デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第八一話『最強の剣、最硬の盾』

 地を蹴る音と剣が交わる音、二つの音は同時に響き渡る。

 零弥とエレン、三度出会い因縁を持つ二人は初めから全力の一撃を振るう。

 両手に聖剣を携え、身の回りには砲装を解除した白盾。持ち前の手数を持って攻め立てる零弥にエレンは大剣<カレドヴルフ>と随意結界(テリトリー)を展開して凌ぎ、攻守を転々とする。

 ――流石に二度同じ手を食らわないわね。

 大剣を躱し、剣戟を繰り広げながら零弥は思い返す。

 或美島での戦闘時、零弥は接触と同時にエレンのCR―ユニットに極小の聖剣を仕込み内側から切り刻むことでユニットの性能を格段に下げて勝利を収めた。しかし今回のエレンは学習した。

 随意結界(テリトリー)を常に展開し、零弥に牽制すると同時に常にCR―ユニット内に洗浄を施して明らかに対応してきている。現に聖剣をエレンの内側に顕現しようともした途端に打ち消される。

 「あの時のようには当然いきませんよ」

 「そのようね」

 聖剣に<カレドヴルフ>を押し込めてくるエレンに対し、零弥は素っ気なく頷けば脚を曲げて具足の霊力を爆破させれば高速回転しながら随意結界(テリトリー)を連続で斬りつける。

 あくまで攻性のものではなく防性の結界を張っているのでエレンの身に直接傷をつけることは敵わないがそれでもエレンは冷徹な表情でも少しばかり高揚した顔をする。

 ――随意結界(テリトリー)越しでもこの威力。或美島でもそうでしたがやはり彼女こそ唯一私の『生』を脅かす存在、そうでなければ!

 ぶつかる斬撃をドーム状にした結界でいなせば続く白盾から放たれる何条もの砲線を防ぐのではなく躱す。そこからエレンは防性から攻性へ転換し、手を握り締めるような動作をすれば零弥の動きが失速する。

 「私の結界ですら動きを遅めることしか出来ないとは……しかし!」

 <カレドヴルフ>による横薙ぎの一撃が零弥を襲う。

 随意結界(テリトリー)内でさらに加速した一撃は音速となって空気を切断していき、零弥の身に触れる直前――

 「――っ!」

 寸前。零弥の肘が、膝が、<カレドヴルフ>の剣脊を挟み込むようにして動きを止めていた。

 見切られた、エレンがそう考えるよりも早く<カレドヴルフ>に異常が起きる。

 霊力爆破によって威力が高まった肘打ちと膝蹴り、その二つに挟まれた<カレドヴルフ>は衝撃に耐えられずまるでガラスが砕けるような音を響かせる。

 「一本、貰ったわ」

 「…………」

 <カレドヴルフ>を引き抜き、一度距離を取って見てみれば刀身には大きなヒビが刻まれ、そのヒビが徐々に広がっている状態となっている。

 「その大剣を失えばあなたの戦闘能力に大きな損害を与えられるわ」

 「……ふ、それはどうでしょう」

 「…………?」

 エレンが纏っているCR―ユニット<ペンドラゴンⅡ>は零弥に一度完全破壊されてからもう一度作り直されたものだが性能は無論のことだが武装自体も大きく進化させている。

 その一つが――

 「<エクスカリヴァー>」

 機械的な見た目の<カレドヴルフ>の殻を破って引き抜かれた一本の剣は零弥の持つ聖剣と何ら遜色がないほどの美しさを持っていた。

 金色のラインに備わりし精巧な輝きを持つ刀身。

 先ほどの<カレドヴルフ>は言わば鞘。性能は比較することもままならない。

 右手で<エクスカリヴァー>を握り締めれば、空いた手に装備されるのは新たな武装。

 「<ガンディーヴァ>」

 まるでボウガンのように携えられたのは白銀の弓。

 奥の手とされ負荷が重いとされていた<ロンゴミアント>の威力を通常で放てるほどの性能を誇っている代物。

 前回は性能を落とされていたせいで片手で掴まれるという屈辱を味わったが今度はそう易々といかない。

 さらに<ペンドラゴンⅡ>のスラスターは限界まで駆動し、装甲をパージして現れたのは莫大な魔力によって形成された魔力の翼。

 完全形態となったエレンは零弥に<エクスカリヴァー>の切っ先を向けると笑む。

 「人類最強の魔術師(ウィザード)に二度の負けはありません」

 「ッ!」

 エレンの姿が光の粒子をその場に置いて一瞬で消える。

 消えたエレンに対し、零弥は目で追うのもやめ咄嗟に後ろに向かって盾を振るう。

 数瞬経たず響いたのはまるで黒板を爪で引っ掻くような不快音。

 豪快に火花を散らし、輝く剣を振り下ろしているのはエレン。零弥と同じく人外の速度を手に入れたエレンに対し、零弥はやや引きつった表情になる。

 ――盾が、壊されるっ!!

 今まで白盾に剣がぶつかったとしてもこんな音を聞いたことがなかった。まるで抉り込むような音にエレン側から見ていないので明確なことはわからないがほぼ確実に白盾に傷がいっている。

 押し切られる前に零弥がその場から離れれば白盾はそのまま真っ二つに叩き斬られる。わざわざ斬り落としたことにエレンの自信と零弥に対する力の誇張が感じられる。

 「あの機械の竜に次いで三番目、ね」

 零弥は一旦距離を取ろうとするもののエレンはさらに追撃し、<エクスカリヴァー>が猛威を振るう。

 聖剣を二本バツ字で構え防御し対抗するものの零弥はあまり芳しくない表情を浮かべる。

 <聖剣白盾(ルシフェル)>の聖剣は剣との鍔迫り合いに向いていない。刃が薄く、鋭利さを重視されているのでエレンの<エクスカリヴァー>の刃のような重厚さはない。

 つまり簡単に砕かれる。

 「くっ…………」

 聖剣を砕かれ迫る<エクスカリヴァー>の刃に零弥は篭手具足から連続で霊力爆破し加速して距離を取ろうとするがそれでもエレンの追撃を振り切ることが出来ない。

 「どうしましたか<フォートレス>、不調のようですね」

 「……意趣返しのつもり?」

 「いいえ、そういうわけではありませんよ」

 追撃の手を緩めないエレンの縦横無尽な動きに翻弄され零弥は離れることが出来ず、エレンは<ガンディーヴァ>を零弥に向けて構える。

 「【花弁揺蕩う明星の鎧(アルマ・フロウ・ルシファー)】ッ!!」

 <聖剣白盾(ルシフェル)>が誇る最高の鎧を纏った零弥は防御体勢に入ればまるで雨霰のように<ガンディーヴァ>から極大の魔力矢が放たれる。

 避けることもなく真っ向から受ける零弥は徐々に押され、建物に押し付けられようとも魔力の矢は止まらず建物が瓦礫の山に変わるまで攻撃は続いた。

 「………………」

 掃射を止めればエレンは空を見上げる。

 空を再び埋め尽くした蝿の群れにウェストコットが二条から霊結晶(セフィラ)を得たことを確信する。

 自身が言った通り、霊結晶(セフィラ)を手に入れた時点で最早エレンに手伝えることは何もない。ただウェストコットの邪魔をしないようにするだけだ。

 しかし、懸念するべきことがある。あの雷鳴の件だ。

 ――ユウキは生きている、<フォートレス>はそう言っていましたね。

 あの雷鳴はウェストコットの計画を最も破綻させる要因だ。しかし夕騎が生きているということはまだ時間はある。

 ――私にもまだ役目がありますね。

 夕騎を一度殺したのは二条を反転化させるためだけではなくもう一つ重要な役割を担っていた。

 生きているだけでいつ引き金になるかわからない夕騎という危険分子を残しておくわけにはいかなかったのだ。

 情はなかったのか、と問われればなかったわけではない。

 しかしウェストコットと夕騎、二人を天秤にかければ優先すべきなのはウェストコットだった。ただそれだけだ。

 今戦闘している零弥は一貫して夕騎を選んでいる。つまりそういうことだ。

 戦うべくして戦っている、エレンは瓦礫と化した建物を見下ろせば瓦礫を吹き飛ばして人影が一つ立ち上がる。

 「あれだけ喰らって無傷とは……」

 <ガンディーヴァ>は一撃で空中艦一つ殲滅させられるほどの一撃。それを数え切れないほど撃ち込んだというのに原型を留めているとはまさに『要塞』だ。

 見れば纏っている鎧にすら傷がついていない。平然としたその姿にエレンは思わずバツが悪そうに表情を歪ませる。

 エレンを見上げる零弥の表情は窺い知れないが、とても静かに口を開く。

 「……あなたは強いわ」

 「……?」

 それはとても今まで戦っていたとは思えないほど穏やかな声音でエレンも思わず表情に小さく戸惑いの色を見せる。だが零弥は構わない。

 「だから特別に見せてあげる。夕騎にすら見せなかった――私の本気を」

 <聖剣白盾(ルシフェル)>の武器は三つに分けられる。

 聖剣。

 白盾。

 鎧。

 それらすべてに最も特化した形態が存在するのだ。

 夕騎との戦いで見せたのはその中でも鎧に分類される【花弁揺蕩う明星の鎧(アルマ・フロウ・ルシファー)】。

 見せたのはたった一つ――つまり零弥は夕騎との決闘時、本気で行きながらも手加減していたのだ。

 零弥は右手で空を握るような仕草をすれば光が結集し、新たな剣を作り出す。

 「【花弁綻ぶ明星の剣(ダイト・フロウ・ルシファー)】」

 現れたのは黄金の刃を輝かせし、細緻な装飾がなされた聖剣。

 今までの聖剣の髄を結晶とし、刃の鋭利さはそのままに刃は重厚となり<エクスカリヴァー>以上に神々しき輝きを放つ。

 「【花弁護りし明星の盾(スヴル・フロウ・ルシファー)】」

 左手には今までの盾に比べれば何の厚みもない一見盾にすら見えない代物が現れる。

 篭手の手首に巻きつくようにして装着された盾は一度輝くと霊力の光が盾を作り出す。

 完全武装と化した零弥はまさに光源。

 神々しき姿は暗雲立ち込め蝿が舞う暗闇の中でただ一つ輝き、その輝きはエレンを圧倒する。

 圧倒的存在感にエレンの中で不穏な感情が芽生え始めそうになっていた。

 勝てない――と。

 これほど圧倒的な存在を目の前にして逃げなかったのは『人類最強』という肩書きがそうさせているのは定かではない。

 「…………」

 エレンは無言で零弥がいる地上まで降りれば<エクスカリヴァー>を構える。

 「これで、最後の一撃になるわ」

 「私とあなたの因縁にも終止符が打たれます」

 二人とも最後に一言だけ述べれば後は剣を握る手に力が込められる。

 たった一撃――それ以上のものは必要ない。

 両者の靴裏が地面から離れ、駆ける。

 放たれた一撃には己の思いを込め、意地を込め、人生を込め、二人の一撃はぶつかり合う。

 しかし、それはとても『勝負』とは言えないものだった――

 

 「この剣に鍔迫り合いは――起こらない」

 

 「………………」

 過ぎ去った二人はその場で制止する。

 そしてエレンは一度だけ鼻から息を漏らした。

 それは自嘲するものだったのかは本人にしかわからないものだった。だが答えを知る前に地面に斬られた刃が突き刺さる。

 DEMインダストリーの技術を全て込められた人類至宝の聖剣――<エクスカリヴァー>。

 エレンはすっかり物寂しくなった<エクスカリヴァー>の柄を眺め、今度こそ自嘲する。

 「まさか、鍔迫り合いにすらならないとは……笑わせてくれますね」

 零弥の聖剣とエレンの聖剣がぶつかり合った瞬間、<エクスカリヴァー>はまるで豆腐でも斬っているかのように簡単に切断され、刃は宙を舞っていた。

 軌道を止めることすらままならぬ刻まれた一撃。

 手でなぞってみればまるで絵の具でも零したような赤が広がっている。言う必要もない――血だ。

 右肩から左腹部にかけて綺麗に斬られ、止めどころなく血が溢れている。

 見れば零弥はすでに武装を解除しており、エレンがもう何も出来ないことを如実に表している。

 「ずっと……手加減していたわけですか。夕騎の時も、或美島の時も……」

 「あの三種はどれでも使うだけで物凄い疲労を齎すのよ。だから多用は出来なかった、それだけよ」

 「……それを引き出せた私は、強かった、ということですね」

 「ええ、あなたは本当に強かったわ」

 同情心でも何でもなく零弥はどれだけ敵であったとしてもエレンの言葉に対し、真摯に答えた。

 夕騎との決闘時は覚悟を決めたというのにまだどこかで迷いを振り切れない部分があった。そして言うならば鎧だけで勝ってやろうと零弥は意地を張ったのだ。だから使わなかった。

 「人類最強の魔術師(ウィザード)エレン・(ミラ)・メイザース。あなたはまさしく『最強』の名に恥じない人間だったわ」

 「……ふ、結局最強と呼ばれていたとしても……あなたに傷一つつけられずに敗北した。その事実は変わりません……」

 多量の出血で足下が覚束なくなり後退していったエレンは一つの瓦礫に背中を押し当てそのまま引き摺られるようにして座り込む。

 脚は最早役目を終えたと言わんばかりに動かなくなり、自然と身体から力が抜けていく。

 今まで人類最強の魔術師(ウィザード)として『死』から最も遠い位置に生きてきたがこうして目の当たりにしてみれば意外と呆気ないものだ。

 目の前も徐々に朦朧としたものとなっており、いよいよ死が間近に迫っているようだ。

 ここまで来れば祈ることはただ一つ、ウェストコットの願いが叶うことを祈るばかり。どれだけ言ってもエレンの生きる目的はウェストコットにあったから、死に際でさえウェストコットの顔が頭を過ぎる。

 「…………」

 零弥はその様子を淡々と目に焼き付けていた。

 今まで魔術師(ウィザード)とは数え切れないほど戦ってきたがこうして人間を殺す結果になってしまったのはこれが初めてのことだった。

 冷静になれば冷静になるほど手が震えてしまう。

 だが夕騎は自身を含め精霊を守るために過去の友人を殺したのだ。今零弥が抱いている感情など鼻で笑える程度なのだろう。

 そんな零弥の心の中を察したのかエレンは今にもなくなってしまいそうになる意識をどうにか取りとめる。

 「……<フォートレス>」

 「どうしたの」

 「これは、互いに命を懸けた結果……です。ですから、何も気に病むことはありません、よ……。むしろ、気に病まれては私の、自尊心(プライド)が傷つきます……」

 「……あなたらしいわね」

 今わの際まで己の自尊心を優先するエレンに零弥は感心せざるを得なかった。

 エレンにはもう零弥の表情を見ることは叶わないが全力を尽くした相手に敬意を称し、去る者として最後に一つだけ情報を与えることにする。

 「……夕騎は、必ずあなたたちの前から……いなくなります」

 「……どういうこと?」

 「言葉のまま、の意味……ですよ。たとえアイクの願いを阻止、しても……あなたたちに、安寧は来ない。夕騎は、あなたたちの元から……離れ、ます。何故なら彼は過――」

 そこで不意にエレンの言葉は途切れた。

 エレンの手は何もないところに向かって伸ばされ、やがて力なく地面にうな垂れる。

 「夕騎は、何なの!? 答えなさい、エレン・M・メイザース!」

 零弥がエレンの肩を揺さぶろうにもエレンは何も反応を示さなかった。

 目から光は消え去り、その身は完全に物言わぬ死体と化していたからだ。エレンが零弥に何を伝えたかったのか――それはわからない。

 だが死に際に言ったということは紛れもない事実なのだろう。

 「……夕騎が、いなくなる…………」

 零弥はそこで嫌なイメージを首を振るって掻き消す。近い未来に引き起こるだろう出来事に悩むよりも今は戦った相手に敬意を示さなければならない、そう思ったからだ。

 「あなたは、本当に強かったわ」

 虚ろとなった目を持つエレンに零弥は敬意を示し、蝿が舞う地獄絵図のような空を見上げたのだった――


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