「申し訳ありません、こんなことに巻き込んでしまって……」
セイドさんは油断なく、通路側を見やりながら、あたしに声を掛けてきた。
「もう少しで片付きますから――ルイ、マーチの上、《ハヌマンシャフト》」
セイドさんの指示を受けて、金髪の女性――ルイさんが、背を向けていたマーチさんの方に反転。
両手棍用打突4連撃技《ハヌマンシャフト》でマーチさんを跳び越えて広間に入ってこようとしたオーク2体を同時に突き崩した。
セイドさんの指示は、他の3人が察知しきれていないオークの動きに関してのみ出され、それ以外は3人がそれぞれの連携でしっかりと撃破している。
あたしは、4人の連携でオークが次々に倒されていく様子を、セイドさんに匿われるような位置取りでしっかりと見ていた。
無傷というわけではないけれど、前線に立っている3人は危なげなく戦っているし、セイドさんも油断せず、通路に視線を向けている。
「まさか、こんな僻地のダンジョンで人と出会うとは思っていなかったもので。貴女は素材収集ですか?」
「ぁ………ぃ……」
はい、と答えたつもりだけれど、オークの叫び声や剣戟が響く広間にあって、あたしの小声の返事が伝わった自信は全くなかった。
「そうでしたか。では、この騒ぎが落ち着いたら──アロマ、《スラストバイト》……ご迷惑をおかけしたお詫びとして、集めておられる素材で、私達が持っている分を差し上げます。どうか、それでお許し願いたい――マーチ、《ソウガノヒラメキ》」
しかし、この騒ぎの中、セイドさんはあたしの小さな返事をしっかりと聞いていたと同時に、指示にも隙が無く、数に物を言わせていたオークたちの攻撃は、だんだんと、勢いが弱まってきている。
そのこともさることながら、セイドさんの申し出にも驚かされた。
このダンジョンに来るような人は、おそらく皆が、絹糸収集が目的だと思う。
だとすれば、この人たちも絹糸を集めに来たのだと思っていたのだが。
「このダンジョンで素材収集ということは、絹糸ですよね? 私たちは絹糸目的ではありませんので、お気になさらずに」
違うという。
では一体何をしに、こんな辺鄙なダンジョンまで来たのだろう。
「私たちは――ん? マーチ、アロマ、ツーステバック!」
突然のセイドさんの大声で、通路近くで戦っていた2人が、広間中央にまで跳び退る。
すると、先ほどまで2人が居た辺りに、通路からオークの塊が跳んできた。
オークの集団――ではない。
文字通り、オークが2~3体連続で、体を丸めて投げこまれたかのようだった。
「あらら~。もしかして~、もしかすると~、もしかする~?」
そう呟きながら、ルイさんが投げ込まれてきたオークに《
「そのようですね……マーチ、アロマさん、ルイさん、ボスのご登場のようです。この状況は……正直ありがたくないですね」
セイドさんの言う『この状況』というのは、あたしが居ることだろう。
「ぁ、あwせdrftgyふじ――」
あたしはいつもの如く焦ってしまい、自分の身は自分で守れると伝えたかったけれど、全然言葉にならなかった。
しかしセイドさんは――
「今得られている情報は、ボスは周囲のオークを砲弾代わりに投擲すること。作戦はまず、ボスが広間に入り次第、アロマとマーチはボスの足止めをしつつ、周囲雑魚オークの掃討を優先。ルイは雑魚オーク掃討に集中。雑魚オーク掃討次第全員でボスに集中。この方にダメージを負わせたら、全員夕食抜きです」
「イヤだい!」「おうよ!」「は~い!」
「……みんなイエスなの?……ふぁ~い……」
素早く指示を出し終えると、あたしに優しい笑顔で――多少笑みが引きつっていた気もしないではないが――語りかけてきた。
「貴女がいることで、私たちに不利になることはありませんから、気にしないでくださいね。この状況というのは、ボスの周囲に、まだ30近いオークがいることですから」
「っ!」
あたしは思わず息をのんだ。
意味不明なあたしの言葉を、ちゃんと聞きとってくれていたというのだろうか?
「そしてすみません、ボスが来るので手短に。私もボスの相手に行きますので、一旦貴女をパーティーに誘います。逃げるか残るか、判断は任せます」
それだけを素早く言うと、セイドさんはすぐに、あたしにパーティー申請を送ってきた。
「ぁ……わえdrf――」
あたしは急な展開について行けず、慌ててしまい、両手が宙を漕いだ。
その拍子に申請の受諾を押してしまい、あたしもこの4人のパーティーに参加した形になる。
「Log……ログさん、ですね。よろしく」
パーティーメンバーの名前が表示され、それを見たことで、セイドさんは笑顔であたしにそう言い、しかしすぐに通路に視線をやると、表情が一変し、冷静なものとなった。
通路からまたオークの砲弾が飛んできたからだ。
「マーチ、アロマ、ルイ、まだ投げ込まれてくる。先にそれらの排除!」
先ほどから投げ込まれてきているオークの砲弾は、死んでいるわけではない。
数秒経つと体を伸ばして立ち上がり、こちらに襲いかかってくるようだ。
「ログさん、何かあれば何でもいいので声を上げて! それと、ボスには近寄らないように!」
それだけ言って、セイドさんも雑魚オークに向かって行く。
すると通路からまたオークの砲弾が飛んでくる。
1度に3体のオークが続けて投げ込まれているようだ。
「次の砲弾後にボス。注意!」
セイドさんの指示に、3人は無言の行動で返す。
セイドさんの言葉通り、オークが投げ込まれてきた後に、他のオークより2回り以上大きなオークが広間に入ってきた。
固有名《ジェネラル・ハイオーク》。
間違いなくオークたちのボスだろう。
ボスが広間に入るなり、先ほどの作戦通り、マーチさんとアロマさんがボスを引き付けながら周辺のオークを少しずつ片付けていく。
そういえば、先ほどの戦闘でも指示は聞こえていたけれど、返事はしていなかった。
この4人が、この連携を繰り返してきた証拠だと思った。
あたしは、動けないでいた。
怖かったり、驚いていたり、焦っていたり、色々あるけれど、1番の理由はそれらではなかった。
(……この人たち……凄い……)
魅了されていた、といっていいと思う。
基本的にソロプレイしかしてこなかったあたしは、他のプレイヤーの戦いを目にする機会はあまりなかったけれど。
それでも、この4人の連携は、美しいの一言に尽きた。
先ほどまでの連携もさることながら、セイドさんも攻撃に加わっての4人連携は、更に洗練されたものになっていた。
「アロマ、マーチとスイッチ」
「ルイ、俺とスイッチ後《スラストブレイク》」
「ルイ、アロマとスイッチ」
「マーチ、居合い後俺とスイッチ」
たびたび出されるセイドさんの指示の的確さは常軌を逸していた。
驚いたことに、指示を出す相手を全く
セイドさん自身とのスイッチの指示も、相手を見ずに出している。
何をどうすればあんなことができるのだろうか……。
それと、セイドさんが自分のことを《俺》と言っていたのもちょっと気になった。
さっきまで《私たち》と言っていたと思うのだけど。
「ルイ《トータスエンド》、アロマ《ブランディッシュ》、マーチ《ミカガミノサザメキ》」
と、そんなことを考えていたら、いつの間にか砲弾にされる雑魚オークが全て掃討されていた。
セイドさんの指示で3人が一斉に――いや、セイドさんも合わせて4人が《剣技》をボスに叩き込んでいた。
これにも驚かされたけれど、セイドさんの武器は拳や蹴り――いわゆる《体術》だった。
これまで《体術》をメインに戦っているプレイヤーなんて、会ったことがなかった。
セイドさんの指示した《剣技》はものの見事にボスに決まり、且つ同士討ちすることもなく、互いの動きも阻害しない見事な連携を見せた。
「ボスのパターン変化。ボスの《体術》スキルに注意。臨機応変にそれぞれをカバー」
この指示で、まず、セイドさん以外の3人がバックステップで下がった。
空いた間を埋めるようにボスが1歩前に出る。
ボスの右手は《剣技》の光をまとっていた。
狙われているのはアロマさん。
そのボスの背後から、セイドさんが体術単発重突進技《ベヘモスブル》で突っ込んだ。
あの《剣技》は、相手の体重が重ければ重いほど威力が上がるという特性があったはず。
その威力補正もさることながら、セイドさんの、ボスの踏み込みに合わせた1撃は、見事にボスの踏み込んだ足とは反対の足に決まり、ボスのバランスを奪い、転倒させた。
あの巨体で、しかもオークという敵は、攻撃力は高くても動きはあまり速くない。
起き上がろうとする動きも、どことなく遅い。
その隙を逃さず、3人が一斉に前に出てそれぞれが《剣技》を放った。
多段攻撃系を一斉に、しかも3方向から叩き込まれて、ボスのHPバーは消滅し、その巨体をポリゴン片へと変えた。