デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第九五話『自分が自分であるために』

 「士道くん、行ってください。ここは(クルー)達だけで大丈夫です」

 「神無月さん、でも……」

 「それについていけば足手まといになりますからね。我々は士道くん達の成功をここで祈らせて貰いますよ」

 零那によって<フラクシナス>は真っ二つに裂かれ、逃げようにも逃げられなくなったクルー達だがその目には何一つ不安は宿っておらず士道達を信頼しきっていた。

 「ここが正念場ですよ。敗北すれば夕陽さんの願いが叶ってしまいます。ですから司令のことも含めて士道くん達に託します。だから我々に構わず行って来て下さい」

 ここから離れれば夕陽が何をしてくるかわからない。一抹の不安が頭を過ぎる士道の腕を引いて十香が先に歩き出す。

 「行くぞ士道。すでに耶俱矢も夕弦も、美九も四糸乃も戦っている。迷っている暇などないのだ」

 「あ、ああ……」

 十香は割り切るように士道の身体を自らに寄せると靴裏が地面から離れていき、浮遊していく。

 それに続いて<ヴァナルガンド>を装備した真那も合わせて浮遊し、二条も同じようについていこうとするが霊装の袖を令音に掴まれ引き止められる。

 「……すまない。だが君に持っていって欲しい物があるんだ」

 「……?」

 令音が手振りで合図をすれば他のクルー達が棺桶のようなケースを数人がかりで持ってきてゆっくりと地面に降ろす。

 中身が見えない棺桶に二条は怪訝そうに首を傾げる。

 「……これをここから離れた場所に置いて欲しい。私の最後の願いだ。聞いてくれるかね?」

 「うん、いいよ」

 中身が何なのかわからないが令音の真剣な表情を見れば中身などどうでも良いことだ。

 二条は何も聞かずそのケースの周りの重力をなくしていくと浮かべ、自身もまた士道達に続いて飛び立っていく。

 夕陽達との決戦に向かった士道達を見届ければ艦内にいた何人かのクルーが笑みを零す。

 「きっと彼らならやってくれますよね」

 「ええ、司令のことも彼らになら任せられます。これで安心ですよ」

 令音も先ほど『最後』と言っていたのにも理由があった。

 雲の上にある人工島の上にさらに厚い雲が張っているのを神無月達は気付いていた。それが徐々に暗雲に変化しているのも気付いていた。

 「我々は少し、休暇を貰うことになりますね――」

 それが最後の言葉だった。

 轟音と共に暗雲舞う空が輝き、<フラクシナス>の艦体を一条の雷が貫き包み込む。

 数秒にも満たない雷撃だがその威力は直下にある何もかもを消し飛ばすほどの威力を秘めていた――

 

 ○

 

 「<土寵源地(ゾフィエル)>――【蛸岩槍(ポリュープ)】」

 細剣(レイピア)指揮棒(タクト)のように振るえば島の大地が隆起し、とぐろを巻くようにして先端が尖ればまるで触腕の如くうねり舞う。

 「あなた達とは戦闘力(ちから)が違う。地の利(きぼ)が違う」

 うねり舞っていた土の槍は標的を見つければ一斉に撃ち放たれ、<氷結傀儡(ザドキエル)>に乗った四糸乃や美九を狙う。

 あまりの手数に手が一杯になり、回避重視の行動しか取れない。

 <氷結傀儡(ザドキエル)>は本来霊力の雨を降らせることによってその能力規模を大きくしていくのだが雲より上にいるために思うように威力を発揮出来ない。

 気圧は夕騎もいるために零那が調節していることで息苦しくはないのだが、あの土の槍の根元を見る限り人工島全土が敵に回っていると考えるのだが妥当だろう。

 <破軍歌姫(ガブリエル)>もまた実際に正面きっての戦闘は不向きとしている。

 誰かを洗脳することが大前提で能力も操った者の操作がほとんどだ。それが出来ない今の美九には攻撃方法は【独唱(ソロ)】しかないのだが撃ち込んでもまるで零那に効かない。

 対し零那は精霊の中でも上位に入る戦闘特化の天使を持つ。

 ――<土寵源地(ゾフィエル)>。

 本体は細剣(レイピア)だが一度でも自らの霊力を通した大地であれば霊力を気脈のように張り巡らせ、意のままに操ることが出来る。

 人工島の全てが零那の支配下にある。この場において四糸乃達に有利なことなど何もないのだ。

 「<氷結傀儡(ザドキエル)>っ!!」

 迫り来る土の槍を四糸乃は<氷結傀儡(ザドキエル)>の傀儡から吐き出す氷の息吹で凍らせる。しかし零那は凍った土の槍の上を駆け接近すれば、細剣(レイピア)ごと右手に大地を纏わせ殴りつける。

 「きゃっ!」

 衝撃で四糸乃と美九は引き離され地面に転がるとすぐに盛り上がった土が絡みつきその動きを拘束する。

 「これで詰み。あなた達はこれで終わり」

 「……終わりませんよぉ」

 「この状態で良く言える」

 細剣(レイピア)の切っ先を突きつけられ動けない美九にすれば今の状況は完全に『詰み』である。

 だがそんな絶体絶命の窮地であっても美九は不敵に笑った。どれだけの窮地でもどこか余裕を崩さなかった夕騎のように、不敵に笑んだ。

 「……私はですねー、だーりんと出会ってまだそんなに経ってないんですよぉ」

 不敵に笑めば突然美九は自らのことについて語り出す。

 そんな美九に零那は不審そうにするもすぐさま切っ先を突きつけるような行為はしなかった。

 「デートもまだ全然してませんしー、まだまだ一緒にいたいんですよぉ」

 「……夕騎は選んだ。あなた達との『決別』を。だからあなた達を『敵』とみなし、零弥を討った」

 「零弥ちゃんのことは私も驚きましたー。でもですねー、どうしても違和感が消えないんですよぉ。『敵』を討ったって言ってますけど零弥ちゃんの傷を塞いだのは紛れもなくだーりん自身なんですからー」

 「…………」

 零弥が死んでいないことは零那も知っている。

 二人の間ではあの接触以降見えない経路(パス)が繋がれることになり、相手のことがわかるようになっていたのだ。まるで足りない部分を求めているかのように零弥に関してのことは経路(パス)を通じて零那の頭に嫌なほど伝わってくる。

 (零那、お前には話しておこうと思う――)

 <フラクシナス>を強襲する前に夕騎から伝えられた夕騎自身の意思。

 夕騎の真意を知っているのはこの世界でただ一人、零那だ。

 それは他者に知られてはならず零那を信頼してくれているからこそ話してくれた。

 だからその『想い』に応えなければならない。

 「私は夕騎のためにあなた達を夕騎に近づけさせない。――()()()()()()()()()()

 「……そうは、いきませんよー。私はだーりんのことを五河士道に託しちゃいましたけど、やっぱり私自身が確かめないと気が済みませんっ!!」

 爆発的に響く声に不意を突かれた零那の身体は飛ばされる。

 それは<破軍歌姫(ガブリエル)>にはなかった攻撃的な音波攻撃だった。

 「み、く、さん……?」

 四糸乃を<氷結傀儡(ザドキエル)>の傀儡ごと拘束していた土は音波によって払われ、助けられたもののその霊装の変化に驚愕の声を上げる。

 「だ、大丈夫ですよー」

 その霊装――<神威霊装・九番(シャダイ・エル・カイ)>の生地にところどころ暗色が芽生え始める。

 それは四糸乃も見たことがある反転化――まさにそれだった。

 全身から嫌な汗が噴き出るのを感じる。少しでも気を抜けばまた人格が塗り替えられそうで、その先には闇しかないことを美九は知っている。

 だが零那に対抗するにはこの力が必要なのだ。今の美九にはない『攻撃性』を持った魔王(ちから)が。

 「そんな力。ただ堕ちるだけ」

 「そう、とは限らないんですよ……っ!!」

 闇の粒子によって美九の仮面にあの時と同じように仮面が顔を覆おうとしている。

 しかし完全に形成される間際に美九は仮面を手で掴む。

 「顔を隠す必要なんてありませ、ん……。だって私は『アイドル』ですから、だーりんや二条ちゃんのような『ファン』がいてくれますから……っ! こんな仮面要らないんですよぉぉぉぉぉぉっ!!」

 美九は渾身の力を込めて自らの顔を隠そうとする仮面を砕き割る。

 マイク型の拡声器が顕現されるがそれはとても禍々しいものとは見えなかった。

 聖なる光に包まれ、淡く発光する新たな天使――

 

 「<聖歌唱姫・九ノ極(ガブリエラ・ジブリール)>っ!!」

 

 それは<破軍歌姫(ガブリエル)>でも<邪歌滅姫(リリス)>でもない。

 全く新しい天使の形。

 天使を超えた奇跡を、美九は新たに顕現した――

 

 ○

 

 「き、綺麗、です……」

 四糸乃は思わず見惚れてしまう。

 新たに顕現した<聖歌唱姫・九ノ極(ガブリエラ・ジブリール)>に、そして神々しい新たな霊装を身に纏った美九のその姿に。

 その姿を見て驚かされたのは四糸乃だけではない。零那もまた驚かされる。

 「…………」

 表情には出さず、また言葉を出さず零那は地を蹴った。

 未知の能力に対し無策で突っ込むのは無警戒過ぎる愚策なのだがこのまま放置すれば危険だと零那は判断し、先制を取ることにした。

 「【岩刃蓮(エールデ・スォート)】」

 突っ込む最中細剣(レイピア)を地面に突き刺せば大地が纏わりつき、今度は形も長さも不揃いな岩の刃が集い、まるで花弁のように開く大剣が創り出される。

 それは剣、というよりも鈍器に近く肉薄すれば零那は上段に構え振り下ろす。

 「【武器を離してください】」

 「――っ!?」

 <破軍歌姫(ガブリエル)>の時は美九が霊力を込めた声で出される命令に抗うことなど容易だった。

 だが、気付けば零那の手から武器が手放されていた。

 全くの無意識で、至極当然のように武器を自分自身で地面に突き刺していた。

 「【そこに、座ってくださぁい】」

 今度こそと追撃しようとする零那だがまた無意識の上に美九の言葉を聞き入れ、その場に膝をついて座り込んでいる。

 「…………?」

 一度ならず二度までも美九の言葉に従わされた零那は強い不快感を示す。

 足を動かそうにも見えない拘束力のせいで動くこともままならない。

 「無理ですよぉ。あなたは気付いてませんけど私の【声】を『心』ではなく『全身』が受け入れているんですー。ですからどれだけ『心』が抗っても勝手に『身体』が動いちゃうんですよぉ」

 「…………」

 <破軍歌姫(ガブリエル)>が<邪歌滅姫(リリス)>と合わさり進化した<聖歌唱姫・九ノ極(ガブリエラ・ジブリール)>は声で『洗脳』だけではなく『洗脳』を挟まずに新たに『操作』に直接繋げるようになった。

 <破軍歌姫(ガブリエル)>の時は美九をその人物の中で『最上位の人間』に『美九』という存在を書き込んで『洗脳』していた。しかしそれでは零弥のように途中で違和感を感じ、抵抗されて解除されることがあった。

 今回はそんなことはない。

 どれだけ零那が屈辱的だろうが美九はこの『操作』で零那を無力化するつもりだ。

 「【もうこんな戦いはやめて、私達をだーりんの元へ連れて行ってくださーい】」

 「ぐ……っ!」

 拒絶しようにも零那の身体は意思とは関係なく動き出そうとする。

 武器を手放し、足は踵を返して歩き出す。言われた通り、夕騎の元へ向かって――

 それは自分を信じてくれた夕騎に対してこの上ない裏切りだ。

 夕騎は零那に頼んだ。精霊達を自分に接触させないでくれ、と。

 夕騎を守り、夕騎の願いを叶えるために顕現した零那にはその頼みを叶える『義務』がある。

 本来ならば美九と四糸乃などすぐにでも始末し、残る精霊を追って精霊を絶対に夕騎に会わせないようにすることが零那のすべきことだ。

 それが今ではどうだろうか。身体の自由を奪われ、何も抵抗出来ないまま美九達を夕騎の元へ連れて行こうとしている。

 夕陽達がいるのはこの島のちょうど中心。そこに零那の天使で創り上げた居城が存在するのだ。

 その城に何人たりとも近づけさせないのが零那の役目。

 何よりも零那が恐れることは夕騎に見限られることだ。何も期待されず、もう何も頼まれなくなってしまうことだ。

 そうなってしまえば零那自身、存在価値を失ってしまう。

 だから――

 「――行かせない……ッ。夕騎の元には誰も、行かせない……ッ!」

 唐突に歩を進める零那の足が止まる。

 <聖歌唱姫・九ノ極(ガブリエラ・ジブリール)>の能力は今も続いている。だが零那は圧倒的な『意思』によって『身体』の動きを自ら拒絶する。

 無理矢理拒絶しようとすれば進もうとする力と抗う力が互いに反発し、足が裂け鮮血が溢れる。

 しかし、零那は構わず力を込める。抗う。

 「そ、それ以上したらあなたの足が……」

 「構わない。夕騎を裏切るくらいならこんな足は必要ない」

 身体の各所から血を噴き出しながら零那は『身体』を支配されながらも振り向き、四糸乃に向かって土の槍を振るう。

 「し、【凍鎧雹槌(シリョン・ミョーシム)】っ!」

 四糸乃の身に纏われるのは反転した零弥の時に扱った新たな力。

 敵意が相手にある限り猛吹雪のドームに閉じ込め、零弥の時のように戦うことの無意味さを知らしめるための力。だが猛吹雪に当てられようが大槌が身体を乱打しようが零那の心に何も変化はない。

 猛吹雪の中、零那はどれだけ攻撃を受けようとも全力をもって地面に拳を叩きつける。

 「【竜震牙災(ドラゴニス・カタストローフェ)】ッ!!」

 瞬間、大地が怒りを表すように大きく震える。

 島全体が拳の振動を轟かせるように波打ち、四糸乃や美九がその場に立っていられないほどの震動が広がる。

 「……っ! <聖歌唱姫・九ノ極(ガブリエラ・ジブリール)>――【鎮魂歌・聖(レクイエム・ベーテン)】」

 神々しき歌姫となった美九が声を震わせて大地の動きを鎮めようとするが、その震動はまるで無表情な零那の感情を表立って出しているかのように止まらない。

 荒れ狂う大地が震動し続ければ突如として四糸乃と美九に妙な悪寒が襲い掛かる。

 咄嗟に飛び立って下を見ればそこにあったのは――莫大な規模を持つ竜の(あぎと)

 『――――――ッ!!!!』

 轟く竜の咆哮は美九の声をも掻き消し、突き進むその姿に四糸乃と美九は畏怖で動けなくなってしまう。

 大地の竜は二人の身体を飲み込んで天空に舞い上がれば身を捻らせ、再び島の大地に突き刺さる。大地に溶け込むように突き刺さり去っていく竜の後に残されたのは二つの十字架。

 その十字架には四糸乃と美九が傷だらけの姿で磔にされており、すでに意識は失われている。

 「…………く」

 敵の無力化を見れば零那は猛吹雪によって形成されたドームから解放され膝をつく。

 流石にこんなにも負傷したのは初めてのことだ。零那はこのままでは動けないと思い、その身体を淡く発光させれば傷を負った箇所を包めば傷が徐々に塞がっていく。

 この力があってもなくても零那はどの道こんな無茶な行動を取っていたのだが身体の治癒が終われば立ち上がり、居城の方を眺める。

 四糸乃、美九、耶俱矢、夕弦、そして夕騎によって討たれた零弥を合わせてこれで五人は減った。

 残る精霊は十香、二条、二人のみ。

 「誰一人として、夕騎には会わせない」

 『個』を守る精霊は己の身がどれだけ傷つこうとも構わずに居城に向かって飛び立つ。

 そして零那が過ぎ去った後、磔にされたままの四糸乃と美九に一つの影が忍び寄る――


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