ソードアート・オンライン ~逆位置の死神~   作:静波

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第三幕・混乱覚めやらぬ黄昏

 

 

 広場から相応に離れた場所に確保した宿屋の一室。

 私とマーチは、そこにルイさんを運び入れた。

 

 ベッドに寝かせたルイさんが、眠ったのを確認して、私とマーチも、やっと椅子に座り、揃ってため息を吐いた。

 

「何とか、落ち着いてくれたみたいで、良かったですね……」

「……あぁ……しかし……ルイの取り乱し様も、分からんじゃない……」

「それはそうでしょう……私達だって、冷静だったとは言えませんよ」

 

 改めてマーチが言ったことを私も肯定する。

 

「まぁ、俺はお前が冷静じゃなかったとは思えないが。少なくとも、お前が落ち着いていてくれたおかげで、俺はルイをここに連れてこられた。サンキューな」

「いや、何も礼を言われるようなことは……」

 

 私のその言葉に、マーチは首を横に振る。

 

「お前があの時、すぐに広場から連れ出してくれなかったら、もっと酷いことになっていたさ。広場にいた人間のほとんどが、恐慌状態に陥っていただろうし……な……」

 

 確かに皆、取り乱していた。

 しかし、その中でもルイさんの泣き喚きぶりは目立っていたように感じる。

 身内びいきなのかもしれないが。

 

「……恐怖は、伝播し、連鎖しますからね……あの場から離れるだけでも、冷静さを取り戻すには必要なのではないかと」

 

 ルイさんにとっても、周りの人たちにとっても、だ。

 

「宿の確保も素早かったな。ほんとに助かったよ」

「広場から離れた位置を探したので、少し手間取りましたけどね……」

 

 中央広場から延びる大通りから1本逸れ、裏道に入ったところにある宿屋を探すというのは、あらかじめ街を見ておくべきだったと、少し後悔したものだ。

 

「とはいえ、無数にあるはずの宿屋のうち、目についたところで適当にとってしまった部屋ですから、金額は度外視です。長期滞在は無理でしょうね……」

 

 裏道にある割には、この宿屋は質が高かった。無論、それだけ価格も高くなる。

 

「いいさ。明日にはこの街を出るつもりでいるからな」

「街を……でる?」

 

 マーチの言葉に、私は疑問を返した。

 

「ああ。ここに来る途中で、何人か外に向かう奴らを見た。たぶんだが、β経験者だろう」

「何故……いや、そうでしょうね。おそらく経験者の考えからすれば……」

「MMOで供給されるリソースは決まった量だ。この人数で、この街周辺に居続けるには、リソースの奪い合いは避けれねぇ。そうなればどうしても生きるのに窮することになる」

「だから、先にここから離れ、拠点を移すことで奪い合いを少しでも避け、同時に、効率よく自己強化して生き残る術を身に付ける、ということですよね」

 

 私の言葉に、マーチは深く頷いた。

 

 デスゲームと化したとはいえ、ゲームであることには変わりない。

 茅場の言葉を借りるなら、『ゲームであっても遊びではない』といったところか。

 

 理由や方法はどうであれ、この世界で生き残るつもりなら、力──《レベル》を上げるしかない。

 

「生産職を選択しても、レベルは上げられるんですよね?」

「ああ、生産によって経験値が入るからな。スキルを上昇させる行動=経験値だと理解していい。だから、街から出ず、生産を繰り返すのも有りといえば有りだが……」

「現状では望めない……素材も資金もなくては、生産も何もありませんからね……」

「そういうことだ。だからどうしても生きるつもりなら外に出るしかねぇ」

 

 そう言ったマーチは、テーブルに両肘をつき、俯いて深いため息を吐いた。

 

 私は立ち上がり、少し窓を開けた。

 広場から離れた場所の宿屋に部屋をとったというのに、外の喧騒がまだ聞こえてくる。

 

 今日明日──いや、1~2週間はまだ、落ち着かないかもしれない。

 

「なぁ、セイド」

 

 呼ばれて振り返るも、マーチは私を見てはいなかった。

 その視線は、眠りながらも涙を流しているルイさんに向いている。

 

「お前は、どうするのがいいと思う? 俺は正直、どんな選択をしても、それが本当に正解だという自信は持てない……」

「……そう……ですね……」

 

 私は少し考えて、自分の考えを口にする。

 

「……私だって、今、ここに宿を取ったことが正しいという自信もありませんよ。もしかすると、広場近くに宿を取った方が、多くの人と情報のやり取りができたかもしれません。宿など取らず、広場に残っていた方が、解決策が見つかったかもしれません」

「いや、でもそれは――」

 

 マーチが此方に振り返りながら何かを言おうとするが、私はそれを遮って言葉を続ける。

 

「しかしそれでは、ルイさんはますますパニックになっていたかもしれない。そんなことを考えていたら、何が正しいのかなんて、言えないでしょう?」

 

 マーチはうなずいた。

 

「でも、自分が正しいと信じて行動を起こすことに、間違いはないと思います。結果は分かりませんけどね……必要なのは、結果ではなく、行動だと、今は思ってますよ」

 

 そこまで一気に言って、私は1つ深く呼吸する。

 

「それと、後は、自分が何を基準として貫くかじゃないでしょうか」

「何を、貫くか……?」

「私がここに宿を取ったのは、私のためであり、マーチのためであり、ルイさんのためです。あの瞬間の私には、私たちが腰を据えて落ち着ける場所を確保することが何より重要でした」

「……その判断基準は、つまり、俺たちの安全の確保ってことか?」

「はい。ですから、マーチが私たちの安全の確保のために街を出るという判断をしたことに、私は反対しません。ルイさんには、酷かもしれませんが、ここに留まっても、事態が悪化することはあっても、好転することは無いでしょうからね」

「……ルイには……やっぱり酷かな……」

 

 マーチは再びルイさんに視線を移す。

 

「マーチ、気持ちはわかります。でも、だからこそ、ルイさんのために貴方が貫くことは決まっているでしょう」

 

 マーチは深く静かにゆっくりと息を吐いた。

 

「俺は、ルイを守る。それが俺にとって最優先事項で、判断基準だよな」

「違いましたか?」

 

 私に背を向けたまま、マーチがふと、笑ったような気がした。

 

「いいや、違いない。ルイをSAOに誘ったのも俺だしな。彼氏としても、責任は果たすつもりだぜ?」

 

 そう言って振り向いたマーチの顔には、いつもの明るさが、少しではあるが戻っていたように思う。

 

「それでこそ、私の親友です」

「……すまんな、気弱になってた。ありがとよ、セイド」

「いいえ、こちらこそ」

 

 なんとはなしに、私とマーチは握手していた。

 

「ふふ、妙なものですね。握手とか、気恥ずかしくて普段は出来もしませんけど」

「だなぁ。まぁ、異常事態だし、良いんじゃね?」

 

 互いに笑いあい、手を放す。

 

「さってと……んじゃ、とりあえず休むとするか。せっかくお前が取ってくれた宿だし。明日からはもっと厳しいことになるはずだし、な」

「えぇ、そうしましょう。では、私はこちらのベッドを使わせてもらいますね。マーチはルイさんの隣で」

「おう、んじゃ、とりあえず、明日は日の出には起きるってことで」

「はい。おやすみなさい」

「おやすみ。お疲れ」

 

 短くそれだけ言うと、マーチはルイさんの隣のベッドに潜りこむ。

 

 私はそれを確認して、部屋の窓を閉め、明かりを消した。

 

 


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