《クラール》の入り口にいたのは、全員が、白と赤を基調とした制服に身を包んだプレイヤーたちだった。
ギルドタグは白地に十字。
間違いなく、攻略組ギルドの一角である《血盟騎士団》のメンバーたちだ。
全員で5人。
身に付けている武器はそれぞれ剣・槍・斧などで、防具も皮鎧や軽金属鎧、壁戦士用の全身金属鎧などと違っていたが、それら武具のデザインは、どことなく一貫したものが見て取れ、同一職人の手によるものと思われた。
(ん? ってことはもしかして……)
さっきログたんが、KoBのメンバーが店に来ると言っていたことを思い出した。
(「ねえねえログたん。あの人たちの装備って、もしかしてログたんの作品?」)
黙ってるという約束だったが、私は早々に小声でログたんと話をしてしまった。
【アスナさんのそうびいがいはそうです】
私の答えに対するログたんの答えは、想像した通りのものだった。
「うわぁぉ! 第一線で使われてるんだ! すご!」
ログたんの職人としての実力に感心しつつ、私は少し慌てて口を閉じた。
これ以上騒いでいると、またセイドに怒られてしまう。
(いやいや、それにしても、本当に美人だなぁ)
私は思考を切り替えて、5人の中で最も目立つ1人の女性に視線を向けた。
5人の中央に立つのは、《閃光》の異名を持つ
私達が《クラール》のアーチをくぐったところで、その女性剣士が1歩前に進み出てきた。
「こんにちは。それと、初めまして」
私たち――ではなくセイドをまっすぐ見据えて、彼女は話し始めた。
「わたしはギルド《血盟騎士団》の副団長を任されています、アスナと言います」
有名な《閃光》様は、その可愛らしい顔とは違って、高圧的な態度でセイドと相対していた。
「これはご丁寧に。私は、ギルド《
その閃光様と対するセイドは、いつもと変わらず、柔らかい物腰で、その圧力を受け流していた。
「知っていてもらえたようなら、わたしの用件にも察しがついているのでは?」
「そうですねぇ。何故私たちがここに来ると分かったのかは不思議に思いますが。世間話をするために、わざわざこのようなところでお待たせしてしまったのであれば謝罪いたしますよ?」
セイドの、意にも解さないという態度に、閃光様の取り巻きたちが一瞬ざわついた。
「それには及びません。貴方達がこの町でクエストを受けていたと報告があったので、良い機会だと思っただけです。それに、世間話などする気はありませんから」
周りの男共のざわめきも気にせず、閃光様は怜悧な態度を変えなかった。
「用件を端的に伝えます。あなた達、ギルド《逆位置の死神》にも、今後、迷宮区及びボス戦の攻略に加わってもらいたいの」
「お断りします」
閃光様の言葉に、セイドは間髪入れず拒否の意を示した。
それこそ、そう言われるのを待ってました、と言わんばかりの返答の早さだった。
流石の閃光様も、この即答には一瞬たじろいでいた。
「……あなたは何度か、フロアボスの攻略戦に参加していましたよね?」
「ええ。攻略組と言われる、第一線で戦い続けておられる方々の実力のほどを、この目で見ておきたく思いまして。それと同時に、フロアボスと呼ばれるモンスターの脅威も、直接見ておきたかったものですから」
セイドの言葉に、閃光様は目を細め、取り巻きの男共はまたざわついた。
「ゲーム攻略のために力を尽くそうとは思わないの?」
「私たちのギルドの最大目的は、あなた方とは違います。私たちは、クリアされる日まで、生き残ることを第一としています。レアアイテムやボス討伐という名声を追う《聖竜連合》や、ゲームからの脱出を第一として攻略を最優先と考える《血盟騎士団》の方々とは、根本的なスタンスが異なるんです」
「貴方は、わたしたちと大差ないレベルを維持していながら、情けないとは思わないの?!」
「まったく思いません」
語気を荒げる閃光様に対して、セイドは笑顔のまま、冷静に対応を続けた。
「それと、アスナさんの言い方では、私1人ではなくギルド全体で参加しろという話になります。それは絶対に容認できません。私1人なら、これまでのように参加しなくもないですがね」
「1人だけ増えたところで、大差はありません。ギルドとしてだからこそ――」
「なら、私たちのような4人しかいないギルドは、参加しなくても変わりはないですよね」
アスナの台詞に、セイドは一切怯むことも無く、悩むことも無く対応を続けている。
それに、セイドはアスナの台詞を遮るなど、巧みに相手に会話のペースを掴ませないようにしている。
「――っ……1人と4人では、意味合いが違います。ソロプレイとパーティープレイの安全性の差、戦術の差はよく分かっているでしょう?」
「安全性は確かにパーティーの方が高いでしょう。しかし――」
と、ここにきてセイドの雰囲気が少し変わった。
これまでの柔和なものから、わずかに険悪な空気を携えたものになったような気がした。
「私1人で、あなた方5人の相手をすることもできるのですから、私にしてみれば、人数にはあまり意味はありません。むしろ、私たち4人が参加したのであれば、あなた方は必要なくなってしまいます」
普段のセイドからは想像できないような、挑発的な台詞だった。
セイドの表情も、相手を馬鹿にするような嘲笑をうっすらと浮かべている。
「なっ! なんだと貴様! 言わせておけば!」
セイドとアスナの言葉の応酬の最中、相手の部下の1人が、そんなセイドの挑発に引っかかった。
冷静に考えれば、私たち4人だけで、巨大ギルドと言えるKoBの代わりなど勤まるはずがないのは分かりそうなものだが。
「何ですか? あなた方KoBのメンバーなら、私1人程度、軽くひねることができる、とでも?」
挑発に引っかかった男に、セイドは素早く言葉を繋げる。
「当然だ! 貴様ごときに負けるような我らではない!」
「副団長の実力を知らんのか! 貴様など、足元にも及びはしない!」
アスナが何かを言うより先に、部下の男共が先にセイドに突っかかってくる。
「ええ、ええ。有名な《閃光》殿なら、そうかもしれませんね。ですが、その取り巻きであるあなた達に、負ける気はしませんよ?」
いつの間にか、セイドはアスナを見ずに、その奥にいたKoBの団員たちに視線を向けていた。
(あの不敵な笑み……わざと挑発してる……セイド、何か狙ってるね?)
セイドの挑発に乗り、取り巻きの団員たちが1歩踏み出し――
「やめなさい! 挑発に乗ってどうするの!!」
――たところで、しかし、アスナが団員たち一喝し、彼らの動きを止めた。
「……安い挑発をしてくれますね」
そう言葉を投げてきたアスナの表情は、冷静なように見えた。
「お褒めにあずかり光栄です」
そんなアスナに視線を戻し、セイドは慇懃に一礼をしてみせ。
「先程も申し上げましたが、私1人なら、参加に異を唱えるつもりはありません。参加要請があれば、私個人あてにどうぞ。ああ、せっかくですから、フレンド登録でもしておきますか?」
満面の笑みでアスナを迎え撃つ。
「ええ、お願いするわ。あなた1人でも、いないよりはましでしょうから」
対するアスナは、笑顔など欠片も見せず、素早くメニュー画面を呼び出して、操作し始めた。
「恐縮です。しかし、私の力など、あって無いようなものですから、ご期待にはそえないと思いますが」
先ほどまでの強気な発言とは真逆のことをのたまうセイドに対し――
「それは今から証明してもらいます」
――と、アスナは、まだメニュー画面を操作し続けていた。
フレ登録メッセを送るだけなら、そんなに手間はかからないはずだ。
何に手間取っているのかと疑問に思ったところで。
「……おやおや……思ったより、熱い方のようだ……」
と、セイドが短く呟いたのが聞こえた。
(ん? 何かあったのかな?)
セイドに聞くか否か迷っていると、アスナが驚くことを言ってきた。
「うちの団員をあれだけコケにされて黙っていられるほど、わたしは大人じゃないのよ。受けるの? 逃げるの?」
「ちょ! セイド!?」
「アロマさんは、黙って見ていて下さいね」
まさか、と思ったけど、そのまさかだったらしい。
あのアスナが、セイドにデュエルを申し込んだようだ。
セイドはため息とともに首を軽く横に振りながら答えた。
「仕方ないですね。お受けしましょう。《初撃決着》でいいんですか?」
「ええ」
――こうして、唐突に、《閃光》と呼ばれる細剣使いにして、攻略組トップギルドの副団長、アスナと。
我らの誇るギルドマスター、セイドのデュエルが行われることとなった。
(っていうか、大丈夫なの? セイドってば、勝てる見込みがあるのかな?)
アスナは隙なく、細剣を正面に構えた。
セイドの実力は知っているので、あまり心配はしていないが、しかし相手も有名な《閃光》様だ。
その剣は、目にも止まらぬという意味合いから付けられた二つ名は、伊達ではないだろう。
「あなたが負けたら、彼らに謝ってもらうわよ」
「……ええ、良いですよ」
笑顔でセイドはそれだけ了承して、拳を構え、軽く体を開いた。
(……ん? あれ? 相手に勝った時、どうするのかって条件は出さないの?)
そんな私の心配はよそに、2人の間に流れる空気がピリピリと張り詰めていく。
私はログたんと一緒に、2人から距離を開けた。
セイドの回避能力なら、たとえ相手が閃光様の剣でも、おそらく回避できるはず。
そう考えていた私だったが。
カウントダウンが2人の間で流れ、ゼロになったと思った次の瞬間。
不意に、アスナの姿が消えた。
(っ?!)
消えた、と錯覚するほどに、恐ろしく速い踏み込みだった。
それほどの踏み込みから発せられる細剣の突きは、まさしく《閃光》そのものだった。
(あんなの、避けようがない!)
私には、目で追うことすらできなかった。
気が付けば、アスナは青白い《
しかし。
(……あれ? 勝利表示が出ない……?)
つまり、セイドがアスナの初撃を回避した、ということだろう。
全く見えなかったけど。
「速い。恐ろしく速いですね」
「くっ!」
セイドの言葉にアスナが小さく呻き、再びセイドに向けて、その見えないほどの速さを誇る《剣技》で襲い掛かる。
が――
「速いですが、しかし、強ヒットと、判定されて、いませんよ?」
アスナの剣もさることながら、セイドも初期位置からほとんど動かずにいながら、体がぶれて見えるような動きで、回避を繰り返していた。
「――ハァァッ!」
アスナの、おそらく全力での攻撃にも、セイドは顔色1つ変えず、回避して――
(……いや、回避しきれてない?)
よく見ると、セイドのHPが、1割にも満たない程だが、わずかに減っている。
(まさか、あのセイドが《
アスナの剣が閃くたびに、セイドのHPが僅か――数ドットながら減っていく。
「流石、《閃光》と誉れ高き、剣捌き。恐れ入ります」
セイドは、アスナの剣を受けながらも、驚いたことに口を利く余裕があるようだ。
まあ、言葉が切れ切れなのは、動きながらなので仕方ないとして。
「これは、直接対戦して、みなくては、分からないレベルの、強さですね。分かった時には、負けているのが、普通でしょうが」
「く!」
アスナはさらに怒涛の攻撃を放つも、やはりセイドは顔色1つ変えない。
「初撃決着の、はずですが、いやはや、このまま、私のHPが、半減するまで、続けるのも、悪くない」
そんなセイドの言葉に、アスナの動きが止まった。
「……あなた、遊んでるの?!」
アスナは怒りで顔を赤く染め上げていた。
「いえいえ、まさか。そんな余裕はありませんよ。反撃する間もなく攻撃されていて、受けるのに手いっぱいです」
そんなアスナをよそに、セイドは両手を軽く挙げて首を横に振って答える。
その表情には、未だ笑顔が浮かんでいる。
「なんでそんな余裕なのよ!」
「そうですか? これでも一杯一杯なんですけどね?」
「っ……!」
そんなセイドの態度に業を煮やしたのか、再びのアスナの猛攻が始まるが。
しかし、セイドは変わらず柔らかい笑顔のまま、その攻撃を回避、あるいは受け流し続けていた。
初撃決着のデュエルとしては異例ともいえる10分が経過し、ついにアスナとセイドの勝負がついた。
結果だけを見れば、アスナの完全勝利だ。
ただし、全ての攻撃を回避または受け流され、《
「ふぅ。お疲れ様でした。いやいや、流石《閃光》のアスナさん。お見事でした。完敗です」
息を乱すこともなくセイドは笑顔でアスナに語りかけたが。
「……それは……皮肉かしら……」
アスナの方は、10分近く全力で剣を振るい続け、息を荒くしている。
「いえいえ、本音ですよ」
そう答えたセイドは、視線をアスナの後ろに控えていた男共に向け、深く頭を下げた。
「KoBの皆さんにも失礼をいたしました。申し訳ございませんでした。もしお望みとあれば、直接デュエルをお受けしますよ?」
セイドの謝罪とともに提示されたデュエル案に、しかし男共は互いに視線を交わすだけで、誰も受けようとせず、申し込もうとしなかった。
それはそうだろう。
KoB、いや、SAOで屈指の――知られている限りでは最速を誇るであろう《閃光》のアスナの攻撃を物怖じせず、10分間受けきったような相手に、勝てると思う方がどうかしている。
彼らが動かないと見て取って、セイドはアスナに向きなおした。
「では、アスナさん、用件はお済ということでよろしいですか?」
この時のセイドは、いつもの柔和な笑みを浮かべていた。
「……この決着は……また今度つけさせてもらいます」
アスナはセイドを見ることなく、細剣を鞘に収め、セイドに背を向けた。
「次の攻略戦が決まり次第、連絡しますので、その時はよろしくお願いします」
肩越しにそう言い放つと、アスナは団員たちの元へと歩いてゆく。
「ご連絡、お待ちしております」
セイドはアスナの背に向けて慇懃に一礼をした。
アスナは憤慨しながらも、何か納得したように素直に帰って行った。