今回はちょっと長いので前編・後編の2話構成でお送りします(>_<)
DoRのちょっとした平和な一日・前編
頭の奥でピリピリとした感覚がして目が醒める。
時刻関連オプションの《強制起床アラーム》だ。
任意の音楽で強制的に意識を覚醒させてくれるものだが、私は機械的な電子音に設定している。
「ん……ん~……」
まだ少しまどろみが残る。
強制起床とはいうが、眠気が一瞬で無くなるものではない。
たたき起こされるだけで、眠気に負ければ二度寝することも個人の自由だ。
とはいえ、私は二度寝することなく体を起こした。
(ん~……疲れが残ってるか?)
昨夜の狩りは、少し根を詰めすぎたかもしれない。
(全く……アロマさんが変なことをするから……)
頭を掻きながら、昨夜のことを思い出す。
アロマさんがDoRに加入してからすでに3日経った。
「はっ!」
気合いとともに《
私は夕食を終えた後、いつも通り、夜間の狩りに出かけたのだが、アロマさんは毎晩毎晩、私の狩りについてきていた。
初めはついて来ないように言ったのだが、私の言葉など聞く耳を持たず。
――普通、あのようなMPKに遭いかけたのなら、同じ場所には行きたくないと思うものだと思っていたのだが。
夜間の狩りと昼間の狩りを合わせて、今日の昼、アロマさんのレベルがついに50になった。
そしてそれは。
私にとって想定外の事態を引き起こした。
「せいっ!」
ともすれば抜けてしまいそうになる集中力を、半ば強引に留めるように掛け声とともに拳を繰り出し気合いを入れ直す。
♪~♪~
(……くっ!……集中……集中!……っ!)
離れたところから聞こえてくる音楽を、必死に無視する。
「ハァッ!」
♪♪~♪~♪♪~
「シッ!」
♪~♪~♪♪~
「……くっ!……あぁぁぁもう! 気が散るでしょう!?」
限界だった。
1時間我慢できたのだから、充分耐えた方だろう。
「心頭滅却すれば火もまた涼し。BGMすら静寂の如く」
私のツッコみに、何やら訳の分からない言い訳をするアロマさんは、止まることなく曲に合わせて《踊って》いた。
「ドジョウすくいの音楽のどこに静寂が!?」
――何故か彼女は、私の夜間の狩りに同行していながら、ちょっと離れた場所で《舞踊》スキル上げのために延々と踊っていた。
アロマさんはレベルが50に上がったことで、スキルスロットが7つになり、新たなスロットに《
そして、スキルを上げ始めたばかりの彼女が踊っているのが、何故か、ドジョウすくいだった。
「もう少し待ってくれれば、盆踊りになるからね。それからソーラン節」
「曲調がどうとかっていうことではありませんから?!」
「ほらほら、平常心平常心」
ニヘラニヘラと笑っているアロマさんは、やめるつもりはないようだった。
昨夜のことを思い返して、目頭を押さえながら、思わず呻いていた。
(《舞踊》スキルは覚えてほしくないといったのに……駄目と言われればやりたくなるタイプの娘だ……もう、好きにさせておこう……)
ため息とともに立ち上がる。
少しばかり疲労が残っているのを感じながら、部屋を出て食堂へと向かう。
「あ、セイちゃんおはよ~。早いね~?」
「おはようございます、ルイさん」
食堂には、すでにルイさんの姿があった。
やはりというべきか、ルイさんはすでに私たち分の朝食を並べてくれていた。
この様子だと、今日の昼食の準備も終えているのだろう。
「お~?……なんか眠そうだけど~? 昨日も少し遅かったの~?」
「いえ、それほどでも……アロマさんの面倒を見るのに疲れただけです」
無意識ながらため息が漏れていた。
この宿屋には他にもプレイヤーが泊っているはずだが、今食堂にいるのは私とルイさんだけだった。
皆が起きてくる時間よりは早いのだろう。
「あはは~。セイちゃん、懐かれちゃったねぇ~。よ~、色男~」
「冗談は程々にして下さい……マーチは?」
ルイさんのジョークを流しつつ、姿の見えないマーチについて聞くと。
「まだ寝てる~。もう少ししたら来ると思うよ~」
「アロマさんは……まあ……寝てるんでしょうね……」
降りてきた階段の方を見やりながら、何度目かも分からないため息が出た。
「そうみたいだね~、セイちゃん、今日もよろしくね~」
「……はぁ~……なかなか起きないんですよね、あの娘」
渋々2階へ上がり、マーチたちの部屋の1つ手前のドアをノックした。
「アロマさん?」
声もかけるが、反応は無い。
肩から力が抜けるのが分かる。
無意識のうちに頭も前にたれていた。
(毎回毎回……全く……)
仕方なくドアを解錠する。
――アロマさんの使っている部屋は、彼女個人が借りたものではなく、ギルドとして借り受けた部屋だ。
アロマさんがギルドに加入する前や、加入初日はそのような形はとらなかったのだが。
彼女の欠点には、朝起きれないという、ある意味で致命的なものがあった。
起床アラームはかけているようだが、アロマさんは確実に二度寝するのだ。
そのことを私達3人に指摘されたアロマさんは、起こして欲しいという話になり、彼女の泊る部屋はギルドメンバーなら開錠できるようにした、という経緯を経て今日に至る。。
――部屋に入ると、いつも通り真っ暗のままだった。
部屋の明かりをつけると、アロマさんはまだベッドで寝ていた。
仰向けで大の字になりながら、ベッドをフル活用して眠っているアロマさんは、本当に起床アラームを設定しているのか怪しく思えるほど熟睡していた。
今日までの経験から、アロマさんは、普通に声をかけても、水をかけても、なかなか起きない。
おまけに寝惚けっぷりは超S級なのだ。
下手な起こし方はこちらの首を絞めかねない。
(さて、今日はどんな手で起こしたものか)
一応、ドアは開け放したままにしてある。
閉めてしまうと、あらぬ疑いをかけられてマーチにからかわれるから――というか、昨日からかわれた。
ああいう時のマーチも、アロマさんと似て、非常に生き生きとしているから困る。
私は、階下にいるルイさんに大声で声をかけた。
「ルイさん! 朝食のメニューはなんですか!」
「自信作だよ~! ふわふわカリカリの厚切りトーストに~、バターをたぁ~っぷり塗ったの~! 飲み物は~、オリルルの実のフレッシュジュースに~、ピルパの実をヨーグルト風味に味付けしたデザートだよ~! あ、あと~《ラージ・ダックの卵》のスクランブルエッグ~!」
大声で会話をしても、防音機構で遮断されているため、他の部屋の人に迷惑をかけることが無いのは、現実世界と違って便利なところだ。
しかしまあ、今朝はやけに気合の入ったメニューだ。
そういえば昨日、良い食材が手に入った、とルイさんがご機嫌だったことを思い出した。
ここ2~3日は、良い食材が無かったと、ルイさんがぼやいていた記憶がある。
「それはまた、美味しそうですね」
アロマさんがギルドに加入してから、良い食材が無かったことに不満を募らせていたルイさんが、腕に
――と、そんな会話をしていると。
「……んはよ~ごじゃいまふ……しぇいど、ごはん……」
「……起きたし……」
アロマさんがノソッと起き上がった。
寝ぼけ眼を擦りながらも、鼻をヒクヒクさせて、朝食の香りに釣られて立ち上がる。
(これだけの会話で起きた上に、速攻で立ち上がるとか……どれだけ食い意地がはって……いや、生きることに貪欲なんでしょうね)
私のことなど気にも留めず、アロマさんは部屋を出ていく。
寝ぼけ顔のままで、よだれが垂れていたのは見なかったことにしよう。
(貪欲なのは良い事です。うん。良い意味で)
心中で誰にともなくフォローしつつも、呆れてため息を吐いてしまったのは、見逃してもらいたい。
朝食から食欲全開で卵をかき込むアロマさんを眺めながら、起きてきたマーチ、ルイさんを交え今日のレベル上げの狩り場を吟味する。
一昨日の段階でマーチとルイさんもレベルが45を超えている。
昨日の狩り場では効率の良い経験値稼ぎができたので、今日もまたそこで狩りをすることにしたが、このペースで行くと、そろそろ他の狩場を探した方が良いだろう。
――余談だが。
アロマさんも、私とマーチ同様《料理》スキルは持っていない。
ギルドの経済面としては食費の増加は本来なら痛手だが、アロマさんの加入によってモンスターの殲滅量及び速度が格段に上がったことを加味すると、出費が増えたとしても余裕を持って賄えるだけの稼ぎが出せている。
不安なのは、ルイさんの料理に触発されて、アロマさんも料理を作ると言い出さないかどうかだ。
(……まさかとは思いますが……スキルもなしに料理をしようとするようなら、全力で止めないと……地獄絵図になりかねない気がするのは何故でしょうね……)
現実世界で如何に料理音痴であっても、こちらの世界では殺人的な料理など作れないはずだが……アロマさんには、何故かそんなことを心配させられてしまう何かがあった。
絶対に料理はさせまいと、心に誓いつつ、朝食会議を終えて、私たちは狩りに出かけた。
午前中の陽気は、暑くもなく寒くもなく、という具合で、体を動かすにはちょうど良かった。
私たちは、28層のフィールドダンジョン《木霊の森》にてレベル上げを行っていた。
「マーチん、次行くよ~」
「オッケ、こっちはすぐ終わる」
「マーチ、ツーステバック」
「っと!」
今相手にしているのは《バンディット・トレント》という名の樹木型モンスターだ。
動きは鈍いが、防御力が高く、命中率は低いものの、特殊攻撃に金属製武具を破壊してしまう《
マーチに出した指示は、ツーステップ下がれ、というのを簡略化したものだ。
マーチが元居た場所に、トレントが吐きだした液体がかかるが、私たちには当たらない。
この液体が《樵殺し》だ。
マーチの装備は、武器が太刀、防具も軽金属鎧なので、この液体に間違ってでも触れれば、ただでは済まない。
トレントの液体を避けた直後、マーチはバックステップの反動を利用して、ルイさんが相対した《リトル・ドライアド》に居合いを叩き込み、1撃でHPの8割を削った。
「セイちゃん、これ、鞭でもいけそうだよ~」
私はマーチと入れ替わりにトレントを蹴り砕いたところだった。
ルイさんの呼びかけに振り返ってみると、ドライアドを鞭で絡め取って、地面に引き倒したところだった。
「ルイルイの鞭捌き! はぁはぁしちゃうね! マーチ!」
アロマさんはアロマさんで、両手斧を使ってトレントを薪割りのように真っ二つにしたところだった。
相変わらず、恐ろしい1撃の威力の高さだ。
「俺にその趣味はないぞ。そっちはセイドだ、セイド」
「そうなのか! セイドは鞭とか蝋燭とか、ヒールで踏まれるのとかが好きなのか!」
「マーチ、訳のわからない設定を追加しないように!」
マーチのボケに、地面に落ちていた小石を投げつけ、後頭部にツッコみを入れる。
声も無く、マーチが石の当たった辺りを両手で押さえて蹲るが、ダメージにはならないように投げているのだから、気にしない。
「大丈夫! 私そういうのに偏見ないか――痛い痛い痛い!」
「集中しなさい! しゅ・う・ちゅ・う!」
マーチのボケに悪乗りしたアロマさんの耳を引っ張って、意識を戦闘に戻させる。
アロマさんが茶々を入れなければもう少し効率良く狩りができ、それにマーチが悪乗りすることもない。
逆もまた同じくなのだが――殺伐とした雰囲気や、機械的にモンスターを狩るだけという空気を作らないアロマさんの性格には、助けられている部分もあるのは確かだ。
少し迷うところもあったが、彼女をギルドに入れたのは間違いではなかった、と思えるだけの精神的な結果は出ている。
(経験値効率だけでみると、落ちているかも知れませんが……)
――と、戦闘中だったにもかかわらず、マーチとアロマさんのツッコみに意識を割いた後に深く考え過ぎてしまっていたのか、私は相対していたドライアドの飛ばした毒針に当たってしまい、軽い毒状態になってしまった。
「あっ……と。失礼」
解毒結晶を取り出し、すぐに毒を消そうかとも思ったが、ドライアドの毒は長く続くが減りは激しくない。
安い回復ポーションを1つ飲んでおけば、プラスマイナスゼロに出来る。
思い直して、回復ポーションを呷った。
「珍しいね~、セイちゃんが攻撃受けるなんて~」
ルイさんが、私の仕留め損ねたドライアドを片付けたところで、この辺り一帯のポップがいったん終わった。
「人にツッコみいれてるからだろ……うわっと!」
「そう思うなら入れさせるような言動を慎めマーチ!」
マーチの余計なひと言に、もう1発小石を投げたが、これは流石に避けられた。
「フフフ。それじゃ~、集中もポップも切れたことだし~、お昼ご飯にしよっか~」
私とマーチのやり取りを見て、ルイさんが笑いながらそう提案した。
「セイちゃんの毒も、その間には抜けるでしょ~?」
「すみませんね、ルイさん。気を遣わせてしまって」
私が解毒結晶を使わなかった理由まで含めての、休憩案だったようだ。
「いいって、いいって。苦しゅうないって!」
「アロマさんには言ってません」
「はぶー!」
安全エリアに入ったところで、昼食となった。
今日は、オープンサンドにスープ、さらにコーヒーまで用意してあった。
この出来映えからすると、ルイさんも、相当気合を入れて作ったようだ。
アロマさんに至っては、すでに自分の分を口いっぱいに頬張っていて、幸せそうな雰囲気をダダ漏れにしている。
「ど~かな? おいしい~?」
「流石ルイ! あの材料と予算でここまで美味いもんが作れるとは‼ 流石俺の嫁‼」
「ちょっ、マーチん! 恥ずかしいから、そんなこと言わなくていいってば~!」
「ほいひひ、ほいひひ!」
「アロマさん、行儀が悪いです……飲み込んでから喋って下さい……」
「っんぱ! ふへぇぇ~……ルイルイ、すんごく美味しい! 美味しいよ!」
「フフ。ありがと~、ロマたん。喜んでもらえてよかったよ~」
「どこぞで売ってる料理なんぞ、足元にも及ばんな! 流石俺の嫁!」
「んもう! だから~! そういうこと言わなくていいってば~!」
「マーチはルイルイらぶ♪だから、何言ってもだめだー!」
「アロマさん、今からでも遅くありません。《舞踊》ではなく《料理》スキルに変更してはどうですか?」
「ぶぅー! まだ良いの! 今は作る側より食べる側で!」
「現実で料理音痴でも、この世界ならスキルがあれば作れますよ?」
「だぁれが料理音痴だってぇ?! リアルでもちゃんと料理できますよーだ!!」
「ほほぉ~? そいつぁ~楽しみだなぁ? 作れねえから言い訳できるようにスキルを入れねえのかと思ったが」
「んがぁー! 怒るよ?! 私が怒ったら怖いんだからね?!」
「ほらほら~、2人してロマたんをいじめないの~」
――などなど。
4人になったことで、これまでになく、賑やかに、そして華やかに、昼食を楽しく過ごすことができた。