「クエッ♪ クエックエッ♪ 真夜中のクエェ~♪」
そんな気の抜けそうな歌声が聞こえてきたのは、しばらくしてからだった。
私は骸骨兵士に囲まれながら、その歌声を耳にして、先ほどのパーティーがこの場所の近くまで来ていることを確認した。
(フッ!……こちらまで来たか……クエ……クエスト関連……シッ!……そういえば)
骸骨兵士を殴り飛ばしながら、このダンジョンが絡むいくつかのクエストのうち、時間限定のクエストがあったことを思い出す。
(……確か!……《丑三つ時の怨嗟》というクエストでしたっけ……)
「クエックエックエッ♪ 難しいクエェ~♪ 怖いぃ~クエェ~♪」
この《竜骨の墓地》は、墓地という名の通り、アンデットモンスターが数多く生息しているわけだが、この場所に関連するクエストも、ホラーめいたものばかりだった。
その中でも、《丑三つ時の怨嗟》クエストは、怪談話自体もさることながら、クエストMobもゾンビ仕様という人の恐怖心を煽る、なかなかの趣向となっているらしい。
しかし、そのことに思い至って、私は呻いた。
(うぅむ……となると、ここを離れないと……っフッ!)
《丑三つ時の怨嗟》のクエストMobのポップポイントが、私が今いるこの場所――相応に広い、荒れ果てた墓地広場だったはずだ。
クエスト条件を満たしたプレイヤーが、クエスト名通り、丑三つ時――午前2時頃にこの場にいると、出現するモンスターが《
その腐乱兵たちを一定数排除すると、最後にクエストボスである《
(ッツ! しまったっ!)
そこまで思い至ったところで、すっかり忘れていたクエスト情報を今更のように思い出した。
あのクエストは、この層のクエストとしては最難関で、今の最前線、30層のクエストでもおかしくない強さのボスということで有名だが、もう1つ、難易度を高めている最大の要因がある。
(腐乱兵が出る前に離れないと! っく!)
しかし、骸骨兵士のポップは治まっておらず、この場所から離れようにも、離れる余裕がなかった。
攻略難易度を高めている要因、それは、クエストMobがポップした段階で、ダンジョンの安全エリアが一時無効になり、さらに転移結晶が使用不可能になるという点だ。
ダンジョン、それも迷宮区で稀に見られる罠などで、《結晶無効化空間》というものがあるが、あれは結晶アイテム全てが使用不可という最悪の代物だが、このクエストにおける転移結晶の無効化は、その下の段階になる。
回復結晶や解毒結晶などは使えるが、転移結晶だけは使えない。
つまり緊急脱出ができないのだ。
SAOが復活不可能のデスゲームでなければ、転移結晶使用不可というのは罠としてはありがちだと思うのだが、ことデスゲームと化しているSAOにおいては、緊急脱出を許されない状況というのは、可能な限り避けるべき事態だ。
故に――
(このクエストは皆が避ける種類のクエストだからと、油断が過ぎましたっ!)
情報は可能な限り集めていたが、このクエストを進んでクリアに向かったプレイヤーはいないという話しか聞いて居ない。
情報が出回る前に、このクエストに挑んでしまったギルドが、危ういところでクリアしたらしいが、転移不可という情報がすぐに広まり、誰もクエストを受けにいかなくなったからだ。
それともう1つ。
唯一クリアしたのは、攻略組ギルドのプレイヤーたちだった。
話では確か、野武士風の顔立ちのバンダナを巻いた男性の刀使いが率いる6人だったと聞いたが、攻略組と称されるギルドの1つが《危うく》クリアしたのだ。
その難易度は、推して知るべしである。
一刻も早くこの場を離れ転移結晶を使おうと決め、しかし、私は今、骸骨兵士に取り囲まれているために、離脱もままならない。
(まずい! もう――)
「と~ぉちゃ~っく! 時間もぴったりだねぇ!」
――間に合わなかった。
先ほどから聞こえていた気の抜けそうな歌声の主が、この場にやってきてしまった。
やってきたのは、長い赤髪をポニーテールにまとめた、少し背の低い女性だった。
それと同時に、もう1つ、おかしなことに気が付いた。
(プレイヤーの数が……減っている?!)
あらかじめスキルで捉えていたプレイヤーの数は4人。
今来た女性と、他に3人いるはずだったのだが。
その3人の反応は完全に消えている。
《隠蔽》で隠れているわけではない。
まさかとは思うが――
「あれっ? あの人たち居なくなってる? おーい? どこいったのぉ~?」
(……クエストPK……?)
クエスト攻略という名目でプレイヤーを誘い出し、PKに及ぶという手段は、少なからず、ある。
しかし、先ほどの反応は、間違いなくグリーン――
そこで、また気が付いた。
(そうだ……グリーンのままPKをする手法が、これだ……なんで忘れてた……)
プレイヤーの
このクエストPKは、対象者をクエストに連れ出し、敵モンスターあるいはボス戦で放置し、モンスターに殺させるという、MPKに類する手法だ。
故に、プレイヤーカラーはグリーンのまま変化しない。
そのことを忘れていた自分に辟易としながら、赤髪の女性を一瞬見やる。
「ありゃ? パーティーも解散になってる。むむぅ……はっ! 分かった! 怖くなって逃げたな! 弱虫な男どもめー!」
つまり彼女は、MPK対象にされたのだろう。そして――
(この場にいた私も、ついでに殺してしまえ、といったところでしょうね……)
《隠蔽》の無い私の位置は、彼らもしくは彼女らに筒抜けだったはずだ。
私がクエスト戦に巻き込まれることを分かっていて、このMPKに及んだとしか考えられない。
(……MPK……なるほど……そうですか……)
怒りが、静かにこみ上げてくる。
と同時に、思考の一部が一気に冷えていくのを感じた。
私は、慌てず騒がず、骸骨兵士の掃討を続ける。
「おぉーい、そこの人ー! 一緒にクエストやらなーい? 今なら可愛い美少女が付いてきてお得だよ♪」
赤髪の女性は、MPK対象にされたということに気が付いていないようだ。
それならそれで幸せだろう。
人の汚い面は、知らない方がいいこともある。
――それはともかくとして。
私がまだ戦闘状態にあるというのに、女性からパーティー招待申請が送られてきたのには、少々面食らった。
(……もしかして……天然……?)
MPKに対する怒りが、プスプスと音を立てて抜けていくような感覚を味わいつつも、戦闘を継続しながら、何とかパーティー申請を承諾する。
「おぉー! おにーさん、やるねー! 戦闘しながら承諾とか、凄いよ!」
「って、分かってて送ったんですか!」
思わずツッコんでいた。
彼女の名前は《Aroma》――アロマとなっていた。
「私はアロマ! 身長は158センチ、花も恥じらう18歳でっす! 体重とスリーサイズは乙女の秘密♪ よろしくぅ!」
「あ~……はい、どうも……セイドです。よろしく……ッ!」
なんというか、とてもやりにくいテンションの相手だった。
ある意味、私の1番苦手なタイプといっても過言ではないだろう。
しかも、このテンションで、この手の話題を、戦闘をしながら振ってくるのだから、たまったものではない。
「えー! 自己紹介そんだけ~? ほ~か~に~は~!」
いやもう本当に、勘弁してほしい。
やはり、こういうタイプの女の子は苦手だ。
マイペースを崩さず、空気を読まず、周りも自分のペースに巻き込もうとし、しかもそれが天然なのか、わざとなのか判断できない。
「えっと……っ! その辺りの話は後にしましょう! アロマさん。とりあえず今は、この骸骨どもを片付けて、クエストMobに備えないと!」
「え~? いいじゃんいいじゃん別に今でもさ~。それに、これ倒し終わっちゃったら、もっと手ごわいのがいっぱい出るんでしょー? ますます話なんかできないじゃん」
(だからなんでそういう情報をしっかりとつかんでいるのに、そこまで能天気にしていられるのかむしろそれを教えてほしいですよ!)
私の心の叫びなど知る由もなく、アロマさんの無駄に能天気な会話は終わる気配を見せなかった。
「ほらほら、なんかあるでしょ? 実は母親の違う子どもが3人いるとか! 実は闇金の取立から逃げてるとか! 実は余命
「なんでそんなドラマみたいな展開ばかり繰り広げてるんですか?! 私は普通の大学生ですよ! 身長は181、
「ヒャッホーイ! カコイイおにーさんのプライベート情報ゲットだぜー!」
骸骨兵士との戦闘中にもかかわらず、私は妙な脱力感に襲われた。
(な……なんなんだ、この子は……)
アロマさんの戦闘そのものは、全く危なげがなかった。
手にしているのは、彼女の背丈よりも長大な両手剣で、その1撃1撃の威力は、打撃ダメージ以外半減の特性を持つ骸骨兵士を相手にしても、私の《体術》と同程度の威力を叩き出しているようだった。
現状で手に入る両手剣の中でも、かなり高性能の武器であり、且つ筋力値に偏ったステータスであることがうかがい知れた。
「それでそれで~? カコイイ大学生のおにーさんが、こんな夜中に、こんな寂しい場所で、それも1人で何してたの~?」
(MPKという状況に全く気付いてないからこんなに気楽なのかもしれない……これは後で、しっかり教えておかないと、また同じような危険に合わないとも限らない……)
「ただのレベル上げですよ、っと! ほら、
「ほほ~い」
やはり気の抜けるような返事とともに、1歩離れ、そこでポーチから1つの瓶を取り出した。
薄緑色の液体の入った小瓶――耐毒ポーションだ。
(事前準備はしているようですね……)
私の安堵など知りもせず、彼女は耐毒ポーションを
「んっ、んっ、んっ、んっ……っぷっはぁ~! くぅうぅう! しみますなぁ!」
――よりにもよって、腰に片手を当てて、しかも風呂上がりに缶ビールでも飲んだかのような感想を、若い女の子が吐いた。
「オヤジくさ! 台詞も飲み方もオヤジくさいですよそこの女子!」
「うわ! ひど!」
彼女が耐毒ポーションを飲んだのを確認した段階で最後の骸骨を排除した。
私の感想に対しての彼女の非難めいた台詞は無視して、私もすぐに耐毒ポーションを呷る。
――と、ほぼ同時に、地面から、ボコボコと音を立てて無数の手が生えてくる。
(本当に、間を開けずにクエストMobが出るんですね、このクエ……)
なかなかにシュールな光景だった。
墓地のそこかしこから腐った手が生えてきて、続けて目玉の抜けおちた顔や、肉が腐りおちている体が這い出てくるというのは。
「きゃぁー、こわーい、きもーい、助けてダーリーン!」
「しがみ付かないでください。だれがダーリンですかだれが」
台詞棒読みの大根役者よろしく、私にしがみ付いてきたアロマさんを素っ気なく引きはがし、私は気合いを入れなおした。
先ほどまでの骸骨兵士と違い、この《
その予防のための耐毒ポーションだ。
更に、このゾンビには打撃属性の攻撃は通りにくいという、骸骨兵士とは真逆の敵になっているはずだ。
打撃半減などという特性が無いだけマシだと思うべきだろうか。
「そんな冷たいこと言わないで~。私の色香に惑わされて?」
「味方を惑わす暇があるのなら、敵を惑わして全部惹き付けて下さい。その隙に、私が敵の背後から攻撃しますから」
「ちょ! 美少女を囮にしちゃ、ヤーよ?!」
自分で自分を美少女と言ってのけてしまう女子高生を軽く無視しつつ、腐乱死兵が完全に這い出してくるのを油断なく見やる。
「なら、真面目にやって下さい。こいつらには私の攻撃よりもアロマさんの攻撃の方が効くんですから。惹き付け役は私がやります。アロマさんは手近な敵を片っ端から排除していって下さい」
「は~い。でもそれ、ダイジョブなの? セイドって耐久力なさげだけど」
「人の心配はしなくていいですから、自分のことだけ気を付けて下さい」
ここまで来ると、アロマさんのテンションにも、なんとなく慣れてきた。
慣れるというか、流すというか。
まぁ、連携というほどのものは必要にならないだろう。
私が惹き付けている間に、アロマさんが高威力の両手剣で敵を屠ればいいだけの話だ。
むしろ《腐乱死兵》はまだ問題にならない。
このクエストの1番厄介な点は、このあとのボスなのだ。
(可能な限り、回復アイテムは温存しなくては……)
《腐乱死兵》が問題にならないのは、行動の遅さと武器を持たない点にある。
よくあるゾンビゲームのように、ガクガクブルブル震えながら、ノロノロと襲い掛かってくるわけだ。
――そういったゾンビゲーの中には、やたらと移動速度が速いゾンビもいたりするが、この場のゾンビにはそういった例外はいないので安心だ。
「アロマさん、回復アイテムは可能な限り温存して、ボス戦に備えて下さい。本来2人で相手をするようなボスではないんですから」
「やっはー! ボスの経験値もアイテムも2人占めー! ラッキー!」
「ったく……!」
思わず眉間に手がいった。
この娘は、極端にポジティブな発想しかないようだ。
それが悪いとは言わないが、本当に分かっているのだろうかと疑わしくなる。
「そう身構えなくても大丈夫でしょ! 私レベルには自信あるんだ! なんたって今、45だかんね! えっへん!」
両手を腰に当てて胸を張るのだが……。
「いや、あっさりレベルとかばらしたらダメでしょう!」
「ほへ? なんで? パーティーなんだから教えたって良いんでない?」
まるで相手を警戒していないその台詞に、眩暈すら覚えた。
この娘は、本当に、PKに関して無知すぎる。
しかし、そのことに関して言及する時間は無くなった。
周囲から這い出してきていた《
「っく! とりあえず話は後回しです! 始めます! 頼みますよ、アロマさん!」
「やっはー! 頼まれましたー!」
こうして私は、アロマさんという、ポジティブハイテンション娘と、クエスト《丑三つ時の怨嗟》攻略を、成り行きで開始することとなった。