これ以上の推測は止めた。
ログさんのことを知るためだけの話から、随分と多くの推測を重ね、確たる情報が手に入ってしまったが。
彼女の過去の一端を知ることができたのは、良しとするべきだろう。
下手に踏み入れば、彼女をさらに傷付けることになる話だった。
「ルイには軽く話そうと思うが、どう思う?」
マーチは女性陣の方を見やりながらそう尋ねてきた。
「問題ないと思います。ルイさんはその辺りをしっかり思いやれる方ですから」
「あったりめえだ。俺の嫁だぜ?」
ニヤリと笑うマーチを横目で見ながら、ついつい呆れたため息が出てしまうが、それはこの際見逃してもらおう。
「問題はアロマさんですね……そういった思いやりができるかどうか……」
「……微妙だな……」
良い意味でも悪い意味でも天然要素の強いアロマさんに、このことを話すべきかどうか、私とマーチはワインを飲みながら話を続けて行った。
そんな中、ふと時間を見やれば、いつの間にか、20時を回っていた。
夕食後の団欒で、思った以上に時間が経っていたようで、気が付くと外はすっかり暗くなっていた。
「さて。そろそろ戻りましょう! すっかり暗くなってしまいましたし」
あたしたちとは離れた位置でお酒を飲んでいたセイドさんが、そう声を上げたところで初めて時間を確認した。
【もうこんなじかんだったんですか】
いつの間にやら20時を回っていた。
あたしも、こんなに人と話をしたのは久しぶりだったから、時間が経つのも忘れていた。
セイドさんの帰るという言葉にアロマさんは随分と不服な様子だった。
「えー! まだ帰らなくても良いじゃん! もうここに泊ってこうよ!」
アロマさんの発言は、基本的に本気だというのが短い時間ながら、お2人との話の中で分かったことだ。
あたしは、流石にそれは困ると思い、テキストを打とうとしたのだけれど。
「ログさんの都合も考えて下さい。毎日お店をやっているんですから、そうもいかないでしょう」
ギルドリーダーのセイドさんは、流石にあたしの事情も分かってくれていた。
とてもありがたい。
「じゃあさ~、ログっちのお店に行こうよ~。ログっち送って行きたいし~」
と、これはルイさんだった。
「それはもちろん、そのつもりですよ。だから帰りましょう。これ以上遅くなると、ログさんの仕事に支障が出ます」
セイドさんはすでに、あたしたちの近くに歩み寄っていた。
マーチさんも同様に、セイドさんのすぐ後ろで両手を後頭部で組んで立っていた。
「ほれ、ルイ、行くぜ。突発的なことばっかで、嬢ちゃんも疲れてるだろうし、今日は帰って休みたいだろうからな」
【すみません、ありがとうございます】
あたしはセイドさんの台詞に対して文を打っていたのだけれど、打ち終える前にマーチさんの台詞が入っていた。
これだとどちらに言ったことになるのか、微妙に分かり辛い。
あたしは慌てて、マーチさんの心遣いにも返事を打とうとしたけれど。
「良いって良いって。テキスト打つのも大変だろ。気にすんな」
マーチさんは意外にも優しい言葉をかけてくれた。
当初から、言葉遣いが乱暴な感じがあって、苦手意識があったけれど、実際はそんなに粗暴な人では無いようで、安堵の息が漏れてしまった。
マーチさんに軽く会釈を返したところで。
「アロマさんも。ほら。帰りますよ?」
「ブゥ! まだ話し足りないのに!」
と、1番喋っていたはずのアロマさんがまだ駄々をこねていた。
(あたしより年上のはずだけど、随分と子供っぽいところがあるなぁ)
絶対本人には言えないけど、そう思わざるを得ない言動がアロマさんにはあった。
それでも、アロマさんも立ち上がり、みんなで宿屋を出た。
まだまだ冬真っ盛りだ。
流石に夜風は身にしみた。
「さっむいねぇ~……早く転移門までいこ~」
「ほれ、ルイ、コート」
ルイさんが寒さに手を擦り合わせた直後、マーチさんがルイさんに厚手のコートをかけてあげていた。
「あ、あんがと~マーチん。あったか~い♪」
ルイさんの表情は、とても幸せそうだった。
ルイさんとマーチさんが夫婦だというのは聞いていたけど、本当に仲が良いんだなぁ、と目の前のやり取りを見ていてしみじみと思った。
「相変わらずラ~ヴラ~ヴですなぁ! 羨ましいー!」
ルイさんとマーチさんのやり取りを、アロマさんが羨ましがっていたかと思うと、何やら思いついたように、ハッと顔をセイドさんに向けた。
「セイドー! 私もさっむーい!」
アロマさんが寒さを訴えるように、両手で自分の体を抱きしめてみせた。
(セイドさんにコートをかけてもらいたいのかな?)
多分優しいセイドさんのことだから、わざとやってると分かっていても、かけてあげるのだろうと思っていたのだけれど。
「ご自分の手持ちにコートがありましたよね。早く羽織った方が良いですよ」
セイドさんの応答は、非常に素っ気ないものだった。
でも、態度とは裏腹に、セイドさんの表情は笑顔だった。
分かってて言ってるのだろう。
「……ぶぅ……」
アロマさんはそんなセイドさんに不満そうにしていたけれど、結局自分のコートを出して羽織っていた。
(なんていうか……面白い人たちだなぁ)
あたしは思わず笑ってしまっていた。
DoRの皆さんは、あたしをお店まで送ってくれた。
お店の前でアロマさんが、風車付きだといことを実際に目にして、何故かすごく盛り上がっていたことを除けば、その場では特に何もなかった。
あたしはお礼を言って、1人、お店に戻った。
店内は、NPCの店員が時間で店を閉めてくれているのでお客様もおらず、明かりも消えていて、閉店と同時にNPCも消えている。
静まり返った店内だ。
気が付くと。
涙が溢れていた。
(……温かかった……まるで、昔に戻ったみたいに……)
あたしがかつて所属していたギルド《ユグドラシル》は、今はもうない。
《はじまりの街》で怯えているだけだったあたしを助けてくれた、優しくて、頼もしくて、とても明るくて、まるでお姉さんの様だった《皮革》職人でリーダーの《アンダ》さん。
無口で無愛想だけど、ほんとは優しくて、あたしに戦い方を丁寧に教えてくれた、まるでお兄さんの様だった《木工》職人の《アルゼル》さん。
いつも笑っていて、ギャグやジョークばかり言ってて、でもあんまり面白くなかったけど、ギルドのムードメーカーになってた《骨工》職人の《ベレント》さん。
どことなくつかみどころが無くて、ふんわりした空気を常にまとっていて、どんなお客様にもやんわりと対応して、お客様受けが一番良かった《錬金》職人の《バンプ》さん。
みんな、とてもいい人たちだった。
みんな、とても親切な人たちだった。
なのに。
ある日突然、居なくなってしまった。
あたしを残して居なくなってしまった。
どれほど困惑したことだろう。
どれほど泣き続けていたことだろう。
今になっても分からないけど、それでもあたしは、毎日泣いていた。
寂しくて。
悲しくて。
辛くて。
どうしていいのか分からなくて。
そんなあたしが立ち直れたのは、これもまた、みんなのおかげだった。
みんなが居なくなってから、どれ程の時間が過ぎたのか分からないけど。
ある日、ギルド共通ストレージに、メッセージアイテムがあるというマーカーが、視界の端で光った。
何が起こっているのか分からないけど、驚きと喜びが入り混じった感情で、マーカーをクリックして、ギルド共通ストレージを開くと。
そこに収められていたのは、《録音結晶》が1つと、見知らぬ結晶アイテムが4つだった。
メッセージは、時限起動予約がされていたらしい録音結晶のものだった。
あたしが録音結晶を取り出して再生すると。
そこには、アンダさん、アルゼルさん、ベレントさん、バンプさんからの、あたしに向けたメッセージが込められていた。
内容は、何時どうなるか分からないこの世界で、あたしだけが残ってしまった場合を考えた、みんなからの遺言めいたものだった。
何でこんなものが用意してあったのかは全く分からないけど。
あたしがそのメッセージに救われたことだけは事実だった。
これからどうしたらいいのか。
どうやって生きていけばいいのか。
何を支えに生きていけばいいのか。
そのすべてを、あたしにくれたのは、《ユグドラシル》のみんなだった。
最後の最後まで、あたしはみんなに助けられてばかりだった。
だから。
みんなのメッセージにあったように、生きると決めた。
絶望したまま生きることはやめた。
みんなから託された思いを背負って、生きてみようと決めた。
本当は嫌だったけど、みんなからのメッセージ通りに、当時のギルドショップは売却した。
そして、ギルドホームだった《ウィシル》の風車付きのホームを、ホーム兼ショップにカスタマイズした。
そうやってあたしは、みんなから託されたモノを背負って、この世界で生きていくことを選んだんだ。
昔のことを思い出して、思わず溢れた涙を拭う。
(ごめんなさい、アンダさん。もう泣かないって約束したのに、また泣いちゃいました)
あたしはホーム内の明かりをつけて、今日の売り上げなどを確認した。
(ごめんなさい、アルゼルさん。戦闘で怖気づかないって約束したのに、あたしはやっぱり怖がりです)
あたしは、鏡の前で、夜なのに被っていたフードを外した。
そこには、アロマさんとルイさんに髪をピンで留められて、目元までハッキリと見えるあたしの顔があった。
(ごめんなさい、ベレントさん。この性格を直すって約束したのに、全然人見知りが直ってないです)
あたしはみんなから託された4つの結晶を取り出し、それを眺めた。
(ごめんなさい、バンプさん。頑張って接客もするって約束したのに、まだ全然、会話がまともにできてないです)
あたしは結晶を仕舞って、明かりを消し、自分のベッドに潜りこんだ。
そして、これだけは声に出した。
「でも、あたし、頑張ります。みんなとの約束だから。みんなが心配してくれていた新しい仲間もできたから。だから、あたし、頑張るよ」
翌朝。
あたしはいつも通り起きて、いつも通り村巡りをして、いつも通り店を開けて。
そして、いつもと違う日が始まった。
「おっはよーん! ログたーん!」
「ログっち~、おはよ~。朝御飯、まだ食べてない~? よかったら一緒にどうかな~?」
「ログ、喜べ! 今日の朝食、俺の嫁が大いに腕を振るった渾身の出来だぞ!」
「おはようござます、ログさん……マーチ、貴方はまた、つまみ食いしましたね?」
店を開けて少ししたら、アロマさんが飛び込んできて、あたしを全力で抱きしめに来た。
慌てて文章を打とうにも、キーボードが見えないから、まともに言葉に出来なかった。
ルイさんは手に持ったバスケットをテーブルに置いて、中身を取り出して並べて行った。
あたしはアロマさんの腕から解放され、押されるように椅子に座った。
マーチさんはルイさんの自慢をしていたけれど、料理をつまみ食いしたことがセイドさんにばれて、言い訳をしつつ逃げまわっていた。
広くもない店内で追いかけっこをしている2人に思わず笑いつつ、あたしはルイさんとアロマさんに勧められるままに、ルイさん手作りの朝食をいただいた。
セイドさんは、いつの間にかマーチさんを組み伏せて、関節技を決めつつ、あたしの様子を見て優しい笑顔を浮かべていた。
マーチさんは必死に床を叩いていたけど、セイドさんは放すつもりは無いようだった。
あたしはそんな、いつもと違う朝を、笑顔で楽しく過ごせていた。
あたしは、生きるよ。
みんなに胸を張って言えるように。
こんなにも優しい、新しい仲間に囲まれて。