デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第八五話『迫る別れ、猛る復讐の雷』

 「ほら夕騎、大丈夫?」

 「…………ぶ、ぶっちゃけすんげえ眠い」

 まだ朝陽すら昇っていない五時半頃。

 零弥に起こされた夕騎は迫り来る睡魔に耐えながらも何とか高台に続く階段を上っていた。

 外はまだ暗いが零弥はすでに完全に目覚めているようで夕騎は零弥に手を引かれながら歩いている。

 今日は夕騎にとってご褒美の日でもあるが同時にハードスケジュールな日でもある。

 それは昨日突如として琴里から伝えられたのだ。

 (色々あって精霊達にも多少のストレスが溜まっているわ。そこであなたは零弥、美九、二条、狂三とのデートを一日でこなしてきなさい)

 (……ふぁっ!?)

 とんでもない無茶振りを繰り出された夕騎は驚くが琴里はそんなこと知ったものかとブラック企業の重鎮並みにさらに無茶振りをする。

 (天宮市は全体的に損害を受けているから少しの間使えないわ。だから隣町でいい具合にデートしてきなさい、デートプランは任せるわ)

 (ふぁっ!?)

 投げやりにもほどがある指令を受けた夕騎は零弥達にそのことを話すと彼女達がそれぞれ希望の時間を揉めることなく話し合って決まったのだ。

 そして初めは零弥。何故こんな時間を選んだのかわからないが夕騎は零弥に連れられるまま高台に辿り着く。

 「なあ零弥、何でこんな時間にしたんだ?」

 「夕騎とは普段から色々な場所に行ったけどまだ二人で朝陽を見たことがなかったから、よ。朝陽を見るのにそんな深い理由なんて必要ないわ」

 「それもそうだな」

 特別なことをする必要もなく夕騎と零弥は二人並んで設置されているベンチに座る。

 すると少しずつ朝陽が昇ってきて、暗く思えた空が徐々に明るく照らされていく。

 「何ともねえいつも通りの朝陽なんだがなぁ、本当にこれで良かったのか?」

 「ふふ、いいのよ。それに夕騎はいつも朝陽が出ることなんて見ないじゃない」

 「まあ確かに起きたらたまに沈んでる時あるけどな」

 「それを学校がある平日にするのだから困ったものよね」

 「時差ボケが抜けないんだよーっだ」

 起きれば夕方、なんてザラにある夕騎にしてみれば確かに朝陽が昇る瞬間を見るのは新鮮だ。

 しかし、夕方まで眠るのがザラにあるからこそ来るものがある。

 「朝陽は新鮮だが……もう無理……」

 瞼が唐突に重たくなった夕騎は限界だとそのまま眠り始める。

 せっかくのデートなはずが零弥は夕騎が朝弱いことを知っていたからこそこうして連れて来たのだ。

 完全に眠った夕騎の頭をそっと自身の膝に置く。

 「ただ膝枕がしたかっただけよ。一○時前には起こすわ、おやすみ夕騎」

 

 ○

 

 「だーりーん!」

 「うっすハニー、悪いちょっと遅れた」

 「いえいえ全然大丈夫ですよぉ」

 結局あの後零弥も眠ってしまったので約束の時間に五分ほど遅刻してしまったが先に着いていた美九は夕騎が着くと太陽のような眩い笑顔で迎えてくれる。

 テレビに出るようになったというのに変装も何もしておらず通りかかる人達から結構な視線を浴びている。

 「視線がキツイな……」

 「だったら夕三さんになればいいんですよー。女の子同士なら何も問題ありませんよー」

 「ナイスアイディーア」

 霊結晶(セフィラ)を抜く際に全身から煙が上がるほどの損傷を受けるが夕三にならなければ美九のアイドル生命に関わってしまう。夕騎は美九のためだとネックレスとして首に着けていた霊結晶(セフィラ)を身体に押し当てれば自然と身体が女性のものへと変化し――夕三になる。

 「相変わらず華奢な身体だなぁ……」

 「ふふふ、とーっても可愛いですよぉだーりん。ささ、行きましょー」

 美九に手を引かれて進み出せば行く場所が決まっていたようで美九の脚は自然とファッションショップへと向かっていく。しかもレディースの、だ。

 「だーりんの女の子用の服を決めちゃいましょー。今のだーりんは『女の子』なんですからそんな男性のものを着てるなんて勿体無いですぅ」

 「は、謀ったな美九!」

 美九は男性の夕騎でも女性の夕三でもどちらでもデートプランを用意していたのだ。

 中に入れば突如として現れた美少女カップルに店中の客や店員から視線を浴びる。

 「ふふ、だーりんに似合いそうな服をいっぱい探してきますねー」

 「そ、そんな張り切らなくていいからな?」

 「持ち時間いっぱいまで探しますよー。今日のために後一○軒ぐらい調べてきましたからぁ」

 「なん、だと……」

 デートに対してここまで事前にリサーチしてくれた美九に何とも言えずに夕騎は美九の選んでくれた服を着ていったのだった――

 

 ○

 

 「ユーくん、こっちですよ」

 「お、おう……」

 美九から解放された夕騎が覚束ない足取りで歩いていると二条がこちらへ向けて手を振るう。

 誘導されるがままに近付けば二条は怪訝そうな表情を浮かべる。

 「……? どうしたのですかユーくん、身体から煙が出てますけど」

 「気にしたら負け、だ……」

 まるでショートを起こした機械のように煙を上げる夕騎に二条は頭に疑問符を浮かべるが夕騎は適当な手振りで誤魔化すと目の前の店に注目する。

 「ゲームセンターか」

 「はい、十香がとても面白い場所なのだと言っていたので」

 「よぉし行くか!」

 中に入ってみれば様々な筐体の爆音が交差し、二条がびくっと身体を震わせる。

 「す、凄い音ですね……」

 「二条は初めてだから慣れてないだけでどこもゲーセンはこんなモンだって。さ、どれをしてみたい?」

 「んー、あれをしてみたいです!」

 二条が興味津々に指を差したのは『エアホッケー』と呼ばれる筐体だ。

 マレットまたはスマッシャーと呼ばれる器具を用いて盤上でプラスチックの円盤を打ち合い、相手ゴールに入れて得点を競う遊戯なのだがそれを説明すると二条はますます目を輝かせる。

 「やってみたいです!」

 「ほいほい、それじゃあ二条はあっち側な」

 「はい!」

 はしゃいでいる二条を微笑ましく思いながら向こう側へ誘導し、一○○円を入れれば早速ディスクが撃ち出されゲームが開始される。

 「とう!」

 ぎこちなさ満載の打ち方をする二条に萌えを感じる夕騎だがその威力はまるで萌えを感じるものではなかった――

 ギュルルルルルルと聞いたこともないエンジン音のような音を奏で横向きではなく縦向きに突き進んだディスクは夕騎が持っていたスマッシャーを真っ向から叩き割り、ゴールを突き破り、UFOキャッチャーの筐体をことごとく貫く。

 そして遥か後方、ゲームセンターの入り口を突破していった。

 萌えるどころか本当に燃えた。

 「やった! ゴールです! 耶俱矢に教えて貰いました、こういうのは一撃必殺って言うのです!」

 「やべぇ……正面に立ってたら俺死んでたぞ……」

 あまりの威力に夕騎はただドン引きするばかりだった――

 

 ○

 

 「何かわからねえけど戦闘よりもダメージ負ってる気がするぜ……」

 夕騎は狂三と会うために歩いているのだがどうやら住宅地の方へ迷い込んでしまったようだ。

 零弥から美九、美九から二条、と上手く進んできたのをいいことに地図も見ずに歩いてしまったのがやらかしてしまった店だ。

 完全に道に迷ってしまった。方向音痴がここにきて帰って来てしまった。

 「……マズイ」

 よりにもよって狂三とのデートの際に方向音痴が発動してしまったのは最悪だ。腕時計を見れば完全に遅刻、どの道辿り着いたところで避けられない何かがある。

 「……あ」

 そういえば夕騎は狂三の分身体の居場所は全て把握出来るようになっているのだ。

 それらを利用して本体(オリジナル)の場所を聞いていけば――

 「何をしていますの、夕騎さん」

 「うぉ!? 狂三!?」

 背後から現れた狂三に夕騎は飛び退く。

 「わたくしとのデートを放っておいてこんなところにいるだなんて」

 その口調はいつもの狂三なのだが声音にはどこか怒っているようにも聞こえる。それもそうだ、せっかく待っていたのにも関わらずドタキャンを食らったようなものなのだから。

 見れば狂三は霊装姿ではなく士道とのデートの時に着ていた喪服のような服を着ており、彼女なりに気分をオフにしていたのだろう。

 夕騎は狂三の姿を見ると一目散に頭を下げる。

 「ごめん狂三! 本当に悪かった!」

 「…………」

 謝ったところで狂三は何か反応を示してくれず、もう一押し何か必要だと視線で言われているような気がする夕騎はさらに付け加える。

 「何でもする! いやさせてもらうから何卒機嫌を直してくれ!」

 「……本当に、何でもよろしいですの?」

 「ああ、何でも!」

 狂三に対して安易に何でもする、は危険な気がするがそうでも言わないと狂三の機嫌は直ってくれないのだ。

 今が畳み掛ける時だと夕騎はさらに付け加えると軽く拗ねた様子だった狂三は一息吐く。

 「もうよろしいですわ、夕騎さんの方向音痴は今に始まったことではありませんし」

 「それじゃあ……」

 「ええ、許しますわ。ですが後で必ずわたくしの言うことを聞いてもらいますわ」

 「おう!」

 「それではもう遅いですし夕騎さんの家へ帰りましょう」

 狂三はそう言うと夕騎の腕に自身の腕を絡ませて歩き出したのだった――

 

 ○

 

 狂三と共に奇跡的に無事だった家に帰宅した夕騎だがリビングからやけに騒がしい音が聞こえてくる。

 「…………泥棒か? ウチに金になるようなモンなんてねえはずなんだが」

 「いえいえそうではありませんわ夕騎さん」

 何か知っていそうな口振りをする狂三に怪訝そうにする夕騎は首を軽く傾げる。

 「いつまでも玄関で立ち止まっていても何ですし、行きましょう夕騎さん」

 「お、おう」

 怪訝そうにしている夕騎に狂三は急かすように背中を押して進み出し、徐々に光が灯っているリビングへ近付きそのドアノブを握る。

 中に何があるのかわからないこの状況では禁断の箱(パンドラ)を開けるような気分になるが意を決して夕騎はドアノブを回してドアを開ける。

 すると――

 

 「「「おかえりなさいっ!!」」」

 

 「っ!?」

 突然向けられ高鳴るクラッカー。

 思わず夕騎は後ろに下がろうとするが狂三が背中を支えており、見れば皆がいた。

 士道、琴里、十香、四糸乃、零弥、八舞姉妹、美九、二条、真那、きの、と全員がクラッカーを持っており奥を見てみれば『いつもありがとう夕騎』とわざわざ幕が立てかけられていた。

 「……えーっと、どゆこと?」

 「いつも頑張ってくれている夕騎に感謝を込めて、皆からのサプライズよ」

 「零弥、おま、その格好……」

 皆より一歩夕騎に近付いた零弥の格好を見てみればその服装は普段着ではなくナース服に身を包んでおり、注視すれば零弥は恥ずかしそうに身を捩じらせる。

 「きょ、今日は皆であなたを労おうと思って……その」

 「精霊さん達みんなでだーりんが喜ぶようにコスプレしたんですよー」

 夕騎は普段から精霊に着て欲しいと思うコスプレ衣装を密かに買って溜め込んでいたのだが零弥は隠し場所を知っていたようでそれを精霊全員着てくれたようだ。

 「すげぇバニーガールだ!!」

 美九が着ているのはバニーガールの衣装。まだ十香、零弥、四糸乃しかいなかった時代に購入したものだが誰も着てくれないと諦めていたもの。それを目の前で見れるとは感涙ものだ。

 「ゆ、夕騎さん、いつも……ありがとうございます」

 「四糸乃は魔法少女か! 四糸乃専用に買っておいた俺ナイス!」

 短いスカートをどうにか伸ばそうとしながら現れた四糸乃に夕騎は過去の自分にグッと拳を握り締め称賛する。

 魔法少女の衣装は珍しく日曜日早起きし偶然観た少女アニメで主人公が着ていたものだ。観終わった途端にこれは買うべきだと通販で買っておいたのだ。

 「私は婦警さんだっ! どうだユーキ!」

 「きゃーっ逮捕してーっ!!」

 婦警の格好をした十香の仁王立ちを見て女のような裏声で歓喜する夕騎。どこまでも止まらない精霊ラッシュに夕騎のボルテージはどんどん上がっていく。

 「ふ、我らの崇高たる姿にひれ伏すがいい!」

 「誇張。夕弦達はチャイナ服です」

 「いいねぇ流石双子!!」

 耶俱矢は赤色のチャイナ服を、夕弦は青いチャイナ服を。双子ならではの二カラーに夕騎は称賛の拍手を送る。

 「ボクはこれです。えっと……ガンマンでしたっけ? ユーくんのハートを撃ち抜きますよ、ばーんっ!」

 「ぎゃーっ撃ち抜かれたーっ!! ……って俺ごく最近一回撃ち抜かれてるんだけどな!」

 二条が着ているのは西部劇にでも出てきそうなガンマンの格好。服が服だけに身体の曲線を強調するようになっており、スレンダーな体型をしている二条にはぴったりの衣装だ。

 「どうして私がこんなことを……って思ってるけど仕方ないわ。部下を労うのも上司の仕事よ」

 「ラ・ン・ド・セ・ル・キ・タ・コ・レ☆ 神無月くんなら発狂するぐらい喜ぶだろうな!」

 琴里は普段着にランドセルを背負っていて中学生のはずがこう見れば完全に小学生である。

 「どうして私がこんな格好に……」

 「いいじゃないですか真那ちゃん、似合ってますよ」

 「お、お前らはメイド服か。ぶふ、真那ちゃん似合ってるぜ。写真撮っとこ」

 「ぎゃ、やめてください! 写真はNGでいやがります!!」

 携帯電話のカメラでもじもじする真那の姿を写真に収めれば真那は驚いた表情で夕騎に迫り携帯電話を取ろうとするが夕騎はひょいひょい躱す。

 「あらあら真那さん、その格好。まさに馬子にも衣装、ですわね」

 「げ、<ナイトメア>」

 「狂三、その格好……」

 「はい、夕騎さんが見たがっていると分身体(わたくし)から聞きまして。どうでしょうか?」

 いつの間にか一旦姿を消していた狂三が戻ってきたかと思えばその格好は巫女服となっていた。

 どんな格好でも似合うと思っているがその中でも狂三にはやはり和装が特に似合うと夕騎は狂三の姿を見て何度も頷く。

 「ああ、すげえ綺麗だと思う」

 「ふふ、それは良かったですわ」

 「さ、夕騎は今回の主役だから座ってくれ」

 「おうおう」

 士道に誘導されて椅子に座ればそこからはもう言葉では表し尽くせないほどの幸せが夕騎を待っていた。

 夕騎を労う会だがそれは名ばかりで皆で会話し、ゲームをし、騒ぎまくる。

 どれだけ時間が経っただろうか、少しばかり疲れてきたところで零弥がそっと夕騎に一枚の封書を手渡す。

 「これは?」

 「私からの手紙よ、時間が出来た時に読んで」

 「だーりん、私からもお手紙ですぅ」

 「ボクも書きましたから!」

 「わたくしからもですわ」

 「おう、ありがとな」

 続いて美九、二条、狂三からも受け取れば夕騎はそっと時計を眺める。

 時刻にしてあともう少しで短針と長針が重なる――零時近く。

 夕騎は今までの楽しさが嘘のように表情から『喜び』が消えれば受け取った手紙を懐に仕舞い、立ち上がる。

 「……夕騎?」

 「――俺は、すんげえ幸せ者だ。こんな風に慕って貰えて、過去からすれば考えられないことだった」

 いつものおちゃらけた雰囲気はそこにはなく諦めるような声音でゆっくりと話し出す。

 「いつも『化物』って呼ばれてた昔とは違ってお前らは『月明夕騎』って存在を認めてくれた。傍にいさせてくれた。どれだけ感謝の言葉を言おうが表しきれねえぐらい感謝してる。それなのに――『月明夕騎』は嘘偽りに溢れた……ただの『化物』だった」

 「何を言ってるんだ夕騎……?」

 怪訝そうにする精霊達、士道は夕騎の言葉に何か不穏なものを感じたのか自らも立ち上がると夕騎に近付いていく。

 「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 「何言ってんだよ夕騎!」

 突然の言葉に士道が夕騎の両肩を掴むが夕騎の表情は何とも言えない悲しみに包まれたものだった。

 そして次に紡がれた言葉は――この場にいる誰も指していないものだった。

 「――いいよ夕陽、後悔はないから(、、、、、、、)

 「………………?」

 そう夕騎が言った刹那、士道の身体が大きく震える。

 

 恐る恐る士道は首を下に向けていくと見えたのは眩い光に電気を迸らせた――雷光の剣。

 

 「はははははははははははははははははははっ!! この時をずぅぅぅぅっと待っていたよ、五河士道!!」

 何が起こったかわからない状況で耳に入るのは聞いたこともない少女の声。

 「ゆ、うき……?」

 「――違うよ、覚えてないの? 私の顔を」

 雷光の剣から徐々に顔を上げてみれば先ほどまで目の前にいた夕騎とはまるで別人の少女が立っていた。

 絹糸のような黄色が掛かった金色の髪を伸ばし、その端整な表情は愉悦で口角をどこまでも歪ませている。

 少女は笑んだままさらに雷光の剣を士道の腹部に深く突き刺せば、その名を語る。

 

 「――私の名は月明……いや、()(くろ)(ゆう)()だよ」

 

 長針と短針が重なり合い、零時を示す鐘が鳴り響く――


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