ソードアート・オンライン ~逆位置の死神~   作:静波

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第十幕・縁

 

 

「で。どんなカラクリなわけ? あれは!」

 

 小声での会話は変わらず、しかし、アロマさんは先ほどまでの真剣な表情から一転、前までの小悪魔的な笑みを浮かべていた。

 

「……結局知りたいんじゃないですか……」

 

 私は少しがっかりしながらも、諦めてベッドに身を投げた。

 

 アロマさんを下に敷くわけにもいかないので、強引に横に転がる。

 アロマさんも、流石に腕を解いた。

 

「あったりまえでしょ……まさかあれもエクストラ?」

 

 仰向けに寝転がった私に、今度はアロマさんが覆いかぶさるように顔を覗き込んでくる。

 

「……はぁ~……違いますよ。あれは多分、本当に皆さんが気付いていないだけです」

「ってことは、既存のスキルなの?」

 

 私はアロマさんの質問に答える代りに、質問を投げ返した。

 

「アロマさん、戦闘系以外のスキルは見たことありますか?」

「まあ、一応は。何1つ興味惹かれなかったけど」

 

「その中に《舞踊(ダンス)》というスキルがありませんでしたか?」

「あ~……あったような気もするけど……誰もあんなの取らないと思ってた。まだ《楽器》スキルの方が有用性ありそうじゃない。いろんな楽器が演奏できるんでしょ、あれ」

 

「らしいですね……話を戻しますが。簡単に言えば、私のアレは《舞踊》スキルです。《体術》や《索敵》などよりも、真っ先にスキルマスターまで上げました」

「え」

 

 アロマさんは、本気で意外そうな顔をした。

 

「《体術》がクエスト習得型のスキルなのはご存知ですよね。つまり、ゲーム開始当初は《体術》は使えない。そこで私が選んだのは《舞踊》でした。戦闘系スキルではないので《剣技(ソードスキル)》は存在しませんが、体の動きをシステムがアシストしてくれるという特徴を利用して、私は通常攻撃、拳や蹴りという攻撃のほぼ全てを《舞踊》の効果に載せたんです。結果は、通常の攻撃より僅かながら攻撃力を増すことができ、敵を倒すのに役に立つ、ということが分かりました」

 

「ええええ! そんなことができたの!?」

 

 この情報は、情報屋のスキル名鑑に乗っている。

 

 というか、私が情報提供した。

 だが、残念なことに、他の戦闘スキルを持っている人にとっては、全く無意味な情報なので、アロマさんが知らないのは無理もないことだ。

 

「戦闘系スキルを手に入れてしまえば《舞踊》の攻撃力底上げの効果は、戦闘の役には立たない、はずですが、私はそれを体術の《剣技》に組み合わせてみました」

 

 マーチやルイさんにも話したことのない、私の、本当の奥の手。

 

 それが《体術》+《舞踊》という、技後硬直(スキルディレイ)上書きによる《連続剣技》という技術だ。

 

「とはいえ、はじめのころは《体術》スキル発動後であっても《舞踊》スキルの発動すらできませんでしたよ。当初の《舞踊》スキルには、技後硬直を上書きするような効果は無かったんです」

「……じゃ、どうやって?」

 

 不意に、ベッドに横になったからか、あくびが出てしまった。

 

「――はふ……失礼。可能になったのは、《舞踊》をマスターした後です。そこまでいかなければ、あれは不可能ですよ」

「ふぅむ……真似ようとしても、すぐにできることじゃない、か……」

 

「やっていることは単純。《体術》の《剣技》を使った直後、技後硬直が発生するより早く《舞踊》を起こすだけです。難しいのは、《剣技》の発動が終わっていないうちに《舞踊》を起こそうとしても不発、しかも《剣技》まで止まってしまうし、技後硬直まで発生してしまう」

 

「……え、なにそれ。メチャメチャタイミングシビアなんじゃない?!」

「慣れればそうでもないですよ。まぁ、他にも色々と制限や限界はありますけどね」

 

「いやいやいや、《剣技》終了後、技後硬直(スキルディレイ)発生前とか、わけわかんないから! コンマ数秒の世界じゃん!」

「ですから、《慣れ》です。こればかりはやらないと分からないかもしれませんね」

 

「……そっか……んじゃ、私も《舞踊》入れよ」

「言うと思いましたが、やめて下さい。《体術》との組み合わせなら技後硬直の上書きという結果を出せていますが、武器使用時には無理な気がします」

「えぇ~!」

 

 再びあくびが出た。

 流石にこの状況だと睡魔に抵抗しきれないらしい。

 

「――はふ……く~……1度だけ、試したんですけどね。《短剣》で。無理でした」

「ぶぅ~! なんかズルいじゃん! セイドばっかし裏ワザ・奥の手満載みたいで!」

 

「……満載なんてしてませんし……その分のリスクは背負ってますよ」

 

 あくびだけではなく、まぶたも重くなってきた。

 

「先ほどから言ってますが……私の攻撃手段は《体術》だけです。元々の攻撃力の低さは拭えませんし、元々攻撃手段の中でもサブスキルというような位置づけの《体術》です……まともな戦闘になったら《体術》のみの私は圧倒的に不利です」

 

「……ま~だなんか隠してない?」

「……ありません……」

 

 エクストラスキルについては話すつもりはないし、《舞踊》以外に実はまだ話していないスキルもあるが、アロマさんがそれに気づいた様子はない。

 それに、戦闘に関しては本当にこれ以上何もないのだ。

 

 なら、話すべき内容は終わったと思う。

 

 もう睡魔に身を任せても良いだろう。

 まあ、アロマさんが隣で横になっているという状況はよろしくないのだが。

 

「あ~! 寝ちゃう前にあと1つだけ!」

 

 吹っ飛びそうな意識を、アロマさんが無理矢理戻してくる。

 頬をつねらないでほしい。

 

「……なんですか?」

「何で私が《テンペスト・ケージ》まで使えると分かったの?」

 

「……分かったわけじゃないですよ……ただ……あの場面で取り出すということは……両手剣と同等か……それ以上に熟達しているのだと……想像しただけです……」

「なるほど……そいえば《クリミナル・トーチャー》も700越えのスキルだったっけ」

 

 納得していただけたようなら何より。

 私はそのまま、睡魔に身を任せた。

 

 

 

 

 

 

 

 スースーと、静かな寝息を立てて、セイドは寝てしまった。

 

「……誰が無防備なんだって?……」

 

 セイドの寝顔を、隣で眺めながら思わずつぶやいていた。

 

 私だってPKの恐ろしさや情報は相応に持っていた。

 ただ、それを身近に感じたことが無かっただけだ。

 

「これで私が詐欺師だったり、PKの仲間だったらどうするのよ……女は目を見たまま嘘が吐けるんだぞ……あんな情報までバラしちゃって」

 

 私なら話さない。

 本当に奥の手は、信頼していようがなんだろうが、話したりしない。

 

 どこから情報が漏えいするか、疑い出したらきりがない。

 裏切りや詐欺が当たり前のように行われるこの世界において、相手を信頼するというのは、危険な行為に他ならない。

 

「……お人好し……」

 

 でも、セイドみたいなお人好しは、嫌いじゃなかった。

 

 

 

 

 

 ――セイドが言ってた通り、私は数え切れないほど男共に声を掛けられた。

 

 こう言ってはなんだが、私はそんなにモテるとは思ってなかったし、かの有名な《血盟騎士団》の副団長を務める女性剣士のような美人には遠く及ばないだろう。

 

 それでも、この世界の女性プレイヤーというのは、女というだけで希少価値があるらしい。

 

 頼んでもいないのに、アイテムをくれる男たちに囲まれることも多かった。

 でも、それを貰うとなんやかんやと理由を付けて、パーティーだのギルドだのと誘われたり、ちょっと気が向いてパーティーに参加したりすると、リアルの住所と名前だのと根掘り葉掘り聞いてくる奴が後を絶たなかった。

 

 正直、この世界の男共にはウンザリしていた。

 

 基本的に今この世界にいるのは、ほぼ全員がコアなゲーマーだと言っていい。

 限定1万本の初回ロットを購入できているのだから。

 

 と、同時に。

 見た目良し、性格良し、器量良しなんていう男が、そんなコアゲーマーの中にそうそういるわけもなく。

 

 やれ、俺はこれこれができるんだ。

 やれ、俺は何々ならだれにも負けない。

 やれ、俺は君のためなら命すら惜しくない――などなど。

 

 そして、そういうことを偉そうに言う男に限って、いざという時になると逃げ腰になったり、酷い時には1人で勝手に逃げたり、自分のことばかりでパーティーメンバーとの連携を無視してパーティー全体を危険にさらしたり。

 

 まさに俺俺ばっかのオレオレ詐欺だ。

 

 確かにRPGなのだから、演じるなとは言わないけれど、もうちょっとましな男はいないものなのか。

 私が高望みし過ぎなのか。

 と、諦めていたものだった。

 

 女性プレイヤーは絶対的な数が少ないから希少かもしれないけど、私からしてみれば、数が多い分、まともな男性プレイヤーというのも相当に希少だと思う。

 

 そんな中、美形で美声な、魅力的な男に声を掛けられたと思えば、有名な犯罪者プレイヤーだったりするし。

 私の周りはそんなのばっかりかと落ち込んだりもした。

 

 しかし今なら、それもまぁ、良い出会いのきっかけになったと思える。

 

 セイドに出会えたんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……ん~っ……はふぁあ~っ……」

 

 ふわふわする意識が、次第に覚醒していくのが分かる。

 

 起床アラームなどはかけなかったが、時刻をぼんやりと確認すると16時半だった。

 

(確か……この部屋に押し込まれたのが13時頃でしたから……まあ、3時間は寝たことになるか……)

 

 私は軽くあくびをしながら寝返りを打ち――

 

「――っ!?」

 

 そこで今の状況を再認識した。

 そういえばアロマさんが一緒にいたはずだったのだ。

 

 睡魔に負ける寸前、アロマさんなら部屋の開錠権限が与えられたら出ていくだろうという考えがあったのだが。

 

 私の隣で、スースーと寝息を立ててアロマさんが眠っていた。

 

(うおぉっ!? びっくりした!)

 

 危うく大声で叫ぶところだった。

 

 体は反射的に起き上がってしまったが、アロマさんが起きる様子はなかった。

 静かに息を吐き、そーっと動いた。

 

(寝ている姿は、年相応の女性なんですけどねぇ……なんで戦闘中の掛け声は、ああも男勝りなのか……)

 

 激しいギャップに、思わずこみ上げてきた頭痛にこめかみを抑えて、私はベッドに腰掛けるように姿勢を移した。

 

 16時半なら、マーチとルイさんは、おそらくどこかで狩りをしている頃だろう。

 

 今から出かけても、2人が帰ってくるまで、そう時間があるわけでもない。

 私は仕方なく自分の部屋に戻――れなかった。

 

 いつの間にやら、アロマさんに服の裾をガッチリ握られていた。

 

「特盛……つゆだく……卵もかけて……」

 

(どんだけ食うんだよ!?)

 

 あまりといえばあまりの寝言に、思わずまじまじと寝顔を見つめてしまった。

 何やら満足そうな笑みを浮かべて眠っているところを見ると、起こすに忍びなくなってしまった。

 

 結局、私はこの部屋で軟禁――と言っていいのか、甚だ疑問だが――されたまま、アイテムの整理とステータスの再確認などを行うことにした。

 

(アロマ、か……厄介なメンバーが増えたなぁ……)

 

 詐欺や裏切り行為の横行するこの世界。

 彼女が本当に信頼できるか分からないが、それでも私は、彼女を信じたいと思った。

 

 だからこそ、自分の秘密を明かしたし、隣で眠るなどという最大の隙まで見せた。

 もし私が目覚めた時に、彼女が居なかったら、それはそれで仕方がないと諦めるつもりだったのだが、彼女はそこにいた。

 

(少なくとも、信じるに値するということにしておこう……)

 

 秘密を知られたのは、非常に厄介だが。

 往々にして、男は女には勝てないものだと、開き直るしかなかった。

 

 ため息を吐き、それでも少し嬉しく思う気持ちにも気付く。

 

 誰かを信用しきれない、ということは、それだけ自分への負担が大きくなる。

 ほんの少しでも、誰かに信頼できる部分ができたとしたら。

 それはとても幸せなことなのかもしれない。

 

 服の裾を離さずに眠っているアロマさんの頬をそっと撫でると、彼女はふにゃふにゃと訳のわからない笑みをこぼす。

 

 思わず、私もつられて笑ってしまった。

 

 ――ところをマーチに見られたのは、本日最大のミスだっただろう。

 

「うぉっ!? まだ部屋を出てなかったのか!? すまん! 邪魔して正直すまんかった!」

 

 いつマーチが戻ってきたのか、察知するのが遅れたのは、痛恨事だった。

 

「え、いやあの……」

 

 慌ててマーチに言い訳をしようとしたが。

 

「今から第2回戦ってとこだったか? いや、俺、ルイともう1回散歩に……」

 

 とんでもない誤解をマーチが口走った。

 

「違う、違いますって! アロマさんが私の服の端を掴んで離さないからここにいるしか……って! なんでこのタイミングで離してんだコイツ!?」

 

 先ほどまでガッチリ掴まれていたはずの裾は、すでに掴まれてはいなかった。

 

「照れるなよぅ♪ おっ! アロマがギルド加入してるじゃんか!」

「ああ、そっちのことも話さないといけないんでした。あああああ話すこと多い!」

「いいって♪ ごゆっくりだって♪」

 

 とても分かっているようには見えないマーチのニヤニヤ顔に無性に腹が立った。

 

「マーチ、きさま……」

「しぇいどのばかぁ……いたくしたらやだよぅ……」

「って、いつ起きたんだお前はっ! 薄目開けてわけのわからん事を言うんじゃない!」

「うんうん、もう『お前』呼びできる仲なんだねぇ~♪ セイちゃん」

 

 いつの間にかルイさんまで悪ふざけに便乗していて。

 

「あああああもう!! は・な・し・を・きけぇえええええ!!」

 

 私は1人、頭を抱えながら叫ぶしかなかった。

 

 

 

 

 こうして、私たちのギルドは、新たに4人目のメンバーを迎えることとなった。

 

 

 

 

 




これにて第一章終了となります。
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