食堂での《アロマ爆弾》の炸裂がもとで、結局私は、本当にアロマさんと宿屋の一室に閉じ込められてしまった。
通常、部屋の借主以外は扉を開けられないのだが、マーチとルイさんの部屋に、借主の2人が私とアロマさんを押し込んで、そのまま私たちに開錠権限を与えなかった。
結果、出来上がるのは、安全圏内での簡易軟禁状態の密室である。
とはいえ、この状況は時間で解決される。
借主以外が室内に閉じ込められた場合、10分経過すれば自然と閉じ込められたプレイヤーに開錠権限が与えられるからだ。
――与えられるのだが。
「……厄介なことになりました……」
ベッドに腰掛け項垂れるしかない私を横目に、アロマさんは気楽なもので、鼻歌交じりに椅子に座っていた。
無論、転移結晶などを使えばすぐにでも脱出はできるのだが、わざわざ使うほどの事態だとも思えない。
「いいんだよ。マーチさん、セイドに気を遣ってたじゃん。今日のところは休まないと、マーチさんが心配しちゃうぞ♪」
「あなたでも、そんな繊細なことに気を遣うんですね」
「……口、縫うよ?」
「丁重にお断りします」
それにしても、1つの部屋で女の子と2人きりとは落ち着かない。
そんな私をよそに、アロマさんは鼻歌を歌いながらメニュー画面を操作している。
こうしてみていると、ただの可愛らしい女の子なのだが。
「はい、申請」
と、唐突にアロマさんが言った。
「何ですか? む?」
アロマさんが送ってきたのは、ギルドへの加入申請だった。
「私もあなた達の仲間に入れて。セイドの傍で、役に立ちたいの」
「……ふむ……」
ここまで私のスキル構成を見抜き、内部情報を知られてしまったアロマさんをどうするか、実は密かに考えていた。
マーチもルイさんも、先ほどまでの反応を見るに、この子なら仲間として迎えることに反対はしないだろう。
「……仕方ありませんね。ですが、加入を認める前に、こちらからも聞いておくことがあります」
「いいよ? 何でも聞いて? あ、でも、スリーサイズとか付き合った人の数とか――」
「アロマさんのスキル構成について、疑問がありました。難しい事ではないですが」
与太話に引っ張り込まれると勝ち目がなさそうなので、さっさと話題を進める。
「アロマさん、《両手剣》《両手斧》《索敵》以外のスキルスロット、もしかして戦闘系、それも武器系で埋めてませんか?」
「ほえ? どしてそー思ったの?」
「先ほど、
「細かいところに気が付くねぇ」
「レベル45時点での通常スキルスロットは6つ。エクストラは別枠派生なので除外するとして、上位派生形はスキルスロットを消費します。となると、アロマさんは――」
「《両手剣》《両手斧》《索敵》《片手用直剣》《細剣》《刺突剣》、そう言いたいんでしょ? でも、刺突剣は合わなかったって言ったよね。だからすぐ消したよ。その代わりに入ってるのは《両手槍》」
アロマさんの回答は、予想を裏切らなかった。
「……まさか、本当に武器系のスキルで埋めているとは……」
思わず眉間を抑えてしまう。
「全部武器じゃないよ。今は《細剣》も《片手用直剣》も消してあるから。流石に《武器防御》は必須だし、《索敵》と《隠蔽》もあるし。私、基本ソロだったから、これだけあればそんなに困らなかった。だから、武器って言っても、今は3つだけ」
確かに、ソロでは必須と言われる《索敵》と《隠蔽》があれば、ソロ活動に困ることはまず無かっただろう。
《罠解除》や《鍵開け》といった、ダンジョン探索用スキルが必要な場面以外なら。
率直な感想は、『よく今まで生きてたな、この娘』である。
ダンジョンの探索で罠解除ができなければ、最悪、死に直結する。
いくら《武器防御》があるとはいえ、アロマさんのスキル構成は戦闘に特化し過ぎだ。
「まあ……分かりました。今後、スキルスロットを変更するようでしたら、少なくとも私には教えて下さい」
「あれ? スキル構成を教えるのはダメだって言ってなかったっけ?」
「ギルドメンバー以外なら、教えませんし聞きませんよ。ですが、私は指示を出すことが多い立場です。メンバーのスキルに関しては、把握しておきたい」
「なるほどなるほど、んじゃ、セイドのスキル構成も教えて。私だけ教えるってのは不公平だし」
「……《体術》《索敵》《罠解除》《鍵開け》《投擲》といったところです。これ以外は企業秘密です」
「企業って……んまあ、良いってことにしといてあげるよ」
とりあえず、納得はしたようなので一息ついた。
だが。
「でも、まだ聞きたいことがあるの」
不意に、ふわりとアロマさんが私の首筋に抱きついてきた。
微かに髪からいい香りがして、我ながら情けなくも動してしまう。
心臓が一瞬、大きく打った音が聞こえた気がした。
突然のことだったし、思ったよりも勢いがあったらしく、そのまま2人で
抱き着かれたまま、アロマさんはくるりと向きを変え、私の下になった。
「……色仕掛けには乗りません」
アロマさんを直視できず、視線を逸らしながら何とかそう言えた。
「バカね、聞かれたくないからよ」
基本、宿屋の部屋は防音となっていて、内部の会話は外には聞こえない。
例外としては、《
それでも、この距離での、しかも囁くような小声での会話はまず聞き取れないだろう。
そのまま、沈黙が何秒か過ぎていく。
耳元でアロマさんが息を吐く音が聞こえた。
「《
囁くように耳元で言われた言葉に、私は思わず息をのんだ。
(見られていた?! しかし《グラン・シャリオ》の時は、見られてはいなかったはず……)
「……何のことですか?」
アロマさんから視線を逸らしたまま、話をはぐらかそうと試みる。
「竜の眉間へ叩き込んだ跳び蹴りからの回し蹴り。あれは既存の《剣技》の流れじゃなかったわ。《メテオライト》は知ってたけど、あの回し蹴りはついて来ない」
しかし、アロマさんは確信をもって、さらに切り込んできた。
(……なるほど……そこを見られていましたか……)
思わず目を閉じていた。
諦め所かもしれない。
「……言うと思いますか?」
「……手の内を知らないと戦えないのは私も一緒。でしょ?」
「……マーチとルイさんにも気付かれていないことを、あなたに話すとでも?」
「あら、2人にも秘密にしてたの? でも、話してくれなくても、私ならそのうち気付くわよ。さっきの会話で分かったでしょ?」
確かに、アロマさんの鋭さなら、言い当てるには至らないにしても、限りなく近い推測に至ることは可能かもしれない。
と、アロマさんが少し腕を緩めた。
私は反射的に離れようとし、しかし、アロマさんの腕は私の首にかかったままで、結果、アロマさんの顔が目の前にある状況で固まった。
「そして、分かった知識はあの2人にも話すわよ……さ、悪用される前に、私を味方につけておきなさいよ♪」
密室、2人きり、私が上で、彼女が下……。
チェックメイトと言わんばかりにアロマさんが笑う。
その瞳にはギラギラとした光が湛えられていた。
(……先ほどの爆弾発言といい……どうしてこの娘は、悪だくみをする時に生き生きとした表情をするんでしょうね……)
私は深く深くため息を吐く。
「……話す前に、聞いておかなければならないことができました」
「なぁに?」
「何故貴女はこのギルドに入りたいと思ったんですか?」
「野暮な質問ね。言わせたいの?」
艶のある声を出し、色仕掛けをするような表情を見せたアロマだが、今聞きたいのはそんなセリフではない。
「真面目な話です。貴女ほどの人なら、他にいくらでも誘われたことがあるはずです。それなのに、貴女はソロだった。何故ですか?」
流石に空気を読んだのか、アロマさんが真面目な表情になった。
「……他のところで気に入ったところは無かったし、気になった人もいなかった。女だからって理由だけで誘われて、マスコット扱いされるのも嫌だったしね」
アロマさんの表情と台詞には、うんざりするほど声を掛けられた過去が、ありありと現れていた。
「私は貴女をギルドに誘うべきか、正直悩んでいました。エクストラスキルの存在に気づき、その事実を知った貴女を放置することに危機感を覚えたからです。ですが、それでも貴女には、ギルドに入らないという選択肢もあった。なのに何故、自分から進んで加わろうとしたんですか」
「……私が情報を得るためだけにこうしているんじゃないかって?」
私が暗に言わんとしていたことを、アロマさんは見事に見抜いていた。
「……その通りです」
「……今のはちょっと傷ついた……私がそんな女に見える?」
眉を
しかし。
「見た目で分からないから聞いてるんです。勿論、嘘をつかれても私にそれを見抜けるかどうかは分かりません。それでも、私は聞かずにはいられない」
「……出会って間もない私は信じきれない、か……じゃあ、正直に言うよ」
アロマさんは、目を瞑って、静かに息を吸い、ゆっくりと目を開いて、私を正面から見つめた。
いや、睨んでいる。
「昨日、あの場にセイドが居なかったら、私はきっと死んでた。それを救ってくれたのは、間違いなくあなた。だから、私はセイドに恩を返したい。本気でそう思ったから、ギルドに入れてほしいと思ったの」
アロマさんからは、先ほどまでのふざけた空気は微塵も感じられなかった。
「エクストラスキルだ、《剣技》だ、って、確かに聞きたいことは聞いたよ。でも、傍にいたいと思ったのは本当。命の恩人の傍にいたいと思うことが、そんなに変?」
真剣な瞳だ。
嘘をついているとは思えないし、思いたくない。
私は無言のまま、アロマさんから視線を逸らし、右を見やる。
メニュー画面を呼び出し、アロマさんのギルド加入申請を承諾した。
頭の一部では、こんなに真剣な彼女のことを未だに疑っている自分もいた。
しかしその猜疑心は無理矢理抑え込む。
(私の悪い癖は、人を信用しきれないところですね……それが誰であっても……)
「……ようこそ、我ら《
「ううん……ありがと、セイド」
ふわっと花が咲いたようなその時のアロマさんの笑顔は、とても可愛らしかった。
――次の台詞が出なければ、一生記憶に残しても良かったのに。
宿屋の簡易軟禁やスキルスロット数などはオリジナルです(>_<)