ソードアート・オンライン ~逆位置の死神~   作:静波

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黒炉様、感想ありがとうございました!


第四幕・苦悩の色

 

 

「勝った・狩った・狩ったったった♪」

 

 アロマさんは、ハイテンションぶりはそのままに、マーチさんやルイさんとハイタッチをして喜んでいた。

 

「ま、余裕だったな。これでクエも完了ってか?」

「まだ報告終わってないよ~? 報酬貰わないと完了って言わないから~」

 

 マーチさんとルイさんの言葉で、この人たちがここに来た理由がわかった。

 

(……クエスト……こんなところに絡むもの……あったんだ……)

 

「ログさん、大丈夫でしたか?」

 

 3人がボスを倒して喜んでいる中、セイドさんはあたしのところに来て、手を差し伸べてくれていた。

 

 あたしは、尻餅をついたまま座り込んでしまっていた。

 腰が抜けていたみたいだ。

 

「とんだ騒ぎに巻き込んでしまって、申し訳ありませんでした。ご無事なようで何よりです」

 

 あたしは、わたわたと両手で宙を漕いでいたけど、セイドさんはその右手をそっと掴んでくれて、引っ張り上げてくれた。

 

 あたしはますます焦ってしまい、頭を何度も下げながら――

 

「あwせdrftgyふいjこlp」

 

 ――相変わらず、言葉になっていなかったけれど、ありがとうございますと言いたかった……。

 

「ほら、3人とも、彼女に――ログさんに謝ってください。巻き込んだのはこちらなんですから」

 

 と、ボスの居た辺りで話し合っていた3人も、こちらにやってくる。

 

(わ、わわわわわわわ!)

 

 こんなに人とふれ合うようなことは、もの凄く久しぶりで、あたしはもう半分パニックだった。

 

「いやいや、悪かったな嬢ちゃん。ま、許してくれよ」

「マーチん、謝ってるように聞こえないよ~。ごめんね~、ログっち~」

「貴女可愛いわね。私がオンナにしてあげてもよくっ――」

「謝れと言いました。アロマさん」

 

 アロマさんが何やら変わったことを言おうとしたところで、セイドさんはアロマさんのこめかみを拳で挟んでグリグリし始めた。

 

「あ、痛い痛い痛い! HPが減らないギリギリの痛さ?! はひゃー! 名人技ですなぁって……いやホント痛い! ゴメンゴメンゴメンゴメンナサイってばぁ!」

 

 涙目になってジタバタしながら謝ったアロマさんを、セイドさんはため息とともに解放した。

 

「……はぁ……すみませんねログさん、こんなんで。あぁ、皆さん、アイテムに絹糸あったら私に下さい。まとめてログさんに渡しますから」

 

 と、セイドさんのその言葉に、返事もまばらに、皆さんが絹糸をセイドさんに渡していく。

 

「ぁ、…ぇ……qwsでfrthy」

 

 お気遣いなく……って言いたかった。

 けれど、それが伝わった様子も無く。

 

「ん~、この程度しかないですが、足止めさせてしまった代わりに、受け取ってください」

 

 そう言ってセイドさんからトレード申請がなされ、あたしの宙を漕ぐ手がトレード枠に触れると、渡される絹糸の数が表示されて――

 

「あq12wsで3f4rgt5h6y7!?」

 

 ますますパニックになった。

 

 その数、なんと……222個!

 

 あたしがソロで2時間かけて集めた数は30個弱だから、この数を集めるのには、単純計算で14時間以上かかることになる。

 

(こ! こんな数受け取れない!)

 

 あたしは言葉でどうにも言えないので、両手を前に突き出して、首をこれ以上は振れないというほど横に激しく振った。

 

「ログさん、受け取ってください。私達からの謝罪の意を込めてですから」

 

 セイドさんの顔には、何かちょっと困ったような、それでいて優しく微笑んでいるような、そんな表情があった。

 

「あzqwxscでvfrtbg!」

 

 本当に気にしないで下さいと言いたかったけれど、やっぱり言葉にならなかった。

 

(あうあうあう……謝られるようなこと、なにもされてないのに……)

 

 確かに、トレインを持ってきてしまったのはセイドさんたち4人だけど、あたしがそれに巻き込まれたわけでもない。

 

 本当なら、セイドさんが言ったように、すぐに来た道を戻って安全エリアに避難すればよかっただけのことなんだから。

 

 なのに、あたしは竦んでしまって動けなかった。

 そのことでセイドさんたちに迷惑をかけている。

 だから、むしろ、あたしが謝るべきだと思っていた。

 

 しかし、セイドさんはあたしがどれだけ首を横に振っていても、トレードウィンドウを閉じなかった。

 

「セイちゃん、とりあえずこの先の安全エリアで休んでるよ~」

 

 そんなあたしたちのやり取りを見ていたのだろうルイさんは、何やら微笑みながらそう言った。

 

「落ち着いたら来いよ」

 

 マーチさんも、ルイさんと一緒に安全エリアに向かって歩いて行った。

 

「ニッシッシッシッ……セ~イ~ド~? か~わいい女の子と2人っきりですよぉ? 変なことしちゃぁ――あ! ごめ! ウソ! ぁいたたたたたたたぁぁあ!」

 

 先に奥の安全エリアに向かったルイさんとマーチさん。

 

 セイドさんをからかおうとして、思いっきり両耳を引っ張られて涙目になりながらそのあとを追ったアロマさん。

 

 その3人を見送って、セイドさんは再びあたしと向かい合った。

 

「まったく……騒がしくて申し訳ない。どうぞ、本当に気にせずに、受け取ってください。私達では使い道がありませんから」

「ぁ……ぅ……」

 

 しかし、あたしはその絹糸を受け取ることを躊躇った。

 

 この世界で、人の好意は、危険だ。

 甘い話には裏があるのが常識の世界だ。

 

 確かに、この4人は犯罪者カラーではないし、良い人たちだと思うけれど、だからといって、安心していいとは言い切れないし。

 何より、男女比が著しく偏ったこの世界では、女性プレイヤーは《女性》というだけで、無数の男性プレイヤーに声を掛けられるということが往々にしてある。

 

 こんなあたしですら――背も低くて、人見知りが激しくて、まともに会話もできなくて、14歳に見えない童顔なあたしですらも、そういう経験は両手では数え切れないほどあった。

 この性格なので、皆すぐに逃げていったけれど……。

 

 ――そう考えると、この4人は男女比が2:2という、とても珍しい比率だ。

 

 なんていう、ちょっと関係ない事まで頭の隅をよぎった。

 

「ああ、変な意味は一切ありませんから、安心してください。とはいえ、すぐに信じるのは無理、ですよね。ふむ……何でしたら、ダンジョンを出るまで、パーティーをご一緒にいかがですか?」

 

 それは、思わぬ申し出だった。

 

 通常、見知らぬ人とパーティーを組むのは避ける傾向が強いこの世界で、こうも気さくにパーティーの継続を提案されるとは思っていなかった。

 

 さらに。

 あたしの思考を読んだかのように、セイドさんは会話を先出ししてくる。

 

「それと、一方的に絹糸を渡されるのが不安でしたら、そうですね……オークのドロップ品との交換――数も種類も何でもいいですから、それらと交換でも構いませんよ? ログさんが納得できる形で構いませんから、考えてみて下さい」

 

 そんなセイドさんの優しい提案に。

 

「qざwせcrvthにゅj」

 

 あたしはやっぱり、まともに言葉を返せなかった。

 

 そもそも、今何と言ったら良いのかも思いつかなかった。

 

 今更ながら、そんな自分が恥ずかしくなり、あたしはすっかりずり落ちていたフードを深くかぶり直した。

 

 それでもセイドさんは、変な言葉しか口走れず、フードをかぶって顔を隠してしまうようなあたしを、気にした風もなかった。

 

「とりあえず、皆さんのところに行きましょうか」

 

 セイドさんはあたしに手を差し伸べてくれた。

 

 あたしは躊躇いながらも、セイドさんの手にあたしの手を乗せた。

 セイドさんはそんなあたしの手を取って、安全エリアまで移動してくれた。

 

 あたしはただひたすらに会釈を返すことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、おかえり~」

 

 私がログさんを安全エリアまで連れて行くと、まずルイさんが声を掛けてきた。

 

「おう、やっぱ、その子も連れてきたか」

「ええ、ダンジョンを出るまでか、ログさんの拠点の近くまでは、お送りしようかと」

 

 マーチに答えて、ログさんを前に出して皆に改めて話をしようかと思ったのだが。

 

「あqwsでfrhy!」

 

 ログさんは必死な様子で私の後ろから出てこようとしなかった。

 

(……う~ん……ここまで人見知りが激しいというのも大変ですね……落ち着けば、会話までは行けそうな気もしますが)

 

 とはいえ、ここで無理に前に出してもログさんを怖がらせるだけだ。

 今はこのままにしておくとする。

 

「ええと……まあ、とりあえず、ここを出るまでは、皆さんよろしくお願いしますね。ログさんです」

 

 私は、後ろにいるままのログさんの頭を撫でながら皆に紹介した。

 この時、さりげなくフードを外して顔を見せた。

 

 ログさんは大いに慌てたようで、すぐにフードをかぶり直してしまったが、一応、顔を見せて紹介することはできた。

 まあ、髪で目元まで隠れているので、本当の意味では、顔見せにはなっていない気もするが。

 

「ハハハ! セイドには慣れたのかね。ん、よろしくな、お嬢ちゃん。俺はマーチだ」

 

 マーチは私の前まで歩み寄り、そこでしゃがんでログさんと視線の高さを合わせて名乗った。

 

 マーチの屈託のない笑顔にログさんも会釈を返していた。

 

「か~わいいね~! 私はルイだよ~。あなたのこと、ログっちって呼ばせてね~♪」

 

 ルイさんもマーチの隣にしゃがみ込み、ログさんに微笑みかけた。

 ログさんは、ルイさんにも会釈を返して、わずかながら私の後ろから前に出てきた感じがした。

 

 流石《友情(フレンドリー)》マーチとその妻のルイさん、というべきだろうか。

 人見知りの激しいログさんにも、馴染みやすい空気を上手く作っている。

 

「人見知りログたん可愛すぎですなぁ。ほーら、飴ちゃんあげるから、お姉ちゃんのお膝にオイデオイデ~♪」

 

 しかし――いや、やはりというべきか。

 アロマさんはそんな空気を微妙に壊しながらログさんに接近してきた。

 

(良くも悪くも、アロマさんらしい……しかも自己紹介し忘れている……)

 

 気さく(?)なアロマさんの性格も、ログさんの性格からしてみれば怖いだけかもしれない。

 

 アロマさんは、持ち前の笑顔を満開にしてログさんに語りかけたが、ログさんはビクッと身震いして、ますます私の後ろに隠れてしまった。

 

(道着が伸びるんじゃないかな……この勢いで引っ張られ続けたら……)

 

 と、そんなどうでもいいようなことをチラッと考え、思わず苦笑してしまった。

 

「と、まあ、この変な女性はアロマさんといいます。悪い人ではないので、怖がらなくていいですよ」

「ちょっとセイド?! 今もの凄く失礼な紹介したよね?!」

「何のことかわかりません。ほら、ログさんがますます怯えてしまいますよ?」

「むぅぅ……後で覚えてろぉ……」

 

 代わりにアロマさんの紹介をしたのだが、アロマさん本人は不服だったようだ。

 まあ、それは置いておこう。

 

 一応、アロマさんにも会釈を返したログさんの様子を見ながら、私は別のことを考えていた。

 

 ログさんの様子を見ていて、コミュニケーション障害やコミュ障といった言葉も思い浮かんだが、彼女の場合は『言葉が通じないために意思疎通ができない』のではなく、『人見知りが激しくて自分の意志をしっかりと口に出来ない』だけだろう。

 

 そんな彼女でも、意思疎通をしっかりと図る方法は、実はある。

 SAOの世界では、基本的に使う人のいない方法だが。

 

「ログさん、少し手間かも知れませんけど、会話をするだけならテキストチャットでもいいんですよ?」

 

 一通りの紹介が終わった後も、私の後ろから出てこようとしないログさんに、私はそう提案してみる。

 

「?」

 

 すると、ログさんは首を傾げた。

 やはり、ログさんはテキストチャットの存在を知らなかったようだ。

 

「とっさの会話には向かないんですけどね」

 

 私はログさんにテキストチャットのやり方を実際に見せてあげた。

 

「メニューを出して、そのままホロキーボードを呼び出すと、チャットウィンドウになるんです。そこで文字を打ち込めば――」

【このように、会話文がテキストとして、プレイヤーの視界に浮かび上がるんですよ】

 

 私のこの指摘に、ログさんは目を輝かせて驚いていた。

 

 さっそくホロキーボードを呼び出して何かを打ち込んでいる。

 

【こうですか?】

 

 自分で打ち込んだ文字がウィンドウに現れたことに、一瞬驚きながらも、ログさんは嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「そうそう、それがテキストチャット機能です。本来は、声を出したくない場合や、パーティーメンバーが少し離れた位置にいる時に使用する機能だったりしますけどね。ログさんなら、利用価値が高いかと思います」

【ありがとうございます、とてもたすかります】

 

 テキストを打ち込むために、タイムラグが生じてしまうが、それでも今のログさんには貴重な会話手段となるだろう。

 

「どういたしまして。でも、少しずつ会話そのものにも慣れていかないと、ダメですよ? テキストは、こちらの世界でしか使えませんからね」

 

 するとログさんは首を縦にコクコクと振った。

 

 ――次の瞬間、テキストが視界に流れた。

 

【笑顔ちらみせログたんかわゆす! マジ萌え☆ prprはぁはぁ】

 

 なんというか……知らぬ間に眉間を押さえてしまった。

 

 ――せっかくの意思疎通方法も、アロマさんの《空気クラッシュ》にかかっては、元も子もなくなってしまったようだ。

 

 ログさんは再び、私の後ろで震えだした。

 

 私はアロマさんの頭に拳をぐりぐりとねじ込んでおいた。

 

 

 


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