デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第六八話『あの頃よりも』

 真那は身体をプロペラのように高速回転させながらジェシカに肉薄すると同時に斬りつける。

 「ぃ……ッ!?」

 随意結界(テリトリー)を防性のものに変えて剣戟を防御するジェシカだが息を詰まらせると目や鼻から血が滴り落ち、出力も低下して真那のレイザーエッジの刃は豆腐に通したかのようにいとも容易くジェシカの<スカーレット・リコリス>の武装を切り裂く。

 ジェシカから飛び退いた真那は渋面を作り、

 「……活動限界のようですね。勝負はもうつきましたよジェシカ」

 「――マナ、マナ、マァナァァァ……。<リコリス>さえ、あれれレば負けなイ。なのに、どどどどどうして、あなたみたいナ東洋人が重用されるののノ? わ、わわワたシの方が相応しいのニ……アアアアアアアデプタス2ゥゥゥ……」

 血を涙のように流すジェシカはまるで傷ついたレコードのように言葉を繰り返し、焦点の合わない目はぐるぐるとあてもなく回る。過剰な魔力処理をされ最強の欠陥品に乗り続けた者の末路である。

 一歩間違っていれば真那もこうなっていた分余計に哀れに感じ、無言で歯を食い縛ればレイザーエッジを構える。

 「……私はあなたが大嫌いでしたけど――あなたの忠誠心は本物で、こんなことをされるべき人間じゃなかった」

 せめて痛みを感じないように。

 真那はレイザーエッシを横に一閃してジェシカの首を切り落とす。

 首を切り落とされる寸前ジェシカはどこか嬉しそうに笑みを浮かべて自らの最期を受け入れていった。

 「……真那ちゃん」

 「……<精霊喰い>は言ったじゃねーですか、自分が最善だと思うやり方を信じろって」

 「ああ、言った」

 前に士道がトリプルデートをしていた際に分身体の狂三を殺害した真那は自分のしていることは間違っているのかと夕騎に問いかけたことがあった。その時に夕騎は言ったのだ。

 夕騎は真那の頭を撫でると準備が整ったのか真剣な表情で下を見つめ、

 「よく頑張ったな。少し休んでろ」

 そう言って夕騎は真那からようやく離れ、真下から飛んでくる<ヴァンフェイルバンテ>の口内から憎悪の視線を覗かせるワンナと相対する。

 「ユゥキィィィィィィィィ!! 殺すころすころす殺すコロスゥッ!!」

 「……【霊喰竜の鎧(アイン・ハーシェル・ダァト)】」

 復讐するために残りの寿命を全て魔力に変換し、血だらけの姿となったワンナに夕騎は黒き鎧を纏う。一〇の尾を生やし、真っ向からぶつかり合う。

 マイクロミサイルもレイザーブレイドも随意結界(テリトリー)さえも効かない夕騎はどれだけ集中砲火を受けようとも真っ直ぐに<ヴァンフェイルバンテ>に向かい、その口内に侵入する。

 そうして相手の攻撃を、憎悪を全て<ナジェージダ>で受けきった夕騎はワンナの目の前に立ち、

 「――もう、眠れ」

 左手に備わる獰猛な爪がワンナの左胸を貫く。

 一撃だった。一撃でワンナの身体は項垂れ、風穴が空いた箇所からは止めどころなく血が溢れる。

 トドメを刺した夕騎は<ヴァンフェイルバンテ>から出れば操縦者を失った機体は地面へゆっくりと落下していき膨大な粉塵を撒き散らす。

 【霊喰竜の鎧(アイン・ハーシェル・ダァト)】を纏ったまま夕騎はその光景を見届けると近くの建物の屋上に座り込み、士道達を助けに行く前に本当に少しだけ休憩を取ることにした。

 「<精霊喰い>……?」

 少し様子がおかしいと思った真那は続いて屋上に降り立つとあれだけ他の追随を許さない強固な鎧を纏っているはずの夕騎の背中がやけに小さく見えてしまった。

 「……馬鹿みてえだよな、精霊守るって決めたからヨマリとワンナ殺したくせに。真那ちゃんにも自分が最善だと思うやり方を信じろって言ったのに、震えてやがる」

 「私だって震えてやがりますよ。殺すべき<ナイトメア>を殺した後でも今だってジェシカを殺めて、震えてます」

 真那はそう言って夕騎の前に立てば血に塗れ震えている夕騎の手を震えている自身の手を重ね、

 「――でもこういうのを忘れたら終わりだと思うんですよ」

 「はは、たまにはイイこと言ってくれるじゃねえの。後で熱いキスしてやんよ」

 「絶対にいらねーですよ」

 互いに何だかんだ言いながらも笑い合える二人は少しだけ手を重ねていたのだった――

 

 ○

 

 どうしてこんなところに来てしまったのだろうか、美九は絶望の淵に心の中で考える。

 あれから反転し魔王となった十香はエレンと幾度か剣戟を交わしていたのだが負傷していた傷が開いたエレンはウェストコットを連れて退散し、残された士道と美九は十香に狙われることになったのだ。そして美九は一度だけ士道に十香救出のチャンスを与えた結果、声が掠れて不意に出なくなってしまったのだ。

 喉からひゅうひゅう息が漏れるだけで声にならない。

 おかげで十香を拘束していた<破軍歌姫(ガブリエル)>の効果も切れてしまい、音の壁は完全に消え去ってしまった。

 原因は大方予想出来る。

 今までにないほど『声』や天使を連続使用し、十香という格上の精霊相手に本来は防御用の音の壁を使うという無茶までしたのだ。霊力が途切れ声が出なくなるのも無理はない。 

 「小賢しい真似を、身の程を知れ」

 音の拘束を解いた十香は〈鏖殺公(サンダルフォン)〉ではなく<暴虐公(ナヘマー)>と呼ばれる大剣を振り上げ、美九に向かって斬撃を飛ばす。

 「――ッ!!」

 士道が何か言っているようだが今の美九には聞こえない。

 避けるような力はすでに残っておらず、その場にへたり込んでしまって動けない。きっと後少しもすればあの斬撃に飲み込まれ、霊装の防護もたちまち破られて美九は消えることになるだろう。

 初めから歌しかなかった。美九の周りには偽りの繋がりしかなかった。

 『声』以外に何も持っていなかったのだ、だからこうなっても仕方のないこと。『声』がなければ誰も愛してくれない。誰も見向きすらしてくれない。

 『声』が出ない自分は路傍に転がる石同然だと美九は自嘲し、笑いたくもなるがその『声』すら出ない。

 諦めよう――そう心の中で決断しそうになった美九の頭に突如として走馬灯のように言葉が過ぎった。 

 (それなら私がピンチの時、命を懸けて助けてくれますか?)

 (当たり前だろ、俺は精霊(おまえ)の味方だって言ったし)

 それは馬鹿な男だった。

 どれだけ一方的に攻撃され続けても反撃することはなく、どれだけ傷ついても精霊を一切憎まない。

 未来永劫美九のファンであり続けることを決めたなど言ってボロボロの身体で血塗れの薄汚い手を差し伸べてきたあの男――月明夕騎。

 どれだけ薄汚くても美九にとってあの手は最後の希望だと思えてしまった。

 人間の何もかもに失望した美九だけれど心のどこかでもう一度『人間』を信じてみたかった。

 こんな時だからか美九は自分の気持ちに素直になった。

 十香救出に協力すると言ったあの時、零弥達だけじゃなくて自分も抱きしめてくれても良かったのに。<ヴァンフェイルバンテ>に立ち向かう前に少しでもいいから頭を撫でて欲しかったのに。

 (俺は過去のお前(宵待月乃)に手を伸ばせなかったけど今のお前(誘宵美九)には伸ばせる! 寂しかったなら『寂しい』って言え!! 助けを求めてるなら『助けて』って言え!! 例えお前が『声』をなくしても俺は!! お前の味方(ファン)だ!!)

 次いで思い出した言葉――美九は口をきゅっと結んで最後に一度だけ馬鹿な男の言葉を信じてみようと思ってしまった。

 「――た……けて……」

 斬撃が美九に直撃する寸前、本当に微かに出た言葉。

 聞こえるはずもない、諦めようと思って目を閉じた瞬間斬撃を立ち塞ぐように上空から勢いよく着地してきた人影一つ――

 

 「ああ、よぉく聞こえた!」

 

 その人影は長大な剣を横薙ぎに振るって斬撃を掻き消せば十香は<暴虐公(ナヘマー)>の一撃を掻き消した相手に睨みつけるような視線を送る。

 「……何者だ?」

 「――なぁに特別なことはねえ。ただ約束を守りに来ただけの騎士さ」

 恐る恐る美九はその後ろ姿に目を奪われた。

 剣を構え、鎧に身を包んだその姿は紛うことなき騎士。まるで物語にでも出てきそうなほど颯爽と現れて美九のことを守ってくれた。

 フルフェイスのマスクに包まれ容貌は見えないが美九にははっきりとわかる――夕騎は美九の方へ振り向けば申し訳なさそうに口を開く。

 「ごめんな、来るのが遅れた」

 頭を下げる夕騎に美九は『声』が出ないために代わりに首を横に振るって全然悪くないと意を示すと夕騎は「そうかそうか」と言って剣を地面に突き刺すと美九の身体をそっと抱きしめる。

 「怖かったろ、でももう大丈夫。俺が来たからにはもう安心だ」

 「貴様……ッ!」

 「夕騎、後ろだ!」

 十香はもう一度<暴虐公(ナヘマー)>を振るおうとするが士道の声を聞いて一瞬止まり、そのうちに夕騎は美九から離れれば即座に十香と肉薄する。

 「【霊怯(レイ・スタン)】」

 「ぬ、ぐ……ッ!?」

 接近すれば十香の両耳で指をパチンと鳴らせばその弾ける音と共に<精霊喰い>の力が十香の体内に侵入、一時的にだが強引にその動きを阻害する。

 十香が怯んでいるうちに夕騎は十香の霊装を掴んで遠心力を加えて投げ飛ばす。さらに士道のもとまで行けば士道の服を掴み、

 「え、ちょ……夕騎?」

 「行って来い士道、五ヶ月前の再現だ!」

 十香を飛ばした位置よりもさらに高い位置に向かって士道を投げれば後は士道に任せるとして【霊喰竜の鎧(アイン・ハーシェル・ダァト)】を解除すると美九の前まで歩いていく。

 「ほら、立てるか?」

 あの時のようにもう一度手を差し伸べてくれた夕騎の手を見れば美九はぼろぼろと大粒の涙を流し始める。

 『声』をなくして何もなくなったはずの美九を、さも当然のことのように約束を、守ってくれた。

 そのことが嬉しくて嬉しくて身体が痺れるような感覚に包まれてしまう。

 「え、え、え? 俺何かしたか? 遅かったか? もしかして怪我したのか!?」

 唐突に泣かれてしまったので何もわからない夕騎も自分がいない間に怪我でもしたのかとあたふたとしてしまう。

 美九はまた否定するように首を横に振って自らの手を夕騎の手に伸ばすと――

 「……え」

 一瞬の出来事だった。

 視線を逸らした夕騎は美九の身体を押して離すと残像が見えるほどの速度で姿が消える。離され慌てて伸ばした美九の手は夕騎に触れることはなく、夕騎がいた場所にはつい先ほどまで伸ばされていた右腕だけが残される。

 少し離れた場所にはさらに片足が無造作に落ちており、何があったかまるでわからない美九は慌てて周りを見渡すが僅かな光の粒子以外何も見えることはなかった――

 

 ○

 

 「ぐ、が……ッ!」

 過ぎ去る光景、強烈な風圧。

 『くの字』に曲がった夕騎の身体に突き刺さるは巨木ほどのサイズをしたレイザーブレイド。

 「ワン、ナ、てめぇ……」

 「死ね死ね死ね死ね死ね死ねェェェェェェェェェッ!!」

 美九に手を伸ばした瞬間、トドメを刺したはずのワンナは<ヴァンフェイルバンテ>の武装を必要な分だけ装着し、まるでグライダーのようにCR―ユニットを身に纏っている。

 左胸には未だに空洞があるがよく見れば随意結界(テリトリー)はまるで血管のように張り巡らされ血を無理矢理にでも循環させている。

 油断した。ワンナを殺すには心臓を貫くだけでは足りなかったのだ。

 おかげで右腕と左足が切断され、レイザーブレイドが刺さった出血も酷く今にも意識が途切れそうになる。

 ワンナの覚悟はもはや執念としか言いようがないほど凄まじく、もう一本のレイザーブレイドの切っ先が夕騎の額に向けられる。

 頭を過ぎったのは――明確な『死』のイメージ。

 「――違う」

 途切れそうになる意識に頭の中で鞭を打ち、『死』のイメージを覆す。

 夕騎には帰りを待ってくれている者がいる。これからも守っていかなければならない者がいる。

 こんな場所で死ぬわけにはいかない。死んでしまえば哀しむ者がいるから。

 「死ねェッ!!」

 レイザーブレイドが額に突き刺さった瞬間、ガギンッとまるで鋼鉄がぶつかり合うような音が響いたかと思えば突き刺さるはずだったレイザーブレイドは折れ、宙を彷徨いながら落下していく。

 ワンナは見てしまった、夕騎の腕に注射器が突き刺さっているのを――

 「……俺には守るものがある。何もなかったあの頃とは、違う」

 爆発するように噴き出た膨大な魔力は切断された右腕の箇所に集まっていき、やがて魔力の粒子は新たな右腕のように形を変えていく。

 「――今の俺は、何も無かったあの頃よりも強い!!」

 いくらワンナが砲門の照準を夕騎に向けて至近距離で放とうとも強制魔力生成剤五本分の随意結界(テリトリー)を貫くことは出来ず、魔力の塊である右手は徐々に伸びてワンナの頭を掴む。

 「――――――」

 最期は何かを告げれば夕騎はワンナの頭を握り潰す。血の花が咲き、夕騎にも返り血が飛び散って操縦者を失った武装はそのまま建物の壁に激突し、地面に落下する。

 「がはっ……はぁ……流石に来るな……」

 随意結界(テリトリー)で衝撃を殺して地面に着地した夕騎は突き刺さったレイザーブレイドを引き抜けば横に倒れ、夥しい血を吐く。

 受けていたダメージもそうだが今回はあまりにも過剰投与し過ぎた。身体全体が抉られるような痛みに苛まれ、【鎮魂歌(レクイエム)】の鎮痛効果も消えているために上体を起こすことさえもままならない。

 魔力の右腕も消えて足の切断面から血が溢れているのをすぐにでも止血しなければならないというのに動けない。

 「……やべぇな」

 このままでは確実に死ぬ、動けない夕騎はもはや皮肉げに笑うしかないと思っていると不意に靴音が聞こえてくる。

 「――夕騎さん」

 「……狂三?」

 月の光を遮るように顔に影が重なったと思えばそこにいたのは狂三だった。本体(オリジナル)ではなく分身体だがどの狂三よりも夕騎と長い時間を過ごした狂三である。

 狂三は倒れている夕騎の隣に座ると口を開いて言葉を紡ぐ。

 「わたくしの身体には夜三さんに時間を停められた夕騎さんを救う時にお借りした霊力がまだ残っていますの。合わせればちょうど精霊一人分になりますわ。ですから今のわたくしは夕騎さんを救えますの」

 <精霊喰い>の力には霊力を精霊一人分吸収すれば負傷した身体を全回復する能力がある。分身体の狂三は今からその能力を利用して夕騎の傷を治そうとしているのだろう。

 だが、そんなことをしてしまえば――

 「……何言ってんだよ、そんなことしたら」

 霊力で作られている分身体の狂三は消えてしまう、夕騎はそう言おうとしたが狂三はみなまで言わなくていいと首を横に振る。

 「わたくしは今まで夕騎さんに想っていただけてとても幸せでしたわ。前にもこの幸せの分をお返しする、そう言いましたわよね?」

 「……やめろ」

 「いいえ、やめませんわ。夕騎さんと一つに、本体(オリジナル)も望んでいることを分身体(わたくし)が先に叶えますわ。食べられる側ですがわたくしは夕騎さんと一つになれると思えばとても幸せですの。ですから夕騎さん、わたくしを受け入れてくださいまし」

 納得しきれない夕騎だが狂三は反論を許さなかった。

 ゆっくりとした動きで夕騎の頬に手を触れれば顔を近付け、唇が触れ合う。

 <精霊喰い>の生存本能なのか夕騎の意思とは関係なく狂三の唇が触れた途端に相手の霊力を吸収し、今まで受けた傷を全て回復していく。切断された腕も足も再生し、砕けていた骨も回復した。

 「――愛していますわ、夕騎さん」

 唇が離れれば最期に狂三はそう言って光の粒子へと変換され夕騎の身体に溶け込むように消えていく。

 全ての傷が癒えた夕騎は分身体の狂三を身体の中に感じれば胸に手を当て、

 「ありがとう狂三、俺も愛してる」

 涙は流さなかった。

 これは別れではない。分身体の狂三は今も夕騎の中で生きているから――


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