ソードアート・オンライン ~逆位置の死神~   作:静波

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第六幕・終わらぬ難事

 

 

 アロマが死竜の右後ろ脚に向かったのが分かった時点で、俺は、死竜の右前脚側に回り込んだ。

 

 死竜がわずかにでも体を捻るように弧を描いて走り込むと、狙い通り、俺を追って死竜が体を曲げた。

 

(これで死竜の右後ろ脚は動かない。しっかり決めろよ、アロマ)

 

 SAOは基本的な部分で、現実に忠実だ。

 重心の移動や、体重移動、バランスの取り方から崩し方まで、不定形型や軟体系モンスターでもない限り、関節の動きや重心移動は必ず存在する。

 

 アンデットと化しているが、死竜にはしっかりと関節が存在する。

 故に、自身の体重を支えている右後ろ脚を、今の状況で動かすことは叶わない。

 

 上手く死竜のAIを誘導できたことで、死竜はさらに俺に向かって左前脚を振り上げてくれた。

 その瞬間、アロマの《テンペスト・ケージ》が決まったようで、死竜の右後ろ脚が自身の重量を支えきれずに頽れた。

 

 死竜の咆哮を聞き、俺は死竜の顔の方に回り込む。

 アロマが死竜の腹側に退避したのを確認できたので、《クリミナル・トーチャー》の指示を出し、俺自身は、死竜の弱点でもある瞳に《メテオライト》での蹴りを叩き込むべくさらに加速する。

 加速の勢いを上乗せして死竜の左目に《メテオライト》の跳び蹴りを叩き込むと、死竜は苦し紛れに左前脚を大きく振り上げた。

 

 顔面に纏わりついた俺を叩き払うつもりだったのだろうが、その振り上げられた前脚に、アロマが一瞬躊躇ったのが分かった。

 この状況で下手に離れられるのは得策ではない。

 

「突っ込め!」

 

 振り上げられた左前脚は俺に向かって振り下ろされるという意味合いでそう言ったのだが、どこまで通じたかは定かではない。

 しかし、アロマは何やら悲鳴を上げつつも、しっかりと剣の元に突っ込んだようなので良しとする。

 

 竜の体制が崩れているうちに、俺は顔の弱点を徹底的に攻め続ける。

 

(もうすぐブレスモーションに入るはずだ)

 

 俺は時間を確かめつつ、死竜が間近で大きく戦慄いたために思わず耳を塞いだが、死竜のHPが減ったことだけを確認し、アロマが《クリミナル・トーチャー》を叩き込んだのだと確信した。

 

「そのまま《ブランディッシュ》」

 

 横薙ぎの2連撃剣技を指示し、そのことに即座に返ってきたアロマの文句は無視する。

 

 死竜の鱗は、外からの衝撃をほぼ完全に防ぎきるが、すでに内部に入り込んでいる両手剣の斬撃を防げるほど、内側からの攻撃には強く無い。

 

 本当は鎌のような先端が曲がった武器の方が良いのだが、この際、贅沢は言うまい。

 

 アロマの取り扱いが悪ければ、最悪、鱗の側面に剣が当たって折れる可能性もあるが、アロマはうまく切り裂くことができたようで、《ブランディッシュ》が決まった瞬間と、死竜のブレスモーションが見事に重なった。

 力を溜めるはずの腹部を切り裂かれたことによって、今回のブレスは不発に終わる。

 

(GJ、アロマ)

 

 声には出さず心の中で褒めておき、すぐさま《クリミナル・トーチャー》を指示し、同時に退避を指示する。

 流石に死竜が起き上がる頃合いだ。

 

「何も考えないで動けってこと?!」

 

 アロマのそんな叫びが聞こえてきた。

 

(考えるなとは言わんが、指示通り動いてくれればそれでいい)

 

 わざわざ言うのも億劫で、俺はただひたすら死竜のHPを削り続けた。

 アロマの1撃1撃に比べれば微々たる量だが、指示ばかり出していて何もしていないとは言わせないように、アロマに指示を出しつつも、俺は止まることなく、徹底的に弱点に体術を叩き込み続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――この後も続いたセイドの指示は、確実かつ的確だった。

 

 竜のブレス攻撃も、爪による薙ぎ払いも、更にはジャンプしてのボディプレスなどという振動拡散型の範囲攻撃すらも、驚異的な正確さで回避の指示があり、私もほとんどダメージを受けることなく立ち回ることができた。

 

 しかし、私は無傷とはいかず、セイドの指示通りに動いても、退避距離が足りなかったことが度々あり、ブレスがかすった時には冷や汗をかいたものだった。

 直前の指示で飲んでいた耐毒ポーションのおかげで麻痺にも毒にもならずに済んだけれど。

 

 ――こんな戦闘が始まってからいつの間にか30分が経過していた。

 

 最後の耐毒ポーションの効果が切れると同時にセイドから出された指示は――

 

「腹の下を走り抜けて、喉元に《ギロティン・キス》」

 

(あいつ絶対シメてやる……!)

 

 私の恐怖心など気にもせずに、出される指示のきわどい事きわどい事。

 

 ここまでの攻防で、竜の後ろ脚は両方とも膝をついていて、いつ崩れ落ちるか分かったものではない状態なのに、竜の背後にいた私に、この指示だ。

 

 きわどい戦闘を連続で体験させられて、恐怖心の麻痺した私は、その指示にもさしたる怖れを感じることなく走り込んでいった。

 竜の股下を、両手が地面を擦るほどの前傾姿勢で走って潜り抜け、そのまま一直線に竜の喉元目がけて全速力で駆け――

 

「ふぇ?」

 

 ――抜けようとした私の頭上から、竜のひときわ大きな悲鳴が聞こえると。

 

「でぇええええええええっ?!」

 

 なんと、竜の体が落ちてきた。

 おそらく、セイドのなんらかの攻撃で、竜の後ろ脚がついに耐え切れなくなり、立っていられなくなったのだろう。

 

(これで死んだら恨んで化けて祟ってやるわセイドのド馬鹿野郎ぉぉぉぉっ!)

 

 心の中で絶叫しながら、それでも足は止まらず、全速力で走っていたはずなのに、さらに加速した――ように感じた。

 しかしそれでも、竜の体が頭上から雪崩のように迫ってくる速度には敵わず――竜の腹が私の縛った髪に触れたと思った瞬間、私は転がるように前方に身を投げ出した。

 

(絶対死んだぁああああ!?)

 

 麻痺した感覚のまま地面にうつ伏せで倒れたまま、頭を両手でかばった。

 

 

 しかし。

 数秒経っても、襲ってくるべき衝撃も振動も圧力も、何もなかった。

 

 恐る恐る顔を上げて体を捻り、上を見ると――

 

「うっわっ! ギリ?!」

 

 驚いたことに、私の頭上数十センチのところで、竜の体の落下が止まっていた。

 

(な、に、が?!)

 

 本当にギリギリのところで命拾いしたらしいけど、理由がわからないまま私は竜の腹の下から抜け出して、そこでやっと私が生き残れた理由がわかった。

 竜が両前脚で最後の抵抗のように体を支えていたために、腹から胸にかけてはまだ地面につかなかったのだ。

 

「しぶとい! けどおかげで助かったよあんがちょぉぉぅ!」

 

 竜にお礼を言いながら、しかし私の行動は真逆に、喉元の弱点に向けて両手斧用重単発技《ギロティン・キス》を放った。

 

 私の斧が竜の喉元に吸い込まれるようにして決まった。

 すると――

 

 竜がこれまでになく弱々しく長い咆哮を上げ、私が着地すると同時に、その遠吠えのような残響を残して竜はポリゴン片になって消滅した。

 

「へっ?」

 

 着地した私に、大量のポリゴン片が降り注ぎながら消えていくのを、ボー然と見つめていると。

 

「ふぅ……お疲れ様でした」

 

 セイドが私の近くに歩み寄りながら笑顔とともに労いの言葉をかけてくる。

 先ほどまでのような強い口調ではなく、始めの頃のように柔らかい口調と物腰だった。

 

「……あれ? 終わったの?」

 

 今更ながら、全然ボスのHPを気にしていなかった。

 

「えぇ。部位破壊ボーナス、ラストアタックボーナス、ともにアロマさんです。おめでとうございます」

 

「……そっか…………勝てたんだ……」

 

 それが分かった途端、腰が抜けて地面に座り込んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

(クエスト攻略時間は約2時間か……2人だった割には早く終わった方でしょうね)

 

 私は再び、深いため息を吐いた。

 

 流石に疲れた。

 

 アロマさんにはMPKのことなど、色々と言わなければならないことがあったが、今それを言うだけの気力は無かった。

 

 特にボス戦の後半は、このところ経験しえなかった激戦となってしまったため、本気で集中する羽目になった。

 

(あ~……頭が痛い……これは流石に、1度しっかりと寝ないと……)

 

 3時間睡眠では、この疲労感は取れない気がする。

 

 何度目か分からないため息を吐いて気分を落ち着かせ、アロマさんの様子に視線を移す。

 

 彼女は、地面に座り込んだまま、魂が抜けたかのように動かなかった。

 呆然と前方斜め上に視線をやったまま、口も半分空いている。

 

「アロマさん。そろそろ戻って来て下さい。いつまでも上の空でいられては困るので」

 

 アロマさんの前にしゃがみ込んで、肩を叩いて声を掛けると、彼女の瞳が動き、私に焦点が合わさった。

 

「とりあえず、ここから出ましょう。この状態で骸骨の相手はしたくないですから」

 

 私は、死竜の腹から抜け落ちたアロマさんの両手剣を彼女の前に置いた。

 

「ぁ……あんがと……そだね……んじゃ、転移しちゃわないと……」

 

 アロマさんはノロノロと両手斧をストレージに仕舞い、両手剣を背負う。

 そしてポーチから転移結晶を取り出し、握りしめ――そこで何かに気が付いたように、急に顔を私に向けた。

 

「セイドはどこに戻るの」

「え?」

 

 転移先は各々の拠点だと思っていたのだが、アロマさんからは意外な言葉がでてきた。

 

「どこに戻るの」

「えと……11層の《タフト》ですが……」

 

 本来、拠点情報はステータスと同様、もしくはそれ以上に教えるべき情報ではないのだが、アロマさんの勢いと、私自身の疲れと驚きも相まって、思わず答えていた。

 

「分かった。転移、《タフト》」

 

 え? と思う間もなく、アロマさんは転移した。

 

(あれ? アロマさんは確か《ロンバール》と、ボス戦前に言ってたはず……)

 

 なんとなく嫌な予感を覚えつつも、マーチとルイさんが居る《タフト》に戻らないわけにはいかない。

 

(うぅん……面倒なことになる予感しかしません……)

 

 私は力なく転移結晶を使って《タフト》に戻った。

 

 

 案の定、アロマさんは私が転移してくるのを転移門の前で待ち構えていた。

 

 

 


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