私達は、ログさんと一緒にダンジョンを出て、39層主街区――かの有名な《血盟騎士団》の本拠地がある《クラール》に向かうことになった。
ダンジョンを出た時点で、17時を少し回ったところだった。
「へぇ~、ログっち、お店持ってるんだ~」
【ちいさいですし、めだたないみせです】
「うんうん! なんかログたんっぽい! 後で行っていい!?」
【どうぞ、あまりいいものはないですけど】
女性同士ということで、話が弾むところもあるようで、ルイさん、アロマさん、ログさんの3人は、私とマーチから少し離れた後ろを並んで歩いている。
ログさんは拠点がクラールではないそうで、ダンジョンを出たところで別れることになるかとも思ったのだが、ログさんもクラールに買い出しに行く必要があるということで、同行することとなった。
ちなみに、アロマさんがログさんの目深にかぶっていたフードを強引に剥がしたので、今のログさんは顔がしっかりと外に出ている。
紺色の髪を、セミロングと言えばよいのだろうか、肩にかかるか、かからないかといった程度に伸ばし、さらには前髪も長く伸ばしていて、前髪を下ろしている状態だと目元が全く見えない。
そんなログさんの前髪を、ルイさんとアロマさんがヘアピンで横に留めてしまうと、ログさんがかなりの美少女だということが分かる。
(なるほど、顔を隠したくなるわけだ)
もし素顔で街を歩いていれば、間違いなく男性プレイヤーに声を掛けられ続けることになるのではないかと想像できた。
人見知りの激しいログさんにとっては、恐怖でしかなかったかもしれない。
顔を晒してしまうことに対して、はじめは酷く狼狽していたログさんだったが、アロマさんとルイさんがうまく打ち解けたことで、多少は落ち着けたようだ。
とはいえ、未だに目を見て話をする、ということには至らず、顔は伏せたままテキストによる会話を続けている。
【そういえばみなさんはなんであのだんじょんに】
ログさんは、テキストそのものにまだ慣れていないようで、文字をほとんど変換せずにテキストによる会話をしていた。
テキストを打つ際にも、時々足が止まるようだ。
歩きながらホロキーボードを打つのは、慣れているプレイヤーでも難しい作業だから、それは仕方ない。
ログさんの疑問には、私の隣を歩くマーチが答えた。
「さっきも言ってたが、クエで来ることになったんだ。たまたま《クラール》で、あのダンジョンのオーク退治クエが発生してな」
ログさんたちとの距離が開きすぎないように、私とマーチも時々足を止めるようにしている。
マーチが振り返って答えた言葉に、私が続けた。
「《養蚕場の無法者》というクエストが見つかったのは、偶然なんですよ。ルイさんが持っていた《破れた銀絹のストール》がキーアイテムだったようで」
と、私が言うと、ルイさんがアイテムストレージからぼろ雑巾のようになったストールを出して見せた。
「これさ~、前に28層のクエストで手に入って~、使い道も分からないから~って、そのまま放置してただけなの~。まさか~、こんな上の層のクエストのキーアイテムだったなんてね~」
【なるほど】
ログさんは1文字1文字ゆっくり打ち込んだ。
今回は歩く速度がゆっくりになっただけで、止まらずに文字を打てたようだ。
「ま、使い道が分かっただけでも良かったぜ。これで、このクエの情報も、情報屋連中に売れるしな」
マーチはそう告げたところで前を向いて歩き始めた。
私も並んで歩いていく。
クエスト情報を売るのは、私たちのような小規模ギルドにとって、重要な収入源だ。
とはいえ、私たちにとって貴重且つ重要なクエストであれば、売るようなことはしないつもりだが、今回のクエストに関しては、今のところ売ることに何の抵抗もない。
おそらく報酬も、然程レアリティの高いアイテムは来ないだろう。
「マーチの知り合いの情報屋というと……アルゴさんですか?」
「アルゴ以外にもいるぜ。β時代の知り合いでな、《ゼルク》ってんだ」
アルゴさんといえば、定期的に情報紙を出しているので知名度が高めだが、ゼルクさんという名に、私は聞き覚えはなかった。
「ゼルク……って、行商人やってる槍使いの人? 私、何度か回復ポーションでお世話になったかも!」
ちょっと意外だったが、この話に入ってきたのはアロマさんだった。
マーチの言ったゼルクさんなるプレイヤーを、アロマさんは知っていたようだ。
「知ってたか。もとはソロだったんだが、いつの間にかギルドに入ってやがった。βテスターだが、あいつは人当たりも良いからな。ギルドも攻略組として良い感じに強くなってるようだが、ソロでも結構な実力者だぜ」
「ほぉ……私はまだ、お目にかかったことが無いですね……」
行商人、ということは、上層で手に入ったアイテムを下層の街へ売りに行くことを基本としているのであろう、商人クラスのプレイヤーのはずだが、同時に情報屋を務め、攻略組としても活躍するというのは、相当な手練れなのだろう。
【そんなひともいるんですね】
職人クラスのログさんも、行商人というプレイヤーの話は初耳だったらしい。
「少し、興味がわきました。是非お目にかかってみたいものです」
「機会がありゃ、そのうち紹介してやるよ。ってか」
そこでマーチは何やら、ため息を吐いた。
「ど~も最近、嫌な予感がすんだよなぁ。なんつーか……こう、最前線の連中に、俺らのことがバレてるんじゃねーかって感じが」
ゼルクさんの話題から脈絡のない話になったが、それは置いておくとして。
「……それは、あまり笑えない予感ですね……当たっているようなら、我々にもボス戦などへの参加要請が来ることになりますし……」
私とマーチが渋い顔をしていると、アロマさんは真逆に、キラッキラした瞳で話に入ってきた。
「え~! 良いじゃん良いじゃん! 最前線の未踏破迷宮区とか! 迷宮区のフロアボスとか! 滅多に手に入らないレアアイテムゲットのチャンスじゃん! ワクテカ!」
そんなアロマさんを、マーチは見ることもせず、前を向いたまま――
「アロマ、わりぃが俺ら、ボス戦には参加する気ねーから」
――と、マーチはアロマさんの台詞をにべもなく切り捨てた。
「ぶぅぅ! マーチってば、毎回それだよね! レベルは攻略組と差もないのに!」
アロマさんはマーチににべもなく断られたことに膨れていた。
「うるせぇ。俺らの目的は《ゲームクリア》じゃねーんだよ。クリアされる日まで《生き残る》ことだ」
しかしマーチは、この話題に関しては一切妥協しない。
「マーチん……」
「クエストボス程度ならまだ良いがな。フロアボスは絶対にダメだ」
マーチは歩みを止めることなく、そう言い切った。
ルイさんは、マーチの気持ちを分かっているのだろう。
マーチの言葉に反論するつもりはないようだが、ルイさんの言葉にも僅かながら影があるように聞こえた。
「……アロマさん。迷宮区のフロアボスとの戦闘は、あの死竜レベルでは済みませんよ。私たちのレベルでも、攻略組のレベルでも、安全マージンなどあってないようなものです」
死竜――27層のフィールドダンジョンのクエストボス《
2人でも対処できないわけでもなかったことから考えれば当然だろうか。
「おろ? なんでそんなこと言えるの? 行ったことないんでしょ?」
と、アロマさんの台詞に、私は冷や汗をかいた。
本当のことを言ってしまうと、アロマさんは相当噛み付いてくる予感がする。
何とか誤魔化そうと思っていた矢先――
「セイドは何度かソロで参加してるぜ、フロアボス攻略戦」
マーチがサラッとばらしてしまった。
「ま、マーチ!」
「攻略組の実力調査と、フロアボスの脅威検証ってことで、勝手に行ってやがった。アロマがギルドに入ってからの話なんだが、知らなかったのか?」
そういったマーチの視線は尖ったものになっていて、遠慮することなく私に突き刺さっていた。
(ぅ……これは……)
分かっていて言っている。
アロマさんがそのことを知れば私に噛み付いてくることを。
「えええええええっ!! 何それズルいぃぃ! なんで私を誘わなかったのぉぉ!!」
「あ、いや……色々事情がありまして……ってうわったぁ!」
アロマさんが、予想通り噛み付いてきた。
――実際に、行動として噛み付かれたのは想定外だったが。
「むぅぅ……それにしても、マーチ、まだ根に持っていたんですか、そのこと」
腕に噛み付いたアロマさんを引き剥がしつつ、私はマーチにおずおずと問いかけた。
私がボス攻略戦に参加したのは、片手で数える程度の回数だ。
それも、普段の攻略組以外のプレイヤーにも声を掛けるような、大規模戦の時に、ソロで参加した、というだけだ。
――なのだが。
「ったりめーだ! ギルドタグ付いてんだぞ? 下手に《閃光》や《団長様》にでも目ぇ付けられてみろ! あいつらぜってー俺らにも迷宮区攻略に参加しろって言い出すに決まってらぁ!」
――と、マーチは口をへの字に曲げてそっぽを向いてしまう。
「あのね~、さっき話に出てたゼルクさんがね~、そやってボス攻略に駆り出されることになったんだってさ~」
マーチの怒りの理由を、ルイさんが補足してくれた。
どうやら、前例があるようだ。
それでは確かに、私が軽率な行動をしたと言えるだろう。
「……なるほど……失礼しました……」
自分の行動の浅はかさを反省し、マーチに謝る。
だが――
「ってか。もう手遅れみたいだけどな」
「え?」
マーチの『手遅れ』という言葉を聞いて、私がマーチを見やると、マーチは目を細めて道の先を睨んでいた。
歩きながら会話を続けていた私たちの進む道の先には、小さなアーチが――目的地である《クラール》の入り口が見えていた。
しかし、そこに、数人の人影が見える。
「……あれは……」
そこにいたのは、KoBの副団長にして、SAOで五指に入ると噂の美人女性剣士が、団員を引き連れて立っていた。
何故、あんなところで待ち構えているのか非常に気になるところだが。
(「……はぁ……お前が話をしろよ、セイド。俺とルイは、何があっても、そっちに関わる気はねえからな」)
マーチは小声で私にそう言ってきた。
KoBの方々が何故というのも気にはなるが、今はマーチの言うことのほうが重要だ。
マーチの言う『そっち』――つまりボス攻略戦のことだ。
(「……分かっています。ルイさんには絶対に、危険なことはさせません」)
少し後ろにいたルイさん、アロマさん、ログさんには聞こえないよう、私もマーチも小声で簡単な打ち合わせをした。
(「お前が目ぇ付けられたのはもう仕方がねぇ。だが、あくまでも、俺らギルド単位で巻き込ませるなよ?」)
(「もちろん。何かあっても、私1人で受け持ちます。とりあえず、マーチはルイさんを連れて先に町に。クエストのこともありますから、終えたら宿屋に。後で落ち合いましょう」)
(「……わりぃな……俺はどうしても、ルイをボス戦に巻き込ませたくねぇ……フロアボスだけは、何があるか分かったもんじゃねぇからな……」)
そう言ったマーチの脳裏には、おそらく、β時代の知り合いで、第1層攻略に貢献した、今は亡き《彼》のことが思い浮かべられているのだろう。
マーチはススッと後ろに下がり、ルイさんとともに少し脇に逸れ、迂回して町の別の入り口を目指す。
「アロマさん。ログさんと一緒にマーチたちについて行って下さい。KoBのお歴々とは私が話をしますから」
私は一旦歩みを止め、アロマさんにも離れるように言ったのだが。
「えー。あんな美人と話をするってのに、私をおいて行こうっての?」
どことなく論点のずれたことを言ってくるアロマさんに対して、いつものことながら眩暈に似た感覚を覚えた。
「……話がややこしくなりそうなので。黙っていられるなら、居ても構いませんけど」
「黙ってる黙ってる。口挟まない。口にチャックしとく」
そう言うと、アロマさんは口の左から右に指を引っ張っていく。
思わず小さなため息が漏れるくらいは、仕方ないだろう。
「……ログさんは、マーチについて行って下さい。私と居ると、話が長引くかもしれませんから」
アロマさんは仕方がないとして、ログさんはこの件には関係がない。
巻き込むのは悪いと思いそう告げたのだが、しかし、ログさんは意外な答えを打った。
【いえ、KoBのアスナさんにもごあいさつがしたいので、いっしょにいきます】
「おや、お知り合いでしたか?」
まさかログさんがKoBの方々と面識があったとは。
【KoBのかたは、おみせによくきてくれています】
ログさんの言葉を見て、納得がいった。
このフロアは、KoBの拠点としては有名だが、それ以外に関しては目立つことのないフロアだ。
基本的に大半のプレイヤーはここに留まることはない。
ならば、同じフロアでショップを営むログさんの世話になることも多いのだろう。
「あぁ、なるほど……すみませんね、変なことに巻き込んでばかりで」
【いいえ、だいじょぶです】
私の言葉に、ログさんは、笑顔でそう答えてくれた。