ソードアート・オンライン ~逆位置の死神~   作:静波

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第四幕・北斗七星と虎の牙

 

 

 まず動いたのはセイドだった。

 

 自分で正面に立つなと言っておきながら、彼は真正面から走りこんでいった。

 

(んなっ! 無茶な!)

 

 そう思っても、私はすぐに動けず、遅れてボスの右側に回り込むように走った。

 

 竜はまず、目の前から向かってきたセイドを標的にしたようで、その腐臭に満ちた大きな口で噛み砕こうとした。

 

 しかしセイドは大きく右に跳び、それを躱す。

 

 私も竜の右側に回り込んだことで、セイドの姿は竜を挟んだ反対側に消えたので、それ以上は確認ができない。

 

(っていうか、人の心配してる場合じゃないか!)

 

 竜はなおもセイドをタゲっているようで、体をセイドに向け――

 

「うわっちゃ?!」

 

 そうなると当然、反対側にいた私には、竜の尻尾が向かってくる。

 

 慌ててしゃがむと、ギリギリのところで尻尾が頭上をかすめた。

 

(あっぶな!)

 

 転がるように尻尾の下から逃げ、振り返る。

 竜の尻尾や後ろ足が無防備に晒されているように見える。

 

(けど……鱗が覆ってる……どこよ、弱点!)

 

 足や尾の先は鱗にしっかりと覆われている。

 真っ先に目についたのは、尻尾の付け根辺り。

 

(あった! 鱗が腐って落ちてるところぉぉ!)

 

 見つけると同時に走り出す。

 

 私の両手剣なら、きっちり当てていければ部位欠損に持ち込むこともできるはずだ。

 

(まずはこの邪魔くさい尻尾、叩っ斬ってやる!)

 

 

 

 

 

 

 アロマが死竜の尾の付け根辺りを狙っているのが分かった。

 

(いい判断だ、そこそこ冷静さを取り戻せたみたいですね)

 

 私は死竜の正面から走り込み、爪や牙で迎え撃ってくる死竜の攻撃を左右に躱したところで、顔や足にある、鱗の腐り落ちた部位に《体術》による単発拳撃技《バレット》や、単発蹴撃技《ストンプ》を確実に叩き込んでいく。

 

 一撃一撃加えるごとに、少し離れ、しかし決して離れすぎない。

 距離を開けすぎると死竜はブレス攻撃を連続する傾向にあるらしいためだ。

 

(まずは、ブレスを可能な限り使わせないことが重要)

 

 それに、こうして着実に攻撃を加え、しかも離れ過ぎないことで、死竜のターゲットは私に固定されている。

 

(結構酷いことを言いましたけど、期待してますよ、アロマさん)

 

「さぁて、ではひとつ。本気で踊ってみましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁあっ!」

 

 気合い一閃、両手剣用単発斬り上げ技《アッパー・クレセント》を竜の尻尾の付け根の鱗が腐り落ちた部位に叩き込む。

 

 狙い違わず、弱点部位に斬撃が決まり、竜のHPゲージが1割ほど確実に減った。

 しかし1撃で切断するには至らない。

 

(1撃で足りないなら、斬れるまで何度でも叩き込んでやる!)

 

 距離を取り、剣を構え直し、再び走りこむ。

 

(今度は上から!)

 

 私は両手剣用跳躍撃ち下ろし斬撃技《クラウド・フォール》を放ち、尻尾を上から斬り落としにかかる。

 

「ぅぉぉぉおおりゃぁぁぁぁああっ!」

 

 走り込みと跳躍、そして重い両手剣と、わずかながらも私の全体重を乗せた、対人戦(デュエル)ではまず当たらない大振りの1撃は、これも外れず、しっかりとクリーンヒット。

 HPゲージが3割近く削れる。

 しかし――

 

(――っ!……まだ足りない?!)

 

 尻尾を切断することはできなかった。

 

 《アッパー・クレセント》も《クラウド・フォール》も一撃の威力重視の《剣技(ソードスキル)》だ。

 それが2発ともクリティカルヒットしているにもかかわらず、切断できないとは……。

 

(全体的なダメージが足りていないのかも……尻尾だけ狙っててもダメなのかな……)

 

 私は狙いを変えて、今度は竜の腹部の弱点を睨む。

 

 竜のHPゲージは全部で10本あった。

 ボスモンスターにしても、HPが多すぎるだろうと思う。

 

 迷宮区のフロアボスでも、基本的にHPバーは4段だと情報誌には書いてあるのに。

 

 しかも、10本のうちの1本が7割程削れているだけだ。

 まだまだ先は長い。

 

(尻尾の切断は、ゲージが1本減るごとに狙ってみよう)

 

 そう決めて、私はHPゲージを削るために腹部の弱点目がけてダッシュした。

 

 

 

 

 

 

 

 アロマさんの《剣技》2発が尾に決まったが、切断は出来ていない。

 

(まあ、開始早々切れるとは思っていませんでしたから、それは良いとして、やはり私よりも彼女の方がダメージを入れられますね)

 

 アロマさんの攻撃はたった2回。

 それだけで竜のHPゲージ1本を4割強削っている。

 

 対して、私はすでに10数回、体術の《剣技》による攻撃を加えているにもかかわらず、2割弱しか削れていない。

 根本的な攻撃力の差が、目に見える形で突き付けられている。

 

 しかしそれでも、死竜のターゲットは私に向いている。

 理由は単純。

 攻撃が止まないから、である。

 

 こちらの動きに合わせて、もしくはAIの学習機能によってこちらの動きを予測して、繰り出される死竜の攻撃を、私は直撃せずとも衝撃(インパクト)ダメージが発生するはずの範囲をも見極め、紙一重で回避することで、私の動きは一切阻害されることなく、死竜の攻撃後の隙をついて拳や蹴りを叩き込み続けている。

 

 1撃1撃の威力は確かにアロマさんにはかなわない。

 だから1撃ごとのダメージ敵対値(ヘイト)だけで見ればアロマさんにターゲットが行くと思われる。

 

 しかし、ほぼ間を開けずに攻撃を、それも的確に弱点に叩き込み続けることでダメージ敵対値を蓄積させ続けると、総じて敵対値は私の方が多くなる。

 

 まぁ、あまりアロマさんが強い攻撃を連打すると、その限りでもないのだが。

 

 すでに幾度となく死竜の爪を躱し、こちらの攻撃を叩き込んだところで、今までになく死竜が大きく戦慄(わなな)いた。

 

 なんと、アロマさんが死竜の腹部に両手剣を深々と突き刺していた。

 

 その1撃だけで、死竜の1本目のHPゲージは0になり、2本目のHPゲージも4割強削れている。

 

 しかもアロマさんはその両手剣を引き抜かずに手を放した。

 

(1撃で、ほぼゲージ1本消し飛ばした!? いやはや、想像以上の攻撃力……)

 

 流石に今の1撃は敵対値も大きく、更に剣を残したことで、貫通継続ダメージを与え続けていることになるアロマさんに、死竜のターゲットが向いてしまったようで、死竜の視線が私から外れる。

 

(おっと、それならそれで、こちらも遠慮なく、死角から、全力で叩き込ませてもらいましょうか!)

 

 

 

 

 

 

 

 両手剣用単発重刺突技《クリミナル・トーチャー》によって、竜の腹部に両手剣の刃が根元まで突き刺さった。

 

 その1撃で竜のHPゲージは2本目も4割程減っている。

(いよぉっし! 1本減った! 尻尾……尻尾を輪切りにしてやるっ!)

 

 と、剣を引き抜こうとしたのだが――

 

「あり?! ぬ、抜けない!」

 

 刺したままぶら下がっていたのだけれど、剣が抜けるほどの勢いをつけられず、幾ら体を揺らしても抜ける気配がない。

 

 と、そんな私に向かって、背後から何かが音を立てて向かってくる。

 

「へっ?! わっ! あ!」

 

 竜が、自分の腹部に張り付いた私を叩き潰そうと、尻尾を振りまわして、私に尻尾を叩き付ける寸前だった。

 

 思わず手を放してしまい、私はちょっとした高さから落下する羽目になり、尻尾は直撃こそしなかったものの、衝撃の範囲に巻き込まれて空中で態勢を整えられず――

 

「ぅべっ!」

 

 顔面から地面に落下した。

 私のHPが2割程減少する。

 

「――っつ~! 鼻がもげますがな!」

 

 顔をさすり、涙目になりながらもなんとかすぐに立ち上がる。

 

 顔を上げた先にあったのは、竜が身をねじって私を睨んでいる視線だった。

 

「って、げ! ちょ! こっち見ん……あ」

 

 視線がこっちに来ているということは、私にタゲが向いたということで。

 

「ちょっとぉぉぉぉお! ばかセイドは何してんのよぉぉぉおぉお!」

 

 向こうがタゲを取ってくれてたから、私は安心して攻撃を叩き込めていたというのに、これでは尻尾を切り落とすどころではない。

 

 それ以前に、今の私は、主武装だった両手剣を竜に刺しっ放しで、武器喪失(アームロスト)状態だ。

 他の武器を取り出して装備するにしても、メニュー操作する時間が必要になる。

 

 なら、今私に出来ることは――

 

「さんじゅうろっけい、にげるにしかず!」

 

 ――走って逃げることだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

「っ! あのバカ娘っ!」

 

 私は思わず悪態をついた。

 むしろ悪態の1つもつかねばやってられない。

 

 私が必死にブレスを吐かせないように近接戦に徹していたというのに、アロマさんは死竜にターゲットされた瞬間、走って逃げだしたのだ。

 

 それを確認し、私は即座に死竜の首元に飛び込んだ。

 

 死竜は、現実世界で例えるなら電車2両分ほどの巨体だ。

 

 いくら身をねじってアロマさんをターゲットしようとも、その巨体故、すぐには動き出せないし、何より、動きの遅い死竜からそんなに必死に逃げる必要はない。

 

(だからそんなに慌てて逃げなくてもいいというのに!)

 

 あまり距離を開けられると、死竜にブレスを吐かせてしまう。

 そうなる前に――

 

(こっちにターゲットを取り返す!)

 

 身をねじったことで、首元の弱点が大きく晒されている。

 そこを狙って、私は《剣技》を発動。

 

 体術用七連撃技《グラン・シャリオ》――北斗七星の名を冠する、連撃体術技は死竜の首に綺麗に決まり、約6割を残していた2本目のHPバーを削りきる。

 だが、まだ死竜のターゲットはアロマさんに向いたままだ。

 

(無論、それも予想済み、ですがこれで終わりじゃないですよ!)

 

 本来、この《剣技》は長めの技後硬直(スキルディレイ)が科せられる。

 

 だが、私は《グラン・シャリオ》の終了直前に、とあるスキルを発動。

 

 それによって《剣技》の技後硬直が上書きされた。

 

 すると、どうなるのか。

 

 答えは――

 

 私は再び、体術用七連撃技《グラン・シャリオ》を発動させた。

 

 その間は、1秒と空いていない、コンマ何秒という世界。

 

 1回目の《グラン・シャリオ》が首元に向かいながら叩き込んだものだとすれば、2回目は、首元から下に落ちる直前の、無重力状態で繰り出されたものという程度の間だ。

 

 はたから見ていれば『2連続で《剣技》を使用した』のではなく、『14連撃の体術スキルが叩き込まれた』としか見えないはずだ。

 

 この場でそれを見る機会があったのはアロマさんだけだったが、こちらに背を向けて全力で走り去っているので、見ることは叶わない。

 

 2発目の《グラン・シャリオ》は、ボスのHPゲージの3本目を半分まで削った。

 1発目に比べると威力が落ちていたのは、飛び込みによる威力追加が無かったためか、ゲージが減ったことで死竜の防御力が上がったためだろうか。

 

 それでも充分なダメージを叩き込めた。

 おかげで――

 

(ボスの敵対値は、取り返せました)

 

 グルルルルッと喉を鳴らしながら、ボスの視線は私の方に戻った。

 

 そのまま、私は先ほどまでと同じように、死竜の攻撃の合間に、こちらの攻撃を絶え間なく当てていく。

 

 アロマさんは、死竜と距離を置いたところで、ようやく振り返ったところだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ボスの動向など見向きもせず、とりあえず一直線に走って距離を開けた。

 

 ボスの体の下から抜け出し、尻尾も襲ってこないことを確認して、やっとボスに向き直る。

 

「――っ! ってぇええっ? うそおぉ!」

 

 竜はしばらく私を狙ってくるだろうと覚悟していた。

 

 それだけのダメージを与えたし、結果的にではあるが、両手剣を引き抜けなかったことで、貫通継続ダメージを与えているためだ。

 

 しかし、振り返った時には、竜はもうセイドを追っていた。

 

 HPゲージは、すでに3本目が6割程減っている。

 

(何したのあいつ⁈)

 

 しばしボー然と立ち尽くしてしまい、慌ててフルフルと首を横に振る。

 

(いやいや、今はそんな事より!)

 

 セイドが何をしたのかは後で聞けばいい。

 今は、ボスのタゲが向こうに戻ったことを喜ぶべきで、私はメニューを呼び出して急いで次の武器を装備する。

 

「ここからが私のステージなんだからねっ! 尻尾、輪切りにするわよぉ!」

 

 気合いを入れ直し、手にしたのは両手用戦斧。

 

 両手剣と違って突くことはほぼできないが、尻尾を切断するという目的だけを見れば、両手剣より両手斧の方に分がある。

 

 さっきから走ってばかりな気もするが、ボス戦で止まっていたら話にならない。

 息を大きく吸って走り出し――

 

「ずぅぇぇえりゃぁぁぁぁぁあああっ!」

 

 ――両手斧用2連撃技《タイガーバイト》を尻尾の付け根の弱点に叩き込む。

 

 狙った1か所を上下からほぼ同時に攻撃するという、まさしく虎が噛み付いたかのような1撃が竜の尻尾に狙い違わず決まった。

 

 すると、尻尾が重々しい音を立て地面を叩いた。

 これまでのように尻尾の先端が地面を叩いたのではなく、根元から、体と切り離されて重々しい音を立てて落ちていた。

 

「ひゃぁーっっっはぁーっ! 斬ったったどー!」

 

 

 




各種《剣技》はオリジナルのものですm(_ _)m

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