ソードアート・オンライン ~逆位置の死神~   作:静波

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黒炉様、感想ありがとうございます!


第五幕・死竜、そして時間との戦い

 

 

 一瞬、この至近距離でブレスを吐かれたのかと思ったほど、死竜が大きく咆哮した。

 何があったのかと、死竜のHPを見てみれば、ゲージが1本分消えている。

 

「ひゃぁーっっっはぁーっ! 斬ったったどー!」

 

 という、およそ年頃の女性が上げるとは思えない叫びを聞きながら、状況を把握した。

 アロマさんが、死竜の尾を切断したのだ。

 

(なかなかどうして、期待を裏切らない人ですね。これならまた――)

 

 私の予想通りなら、アロマさんにターゲットが向くだろう。

 しかし、先ほどのように死竜がその身をひねるより先に、私は死竜の顔に1撃蹴りを加え、その勢いをバネにして死竜の頭上に跳び上がった。

 

 そしてその状態で、死竜のターゲットが私から外れ、アロマさんに向いた。

 

(ジャストタイミングで、絶好のチャンス)

 

 死竜の頭がアロマさんを捉えようと動き始め――

 

 その隙を見逃すはずもなく、私は《剣技》を発動する。

 

 体術用単発重蹴撃技《メテオライト》――本来は跳び蹴りのような形で発動する《剣技》だが、応用として、落下状態からの発動も可能だ。

 まるで空中で加速したかのように《剣技》のシステムアシストに押され、私は死竜の眉間に、突き刺さるような蹴りを叩き込んだ。

 

 落下の勢いを加えた、全体重を乗せた蹴りの威力で、死竜のHPゲージの4本目をギリギリ削り切った。

 

 そこで再び、先ほどのように別のスキルを発動。

 死竜の眉間に跳び蹴りを叩き込んだ態勢から、技後硬直を上書きして、即座に次の《剣技》を発動させる。

 3連続蹴撃技《スパイラル・ゲイル》――回し蹴り3連撃を死竜の眉間に叩き込み、最後の1撃の威力で、私は大きく後退する。

 

 流石に死竜の目の前で大技を連続で叩き込んだだけあり、再度死竜の敵対値が私に大きく傾く。

 

 息を静かに吸い込み、意識をさらに研ぎ澄ませる。

 この勢いで攻め続ければ、5本目のゲージもすぐに削りきれるだろう。

 

 このボス戦は、そこからが本番だ。

 

 戦闘開始からすでに15分が経過していた。

 私は、研ぎ澄まされていく意識の中で、死竜の動きに集中していった。

 

 

 

 

 

 

 

(なんてゆーかもう、こんなの予想外だから!)

 

 そこからの戦闘は、私にとって、初めて経験するハイレベルなものだった。

 

 前半のHPゲージ5本が想像よりもはるかに簡単に削れたものだから、『なにこれよゆーじゃん♪』とか思って、2本目の耐毒ポーションを呷っていたのだけれど。

 

 竜のHPゲージの5本目をセイドが削りきった瞬間、竜が大きく長く咆哮したと思ったら、全身の鱗が黒茶色から赤茶色に変化した。

 そして、鱗が腐り落ちていた弱点部分の大半を、新たに生えてきた鱗が覆ってしまったのだ。

 

 さらに、竜の動きが先程までとは比べ物にならないほど速くなった。

爪や牙による攻撃は、大きなモーションもなく素早く繰り出されるようになり、回避が非常に難しくなったし、何より、私たち2人を同時にタゲっているようで、どちらか1人が注意を惹き付けるという戦法は意味をなさなくなった。

 

 そして、一番厄介なブレス攻撃にも変化があった。

 戦闘前半、セイドはタゲを取った状態で竜との距離を詰めることで、ブレスを吐かせないようにしていたようだけど、ここにきて、一定の時間が経つと必ず吐く、という挙動が追加された。

 

 悔しいことに、私は、直撃こそしなかったものの、何度かブレスを避けきれなかったし、爪や牙にも引っ掛けられてしまい、HPを大きく削られるという状況が度々発生した。

 耐毒ポーションを飲んでいるにもかかわらず、竜の《麻痺毒の吐息(パラリシス・ブレス)》によって麻痺状態になり、危うい状況にも陥った。

 

 そのたびにセイドが解毒結晶で即座に治してくれなかったら、どうなっていたかは考えたくない。

 

(HPが半分切ったらハイパー化って、やめてよねマジで! シャレんなんないよ!)

 

 何とか竜との距離を開けて、回復ポーションを呷り、HPが徐々に回復していくのを待つ間、1人心の中で愚痴った。

 

 回復結晶と違い、ポーションによる回復は《時間による割合回復の継続効果》だ。

 私が持っている回復ポーションなら、1秒で最大HPの1%分を回復する効果がある。

 

 じわじわと回復する自分のHPをもどかしく思いながら、竜との大立ち回りを続けるセイドに目をやる。

 

 彼は当初の宣言通り、本当に1撃も喰らっていなかった。

 ハイパー化した竜の動きにも即座に対応したし、ブレス効果で使える足場が減っている状態でも、その回避行動に狂いはない。

 

 一体何をどうすればあそこまでの回避が可能なのか。

 見ていてもハッキリとは分からないが、1つだけ分かったことといえば。

 

(多分、セイドには竜の攻撃も、その効果範囲も見えてるんだ。それが死角からの攻撃であっても)

 

 現実世界で、相手の気を感じるとか、気配を感じるとか、無茶なことを言う人はいるが、ここはゲームの世界だ。

 私たちプレイヤーは、生身じゃなくデータの集合体でしかない。

 そんな私達に気配も何もあったものじゃない。

 

 とは思うのだけど――

 

(……他に説明のしようがないよね……あの行動は……)

 

 見えていないはずの攻撃を的確に避ける、などという芸当を繰り返し見せられては、思わざるを得ない。

 

 セイドは、相手の気配が読める、と。

 

 ばかばかしい考えだとは自分でも思うけど、他に説明しようがあるのかと問われると、すぐには思い当たらない。

 

(終わったら、マジ泣かす。そして吐かす!)

 

 そう決意して、自分のHPを確認する。

 すでに9割回復し終えているのを確認して、効果が切れた耐毒ポーションの3本目を呷る。

 

 これで、残る耐毒ポーションは1本だけ。

 今飲んだものと併せても、合計効果時間は30分しかない。

 

 竜のHPは今、やっと6本目が削り切られたところだ。

 

(悩んでいても仕方ないし! やるだけやってやる!)

 

 私は両手斧を構え、竜の背中に向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 死竜のHPゲージが、やっと1本減った。

 

(残り4本……)

 

 無意識のうちに時間を確認する。

 

(強化後のHPゲージ1本を削るのに、約15分……これは……)

 

 死竜との戦闘開始から30分。

 彼女はすでに2本の耐毒ポーションを消費していることになる。

 

(残りの耐毒ポーションは2本……このままでは効果時間中には倒せないか……)

 

 私と違い、彼女は先ほどから何度か麻痺毒を喰らっていた。

 耐毒ポーションの抵抗値を超えるボスの毒攻撃を流石というべきだろうか。

 

 時間と、死竜のHPと、彼女の耐毒ポーションの残数と、様々な要素が頭の中で駆け巡る。

 

 死竜の強化は、弱点部位の防御力をも高めていた。

 私も彼女も、狭くはなったが弱点部位に的確に攻撃することができているが、その回数やペースは確実に減少しているし、何より1撃の与ダメージが目に見えて減っている。

 

(そして、弱点以外には、ダメージが通らないと……このボスの難易度は――)

 

 ――高すぎるだろうと、心底思う。

 しかしそれも仕方がない事なのだろうか。

 

 本来このクエストは、2人で攻略するようなものではない。

 最低でも1パーティー――6人から7人ほどでの攻略を想定されているはずだ。

 

 2人のプレイヤーを同時に攻撃してくる、という死竜の挙動も、本来なら、囮役ないし壁戦士(タンク)の2人が死竜の攻撃を惹き付けている間に、他のパーティーメンバーが攻撃を仕掛け、防御力が上がったとはいえ、手数と人数で押しきるという作戦で対応ができる。

 

 しかし、居ないパーティーメンバーを数えても始まらない。

 今は2人しかいないのだから、私と彼女で、何とか死竜の攻撃を躱しながらダメージを与えていくしかない。

 

(耐毒ポーションが尽きたら、彼女には戦線を離脱させるしかない。そうなる前にケリをつけたいが……)

 

 耐毒ポーションの抵抗値がなくなれば、死竜の爪に引っ掻かれるだけで麻痺に陥る可能性が高くなる。

 そんな状態で戦闘を継続させるようなら、それこそ邪魔にしかならない。

 

 だが同時に、最大の攻撃力も失うことになり、死竜との戦闘はますます長期化することになる。

 

(そうなれば、こちらもただでは済まない。そうなる前に……)

 

 私は彼女に視線を送る。

 

(となると………………しかし……)

 

 思考がさらに冷えていく。

 全身の感覚が限界まで研ぎ澄まされていく。

 

 一旦引いてHPを回復していた彼女は、9割まで回復したところで死竜の背後から攻撃を加えるべく走り出したところだった。

 

(……彼女がどこまでできるか……マーチやルイ(・・)のように対応できるといいが)

 

 ()としても、死竜の攻撃を捌くので手一杯で、事細かに打ち合わせや説明をする余裕はない。

 

 彼女の突発的な対応力に期待するしかない。

 

 

 

 

 

 

 

「アロマ! 死竜右後ろ脚に《テンペスト・ケージ》」

 

 走り出した私に、私が回復していた間、竜の攻撃を一手に引き受けながらも無傷で回避し続けていたセイドが、突然指示を出してきた。

 しかも先程まで私のことを『アロマさん』と呼んでいたくせに、いきなり呼び捨てで。

 

(ってか、なんで《テンペスト・ケージ》が使えるって分かんのよ!)

 

 突っ込みどころは沢山あったが、今はとりあえず置いといて。

 

(翼の付け根を狙うつもりでいたけど、何か考えがあるっての?)

 

 進行方向を右後ろ脚に向かって少し変更し、勢いは緩めずに一気に距離を詰めていく。

 

 右後ろ脚の弱点部位は、人で言えば膝の裏辺りにあった。

 敵が身動(みじろ)ぎ1つしないオブジェクトなら狙うのは容易いけど、今、竜の動きは速くなっているし、私が右後ろ脚に向かって近付いた段階で、私を狙って踏み付けや蹴り払いのような行動を竜が取り始めた。

 

 こうなると、その巨体と相まって、近付くのも難しい。

 と、思っていたのだけど、急に竜の右後ろ脚からの攻撃が止んだ。

 

 爪を立てて地面をしっかりと踏みしめていた。

 

「チャァァァンス!」

 

 敏捷値全開で一気に間を詰めて斧を思いっきり右後ろに引き絞る。

 

「これでいいんでしょぉぉぉぉおおおっ!」

 

 気合いとともに《剣技》を放つ。

 セイドから指定された両手斧用剣技《テンペスト・ケージ》は、両手斧スキルが700を超えたところで使えるようになる重3連撃技だ。

 右からの水平斬り、続けて右上から左下への袈裟斬り、そして再び右水平斬りという、斧をグルグルと振り回すようにして放たれる技で、1撃1撃に敵をノックバックさせる効果がある。

 

 とはいえ、巨大ボスクラスの敵にはノックバック効果は薄いはずだ。

 ――と思っていたのだけど。

 

 最後の水平斬りが入ったところで、竜の脚がガクッと崩れ、悲鳴のような咆哮が響いた。

 

「ひぇ?!」

 

 想定外のことに、私は全力で左に跳んだ。

 そこまでしなくても平気だったようだけど、竜は右後ろ脚からバランスを失って倒れこんでいた。

 

「な……なぁる。これが狙いだったわけね――」

「アロマ、腹部弱点の剣を抜き、再度《クリミナル・トーチャー》」

 

 感心している暇もなく、セイドから再び指示が飛んでくる。

 思わず声のした方を見やるけど、セイドの姿は見当たらなかった。

 

「――っ! 呼び捨てすんなっ!」

 

 横倒しになった竜の腹部は、完全に無防備で、でも私の位置からは少し走り込み難い距離だった。

 

 直接文句を言ってやりたかったけど、セイドの居場所は分からない。

 

 仕方ないので、大急ぎで装備していた斧をアイテムストレージに戻し、またまた全速力で走り出す。

 1歩目の踏み切りで地面が爆発するような感覚とともに加速。

 倒れた竜の左脚の下を潜り抜けて腹部に刺さった私の剣を目指す。

 

 すると、竜は咆哮とともに空いている左前脚を振り上げた。

 これが私に振り下ろされようものなら、思いっきり加速したばかりの私には躱す自信は無いし、武器も外してしまったので防御することもできない。

 

「ぃやちょま!」

 

 慌てて竜から離れようと――

 

「突っ込め!」

 

 ――した私の動きをどうやって察したのか分からないが、姿の見えないセイドからの言葉が飛んでくる。

 

「できるかぁぁあああああああ!」

 

 と、叫びながらも、全力で離れたいという恐怖心を無理矢理抑え込んで、思わずこぼれる涙もなんのその、剣に向かって突っ込んだ。

 運よく、竜の攻撃は私を狙ったものではなくセイドを狙ったものだったようで、私は無事に腹部に突き刺さったままの両手剣の柄を握りしめていた。

 

 思わず安堵の吐息が漏れたが、すぐさま柄を握る両手に力を込める。

 

「ぬーけーなーさーいー……!」

 

 筋力値補正全開で、竜の腹に足までかけて両手剣を引き抜くべく力を込める。

 と、ズリュッ、という生々しく重々しい音とともに、何とか抜けた。

 

「ばかセイドぉぉぉぉおお!」

 

 抜けた剣をすぐ持ち直して、抜いたばかりの場所に再び《クリミナル・トーチャー》で両手剣を根元までねじ込む。

 

 竜の絶叫が体を震わせた。

 

「そのまま《ブランディッシュ》」

 

 続いて聞こえた指示に、流石に私は反論した。

 

「はぁ?! 鱗に覆われた部分に当たるじゃん!」

 

 しかし、私の反論への返事は無い。

 

(もんのすんごいムカツク!)

 

 私は両手剣の柄を握り直し――

 

「折れたら弁償しなさいよねぇぇっ!」

 

 両手剣用2連撃技《ブランディッシュ》を発動させる。

 刺さった位置から腹を胸方向に切り裂くように剣を振り抜き、その剣を振り抜いた軌跡をなぞって逆から斬り返す。

 

 意外なことに、鱗に弾かれることは無かった。

 

「なんで?!」

 

 自分で実践しておきながら、戸惑ってしまった。

 

「再度《クリミナル・トーチャー》。剣は残して左後ろに退避」

 

 こちらの疑問は放置され、また指示だけされる。

 

(ああもう! 分かったわよっ!)

 

 つまり、あの男はこう言いたいのだ。

 

「何も考えないで動けってこと⁉」

 

 

 


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