デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第九〇話『命を懸けて繋ぐ希望』

 「ねえ零弥、あたし達ってこのまま何も出来ないのかな?」

 琴里が拉致され、司令官を失った<フラクシナス>の艦内にある一室で耶俱矢は不安そうな声を漏らす。

 不安になるのも仕方ない。現に零弥も不安で胸がいっぱいなのだ。

 帰ってきていたはずの夕騎を再び失い美九も二条も表面では元気そうにしているがその態度はどこか上の空だ。

 十香は今も眠っている士道の傍で看病しており、四糸乃や夕弦は口を開こうとしない。

 嫌な雰囲気が艦内に溢れている。

 「諦めるしか、ないのかな……?」

 「そんなわけないでしょう」

 だが不安だからといって諦めるのは違う。

 夕騎はどんな時も諦めることなどしなかった。いつも前に立って自分達を支えてくれた。

 例えいなくなってしまったとしてももう反転化など絶対にしない。零弥は立ち上がると前々から浮かんでいたあることを伝える。

 「耶俱矢、あなたも士道から一度霊力を完全に取り戻したことあるわよね?」

 「え、あ、うん。零弥に言われた通り気合込めて<颶風騎士(ラファエル)>を呼んだら取り戻せたよ。でも何でそんなこと聞くし?」

 「取り戻した、その経験の確認のためよ」

 「驚愕。まさか……」

 零弥がこれから何をしようとしているのか、何となく理解出来た夕弦は驚きで目を見開く。

 四糸乃も次第に気付き、耶俱矢だけが取り残されている状況で困惑する。

 「え、え? 何、何なの?」

 「霊力を封印されている精霊(わたし)達は士道と見えない経路(パス)で繋がってる。感情が一定以上に高ぶるか不安定になれば霊力は経路(パス)を通じて逆流してくる。それは知ってるわよね?」

 「う、うん」

 「夕騎もまた同じように士道と経路(パス)で繋がってるのよ。元々夕陽の身体で経路(パス)を繋いでいたから夕陽はあんな簡単に士道から私達の霊力を奪えた。でも反対に考えてみれば――」

 「――同じようにあたしらも夕陽から霊力を奪い返せる……?」

 「そう。でもこれはかなり危険な賭けよ。奪おうとすれば当然気付かれて霊力を引っ張り合うことになるけれど夕陽に出来て私達に出来ないことがあるわ。これが難所の一つよ」

 「回答。引っ張っている間に夕陽は自身の霊力で攻撃出来て、夕弦達は何も出来ない。零弥はそう言いたいのですね」

 夕弦の声に零弥は頷く。

 「ええ、そうよ。取り戻す寸前に夕陽が直接私達を殺しに来ればどうしようもないわ。それに夕陽が私達を生かしているには必ず理由があるはず。もしくは殺さずとももう私達が霊力を奪い返せないと確信しているのか」

 「わ、私あの……篭手が怪しい、気がします……」

 『あの篭手だけ夕陽ちゃんに不釣合いっていうかー、何か後で付け足したーって感じだしね』

 夕陽が<フラクシナス>に侵入し琴里を拉致しようとした際に神無月が止めにかかったがその腕に篭手が装備されていたのを零弥達は艦内に仕掛けられている監視カメラで見ていた。

 多色で構成された篭手には宝玉のようなものがいくつも埋め込まれており、零弥が推測するにあれは初めから装備されていたわけではなさそうだ。

 「同意見ね四糸乃、よしのん。初めは体内に私達全員分の霊力を溜め込んでいたのでしょうが何かしら負荷があったようね。それであの篭手に移したと考えられるわ」

 「推測。おそらく篭手で夕弦達の霊力を縛っている可能性があります。ですから今奪い返そうにも奪い返すことが出来ないかもしれません」

 「むぅ、結局振り出しかぁ……」

 これだけ話し合って結局何も出来ないという事実を目の当たりにし耶俱矢は椅子に持たれかかる。

 ここからどうすればいいか――と零弥達が考え込んでいると不意に扉が開く。

 「要するにその篭手を壊せば零弥さん達が確実に霊力を取り戻せるかもしれないってわけですね!」

 「きの」

 扉越しで会話を聞いていた夕騎の後輩、きのが現れればいきなり核心を突く。

 背もたれに背を預けながらだらけた体勢でいる耶俱矢は核心を突いてきたきのに視線を向ける。

 「でもどうやって砕くし。そもそも夕陽はあの島から出てこないんだよ? 島全体が結界で閉じられてるし誰も介入出来ないんだって」

 「出てこないなら出て来させればいいんです! 私にいい作戦があります。だから見ていてください! 夕騎先輩の後輩で弟子の私がきっとみなさんに霊力を取り戻させてみせます。ですから皆さんは隙があればすぐにでも霊力を引っ張ってください!」

 「ちょっときの、あなたまさか!」

 「はい、夕陽さんに挑んできます!!」

 快活な声でそう述べたきのは制止の言葉も聞かずに勢い良く部屋から飛び出していった――

 

 ○

 

 『ピンポンパンポーンっ! 皆さんに一二時をお知らせしまーす。約束の時間が来ましたよー。ちょーっとこっちは軽い戦闘してて遅れちゃったけど気にしないでくださーい』

 また前と同じように強制的に現れたモニターから明るい声が響く。

 それは人類にとって滅びの角笛に等しく、全地域地下シェルターに避難している一般市民はその声を聞くだけで背中に悪寒が走る。

 『昨日言ったこと忘れてないよね? 人類皆殺しにするって。ちょっと抵抗しようとしたところがあって先に殺しちゃったけど、まあいいよね。どうせ全員死ぬわけだし』

 「――そうは、させませんっ!!」

 『……あ?』

 一般市民はおろかASTでさえ勝てないことを思い知らされすでに活動を撤廃していたはずだがどうしてかCR―ユニットを見に纏った少女が建物の屋上からモニターに向かって小柄ながらに大きく指を差す。

 明らかに不愉快そうな声を上げる夕陽だが相手がきのだと気付けば笑みを零す。

 『何だ、きのじゃん。どうしたの? まさかあんたが私を止める気?』

 「はい、今すぐ降りてきて私と戦ってください」

 『利益ないじゃん。これから私が直接手を下す必要なんてないし』

 「――逃げるんですか? そんなにも()()()()()()んですか?」

 『…………挑発してるつもり?』

 きのの不敵な物言いに表情は窺えないが夕陽は不機嫌そうな声音で言う。

 このまま上空からきのを一方的に仕留めるのは容易いこと。しかし、それでは腹の虫が収まらない。

 『私は最高最強、そんな挑発されたら乗るしかないじゃん。そっちの望み通り人類全員を殺す前に――まずあんたから殺してやるよ』

 夕陽はあえてきのの挑発に乗ることにした。

 暗雲立ち込め、稲光か巻き起こり、幾多もの雷鳴が轟けば悠然と現れる夕陽。

 宙に浮かぶ玉座に座るその姿はまさに威厳溢れる王の姿。例の篭手も装備しており、夕陽は全てを見下ろす。

 「ほら、望み通り来てあげたよ」

 「……」

 思わずきのは生唾を飲み込む。

 いざ実物を目の前にすればその威圧感と殺気は今まで見てきた誰よりも段違いで明らかに格が違うことを思い知らされる。

 「ほら来なよ。私を倒さないと人類はこのまま滅亡だよ? 反対にもし私に勝てたらあんたは『英雄』さ」

 「英雄なんて興味ありません。私は『可能性』を繋げるんです。あなたが見ることをやめてしまった未来に、可能性を繋ぐんです。希望を繋ぐんです!!」

 「……あっそ」

 興味なさそうに夕陽は玉座から降りることなく手を軽く振り下ろせば瞬く雷光。

 降り注ぐ一条の雷撃はきのの上空から直撃し、きのはその場から一歩も動くことが出来ずに膝をつく。

 「ぐ、は……っ!」

 「小虫相手に全力なんて出さないよ。その減らず口、いつまで続くかな?」

 手加減していたとはいえ全身に走る激痛にきのは顔を顰め、全身を苛む雷撃の痛みに堪える。

 しかし、間髪入れずに襲い来る二発目の雷撃。

 「ほらほら、まだ一歩も進んでないじゃん。頑張れ頑張れ。じゃないと可能性も希望も繋げないぞー」

 三発、四発、絶え間なく続く雷撃にきのはまだその場から一歩も動いていないというのに<ヴァルキューレ>のシステムが悲鳴を上げる。

 アラーム音がけたたましく鳴り響くがきのにはそんな音さえも聞こえてこない。

 肉が焼けるにおいが鼻腔をくすぐる。嫌なにおいだ。きっと雷撃を受けすぎたために自身から発せられているのだろう。

 「はぁ……はぁ……」

 「おいおいどうしたァ。笑えるよ、何がしたかったのさあんたは!」

 嘲笑する夕陽はさらに追撃で雷撃を雨のように降らせる。

 「あははははははははははははははっ!」

 何発も直撃するうちに全身から力が抜けていく。まだ何もしていないというのにここまで圧倒的な実力差を見せつけられれば誰もが絶望し、諦めるだろう。

 だがきのは違った。

 倒れ伏しても地を掴み、立ち上がる。

 『……やめるんだ、きの。君ではどうしようもない。これ以上雷撃を受け続ければ君は本当に死んでしまう』

 『もうやめてきの!! あなたは頑張ったわ!』

 雷撃を浴び続けたせいなのか、様々な音が響く耳にインカムから令音の声が、零弥の声が、響く。

 それから多くの『やめてほしい』という声が響くがきのは首を横に振るう。

 どれだけ実力差があろうが夕騎はいつもどうにかしてきた。それに比べれば、こんなもの易い。

 全身から煙を上げながらもきのは一歩大きく踏み出した――

 

 ○

 

 「きの! やめなさい!!」

 どれだけ零弥が艦橋からきののインカムに向かって制止の言葉を投げかけるがきのは一向に聞こうとしない。

 夕陽はあの場から一歩も動いていないというのにあまりにも一方的にきののことを嬲っている。<フラクシナス>にいる全精霊が艦橋に集まってきのの戦いを見ているがとても見られるものではない。

 ただの処刑だ――誰もがそう思った。

 やめてほしいと心の底から思った。

 だがきのはやめようとしない。

 『あんまりにも一方的過ぎて飽きるなぁ。ま、同時進行で人類殺しとこっか』

 あまりに一方的な戦いに夕陽は頬に手を当てつまらなさそうに呟けばもう一度手を振り下ろす。

 それは雷撃を行う仕草ではなかった。

 「っ! これは……敵性反応です! 数は、ご、五○○○を超えています!!」

 「――ッ!」

 モニターを見てみれば雷で作られた鎧のような姿をしている騎士が稲妻の剣を携えて続々と上空から降り注ぐ。

 『【雷騎(ドンナー・シュラアク)】。生体反応を皆殺しにしてきて』

 夕陽が号令を下せば降り注いだ雷の騎士達は一斉に各所に散らばって走り出す。

 『あ、ああああ、アァァァァァァァァァァッ!!』

 どれだけ狭い場所であろうとも生体反応を殺す命令を出された雷騎にきのは感覚を失いかけている右手で長剣<エイン>を握り締め、力任せに魔力の斬撃を飛ばす。

 半数にも満たない数だったがそれでもあれだけ雷撃を受けて動けたことに夕陽は少しだけ感心する。

 『わ、たしは……まだ、戦えます』

 『へぇ、やるじゃん。でもさ、立っても勝ち目がないのに何の意味があるの?』

 『……命を懸ける価値が、あります……』

 身体もところどころ重度の火傷を負い、どれだけ傷つこうともきのの眼だけは死んでいなかった。

 『私が、こうして立つことに意味があります……。例えどんなに相手が強くても、諦める理由にはありません。負けるのを知っていても……戦わない理由には、なりません』

 『…………』

 夕陽は横薙ぎに手を振るい、そこから一つも休ませることなく夥しい雷撃をきのに浴びせる。抵抗の余地がないほど圧倒的に、原型が残らぬように、一切甘さはなく冷徹に嬲り殺していく。

 「……駄目よ」

 このままでは本当にきのが死ぬ。そんなことはあってはならない。

 心臓の鼓動が早くなる。感情が高ぶってくる。きのはこれを狙っていたのだ。

 霊力を取り戻す方法を発案した零弥からすれば『願い』を思い浮かべるのは自らの感情を高ぶらせ、逆流させやすくするため。しかしきのから見れば今回零弥以外どこか諦めているようにも見えた。

 だからきのは命を懸けて、精霊達に発破をかけたのだ。

 零弥は精霊達の顔を見れば全員覚悟を決めた目で零弥に視線を合わせる。

 頷けば精霊全員が画面に向かって手を伸ばし――

 「<鏖殺公(サンダルフォン)>!!」

 「<聖剣白盾(ルシフェル)>!!」

 「<氷結傀儡(ザドキエル)>!!」

 「「<颶風騎士(ラファエル)>!!」」

 「<破軍歌姫(ガブリエル)>!!」

 「<征服元帥(ラツィエル)>!!」

 それぞれの奇跡が具現化した天使の名を呼んだ――

 

 ○

 

 「……まだ原型残ってるのか」

 手加減して雷撃を放っていた夕陽だがこれだけ撃ち込んでも原型を残してまだ生きているきのに玉座から降りて近付く。

 近付けばきのの息は浅く瀕死の重傷を負っていることに違いはないがここまで耐えたことに敬意を表する。

 「良くやったよ、とても『戦い』って呼べるものじゃなかったけどね」

 篭手を纏った腕を振り上げ、その腕に今までのはほんのお遊びだと言わんばかりの威力を秘めた雷を纏わせる。

 バチバチと凶悪な音を奏でる一撃を前にし、きのはまだ身体を動かせようとする。

 「もう無駄な抵抗はやめなって。どの道精霊全員の霊力を持ってる私には何も通じ――」

 凶悪な音を奏でていた篭手だが突如として大きく震える。

 「な、何!? 今さら奪い返そうってつもりか!!」

 腕は大きくブレ、きのにトドメの一撃を放てる状態ではなく自身の意思とは関係なく片手で篭手を押さえているうちにきのは最後の力を振り絞って立ち上がる。

 「アァッ!!」

 喉を張り裂けんほど震わせ振るった<エイン>の一撃が篭手を掠める。微々たる傷だがそれは『きっかけ』になり得た。

 「くっそ、こ、の野郎ッ!!」

 篭手を着けていない左手の一撃がきのを吹き飛ばし、夕陽は慌てて零弥達の反応がどこにあるか確かめようとするがきのはすぐにでも戻ってきて追撃してくる。

 ――【雷速(ターミガン)】を使おうにも今気を緩めば持ってかれる……ッ!!

 きのさえいなければ簡単に零弥達を殺しにいけるのだがあまりのしつこさに夕陽は苛立つ。

 感情の高ぶりが霊力の逆流を引き起こす。精霊達は『諦め』ていたはずだ。

 それなのに今霊力を引っ張ってきているのはとんでもなく固められた意思の塊だった。

 十香、零弥、四糸乃、八舞姉妹、美九、二条、その全員が霊力を確固とした意思で取り戻そうとしている。

 ヒビさえ入っていなければこの篭手からいくら引っ張ろうが霊力を取り出すことは不可能なはずだった。

 「このガキ……ッ!!」

 接近したきのの頭を掴み、雷を纏った右拳で殴りつけようとするがそれすらも霊力の引っ張り合いに邪魔をされきのの眼前で拳が止まる。

 きのはその右腕を片手で持ち、<エイン>を何度も篭手に叩きつける。

 叩きつけられる度に篭手のヒビが広がっていき、これ以上受けると間違いなく割られ霊力を奪い返される。

 「【雷嵐(トゥローノ・グレイズ)】!!」

 耐えられなくなった夕陽は自身を中心に莫大な雷の嵐を発生させ、きのの身体は飲み込まれる。

 だが、きのは限界に到達して今にも砕けそうなスラスターを臨界駆動させ光の翼を展開すれば天へ翔ける。

 嵐の中心、唯一の攻撃範囲外に到達したきのはそこから直下し、<エイン>に全体重を乗せる。

 「舐、めるなッ!!」

 篭手を装備している右手での攻撃が不可能になったため夕陽は左腕を突き出そうとするが――

 「がッ!?」

 篭手自体が意志を持っているかのように左腕を殴りつけ弾き飛ばす。

 ガードの術がなくなった夕陽の右腕に<エイン>の刃が直撃し、ヒビは最高潮を迎える。

 きのは笑った。砕けるのを、確信して。

 「……これで、未来に繋がります。ふふ……ざまあ、みやがれ……ですよ」

 「死ね!!」

 弾かれた左拳を握り締め、本気の一撃をきのに浴びせる。

 雷が瞬いたかと思えば一撃を浴びたきのは一瞬で塵一つ残さず消え果てる。

 人間の死とは雷鳴と同じくらいに一瞬で儚いものだ。だが夕陽はきのを消したところでそれどころではない。

 「クソが…………」

 ヒビが全体的に広がったかと思えば篭手は跡形もなく砕け散っていく。

 これで夕陽が奪った精霊達の力が解き放たれる。きのの挑発に乗ったが故に理想から遠ざかる。

 「とにかく今は殺すだけだ。殺せ【雷騎(ドンナー・シュラアク)】!!」

 さらに数を増やした【雷騎(ドンナー・シュラアク)】が街に溢れ出す――


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