「いやぁ……さっすが《閃光》って呼ばれるだけはあったねぇ」
【セイドさん、だいじょぶですか?】
私とアスナさんのデュエルを離れてみていた2人は、私の元に歩み寄り、それぞれの感想を述べた。
「あれほどの剣の使い手は、そうはいないでしょうね。大丈夫ですよログさん。ご心配おかけして申し訳ありません。それと、アスナさんと挨拶する機会を作ってあげられませんでした。申し訳ない」
【きにしないでください、またこんどごあいさつします】
私の言葉に対して、ログさんは笑顔でそう返してくれた。
本当なら、もっと穏便に事を収められれば良かったのだが、やはり思ったように事は運ばないものだ。
「でもさぁ、セイド。なんで攻撃しなかったの?」
ごく自然に、アロマさんがそんなことを言ってきた。
やはり、アロマさんの興味は、基本的に戦闘に関するところに向けられる傾向にあるようだ。
「攻撃が速すぎて、手を出す暇がありませんでした」
「……嘘だ。わざと負けたでしょ」
そう言ったアロマさんは、またあのぎらぎらとしたジト目で、私を睨んでいた。
「……何を根拠に」
しかし、この目を相手に視線を逸らすと負ける気がするので、必死に睨み返す。
「挑発して、デュエルを誘発させて、相手の実力を測りつつ、自分の実力を相手に感じ取らせて、話をまとめるためだよね?」
「そんなことができるほど、余裕はありませんでしたよ」
「え~っ? できる自信があったんでしょ?」
「そんな自信ありませんよ。相手は、かの有名な《閃光》殿ですよ?」
「その割には、言ってたよね? HPが半減するまで続けるのも悪くない、って」
なかなかどうして、鋭い。
何故その鋭さを他の場面でも生かせないのか、とても不思議だ。
「……私が手を出せないのなら、結果として、そうなるしかないと、考えただけです」
「う・そ・だ! セイドなら
アロマさんの戦闘に関する観察眼は、私を凌駕するかもしれない。
しかし、残念ながら、今回に限っては、私はそんなに嘘をついてはいない。
「……あの《閃光》殿の攻撃を、そんなことをする余裕があると思ったんですか?」
「私には絶対無理だけど、セイドならできると思った」
呆れ半分、驚き半分の返答だった。
私の隠しているスキルの性能は、アロマさんにもすでに教えてある。
「……買い被り過ぎです。私はそこまで強くありませんよ」
だから、できることとできないことの差異は、アロマさんなら分かるはずだ。
「……ふ~ん……ま、そういうことにしといてあげるよ!」
と、アロマさんは不意に引き下がった。
彼女としては珍しい態度だ。
「とりあえず、話はまとまったんだし。一件落着でしょ。さっさと2人と合流して、ご飯にしよ~よ!」
ニマッと笑うアロマさんに拭いきれぬ不安を感じながらも、私は頭の片隅で考え直す。
(いや、もしかして、深く考える必要もないか? 空腹なだけかもしれない……)
食欲旺盛なアロマさんのことだ。
深い考えなどなく、お腹が空いたから話を切り上げたということも、ありえないとは言い切れない。
非常にアロマさんらしいともいえる。
「……そうですね。ログさんもご一緒にいかがですか?」
まあ、考えても仕方ない、と心中で結論付け、私はログさんにも声をかける。
【ぜひごいっしょしたいです】
しかし、ログさんは。
【けど、さきにかいだしをすませてきます】
との返答だった。
「おっと、そういえばそうでしたね。では、私もご一緒しましょうか?」
【いえ、だいじょぶです】
【にもつをもつわけでもないですから】
【さきにやどやにむかっててください】
と、何やら少し慌て気味にテキストを打ち込んでいた。
1回1回頑張って打っているのだが、変換をする間を惜しんで発言してしまうため、少々読みづらい。
(まあ、そこは慣れるしかないので、今はこれで良しとしておくべきでしょう)
「良いって良いって、私たちも付き合うよ!」
私が答える前にアロマさんがもうひと押ししてしまう。
【いえ、ほんとにだいじょぶですから】
しかし、ログさんの性格から考えると、珍しいだろうと思うほど、頑なに拒まれた。
(あ、なるほど……これは迂闊でした)
何故ログさんが、私たちに先に宿屋に向かって欲しいと言ったのか、今になってやっとその理由に見当がついた。
「アロマさん、先に宿屋に戻りましょう。ログさんにはログさんの都合もあるんですから」
その理由に思い至らないであろうアロマさんを、とりあえずこの場から引き離す必要があるだろう。
「ええ~! 買い物くらい一緒に行っても良いじゃん!」
「ダメです」
私はアロマさんの手を取って宿屋に向かって歩き出した。
「では、ログさん、先に宿屋に行ってますね。用事が済んでからでいいので、慌てずに来てください」
【はい】
ログさんはペコリとお辞儀をして、宿屋とは反対の方へと駆けて行った。
「ちょっと、セイド? 何で一緒に行っちゃダメなの?」
アロマさんは、手を引かれながら不服そうに、そう尋ねてきた。
「おそらく、宿屋とは真逆の方向にある店に買い出しに行く予定だったのでしょう。ログさんの性格からすれば、そこに付き合せるのは気が引けるでしょうからね」
「え~! そんなの気にしなくて良いのに! もっと色々話もしたかったしさ~!」
口を尖らせながらも、仕方ないなぁと、どうにか納得した様子のアロマさんを横目で見ながら、私は心中で呟いた。
(……多分、それが2つ目の理由ですよ)
私はアロマさんの発言に、ログさんが同行を拒んだもう1つの理由があると読んだ。
ログさんは、まだテキストチャットを覚えたばかりで、1回の会話に時間がかかってしまう。
ログさんのことなので、テキスト会話をするのが面倒だ、などとは思ってはいないだろうが、テキストを不慣れな状態で打ち続けるのは、なかなか疲れる作業だ。
それに、アロマさんは歩きながらでもログさんにあれやこれやと質問を繰り返したり、話題を投げかけたりしてしまう。
それに答えるログさんの身になれば、なかなか大変だったことだろう。
歩きながら、しかも不慣れなホロキーボードを使って会話をするというのは、下手をしなくても、普通に転ぶ。
慣れていても、ホロキーボードで足元が見えない状態になれば、転ぶ危険性は増えるのだから。
故に、ログさんは、会話に時間をかけてしまう今の状況を申し訳なく思っており、さらに、慣れないテキスト会話を続けていたので疲れており、少し1人になりたかったのではないか、と私は推測したのだ。
(それを直接言わないのも、ログさんの良さ、というところですね)
これがアロマさんなら、間違いなく『疲れた、1人になりたいから先に行ってて』的なことを、何も考えずに言ってしまうだろう。
良くも悪くも、アロマさんというのはそんな人間だ。
「……セイド、今、何かとっても失礼なこと考えてなかった?」
「何の事だか分かりません」
手を引かれたまま、アロマさんはジト目で私を見ていた。
恐るべし、アロマ眼。
こういうときばかり、人の心中を察するとは。
「んで? KoBの副団長にして閃光と誉れ高き女帝と、デュエルした感想はどうだったよ?」
宿屋の食堂に到着すると、そこではすでにマーチとルイさんが席を確保して待っていた。
宿屋に着くや否や、アロマさんが、私とアスナさんのデュエルの顛末を事細かにマーチとルイさんに話し始めたものだから、私は黙って座ってお茶を飲むしかできなかった。
「まったくさ! セイドは相手が美人だと甘いんだよ! 勝てるはずなのに手も出さないとかさ!」
と、一気に話し終えたところで、何故か1人で腹を立てている様子のアロマさんは置いておくとして、アロマさんの話を聞き終えたマーチの始めの一言がそれだった。
「速さも正確さも、驚異的なものでしたね。《
「閃光の名に恥じぬ実力か……ってか、速いのって
「速いのは剣だけではありませんよ。アスナさんの動きそのものが速いです。あれは、この先もっと磨きがかかるでしょうね」
私がアスナさんを褒めたところで、アロマさんが何故か不満そうにしながらも、マーチの疑問に答えてくれた。
「それとねー。細剣だから速いってことじゃないよ。私もちょっとだけ使ったことあるけど、あんなに速く攻撃できたことは無かったし」
「そりゃ、単にアロマが筋力バカだっただけじゃね?」
身も蓋もないマーチの台詞に、アロマさんは盛大に膨れた。
「ぶぅ! 敏捷値にも振ってますぅ! 筋力優位なのは認めるけどさぁ!」
アスナさんのように敏捷値をあげて手数で押すタイプの武器ではなく、筋力値によって1撃の威力を重視する大型武器を好むアロマさんでは、細剣の本領は発揮できないだろう。
それは仕方がないことだ。
「まあまあ……なんにせよ、アスナさんの《閃光》の名は、細剣の《剣技》を指しているだけではなく、彼女だからこそ付けられた称号、だと言えるでしょうね」
マーチにバカにされて膨れたアロマさんは、運ばれてきた料理をガッツガッツと頬張りはじめ、それをまたマーチが呆れ顔で眺めながら、マーチは視線だけ私に戻し、話を続ける。
「ま、デュエルの結果は良いとして。DoRとしてボス戦に参加せずに済みそうなのは何よりだ。今後も気を付けてくれよ? リーダー」
マーチが私のことを《リーダー》と呼ぶ場合は、大抵嫌味だ。
「……分かりました、私が悪かったですよ。そう睨まないで下さい」
私が項垂れながらそう答えると、マーチはニヤリと笑ってワインのグラスを呷る。
「でもさ~、セイちゃん」
と、ここまで黙って聞いていたルイさんが、手にしていたコーヒーカップをソーサーに戻しながらこんな事を聞いてきた。
「ほんとに勝てなかったの~?」
「ほうほう! あやひほほえひひあひ!」
ルイさんの言葉に、アロマさんが、パンを口いっぱいに頬張ったまま何か言ったのだが、全く聞き取れない。
「ロマたん、飲み込まないと何言ってるか分かんないよ~」
そんなアロマさんに、水を注いだグラスを差し出したルイさんも、アロマさんのあまりの様子に、笑い半分呆れ半分といった表情をしていた。
「ング、ング、ング……プハァー! あんがとルイルイ! あ、そうそう、私もそれ聞きたい、って言ったの」
本当に勝てなかったのか、と問われれば、微妙なラインだと思う。
「う~ん……本当に厳しかったのは事実ですよ。ただ、まあ……勝てないとは言いません」
「あ! やっぱり勝てたのにわざと負けたんだ! 何でよ何でよ! 私とやるときはいっつも負けてくれもしないのに!」
アロマさんが、予想通りの反応をする。
おそらくそういう事を言いだすだろうと思って、先ほどは、はぐらかしたのだ。
「アロマに負けるほどの理由がねえからだろ。それに、セイドだってアスナに負ける理由が無けりゃ負けようとはしねえよ」
マーチは事情を察してくれていた。
アスナさんとのデュエルで重要だったのは、私が勝つことではなかった、と。
「あの場では、あれがベストだと判断したんですよ。ともあれ、これで目的は達成。いやはや……今後は自分の動きにも注意しないとなりませんね……下手に目をつけられるのは、もうコリゴリです」
私はこれで話を終えたつもりだった。
だが、意外なことに――
「つまりさ~、セイちゃんは、勝てるとも言い切れないってことなんだよね~?」
ルイさんがまだ話に喰らい付いていた。
「あ、ええ、まあ、そういう事になりますね」
そう答えた私に。
「ふ~ん……それってさ~、セイちゃんの《あのスキル》を使ってても~、ってことだよね~? 今日も使ってたんでしょ~?」
ルイさんは、普段話題に出さないように気を付けていることを、あっさりと口にした。
「ちょ! ルイさん?!」
そのことにもかなり驚かされたが、事ここに至って、私はルイさんが何を気にしているのか、やっと悟った。
「ほへー。ルイルイも、そういう話することあるんだね」
ルイさんは、私のエクストラスキルをもってしても、アスナさんの攻撃を見切れなかったのかと、気にしているのだ。
「だって気になるでしょ~? セイちゃんの《あのスキル》があれば~、誰が相手でも~、そう苦労せずに勝てるはずなのにさ~」
「ルイさん! そういう話は、しないようにしてください! 誰かに聞かれたらどうするんですか!?」
語気は荒げてしまったが、声を押さえながらにすることには、かろうじて成功した。
私が大声で騒いだら元も子もない。
「セイちゃんなら、誰かいれば分かるでしょ~? 大丈夫だよ~、この食堂、他に人もいないし~」
それはそうだが、そういう問題ではないと叫びたかった。
「ってか、珍しいよな? ルイがそんなこと気にするなんて」
「ん~、私だって気にするよ~? セイちゃんの実力を知ってるからこそね~」
何気ない動作でコーヒーを1口飲むルイさんだが、その視線は、私に向けられ続けていた。
「ま、確かに……セイド。アスナの実力は、お前でも本当に勝てないレベルか?」
マーチまでこの話に加わってきたのでは、無理矢理打ち切るというわけにもいかなくなってしまった。
「……はぁ……難しい、としか言いようがないですね……先ほどのデュエルがアスナさんの全力だとは言い切れませんし……もし仮に、あれが全力であるとしても、五分五分……いえ、一瞬の差でどちらに転ぶか分かりません」
私は隠すことなく、本音をさらけ出した。
これは、本当ならあまり言いたくはなかったのだ。
「スキル差をもってしても五分……大した娘だな……」
「……あれ? ってことは、セイドって、アスナより弱いってこと?」
マーチの台詞を受けて、アロマさんが痛いところを突いてきた。
「……そう……なりますね……こればかりは、スキル云々ではなく、実力の差で……」
この事実を口にするのは悔しいので、話を逸らしたかったのだが。
(……ルイさん、恨みますよ……)
エクストラスキルを持つ者と持たぬ者がデュエルをしたのに拮抗する、ということは、エクストラスキルを持っていない者の実力の方が上だという証拠だ。
相手が如何に有名で、且つ、二つ名を持つとはいえ、年下の女の子相手に負けている、というのは、1男子としては情けない事実だったし、少なくとも、口には出したくない事柄ではあった。
(……くだらない見栄ですかねぇ……私より強い年下の女子なんて、他にもたくさんいるんでしょうから……)
そう結論付け、ため息とともに
そんな私の様子など、気にしたふうもなく。
「えー! それじゃ、もしアスナが本気でデュエルで話し付けに来たら、誰も勝てないってことじゃん!」
と、アロマさんは半ば愕然とした様子で騒いでいた。
私はそんなアロマさんの台詞に、落ち着いて言葉を返した。
「あ~いえ。もしも、という仮定の話ですが、アスナさんとデュエルするのであれば、私よりマーチの方が良いでしょうね」
「は⁈ 俺か⁈」
ここで自分に話が振られるとは思っていなかったのか、マーチは鳩が豆鉄砲でも喰らったかのような顔をしていた。
「攻撃速度で言えば、アスナさんのそれはマーチには及びません。初撃決着であれ、半減決着であれ、マーチの攻撃の方が、確実にアスナさんの攻撃より先に彼女に届くはずです」
私の言葉に、マーチは何やら思案気な顔を見せた。
「あー……ってかそれ、俺も《奥の手》使って、って条件でだろ? やっぱフェアに勝負したら、俺らじゃ《閃光》には勝てねえって話だよなぁ」
「何言ってるんですか。スキルに依存しなくても、マーチの《本気》ならアスナさんの攻撃速度を超えてますよ」
マーチの実力は、スキルに関係することなく、私たちの中でもかなり飛び抜けたものだ。
マーチの《本気》を初見で防ぐことができる者はいないだろう。
「……ああ、あれか……初撃決着なら、まだ可能性はあるが、な。半減決着になると、多分1撃じゃ足りんだろ? となると、2発目以降は、避けられるか防がれる気がするなぁ……」
しかし、そのマーチをして、回避されてしまうかも知れないと思わせるアスナさんの実力には、底知れぬものを感じずにはいられない。
「マーチんでもか~。アスナんって凄いんだねぇ~」
「ん? んん? マーチの本気って何? ねえねえナニナニ⁈」
ここで、アロマさんが妙なところに反応した。
「ああ……そういえば、アロマさんはマーチの《奥の手》は知っているのに、《本気》は知らないんでしたっけ。それはそれで、ある意味おかしなものですね」
思い返してみると、アロマさんはマーチが本気の技を繰り出す機会に、居合わせることが無かった。
マーチの《奥の手》に関しては、ギルドとして関わってきたので良く知っているというのに。
「ハハハ! 確かに! ま、簡単に言やぁ、システム外スキルだ。機会がありゃ見せてやるよ」
百聞は一見に如かず、というが、マーチの本気が見れるのは、一体何時になることやら。
私は人知れず、肩をすくめてしまった。
「ぶぅ! その様子だと、まだ他にも、私の知らない3人だけの秘密とかあるんでしょ! ズルいズルい!」
マーチの態度に、アロマさんは再び頬を膨らませていた。
「付き合ってきてる時間が違うぜ、アロマよ。お前はセイドの秘密を知ってるだけでも満足しとくべきじゃねえのか?」
――この時、私はマーチの発言を止めるべきだったのだが、咄嗟の発言であったし、何より《彼女》に気付くのが遅かった。
「あ!……マーチ……」
「ん?」
私の呻いた言葉にマーチが訝しげな表情を返したところで――
【セイドさんのひみつってなんですか?】
買い出しを終えて、合流したログさんが、そんな発言をしていた。
作業中に居眠りしてました(-_-;)
一応見直しましたが、変なところがあったらご指摘願います(;一_一)