ソードアート・オンライン ~逆位置の死神~   作:静波

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第九幕・爆弾娘

 

 

 食堂での《アロマ爆弾》の炸裂がもとで、結局私は、本当にアロマさんと宿屋の一室に閉じ込められてしまった。

 

 通常、部屋の借主以外は扉を開けられないのだが、マーチとルイさんの部屋に、借主の2人が私とアロマさんを押し込んで、そのまま私たちに開錠権限を与えなかった。

 

 結果、出来上がるのは、安全圏内での簡易軟禁状態の密室である。

 とはいえ、この状況は時間で解決される。

 

 借主以外が室内に閉じ込められた場合、10分経過すれば自然と閉じ込められたプレイヤーに開錠権限が与えられるからだ。

 ――与えられるのだが。

 

「……厄介なことになりました……」

 

 ベッドに腰掛け項垂れるしかない私を横目に、アロマさんは気楽なもので、鼻歌交じりに椅子に座っていた。

 

 無論、転移結晶などを使えばすぐにでも脱出はできるのだが、わざわざ使うほどの事態だとも思えない。

 

「いいんだよ。マーチさん、セイドに気を遣ってたじゃん。今日のところは休まないと、マーチさんが心配しちゃうぞ♪」

「あなたでも、そんな繊細なことに気を遣うんですね」

 

「……口、縫うよ?」

「丁重にお断りします」

 

 それにしても、1つの部屋で女の子と2人きりとは落ち着かない。

 

 そんな私をよそに、アロマさんは鼻歌を歌いながらメニュー画面を操作している。

 こうしてみていると、ただの可愛らしい女の子なのだが。

 

「はい、申請」

 

 と、唐突にアロマさんが言った。

 

「何ですか? む?」

 

 アロマさんが送ってきたのは、ギルドへの加入申請だった。

 

「私もあなた達の仲間に入れて。セイドの傍で、役に立ちたいの」

「……ふむ……」

 

 ここまで私のスキル構成を見抜き、内部情報を知られてしまったアロマさんをどうするか、実は密かに考えていた。

 マーチもルイさんも、先ほどまでの反応を見るに、この子なら仲間として迎えることに反対はしないだろう。

 

「……仕方ありませんね。ですが、加入を認める前に、こちらからも聞いておくことがあります」

「いいよ? 何でも聞いて? あ、でも、スリーサイズとか付き合った人の数とか――」

「アロマさんのスキル構成について、疑問がありました。難しい事ではないですが」

 

 与太話に引っ張り込まれると勝ち目がなさそうなので、さっさと話題を進める。

 

「アロマさん、《両手剣》《両手斧》《索敵》以外のスキルスロット、もしかして戦闘系、それも武器系で埋めてませんか?」

「ほえ? どしてそー思ったの?」

 

「先ほど、刺突剣(エストック)細剣(レイピア)の話がありました。細剣は、片手用直剣を使い込まなければスキルリストに現れない。刺突剣は、更に細剣を使い込まなければならない。試したと言った段階で、貴女のスキルスロットはかなり限られてしまう」

 

「細かいところに気が付くねぇ」

「レベル45時点での通常スキルスロットは6つ。エクストラは別枠派生なので除外するとして、上位派生形はスキルスロットを消費します。となると、アロマさんは――」

「《両手剣》《両手斧》《索敵》《片手用直剣》《細剣》《刺突剣》、そう言いたいんでしょ? でも、刺突剣は合わなかったって言ったよね。だからすぐ消したよ。その代わりに入ってるのは《両手槍》」

 

 アロマさんの回答は、予想を裏切らなかった。

 

「……まさか、本当に武器系のスキルで埋めているとは……」

 

 思わず眉間を抑えてしまう。

 

「全部武器じゃないよ。今は《細剣》も《片手用直剣》も消してあるから。流石に《武器防御》は必須だし、《索敵》と《隠蔽》もあるし。私、基本ソロだったから、これだけあればそんなに困らなかった。だから、武器って言っても、今は3つだけ」

 

 確かに、ソロでは必須と言われる《索敵》と《隠蔽》があれば、ソロ活動に困ることはまず無かっただろう。

《罠解除》や《鍵開け》といった、ダンジョン探索用スキルが必要な場面以外なら。

 

 率直な感想は、『よく今まで生きてたな、この娘』である。

 

 ダンジョンの探索で罠解除ができなければ、最悪、死に直結する。

 いくら《武器防御》があるとはいえ、アロマさんのスキル構成は戦闘に特化し過ぎだ。

 

「まあ……分かりました。今後、スキルスロットを変更するようでしたら、少なくとも私には教えて下さい」

「あれ? スキル構成を教えるのはダメだって言ってなかったっけ?」

「ギルドメンバー以外なら、教えませんし聞きませんよ。ですが、私は指示を出すことが多い立場です。メンバーのスキルに関しては、把握しておきたい」

 

「なるほどなるほど、んじゃ、セイドのスキル構成も教えて。私だけ教えるってのは不公平だし」

「……《体術》《索敵》《罠解除》《鍵開け》《投擲》といったところです。これ以外は企業秘密です」

「企業って……んまあ、良いってことにしといてあげるよ」

 

 とりあえず、納得はしたようなので一息ついた。

 だが。

 

「でも、まだ聞きたいことがあるの」

 

 不意に、ふわりとアロマさんが私の首筋に抱きついてきた。

 

 微かに髪からいい香りがして、我ながら情けなくも動してしまう。

 心臓が一瞬、大きく打った音が聞こえた気がした。

 突然のことだったし、思ったよりも勢いがあったらしく、そのまま2人で(もつ)れてベッドにダイブする形になった。

 

 抱き着かれたまま、アロマさんはくるりと向きを変え、私の下になった。

 

「……色仕掛けには乗りません」

 

 アロマさんを直視できず、視線を逸らしながら何とかそう言えた。

 

「バカね、聞かれたくないからよ」

 

 基本、宿屋の部屋は防音となっていて、内部の会話は外には聞こえない。

 

 例外としては、《聞き耳(ワイアタピング)》のスキルなら聞くことができる、といった程度だ。

 それでも、この距離での、しかも囁くような小声での会話はまず聞き取れないだろう。

 

 そのまま、沈黙が何秒か過ぎていく。

 耳元でアロマさんが息を吐く音が聞こえた。

 

「《剣技(ソードスキル)》と《剣技(ソードスキル)》の間が短すぎる……何を隠しているの?」

 

 囁くように耳元で言われた言葉に、私は思わず息をのんだ。

 

(見られていた?! しかし《グラン・シャリオ》の時は、見られてはいなかったはず……)

 

「……何のことですか?」

 

 アロマさんから視線を逸らしたまま、話をはぐらかそうと試みる。

 

「竜の眉間へ叩き込んだ跳び蹴りからの回し蹴り。あれは既存の《剣技》の流れじゃなかったわ。《メテオライト》は知ってたけど、あの回し蹴りはついて来ない」

 

 しかし、アロマさんは確信をもって、さらに切り込んできた。

 

(……なるほど……そこを見られていましたか……)

 

 思わず目を閉じていた。

 諦め所かもしれない。

 

「……言うと思いますか?」

「……手の内を知らないと戦えないのは私も一緒。でしょ?」

 

「……マーチとルイさんにも気付かれていないことを、あなたに話すとでも?」

「あら、2人にも秘密にしてたの? でも、話してくれなくても、私ならそのうち気付くわよ。さっきの会話で分かったでしょ?」

 

 確かに、アロマさんの鋭さなら、言い当てるには至らないにしても、限りなく近い推測に至ることは可能かもしれない。

 

 と、アロマさんが少し腕を緩めた。

 私は反射的に離れようとし、しかし、アロマさんの腕は私の首にかかったままで、結果、アロマさんの顔が目の前にある状況で固まった。

 

「そして、分かった知識はあの2人にも話すわよ……さ、悪用される前に、私を味方につけておきなさいよ♪」

 

 密室、2人きり、私が上で、彼女が下……。

 

 チェックメイトと言わんばかりにアロマさんが笑う。

 その瞳にはギラギラとした光が湛えられていた。

 

(……先ほどの爆弾発言といい……どうしてこの娘は、悪だくみをする時に生き生きとした表情をするんでしょうね……)

 

 私は深く深くため息を吐く。

 

「……話す前に、聞いておかなければならないことができました」

「なぁに?」

「何故貴女はこのギルドに入りたいと思ったんですか?」

「野暮な質問ね。言わせたいの?」

 

 艶のある声を出し、色仕掛けをするような表情を見せたアロマだが、今聞きたいのはそんなセリフではない。

 

「真面目な話です。貴女ほどの人なら、他にいくらでも誘われたことがあるはずです。それなのに、貴女はソロだった。何故ですか?」

 

 流石に空気を読んだのか、アロマさんが真面目な表情になった。

 

「……他のところで気に入ったところは無かったし、気になった人もいなかった。女だからって理由だけで誘われて、マスコット扱いされるのも嫌だったしね」

 

 アロマさんの表情と台詞には、うんざりするほど声を掛けられた過去が、ありありと現れていた。

 

「私は貴女をギルドに誘うべきか、正直悩んでいました。エクストラスキルの存在に気づき、その事実を知った貴女を放置することに危機感を覚えたからです。ですが、それでも貴女には、ギルドに入らないという選択肢もあった。なのに何故、自分から進んで加わろうとしたんですか」

 

「……私が情報を得るためだけにこうしているんじゃないかって?」

 

 私が暗に言わんとしていたことを、アロマさんは見事に見抜いていた。

 

「……その通りです」

「……今のはちょっと傷ついた……私がそんな女に見える?」

 

 眉を(しか)め、笑顔が消えたアロマさんの表情には、確かに悲しさがあった。

 

 しかし。

 

「見た目で分からないから聞いてるんです。勿論、嘘をつかれても私にそれを見抜けるかどうかは分かりません。それでも、私は聞かずにはいられない」

「……出会って間もない私は信じきれない、か……じゃあ、正直に言うよ」

 

 アロマさんは、目を瞑って、静かに息を吸い、ゆっくりと目を開いて、私を正面から見つめた。

 いや、睨んでいる。

 

「昨日、あの場にセイドが居なかったら、私はきっと死んでた。それを救ってくれたのは、間違いなくあなた。だから、私はセイドに恩を返したい。本気でそう思ったから、ギルドに入れてほしいと思ったの」

 

 アロマさんからは、先ほどまでのふざけた空気は微塵も感じられなかった。

 

「エクストラスキルだ、《剣技》だ、って、確かに聞きたいことは聞いたよ。でも、傍にいたいと思ったのは本当。命の恩人の傍にいたいと思うことが、そんなに変?」

 

 真剣な瞳だ。

 嘘をついているとは思えないし、思いたくない。

 

 私は無言のまま、アロマさんから視線を逸らし、右を見やる。

 メニュー画面を呼び出し、アロマさんのギルド加入申請を承諾した。

 

 頭の一部では、こんなに真剣な彼女のことを未だに疑っている自分もいた。

 しかしその猜疑心は無理矢理抑え込む。

 

(私の悪い癖は、人を信用しきれないところですね……それが誰であっても……)

 

「……ようこそ、我ら《逆位置の死神(デス・オブ・リバース)》へ。個人としても、ギルドマスターとしても、貴女を歓迎します、アロマさん……そして……傷付けてしまって申し訳ない」

「ううん……ありがと、セイド」

 

 ふわっと花が咲いたようなその時のアロマさんの笑顔は、とても可愛らしかった。

 

 ――次の台詞が出なければ、一生記憶に残しても良かったのに。

 

 




宿屋の簡易軟禁やスキルスロット数などはオリジナルです(>_<)

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