デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第八八話『殺す者、死せぬ者』

 『みなさん聞こえていますかー?』

 その声は日本中に響き渡っていた。

 どんな番組を観ていたとしても構わずに強制的に画面は変化し、響くその声に誰もが驚く。

 『皆さんは空間震ってご存知ですよね? 発生理由が不明の突発的災害のアレです。ですが世間一般では公表されていないだけで実はとっくの昔に原因は解明されているんです』

 快活な少女の声によって紡がれる事実。

 するとモニターにはどこかの街の映像が流れ始める。何の変哲もない光景だが――映像内で空間震警報が鳴り響く。

 『ここまでは皆さん知っていますよね? 空間震警報が鳴れば皆さん避難しますよね。あ、ちなみにこの映像はリアルタイムなのでこの地域の人は早く避難しないと死にますよー』

 誰が映しているのかなど誰も考えず、映像内では一般市民達が焦って避難する映像が広がる。

 しばらくすれば空気が歪み、そこからドーム状に爆発するようにいつも通りの空間震が披露される。街の風景はまるでスプーンでくり貫かれたかのようにクレーターを生み出し、跡形もなく吹き飛んでいく。

 一瞬で荒れ果てた街。

 空間震というものは一般常識だがこの映像を観ている市民からすればこうしてまともに見るのは初めてのことだ。

 『問題はこの後なんですねー。ほぅら見てください、人影が見えますよ』

 少女――夕陽の声が指し示した先、空間震警報で一般市民は全員避難しているというのに爆心地の中心に人影が見えた。

 何年も切られていない黒い髪が地面につくほど伸ばされており、特徴的な紅い目にはハイライトが見られない。容貌は無表情も相まって『人形』という印象を強く与え、さらにその服装が一般市民達の視線を釘付けにする。

 この世に存在する材質とはまるで別種の光の膜や光の粒子で編みこまれたスカートを着込み、全身に纏われたその服装は『軍服』を彷彿とさせる。

 この世の者とは思えない、映像を観ている人間全てがそう思っただろう。

 「映像を止めて!!」

 「む、無理です! どこの回線から介入されているか特定出来ません!」

 「ちっ……何もかも相手が上手って言いたいの!」

 どういう意図があるかわからないが夕陽は今まで世間に隠されてきた『精霊』という存在を公表しようとしているのだ。

 何があっても阻止しなければならないというのにそれすらも夕陽は許さない。

 琴里の思いとは裏腹に映像は進んでいく。

 『これは精霊、隣界と呼ばれる世界からやってくる特殊災害生命体です。空間震は精霊がやってくることによって発生し、今まで空間震が起こる度にこちらにやってきていたんですよ』

 合図でも出されたのかただ直立していた映像に映っている精霊は細剣(レイピア)を構えれば横薙ぎに振るう。すると大地が隆起し、うねり、ドリル状になればすでに半ば瓦礫となっている街をさらに破壊し始める。

 『精霊は一体ではありません。現に今こうやって話している私も精霊ですし。――そろそろ来てくれてもいいんですけどね、ASTの皆さん。そうしなければ話が進みませんし。早く来てくれないと他の街にも手を出させますよ?』

 トップシークレットな情報とされていた精霊がここまで堂々と公表されてしまったのだ。それに他の街にも手を出すと言われているのだ。動かなければどうにもならない。

 「AST出撃しました!」

 「……相手の思うままじゃない」

 映像ではとうとう出撃命令が下ったのかASTの面々がCR―ユニットを身に纏い、多くの隊員達が一斉に現れた精霊を攻撃し始める。

 『ASTは精霊に対抗するために組織され、各員自らに特別な手術を施して魔術師(ウィザード)となった者が集う隊ですが――精霊に一切敵いませーん。はい、やっちゃって』

 夕陽が合図の声を出せばASTの攻撃を霊装の防壁だけで防御していた精霊がこくりと頷き細剣(レイピア)をまるで指揮棒(タクト)のように振り上げれば大地が大きく揺れる。

 地面が震えたかと思えば街ごと一気に隆起し、空中にいるAST隊員に勢い良く衝突していく。

 そしてさらに地面が形を変化させ拳のような形になれば数え切れない数多の土の拳が衝突したAST隊員達を休む暇もなく殴りつける。

 『見てください。どれだけ人間を越えて超人になろうとも人外の精霊には何一つ敵う余地はありません。だから何も抵抗しないで私のいうことを聞いてください』

 これは見せしめなのだ。

 近代兵器を超える顕現装置(リアライザ)を駆使して作られた武装であっても何一つ精霊に敵うことはないと。これ以上夕陽がすることに抵抗しようとしても無駄なのだと実演して言っているのだ。

 『それではいい具合に絶望してくれたと思うので私の目的を伝えちゃいまーす』

 おちゃらけたような口調で話す夕陽だがこれを境に一気に口調が冷徹なものへ変化する。

 

 『私はこの世界をやり直す。そのために今の生命(あんたら)は邪魔なんだ。――これから皆殺しにしてやるから迅速に死ね』

 

 圧倒的な殺意が雷撃となっていくつもの街に轟き響く。

 明確な敵意を日本中に示す夕陽だが、ここでまた声音は元に戻る。

 『でも死ぬのは古い生命(いのち)としてだから。やり直した世界の先で新しい生命(いのち)として作り直すからさ。安心して死んでよ』

 夕陽が言う『新しい生命(いのち)』とは一体何なのか、それがわからない人間はこの殺害予告に何を思うのか。当然街はパニックになるだろう。

 頼りになるはずのASTという組織は精霊一人に対してもまるで歯が立たない。最低でも二人いるというのにたった一人にすら敵わないのだ。

 守ってくれるはずの魔術師(ウィザード)がこんなことではどうすればいいのか。ますます困惑の一途を辿る人間達。

 『人類絶滅の決行は明日の一二時から、抵抗しても無駄だと思うから自殺でもしてくれると始末する手間が省けて嬉しいかな。考えたことない? 明日地球が滅びるなら最期をどう過ごすかって、それが現実に来ただけだよ』

 あまりにも軽い死刑宣告。

 夕陽はそれを伝え終われば放送を終えるかと思えば――

 「――あんたの身柄もそろそろ拘束させてもらうよ、五河琴里」

 「――っ!?」

 今まで夕陽の声が伝わっていた映像から夕陽の身体が飛び出し、艦橋内に着地する。

 その手は琴里の顔をすでに掴んでおり、琴里が何か反応を示す前に画面内へ引き込もうとする。

 「司令っ!!」

 「邪魔」

 副司令官である神無月が真っ先に琴里に向かって手を伸ばそうとするが夕陽は篭手で軽く殴り飛ばす。

 「放送じゃあ言ってなかったけど復讐の決行も明日さ。世界と同時に殺してやるよ、五河琴里……」

 誰もが一斉に手を伸ばし琴里を救出しようとするが時すでに遅く、琴里の身体は夕陽の身体と共に画面内に引き摺り込まれていった――

 

 ○

 

 「……ここは」

 そこは世界のどこでもない場所だった。

 最後に覚えているのは夕陽に刺され倒れそうになったところで急に意識が途切れ、気付けば士道は薄暗く何もないこの場所に立っていた。

 十香も琴里も四糸乃も、誰もいない。

 たった一人の世界に誘われた士道はわけもわからずとにかく歩みを進めるが全くと言っていいほど風景に変化がない。

 このまま進んだところで何もないのではと一抹の不安が頭を過ぎる士道だが一つの人影が姿を現す。

 「…………夕騎?」

 断定出来なかったのは人影の身体にところどころ靄が掛かっているからだ。

 右半身を中心に靄が広がっており、容姿が見えにくくなってしまっていて一度見るだけでは判断しきれなかったがある程度近付けばその人影が夕騎であることを確信する。

 「よぉ士道」

 「あ、ああ。夕騎はこんなところで何してるんだ?」

 「俺はこのまま死んでしまいそうなお前に忠告をしに来たんだ」

 「俺が、死ぬ……?」

 士道の不審そうな声に夕騎は黙って頷く。

 「ああ、このままだとお前は死ぬ。だけどお前は死ねないはずだ」

 いつもとまるで口調の違う夕騎に士道の表情は困惑の色を隠せないでいるがそんなことは構わない。

 「夕陽は世界中の人間を一度殺すつもりだ。それに琴里はすでに夕陽に攫われている。復讐と改変、どちらも行われるのは明日の一二時からだ。守るんだろ、十香も琴里も精霊達も」

 「夕騎はどうするんだ……?」

 「……お前は過去に言ったよな。どれだけ妹が悪いことをしようと兄である自分が見捨てたら妹は本当に『ひとりぼっち』になってしまうって。だから俺は夕陽の味方をする。今まで一緒にいたお前らを捨ててでも妹の味方であり続ける」

 「夕騎……」

 「夕陽をもう独りにはしない。その願いが世界を殺すとしても、誰が否定しようとも、兄である俺だけは何があっても夕陽の味方でいてやらないと駄目なんだ。それだけだ。それだけの理由で俺はどれだけ一緒に時間を過ごしてきたお前らでも簡単に殺せる」

 夕騎の双眸からは意思がはっきりと見て取れた。

 本気で次相見えた際に士道達を確実に殺すつもりで戦うと夕騎は明言しているのだ。

 「俺にはもう精霊を守りたいという意思はない。お前が精霊達を守るんだ。でないとお前らはまとめて死ぬことになる。止めたかったらこっちの本拠地に殴りこんで俺を、夕陽を、止めてみろ」

 そう言い終えると夕騎の姿は不意に士道から徐々に離れていってしまう。

 それはもう互いに相反する者だということを示し、どれだけ交渉しようとも手を取り合わないつもりだと如実に表している。

 「夕騎、待ってくれ! まだ話したいことがあるんだ!!」

 呼び止めようとする士道の言葉に夕騎は首を横に振るう。

 どれだけ呼びかけても、どれだけ追いかけても、どれだけ手を伸ばそうとも届かない夕騎の背中はそのまま何も言わず消えていった――

 

 ○

 

 「…………」

 ASTの殲滅を終えた映像に出ていた精霊は任務を終えるとすぐさま空中に浮遊している人工島へ戻ってくれば急ぎ足で『彼』がいる場所へ向かう。

 向かえば任務に向かう前と変わらない場所に『彼』はいた。

 人工島の縁付近で空から下界の光景を眺めている。こちらに気付いていないのか背中を向けたまま振り向かない。

 「調子はどう?」

 「……疼くけど痛みは感じないな。失った右眼は零那(れいな)に貰った義眼のおかげで違和感もない」

 「それは良かった――夕騎」

 零那と呼ばれた精霊は小さく頷くと『彼』――夕騎の傍へ座り込む。

 夕騎は生きていた――のではなく生命(いのち)を戻されていた。

 本来なら五年前に琴里によって魂を焼却され、身体だけかろうじて生きていたが五年の時を経て復活した夕陽が『ある方法』を使って夕騎の身体に人格を魂として引き戻した。そもそも夕騎の復活も計画の一部なのだ。

 しかし、その身体には欠損が見られる。

 右半身は炎に焼かれた後遺症により肌が黒化し、右腕は損失し顔も右半分仮面のようなもので覆って見えなくしている。失った右眼は零那が作った義眼が嵌め込まれていて紅く輝いている。

 左半身も無事というわけにはいかない。いくつもの裂傷が見られ、塞がっているというのに見るだけでこちらが痛々しくなるほどだ。

 「私にもっと治療能力があればあなたの身体をもっと良く出来たはずなのに」

 「これだけして貰えれば充分だ」

 申し訳なさそうに零那は呟くが夕騎は首を横に振るう。

 零那がずっと人工島で守ってきたのは夕騎の身体だったのだ。ウェストコットは夕陽に上書きされた夕騎と接触すると同時に秘密裏に本来の夕騎だった身体を回収し保管していた。

 その時についてきたのが零那だった。

 夕騎が目覚めてからといったものの零那はずっと夕騎の傍にいて守ろうとしている。

 「何を見ていたの?」

 「さあな」

 「そう」

 よほど夕騎のことが心配なのか零那は夕騎が何かする度にこうして聞いてくるので夕騎は聞かれる度に適当に返している。それでも零那にとっては充分なのか言及してくることはない。

 「……夕騎さん」

 「ッ!」

 すると不意に影から狂三が現れたかと思えば零那はすぐさま細剣(レイピア)を構え迎撃準備を整える。だが夕騎は零那の腕に左手を置くと武器を仕舞わせる。

 「零那、少しの間席を外してくれないか? どうやら狂三は二人で話したいみたいだ」

 「…………」

 「大丈夫だから」

 夕騎の発言に無表情ながらこの上なく不満そうな色を浮かべる零那を宥め、彼女は納得し切っていないようだが渋々立ち上がれば踵を返してどこかへと歩き出す。

 零那からすれば人工島全土の状況を把握出来るはずなのだが夕騎に関しては僅かな不安でも抱きたくなかったのだろう。

 どうにか零那が立ち去れば今度は狂三が夕騎の傍に座り込む。

 「…………」

 「わざわざここに来たってことは俺に話があるんだろ?」

 「……夕騎さんは私のことは覚えていらっしゃいますの?」

 「ああ、覚えてる。初めて出会ってから今までのことは全部」

 恐る恐る確認するように問いかけてきた狂三は不安そうな表情を浮かべており、夕騎は表情を見せないままその質問に答える。

 狂三の不安はまだ拭えていないのか身を寄せてくると腕がないために余った右袖を握り締める。

 「それならどうして零弥さん達の元へ戻らないのでしょうか? 夕騎さんはまだ精霊を、愛していますのよね?」

 「ああ、愛してるさ。何よりも。それに偽りはない。でももう俺は零弥達を守ってやれない、そう言っただろ。次会えば零弥であろうとただの『敵』だ」

 その言葉に嘘偽りはなく夕騎はもう零弥達の元へ戻るつもりはない。夕騎が夕陽に戻る寸前に言った守れないと言ったあの言葉は本当だったのだ。

 その言葉を聞けば狂三は夕騎の方に頭をそっと乗せる。

 「夕騎さん、数日前のデートの時に言った言葉覚えていますか?」

 「狂三のいうことを何でも聞く、だったな」

 「それを今聞いてもらいたいと思っていますの」

 「随分と急だな」

 口振りから夕騎に狂三の言葉を拒絶する意思はなく、それを汲み取った狂三は夕騎に顔を近づける。

 「――わたくしは誰にも夕騎さんを取られたくありませんの。夕騎さんはわたくしだけのもの、わたくしは夕騎さんだけのもの。その証が欲しいのですわ」

 「……いいのか? こんなに傷だらけなんだぞ、俺は」

 「一向に構いませんわ。ずっと一緒にいられれば見た目なんて何も関係ありませんわ。それに夕騎さんにはわたくしだけいればいいですもの、見た目なんて些細なことですわ」

 桜色の唇から発せられる甘美な告白に夕騎は目を奪われる。

 夕騎の返事を聞く前に狂三の細い両腕は夕騎の首元へ回る。優しく抱きしめた狂三はそっと夕騎の身体を押し倒し、狂三の唇が夕騎の首筋へ触れる。

 「ん……」

 キスし、時には甘噛みし、柔らかな舌が夕騎の首筋を弄ぶ。

 甘えるようなその仕草に夕騎も抵抗することなく身を任せ、狂三の頭を撫で続ける。

 触れる度に狂三からは焦燥と不安、僅かな緊張が伝わる。

 狂三が今まで抱えていた悲願の達成はもうすぐそこまで迫っているのだ。緊張するのも無理はない。

 それに悲願達成に向けて今まで焦っていたことや不安だったことを払拭したかったのだろう。

 「今は甘えたいだけ甘えればいい。いくらでも、俺は受け止めるよ」

 懸命に証を残そうとする狂三を夕騎はそっと受け入れた――


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