デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第八七話『精霊の誘い』

 「――なん、なのよっ!!」

 一人の女性は追われていた。

 特徴的な緑色の艶やかな長髪を揺らし、まるで絵本から飛び出してきたかのように大きなハットを被っている。箒に跨って飛ぶ姿も相まってまさに『魔女』と呼ぶに相応しい風体をしていた。

 名は七罪(なつみ)――識別名<ウィッチ>とされる精霊だ。

 誰に追われているのか、それは――

 「待ちなって」

 「きゃっ!?」

 つい先ほどまで後ろにいたというのに気付けば前に立っている――夕陽。

 七罪はいつもの通り静粛現界をしたのだがお気に入りの街はいつもと違って色々と崩壊しており、その上急に話しかけられたのだ。

 (ねえ、精霊でしょ?)

 と、危険察知能力に秀でている七罪は一瞬で理解した。

 この少女に関われば間違いなく不運な目に遭うと。だからすぐさま天使<贋造魔女(ハニエル)>を顕現して逃げているのだがどうにも相手が速すぎる。

 「何で逃げるのさ?」

 「あなたのことを危ないと思ったからよ! <贋造魔女(ハニエル)>!!」

 鏡が取り付けられた箒を夕陽に向けて七罪は<贋造魔女(ハニエル)>の力を解き放つ。

 <贋造魔女(ハニエル)>は鏡から発せられる光を当てることによってどんなものでも変身、変化させることが出来る。

 今回の場合、夕陽の姿をブタにでも変えてやろうと思ったが――

 「へぇ、それが<贋造魔女(ハニエル)>の能力か。面白いね――でも私の<雷天轟靂(ミカエル)>にはまるで通じない」

 「……何で?」

 「――私が最高最強だから」

 <贋造魔女(ハニエル)>の光を浴びたはずなのに夕陽の姿はまるで変わらず、一閃何かが輝いたかと思えば<贋造魔女(ハニエル)>の鏡が一条の雷撃によって貫かれる。

 貫かれた<贋造魔女(ハニエル)>はヒビ割れ極度の損傷により修復のために一旦光の粒子となって消える。

 すると<贋造魔女(ハニエル)>の能力が消え去ったことによって今までグラマラスな体型をした七罪の姿は突如として変化し、転ぶようにして地面に着地する。

 それは先ほどの七罪とは目の色も髪色も同じだが先ほどの高身長とはうって変わって四糸乃ほどの身長だ。手入れが行き届いていないのか長い髪に艶やかさはなく枝毛も多い。

 まるで別人だが七罪は地面にへたり込んで酷く怯えた表情になる。

 「お、お願い、殺さないで……」

 「殺すなんてしないよ。むしろごめんね、手荒な真似なんてしちゃって」

 「…………え?」

 この状態になった七罪は自身に何の自信もなく言われること全てをネガティブに捉えるようになってしまうのだが夕陽が目の前で頭を下げたことで思考が真っ白になる。

 七罪が呆気に取られているうちに夕陽は七罪に視線を合わせるように座り込む。

 「私の目的はあなたを殺そうなんてものじゃないよ。私の目的はこれ」

 そう言ってそっと差し出された手に七罪は困惑する。

 言葉に出さずともどうして急に手を差し伸べるのかわからないと表情でわかった夕陽は微笑みながら、そしてどこか照れながら言う。

 

 「――私と、『友達』になってください」

 

 その申し出に七罪はただただ呆然とするのだった――

 

 ○

 

 「士道が、休み……?」

 「ええ、体調を崩してね。あと数日休めばまた学校に来るようになるわ」

 あれから数日、復興し終えた天宮市では各校も授業を再開したものの士道も夕騎も姿を見せていなかった。

 折紙は二人の行方を知っているだろう零弥に問いかけても納得は出来なかった。

 別段零弥と親しかったわけではないが見る限りどこか無理をしている。表情からもわからないが折紙も似たような感情を知っているからこそ夕騎と士道の身に何か起こったことを確信する。

 「何があったの?」

 「『何か』じゃなくて『何が』、と問いかけるあたりあなたらしいわね」

 「教えて」

 話を聞かない限り退く気はない様子の折紙に零弥は逡巡し、やがて話し出す。

 教室で話す内容ではなかったが反対に今から出て行けば十香達が怪しんでしまうと配慮したからだ。

 「士道は今夕騎の妹――夕陽によって傷を負い眠っているわ」

 「無事なの?」

 「一命は取り留めたけれどまだ目覚めていないわ。それに夕陽は私達精霊全員分の霊力を奪っていった」

 「っ!」

 折紙は十香や四糸乃などの精霊と戦闘経験があるがたった一人でさえ仕留めることは叶わなかった。それが今士道の元にいる精霊全員分を一人に集約させたとなればどうすることも出来ない。

 「彼女は必ず戻ってくるわ。五年前の恨みを琴里に晴らすために必ず」

 「五年前……」

 天宮市を襲った大火災。

 あの日のことはいくら年月が経とうが忘れることが出来ない光景だ。

 オーシャンパークで士道は言った。自分が恨みを晴らすべき対象は琴里ではない。あの時の映像に映り込んでいたノイズを纏った存在が関わっているはずだと。

 「月明夕陽は五河琴里に何か言っていた?」

 「『――思い知れ、私の怒りを』、彼女はあなたの場合と違って明確に琴里が『復讐対象』だと認識してるわ。それに彼女の狙いはもう一つ、夕陽は世界を変えるつもりよ」

 「世界を、変える……」

 「やり直す、そうも言っていたわ。でもその世界に精霊はいない、夕陽は『精霊なんていない世界』にするつもりなの」

 やり直せるなら誰もが人生のどこかでやり直したいと思うだろう。無論折紙にもやり直したいことがある。

 あの時もっと違う行動を取っていれば両親を救えていたのではないか、目の前で死ぬことはなかったのではないか。瞼を閉じる度にそんなことが頭を過ぎる。

 それに精霊がいない世界。精霊を憎む折紙にとっては嬉しい話だろう。

 だが折紙は自身の心に何か突っかかりを感じていた。

 納得出来ない何かを感じたのだ。

 「ありがとう。少し考える」

 そう言って折紙は朝のホームルームが始まる前に教室から出て行った――

 

 ○

 

 「…………」

 折紙は屋上へとやってきていた。

 雲一つない空を見上げ、最近の自分は二年生になる前と比べて変わったと折紙は自身で感じていた。

 初めは両親の仇である精霊を殺すことに命を懸けようと、復讐に殉じようと、そう考えていた。

 精霊は憎むべき敵、会えば殺し合う宿命の怨敵。そのはずだったのに。

 十香が来禅高校に転入し、ずっと『敵』だと思っていた。霊力反応がなくなったにせよ危険性はゼロではない。そんな者が士道の傍にいるなど考えられなかった。

 だがいつからだろうか。

 十香が士道の周りにいることが当たり前だと感じ、何か言い争うのも当たり前の光景だと感じ始めたのは。

 狂三が来禅高校を襲撃した際は自らが士道を守るつもりでいたが心のどこかで少しだけ十香のことを頼りにしていた。

 いざという時は過去に我々に振るったあの暴力的な強さで士道を守ってくれるとどこかで期待していたのだ。

 どうして? この時の折紙にはわからなかったがその答えは今なら出ている。

 或美島の一件、折紙は八舞姉妹の片割れ夕弦に恋愛行動について指南したところ『マスター』と呼ばれるようになった。

 精霊に何かを教えるのは過去の自分を顧みればありえない。だが、現に折紙の心の中で『楽しい』と思えてしまったのだ。

 士道の周りにはそうして精霊は増えていき、そうした光景が当たり前で、つまり――認めていた。

 精霊の存在を否定していた折紙はいつしか存在していていいのではないか、そう認めていた。

 

 「――その様子だと認めちゃったんだね、精霊のこと」

 

 不意に耳元で囁かれた声。

 「――っ! 誰?」

 一切気配を感じ取れなかった折紙はその場から飛び退くと相手の姿を視界に捉える。

 黄色が掛かった金色の髪を伸ばし、服装は来禅高校の制服。だが折紙は確信する。

 確実にここの生徒ではないと、現れた相手が放つ異色の雰囲気がそれを物語っている。

 相手は折紙の動作や警戒心にくすくす笑みと自らの胸に手を当てる。

 「初めまして、私の名前は六玄夕陽。あなたに救済の手を差し伸べようと思ってね」

 「……救済の手?」

 「そう。あんたは今、()()()()()()()()()。そんなことはおかしいよってわざわざ言いに来てあげたんだ」

 「余計なお世話」

 「いやいや案外そうでもないんだよ。鳶一折紙、今あんたがしようとしていることは間違いなく『妥協』なんだよ。精霊を殺すと謳いながらその実誰よりも精霊との実力の差を知っている」

 夕陽は真っ直ぐと折紙に向かって一歩一歩踏みしめるように歩き始める。

 「だから『認めてる』って心に言い聞かせて自分の心が『諦めてる』ということから必死に目を逸らそうとしている」

 「あなたに、何がわかるの……っ!」

 「そんな怒らないでよ。私だってあんたと同じ立場ならきっと諦めてる。だって精霊強いもん。人間じゃあ絶対に勝てないもん」

 挑発的な物言いに折紙は不快感を露わにするが夕陽は尚もくすくすと笑んでは折紙の眼前に立つ。

 「これだけ無防備に近付いてもあんたは私に何も出来ない。ずぅっと我慢してたんだろうね、殺したくても殺せないもどかしさを抱えて生きてきてさ」

 「…………」

 「でもさ、認めたらあんたの両親の死はどうなるの? ただ自分が非力だった、で終わり? そんなのはないね。復讐すべき対象の存在を認めた時点で死んだも同然。鳶一折紙、あんたは一回死んでるんだ」

 眼前に迫った精霊に何も手出し出来ない歯痒さに折紙は唇を噛みしめる。

 しかし夕陽の狙いはそこからだった。夕陽はそっと手を差し伸べる。

 

 「力がなくて悔しくない? お母さんやお父さんともう一度過ごしたくない? 精霊がいない平和な世界が欲しくはない? 人生をやり直したいと――思わなぁい?」

 

 夕陽の掌に浮かぶのは白色に輝く宝石のような霊結晶(セフィラ)

 あまりの輝きに折紙は思わず見惚れてしまう。

 あの時、自分に霊結晶(セフィラ)をくれたノイズの存在と同じ形で夕陽は今折紙を誘っている。

 認めてしまえば死んだも同然、確かに夕陽の言うことに一理ある。

 認めてしまえば死んでしまった父と母の命は何だったのか、価値のないガラクタ同然だったのか。

 そんなことを、認めてはならない。

 単純な話だった。

 精霊を倒したければ――精霊になればいい。

 最も憎むべき存在に、自らもなる。そうでもしなければ折紙の復讐は果たせないと確信した。

 そして世界をやり直すにはもっと力が必要だと、折紙は確信した。

 「さぁ、おいで。私と一緒に世界を変えてやろう」

 「………………」

 鳶一折紙の手はそっと夕陽の手へ触れていった――

 

 ○

 

 「司令、強力な霊力反応検知しました! この反応……新たな精霊です!」

 「何ですって!? このタイミングで……」

 <フラクシナス>のモニターには来禅高校の映像が映し出されていた。

 場所は屋上。そこにいるのは夕陽ともう一人――折紙。

 「反応は二つ、六玄夕陽と鳶一折紙両者から発せられています!」

 「鳶一折紙、あなた……何してるのよ」

 交渉者である士道は未だに眠っている。夕騎はいない。

 事実上<フラクシナス>どころか<ラタトスク機関>そのものが機能しなくなっている。

 それを知ってか透明化されているはずのカメラに向かって夕陽は舌を出し中指を立ててきた――

 

 ○

 

 ――ASTは、出てこないか……。

 街中で突然精霊が静粛現界しようともすぐにASTが出てくるわけではない。街の被害や人的被害のことを考慮した上で彼女達が出てくるとすれば空間震警報という目立つ合図を貰った時だ。

 「…………これが、霊装」

 折紙は自身の身に訪れた変化に目を奪われていた。

 純白を基調としたドレスに光のヴェールを纏ったその姿はウェディングドレスに近しい。

 天使はまだ目にしていないために詳しい能力は聞いていないが夕陽はその天使の名が<絶滅天使(メタトロン)>だということは『あの人』から聞いている。

 おそらくだが<絶滅天使(メタトロン)>は折紙の頭頂部にある細長いパーツを組み合わせたあの光の王冠で間違いないだろう。

 ――<絶滅天使(メタトロン)>の性能も見たかったしこれ(、、)も試したかったんだけどな。

 夕陽の手には夕騎の家の時は装備されていなかった篭手のようなものが装着されている。

 手から肘まで覆う物で多色の小さな宝玉が埋め込まれているもので、わかる者ならわかる。それが――精霊達の霊力の塊であると。

 「力はまた後で試すか……。んー、長居は無用だし、折紙行こっか」

 「行くってどこへ?」

 「あそこだよ」

 空を指差した夕陽がにこりと笑えば突如として広範囲に渡ってが影に覆われたかのように暗くなる。

 まだ夜でもないのにその暗さに折紙は不審そうに見上げればそこにあったのは――

 「…………島?」

 島一つ分がそこに浮かんでいた。

 推進機で浮かしているわけでもなくその重量は安定して悠然と浮遊し、校舎内から生徒も驚きを隠せずの上空を見上げ始める。

 何一つ隠すことなく余裕の笑みを浮かべる夕陽は折紙の言葉に頷く。

 「うんそうだよ。あそこには私の他に精霊が二人と他にもう一人いる。折紙と私を加えれば精霊は四人、あと一人だけ精霊にアテがあるんだけどあの子はまだいいや」

 「そんなにも精霊が……」

 「士道に封印されていた精霊達全員の霊力を持つ私、そして残った全ての精霊、対抗出来るものなんてもう何もないよ。<ラタトスク機関>もASTも私達に太刀打ち出来ない。まあ<ラタトスク機関>は邪魔だから潰しに行くけどね」

 徐々に靴裏が屋上のコンクリートの床から離れていく夕陽。少し浮かんで夕陽は折紙の手を掴むと折紙もまた屋上から離れていく。

 ――戦力はこれで整った。後は順序良くことを進めていくだけで終わらせることが出来る。こんな不条理を押し付けられる腐った世界なんて必要ない。

 夕陽の導きにより折紙が人工島に誘われれば人工島は一瞬にして姿を消した――

 

 ○

 

 <フラクシナス>の艦内はこれまで以上に静まり返っていた。

 現時点で<ラタトスク機関>が夕陽に対処する術を持たないことと予想以上に夕陽の動きが早く、状況が確実に悪化しているという現実が艦内に重くのしかかっていた。

 どうすることも、出来ない。

 誰の頭にも今回ばかりはその言葉が浮かんでいる。抗いようのないと琴里でさえ心のどこかで『諦め』を抱いていた。

 自分だけ死んで夕陽が満足するならば今すぐにでもこの命を差し出す。

 だが夕陽はそれを微塵も望んでいない。過去に受けた自分の痛みを全て琴里にぶつけてからじっくりと嬲り殺す気でいる。

 このままでは琴里の家族が、士道が、夕陽によって皆殺しにされる。

 どうすればいいのか、本来指示を出すべき存在である琴里は揺れていた。

 最初からデレさせることも不可能なほどに憎悪を抱いている夕陽。

 そんな彼女に一体どうすれば止まるのか、このまま夕陽がすることを受け止めることしか出来ないのか。

 誰でもいい。教えて欲しい。

 司令官という立場にあれどまだ琴里は幼い中学生に過ぎない。

 しかし、琴里の心の内に芽生える『絶望』にさらに水をやるように艦内のモニターが唐突に強制的に作動する。

 『ピンポンパンポーン、みなさん聞こえていますかー?』

 画面はザーザーと乱れ音声しか伝えられていないがその声の主ははっきりとわかった。

 『皆さんにいいお知らせがありまーす』

 六玄夕陽――現在全ての力を思いのままにしている絶望の化身、本人の声だった――


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