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「……しっかしまぁ……あんなに盛り上がるとは思わなんだな……」
女性陣3名は――主に騒いでるのはアロマさんとルイさんだが――あれやこれやと尽きぬ話を続けている。
ログさんは、良くも悪くも、2人にとって《妹キャラ》として定着してしまったようで、先ほどからなんやかんやと世話を焼かれ続けている。
そして。
私の《
詳しい説明はしていないようだが、私がエクストラスキルを持っているというような話をしていたのが聞こえた。
ログさんも、その話は軽く受け入れて深く追求はしてこなかったので、あまり重要事項としては記憶に留められていないかもしれない。
まったくもって不用心な話だが、運よく、そのタイミングでは、この宿屋周辺にはプレイヤー反応がほとんどなかった。
それに、《警報》で《《聞き耳》を使用しているプレイヤー》を知らせるようにセットしておいたので、聞かれている可能性もまずないだろう。
そんなことを考えながらマーチと私で2本目のワインボトルの栓を開けた辺りで、徐々にこの宿屋にも他のプレイヤーがやってきて食事を取り始めた。
そのほとんどが、KoBの騎士団服を着ていた。
流石KoB本拠地の町だ。
私たちのように流れのプレイヤーが、この町で夕食を取ること自体珍しいだろう。
若干もの珍しそうに見られることはあったが、入り口でアスナさんと一緒に居たプレイヤーたちは見かけなかったので一安心だ。
とはいえ、本当なら、すぐにでもここを出たいところだったが、ログさんを含めた3人の女性陣は、延々と会話に花を咲かせている。
どうにも、帰るとは言い辛い空気だ。
「ルイも、妹ができることに憧れてたのかねぇ?」
そんな女性陣の会話風景を眺めていたマーチが、おもむろにそんなことを言った。
「どうでしょう。その辺りは分かりかねますが、ログさんが妹のように感じられるというのは、分かる気がしますよ。可愛いですからね」
「……あれ? お前ってロリコン趣味だっt――ッ⁉」
私の言葉に、下らない茶々を入れてきたマーチの顔面に裏拳を叩き込んでおいて、私はグラスに残っていたワインを飲みほした。
「……っ!……くぅぅ……ジョークの通じねえ奴だな……」
鼻を押さえながらそう呻くマーチだが、放置。
「……ていうか…………お前、どうしてログをギルドに誘った?」
今の私とマーチのやり取りにすら気が付かなかったことで、女性陣3名がこちらに全く意識を向けていないのを確認したらしいマーチは、一瞬前までと違って、至極真面目な表情で、声を抑えて私に聞いてきた。
このメンバーの中で、おそらく今回の『ログさん勧誘騒動』を、1番冷静に見ていたであろうマーチだからこそ、疑問に思ったのだろう。
「どうして、とは?」
「アロマやルイが誘ってたのを、お前は1度やめさせようとしてたはずだ。だがお前は、その後、少し逡巡しただけでログを誘った」
ワイングラスを片手で弄びながら、マーチは確信を持って話を進めている。
「ログについて、何か知ってるのか?」
グラスに入っているワインを飲むのではなく、グルグルとグラスの中で回しながら私に疑問をぶつけてきた。
「何も知りませんよ。推測ならしましたが」
「……推測……なぁ……ま、暇つぶし代わりに話してもらおうか。この距離なら、あの3人にも、他の連中にも聞こえねーだろ」
女性陣が離れた位置で盛り上がっているために、珍しくルイさんと絡めないマーチは、暇を持て余していたようで、ワイングラスをテーブルに置き、私に向き直りながらそんなことを言ってきた。
「……それは構いませんが……事実とはかけ離れてるかもしれませんよ?」
「ん」
そんな私の台詞に対して、マーチは私のグラスにワインを注いだ。
暗に、早く話せと催促しているのだ。
「……どうも……良いですか? あくまでも推測ですよ?」
私はもう一度、念を押してから話を始めた。
「ログさんには、少なくとも、2人以上の《師匠》というような存在が居たと思われます」
「2人以上?」
マーチの確認に、私は首肯する。
「ログさんは《木工》をかなりの高さで修めているはずです。しかし、私たちと出会った場所で彼女が集めていた素材は――」
「ああ、そっか。《裁縫》で使う素材だったな。だから2人以上か」
マーチの応答に、私は頷いて応えた。
ログさんが《木工》を修めていると判断したのは、出会った時のログさんの武器が《両手斧》だったからだ。
その辺りは、マーチなら言わなくても理解したようだ。
「《木工》と《裁縫》で、もし仮に1人のプレイヤーが両方を教えたのだとしても、戦闘方法や戦闘に関する知識を教えたプレイヤーと、職人クラスとしての《木工》と《裁縫》の技術を教えたプレイヤー。それが単一人物だとは考えにくかったので」
「そういやぁジョッシュも、戦闘に関しちゃ素人みたいなもんだったしなぁ……なるほど」
デスゲームのはじまった次の日に出会った、マーチのβ時代からのフレンドである職人プレイヤーの名を上げて、マーチは納得したようだ。
「それに、彼女は店を持っています。彼女1人の稼ぎで買える額だとは到底思えません。つまり、彼女は過去に、数人の仲間とともにギルドに加入していて、店を構えるに至ったと考えるのが妥当でしょう」
と、私がここまで言うと。
「だが――何かあり、今はソロになっている、と」
マーチにも、おおよその話は見えたようだ。
声音が若干暗いものになった。
「……何があったと思う?」
マーチはこちらを見ず、ログさんに視線を向けて、そう尋ねてきた。
「……メンバーがログさんを見捨てたという可能性も……あり得ないとは言い切れませんが――違うでしょうね。それならログさんが店を続けているとは思えない」
「だよなぁ……となりゃ……」
マーチも私と同じ結論を出しているのだろう。
――つまり。
「ログさんの元ギルドメンバーは、PKされた、と考えるべきかと」
そこまで言い切ったところで私はグラスを呷った。
マーチも同じようにグラスを呷っていた。
やはり、如何に推測とはいえ、気持ちのいい話ではないのは確かだ。
「……職人クラスのプレイヤーが、素材集めなどで外に出る機会を狙ってPKする《職人狩り》……確かに、ちと前に流行ったな」
マーチは苦虫を噛み潰したかのような表情でそう呻いた。
職人クラスのプレイヤーは、多数のアイテムを抱えていることが多い。
特に、武器や防具、それらを作成するための各種素材だ。
運よくプレイヤーがそれらを抱えていれば、PKすることで大量のアイテムを手に入れられる。
そう考えた
手口は単純。
職人プレイヤーが素材収集のために、ダンジョンなどの圏外に出たところで攻撃を仕掛けるだけだ。
多くの職人プレイヤーは、職人用のスキルや商人用のスキルなどでスロットが埋まっていて、戦闘――特にPKに対抗し得るほどのスキルを所持しているプレイヤーはほとんどいなかった。
レベル自体はアイテム作製によって上がってはいたものの、戦闘に関しては攻略組とは比べるべくもない彼らが、殺人者プレイヤーに抗し得るはずもなく。
そんなことがあり、一時期、職人クラスのプレイヤーたちは、自力での素材収集を一切できなくなるほどに圏内に引きこもらざるを得ない状況に陥った。
だが、それとほぼ時を同じくして、殺人者たちも、この《職人狩り》のメリットの少なさに気付いた。
PKによるドロップアイテムは、基本的に所持しているアイテムだけしか落とさない。
だが、職人クラスのプレイヤーたちは、作製したほぼすべて武器や防具を《倉庫》に入れている場合がほとんどだ。
そうなると、例えPKしたとしても、そのプレイヤーの倉庫内のアイテムは手に入らないため、実りが無いのだ。
さらに、中層以上攻略組以下といったボリュームゾーンのプレイヤーたちによって、職人保護を目的とした護衛パーティーも出てきたことで、殺人者たちも易々とは襲えなくなった。
こういった背景から、一時増えた職人狩りも、今ではすっかり下火になっている。
だが、忘れてはいけない。
その被害に遭ったプレイヤーの仲間たちにしてみれば、このことは今でも大きな傷なのだということを。
ログさんが、ソロプレイに走ったことも、極端に人を避ける言動も、仲間を失った経験が基となっているのではないだろうか。
仲間を作らなければ、仲間を失う悲しみも繰り返さない、と。
――そんなことに思いをはせていると、隣でマーチが何やらメッセージを打っていた。
「マーチ? 何をしているんですか?」
「流石に、気になったんでな。ジョッシュとアルゴに、ログのことを知らないか聞いてみる」
マーチのその言葉に、私は思わず唖然とした。
「……無用な詮索は控えて下さい……それに、これはただの推測だと言ったはずです」
そう諫めた私に対して、マーチは即座に反論してきた。
「無用じゃねえだろ。ログはもう俺らの仲間だ。心配して何が悪い」
マーチの瞳は、静かながら怒りが満ちていた。
推測だと言ったのに、確信に近いものを持っているようだ。
だからこそ、今の推測の裏を取りたいのだろう。
(まったく……こういうところは相変わらずですね……)
私は仕方なく、マーチのしたいようにさせることにした。
マーチがメッセージを飛ばして少しすると、思ったより早く返事がきたようだ。
「ジョッシュから返信だ――ログのこと、知ってると」
「っ!」
願わくば、知らぬと返事が来てくれれば良かったのだが、しかし、職人ギルドの創設者であるジョッシュさんが知っているとなれば、相応に事情も判明してしまうだろう。
「……なんなら、お前は聞かなくても良いぞ?」
マーチはメッセージを開く前に私にそう言ってきた。
他者の過去の詮索は、決して褒められたことではない。
だからマーチも、私にそのことを踏まえて尋ねてきたのだろう。
だが、大きな傷を抱えているかも知れない人に対して、そのことを何も知らずにいるのは、それだけで無用に相手を傷付ける可能性もある。
「……いいえ。ギルドマスターとして、今後の彼女への対応を誤るわけにはいきません。聞かせて下さい」
ならば、聞いておくべきだ。
ギルドを預かる立場の人間として、守秘義務の責任を負って。
私の顔を数秒眺めてから、マーチは頷いてメッセージを開き、内容を読み始めた。
「……職人狩りの被害に遭ってるだろう……だと」
私の推測は、残念なことに、とても残念なことに、裏切られなかった。
マーチは一瞬の間を開けて続きを口にした。
「……職人狩りが流行ったころから、ログの所属していたギルドメンバーと連絡が取れなくなったらしい。ログは当時、殆ど外に出なかったから無事だったんじゃないかと、ジョッシュは当たりを付けたみたいだな」
そう言われ、ログさんを見やる。
そこにいるのは、まだまだあどけなさが満載の少女、そのものだ。
「……ログさんは良くて中学生、下手をすれば小学生でしょうし……それに何より、あの性格ですからね……メンバーにいたとしても、戦闘に参加させようとは思わないでしょうね」
マーチも同じようにログさんに視線を移していた。
「だな……ああ、んで、当時所属してたギルド名は《ユグドラシル》……って、マジか?! あの嬢ちゃん、《ユグドラシル》のメンバーかよ!」
マーチはギルド名が出たところで驚いていたようだった。
「有名なギルドなんですか?」
聞き覚えのない名前に、私は首を傾げて尋ねると。
「知らねえのかよ?!」
マーチは本気で驚いた顔をしていた。
《ユグドラシル》という名のギルドを知らなかった私に、マーチは呆れたように説明を始めた。
「有名も有名。最大手の職人ギルド《クラワカ》とは別に立ち上げられたギルドで、少人数でありながら、作製できぬものは無いと謳われた、当時の職人たちの先頭を行っていたギルドだ。通称じゃ《大樹》って呼ばれてた。俺の刀も、その頃のは大樹産だったんだぜ?」
声が大きくなるのを辛うじて抑えたマーチは、ドヤ顔をしていたが、私は最後の一言が気になった。
「そんなに有名なギルドだったんですか……それで、マーチ? 一体、どうやってそんなギルドの刀を手に入れたんですか?」
「ん? あ~……いや……」
有名ということは、そのギルドの作ったものは相応の値がしたはずだ。
だが、私たちの経済状況は今も昔も、そう良くは無い。
「有名ギルドの物と、手に入れた時に自慢しなかったということは、高かったんですよね? それも、ギルドに負担がかかる程度には」
答えを渋るマーチを睨み続けていると、観念したようにマーチがため息を吐いた。
「……本当は《クラワカ》っつうか、ジョッシュに刀を頼んでおいたんだがな。あいつが持ってきたのが、大樹産だったんだよ」
このマーチの言葉には、少なからず驚いた。
職人ギルド《
その彼が、自分で作ったものではなく、他のギルドの物を持ってきたという。
「ジョッシュが『自分の作ったものより良い物だ』って、置いてった。金は分割で払ったし、かなり安くしてくれたんで、ギルドに迷惑はかけてねえぞ……」
マーチはなんとなく不貞腐れたような顔をして、私から視線を逸らしながらそう答えた。
この際、過ぎたことは不問に付すとして。
(ジョッシュさんは何故、自作の物ではなく大樹産の刀を手に入れていたのだろう?)
新たな疑問が頭の中で渦を巻き始めるが。
「まあ、それは良いだろ? 今はログの話だ」
マーチはわざとらしく咳払いをして話を戻した。
「……その通りですね。まあ、今回は見逃しましょう」
私がそう答えると、マーチが小さく安堵の息を漏らしたのを、私は聞き逃さなかった。
「当時じゃ《クラワカ》以上に名の知られた《大樹》だが、ある時期を境に、パタリとその名を聞かなくなったんだ」
「……その時期というのが《職人狩り》の流行った頃なんですね?」
私の言葉に、マーチは首肯する。
「……《大樹》は、職人ギルドとして名が知られていたと同時に、メンバーが5人という少なさでも有名だったからな」
マーチのため息交じりのその言葉で、私はある種の納得を得た。
「……なるほど……有名で且つ少人数だったからこそ、狙われた、と……」
有名な職人ギルドなら、所持している武具は価値の高いものだと目をつけられるだろう。
そして、ショップを営んでいればギルドメンバーの人数も顔も、あらかじめ把握することができる。
PKの対象とするにはうってつけだっただろう。
「……時期からすると、職人狩りの最初の犠牲者が《大樹》だったのかもしれねえな……ジョッシュも、《ユグドラシル雑貨店》が開かれなくなってから、職人狩りが流行り出したのを知ったらしい」
「……そう……ですか……」
私もマーチも、思わず拳を握りしめていた。
「……ジョッシュも慌てて《生命の碑》を確認して……そこで初めて……ギルドリーダーの《アンダ》を含めた……4人の死亡を確認したらしい」
「――っ!」
その話を聞いて、私は胸が苦しくなった。
ギルドメンバーをPKされたログさんの心中は、どんなものだったのだろうか。
「当時のメンバーは、ログを含めて5人……つまり、ログ以外の全員が被害に遭ってることになるな……」
「……そうですね……」
過去の話とはいえ、犯罪者プレイヤーの暴挙には、怒りが込み上げてくる。
叶う事ならば、その日、その時、その場に居合わせ、《大樹》のメンバーを助けたい。
だがそれは、叶わぬ願いだ。
私とマーチは静かに静かに、怒りを呼吸に乗せて吐き出した。
今現在のログさんは、仲間を失った悲しみも、怒りも、恐怖も、何とか乗り越えたように見える。
だからこそ、今日、あのダンジョンで出会えたのだ。
なら、彼女が自らこの話をするまでは、心に留めるだけにしておかねばならない。
(ログさんは、強いですね……私がログさんの立場だったら……どうなっているんでしょう……)
体験することが無いよう、常に注意を怠ってはいないが、もしもの場合を、やはり考えてしまう。
故に。
(私たちは、必ず生きて脱出する。そのために、力を身に付けたのだから)
楽天的に生きるつもりはない。
常に死の危険を考え、回避することに最善を尽くすのみ。
それが私の――私達《逆位置の死神》の決意だ。