50層が攻略されてから1週間が過ぎた。
今日もあたしは、日課の村巡りをして、工房に戻って店を開けた。
あたしが日課にしている村巡り。
実は、職人クラス専用の素材入手クエストだ。
このクエストを見つけることができたのは本当に偶然だった。
情報屋の方々が出しているクエスト名鑑にも載っていないので、おそらく──というか、ほぼ間違いなく、今ではあたししか知らないクエストだと思う。
他に知っている人が居たら、今頃この村は職人プレイヤーで埋め尽くされているはずだ。
しかし、あたしもこのクエストの発生条件など、詳しいことはよく分かってない。
クエストの内容は至極単純で難しいことは無い。
一定の順番で村人と会話をするだけだ。
ただし。
最初の牛飼いの村人の話から最後の村長の話まで、全て聞き終えるのに最低でも2時間半かかるから、忍耐力は試されるかもしれない。
それと、話を聞いている最中に他のスキルを上げるような、いわゆる《内職》はできないらしい。
最初の村人の言葉の中に『ちょっと長くなるけど、話を聞いていく時間はあるかい?』という一言があるし、何度目かのクエストをこなしていた時に、あたしは話を聞き流しながら《内職》をしようとしたことがある。
すると村人から『おや、何かすることがあるのかい?』という、それまでに聞いたことのない台詞が出てきた。
ここで内職を継続してしまうと、おそらく、クエストが中断され、そこまで聞いてきた話もリセットされてしまうのではないか、と想像することができた。
リセットされるだけならまだいい。
もしかすると、2度とクエストが発生しない可能性も否定できない。
あたしは、それが怖くて話を聞く、もしくは聞き流すだけにしている。
朝早い事もあって、あくびが出ることは多いけど、何とか居眠りもせずに済んでいる。
それと、もう1つ。
このクエスト、発生時間も朝方に限定されているようだし、クエストクリアまでの時間制限もあるようだから、あたしのように、この村に拠点を置いていないと気付かないだろう。
クエストの難易度としては低めだと思うのだけど、報酬は格別だった。
《ウィシルの天恵袋》という、職人系スキルで使うことのできる各種素材アイテムが、ランダムで約10~50個入っているという、種類も数も完全に運任せというアイテムだ。
このクエストの存在に気が付いてからというもの、あたしは毎日欠かさず、このクエストをこなすようにしている。
初めの頃は、入っていた素材が10個だけで、しかも全てが《石ころ》とか《枯れ木》という、最低ランクの素材だったことも多かった。
それでもめげずに、毎日毎日繰り返しクリアし続けた。
その甲斐あってか、連日クリアし続けることがランダムで数も種類も変わるという要素に影響を与えているのか、最近の素材は、良質な素材が20は入っていることが多い。
ちなみに、この前来たお客様に見せた《トワイライト・アクロス》の素材も、このクエストで手に入ったものだ。
この日受け取った袋の中身も、並から上の質の素材アイテムが、数としては多めの40個も入っていた。
あたしはほくほくとそれらのアイテムを取り出し、しかしその中に、今、1番欲しかった裁縫スキル上げに使える絹糸が無かったことに少しがっかりした。
無論、絹糸が無ければスキルが上げられないというわけではないのだけれど。
(……でも、やっぱり……今だと……シルク系装備の相場が良いんだよね……)
少しでもコルを稼ぎたかったあたしにとって、裁縫スキルを上げると同時に稼ぎを出せることは重要だった。
(今日素材が足りていれば、マスターできそうだし……お店はNPCに任せることにして)
あたしが、今日手に入った素材たちを整理して、店の売り物を少なからず補充し終わった頃には、昼を少し回っていた。
あたしは昼食を食べ終えたところで、ダンジョンに出かける支度をする。
来客の少ないことを喜ぶべきか悲しむべきかは微妙なところだけれど、昨日KoBの人達のアイテム調達や装備品の修復依頼は全て達成し終えている。
今の所、他に依頼されている仕事もない。
なら、動けるうちに動こうと、あたしは絹糸を落とすモンスターのところへと向かうことにした。
目的のダンジョンはこの村の近くにあるため、遠くもなく、充分に日帰りできる場所だった。
39層の通常ダンジョン《オークの
武具作製などで得られた経験値によって、この層での狩りに必要な安全マージンは充分すぎるほどに確保できているし、あたしは基本ソロプレイに慣れている――というか、会話ができないので、ほとんどパーティープレイができない――ので、ダンジョンに入ってからも、順調にモンスターを撃破し続けた。
(ん~! 久しぶりに《
軽く伸びをして、メニュー画面で装備を変更した。
鍛冶職人として《戦鎚》、木工職人として《両手斧》を使うため、自然とこの2つのスキルが上がって行ったので、戦闘にはそれほど支障はない。
ただ、スキルスロットは基本的に職人系スキルで埋まっているので、ダンジョンの《罠解除》や敵の《索敵》、敵からの《隠蔽》といったことはできないので、職人向けの低難易度ダンジョン以外には行けないけれど。
このダンジョンで気を付けることとしたら、モンスターの大群に出くわさないように細心の注意を払うことと、前に流行ったPKくらいだ。
難易度的には高くないダンジョンだけど、注意するポイントは2つ。
1つは、オーク――このダンジョンにいるのは《セリカルチャ・オーク》という――の攻撃力の高さと武器バリエーションの多さ。
オークは、常に2~5体の集団で行動していて、持っている武器も剣、斧、槍、戦鎚などと種類が豊富だ。
まあ、その分、倒せばドロップ品も種類が豊富なわけだけど。
2つ目は、蚕型虫モンスター《シルバーシルクワーム》の特殊技。
この《シルバーシルクワーム》には、こちらの動きを阻害する粘着性の糸を吐く攻撃がある。
受けてもダメージは無いものの、一定時間──それも長めの──敏捷マイナス補正を喰らうことになる。
1回1回はそれほど大きいマイナス補正ではないけれど、実はこれ、蓄積型で、喰らった糸が消える前に次の糸を喰らうと、その効果時間が上書き、マイナス補正効果がアップするという厄介な面がある。
《クラール》のNPCショップで売られている回復アイテムを使えば、すぐに回復できるけれど、決して安いアイテムではない。
可能な限り使うのは避けたいところだ。
(ふぅ……絹糸……良い感じに集まってる……)
ダンジョンに潜ってから約2時間。
安全エリアで一休みしながらアイテムポーチを確認する。
アイテム名《銀蚕の絹糸》。
オークが邪魔で、思ったより蚕を狩れていないけれど、その割には、良いペースで手に入っている。
とはいえ、まだ目標数の半分ほどだ。
あたしは、武器や防具の消耗を確認して、もう2時間は安心して狩りが続けられると判断した。
ちなみに、このダンジョンに入ってからも、入る前のフィールドでも、他のプレイヤーには会わなかった。
流石に過疎フロアの、それも攻略対象でもないダンジョンで、素材目的でもなければ来る必要のない場所なだけある。
PKも、最近はこういったダンジョンには出なくなったと聞いたし、多少は安心して狩りができる。
あたしは気合いを入れなおし、安全エリアから出て、通路の先の広間に入り──
「──ャハハハ――ッ!」
――広間の中央辺りまで進んだところで、前方の通路から、人の笑い声と走っているのであろう足音が響いてきた。
それも1人分ではない。
足音が振動のように聞こえるほど――かなりの数の何かが、こちらに向かってきているようだ。
思わず体が竦んだ。
(な……なんでこんなところに……人が……それに……いったい何が来るの……?)
咄嗟のこととはいえ、あたしは持っていた両手斧を胸の前で抱くようにして、通路の方に集中した。
最悪の場合、すぐに転移結晶を使わねばならない。
と、続いて何かの話し声が聞こえてきた。
「笑っ――場合――かアロ――ん?!」
「――っ! セイ――ん! もの凄―――インになっ―――けど!」
「い――過疎――ジョン―――って――はマナー違――なぁ!」
「2人――笑っ――る場――――いですよ! 他に人が居たら――――んですか!」
「はっひゃー! その時は――で、全部――ばいいんだよぅ!」
「アロマさんが――――トレインなんですから当然――! けどこの数はあまりにも非常識――!」
――という、まだ少し遠いので聞き取れないところもあるけれど、やけに賑やかな、それも怒っている人は1人で、他の3人は笑っているようにしか聞こえない話し声が聞こえた。
(な……何なんだろう……)
足音や声の反響から察するに、こちらに向かってきているようだ。
あたしはポーチから転移結晶を取り出すことも忘れて通路の方を見やりながら、少し緊張が抜けた気がする。
「もうちょいで安全エリアみたいだけど、どーするよ!? このトレイン連れてって平気か?!」
「平気だとは思いたいですが! 《索敵》してみます!」
「とれーぃん♪ とれーぃん♪ はしってゆーけぇえ♪」
「ちがうだろアロマ! とれーぃん♪ とれーぃん♪ つれてーゆーけぇえ♪ だろ?」
「そうか!」
「2人とも黙りなさい!……あ……アロマさんストップ! この先に人が!」
「はにゃ?」
「ちょうど、エリアの前に広間があるよ。そこでこれ処理しちゃおう!」
「ダメですルイさん! その広間に人がいるんです!」
「っても! 他に場所もねーし、もう間に合わん!」
――次の瞬間、広間に飛び込んできたのは4人組のパーティーだった。
1人は、自分の背丈以上の大きさの両手剣を背負った、赤髪でポニーテールの女性。
1人は、両端に宝石を埋め込んだ両手棍を背負った、金髪を後ろに流している女性。
1人は、左の腰に刀と脇差を吊るした、バンダナを巻いた銀髪の男性。
1人は、武器らしい武器は何も見当たらない、眼鏡をかけた黒髪の男性。
驚いたことに全員が軽装防具で、盾装備や
一見、レベルが高そうには見えなかったのだが、気を付けてみると、武器も防具も、最前線で使われているレベルと遜色ない、名の知られた物がほとんどだった。
――ただ1人を除いて。
前線のプレイヤーには、ほとんど需要の無い布系防具で――オシャレ着や、部屋着といった装備以外で――その中でも《道着系》と呼ばれる防具を身にまとっている眼鏡の男性の防具だけは、他の3人のそれと比べると数段劣るものだった。
パーティー構成的には、全員が
4人は広間に入るなり、すぐに元来た通路に向き、各々の武器を構える。
「ごめんなさい、そこの方! 巻き込まないようにここでトレイン処理しますから、できれば奥の安全エリアに移動を!」
黒髪に眼鏡をかけた道着の男性は、真っ先にあたしの近くまで来ると、あたしを背に庇うようにして通路の方に向いた。
「来るぜセイド!」
「ひゃっはー! みんなまとめてポークハムにしてやんよ! ひゃー!
銀髪の男性が、黒髪眼鏡の男性――セイドさんに呼びかけると同時に、赤髪の女性は、女性らしからぬ掛け声を上げ、妙にハイテンションでモンスターを待ち構え──
「アロマ《スラストブレイク》」
不意に。
セイドさんが冷静に、その一言を放った直後。
通路から飛び込んできたのは、5体のオークだった。
手にしている武器は片手直剣、片手曲刀、片手斧、両手槍、片手戦鎚が1体ずつ。
(あわわわわ?!)
そのオークたちを見て、あたしは驚きのあまり尻餅をついてしまった。
5体ともなれば、あたしにとっては大群だ。
下手に出くわせば逃げるしかない。
しかし、その5体ともが、赤髪の女性──アロマさんの放った1撃、両手剣用単発重水平斬撃技《スラストブレイク》によって薙ぎ払われた。
あの技は、確か、両手剣スキルの熟練度が900を超えると技リストに出現する、単発ながら長いリーチがあり、高威力でありながら出だしも早く、使用後硬直時間も長くない、という非常に使い勝手がいいことで有名な《
(それが使えるということは、この人たち……レベルもスキル熟練度も高い)
アロマさんの1撃を皮切りに、通路から続々と現れるオークの集団を、銀髪の男性とアロマさんがメインになって通路入口付近で撃破を繰り返し、2人の猛攻から漏れ、または逃れて広間に入ってきたオークは、金髪の女性が叩きのめしていく。
セイドさんは、あたしの近くで、時々3人に指示を飛ばすのみで戦闘には直接参加していない。
けれど――
「アロマ《アバランシュ》。その後マーチとスイッチ、マーチスイッチ後《ライメイノキラメキ》」
(……最初の1撃の指示といい……使用する《剣技》を指定するということは、このセイドさんという人、次に来るオークのタイプや位置取りを把握している……?)
狙い違わず、次に飛び込んできたオークの集団は、なんと縦に──先頭の1体を壁にして、奥の2体が跳躍して、文字通り、目の前で上下縦一列になる様に跳びこんできたのだ。
これを初めの時のように、水平斬撃系で迎え撃とうとしていたら、3体のうち1体しか倒せず、2体から攻撃を受けることになったけれど。
セイドさんの指示した《アバランシュ》という技は、両手剣用単発上段重突進技で、突進の威力を載せて縦に振り下ろされる両手剣の破壊力によって、防御がほぼ不可能なほどの威力を発揮する。
狙い通りの《剣技》で、オーク3体がまとめてポリゴン片になると同時に、アロマさんの振り下ろした剣の勢いに押されて、その奥から出て来たオーク2体が一瞬たじろいだ。
アロマさんは振り下ろした剣の勢いに乗るようにして右前方に体を投げ出す。
そのアロマさんと入れ替わるようにして、間を開けずに、たじろいだオーク2体を《ライメイノキラメキ》と言われた、あたしの知らない《剣技》の一撃で銀髪の男性──マーチさんが追撃し、2体を同時にポリゴン片へと変えた。