デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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二条クライシス
第七○話『変化』


 「だーりん!」

 「どうした、ハニー?」

 「ふふ、呼んでみただけですー」

 「何だよこのこのー」

 無邪気な笑みを浮かべていちゃいちゃしながら夕騎に身体を引っ付けてくるのは紫紺色の艶やかな髪に滑らかな肌を持つ紛うことなき美少女――誘宵美九。

 聞くところによれば実は夕騎よりも一つ年上なのだがその子供っぽい性格から『先輩』というイメージが湧かずに今では夕騎もノリで『ハニー』と呼ぶようになって両手を絡めながらあたりにハートを撒き散らしている。

 言わばバカップルのような二人に向き合うように椅子に座っていた琴里は不機嫌そうに靴裏をカッカッと鳴らし、

 「そろそろいいかしらバカップルのお二人さん、ここに何しにいるのかわかってるの?」

 「……何でだっけ?」

 「……何でしたっけー?」

 「事情聴取よ! 美九が<ファントム>によって霊結晶(セフィラ)を与えられて精霊になった経緯を聞くためにこうして呼んだのよ! 夕騎をここに置いたのもいちゃいちゃさせるためじゃなくて夕騎にも聞くことがあったから同席させてるんじゃない!」

 「そうでしたねー」

 「そうだったのか」

 琴里が大きなため息を吐くと美九はあはは、と笑って片手を夕騎から離すと琴里の方へ向き直る。

 ようやく質問が出来る雰囲気になったことで改めて琴里は質問する。

 「美九、あなたが精霊になった時の話を教えてちょうだい」

 「…………」

 一瞬、美九は自分の過去を自らの口で語るのを躊躇うが夕騎が何か言う前に夕騎の手をきゅっと握り締めると意を決して話し始める。

 「今から数ヶ月前にみんなに裏切られて心因性の失声症で『声』を失った時に生きる希望をなくして自殺しようとしたんですよー。でもそんな私の前に『神様』が現れたんですー」

 神様、その例えに琴里は少しばかり視線を鋭くしたようにも見えるが美九はそんな様子に気付くこともなく話を続ける。

 「『ねぇ、力は欲しくなぁい? 世界を変えられるほどの力は欲しくなぁい?』。そう言って『神様』は私に紫色の宝石のようなものをくれたんです。受け取ると宝石は身体に溶け込んで気付くと誰でも言うことを聞かせられる魔性の『声』を手に入れていたんですぅ」

 (この力さえあれば君は家族の仇を討つことができる。君は他者よりも先へ、他者よりも強く、最高最強(、、、、)になれるんだ)

 美九の言葉を聞いて夕騎も夕陽の前に現れた<ファントム>のことを思い出す。

 ノイズに混じってその姿ははっきり見ることは叶わなかったが<ファントム>が人間を精霊にした事例は琴里、夕陽、美九の三人となる。

 夕騎は琴里達に報告することはなかったがもう一つ気になることがある。

 或美島で出会った麦藁帽子を被った謎の女性、その口ぶりからその女性は過去の夕騎を知っていて、夕騎も彼女の声を懐かしむように思えたために必ず繋がりがあるはずだがどうにもそこが思い出せない。

 思い出せる一番古い過去は五年前のあの大火災、その中でもアイザック・ウェストコットとエレン・M・メイザースと初めて出会ったあの時から――

 「……だーりん? だーりん!」

 「おっ!? ど、どした?」

 呆然と考えていると美九が慌てた様子で夕騎の身体を揺すっていてハッと意識をこの場に戻すと琴里は額に手を当てており、どうやら先ほどから呼ばれていたようだ。

 「どうしたじゃないわよ、美九に聞いても<ファントム>の姿はわからなかったのだから次に質問されるのはあなたの番よ」

 「お、おう、いいぜ」

 「なら単刀直入に聞くけど、DEM社での戦闘時に使っていたあの鎧は何なのかしら?」

 「あのだーりんはとってもかっこよかったですよー」

 「こら美九、茶々を入れないの」

 あの時のことを思い出すとまた夕騎に引っ付く美九に琴里は軽く注意をしていると夕騎は自身の拳を開閉しながら口を開く。

 「【霊喰竜の鎧(アイン・ハーシェル・ダァト)】。<精霊喰い>の力を全身に巡らせて纏う感じだな」

 「映像で見る限り<灼爛殲鬼(カマエル)>や<颶風騎士(ラファエル)>に限りなく似た武器を使ってたわね。それに実際<氷結傀儡(ザドキエル)>のように敵を凍らせていたわ。こっちにしたら士道の天使顕現が目じゃないくらいの衝撃よ、あの鎧は唐突に使えるようになったの?」

 「んー……何か頭にこう不意に浮かんだんだよな。『今ならこの鎧を纏える』って感じで」

 「本人にもよくわからない、か……」

 琴里は不可解そうに顔を顰めるが夕騎はそういえばと思い出し、問いかける。

 「なあシルヴィはどこ行ったかことりん知らない? どこかに行くにしても別れぐらいはちゃんと言いたいんだけど」

 DEM社で一緒に戦ったというのに途中で唐突にいなくなってそれ以来姿を見ていないので琴里なら何か知っているかと質問するが琴里はどこか不都合そうな表情をして一瞬沈黙するがすぐに口を開く。

 「……シルヴィなら狙っている精霊を追うだ何だ言って制止も振り切ってどこかへ行ったわ。夕騎のことを頼むって去り際に台詞も残していったわよ。まったく真那も狂三を追って無断でどこかに旅立つしで自分勝手な連中が多いことね」

 逡巡して琴里は嘘をついた。

 <ラタトスク>機関員から話は聞いていたはずなのに夕騎の精神状態が乱れれば零弥達も不安になると考え、最善の方法を選んだ。

 「何だよつれないなーホント昔からそんなんだよなシルヴィは」

 にひひと夕騎は琴里の言葉でシルヴィが生きていると知ってどこか嬉しそうに笑むと不意に腕が引かれる。

 どうやら琴里と夕騎しかわからない話の上に『シルヴィ』という自分が知らない女性の話をされているのに不満を抱いたのか美九は頬をハムスターのように膨らませていかにも不満そうにしている。

 「むー、だーりん。私がいるのに目の前で他の女の子の話は関心しませんよー」

 「女の子っつう年齢でもねえけどな。ごめんごめん」

 不機嫌そうな美九の頭を撫でながら夕騎が苦笑すると琴里も思い直すように咳払いし、

 「さて事情聴取はまだまだこれからよ。二人共覚悟することね、かなり長丁場になるから」

 「「え」」

 夕騎と美九が二人声を合わせて反応すると琴里はにこっと笑みを浮かべると二人とも嫌な汗が滲んだのだった――

 

 ○

 

 「くぁぁ……疲れた」

 「そうですねー……くたくたですよー」

 琴里が言った通り本当に長丁場になり、色々あって事情聴取が終わって地上に戻ってみればもう夕暮れ時になっていた。

 ようやく解放された夕騎と美九は本当に疲れた表情をしていて両肩をがくりと下げていると買い物に出かけていたのか零弥が買い物袋を持って四糸乃を連れて歩いているのを目撃する。

 「おお零弥、今帰りか?」

 「夕騎。ええ、買い物帰りよ」

 「こ、こんにち、は……」

 「はーいこんにちはー」

 普段から零弥は四糸乃を可愛がっているのでこうして一緒に買い物に行くことが多い。よしのんを着けていない手を零弥と繋いでいる四糸乃が軽く一礼して挨拶すると美九も一礼を返す。

 「やっぱり可愛いですねー四糸乃ちゃん」

 美九は勢いで四糸乃を抱きしめようとするが操られた経験のある四糸乃は美九をどこか警戒しているようですぐさま零弥の背後に隠れて躱し、躱された美九は何度かステップを踏んで体勢を整える。

 「そんなに警戒しなくていいですよー、ただ抱きしめてなでなでしてチューするぐらいですからー」

 「ひっ……」

 手をわしゃわしゃさせて四糸乃に忍び寄ろうとする美九に零弥はその頭に手刀で軽く叩き、

 「やめなさい、四糸乃が泣くでしょう」

 「あうー、でも零弥ちゃんでもいいですよー!」

 最初の疲れた発言は何だったのか水を得た魚のように生き生きとし目を爛々と輝かせる美九に零弥は若干引いて後ずさりそうになるが背には四糸乃がいるので逃げ道がなくなっていると、

 「れ、零弥お姉様は、私が守り、ます……っ!」

 あれだけ臆病な四糸乃が今にもセクシャルビーストと化した美九に襲われそうになっていた零弥の前に庇うようにして立ち、その姿に零弥も夕騎も驚いた表情をしていると美九は二人共抱きしめる。

 「ちょ、ちょっと卵があるのだから……」

 「わ、わわ……っ」

 「いいですねー。二人共とってもいい匂いがしますよー」

 十香や八舞姉妹なら真っ先に逃走するだろうが逃げれば美九が傷つくかもしれないと気を遣うタイプの零弥は逃げることはせずに抱きしめられ匂いを嗅がれ頬ずりされ、されるがままになっている。気の弱い四糸乃も同様で二人から助けてと救難信号のように視線を送ってくるのでそろそろ止めるべきかと夕騎は美九の肩に手を置く。

 「美九、そろそろストップしないと背後から手を回してその豊満な胸を揉むぞ。割とマジで揉んじゃうぞー」

 「だーりんなら全然大丈夫ですよー」

 「……マジで? なら続けてくれて構わ――」

 「きちんと止めなさい!」

 「げふぅ!?」

 容赦なく張り手を繰り出され後ずさる夕騎にやはり精霊には激甘だと零弥は半分呆れつつ美九を引き剥がすと路上で正座させて注意する。

 「美九、あなたはアイドルなのでしょう? テレビ出演も始めたのだからもしもスキャンダルになったらまずいのはそちらよ」

 もしあのまま夕騎が路上で美九の胸を揉んだところを撮影されてしまえばつい最近テレビ出演も解禁したのに早くもスキャンダルでアイドルとしてどうにかなるかわからないというのに美九は大したことなさそうな表情をし、

 「もしカメラさんがいればピースと目線くらい差し上げますよー、フライデーでもサンデーでもバッチコイですぅ!」

 「サンデーは確かに大丈夫ね、週刊少年漫画雑誌なのだから」

 「ふふ、それではそろそろ私は失礼しますねー。はいだーりん、んー」

 美九は朗らかに笑むと夕騎の方へ目を閉じて顔を向ける。その様子に何をしようとしているのか察しがついた零弥はジト目で見て、

 「何をしようとしているのかしら……?」

 「何って『さよならのチュー』ですよぉ?」

 「さも当然のように言っているけれど私の言葉聞いていたのかしら? カメラがいたら終わりだって言ったでしょう! キスするならせめて家とか人目につかない場所でしなさい!」

 いつどこにいるのかわからないというのにその危機感をまるでわかっていない美九に年上のはずなのに何故こんなにも世話が掛かるのかと零弥はため息を吐きたくなる。

 「うー、わかりましたー。今回はこれで我慢しますぅ」

 やや不満そうだが美九は零弥にそう言われると自らの唇に人差し指を当てるとそれを夕騎の唇に当て、

 「ふふ、間接キスですー。それではだーりん、さよならー」

 やりたい放題して帰っていく美九に夕騎は軽く手を振って見送ると零弥が疲れたように一息吐き、不意に立ち眩みを起こしたので四糸乃が心配そうにその様子を見る。

 「だ、大丈夫、ですか……?」

 『零弥お姉さん大丈夫ー?』

 「ええ、平気よ。それよりさっきはありがとう四糸乃、美九から庇おうとしてくれたのでしょ?」

 「え、あ、は、はい……」

 元々警戒心が強くて怖がりな四糸乃があれだけ勇気がある行動を見せてくれたことに零弥は感心し、笑みを浮かべて四糸乃の頭を撫でる。

 「さてもう遅くなってきたし、帰るわよ夕騎」

 「おう、今日の晩飯何?」

 「カレーライスよ、今日は張り切って本格的にスパイスから調合しようと思ってるの」

 『わーお、ほんとに本格的だねー!』

 よしのんが『ぱちぱちー』と自ら効果音を付けながら拍手すると隣を歩き始めた夕騎は零弥の方を見ると足取りがどこか覚束ないので怪訝そうに問いかける。

 「……零弥?」

 「……大丈夫、大丈夫だから……」

 何か辛そうにしているので四糸乃も心配そうな表情で見つめるがどこか無理をしていたのか零弥はそのまま後ろに倒れていき、夕騎は咄嗟に零弥の身体を受け止める。

 「れ、零弥! 大丈夫か!?」

 「…………」

 息も荒く苦しげに呼吸する零弥に夕騎は焦る気持ちを抑えて零弥の額に手を当てれば平熱とは思えないほど熱く、思わず反射的に手を離すと四糸乃が今にも泣きそうな表情で夕騎の表情を窺う。

 「れ、零弥お姉様はだ、大丈夫、なんですか……?」

 「心配すんな四糸乃、<フラクシナス>に転送して貰って診てもらうから大丈夫だ。だから泣くな」

 すぐにでも夕騎は<フラクシナス>へと連絡を取り、零弥の搬送を急ぐのだった――

 

 ○

 

 「零弥は大丈夫なのか……?」

 「……命に別状はないよ。人間で言う『過労』による発熱だ。少し休めばすぐに良くなる」

 医務室の前にあるベンチに座って待っていた夕騎に医務室から出てきた令音は少し間隔を空けて座れば話し出す。

 「……零弥は霊力を封印された精霊の中でも自分の意思で霊力を全て取り戻すことが出来るようになった。だが一度封印された霊力を自身に戻す際に身体に負担が掛かるようだ。或美島では短期決戦だったが美九の一件では彼女は魔術師(ウィザード)相手に長いこと戦い続けた。それが今回の発熱に繋がったのだろう」

 「無理させてたんだな俺は……」

 どこかに兆候はあったはずなのに気付かずに無理をさせてしまった、そのことに罪悪感を抱きため息のような一息を吐くと夕騎は立ち上がり、

 「今零弥に会える?」

 「……ああ、大丈夫さ」

 許可も貰えば夕騎は零弥が眠っている病室の扉をノックして入室する。

 中は病院の個室のようになっていて零弥は真ん中の奥にあるベッドで寝かされている。

 夕騎はベッドのすぐ傍にあった椅子に腰をかければ眠っている零弥の表情を眺め、

 「ごめんな零弥、無理してるって全然わかってやれなくて」

 或美島の一件もあって、未来の一件もあって、誰かを信じ頼ることの大切さを思い知らされた夕騎だったがこんなことになってしまえば話は別だ。

 自分が傷つくことよりも自分の周りにいる誰かが傷つく方がつらい、零弥がずっと抱いていたものをこうして実際受けてみればこれほどつらいものはない。

 「でももう大丈夫だ。俺は強くなったからな、俺は一人で戦える」

 【霊喰竜の鎧(アイン・ハーシェル・ダァト)】を使えるようになった今なら全部守ることが出来る。あの鎧さえあれば零弥や他の精霊達はもう戦わなくて済む。

 零弥の手にそっと触れているとノック音が部屋に響き、中に入ってきたのは四糸乃だった。

 「れ、零弥お姉様は……?」

 「休めばすぐ良くなるってよ」

 「よ……良かったです……」

 安堵したように息を吐く四糸乃の頭を撫でれば夕騎は椅子から立ち出入り口の方へ向かう。

 「零弥のことちょい見といてくれ、飲み物でも買ってくる」

 「は、はい……」

 不思議と喉が渇いたので夕騎は零弥のことを四糸乃に任せて病室から出ると通路を歩いていく。

 「――――」

 「――――」

 誰もいないと思っていたが自販機がある休憩所へ繋がる曲がり角を曲がろうとしたところで誰かの話し声が聞こえてきて咄嗟に身を隠す。

 「本当にいいんですか、司令。あんな嘘をついて」

 「仕方ないじゃない。夕騎のためよ」

 何故咄嗟に隠れたのかはわからないが声から察するに椎崎と琴里のようだ。

 何やら夕騎のことについて話し込んでいるようで夕騎の姿には気付いていなかったのかそのまま二人は話を続ける。

 「でも、このまま知らずに過ごすなんて……」

 「だったらあなたは言えるの? シルヴィア・アルティーは精霊に見るも無惨な姿にされて殺されましたって。もしそれを知った夕騎の態度がおかしくなって零弥達が不安に感じたらどうするのよ」

 一瞬、夕騎は我が耳を疑った。

 「……どういうことだよ、それ」

 自分でも無意識に言葉を呟いていた。自然と足は琴里達の前に向かって歩いており、夕騎の姿を見た二人は驚愕を隠せない。

 「……夕騎」

 「……シルヴィが、死んだ?」

 本音を言えば否定して欲しかった。

 性質の悪い冗談であって欲しかった。

 だが聞かれてしまった以上、残酷だってわかっていたとしても琴里は言わなければならなかった。

 「身体をいくつにも切断されて即死だったそうよ。彼女の遺骨は故郷の島国に返されたわ」

 「……そうか」

 顔を俯かせ夕騎は『死』という言葉さえ聞けば踵を返して歩き始める。

 この時からか、夕騎の中で――何かが変わったのは。


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