デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第八九話『連鎖する憎悪の孤立』

 「ね、ねえ」

 「ん、どうしたの?」

 浮遊する人工島に建てられた居城内の玉座で木製の椅子に座らされている七罪は疑問の声が上がる。

 夕陽は椅子に座っている七罪の背後にいて鋏を持ちながら疑問の声に応えると七罪は恐る恐る問いかける。

 「ど、どうしてわ、私なんかと『友達』になりたいって思ったの? やっぱり私の力だけが目当てなわけ!?」

 「まあ打算がなかったわけじゃないよ。七罪の<贋造魔女(ハニエル)>は私の願いを叶えるのに必要だったし、それでも七罪の力だけが目当てならさっさと殺して霊結晶(セフィラ)だけ奪えばいい話だしね」

 「っ!」

 「大丈夫、殺さないよ。自分でもどれだけ非効率だってわかってるつもりだけど一人はもう……嫌だからね」

 「…………?」

 途端に悲しそうな表情を浮かべる夕陽に彼女の過去がわからない七罪はどうしてそんな表情をしているのかわからず頭に疑問符を浮かべて困惑するが夕陽はすぐに取り繕うように笑みに直す。

 「気にしなくていいよ、こっちの話だから」

 その言葉を聞いて七罪はしばし考え込むとやがて口を結み、もごもごと何か発声しようとしているのだろうが上手く発音出来ずにいた。

 そんな七罪の様子を怪訝に思ったのか夕陽は小首を傾げる。

 「どうしたの、七罪?」

 「…………るわよ」

 「ん……?」

 「認めるわよって言ったの! ……と、『友達』だって。私だって、一人は嫌だし」

 七罪は少し自分のことを振り返る。

 どうしていつも<贋造魔女(ハニエル)>で自分の容姿を大人のものとしていたのか、それは元の姿で現界した時のことだった。

 小学生にも見えるその容姿から例え元が良くても誰にも相手にされず『ひとりぼっち』になってしまったのだ。

 その時に偶然公共の建物に建て付けられた液晶ディスプレイに流れる映像を見かけたのだ。流行のアイドルやモデルを特集し、あれだけ自分に興味を持たない人々が何人も足を止めてその画面を見ていた。

 自分もああなれば注目を浴びることが出来るかもしれない、もう『ひとりぼっち』に苛まれる必要はなくなる。

 要は七罪も『ひとりぼっち』が寂しくて、怖かった。だから<贋造魔女(ハニエル)>を使って自身を大人のものへと変化させ、寂しさを紛らわせるために注目を浴びることを選んだ。

 今共にいる夕陽にそんな自分の過去(かげ)を重ねたからこそ、いつものネガティブな考えを押し殺してどうにか言葉をひねり出せた。

 夕陽もその発言を聞けばくすくすと笑う。

 「な、何がおかしいのよ。やっぱりこんなブスじゃ不満!?」

 「違うよ、嬉しいんだ。精霊になってから初めて出来た友達だからね。それに七罪は元はいいのに手入れとかしてないからどんどん悪くなっていっちゃうの。何でもそうだけど手入れを怠れば質も悪くなっていくんだよ」

 慣れた手つきで夕陽は七罪の髪に鋏を入れていき、枝毛や無駄な髪を切っていく。

 「ちゃんと髪を整えて、メイクすれば七罪は可愛い女の子になれる」

 鋏を入れ終えれば今度は用意して貰っていたシャワーやシャンプーで髪を洗い、乾かしていく。生憎電気の心配は夕陽がいる限り無用ですぐに濡れていた七罪の髪は乾く。

 完成までの楽しみだと七罪には途中経過を伝えることなく今度は髪型を整え次の段階へ移行する。

 「……何か慣れた手つきって感じね」

 「美容師を目指してたからね。そういう専門の学校に入るのを目指してた」

 夕陽は懐かしむように言うと今度は下界で調達しておいた道具を使って七罪にメイクを施していく。上塗りするような形ではなく素材を生かすために丁寧に施していく。

 「はい、完成。私鏡持ってないから<贋造魔女(ハニエル)>の鏡で確かめて」

 「……う、うん」

 もしかすると自分の顔は今よりもとんでもなくブスにされているのではないだろうか、七罪はそんな不安を心のどこかに抱いて恐れを抱きながらも<贋造魔女(ハニエル)>の手鏡を顕現する。

 まるで蜂の巣を指でつつけとでも言われているのかというほどに手が震えながら手鏡を持ち七罪はまずはぎゅっと瞼を閉じて鏡を自身の顔へ向ける。

 「ふふ、そうしてたらいつまでも見えないって。ほら、虎穴はいらずんば虎児を得ずだよ」

 「わ、わかってる!」

 今までの人生で最も不安に駆られる七罪は意を決しすっかり重くなった瞼をゆっくり開けていく。

 まずは薄目で、徐々に開き、やがて――

 「ふ、わぁ……」

 自分でも恐ろしいほど間抜けな声を上げていると七罪は自覚するがそれでも声を抑えられなかった。

 <贋造魔女(ハニエル)>で何も変身させてもいないのに鏡に映る自分は前の自分とは比べ物にならないほど綺麗に、可愛くされていた。

 枝毛も綺麗に整えられ二つ括りにされた髪は密かに憧れていたウェーブもかけられている。

 「これが、私……?」

 「そうだよ。どう、<贋造魔女(ハニエル)>なしで変身した気分は?」

 「……夕陽…………」

 「天使なくても女の子は変身出来るんだよ――って七罪!? どうしたの、泣いてるじゃん!」

 あまりにも衝撃的だったのか七罪の目からは涙が零れ、突然の涙に夕陽も素っ頓狂な声を上げる。

 「ぐすっ……う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 過去の自分との変化に嬉しさと何か色んなものが混じった七罪は大きな声を上げて子供のように泣いてしまい、夕陽もあたふたするがやがて七罪の身を自分へ寄せて抱きしめる。

 「はい、大丈夫大丈夫」

 「……な、によ急にお姉さんぶって」

 「ははは、別にそれでもいいよ? 私妹欲しかったし、『夕陽お姉ちゃん』って呼んでくれても全然いいけど」

 「私達は対等の『友達』、それでいいの!」

 「はいはい、トモダチー」

 「馬鹿にしてるでしょ!?」

 他愛のない会話だがやがて二人は噴き出し互いに笑い合うのだった――

 

 ○

 

 「…………ここは」

 画面から突如として飛び出した夕陽に拉致された琴里は床の冷たい感触で目を覚ました。

 周りを見渡せば四方八方琴里を囲むようにしてガラスのような半透明な壁が張り付けられている。それは球体状に形成されており、内部からは詳しい外見はわからないが何かの装置のようにも見られる。

 「やあ目覚めた?」

 「…………夕陽」

 まるで目覚めるタイミングがわかっていたように登場する夕陽に琴里は鋭い目で睨みつける。だが睨みつけようとも微塵も恐れを見せない夕陽は琴里が閉じ込められているドーム状のものを指差す。

 「今は午前一○時過ぎ、人類絶滅開始まであと二時間になったわけだけど気分はどう? さしずめ囚われのお姫様ってところ?」

 「……最低な気分よ」

 「と、言うと思ったよ。あんたはまだどこか期待してるんじゃないの? 五河士道がどうにかしてくれるとか、説得すれば私がこの計画をやめるとか――ありえるわけないじゃん」

 嘲笑する夕陽がガラス面に拳を叩きつけると琴里の目の前に一つのウィンドウが表示され、映像が公開される。

 「アスガルド・エレクトロニクス、あんたならこの名前知ってるよねぇ?」

 画面に表示されているのは琴里もよく知っている場所だった。

 アスガルド・エレクトロニクス。DEM社を除けば唯一顕現装置(リアライザ)を製作出来る<ラタトスク機関>の母体ともなっている企業だ。

 そして――琴里や士道の両親が働いている企業でもある。

 「エレクトロニクスが今何してるか知ってる? 残された時間で精霊(わたし)に対抗する武器を作ろうとしてるんだ。凄いねえ、このまま行くと間に合うんじゃない?」

 でぇも、と夕陽は人差し指を立てたかと下に下げる。

 「私達が今いる島は現在そんな頑張り屋さんなエレクトロニクスの本社上空に来ておりまーす」

 「っ!!」

 琴里の背中にとてつもない悪寒が走る。

 全て説明されなくとも夕陽が今から何をしようとしているのか――嫌なイメージが脳に芽生える。

 「生体反応はわんさかあるねー。皆死なないために必死に努力してるんだねー。五河琴里、あんたの両親も必死になって間に合わせようとしてるねー。イイご両親を持ったもんだ。きっとご両親はあんたのことや五河士道のことをとても愛してるんだろうねー」

 わざとらしく間延びした口調でクルクル身を回転させながら話す夕陽に琴里は嫌な汗が止まらない。

 身を回転させ、ステップを踏みながら止まった夕陽はこの上なく凄絶に口を歪ませれば――

 

 「でもさぁ、思ってもいないんだろうねぇ。――()()()()()()()()()()()()()、なぁんて」

 

 琴里の中に芽生えていた嫌なイメージが今にも現実のものになろうとしていた。

 「今あんたが中に入ってる装置は精霊の霊力を圧縮して撃ち出す砲台の動力源。あんたには今だけ<イフリート>の力が戻ってんの」

 「……待って……」

 「五年前みたいに燃やしてよ――今度は自分の親をさァッ!!」

 あははははははははと高笑う夕陽が両腕を広げれば装置が起動し光り始め、琴里は自身の身体から霊力が抜けていくのを実感する。

 映像では人工島の下部がスライドして展開していけば砲身が徐々に露わになっていき、充填を開始する。

 「島は見えないからねぇ、死ぬ瞬間もわからないよ!!」

 「お願い……何でもするから、待って……」

 それはもう懇願だった。

 黒いリボンを着けている時は『司令官モード』で高圧的な物言いだった琴里が白いリボンを着けた際と何ら変わりない弱々しい声で涙を浮かべて懇願する。

 「だったら、チャンスをあげるよ」

 懇願する琴里に何か突き動かされたのか夕陽は一度装置を止めると琴里の方に映し出されている映像が変化する。

 「お父さん、お母さん……」

 そこに映し出されていたのは上空の危険に何も気付かずに懸命に顕現装置(リアライザ)の開発に尽力を尽くす両親の姿があった。

 両親の視線は少しの間表示された画面に気が付かなかったがやがて琴里が映っていることに気が付く。

 「今から一分だけ時間をあげる。あんたが言葉を伝えて両親が開発を捨ててまで逃げればあんたの両親は見逃してあげる。でも、出来なかったら――わかるよね?」

 指をパチンと鳴らせば琴里の傍に『六○』と記された画面が表示され、いきなり数を減らしていく。

 どういった気まぐれなのかはわからないが琴里は限られた時間で伝えるしかない。

 「お父さんお母さん、今すぐそこから逃げて!! 早く逃げないと死んじゃうの!! お願いだから逃げて!!」

 『…………?』

 必死に叫んで伝えようとするが琴里の言葉は届いていないのか両親は怪訝そうに眉を顰める。

 夕陽の方を見れば「ほらほら早くしないとどんどん時間がなくなってるよ?」と楽しげに笑むだけだ。

 それから何度呼びかけようとも両親は何も答えてくれない。

 まさか――と琴里が勘付いた時には両親は画面に向けて疲れているだろうに笑みを作る。

 『大丈夫。必ず完成させるから何も心配要らないよ』

 「はいしゅーりょーっ! 五河琴里ちゃんの思いは惜しくも伝わらずご両親は逃げてくれませんでした!!」

 「…………」

 舌を出して愉快そうに振舞う夕陽に琴里は呆然としていた。

 明らかに琴里からの言葉は両親に届けられてはいなかった。恐らく映像だけを届けられていたために両親は何のことだか理解出来なかったのだろう。

 「いやぁ惜しかったね。ははははっ!! せっかく時間をあげたのに無駄にしちゃうなんてねぇ。ま、さっきので充填は終わってるし――両親に別れを言いな」

 親指を下に向け首を斬るような仕草をすれば一閃、紅蓮の閃光が瞬いた。

 刹那――先ほどまでエレクトロニクスがあったはずの場所はまるで初めから何もなかったかのように消え去り、その光景はリアルタイムで琴里に見せつけられる。

 「はははははははははははははっ!! もうサイッコーな威力だねぇ!!」

 腹を抱えるほど笑う夕陽は琴里とは対照的にこの上なく愉快そうに笑い、両親を失った琴里は怒りで拳を握り締めることすら出来ないほど消沈する。

 「どう、これで両親がなくなったって点では私と平等(イーブン)だね」

 「どうして、ここまでするの……?」

 「そりゃ憎いからに決まってんでしょ。それにまだ序章にもならないよ、()()()()

 両親の命をあれだけ簡単に奪ったというのに『こんなの』の一言で終わらされた琴里は両肩をがくりと落とし、全身が脱力しようとも最後に夕陽の狙いについて問う。

 「……古い生命(いのち)を殺して新しい生命(いのち)にするってどういうこと?」

 「なぁに、単純なことだよ」

 琴里の両親を殺してさぞご満悦なのか夕陽は琴里を捕えている装置から少し離れると背後に宙に浮かぶ玉座を顕現し座り込めば容易く話し出す。

 「世界のやり直しはまずこの地上にいる人間を皆殺しにする。それによって『人類の死滅』という『事象』を作り出すのさ。そしてここから狂三が持つ<刻々帝(ザフキエル)>の【宵の刻弾(アーベント・ザイツ)】を利用する。まずは『事象を固定する能力』で私と狂三達の存在を『固定』させて歴史の変化による消滅を防ぐ。次に『事象を反映させる能力』、これを使って現在起きる『人類の死滅』を三○年前『始源の精霊』が囚われる前に反映させる」

 「…………」

 「元々、精霊は全員人間。番外の精霊(エクストラ・スピリッツ)は例外だけど元となる人間さえ殺してしまえばこの世に顕現することはない。歴史の修正力が働かないように『事象を不変化させる能力』で『人類の死滅』を『不変化』して『固定』する。――それが古い生命(いのち)を殺し、精霊なんていない世界を作るということ」

 精霊は元々全員人間、そんな衝撃を受ける内容でさえ今の琴里が驚くには値しない。

 問題なのは夕陽のしようとしていることただそれだけだ。

 「霊力ってのは何も『破壊』するだけじゃない。『創造』することも出来る。事象を固定した後、私が持つ精霊全員分の霊力を使用して新たな世界を『創造』する。私も含めて私に付いた精霊達が理想とする世界を作るのさ――それが新しい生命(いのち)に繋がる」

 つまり夕陽は世界を『やり直す』と言っておきながらやり直しをする世界は全くの別物にしようとしているのだ。

 夕陽と夕陽のもとにいる精霊が理想とする世界――それがどういったものになるのかはわからないが琴里は思わず問いかけていた。

 「それなら、私のお父さんとお母さんはどうなるの……?」

 「いないよ、五河士道もあんたも私の理想とする世界には必要ない。今さっき死んだでしょ? あんたの両親は()()()()()()

 その発言で琴里の中の鎖が音を立てて切れた。

 琴里を閉じ込めていたドーム状の装置は中から噴出する闇に耐えられずに粉砕され、そこから闇を纏った化身が現れる。

 天女のような羽衣は闇に穢され、紅蓮に燃えていた炎も漆黒と藍色に彩られている。

 <灼爛殲鬼(カマエル)>はその色を暗色に変化させ、形状はより鋭利な物となり、構える琴里の瞳の色は死んでいた。

 「……<獄絢炎鬼(アスモデウス)>」

 歩み寄ってくる反転体となった琴里に夕陽はますます口元を醜く歪める。

 「いいねぇ、これで私がいる土俵へ一歩近付いたってことさ。でも――まだまだ足りてねえんだよ、私の恨みによォ!!」

 雷鳴が夕陽の感情の昂ぶりと同時に響き渡る――


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