ソードアート・オンライン ~逆位置の死神~   作:静波

17 / 74
第八幕・想定外の事態

 

 

 《圏内》でなければ、ルイさんもアロマさんも犯罪者(オレンジ)カラーになっていたのではないか、というほどの勢いで、私とマーチはひっぱたかれた。

 

「ちょ! お前ら少しは力加減を考えろよ?!」

「マーチん、私たちの話聞いてなかったんだもん!」

「セイド。説明しなさい」

「失礼しました……ビンタされるとは……思いもしませんでしたが」

 

 流石に慌て過ぎたようで、アロマさんもルイさんも、話において行かれて怒っていた。

 

 私はマーチに視線を向ける。

 だが、マーチは肩をすくめてみせるだけで、自ら進んで説明する気は無いらしい。

 

 つまり、私に説明しろ、と、暗に投げたのだ。

 

(こういう時に面倒くさがるのは、マーチの悪い癖ですね)

 

 仕方なく、私が2人に状況を説明することにした。

 

「マーチも補足して下さいよ? さて……そうですね、ではまず。アロマさんが仰っていた、《PoH(プー)》《ザザ》《ジョニー・ブラック》の3名ですが、彼らは、犯罪者プレイヤーとしては、もっとも有名と言っても過言ではない奴らです」

 

 と、そこまで行ったところで、マーチが1冊の本をテーブル上に投げた。

 

「情報屋連中が協力して出している、犯罪者プレイヤーリストや危険告知掲示板なんかでも毎回名前が出てる奴らだぜ? 知らなかったっつーアロマにも落ち度があるぞ」

 

 マーチが投げたのは、《指名手配犯リスト》と名付けられた、有名な犯罪者プレイヤーだけをまとめた小冊子だ。

 アロマさんは、頬を膨らませて反抗的な態度を見せたが、気にするつもりはない。

 

「彼らは《圏外》でレベルの低いプレイヤーたちを狙って、麻痺毒などで脅し、金品を巻き上げるという犯罪行為を何度となく繰り返しています。私とマーチも、1度、襲われたことがあるんですよ」

「え? なにそれ、聞いてないよそんな話!」

 

 いつもの間延びした雰囲気を振り払い、ルイさんはマーチに食って掛かった。

 

「言ってねーからな。お前に心配かけさせたくなかったし、その後、PKが流行ってるから気をつけろって、それとなく話に出しただけだ」

 

 マーチの言葉でルイさんは記憶を手繰ったようで。

 

「あ~……あったね~、そんなこと……あの時、そんなことがあったの~?」

 

 過ぎたことを今更問い詰めても仕方ないと思ったのか、ルイさんはいつもの雰囲気で、しかしマーチを責めるような視線は変わらず、マーチに向けていた。

 

(まあ……これは説明していないマーチが悪い……)

 

 とりあえず、ルイさんはそのままにしておく。

 

「えぇ。ですが、その時の私とマーチのレベルは、彼らと比べると、わずかに上だったようで、何とか撃退できたんですけどね」

「ギリギリだったけどな。俺は、最後の最後で麻痺喰らっちまって、ヤバいと思ったし」

 

「その時の彼らには、まだ人を殺すというほどの勢いはありませんでしたから、私たちが想像以上に抵抗するので、止む無く撤退した、という程度でしょうけどね。その中でも、特に異彩を放っていたのが、当時から短剣使いとして突出した力を見せていた《PoH(プー)》でした」

 

 私もマーチも、あの時のことを思い出すだけで、未だに背筋に寒いものが走る。

 

「《ザザ》と《ジョニー・ブラック》は、その時はいなかったな。あの場で有名だったのは《PoH》くらいのもんだったか」

「彼ら3人が組んでいるなんて情報、これまで一度もなかったですよ。これからは、更に気を付けないと」

 

 私たちの話を聞いていたルイさんが、至極もっともな質問をしてきた。

 

「その《PoH》って人、どんな人なの~?」

「一言で言うなら、美形、ですね。それも見る者を魅了する蠱惑的な美形の男です。声も耳に残る美声で、一見しただけでは、とても犯罪者とは思えないですよ」

「使ってる武器は《短剣》だ。以前は毒属性武器を使ってたが、最近の情報だと、攻撃力に秀でた短剣に切り替えたらしい」

 

「その理由も、今回の一件で何となく見えましたね」

「だな。あの《ジョニー・ブラック》が一緒となりゃ、毒使う必要がねぇ」

「ん? どーいう意味?」

 

 これにはアロマさんが疑問を挟んだ。

 

「《ジョニー・ブラック》というのは、毒武器の使い手なんです。短剣に限らず、スキル構成が毒武器の使用を前提に組まれているという情報があります」

「毒に関しちゃ、今のところジョニーに勝る奴はいねーんじゃねーかね?」

「ふ~ん……通りで嫌な奴って感じがしたよ。そのくせ、妙に口は軽かったけど」

 

「毒使いか~。じゃあ、《ザザ》ってのは~?」

「最後の《ザザ》ですが、彼は《刺突剣(エストック)使い》として有名です。攻撃の動作が極小且つ高速の突きの連打で、他のプレイヤーを圧倒するという、PKにしておくのは惜しいと思うほどの実力者ですよ」

「っても、《PoH》には勝てねーと思うけどな。あいつの短剣の扱いは異常だぜ」

刺突剣(エストック)ねぇ……私、あれは性に合わなかったなぁ。細剣(レイピア)の方がまだマシだったよ」

 

 アロマさんは何かを思い出すように、視線を宙にやりながらそう呟いた。

 

「使うという意味で、ですね?」

「そそ。ま、結局両手武器メインにしちゃったから、もう使わないけどさ」

 

 アロマさんが好むのは、どうも大型武器らしい。

 外見に似合わず、パワーファイターとは、世の中分からないものだ。

 

「結構危ない人たちが多いんだねぇ~、気をつけなきゃ~」

「って、ルイ! お前も知らなかったのかよ?! 情報誌は見とけって、毎回渡したろ!」

 

「ん~、そんなこと言われても、全部のページなんて見てないよ~」

「……マジか……頼むから、危険人物関係だけは外さずに見てくれ……」

 

「ん、わかったよ~、でもマーチんが守ってくれるから大丈夫だよね~♪」

「……ルイ……任せろ、お前は俺が守ってやるよ」

 

 ルイさんとマーチの会話で、張りつめた空気が緩んだ気がする。

 

(流石、天然ボケ夫婦。空気をよく読んでいる)

 

 とは、口に出しては言えない。

 

「……まぁ、とりあえず、PKの話ってことで、よ~くわかったよ。以後気を付けまっす」

 

 アロマさんが気を取り直して、改めてそう言った。

 

「えぇ、そうして下さい」

「んじゃ、次は私ね」

 

「はい? まだ何か聞きたいことがあったんですか?」

 

「あるわよ。セイド、あんた攻撃方法についても何か隠してるでしょ」

 

 一瞬、不意を突かれたことで、変に表情に出たのではないかと焦ったが、何とか平静を装って言葉を返した。

 

「攻撃方法……と言われましても……私はご覧の通り、格闘スタイルなので《体術》以外は使えませんよ」

「にしては、あのボスからの敵対値(ヘイト)の取り方が異常だった」

 

 実は、先の話題にあったエクストラスキルにも関係する話なのだが、おそらく今アロマさんが言っているのは別のことだろう。

 

 とはいえ、ここでそのことを言及されるとは思ってもいなかった。

 

(……鋭い……直接見られてはいなかったはずなのに……)

 

「そんなに変なことはしていませんよ。もともと、こまめにダメージを与え続けていましたし、大技を使えば、アロマさんにも負けないダメージを叩きだせますからね、私なら」

「……ふぅぅぅん……な~んか怪しいんだよねぇ~……《体術》だけで《クリミナル・トーチャー》+貫通継続ダメージの敵対値を速攻で覆せるはずがないと思うんだけどなぁ」

 

 アロマさんは確信に満ちた瞳で私を睨み続けている。

 

(……《グラン・シャリオ》のあれか……見てないのに、本当に鋭い人だ……)

 

 私は乾いた笑顔を浮かべるので精一杯だった。

 

「偶然ですよ。そんなに気にするほどのことではないでしょう?」

「いやいや、私みたいな重量級武器の使い手にしてみれば、大事(おおごと)ですよ? たかが《体術》の《剣技》1発で敵対値取り返されるなんて問題ですよ?」

 

「1発の敵対値だけなら、どうやっても勝てませんよ。その分、《体術》は連続した攻撃によって敵対値を蓄積させるのが得意ですから」

「……なーんか納得できない……違和感が無いように話してるだけでしょ……」

 

 ぎらぎらとしたジト目で睨まれ……内心、冷や汗ものだった。

 

 アロマさんにはエクストラスキルの存在を見抜かれたが、あれは仕方がないと思っていた。

 あそこまでスキルを発揮して指示を出しまくっていたのだから。

 

 しかし、攻撃手段の奥の手である《あのスキル》の存在にまで気付きかけていたとは……変に鈍いくせに、妙なところで敏感なアロマさんに、戦々恐々とした。

 

 と、気が抜けたのか、誤魔化したいという心の表れだったのか、不意にあくびが出てしまった。

 

「ん? セイド、もしかして眠いの?」

「あ、いえ、これは失礼」

 

「そりゃ眠いでしょ~。セイちゃん、今朝もふつ~に起きてたし~」

 

 いつの間にやら、ルイさんとマーチは夫婦漫才を終えていたらしく、こちらの話に入ってきた。

 

「無理に付き合わなくていいって言ったのに、こいつ、いつも通り朝の狩りに来たんだよ」

「当然でしょう? あんなことがあった後なら尚更ですよ」

 

 本格的なMPKに遭いかけたのだ。

 親友2人を放っておくことなどできない。

 

「俺が居れば、万が一なんざそうねえって」

「油断大敵ですよ。マーチ」

 

 マーチをジト目で睨んでいると、アロマさんが疑問を挟んだ。

 

「朝の狩りって……何時から?」

「ん? いつも通り、朝6時半には起きて、行ってきたが?」

 

 という、マーチの言葉を聞いて。

 

「ええええええぇぇぇっ?! セイド全然寝てないじゃん! それ!」

 

 アロマさんは目を見開いて大声を上げた。

 

「いつもと大差ないですよ。2時間は寝てます」

 

 この私の台詞に、流石のマーチも反応した。

 

「って、オイ! 3時間寝てねーじゃねーか!」

「今回はイレギュラーがありましたからね。大丈夫、気にしないで下さい。流石に今夜はしっかり寝ますから」

 

 しかしそこで、アロマさんが私の腕をがっしりと掴んだ。

 

「いやいや、セイド。寝てないのは良くないよ? ってことで、私が一緒に寝てあげる!」

 

 ――アロマさんの台詞に、一瞬思考が停止した。

 

「……いま、なんと?」

 

 アロマさんは私を引っ張り、2階にとってある部屋へと足を進めようとする。

 反射的に踏ん張って、引っ張られないようにするが、筋力値がアロマさんの方が上らしい。

均衡を保てず、ズリズリと引っ張られていく。

 

 通常、他のプレイヤーを無理矢理移動させることはできないのが、圏内の《犯罪防止(アンチクリミナル)コード》の仕様だが、パーティーメンバーに関しては、その制約が若干低くなる。

 

 かなり酷く乱暴に引っ張られでもしなければパーティー間ではコードに引っかからない。

 

 ――しかし、しかしだ。

 

(私とのレベル差を覆すとか……どれ程筋力値に振ってるんだ、この娘!)

 

「こーんな可愛い女の子が添い寝するなんて経験! これからのセイドに起こり得るはずがないよ!」

「言いきった!? そんなことありません! これからの私の人生――」

「18の女の子が添い寝することがあるってーの?」

「……っ!」

 

 反論の余地がなく、思わず、さめざめと涙が流れた。

 

「おおっ! あのセイドが泣いたぞ!?」

「いやぁセイちゃん、隅に置けないねぇ~。うんうん。据え膳くわぬは何とやらだよ~」

「いやあの! 助けて下さい! っていうかむしろ助けろ! 2人して見てないで!」

 

 そんな私のことはお構いなしに。

 

「がんばれよ、セイド!」

 

 マーチのヤロウは、親指立ててニッカリ笑ってやがった。

 

「マーチ! テメ――」

 

 私の言葉を遮ったのは、変わらず私を引きずっていくアロマだった。

 

「やさしくしてね、ダーリン♪」

「きさまは黙ってろ!」

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。